「つくる会」が来年度用の教科書を検定申請しました!!今年からいよいよ対決が
――地方議会決議は私たちの決議が350を突破――

  「新しい歴史教科書をつくる会」は3月25日、九段会館で「検定基準から近隣諸国条項を削除せよ!」のスローガンを掲げて集会を開き、決議文を4月12日、川村文部科学大臣に提出するとともに、翌13日には同会の公民教科書の新訂版を、19日には歴史教科書の改訂版を検定申請しました。

  これは、三年前の「つくる会」教科書が、間違い記述が多く、また近隣諸国条項の実質適用によって大幅に検定意見が付されて、南京大虐殺を記述しなければならなかったことなどを受け、検定基準緩和の圧力を周到に準備したものです。この日に向けて、同趣旨の署名約55万人分を集め、地方議会決議も検定問題で茨城や千葉、神奈川などで追求するなどし、“ドラ息子が入学できないのは試験制度が悪い”という、やくざまがいの圧力をかけてきたものでした。

  とはいえ、川村文部科学大臣は4月12日、同会(正式には教科書改善協議会)と40分間会談するなど、彼らの要求を実質的に受け入れることは確実で、「つくる会」教科書は前回よりさらに悪質な教科書になることが予想されます。今年は8月に東京の中高一貫校で同会の教科書を採択する準備が進められていることなど、来年に向けて忙しい一年になりそうです。

教育基本法改悪決議について、彼らの内部資料裏技マニュアル≠ェ発覚!

  いっぽう、教育基本法をめぐる動きは、中央のレベルでは、超党派の議員連盟が4月14日、40人の議員を集めて第二回の勉強会を議員会館で開いていますが、どうやら本格的な動きは参院選後になりそうです。地方議会は、今回、私たちの決議が350を突破しました。いっぽう、彼らは香川・高知・佐賀・熊本などの県議会で改悪推進の決議を挙げました。ただし、まだ市町村レベルにまで降りてきていません。

  これは、最近当HPが入手した「日本会議」の内部資料裏技マニュアル≠ノよると、「各県で採択に取り組むさいは、先ず県議会で採択すると市町村はやりやすくなります」「ただし、東京、大阪など県議会レベルで革新系が強く採択が難しい地区は、周辺部の市町村から働きかけます」としている手法と完全に一致しています。同文書はさらに、「敵に知られないように動くこと」、そのため請願の提出は「締め切り直前に行う」こと、「公明、民主を巻き込もう」としているなど、私たちがどのような点に気を付けるべきかも教えてくれています。

  県レベルでまだ決議があがっていないところは、6月議会に向けて警戒の目を光らせてください。また香川県・高知県・佐賀県・熊本県などは、これから市町村議会で決議が試みられますので、ぜひこれに対抗してください。

  また、請願・陳情の内容も、当HPがトップ頁の欄で予測したように、議会の力関係を考え、教基法の「1、早期の改正を求める」、「2、改正を求める」、「3、徹底論議を求める」の三つの対応があり得ると柔軟な方法を考えています。特に彼らは、「実際にはこの(第)3のケースが多いと思われます」と、力を入れており、調布市につづき今回も府中市が決議をあげています。

  同文書は、「反対派はすでに全国の300を超える市町村で決議を挙げています」「改正賛成の国民世論は盛り上がっていない」「今こそ地方の良識を中央へ、そして国会を動かしましょう」と呼びかけています。地方議会決議のもつ意味を彼らはこの様に考え、力を入れています。私たちも、6〜9月議会が山場になることを予測し、常に議会事務局から情報を取り寄せ(ほとんどが市町村役場内にあります)、彼らの動きを監視するのをはじめ、私たちの決議を増やすことにも全力をあげましょう。


「つくる会」は「強制連行」問題で活路を模索

  一般の新聞紙上にはほとんど掲載されていないことですが、「つくる会」を全面的にバックアップしてきたあの「産経新聞」に、先月末からこっけいな議論が掲載されつづけています。それは、今年1月17日に行われた大学入試センター試験の世界史の問題に、「強制連行」を正解とする出題があったことを、「拉致問題を帳消しにし、北朝鮮に呼応するもの」などと、言いがかりに等しい主張するものです。

  肝心の試験問題は次のようなものでした――「(1)朝鮮総督府が置かれ、初代総督として伊藤博文が赴任した(2)朝鮮は日本が明治維新以降、初めて獲得した海外領土だった (3)日本による併合と同時に創氏改名が実施された(4)第二次大戦中、日本への強制連行が行われた」――という4つの選択肢から選ぶ問題。入試センターが発表した正解は(4)となっていて、何の問題もありません(間違えやすいのは、伊藤博文を初代韓国統監でなく初代朝鮮総督と考えて(1)とするものでしょう)。

  産経新聞は、「『強制連行』は高校教科書のほぼすべてで記述がある」、しかし「当時の言葉としてはなかった」と、「慰安婦」問題と同じやり方で食いつき、さらに日韓条約以前の古い外務省文書を引っ張り出しては、「昭和三十四年に外務省が在日朝鮮人の実態について発表した調査結果では国民徴用令による戦争徴用者はごく少数に過ぎず、大半が自ら日本国内に職を求めてきた渡航者らや鉱工業や土木事業の募集に応じて自主的に契約した人たちで占められている」(1/21)などと報じました。

 「つくる会」副会長の藤岡信勝氏は、さっそく「拉致解決妨げるセンター入試問題」と題し「北朝鮮の宣伝に呼応するかのよう」(産経1/22)と、拉致問題に絡める言いがかりを展開。以後、同新聞は社説でとりあげ、「つくる会」も要望書を提出、さらに「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(略称「救う会」、会長・佐藤勝巳)までが、北朝鮮の主張に通じる出題と非難声明を発表。そして「つくる会」は、「高校世界史教科書全二十九冊のうち十二冊、実に41%にあたる教科書がセンター試験の設問通りに記載してはいない」(産経2/2)と文科省を追及しました。

  これらに呼応して「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(代表・古屋圭司自民党副幹事長)も動き、2月13日に鬼島康弘・大学入試センター副所長を同議連の総会に呼びつけ、センター試験出題者の氏名公表について「文部科学省とも相談して検討したい」と約束させるという暴挙(もし出題者名を公表すれば、入試制度に重大な問題が生じるでしょう)まで行いました(以上の経過は「つくる会」のホームページhttp://www.tsukurukai.com/に)。

  そもそも「強制連行」の研究は、日韓条約以前の上記のような外務省の考え方を批判して成立、発展してきたもので、十分な資料開示を日本政府が行ってこない中、研究者の努力により学問的な領域として定着したものです。「強制連行」という用語も、その中で確立してきました。当時、その言葉がなかったからといって歴史用語に使ってはならないということでなく、むしろ歴史の渦中にあって当時使われなかった言葉が、後に歴史用語として一般に定着し、使われるのは当たり前のことです。一例を挙げれば「明治維新」という言葉さえ事後に作られたものです。当時はむしろ「御一新」と呼ぶのが一般的で、江戸城明け渡しの後、ようやく「維新」という言葉が少し出始め、「明治」の語がそこに冠せられるのは、はるか後のことになります。しかし今は、「つくる会」の歴史教科書さえ「明治維新」の語を使っています。そうしたものが歴史における用語なのです。

  ついでに誤解を訂正しておきますと、いくつかの高校教科書が「強制連行」の語を使っていないのは事実です。ところが、「つくる会」の主張する「41%」とは、教科書の点数(種類)の比率であり、実際に使われている冊数の割合(占有率)は、「強制連行」としているものが93.1%にも達しています。山川出版をはじめ、東京書籍、三省堂、帝国書院なども使用していて、これが研究上の趨勢を反映したものであることを知るべきでしょう(「つくる会」がこれからもしつこく言い続けるなら、「強制連行」研究の歴史をこのホームページに掲載したいと思います。)

  ところで、「つくる会」は、さ来年度から使用される分を、まもなくこの三月中に検定申請することでしょう。その後約一年間の検定期間を経て、いよいよ来年は採択をめぐる闘いになります。「つくる会」の情報を、これからできるだけ多く、このホームページに掲載したいと思います。



「つくる会」の今
(2003年6月10日)

上杉 聰

  小学校教科書への参入は不可能に

  現在、国内の最重要課題として教育基本法の改悪問題が浮上しつつある。「改悪」が目指すところは、「愛国心」という名の「国家エゴイズム」を教育の最高目標に掲げ、戦争を担える子どもたちを育てようとするものであろう。そのためにも文部科学省は、学校教育現場を完全に権力的に支配しできるよう「法改正」しようとしている。

