八木秀次著『国民の思想』を批判する
―子ども達に国防意識と改憲論、歪んだ歴史観を植え付ける「危ない思想」

2005年5月6日 鈴村明(教育問題研究家)

  「新しい歴史教科書をつくる会」新会長の八木秀次(やぎひでつぐ)高崎経済大学助教授(憲法学・政治思想史専攻)が、『国民の思想』という書物を刊行しています(産経新聞社)。「つくる会」新会長の著作『国民の思想』が出版された日に(3月30日)、「つくる会」教科書は検定合格していますが(合格公表は4月5日)、本書をはじめ、「つくる会」新会長の考えを批判的に検討分析することは、検定合格した「つくる会」の歴史・公民教科書を批判する上でも必要なことです。
  そこで、幾つかの視点や角度から『国民の思想』をとりあげ、「つくる会」新会長の考えを批判的にみておきたいと思います。なお、八木氏の考えを見極めるために、同氏の他の著作や論考を取り上げる必要があり、本稿には『国民の思想』以外の文献も何冊か登場します。

(1)「国民の精神的な姿勢にすべき」思想の書!?

 本書の「あとがき」で、八木氏は「本書で私が『縦軸の哲学』というものを国民の精神的な姿勢にすべき」という意味で『国民の思想』という書名にした、と説明しています。つまり、八木氏は、自著『国民の思想』を、21世紀日本の国民精神にすべき、ということを本気で主張しているのです。
@「縦軸の哲学」と「国防の義務」:八木秀次氏が主張し、強調する「縦軸の哲学」とは、どのような哲学なのでしょうか? 八木氏は『国家再生の哲学』(モラロジー研究所、04年刊)の中で、「縦軸の哲学」について以下のように説明しています。

  「祖先が築いてきたものを、今日の私たちが正確に受け継ぎ、そして私たちの時代を経て、今度は子や孫という次の世代に受け渡していくことの重要性を、私たち一人ひとりが自覚しなければ世代の継承はありえません。これは『生命の縦軸』というものを重視する考えで、(中略)『縦軸の哲学』と呼んでいます。保守主義は、このように生命の連続性、世代の継承の重要性を自覚する縦軸の哲学と表現してよい」(同書18頁)
 
  また、八木氏は、同書の中で「国家は、すでに死せし祖先たち、現在のわれわれ、そしてまだ見ぬ子孫たち、これら三者からなる共同事業」というエドマンド・バーグ(18世紀のイギリスの思想家で政治家)の定義を紹介し、「国家の連続性」も強調しています。
  今回の『国民の思想』で、八木氏は「『保守主義』とは、生命の連続性、世代の継承、国家の連続性を自覚する思想」とし(397頁)、これを簡単に「保守主義とは、『縦軸の哲学』」と言い換えています(397頁)。つまり、「生命の連続性、世代の継承、国家の連続性」を自覚する保守主義の哲学を、八木氏は「縦軸の哲学」と命名しているわけです。八木氏は、「縦軸の哲学」という保守主義思想の対極に位置する「革命思想」として、ジョン・ロックの「社会契約説」などをとりあげ、それらを批判しています。八木氏によれば、「社会契約説」は、歴史の連続性を断ち切り、いったん歴史を否定した上で、個々人の間で契約を結ぶ思想であり、国家の縦軸を否定する思想ということなのです。また、「縦軸の哲学」という言葉はないものの、『新しい公民教科書』は、旧版も新訂版も、「縦軸の哲学」という八木氏の思想を基盤につくられているのです。
  こうした〈保守主義の哲学=縦軸の哲学〉が必要になるのは、八木氏が「国防の義務」や「国家への忠誠義務」を重視しているからにほかなりません。
  八木氏は、日本国憲法について、国家の連続性を否定する「社会契約説」に基づいてできていると評価し、現行憲法を厳しく批判しています。つまり、八木氏は、「自衛隊員は自らの生命を投げ出し、その自由を制約して戦ってこそ、国が守られる」のに、日本国憲法によれば「自衛隊員は自らの生命・自由を犠牲にしているわけだから、『個人の生命・自由・財産を守る』という契約に違反することになる」と論じ、現行の憲法を批判しているのです(398頁)。そして、八木氏は、次のように強調するのです(398頁)。
 
