ふたたび「裏口入学」した「つくる会」教科書 残り、改悪され、追加された問題箇所の性格


―皇国史観教科書としての性格を強化 竹島に関する文科省の説明には疑問―
 

上杉 聰

 「新しい歴史教科書をつくる会」による歴史・公民教科書(扶桑社版)が2005年3月30日、ふたたび検定を通過し、4月5日報道関係者に公表された。今回は白表紙本の段階でかなりの訂正がなされ、採択しやすくなっていることを「『つくる会』教科書はこう変わった!?」で明らかにしておいたが、合わせて残された問題点を指摘した。

 ここでは、改訂版の新たな問題記述――改悪したり、追加された問題箇所――について明らかにしたい。ただ、今回、文部科学省は、「修正表」(白表紙本にどのような検定意見を文科省が加え、最終的にどのような表現へと変わったかを示した一覧表)をマスコミへは配布したが、もし修正表を一般に漏出させた場合、以後、すべてのマスコミ各社への情報提供を一切しない≠ニいう不当なおどかしをかけたため、一般の入手は四月下旬になる予定。

 したがって、検定によって最終的にどのような記述へと変わったかを正確に知ることができないが、各社の報道を総合し、また各方面からの伝聞によって、記述内容が変えらなかった白表紙本の問題箇所、あるいは若干変更されたが根本的には変わらなかった部分([ ]で括って示した)がほぼ判明した。変更された部分が新しくどう表現されたかまでは十分確認はできないが、実に多数の新たな問題箇所が無修正のまま検定を通過したことがこれによってわかるので、ここに報告したい。

 残され、改悪され、追加された問題箇所は多数、かつ多岐にわたっているが、そのほとんどを「皇国史観」としての概念で括ることができる。今回の改訂版は、皇国史観教科書としての性格をより強化したのである。

 「皇国史観」とは ご承知のように、戦前・戦中の国民教化のイデオロギーとして、侵略戦争や植民地支配を正当化した歴史観である。その性格と特徴を永原慶二氏は『皇国史観』(岩波ブックレット20、『歴史教科書をどうつくるか』岩波書店に第2章として再録)において、いくつかの特徴に分類し、整理している。その性格と特徴を、改めて以下のように再整理することができる。

 1、科学性を無視した強い主観性と排他性をもつ宗教的歴史観
 2、天皇を中心とした家族的国家観を日本歴史の根幹ととらえる歴史観
 3、国家体制(国体)を壊す恐れある国内の民衆・女性・部落を軽視する特徴
 4、対外的には、自国中心主義と他民族支配を肯定する優越観をもつ

 皇国史観という表現から多くの人が連想するのは天皇を中心とした歴史観≠ニいうものだろう。たしかにそれ自体間違っているわけではない。だが『古事記』『日本書紀』の神話に依拠しながらも、一九三〇年代の帝国主義国家による思考様式であることから、宗教的主観性のみならず、民衆・女性への軽視のみならず蔑視や、周辺諸国への支配を正当化する攻撃的性格までの広範な特色を兼ね備えている。

 もちろん、旧来の皇国史観そのものが今回の「つくる会」教科書に全面的に復活したというものではない。この教科書は、ときには明治憲法下の天皇に「統帥権」が存在したことさえ隠すようなことをしている。それだけを見れば、天皇のもつ軍事的権能を弱めて記述していることから、皇国史観とは異なる、という評価も可能であろう。

 だが、実際に存在した統帥権をなぜあえて隠したのかと考えれば、それによって天皇の戦争責任が発生する余地を覆い隠そうとするためであり、天皇制擁護のための工夫と考えられる。この教科書は、それ以外の点では、あらゆる側面で――時代やテーマにより濃淡はあるが――同史観に即しているのである。ならば、目的に至る途上にあるとはいえ、その目指している方向が皇国史観であることを現在明らかにし、その危険性を指摘しておくことは大切なことであろう。

 こうして、「つくる会」教科書を皇国史観へと向かう途上にある教科書と捉えることによって、その特色を一貫したものとして説明することが可能となる。たとえば、「つくる会」教科書に初歩的な間違いが多い理由さえも、彼らの展開する歴史の多くが、すでに宗教性をもった神話によって示されているため、現実の歴史上の事実がどのようなものであったか追究したり学ぶ必要がない主観性によるため、と説明することができる。また、たとえ神話でフォローできない時代にあっても、神話的説明による先入観にとらわれて、具体的な歴史事象が歪曲されることになる。あるいは、自らの主観にとって都合の悪い歴史事象も切り捨てられ、隠蔽されることも説明できる。

 また、天皇を中心に置く家族的国家観がもたらすものとして、対極にある民衆や部落などの存在への軽視がある。民衆の姿の少なさは「つくる会」教科書の特色でもあるし、女性についても、男性を中心とした家族国家観であるため、彼女たちの自立や権利の伸長は、社会秩序の破壊とうつる。さらに「万世一系」という血縁的な虚構を維持しようとするとき、天皇家に入り込んだ無数の女系の血筋は脅威である。その存在を弱めるためには、天皇家における女性の地位を軽く叙述する必然性が生じる。女性蔑視は天皇制に付きまとう影なのである。