  このような中、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)は今、どうしているのだろうか? 彼らは、2年前の採択率0・1パーセント以下という結果を受け、今は教育基本法改悪に期待をかけつつ、立ち直る手がかりを模索している。その状況を報告したい。

  まず、彼らの2年前に受けた打撃が尾を引いている姿から見てみよう。
  2001年8月16日、教科書の採択結果が判明した翌日、「つくる会」は記者会見で、「我々は必ずリベンジする。4年後の次回採択における扶桑社教科書の10パーセント以上の採択を何としてもなしとげる」(高森明勅事務局長・当時)と公言した。さらに、「小学校の歴史教科書は中学校に勝るとも劣らないほどひどい」(藤岡信勝理事・現副会長)として、平成15年度検定では、小学校社会科教科書に参入する、と攻勢に出ることも明らかにした。そして、「4年後の採択の際には大勝利を収めることになる…4年後には情勢が変わっている」(同前)との見通しを述べた。
  だが、翌02年3月、彼らの機関誌『史』は、小学教科書への参入が困難であると、宮崎正治新事務局長が表明、その理由として、「出版社サイドは今回の採択結果に鑑み、中学校歴史・公民教科書以外の教科書作成に難色を示し、次回の採択結果を見て判断するとの姿勢を崩していません」としたのであった。前回の採択結果が、出版社の首をタテに振らせなかった最大の要因であることをうかがわせた。その後、この案件は立ち消えとなり、今年4月に検定申請をしていない。彼らは、こうして第一の公約を、事実上、撤回したのである。

  扶桑社は赤字に

  扶桑社が「つくる会」に協力して小学校教科書に参入しなかったのは、経営の観点からである。そのことは、昨年、同社が赤字に転落したことからも明らかであろう。『会社四季報・未上場会社版』によると、同社の最近の純益は次のような内容である。

      <決算>          <純益>
   1997年3月    3300万円
    1998年3月 1億0600万円
    1999年3月    6200万円
  2000年3月 2億7700万円
  2001年3月 6億8700万円
  2002年3月  ▲6700万円
  付言すると、2002年3月は、経常利益も▲2億8800万円と、大幅赤字になった。

  扶桑社は、『歴史』と『公民』の教科書合わせて71万部を「市販した」と公表している。それが2001年度のことだから、翌2002年3月の決算は黒字になってもよさそうであるが、そうなってはいない。「市販本も安く設定した(税込980円)ので世間が思うほど利益はあがっていない」(毎日新聞、01年8月17日)という理由もあろうが、書店が「最初の2週間はバカ売れでした…(その後)ぱたっと止まってしまった」(『創』01年8月号)と述べている事態を考えるとき、71万の数字は、実は「発行部数であって実売部数ではない」(高嶋伸欣教授)というのが実際らしい。

  そして高嶋教授は、扶桑社の場合、大幅な記述訂正や、見本本作成段階で本文をフルカラー化したことなどにより、1冊につき通常の「教科書の2冊作るのに近いコストとなったと考えられる」と分析、さらに「『公民』では、統計数値など年次更新の必要があって、4年分を一度に印刷することもできないから、毎年確実に赤字となる」(以上、『季刊戦争責任研究』33号)と、深刻な実態を予測していた。

  では、2001年3月決算の7億円近い黒字が何によるものかといえば、その前年に『チーズはどこへ消えた?』を330万部売って、空前のヒットとなったことによるものと考えられる。その後の赤字については、出版不況という全体的な条件や他の要因も考慮に入れて見なければならないが、教科書事業の失敗が影響していることだけは間違いなさそうである。小学校教科書への参入の計画は、こうして消えたのである。

  次期教科書の事前販売計画も中止に

 「つくる会」には、もう一つの公約があった。それは、「つくる会」の第5回定期総会(02年7月)において打ち出したもので、2004年に検定申請しようとする教科書の見本(前教科書に手を加え、デザインも大判化した改訂版)を『ジュニア版歴史入門』のタイトルで今年7月に市販し、「本格的な歴史論争を展開」すると公言したものであった。その上で、「市販後の建設的な批判は受け止めて修正した上で、2004年4月に文科省に検定申請する」(第5回定期総会議案書)としていた。

  ところが、これも今年3月に『史』で、「改訂版の前倒し市販は中止となりました」と公表、計画はふたたび頓挫した。その正直な理由を推測すると、改訂版の作成が、実はたいへん困難な作業となっているからと思われる。もともと「つくる会」歴史教科書は、検定で137箇所の修正がなされただけでなく、見本本の段階で重要な修正を46箇所、供給本の段階でさらに75箇所を追加修正した。以上で合計258箇所にもなるが、さらに、これまで歴史研究団体などから誤りを指摘され、いまだ修正していない箇所が143にものぼる(本HP特別寄稿「まだこんなにある!!『つくる会』教科書のマチガイ」参照)。

  誤りの指摘がいかに「つくる会」に精神的な負担となってきたかは、先の議案書にも「建設的な批判は受け止めて修正」と書かれていて、ジュニア版の発行で、実は誤りの指摘を協力的な読者にやってほしいという本音が述べられていることからもはっきりしよう。

  もし、各界からのこれまでの指摘を受け入れ、改訂版を修正して市販すれば、前回の検定のみならず、採択の不公正さや不見識などが問題になる。また反対に、改正しなければ、厳しい批判が継続し、それがさらに次の検定や採択にも影響を与えることになるだろう。

  となると、改訂版をどのような内容にするか、つまり修正を受け入れるか、それを迂回して記述するか、あるいは訂正を拒否して開き直るかなど、143箇所それぞれについて胃の痛くなるような作業を余儀なくされることになる。こうして第二の「夢」も消え去ったものと考えられる。

  「会員倍増計画」は宗教右翼に依存して

  第3の方針は、これも第5回定期大会で打ち出したものだが、会員倍増計画である。これは、1万人ちかくいる現会員を「1年ごとに倍増」し、それを3年間つづけ、次期採択の時までには8万人にするという、たいへん攻勢的な計画である。その背景には、藤岡副会長が、意見の合わない小林よしのりと西部邁の両氏が脱会するよう仕向けて成功したものの、その結果小林ファン≠ェ「つくる会」から遠ざかったことや、採択戦の結果により、もとは約1万人いた会員が2割近く激減した「失政」の糊塗策として打ち出されたものであった。

  もし、こんなねずみ算方式の組織拡大が実現するなら苦労はないが、今年4月段階における「つくる会」の内部情報によると、「会員倍増計画はうまくいっていない」とのことである。そのため会員増を、「キリストの幕屋」や「神社本庁」などの宗教団体が支える日本会議に頼るしかなくなっており、これまで「つくる会」は、曲がりなりにも保守的文化人を幅広く糾合して、ある程度開かれた組織性格を保ってきたが、急速に日本会議の一部として、つまり同会議の「中学校教科書部門」へと変質しつつあることが特筆される。

  その実態をよく表しているのが、今彼らが各地で開催しているパネル展である。今年2月末までに13道府県32会場で開催し、以後も各地で開催の計画を広げている。その出発となったのは静岡であり、地元教育委員会や産経新聞の後援などもとりつけ、同県内10箇所で開催、そのあと愛知で「平和のための戦争展」にぶつける形をとるなどして話題を集めた。この動きは、地方組織がしっかりしている日本会議に依存したものであり、愛知では5千人余りも集めたことなどにより、「教科書問題を切り開く『解』はパネル展にあり」(『史』03年3月号)との期待を寄せ、今は「つくる会」本部パネルを作るなどして力を入れている。

  当面は中高一貫校と教基法の改悪に「集中」

 「つくる会」の独自活動として注意したいのは、昨年愛媛の中高一貫校で採択を勝ちとり、これに元気付き、その後、各地に新設される一貫校への働きかけを繰り返してきたことである。昨年は滋賀県でもその活動を行ったが、各界からの反対にあって失敗した。今年8月には、広島県の中高一貫校で採択が検討される予定で、また来年は東京の採択が焦点となる。すでに広島では、彼らが署名運動を始めたという。広島は県教委の姿勢が近年悪く、どのように動くか予測できない面がある。地元では市民団体が中心となって対抗して署名運動を始めたので、私たちもこれに協力することが必要だろう。

  東京の場合、採択の管轄は2年前と同様に都教委にあり、引き続き採択される危険性がある。これへの対応を、今から考え始める必要があろう。また高校の教科書は、日本史の授業が多く2年生になるため、明成社の教科書の採択は、今年が山場となる(昨年は1年生分の採択に限られた)。今年もねばりづよい不採択の要請行動が大切になる。