  「やはり、国防は国家の連続性という発想によらねば説明できない。つまり、現在、生きている人々が、たとえその生命・自由・財産を失っても、祖先や先人が生命・自由・財産に代えて守り、伝えてきた国家を、何としても守っていこうという決意、そして、自らの生命・自由・財産を犠牲にしてでも、国家を子や孫の代に伝えていこうという意志がなければ、国防は説明できない。まさに、国家の連続性、生命の連続性を前提にして初めて、国防は成り立つのである」

  〈個人の尊厳〉と〈平和主義〉に基づく日本国憲法は、自らの生命・自由・財産を犠牲にしてでも国家を守る、というような〈国防の思想〉を否定しています。そして、〈国防の思想〉を重視する八木氏にとって、「社会契約説」に基づく日本国憲法の思想は大きな障害物なのです。
  結局、八木氏が強調するのは、自らの生命を犠牲にしてでも国家を守る、という〈自己犠牲の論理〉です。そして、そうした〈自己犠牲の論理〉は、国家の連続性、生命の連続性を自覚する思想(=縦軸の哲学)を前提にして初めて成り立つということなのです。
  自衛隊問題などにたいへん詳しい加賀谷いそみ氏は、「明治憲法を高く評価して改憲論者らに『感銘』を与えた八木秀次さんは最近、防衛庁機関誌『朝雲』のコラムニストとしても活躍」と書いています(「危うい論憲From:加賀谷いそみ 02年7月18日付」。「Anti・War」サイトより)。また、八木氏は「明日の日本の防衛・安全保障問題を徹底議論する防衛情報誌」として最近創刊された雑誌『日本の風』創刊号の座談会にも登場しています(05年春号、防衛弘済会)。ですから、八木秀次氏は『国民の思想』の中で、「自衛隊員は自らの生命を投げ出し、その自由を制約して戦ってこそ国が守られる」という考えを強調しているのです(398頁)。
A「軍国主義や忠君愛国のイデオロギー」:『国民の思想』には、「第4章『縦軸』の哲学」という章があり、「先祖とともに生きている日本人」「かつての日本人は高貴だった」「大和撫子はどこに消えた」「職人は偉大な日本人の原型」という節があります。いずれも、八木氏が「平均的日本人」というテーマで『わしズム』という雑誌(幻冬舎刊)に連載したものを収録したものです。この章で、小学5年生用の修身教科書にあった「佐久間艦長の遺書」という話が紹介されており(244頁)、八木氏は、かつての日本人の「高貴さ」に「時代を超えて感動する」としています(246頁)。そして「最期まで職務を全うした14人の潜水艇員」について、「エリート階層」ではなく「名もない人々」であったが、「武士道を身につけた」庶民として「生き方の高貴さ」をもっていたと讃えています(248頁)。しかし、八木氏自身、「この話も軍国主義や忠君愛国のイデオロギーを子どもたちに注入する側面があることを私は否定しない」と書いているように(246頁)、この話は、〈滅私奉公〉の典型のような話なのです。
  『国民の思想』には、何故か収録されていませんが、八木氏の連載「平均的日本人」には、「武士道よ、再び」や「“特攻”の青春」という表題の論考があり、八木氏は、後者の論考で「語弊を恐れずに言えば」という但し書きをつけながらも、「彼らの『青春』を羨ましく思う」と書き、特攻隊員の「ような“英雄”たちと同じ日本人に生まれたことを心から誇りに思う」と書いています(『わしズム』第7号03年刊)。特攻隊の歴史は、悲劇の歴史ですが、八木氏の「縦軸の哲学」によれば、特攻隊員は、「国家の連続性」を守った「英雄たち」になってしまうのです。改訂版『新しい歴史教科書』には「女学生に見送られながら出撃する特攻隊員の写真」があり、「つくる会」は特攻隊の歴史を重視しています。旧版の教科書には、さらに「特攻隊員の遺書」の欄もありました。そしてそこには「遺歌」があり、「今吾れをすべて捨てて国家の安危に赴かんとす/悠久の大義に生きんとし/今吾れここに突撃を開始す/魂魄(こんぱく)国に帰り身は桜花のごとく散らんも/悠久に護国の鬼と化さん/いざさらば」と書かれています(魂魄とは、死者のたましい、霊魂の意。「魂」は精神を「魄」は肉体をつかさどるたましいのこと)。ここには、国家の危機において、国家の連続性を守る「悠久の大義」に生きようとした特攻隊員の思いが綴られています。つまり、特攻隊員は――八木氏が言うような「縦軸の哲学」に基づき――たとえ自らの生命を捨てても、祖先や先人が守り、伝えてきた国家を何としても守っていこうという決意、そして自らの生命を犠牲にしてでも、国家を子や孫の代に伝えていこうという意志を確立させられ、戦争に直面させられていたのです。そして、「縦軸の哲学」に生きた特攻隊員の青春を羨望している八木氏は、これまで〈祖国のために死ぬべきではない〉と教えてきた公民教科書を批判しながら、〈祖国のために死ぬ〉ことを自覚できる「公民」、私的な権利を主張するよりも、共同体に対する義務の方を重んじる「公民」の育成を強調しているのです(八木論文「こんな公民教科書でマトモな子は育たない」参照。八木著『論戦布告』268頁、徳間書店、1999年刊)。