 また、皇国史観のもつ国際関係の認識について、戦前・戦中の教科書は、新羅・百済・高句麗の「三韓征伐」と呼ばれた神話を載せていた。朝鮮を服属させ、貢ぎ物を献上させたというこの神話は、古代天皇制以来のの願望を描いたにすぎないが、こうした記述が明治期から子どもたちの読む教科書に登場し、その後、韓国を植民化するにあたって、またそれを正当化するための強力な麻酔薬として働いてきた。皇国史観とは、たんに神話や天皇を中心とする国内的な国家観であるというに留まらず、こうした対外的侵略性までも含むイデオロギーなのである。

 これはまた、自己中心的な愛国心や、被害者意識にもとづいた攻撃性となって表れる。それは、右のような国際秩序が基本として意識されるとき、諸外国、とくに皇国史観が直接的な範囲とする周辺諸国との関係が対等なものとなること自体、本来はありえないことと考えられ、もしそうした事態が進行するならば、自らの存立の危機と自覚されるからである。こうしてこの歴史観は、被害者意識に容易に陥り、過剰な自己防衛本能をかきたて、精神的に追いつめられたところから発する攻撃的な性格となってあらわれる。

 本稿では皇国史観の性格を強めた結果、どのような歴史教科書として機能しようとしているか、その問題記述を右の性格と特徴の分類にしたがって、以下に示しておこう。初歩的な誤りや問題箇所はこれらにとどまらないが、その全貌は、これから各方面から、専門領域に応じて指摘されると思うので、それを待ちたいと思う。

 また公民教科書については、竹島問題がマスコミによって大きく取り上げられているが、後述するように、もともと周辺諸国との対立を煽る文脈で竹島問題がグラビアに取り上げられ、そこに文科省の「修正意見」が付けられ、最終的に「韓国が不法占拠しているしている竹島」という記述が確定したもの。公民は、国家間の緊張を刺激することで憲法の改悪に向けた流れを作る教科書となっており、歴史教科書で打ち出した皇国史観にもとづく彼らの現状打破が、憲法問題から始まることを明らかにしたものである。

 ところで、扶桑社の竹島記述について中山文科大臣は、「(扶桑社が)政府の見解に添って記述を変えてきたということ」とし、学習指導要領や検定基準に合致していれば、同変更するかは編集社側の判断であると責任を逃れの発言をしている(4/5時事〜国内外ニュース速報参照)。

 ところが、なぜ扶桑社の記述に修正意見が加えられる必要があったのか。もとの記述は「韓国とわが国で僚友権をめぐって対立している竹島」というもので、同様の記述をしている大阪書籍と日本書籍新社の記述は、「竹島は、韓国もその領有を主張しています」(大書)「日本と韓国の間には、日本海の竹島をめぐる問題がある」(日書)の表現で検定を通過している。なぜ扶桑社にのみあえて検定意見を付け、挑発的な記述を入れさせたか、今後の真相の究明が鍵となる。(この点について毎日新聞がするどい記事を書いてくれた<内外ニュース4/6>。その責任は文科省にあることがはっきりし、さらなる言い逃れを追及したいところ)


1、「つくる会」歴史教科書の問題記述

 (1)強い主観性と排他性をもつ宗教的歴史観

  箸墓古墳…夜は神がつくった(p.28,)
  神武天皇の東征伝承(古墳時代に1頁コラム)…[神武天皇の実在を疑う説もあり](p.30)
  日本の神話(2ページコラ)…ニニギの命のひ孫が、初代天皇と伝えられる神武天皇(p.47)
  スペインの宣教師たちのあいだに…中国や日本を武力で征服する計画(p.96)
  キリスト教信者の数が急増…幕府にとってこれは脅威となった(p.104)


 (2)天皇中心の家族的国家史観

  みなさんと血のつながった先祖の歴史(p.6)
  天皇の子孫とされる源氏と平氏(p.54)
  元寇…朝廷と幕府は一致して、これをはねつけた(p.70)
  頼朝はあくまでも朝廷をうやまい…武家政治は(鎌倉から)明治維新まで続いたが、その間、朝廷と幕府の関係はだいたい安定(p.72)
  江戸幕府の全国統治のよりどころは…朝廷から得た征夷大将軍という称号(p.101)
  武士は、究極的には天皇に使える立場(p.141)


 (3)国内の民衆・女性・部落などの歴史を軽視

  縄文時代…男たちは…狩りと漁労…女たちは植物の採集と栽培(p.19)
  摂関政治は、天皇の母方の一族が実権をにぎる政治だった…院政では、天皇の父方が…思い切った政治(p.54)
  (平安時代)女性は学ばないのが普通だった(p.59)
  (平氏は)娘を天皇の后とし…大きな権力をわがものに(p.66)
  清盛の娘が産んだ安徳天皇…皇子である以仁王がこれに反発し(p.67)
  江戸時代の身分制度は、職業による身分の区分であり、血統による身分ではなかったから、その区別はきびしいものではなかった(p.109)