  ところで藤岡副会長が、「4年後には情勢が変わっている」と述べたように、たしかに北朝鮮問題を追い風に有事法制が成立した今、この上、教育基本法の改悪がなされるならば、「つくる会」の思惑を実現する条件は完全に整ってしまうことになる。教科書の採択は教育委員会の専権事項になるだろうし、教育内容は他のすべての教科書の記述も含めて「つくる会」が主張してきたような内容へと変質していくだろうからである。

  この意味からも彼らは今、右の独自活動だけでなく、もういっぽうで、教基法改悪に全力を挙げている。その実態は、本HPの「日本における『宗教右翼』の台頭と『つくる会』『日本会議』」に書いたので、そちらをご覧いただければ幸いである。

  2年後の「つくる会」との本格的攻防は、教基法をめぐるたたかいの先にやってくることになろう。


日本における「宗教右翼」の台頭と「つくる会」「日本会議」

日本の戦争責任資料センター事務局長  上杉 聰
   はじめに

  これまで、日本社会における反動勢力として、日本を守る国民会議、日本遺族会、英霊にこたえる会、軍恩連盟などがよく知られてきた。しかし、これらの団体には、近年、大きな変化が起こっている。その背景の一つに、構成員が高齢化し、組織的力量が急速に減退していることがある。たとえば日本遺族会の中心を担ってきた婦人部の平均年令は、すでに85歳となり、その政治的な影響力を急速に減退させつつある。
  いっぽう、最近、教科書問題や教育基本法の改悪、あるいは女性や在日の人々の権利伸長に対抗し、反動的な運動を活発に進めている勢力に、宗教団体が目立つようになってきた。彼らは、豊富な資金力や組織力を活かし、さまざまな運動を支えているばかりでなく、その大きな動員力によって、選挙において国会議員や一部の首長などにも影響をもつに至っている。そのため、現在の中央や地方の政治状況を分析しようとすれば、宗教界の動向を組み入んだ視点が不可欠になってきた。こうした「宗教右翼」の台頭は、世界的な動きの一環でもある。本稿は、その実態解明を今後本格的に行うための端緒的な試みである。
  ただ、彼らはきわめて慎重であり、多くの場合、宗教団体であることをカモフラージュしつつ行動するため、その全貌を把握することは容易でない。そこでこの小論には、さまざまな内部関係資料や証言にインターネット情報なども加え、その概括を明らかにする方法をとった。その場合、最近は検索機能が発達していることに依拠し、アドレスを省いたことをお断りしておく。

  教育基本法改悪運動と「つくる会」

  今年1月26日、東京の砂防会館に1200名余を集めて「『日本の教育改革』有識者懇談会」(略称・民間教育臨調)の設立集会とシンポジウムが開かれた。役員には著名な文化人、大学関係者、スポーツ機構の役員、元労働団体役員など、多彩な顔ぶれが目立ち、中曽根康弘と森喜朗からの長文の祝電も寄せられ、教育基本法改悪勢力の総結集とその広がりを印象づける集会となった。会場は熱気にあふれていたという。
  同会の趣意書によると、「我が国の光輝ある歴史と伝統に基づく教育理念の再構築」が必要であり、「米国の占領行政の一環として制定せしめられた教育基本法を基盤とする戦後教育の諸慣行が、さまざまな破綻をもたらしている」とし、同会は「教育理念」「学校教育」「家庭教育」「教育制度」の4つの部会で調査検討し、それを政府・文部科学省・都道府県教育委員会などに対して「積極的に改革案を提示し、改善をもとめる」ため、さまざまな運動を繰り広げるとうたっている。シンポジウムでは、中央教育審議会の昨年11月の中間報告を評価しつつも、「さらに進んで国への誇りや自己犠牲を明記しなければならない」(産経新聞1月27日)などを訴えた。
  当日、会場で配布された役員名簿によると、この団体の役員は、顧問8人、会長1人・副会長5人・代表委員69人・運営委員長1人、事務局長1人、協力委員157人からなる大組織で、中心は会長・副会長・運営委員長の3役であることが、会場における発言などから判明する。表1にそのメンバーを記したが、中でも中心となって全体を統括しているのが運営委員長の高橋史朗であり、同会の連絡先は明星大学の高橋史朗研究室となっている。事務局長も、同大学の戦後教育史研究センター所員・勝岡寛次(著書に『韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する』)である。
  この団体の性格を正確に分析しようとするとき、その前提として「新しい教育基本法を求める会」(以下「求める会」)なる存在を知っておく必要がある。表2に記したが、「求める会」は、2000年に発足した組織で、同年9月には「新しい教育基本法へ6つの提言」(以下「6つの提言」)を森喜朗首相(当時)に提出した。その役員構成は、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)の主要メンバーと「日本の高等教育を考える会」(1997年設立、復古調教育を追求。2001年に「日本の教育改革を進める会」へと改称。会長・西澤潤一ほか)の会員であり、両者が協力して作った組織である(後述する日本会議も一部協力)。ただ、「求める会」の役員19人のうち「つくる会」役員・主要賛同者が過半数の10人を占め、また事務局長にも高橋史朗(「つくる会」副会長)がなり、主導権は「つくる会」系が握っていたといえるが、会長としてもういっぽうの組織を代表する西澤潤一を担ぐ形をとり、顔をたてることも忘れないでいた。
  今回の民間教育臨調は、「求める会」とおなじように高橋史朗が中心となって会長・西澤潤一を担ぐ構成となっているだけでない、集会の参加者全員に、2000年に作成・提出した上の「6つの提言」冊子をそっくりそのまま配布し、「『新しい教育基本法を求める会』は、このたび『日本の教育改革』有識者懇談会(略称 民間教育臨調)として生まれ変わりました」という「お知らせ」の紙片を挟み込んでいた。
  当日の基調も、両組織が前面に立ちつつも、どちらかといえば「つくる会」が内実を占める線で進められた。総合司会は「進める会」の小林正(元神奈川県教組委員長、元参議院議員)が行い、あいさつは西澤会長、活動方針の提起を高橋運営委員長、シンポジウムについてはパネリスト4人のうち、「つくる会」理事の中西輝政、賛同者の長谷川三千子、同会をマスコミ・出版の面から支えてきた産経新聞の論説委員・石川水穂と、「つくる会」系が三人が占め、さらにシンポのコーディネーターとして再び同会副会長の高橋史朗が登壇するというありさまであった。
  つまり、「つくる会」は今、教基法改悪に力を入れており、「求める会」をより幅広い勢力とともに結成した成果を基礎に、今回、民間教育臨調としていっそうその影響力を拡大したことを意味する。
  「つくる会」は現在、独自の主要な活動として会員倍増運動を進めるとともに、次回2005年の採択にかかる歴史教科書を来年4月に検定申請するが、その見本本を『ジュニア版歴史入門』として今年7月に市販する計画を進めている(同会「第5回定期総会議案書」02年7月)。だが、このように、もういっぽうで教育基本法(以下、教基法)の改悪に大きな力を注いでいることに注目する必要があろう。その理由として、教基法改悪によって学習指導要領そのものを反動的に改変する基礎をつくるとともに、教育行政が現場教員とその教育内容を完全に統制することができるようにするためと考えられる。
  「つくる会」教科書と私たちが次に正面から対決する05年の前哨戦は、教基法改悪をめぐって今進められようとしている。


表1 民間教育臨調 主要役員名簿
(2003年1月26日、▼印は上杉による、本文参照)
顧 問】(8名を略す)

会 長
 ▽西澤潤一(岩手県立大学長)

副会長
 ▼石井公一郎(元ブリヂストンサイクル社長)
 ▼宇佐美忠信(富士社会教育センター理事長)
 ▼長谷川三千子(埼玉大教授)
 ▼村松英子(女優)
 ▽安嶋彌(日本工芸会会長)
代表委員】(69名を略す)

運営委員長
 ▽高橋史朗(明星大教授)

事務局長
 ▽勝岡寛次(明星大戦後教育史研究センター所員)

協力委員】(157名を略す)


表2 民間教育臨調に至る組織的経過

「新しい歴史教科書をつくる会1977――――――――――――――――――――――――――――――→
                \
                 \
                  ―→
「新しい教育基本法を求める会2000―→民間教育臨調2003―→
                 /
                /
「日本の高等教育を考える会1977―――――――→「日本の教育改革を進める会2001――――――――――→
 