(2)「つくる会」会長の「憲法改正」論は、戦争する国の憲法づくりへの道

  改憲を強調する憲法学者の八木氏は、『国民の思想』の第5章「日本国憲法には『日本』がたりない」において、現行憲法への批判と攻撃を強め、「日本の国柄」を重視した復古的な改憲論を論じ、強調しています。
@「憲法に国民主権規定は不要」「日本の“伝統”に主権がある」:八木氏は、月刊『発言者』誌上の連載「日本国憲法の思想」の中で、「憲法に国民主権規定は不要」というテーマの論考を書いていますが(03年8月号、秀明出版会)、これを手直しして『国民の思想』に収録しています(300頁)。この節で、八木氏は、読売新聞憲法改正試案に「国民主権規定」が独立しておかれていることに対する不満点をのべ、「国家の成立を『合理的』に説明する必要はない」と強調し、「国民主権の規定は不要」と論じています。そして八木氏は「明治憲法のように、天皇の統治権の根拠は“伝統”にあるとすればよく、もしくは主権の規定抜きで、いきなり統治機構の規定や国民の権利保障の規定から始めればよい」と強調しています(301頁)。
  明治憲法を賛美する八木氏は、「明治憲法の天皇主権から日本国憲法の人民主権に移行した」という憲法学者の学説を批判し、同時に「小中高の学校の教科書でも、やはり明治憲法は天皇主権で、日本国憲法は国民主権と教えられている」状況を問題視し、批判しています(八木著『日本国憲法とは何か』177〜8頁、PHP新書、03年刊)。八木氏は、憲法上「主権の所在を明らかにするという発想自体、問題のあるもの」と決めつけているのです(同書179頁)。そして、同氏は「憲法は書かれる以前の慣習や伝統あるいは神への怖れなど、そういったものによって権力が制限をうけるというのが立憲主義」という具合に、時代錯誤の解説をしているのです(同書179頁)。これは「皇祖皇宗の遺訓」を重視した明治憲法の「神勅主権」論の考えで、明治憲法は、天皇制国家の成立を「合理的」に説明しておらず、天皇の権限の根拠を“伝統にある”としています。
  このように考える明治憲法学者が執筆した新訂版『新しい公民教科書』では、日本国憲法の「国民主権」について、君主主権から国民主権に変わった歴史的転換はまったく論じられておらず、〈国家主権〉や〈対外主権〉だけが強調され、「その中には憲法自体を改変する権限も含まれている」と書かれています(下線部は検定後、「改正」という表現に修正)。そして、「国民主権」や「主権在民」という言葉は登場するものの、「この場合の国民とは、私たち一人ひとりのことではなく、国民全体をさすものとされている」という但し書きが添えられています。言い換えれば〈主権在民とは、国民一人ひとりが国の主人公という考えではない〉という説明であり、国民主権の「国民」とは、「人民すなわち能動的な市民」(300頁)ではない、という説明です。
  八木氏は、『日本国憲法とは何か』という著作の中で、「狭義の国民主権でいう『国民』とは、歴史的な総国民のこと」「過去、現在、未来に存在する歴史的な総国民のこと」と説明しており(同書48〜9頁)、『国民の思想』の中でも「歴史的な総国民に主権がある」という考えをとりあげています(301頁)。これは「国家は、すでに死せし祖先たち、現在のわれわれ、そしてまだ見ぬ子孫たち、これら三者からなる共同事業」という捉え方と同じ考えの議論で、八木氏も書いているように、「歴史的な総国民に主権があるということは、“伝統”に主権があるということ」と同じことです(301頁)。こうした荒唐無稽な議論を教科書にそのまま書くわけにはいかず、同時に「人民すなわち能動的な市民」に主権があるとは絶対に書きたくないので、新訂版『新しい公民教科書』において「国民とは、私たち一人ひとりのことではなく、国民全体をさすもの」と書いているのです。