 (4)他国への優越的支配意識と自国中心史観

 a、優越感 この教科書ほど、日本は世界一≠ノ類する言葉にあふれている教科書はない。たとえば

  世界にも類をみない(法隆寺五重塔塑像)(グラビアp.2)
  世界で最も安全で豊かな今日の日本(p.6)
  日本がいかに長い歴史をもった国であるか(p.7)
  弓状に連なる美しい緑の島々…日本列島(p.16)
  豊かな日本の自然(p.18)
  世界で最古の(縄文)土器(p.18)
  日本人のおだやかな性格(P.19)
  (法隆寺は)世界最古の木造建築…優美な姿(p.48)
  大仏開眼は…国際的な祝祭(p.51)
  日本は世界一の鉄砲生産国(p.92)
  江戸は…当時、世界最大の都市(p.111)
  (江戸時代の)日本の科学・技術は、西洋諸国にくらべても劣らない(p.113)
  (天皇の万世一系)が、日本が世界にすぐれるゆえん(p.126)
  バルチック艦隊を全滅させ、世界の海戦史に残る驚異的な勝利…世界を変えた日本の勝利(p.167)
  アメリカの土木学会は「八田ダム」と名付け、世界にその偉業を紹介(p.171)
  経済大国・日本の歴史的使命…世界の歴史でもまれな奇跡…高度経済成長(p.220)


b、自己中心性・被害者意識

  一本の腕のように朝鮮半島が突き出ている…清朝に服属していた朝鮮は、(日本と)外交関係を結ぶことを拒絶した(p163)
  ロシアは…朝鮮北部に軍事基地を建設(p.166)
  日本の安全と満州の権益を防衛するために、韓国の併合が必要であると考えた(p.170)
  日本人を襲撃する排日運動(p.194)
  排日運動にさらされていた満州在住の日本人の窮状と、満州権益への脅威(p.195)
  排日運動もはげしく…北にはソ連の脅威…南からは国民党の力(p.196)
  満州で日本人が受けた不法行為の被害(p.196)


 c、他国への蔑視

  (中国の)始皇帝は重い刑罰で秩序を守るべきとする…政治を行った(p.23)
  (中国)皇帝は…交代した。…天皇の地位は、皇室の血筋にもとづいて、代々受けつがれた(p.37)
  新羅…独自の律令をもたなかった…日本は独自の律令(p.42)
  和寇…朝鮮人も多く…ほとんどが中国人(p.79)
  中国には昔から…中華思想があり…[西洋文明から学ぼうとする姿勢が欠けていた](p.148)


 d、アジア支配観

  邪馬台国という強国(p.26)
  大和朝廷は任那…に拠点(p.32)
  大和朝廷があえて…朝貢国になったのは、[朝鮮南部の支配を認めさせるため](p.33)
  大和朝廷が朝鮮半島の政治に積極的に関与した結果…中国の進んだ文化が日本にもたらされた(p.33)


e、加害性の隠蔽

  岩倉使節団…(富国)を優先<強兵を隠す>(p.152)
  (天皇の)政治は、各大臣の輔弼にもとづいて行う」<統帥権を隠す>(p.160)
  関東大震災…住民の自警団などが社会主義者や朝鮮人を殺害」<警察・憲兵の加害を隠す>(p.189)
  日本の南方進出は…アジア諸国が独立する…[時計の針を早める効果をもたらした](p.207)
  東京裁判…今日でもその評価は定まっていない(p.215)
  天皇は、たとえ意に反する場合でも、政府や軍の指導者が決定したことは認める…立場を貫かれた(p.225)


f、好戦性

  日本海海戦…旗艦スワロフは火柱をあげ、指令塔はふっとんだ…完璧な勝利(p.169)
  真珠湾攻撃…アメリカ太平洋艦隊に全滅に近い打撃…イギリス軍を撃破(p.204)
  緒戦の勝利はめざましかった…たちまちのうちに日本は広大な東南アジアの全域を占領した…日本の将兵は敢闘精神を発揮してよく戦った(p.205)



2、「つくる会」公民教科書の問題記述(抄)

  グラビアの構成 「世界中で活躍する日本人」(優越感)→「わが国周辺の問題」(尖閣諸島と竹島を取り上げ、領土・国家間対立を前面に出す)→「わが国のこころと伝統」(神道関連が写真の半数)→「環境問題とエネルギー」(問題は中国、との認識?)

  家族の価値が前面に 個人に優先する家族観(p.11)

  情報化社会による国家障壁の揺らぎへの危機感(p.19)

  守るべき文化の中心に神社(p.24)

  明治憲法  天皇のもとで国民が暮らしやすい社会をつくるという憲法の理想(p.72)

  日本国憲法 『世界最古』の日本国憲法(p.78)

  天皇の権威は、各時代の権力者に対する政治上の歯止め…国民の気持ちをまとめあげる大きなよりどころ(p.75)

  行き過ぎた平等意識はかえって社会を混乱させ、個性をうばってしまう(p.84)

  部落差別に「就職差別」が欠落(p.90)

  男らしさ・女らしさという日本の伝統的な価値(p.94)


以上