  民間教育臨調の組織的背景の分析

  では、民間教育臨調の動きを組織したのは「つくる会」だけであろうか? 表3に、会長から代表委員までの役員を出身母体から分類してみた。ここに民間教育臨調のいくつかの特徴が浮かび上がる。
  まず第一は、実業界が以外と少ないことである。「つくる会」に属する石井公一郎と山本卓眞を加えても5人にすぎない。むしろ、これまで「つくる会」と深い関係にあったのが、漫画家・小林よしのりを通じて日本青年会議所であったことを考えれば、そして同会議所の会員が所属する企業の平均従業員数が12人程度で、会員はその経営・管理者クラスである(同会議所HP)ことからみて、実業家といっても、むしろ中小企業が主力とみて差し支えないと思われる。
  第二に、新聞社から産経と読売、毎日(スポーツニッポン)の関係者が加わっている。産経新聞は役員を送っていないが、パネリストに論説委員・石川水穂を出していること、また同社と彼が教育臨調を積極的に応援する論陣を張ってきたことから考えれば、同会の実質的なメンバーであると考えてよいだろう。読売も今年1月14日の社説で「基本法の改正が急務」と訴えたが、これも今回代表委員に名を連ねた朝倉敏夫によるものと考えられる。
  第三に、労働界から天地清次、宇佐美忠信という二人の元同盟会長が加わっているが、彼らは「つくる会」の賛同者にも名を連ねてきた。連合の役員の一部には「つくる会」系のサークルがあると言われている。また教員組合から、全日教連と福岡の第三組合・福岡教育連盟が代表を送っている。いずれも組織人員は限られるが、地域的には主流を占めているところがある。全日教連は、昨年11月15日、中央教育審議会の中間報告を高く評価する声明も発表している。
  第四に、文部科学省所管の財団・社団法人などの公益法人関係者が非常に多いことに気づく。正確には全国地名保存連盟と全日本中学校長会、および日本私立中学高校連合会の3団体はそこに含まれないが、文科省の影響力が及ぶことを考えて、同一のグループとした。とくに村尾次郎は、皇国史観の代表的歴史家・平泉澄が結成した朱光会にかつて属し、戦後も1956年、教育の右旋回により教科書調査官制度が発足したとき、社会科最初の主任調査官となって今日の検定路線を打ち出し、教科書に同史観の導入を計った張本人であり、家永教科書裁判でも文部省側の中心人物であった。
  また文科省所管の公益法人は、文科省官僚の天下り先であることから、同省OBの影響が及びやすいことを考慮すれば、教基法改悪に文科省OBのうち右翼的な部分(村尾はもちろん)が積極的に関わり始めていると推定してよいと思われる。とくに鈴木勲は、「侵略」を「進出」に書き換えさせたことが問題となった1982年当時、文部省の初等中等教育局長であり、中国や韓国の要求を受け入れることは検定制度の崩壊につながるとして反対した人物である。
  最近、鈴木勲は、近隣諸国条項が作られて以降、「それが悪用されて、例えば従軍慰安婦まで記述されるとは思わなかった」「あの(「つくる会」教科書)を早速読みましたが、今までの教科書に欠けていた民族の歴史としての一貫性というものが神話から書かれている。日本民族の数々の歴史的経験を理解できる、ある意味で民族としてのプライドを持てる、まともな歴史教科書がやっとできたという感想です」(『正論』02年11月)と述べている。ちなみに、愛媛県の養護学校と中高一貫高に「つくる会」歴史教科書を採択させる上で力を発揮した加戸守行知事も、リクルート事件に連座して辞めさせられたとはいえ、タカ派エリートとして文部省官房長まで上り、その後、日本音楽著作権協会の理事長などに天下った人物である。これら文科省OBの右派人脈は、これから要注意であろう。


表3 民間教育臨調 主要役員の出身分類
(【 】内は民間教育臨調における役職、<2003年1月26日>、分類及び▼印は上杉による、本文参照)
日本の教育改革を進める会
▽西澤潤一(岩手県立大学長)【会長】
▼小田村四郎(拓殖大総長)
▽小林正(元参院議員)
▽神津康雄(日本の教育改革を進める会専務理事)

新しい歴史教科書をつくる会
▽田中英道(新しい歴史教科書をつくる会会長)
▽高橋史朗(明星大教授)【運営委員長】
▼石井公一郎(元ブリヂストンサイクル社長)【副会長】
▼長谷川三千子(埼玉大教授)【副会長】
▽川島広守(日本野球機構コミッショナー)
▼田久保忠衛(杏林大教授)
▽中西輝政(京大教授)
▽西尾幹二(電気通信大名誉教授)
▼山本卓眞(富士通名誉会長)
▽芳賀徹(東大名誉教授)
▽木村治美(共立女子大教授)

実業界
▽揚原安麿(日本青年会議所会頭)
▽小林陽太郎(富士ゼロックス会長)
▽下山敏郎(オリンパス光学工業最高顧問)
▽羽山昇(理想科学工業会長)

新聞・出版
▽朝倉敏夫(読売新聞社論説委員長)
▽牧内節男(元スポーツニッポン新聞社会長)
▽江口克彦(PHP研究所副社長)

医師会
▼坪井栄孝(日本医師会会長)
▽和田秀樹(精神科医)

労働界
▽天池清次(元同盟会長)【顧問】
▼宇佐美忠信(富士社会教育センター理事長)【副会長】
▽西田智(福岡教育連盟委員長)
▽前澤克明(全日本教職員連盟委員長)

文部科学省所管の公益法人および関連団体
▽市村真一(国際東アジア研究センター顧問)【顧問】
▽岡本道雄(日独文化研究所理事長)【顧問】
▼村尾次郎(全国地名保存連盟会長)【顧問】
▽安嶋彌(日本工芸会会長)【副会長】
▽川淵三郎(日本サッカー協会会長)
▼境川尚(日本相撲協会相談役)
▽鈴木勲(日本弘道会会長)
▽西原春夫(青少年育成国民会議会長)
▽橋幸夫(日本歌手協会副会長)
▼春風亭柳昇(日本演芸家連合会会長)
▽船村徹(日本作曲家協会会長)
▽千玄室(茶道裏千家前家元)
▽星正雄(全日本中学校長会会長)
▽堀越克明(日本私立中学高校連合会会長)
文筆家
▽市田ひろみ(服飾評論家)
▽桶谷秀昭(文芸評論家)
▽辺見じゅん(作家)
▽屋山太郎(政治評論家)

俳優・歌手
▽村松英子(女優)【副会長】
▼安西愛子(声楽家)
▽里見浩太朗(俳優)
▽津川雅彦(俳優)
▽藤岡弘(俳優)

大学関係者
▼宇野精一(東大名誉教授)【顧問】
▼瀬島龍三(亜細亜大理事長)【顧問】
▽田中卓(皇学館大名誉教授)【顧問】
▽日野原重明(聖路加看護学園理事長)【顧問】
▽秋山仁(東海大教授)
▽石川忠雄(慶応大名誉教授)
▽泉屋利郎(金沢工業大理事長)
▽入江隆則(明治大教授)
▽鵜川昇(桐蔭横浜大学長)
▽梅沢重雄(日本航空学園理事長)
▽小田晋(帝塚山学院大教授)
▽尾田幸雄(お茶の水女子大名誉教授)
▼勝部真長(お茶の水女子大名誉教授)
▽金井肇(元大妻女子大教授)
▽上寺久雄(兵庫教育大名誉教授)
▽川上源太郎(清泉女学院大副学長)
▽久保田信之(学習院女子大教授)
▼小堀桂一郎(東大名誉教授)
▽篠沢秀夫(学習院大教授)
▽新堀通也(武庫川女子大教育研究所長)
▽鈴木孝夫(慶応大名誉教授)
▽多湖輝(千葉大名誉教授)
▽林道義(東京女子大教授)
▽広中平祐(京大名誉教授)
▽松原達哉(立正大大学院教授)
▽村田昇(滋賀大名誉教授)
▽渡部昇一(上智大名誉教授)

その他
▽岡崎久彦(博報堂岡崎研究所所長)
▼出雲井晶(「日本の神話」伝承館館長)
▼小野田寛郎(小野田自然塾理事長)

修養団体
▼廣池幹堂(モラロジー研究所理事長)
▼丸山敏秋(倫理研究所理事長)