その一方で、新訂版『新しい公民教科書』の「国民主権」を学ぶ箇所の後半では、まるまる1ページを使って「国民統合の象徴としての天皇」が強調されており、「皇室は国の繁栄や人々の幸福を神々に祈る祭り主として、古くから国民の敬愛を集めてきた」等と書かれています。そして「歴史から生まれた天皇の権威は、各時代の権力者に対する政治上の歯止めとなり、また国家の危機をむかえたときには、国民の気持ちをまとめ上げる大きなよりどころともなってきた」「天皇は、(中略)古くから続く日本の伝統的な姿を体現し、国民統合を強める存在」などと書かれており、「天皇と国民の伝統的な結びつき」が強調されているのです。つまり、新訂版『新しい公民教科書』は、「国民主権」を学ぶページで、――この教科書の代表執筆者の八木氏が考えている――天皇中心の“日本の伝統”の核心点を説明しているわけです。
  八木氏は、「憲法に国民主権規定は不要」の節で、「日本の歴史を体現し、国民のために常に祈り、公共性を象徴している天皇」という表現も使っています(303頁)。そして別の節で、八木氏は「私は天皇中心の国家制度をつくれとはいっていない」としつつも(291頁)、現行憲法第1条に規定された「国民統合の天皇」の文言の不十分さを指摘し、「このような表現だけでは『日本』の天皇についての記述としては不十分」「わが国の平和と繁栄を祈る“祭り主”としての性格を明確に打ち出す必要がある」「宮中祭祀を国事行為の中に位置づけることも必要」等と論じているのです(294頁)。
  もともと、八木氏は、「明治憲法は日本国憲法との比較対照で常に悪役を演じさせられてきた」などとし、それを「日本国憲法善玉論に対するところの明治憲法悪玉論」と決めつけながら、明治憲法を賛美している人物です(八木著『明治憲法の思想――日本の国柄とは何か』36頁、PHP新書、02年刊)。例えば、「日本国憲法における人権保障と明治憲法におけるそれとの間には、さほどの距離がない」という驚くべき解釈をしています(同書36頁)。ですから、新訂版『新しい公民教科書』でも、明治憲法について「国民には法律の範囲内で権利や自由が認められた」と記述し、明治憲法に人権を制限する規定や人権抑圧の条項(「公共の安寧秩序」等)があったことを隠し、現行憲法と比較した差異や発展関係を無視しています。そして、日本国憲法の「基本的人権」を学ぶページに「公共の福祉と国民の義務」という項目をおき、権利を重視している現行憲法を、義務先行で「臣民の権利義務」を組み立てた明治憲法と大差のないもののように描いているのです。
  新訂版『新しい公民教科書』では、明治憲法の理想が「天皇のもとで国民が暮しやすい社会をつくる」点にあったかのように描き、「大日本帝国憲法の下で近代的な民主国家づくりは進められていった」とも書いています。その一方で、日本国憲法の理想が、「民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする」点にあることを示すことなく(教育基本法前文)、現行憲法に問題点があるかのように描いています。このように、新訂版『新しい公民教科書』は、明治憲法を否定した日本国憲法の歴史的意義や画期性にふれることなく明治憲法を美化し、現代日本を、明治憲法下の天皇中心の時代と連続している社会であるかのように描いているのです。しかし、これは、日本の近現代史、とくに日本における憲法の歴史を大きく歪曲するものです。
A日本国憲法の〈歴史認識〉の否定と〈三島由紀夫による最後の憲法批判〉:八木氏は、『国民の思想』の中で、憲法前文を次のように取り上げ、現行憲法が前提とする歴史認識を批判しています(287頁)。

  「日本国憲法の前文の中で、わが国の過去について言及している部分が一ヶ所だけある。『政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し』という部分である。もちろん、ここで取り上げられている『過去』は、否定の対象、反省の対象でしかない。ここでも歴史との断絶が強調されている」

  このように、戦前の日本政府の行為によって「戦争の惨禍」をひき起こしてしまった過去の歴史を深く「反省」し、きっぱり「否定」した平和憲法の根本理念を、八木氏は強く批判しています。そして「日本国憲法のように過去を全面否定して、過去はひたすら悪かったんだという憲法を持っている国はありません」と強調しているのです(日本青年会議所「第2回新・国家アイデンティティ確立セミナー」での八木講演より。04年3月20日、「ヤフー」サイト)。
  八木氏は「日本国憲法は、敗戦後『日本だけが悪うございました』『政府と軍部が悪うございました』という前提でつくられたもの」と論じながら(前掲『日本国憲法とは何か』229頁)、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と明記した憲法前文が前提としている歴史認識を批判し、そして戦前の侵略戦争と植民地支配を正当化しているのです。
  八木氏は、『国民の思想』以外の著作でも、戦後「憲法のベースには、戦前との断絶という哲学が貫かれている」とし、「過去と断絶」している現行憲法を批判しつづけています(前掲『日本国憲法とは何か』86頁)。このように、「過去との断絶」問題にこだわる八木氏は、『国民の思想』の中で「1970年11月、三島由紀夫は檄文に『われわれの愛する歴史と伝統の国、日本』『これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬやつはいないか』と書いて自決した」ことを紹介しています(299頁)。これは、作家の三島由紀夫が、陸上自衛隊東部方面総監部(市谷駐屯地)の総監室に「楯の会」メンバーと共に乱入籠城し、バルコニーで自衛隊決起を促す演説をしたのち割腹自殺した事件のことですが、八木氏は、このときの三島由紀夫の最期の憲法批判に共感しながら、「自衛隊への突入、自決という血生臭さを理由に三島がここで体を張って訴えたことの意義を見落としてはならない」と書いています(299頁)。つまり、八木氏は、彼ら保守主義者が「愛する歴史と伝統の国、日本」を否定した現行憲法に対して、強い憤りの感情をこめながら「歴史との断絶」問題を論じているのです。八木氏は、次のように指摘します(299頁)。

  「現行憲法の最大の問題点は、三島もいうように、この憲法が歴史ある『日本』という国を骨抜きにし、その歴史を否定したことにある。その意味で憲法改正はまずもって『日本』を取り戻し、わが国が再び国家として立つことを目的に行われなければならない」

  そして八木氏は、月刊『発言者』誌上の連載「日本国憲法の思想」の最終回を、「われわれの愛する歴史と伝統の国を骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬやつはいないか」という表題にしているほど、〈三島由紀夫の最期の憲法批判〉を重視しているのです(『発言者』誌05年2月号)。
B「第9条は国を守る規定になっていない」:また、八木氏は、憲法の平和原則への批判、攻撃を繰り返し、戦争する国の憲法に変えようとしています。例えば、同氏は憲法9条について以下のように論じています(294頁)。

  「第9条は歴史のある祖国の永続化を願い、そのために国を守るという規定になっていない。60年以上も前の戦争を反省させる不戦の誓いにしかなっていない。わが国が近代国家すなわち国民国家であるなら、国民の崇高な義務として国防の義務が規定されて然るべき・・・」

  このように八木氏は、憲法第9条に変えて「国防の義務」を規定すべき、と強調しているのです。
  新訂版『新しい公民教科書』が、日本国憲法にはない「国防の義務」をことさらに強調しているのも、以上のような八木氏の改憲論にそって教科書がつくられているからです。八木氏は、ある論考で〈諸外国の憲法で明文化されている国防の義務〉を列記して紹介しながら、〈日本国憲法の規定に関わりなく国防の義務が国民にある〉という驚くべき見解を表明しています(八木著『「女性天皇容認論」を排す』215、6頁、清流出版、04年刊)。

  「その国の国民として国家のために命を投げ出して戦い、国家を守る義務を伴うというのが近代国民国家の冷厳なる事実なのであり、諸外国の憲法はこのことを明文化しているのである。日本国憲法には確かに国家に対する忠誠服従義務も国防の義務も明文をもっては規定されていない。しかし卑しくも我が国が近代国民国家であるとするならば国家に対する忠誠服従義務と国防の義務は憲法の規定に関わりなく国民に存すると考えるべきである」