  教基法改悪運動の真の組織者

  以上は、1月26日の当日、会場で配布された資料から直接に判明する事実だが、そこから分からないある重大な事実が、この集会には隠されている。それは、真の組織者についてである。
 それは、先に述べたように、「つくる会」の副会長である高橋史朗ではないか、と言われるかもしれない。だが、矛盾して受け取られるかもしれないが、「つくる会」は教科書問題を専門とする運動体であり、教育基本法に関わるとなると、さらに広範な教育分野全般において人物を組織する必要がある。「日本の教育改革を進める会」を結成した際、「日本の高等教育を考える会」とともに活動しなければならなかった必然性はそこにあった。さらに今回のように大かがりな組織であればなおさらのことである。多数の著名人に連絡をとって役員就任を申し入れ、承諾を取り、また当日1200人以上の参加者も集めねばならない。財政をどうするか、という問題も当然起こる(当日の入場料は無料であった)。明星大学に置かれた狭い研究室とわずかのスタッフだけで、これだけの組織を立ち上げることは、とうてい不可能に思える。
  また、「つくる会」の主要メンバーの一人である副会長・藤岡信勝が名前を連ねていないことが象徴しているように、もう一人の副会長である種子島経(元BMW東京且ミ長)、理事である伊藤隆・九里幾久雄・中島修三・宮崎正治なども、代表委員はおろか、協力委員にさえ顔を出していない。もちろん、他団体とのバランスから、自ら控えたということも考えられるが、ならば集会での発言者をもっと非「つくる会」に譲るような配慮もありそうなものだが、そうした姿勢は見られない。つまり、ここには、「つくる会」が大きく力を傾注しているとはいえ、現在、教科書問題にも力を裂かねばならない状況があって、いまだ総力を挙げたものでない、あるいは挙げることのできない事情があることも示されている。とすると、いったいどのようにして26日の集会は可能になったのだろうか?
  結論から述べるならば、私の確認し得たところによると、裏の事務局は「日本会議」が仕切り、役員の選定はすべて同会議の専従職員が交渉し、当日の聴衆には関東の宗教団体を組織動員したというのである。「日本会議」とは、最近かなり知られ始めているが、会長は三好達(前最高裁長官で、愛媛玉串訴訟の最高裁判決の際、合憲の少数意見を主張した)、全国9ブロック47都道府県になんらかの組織をもつ日本最大の右派組織である。2002年9月以来、「10万人ネットワーク」(設立5周年事業リーフレット)を目指して活動を続けている。また、これに協力する「日本会議国会議員懇談会」(現在242人、会長・麻生太郎衆議院議員)を持ち、国会と地方議会に強い影響力がある。1997年、「日本を守る国民会議」(運営委員長・黛敏郎)と「日本を守る会」が組織統合して結成されたもので、機関誌『日本の息吹』を毎月発行してきた。

  背後にある日本会議という組織

  この日本会議が、26日の集会を陰で取り仕切ったことを証明する状況証拠を、とりあえず以下に列挙してみよう。
 、 日本会議は、現在、@憲法改正A教育基本法改正B靖国公式参拝の定着C夫婦別姓法案反対Cより良い教科書を子供たちにD日本会議の主張の発信、の5大スローガンを掲げて活動しているが、教基法改悪は第二番目であり直近の課題でもある。
 、 26日の集会への参加は、『日本の息吹』1月号を通じて、またチラシを同誌に添付し、同会議が公式に広く呼びかけてきた。
 、 昨年11月に開かれた日本会議設立5周年記念大会に、全国から2000人を集めたが、そこに西澤潤一を招き、特別挨拶をさせ、民間教育臨調への理解を求めている。
 、 26日の集会の翌日には、日本会議のホームページに民間教育臨調の設立をトップ記事として掲載し、「本会の協力により『「日本の教育改革」有識者懇談会』(民間教育臨調)が設立されました」と解説している。
 、 『日本の息吹』本年2月号にも、「本会が中心となって『「日本の教育改革」有識者懇談会』(民間教育臨調)が発足(1月26日…次号にて紹介予定)しました」と明記している。
 、 表1と表3の役員名簿のうち▼印を付したメンバーは、同時に日本会議の中央の役員(顧問・会長・副会長・代表委員・理事長)も兼ねているが、とくに民間教育臨調の副会長は5人のうち4人までを日本会議の役員が占め、同会に大きな影響力をもつ体制が作られている。
 、 26日の聴衆のうち女性は全体の約3割りを占めていたが、その半数ないしそれ以上が、異様な髪形をした女性たちであったことが複数の参加者から報告されている(教科書情報資料センターのHP)。彼女たちは日本会議の有力な構成団体であるキリストの幕屋と呼ばれる宗教団体のメンバーであることが、その容姿から確認できる。
  ところが、日本会議を真の組織者と考えると、奇妙なこともある。表4に日本会議(中央)の役員名簿を載せておいたが、三好会長をはじめとして理事長・事務総長など同会議を代表するメンバーが民間教育臨調に1人も加わっていないのである。もし日本会議が設立を実質的に推進していたとしたら、彼らが加わってもよさそうである。
  この疑問を解く鍵は、表4そのものの分析から与えられる。日本会議の役員77人のうち、民間教育臨調に名を連ねている者は30人(通し番号 2、14、15、16、18、19、21、22、23、27、28、30、35、36、37、39、44、46、47、49、54、56、59、62、63、65、66、70、73、74=39%)にも達する。いっぽう、名前を加えていない47人のうち25人( 4、 5、 6、 7、 9、10、11、12、17、25、26、31、32、33、41、43、51、53、55、61、67、71、72、75、76=全体の32%)は宗教団体役員であり、4人が軍恩連盟・日本遺族会・日本郷友連盟・英霊にこたえる会など旧軍・自衛隊関係団体の役員(29、34、60、71=5%)、そして会長・事務総長の2人(13、77=3%)である。これらいずれにも属さない者は、わずか16人(21%)にすぎない。
  日本会議の四割近い(39%)役員を民間教育臨調に送り込みながら、明らかにそれと分かる会長・事務総長、および3分の1以上を占める宗教団体および旧軍関係者等を表に出さない工夫と努力がなされているのである。
  つまり、日本会議は、自らの姿を隠そうとしているのであり、そのことは、上の7で、同会議の構成員であるキリストの幕屋の女性たちが大量参加したことを指摘したが、この事実のうちに明白に表れているように思う。当日の集会参加者のうち、女性(全体参加者の約3割)の半分ないしそれ以上という数字は、185人前後ということである。男性の信者には髪形などの特徴がないため見分けられないが、この団体は男性の方が女性の人数を上回っていることから200人前後とすると、合計400人以上の参加があったことになる。これは、1200人余のうち3分の1を意味する。
  約3分の1を動員をした団体の関係者が、民間教育臨調の役員に1人も名前を出していないことは異様であろう。むしろこの事態にこそ、宗教団体を注意深く隠そうとする統率と自制を見るべきである。そのことは、表3の末尾に(財)モラロジー研究所理事長・廣池幹堂と(社)倫理研究所理事長・丸山敏秋が載っていることからも、間接的に立証される。すなわち、この2団体は、宗教の影響を受けながらも宗教法人の形をとっておらず、財団法人や社団法人の形態をとる修養団体として、自ら宗教団体でないことを強調してきた経緯がある。後者は、「朝の集い」(朝起き会)の実践などで知られており、表4にあるように日本会議の構成員でもある(47、51)。そうした事情からみて、彼らなら役員に名前を加えても、宗教団体でない、と言い訳がたつ。細心の注意を払って宗教団体を隠し通そうとしているのである。
  では、なぜ日本会議の名前を表面から消すとともに、宗教者や旧軍・自衛隊関係者だけは隠す必要があったのだろうか。考えられる第一の理由は、教育基本法を改悪する意図を隠すためであろう。教基法の改悪は、平和憲法の改悪の前段として計画されているが、改憲を正面から打ち出さず、子供たちの荒廃などを理由に教基法改正の必要性を説く方法をとってきた。今、旧軍関係者を表面に立てるならば、世論の激しい抵抗が起こるという判断があると思われる。
  第二に、宗教者を出さない理由として、彼らは宗教教育の必要性を教基法改悪に盛り込むよう「6つの提言」などで訴えてきた(第3「宗教的情操の涵養と道徳教育の教化」)。ところが、中教審の中間報告で、この条項の改悪は全く進んでいない。26日のシンポジウムでも、この点の遅れが強く指摘された。こうした状況にあって、宗教教育の必要性を推進しているのがほかならぬ宗教団体であることが明らかになれば、決定的に不利になるという判断があると推測される。
  さらに、与党として創価学会・公明党が教基法改悪に強く反対を続けていることが彼らの前に立ちはだかっている。日本会議に結集している宗教のほとんどが、反創価学会・反公明党活動の経歴を持っている。これらの団体が公然と姿を現すことは、法案の制定・審議にとって学会等からの反発を生み、マイナス要因を背負い込むと考えているのであろう。
  第三に、日本会議をよく知る者にとって、この団体がいっぽうで、かつての「日本を守る会」という宗教組織から構成されていることを意識せざるをえないからであろう。つまり、日本会議とは、すでに述べたように、1997年に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が合体して結成されたのだが、「国民会議」は、なんといっても右翼文化人を中心としつつ旧軍関係者とも共闘する組織であった。ところが「守る会」の方は、神社本庁・生長の家・仏所護念会・念法真教・モラロジーなど宗教・修養団体が中心となり、そこに曹洞宗管長・日蓮宗管長なども名前を連ねる宗教関係者中心の団体であった。
  日本会議の結成は、文化人中心の「国民会議」(実際には右翼的政治団体もいた)が、献身的で巨大な財政力・組織力・動員力を持つ宗教団体連合の「守る会」と合体することにより、国民動員的な巨大組織を目指したものであった。その結果、彼らはこれまで夫婦別姓反対や在日の選挙権反対などで大きな成果を挙げてきた(いずれの法案も提出されたが棚ざらしになっている)し、首相の靖国公式参拝にも力を入れてきた。そして「つくる会」と積極的に協力し、地方におけるその実働部隊となってきた。ただし、教基法改悪に向けては、「新しい教育基本法を求める会」の結成に協力したものの、まだ部分的なものにとどまっていた。それが今回、全面的なかかわりへとシフトしたのである。
  しかし、その姿が全面的に見え出すとき、日本会議といえば実働部隊は宗教団体であり、あるいは前身の「国民会議」は右翼や旧軍人団体と結びついた組織という見方が定着しており、閉鎖的で軍国主義的というイメージがつきまとうことになる。今回の役員構成は、そうした識者の目をくらまし、役員の中核部分に関係者を送り込みつつも、日本会議の中心人物は中に入らず、集会の動員にあたって宗教団体を動員していても、組織の性格を表すことになる役員には絶対就かせなかったのである。彼らは、教育臨調の多数の役員を含め、日本社会全体を欺こうとしているのである。