  このように主張する八木氏の考えに基づいて新訂版『新しい公民教科書』はつくられており、この教科書では、〈諸外国の憲法で明文化されている国防の義務〉の該当部分を掲載し、「これらの国の憲法では国民の崇高な義務として国防の義務が定められている」とイラスト付きで解説しているのです。
  新訂版『新しい公民教科書』における憲法の「平和主義」の説明も、「自衛隊の誕生」が1ページを使って説明され、次の1ページには「平和をめぐる問題点」という見出しがあり、そこで「武力攻撃事態対処法など有事関連三法が制定された」と説明され、「戦後のわが国の平和は、日米安全保障条約に基づいて国内に基地をおく米軍の抑止力に負うところも大きい」としています。
  そして、憲法9条は、その全文の紹介はなく、「自衛隊の誕生」と書かれた1ページの中に位置づけられているだけです。そこには「第9条では、戦争及び武力の行使・威嚇を禁じ、さらに軍隊や交戦権をもつことも放棄すると宣言している」と一応書かれているものの、その後、朝鮮戦争を契機に警察予備隊が設置され、「保安隊を経て1954年には自衛隊として発足」という説明があり、次のページで「わが国の自衛隊は、装備、組織、防衛費などの点では世界有数であり、これを軍とみなす外国も多い」と書いています。つまり、新訂版『新しい公民教科書』は、中学生に〈戦後直後に軍隊をもつことを放棄したが、その後、自衛隊という世界有数の軍隊をもっていったのが、戦後史の現実である〉と納得させようとしているのです。そして、自衛隊をめぐる憲法解釈は、「憲法論議と第9条」というコラムに追いやられています。しかも、このコラムでは、自衛隊違憲論を批判する自衛隊合憲論や改憲論のみを強調し、その上で「自衛隊の位置づけを含めて21世紀のわが国の憲法のあり方が議論になっている」としているのです。
  八木氏は、憲法9条について以下のように書いていますが、これは、新訂版『新しい公民教科書』の記述と完全に符号しています。

  「時代は大きく変わりました。いつまでも占領期という特殊な時代の物語を堅持しているわけにはいかなくなったのです。その顕著な例は憲法第9条です」
「制定後まもなく、東西冷戦が始まり、その象徴として1950年に朝鮮戦争が起こります。日本はこれをきっかけに再軍備に転じます。警察予備隊(後の自衛隊)が設置され、アメリカとの間で安保条約が締結され、その後、湾岸戦争をきっかけにPKO、冷戦終結後は安保再定義、新ガイドライン、周辺事態法、現在はイラク戦争、北朝鮮有事、と憲法が想定していなかった事態が生じています。第9条では限界があることはもはや明らかです」「たとえ日本国憲法で軍備の不保持を謳っていても、その出発点から日本列島には厳然として『戦力』が存在しています。日本国憲法はアメリカの強大な軍事力と日本の自衛隊を背景にした『平和憲法』なのです」(前掲『日本国憲法とは何か』5、39、44頁)


  また、八木氏は「憲法論議というと昔からすぐに憲法9条をどう解釈するか、という話になる」が、「この9条解釈については、もう決着がついている」とし、「あとは政治課題」と述べています(共著『歴史と文化が日本をただす』132頁、モラロジー研究所、03年刊)。そして、こうした八木氏の考えを強く反映し、新訂版『新しい公民教科書』は、つくられているのです。
C「つくる会」会長が前提にする「対外認識」と“武力信仰”の危険性:八木氏は、北朝鮮拉致事件をとりあげながら、「日本国憲法は前文で外国勢力を『平和を愛する諸国民』と位置づけているが、その世界認識とは全く正反対なのが現実であることを国民に見せ付け、日本国憲法の限界がはっきり露呈された」等とし(322頁)、「現行憲法が前提とする対外認識に大きな変更が必要であることを突き付けている」と論じています(298頁)。
  拉致事件は、重大な国際人権問題ですが、「現行憲法が前提とする対外認識」を変える必要はなく、この問題も、外交措置や平和的な方向で理性的に解決すべきなのではないでしょうか。そして「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」しつつ、近隣諸国や世界の諸国との友好関係を結ぶという「現行憲法が前提とする対外認識」を重視し、今こそ、その理念を生かし、東アジアの平和構想などを具体化していくことこそ求められています。しかし、「現行憲法が前提とする対外認識」の変更を求める八木氏は、「我が国は、『平和を愛する諸国民』ならぬ『ヤクザ』に取り囲まれているのが厳然たる国際社会の事実」等と繰り返しています(「憲法学者の平和信仰を嗤う」『「女性天皇容認論」を排す』235頁)。そして八木氏は、平和憲法を擁護する憲法学者が「人類は軍縮・平和の方向に向かうという歴史観」を持っていることを「妄想の類」と批判しながら(308頁)、「相手の侵略的意図を挫(くじ)くだけの抑止力がなければ、かえって戦争を誘発する」等とし(308頁)、軍事的な安全保障論を強調しているのです。八木氏は「武力によってこそ平和が維持できるというのが、人類が試行錯誤を繰り返しながら達した結論」とし、武力による平和維持を絶対化しているのです(前掲『日本国憲法とは何か』52〜53頁)。このように、「憲法学者の平和信仰」なるものを批判する八木氏の安全保障論は、軍事力を「抑止力」として信仰する議論なのであり、拉致問題を契機に平和憲法の改定を求める八木氏の「対外認識」は、実際に戦争への道につながるものなのです。例えば、八木氏は、イラクへの自衛隊派遣について「日本とアメリカが軍事同盟、攻守同盟を結んでいる以上、その信義を果たすことは当然」としながら、続けて次のように述べています(渡部昇一氏、新田均氏との鼎談集『日本を貶める人々』267〜8頁、PHP研究所、04年刊)。

  「しかし、小泉首相が言い続けているように『テロリズムとは断固戦う』というのであれば、なぜ日本国民を拉致する身近なテロ国家に対して事を構えられないのか。アメリカの要請があれば自衛隊を派遣できるのに、なぜ同胞である日本人を取り戻すためには自衛隊を投入できないのか。国民のこうした疑問に答えていくことが不可欠です。集団的自衛権の問題にも踏み込んでいかねばならない」

  このように八木氏の「対外認識」は、大変危険なものなのです。八木氏は平和憲法を、集団的自衛権の問題にまで踏み込んで改定し、八木氏が言う「身近なテロ国家」と「事を構えられる」ようにすべき、その際に「自衛隊を投入」できるようにすべき、と考えているからです。「自衛隊の投入」とは、武力・戦力の投入のことであり、これとセットになった「事を構える」ことには、〈武力による威嚇又は武力の行使〉も含まれており、八木氏は「日本人を拉致した国家」と日本はいつでも戦争できるようにすべき、という大変危険な考えを明らかにしているのです。このように八木氏の主張は、具体的な戦争の構えを前提にしたものであり、文字どおり「戦争する国」に向けた改憲論なのです。
  一方、新訂版『新しい公民教科書』は、「平和をめぐる問題点」の節で「各国は国力に応じた一定の戦力をもつことで、平和を維持しようとしており、国際法では自衛力は、その国の主権の一部と考えられている」とあり(下線部に検定意見がつき「自衛権」に修正)、戦力=武力による「平和維持」論が強調されています。そして「わが国の防衛と課題」の節で、「朝鮮半島情勢は一層緊迫化し、わが国をはじめ、東アジアの平和と安全にとって大きな脅威となっている」などとし、近隣諸国との緊張を過大に描いています。そして、グラビアに自衛隊の写真を数枚掲載しているのをはじめ、自衛隊を教科書のいたるところに登場させ、さらに日米安保条約の「大きな役割」について記述し、コラム「憲法論議と第9条」の中で「自衛隊がより国際的な責任を果たせるよう(中略)集団的自衛権(中略)を『行使することができる』と解釈を変えるべきだという主張もある」などと書き、実際の改憲論に深くふみこんだ記述をおこなっています。このように、新訂版『新しい公民教科書』は、「つくる会」会長の八木氏が前提としている「対外認識」や“武力信仰=戦力信仰”をふまえて作成されたものなのであり、文字どおり「戦争する国」の担い手づくりの教科書になっているのです。
D「世界最古の憲法・日本国憲法」という批判:八木氏は、『発言者』誌上の連載で「憲法改正を阻止する人々(上中下)」という連続した3論文を書いていますが(04年4月、6月、7月号)、この3論文の表題を「いまだに横行する非武装中立論」「なぜ憲法は改正されなかったのか」「本格化する憲法改正への動き」というものにかえ、『国民の思想』に収録しています。
  八木氏は『国民の思想』の「なぜ憲法は改正されなかったのか」の節で、「世界最古の憲法・日本国憲法」論を強調し、「一国の憲法が制定から60年近く一度も改正されていないのは、世界的にみても極めて特殊な現象」とし、現行憲法が、時代遅れの憲法であるかのように描いています(313頁)。そして、そうした八木氏の憲法観そのものが、新訂版『新しい公民教科書』で「『世界最古』の日本国憲法」というコラムになっているわけです。