表4 日本会議中央役員名簿(2002年5月)
<  > が宗教関係団体、通し番号は引用者による)
顧 問
1 石川 六郎 日本商工会議所名誉会頭
2 宇野 精一 東京大学名誉教授
3 加瀬 俊一 鹿島出版会相談役
4 北白川道久 
<神宮大宮司>
5 久邇 邦昭 
<神社本庁統理>
6 櫻井勝之進 
<皇学館大学常任顧問>
7 白井 永二 
<鶴岡八幡宮名誉宮司>
8 瀬島 龍三 伊藤忠商事鞄チ別顧問
9 戸田 義雄 
<国学院大学日本文化
        研究所名誉所員>

10 服部 貞弘 
<岩津天満宮名誉宮司>
11 福島 信義 
<明治神宮名誉宮司>
12 渡辺 恵進 
<天台座主>

会 長
13 三好  達 前最高裁判所長官

副会長
14 安西 愛子 声楽家
15 石井公一郎 ブリジストンサイクル褐ウ社長
16 小田村四郎 拓殖大学総長
17 工藤 伊豆 
<神社本庁総長>
18 小堀桂一郎 東京大学名誉教授
19 山本 卓眞 富士通竃シ誉会長

代表委員
20 石原慎太郎 作家
21 井尻 千男 拓殖大学日本文化
        研究所所長
22 出雲井 晶 作家・日本画家
23 板垣  正 元参議院議員
24 伊藤 憲一 青山学院大学教授
25 稲山 霊芳 
<念法眞教燈主>
26 井上 太郎 
<霊友会総務理事>
27 入江 隆則 明治大学教授
28 宇佐美忠信 (財)富士社会教育センター理事長
29 海老原義彦 軍恩連盟全国連合会会長
30 大石 泰彦 東京大学名誉教授
31 岡田 恵珠 
<崇教真光教え主>
32 岡野 聖法 
<解脱会法主>
33 小串 和夫 
<熱田神宮宮司>
34 尾辻 秀久 日本遺族会副会長
35 小野田寛郎 (財)小野田自然塾理事長
36 加瀬 英明 外交評論家
37 勝部 真長 お茶の水女子大学名誉教授

38 加藤 芳郎 漫画家
39 上村 和男 (社)国民文化研究会理事長
40 城内 康光 前ギリシャ大使
41 清原 恵光 
<比叡山延暦寺代表役員執行>
42 黒川 紀章 建築家
43 黒住 宗晴 
<黒住教教主>
44 慶野 義雄 日本教師会会長
45 佐伯 彰一 文芸評論家
46 境川  尚 日本相撲協会理事
47 佐藤 和男 青山学院大学名誉教授
48 志摩 淑子 樺ゥ日写真ニュース社社長
49 春風亭柳昇 落語家
50 鈴木 俊一 日本倶楽部会長
51 関口 徳高 
<仏所護念会教団会長>
52 千  宗室 茶道裏千家家元
53 副島 廣之 
<明治神宮常任顧問>
54 園田天光光 各種女性団体連合会長
55 瀧藤 尊教 
<総本山四天王寺元管長>
56 田久保忠衛 外交評論家
57 武原 誠郎 イムカ株式会社代表取締役
58 竹本 忠雄 筑波大学名誉教授
59 坪井 栄孝 日本医師会会長
60 寺島 泰三 (社)日本郷友連盟会長
61 外山 勝志 
<明治神宮宮司>
62 中野 良子 オイスカインターナショナル総裁
63 中村 清彦 富士産業椛纒\取締役
64 能村龍太郎 太陽工業椛纒\取締役会長
65 長谷川三千子 埼玉大学教授
66 廣池 幹堂 
<(財)モラロジー研究所理事長>
67 藤岡 重孝 
<神宮少宮司>
68 古谷幸三郎 活城木工所代表取締役社長
69 堀江 正夫 英霊にこたえる会会長
70 丸山 敏秋 
<(社)倫理研究所理事長>
71 宮崎 義敬 
<神道政治連盟会長>
72 宮西 惟道 
<東京都神社庁庁長・
        日枝神社宮司>

73 村尾 次郎 全国地名保存連盟会長
74 村松 英子 女優
75 湯澤  貞 
<靖国神社宮司>

理 事 長
76 田中安比呂 
<明治神宮権宮司>

事務総長
77 椛島 有三 日本会議理事

  宗教右翼による活動の概観

  では、1月26日の集会には、キリストの幕屋以外にどのような宗教団体の動員がなされたのだろうか。残念ながら、その実態は分からないよう厳重な工夫がなされていて、正確には不明である。ただ、表5などから、ある程度のことが推定できる。これは、中央につづく翌1998年に日本会議・大阪が結成された際の役員名簿である。
  まず、運営委員長・事務局長・事務局次長は、5人のうち4人までを神社本庁の政治団体である神道政治連盟が担っており、事務局も大阪府神社庁に置かれている。そこにただ1人、日本青年協議会のメンバーが加わっているが、これは生長の家系の新右翼団体である。日本会議(中央)の役員(表4)に事務総長・椛島有三の名前があったが、彼が同協議会の代表でもある。生長の家は、かつてこの種の右翼運動に全力を挙げていたが、創始者・谷口雅春から二代目に移って方針が変わり、現在停止している。そのため、こうした活動は神奈川県の一部に限定されたり、青年協議会による活動へと移っている。ただし、彼らは日本会議を実質的に指導的する立場にある。右の丸山も現在は日本会議・大阪の事務局長となった。
  さらに全体63人のうち、宗教者とすぐ判明する者だけで24人(38%)で、この比率は、表4でみた中央(修養団体等を加えて36%)の比率とほぼ同じであり、他の役員の性格も含め似通った構成となっている(大阪の欅会は、郷友連盟と同じ自衛隊OBによる組織である)。
  日本会議・大阪は、設立大会を1998年6月、大阪の中之島中央公会堂で開いた。参加者によると、「ロビーには、国柱会、倫理研究所、子どもを守る親の会、神社本庁、IIC(霊友会)、仏所護念会、念法真教、崇教真光等の各種宗教団体の受け付け窓口があり、さながら、教派神道系の宗教団体総動員の感があり、会場は1400名余で超満員であった」(『戦後補償ニュース』第30号)とある。組織動員のため、このときは団体ごとの受付けを設けていたのである。ということは、これらの団体が大量動員していることを意味する。信者に若者がかなりいることも特徴である。一見して非宗教的に思える「子どもを守る親の会」も、地域ごとに複数の宗教団体から組織されているといわれるので、主要な動員はすべて宗教団体によって担われていることになる。
  彼らはその後、目立つ団体受付方式をやめ、現在はチラシの一部分などに整理券を印刷し、そこに所属団体名を書かせて受け付けで提出する方法へと転換した。今年2月26日の集会も、その方式をとったため、彼らの正確な動きが分かりにくかった。
  右の日本会議・大阪の設立大会の翌日には、同じ会場で「つくる会」のシンポジウムを開き、日本会議の役員である新樹会(右翼政治団体)の代表幹事・濱野晃吉が、「つくる会」大阪の会長(代行)となった。日本会議は、憲法改悪を最終目標としつつも多面的な課題に取り組み、いっぽう「つくる会」が一つの課題に専門的に取り組むという組織性格の差はありつつも、状況に応じて両者が一体化する構造が浮かび上がる。とくに「つくる会」の結成から一昨年の採択戦までは幅広く文化人が加わり、保守的市民層にある程度の支持を広げてきたが、小林よしのりが藤岡信勝に追われるようにして脱会したことなどにより、「つくる会」は現在、日本会議にいっそう頼らざるを得ない状況に陥っている。
  そうした傾向は、昨年、愛媛において「つくる会」教科書を中高一貫高に採択させる運動にも見られた。たとえば、加戸守行知事は、昨年5月11日、「つくる会」歴史教科書の採択を「県政最大の課題」(愛媛新聞)と述べて姿勢を鮮明にし、現実に8月、県教育委員会に採択させたのだが、その発言がなされたのは、倫理法人会の東予ブロック設立式典のことであった。倫理法人会とは、倫理研究所の企業経営者を対象とする部門である。
  愛媛県の「つくる会」の特色は、呼びかけ人や賛同人に中小企業主が比較的多く加わっている(呼びかけ人から議員を除いた39人のうち20人と、半数以上を占めている)ことだが、これは漫画家・小林よしのりが一昨年まで青年会議所と結びついて活動してきた流れに加え、上の倫理法人会の活動、さらに同じように中小企業関係者を修養活動の主要な対象としてきたモラロジーの役員(中予モラロジー事務所代表)が呼びかけ人に加わっていることが関係していると思われる。
  モラロジーとは「道徳科学」の意味であり、天照大神の「慈悲・寛大・自己反省」の精神に道徳の基礎を置き、それにもとづく国家体制、道徳原理と経済活動の一体化などを主張する。組織人員は、個人・法人合わせて全国約6万人程度であるが、会員になるには最低2年間にわたって教理を学習する必要があるなど、「その質的レベルは高い」(沼田健哉『現代日本の新宗教』)とされ、選挙では会員の10倍の600万の集票力があるという。「つくる会」との関連でみると、岡山県や愛知県における活動が確認され、とくに愛知県支部はモラロジーの会員が中心とされている。岐阜県端浪市にある私立広池学園・麗沢端浪中学校は、モラロジー研究所が経営母体の学校だが、「つくる会」教科書を歴史・公民ともに、比較的早く(2001年6月16日)採用することを決定した。
  愛媛の「つくる会」に再度言及するならば、こうした修養団体だけでなく、やはり神社の大半(約8万社)を組織する神社本庁系の力も無視できず、新聞折り込みで一般配布した彼らの文書によると、呼びかけ人のうち7人(18%)を占めている。日本会議の中核となり、また「つくる会」を支持しつつも、行動では前面に立たないことが多いものの、2001年の採択では各地で影響力を発揮した。たとえば、それまで長崎県と熊本県では合計7地区で平和主義的性格をもつ大阪書籍を選んでいたが、彼らの活動によって全滅することになった。
  これらは、とくに神社本庁の政治部である神道政治連盟の活動によるものと考えられ、森喜朗・前首相が「日本は神の国である」と発言して有名になったのも、同連盟の集会においてであった。また、青年神職で組織する神道青年全国協議会(会員数3200)は、「日本会議」と「つくる会」に積極的に協力しつつ、「北方領土返還運動」や「国旗掲揚推進運動」などにも力を入れている。昨年の日韓共催のワールドカップでは、埼玉・横浜・大阪・仙台などの会場で、全国の神社系幼稚園などで子どもたちに作らせた「日の丸」約七万枚を配布したことが報じられた(朝日新聞〇二年七月二九日、神道青年全国協議会のHP)。「日の丸・君が代」のリバイバルと日本社会への再定着はスポーツを通じて行われたが、表3にみられた文科省とスポーツ関連公益法人の関係に、こうした宗教団体が積極的に協力してきた結果として押さえる必要があろう。
  ところで、愛媛における昨年の採択では、直前に「つくる会」が全国から組織動員し、各戸ビラ入れを行ったほか、松山市街にも200人近い集団を登場させ、宣伝活動を行った。大半はキリストの幕屋であるといわれる。その後、「今回の採択は私たち幕屋の力による」との態度が内部であからさまとなり、「つくる会」愛媛の中に対立や脱落者が生じたと伝えられる。
  キリストの幕屋は、キリスト教の旧約聖書と新約聖書のうち、旧約にあたるものとして『古事記』『日本書紀』などを位置づけ、日本民族の実存的生命を取り戻そうと訴えてきた(手島郁郎『聖霊の愛』)。「つくる会」副会長である藤岡信勝と彼らは教科書運動のごく初期から強い結びつきをもち、藤岡の講演会や論敵との討論の場には、必ずと言ってよいほど、異様な髪形の女性が多数確認されてきたし、彼自身もっとも頼りとしてきた宗教団体である。昨年の愛媛で陣頭指揮をとった彼が、私兵とでも呼ぶべきこの集団を動かしたことは容易に推測できる。
  正式には原始キリスト教団・キリストの幕屋と称するこの宗教右翼に触れて、慶応大学の学生・上野陽子による「<普通>の市民たちによる『つくる会』のエスノグラフィティー〜新しい歴史教科書をつくる会神奈川県支部 有志団体『史の会』をモデルに〜」という論文がインターネットに公表されている。そこには次のようなインタビューが掲載されている。
   つくる会自体の変容(方針・支持者層)を憂慮する声もあった。発足当初に比べ、宗教色が強まってきたというのである。前述した「キリストの幕屋」信者の割合が増えているのが目に見えてわかるというのだ。なぜわかるのか、と問うたところT氏(44歳男性)とH氏(34歳女性)が頭の上で指をくるくる回した。「幕屋の女性の信者さんは皆ほとんど同じ髪型をしているからわかります。長くのばした髪を三つ編みにして上にあげているんです。だからすぐ分かる」「戦争論2のシンポジウム(2002年2月13日)でも、幕屋の人が多かったですね。平成10年のときのシンポジウムとは、参加者が明らかに違うって感じです。最初はもっといろんな人がいて明るーい感じだったんだけどな」(H氏)
 T氏はまた、次のように述べたという。
  幕屋の人たちは信仰と結びついているから、すごく熱心。つくる会への入会だって家族ぐるみでやる。つくる会の教科書とか『国民の歴史』なんかを自腹で何十冊も買って、知人に配っている。今つくる会の会員って8000人くらいに減ってきているんですよね。普通の人だったら年会費6000円払って、時折会誌『史』が届くくらいじゃ納得いかないですよ」
  現在進行中の「つくる会」会員倍増運動の実態もここによく表れている。こうした「幕屋」の宗教者としての日常的な姿は、キリスト教の無教会派の流れにあるため分かりにくいが、かつて雑誌『噂の真相』(1999年10月)がとりあげたことにより、インターネット上に元信者や関係者の書き込みがなされたり、トランス状態で異声(キリスト教では「異言」と呼ぶ)を発しつつ祈る姿などが報告されている。
  これまで拙文で名前をあげた宗教団体以外に、東北に基盤をもつ大和教団などもある。

表5 日本会議・大阪役員名簿(1998年6月)
<  > が宗教関係団体)
代表委員
青木  匠 日本世論の会大阪府支部長
荒木 迪夫 
<社団法人倫理研究所
       中部大阪エリヤリーダー>

石橋 正昭 全国同友会大阪本部事務局長
伊原吉之助 手塚山大学教授
石見 哲三 
<国柱会近畿地方連合局長>
内海 秀雄 「国の為...運動」事務局長
大山  博 大阪府歯科医師連盟
岡本 幸治 大阪国際大学教授
加藤 四郎 カネミ倉庫株式会社
       代表取締役相談役
亀田 喜一 
<キリストの幕屋>
河村 芳夫 英霊にこたえる会
       大阪府本部監事相談役
黒田 泰弘 大阪府防衛を支える会理事長
小池 常介 豊 恒産株式会社代表取締役
佐分利艶子 婦人同志会会長
芝田 武治 大阪郷友会会長
田口 直人 
<佛所護念会大阪地区代表>
津田 市正 法学博士
東條  博 
<大和心のつどひ幹事長>
苗村 七郎 万世特攻慰霊碑奉賛会理事
仲谷 昇逸 大阪府軍恩連盟監事
長沼 文雄 株式会社関西木材市場
       代表取締役社長
中林 賢治 大阪府遺族連合会会長
橋本  武 
<IIC大阪府連絡協議会代表>
橋本 弘明 
<崇教眞光関西方面指導部長>
長谷川霊信 
<念法眞教教団教務総長>
濱野 晃吉 大阪新樹会代表幹事
平岡 英信 
<学校法人清風学園理事>
不破 孝子 「子どもを守る親の会」
       大阪府連絡協議会代表
吉田 裕明 
<日本青年協議会
       大阪祖国と青年の会代表>

吉田 康彦 大阪ビジョンの会代表
吉村 伊平 大阪有志懇話会代表
薮野  信 
<大阪府神道青年会会長>
渡邊 三峰 神州正気の会主宰
運営委員長
寺井 種伯 
<神道政治連盟大阪府本部長>

運営委員
青木  匠 日本世論の会大阪府支部長
荒木 迪夫 
<社団法人倫理研究所
       中部大阪エリヤリーダー>

石橋 正昭 全国同友会大阪本部事務局長
内海 秀雄 「国の為...運動」事務局長
大山  博 大阪府歯科医師連盟
亀田 喜一 
<キリストの幕屋>
河村 芳夫 英霊にこたえる会
       大阪府本部監事相談役
黒田 泰弘 大阪府防衛を支える会理事長
佐分利艶子 婦人同志会会長
芝田 武治 大阪郷友会会長
代田 壽範 日本青年協議会
       大阪祖国と青年の会書記長
田口 直人 
<佛所護念会大阪地区代表>
竹中 順一 
<国柱会近畿地方連合局駐教>
塚本 英樹 大阪新樹会事務局長
東條  博 
<大和心のつどひ幹事長>
仲谷 昇逸 大阪府軍恩連盟監事
中林 賢治 大阪府遺族連合会会長
西尾 良彦 
<念法眞光教教団出版部長>
野口 博久 「子どもを守る親の会」
       大阪府連絡協議会事務局長
橋本 弘明 
<崇教眞光関西方面指導部長>
前田 昭二 
<IIC大阪連絡協議会事務局>
柳原由起夫 大阪中ビジョンの会代表
吉田 洋明 
<大阪府神道青年会渉外部長>
吉村 伊平 大阪有志懇話会代表
渡邊 三峰 神州正気の会主宰

事務局長
岡田 一郎 
<神道政治連盟大阪府本部事務局長>

事務局次長】 
芦立 幸正 
<神道政治連盟大阪府本部事務局>
津田 信幸 
<神道政治連盟大阪府本部事務局>
丸山 公紀 
<日本青年協議会大阪祖国と青年の会>

  宗教右翼の台頭が提起するもの

  以上大まかに述べた宗教団体の系譜を表6に示しておいた。中には名前貸し程度の参加もあり、活動の実態と教義の分析などについて、今後いっそう調査を進める必要がある。多くが1800年代に発生した「新宗教」に含まれる(国家神道としての神社神道も、見方によっては明治維新以降の新宗教と見れなくもない)。
  括弧の中に信徒数を入れたが、概数でしかない。とくに神社本庁については算定の方法がない。参考までに今年の三が日の初詣客を示しておくと、不況の影響もあって近年増加傾向にあり、8622万人と、国民の約7割が出かけている。キリストの幕屋についても、無教会主義ということから、信者数はわからず、1973年に発行された『日本宗教大鑑』には、機関誌『生命の光』の予約購読者が1万8000人、毎年2度開かれる聖書講筵には数千人の参加者があるという。現在、全国約80カ所の集会所が公表されている。
  ただし、新宗教のすべてがこのような右翼的傾向をもっているとは限らない。むしろ革新的な側面や平和主義的な側面の強い教団(<>で示した)も多い。たとえば、新日本宗教団体連合会(新宗連)青年会が、一九七四年以来、アジアへの加害を知るために「アジア懺悔行」と呼ばれる研修旅行を組織してきたことなど注目される。
  ところで、これら宗教右翼が台頭しつつある事実は、いくつかの重要な問題を提起しているように思う。まず第一に、これまで「つくる会」などによるナショナリズム的な反動化を、財界による支援の指摘(俵義文)や精神分析(野田正彰・香山リカ)などから解明する成果が挙げられてきた。この小論は、それらの成果をふまえつつ、実働的な核に当たる部分を解明することが今重要であり、その意味では旧来の行動右翼や遺族会とは別の動きに視点を移す必要性を提起するものである。各地から報告された彼らの様子は、一見しておとなしい紳士・淑女風である。これまでの「右翼」のイメージとまったく異なる理由はここにある。しかも彼らは老人ばかりでなく、主婦や若者を組織している場合が多い。
  また財界とナショナリズムとの関連でいえば、大企業のみならず中小ブルジョアジーの存在に光を当てる必要性を感じさせるものである。それらが修養団体などを通じて組織されている具体的なあり方の分析は、いっそう重要となろう。とくに戦前から、ファシズムの基盤の一つはプチ・ブルジョアジーであると言われてきた。また民衆的な草の根ファシズムの存在も重要な側面として指摘されている。新宗教の基盤は、多く民衆にあり、そうした意味からみても、宗教団体の台頭は、たいへんに危険な動きと見る必要がある。
  国柱会などは小さな教団だが、創始者の田中智学は、戦前、日本主義・国家主義の論陣を張る右派のイデオローグ・高山樗牛や、五・一五事件の先駆けとなった血盟団事件の井上日召、満州事変を主導した陸軍大尉・石原莞爾などに大きな影響を与え、「満州国」建設の宣伝運動を自ら行ったことでも知られている。そうした流れから、戦後も天皇中心主義と帝国憲法の復活を唱え続けている。侵略戦争の推進と戦後も変わらない主張をもつ勢力の背後に宗教がある。その役割の分析は、まだ空白に近い状態にあると言わねばならない。
  また、これらの動きは、世界的には原理主義の台頭と連動していると思われる。アラブ諸国などにおけるイスラム原理主義は有名だが、アメリカにおいてもキリスト教原理主義がブッシュ政権のもう一つの基盤となっている(蓮見博昭『宗教に揺れるアメリカ』、坪内隆彦『キリスト教原理主義のアメリカ』)ことを考えれば、改めてそうした視野の中でとらえ返す必要があろう。   (文中、敬称を略した)


表6 宗教右翼系譜図


(本稿は、要約を「歴史認識と東アジアの平和フォーラム」において2月27日に報告するとともに、完全版を日本の戦争責任資料センター紀要『季刊・戦争責任研究』39号<3月中旬刊行>に掲載する予定)


滋賀県で「つくる会」の動きを抑えることに成功しました

 「愛媛の次は滋賀だ」という掛け声により、滋賀で来春開設される中高一貫校の歴史教科書が、狙われました。「つくる会」は、10月に他府県からも組織動員して、「日本が好きになる教科書を子どもたちに」と大宣伝を繰り広げ、4万筆余の署名と要望書を県教育長に提出したことなど、先に下のようにお知らせした通りです。
 これに対して市民団体と教組から県教育長に申し入れが行われ、私たちもインターネットで呼びかけましたところ、多数の声が届けられました。
 11月27日、滋賀県教委は、採択結果を発表しました。「つくる会」教科書は採択されませんでした。ここにご報告し、みなさんのご協力に感謝いたします。

     滋賀の中高一貫校の教科書採択に再び「つくる会」が暗躍

 滋賀県では来春4月に3校(水口東、守山、河瀬)の中高一貫校が開校します。その教科書の採択が、今回11月下旬〜12月上旬に行われます。
 これに向けて「つくる会」は、10月初旬頃から滋賀県内で県教科書改善連絡協議会を先頭に立てて中高一貫校の採択手続きを問題視する署名活動を展開してきました。10月29日には「国への誇りと愛情を育てる教科書を手渡してほしい」とする要望書とともに、約4万1000人分の賛同署名を西堀末治・県教育長に提出しました。
 採択手続きの問題というのは、「選定委員や調査委員に扶桑社の歴史教科書の採択に反対している先生が入っていることは、公正な採択が損われることになる」というもの。また、高校の教員が中学校教科書の採択のための選定資料作成にたずさわることについては「高校の教員は中学校学習指導要領や中学生の実態を正しく判断できる立場になく、不適切」ともしており(トンデモナイ言い方!!)、採択手続きを一時中断してでも採択方法を改訂するよう要求しています。
 採択は間近に迫っています。「つくる会」や教科書改善連絡協議会の圧力に屈せず、あぶない教科書を採択しないよう下記まで要望を寄せてください。


【要望先】 滋賀県教育長  西堀 末治
       〒520-8577 大津市京町4-1-1
       TEL 077−528−4500
       FAX 077−528−4953


つくる会関係集会スケジュール

録音テープ片手に「つくる会」集会へ行こう!



「つくる会」関連リンクへ