  八木氏は、『国民の思想』の中で、各国憲法の制定時点でなく憲法改正時点を基準にして、日本国憲法を「世界最古の憲法」と決め付けていますが、同氏は、『日本国憲法とは何か』という数年前の本では、制定時点を基準にし、「世界で一番古い憲法は、国家のレベルで見ると1787年のアメリカ合衆国法」としていたのです(同書27頁)。つまり、数年前まで八木氏は、18世紀につくられた「世界最古のアメリカ憲法」論を論じていたのです。しかし、新訂版『新しい公民教科書』のコラムでは「最も制定が早いのは1787年のアメリカ合衆国法」という表現に直し、古い方から14番目の日本の憲法(1946年制定)を「世界最古の憲法」と描きだしています。八木氏は、19世紀の明治憲法を賛美しながら、18世紀につくられた「世界最古のアメリカ憲法」に代えて、20世紀に制定された日本国憲法を「世界最古の憲法」と決め付け、現行憲法を批判しているのです。
  八木氏と「つくる会」公民教科書は、現行憲法を「世界最古の憲法」と攻撃していますが、よく知られているように、1999年のハーグ世界市民会議が「各国議会は、日本国憲法のような、世界が戦争をすることを禁止する決議を採択するべきである」と宣言しており、日本国憲法第9条の先駆性が国際社会の中で輝いているのです。
  新訂版『新しい公民教科書』の「『世界最古』の日本国憲法」というコラムは、「憲法改正」というテーマのページにつけられているもので、明らかに、この教科書を手にした中学生を「憲法改正」に誘導するための意図的なコラムになっています。
  そもそも、新訂版『新しい公民教科書』の日本国憲法の説明は、@国民主権、A平和主義、B憲法改正、C基本的人権という奇妙な順序で構成されています。いわゆる憲法の三大原則の間に「憲法改正」という大きな学習項目が入っているのです。  
  以前から八木氏は、「(憲法の)三大原則というのはそもそも護憲派の文脈で語られる三つの原則、つまり、政治的主張という色彩が強い」ものと決め付け、「日本国憲法の基本原則を何も三つに限定する必要はありません」と主張していた人物です(前掲『日本国憲法とは何か』18頁)。そうした八木氏の言い方を借りれば、新訂版『新しい公民教科書』に入っている「憲法改正」という学習項目こそ、「つくる会」などの右翼的な改憲派の「政治的主張という色彩が強い」という点を押さえておく必要があるのです。
E“改憲は不可避”と強調する「つくる会」会長:八木氏は、国際的にも先駆的な日本国憲法の平和主義を繰り返し攻撃し、改憲論を強調しています。八木氏は、「本格化する憲法改正への動き」の節で、90年代中盤から今日までの、「新ガイドライン」や「周辺事態法の制定」、「日本有事における対処を想定した武力攻撃事態対処法」の制定、「自衛隊のイラク派遣」などをとりあげながら、「憲法の規定と現実とがここまで乖離し、そして現実のほうを国民の多数が支持するのであれば、憲法の規定を変えるべき」等と主張し(327頁)、「もはや憲法改正はまぬがれない」と論じています(320頁)。そして、こうした強い改憲姿勢を新訂版『新しい公民教科書』にそのまま反映させているのです。例えば、新訂版『新しい公民教科書』では、「1997年(平成9年)に日米間で合意された日米防衛協力指針(新ガイドライン)に基づき」「1999年(平成11年)には周辺事態法が制定された」とし、「有事への対応を想定して法律の整備(有事法制)も進められ、2003年(平成15年)に武力攻撃事態対処法など有事関連三法が成立した」と無批判的に説明し、別のページで、周辺事態法の成立によって「自衛隊と米軍との協力・支援体制が強化されることになった」としています。また、湾岸戦争以後の国際平和維持活動(PKO)や「近年の多国籍軍のアフガニスタン攻撃やイラク戦争」などへの自衛隊の海外派遣の実績をあげ、自衛隊の「軍事的な面での国際評価も高まりつつある」とし(下線部は検定後に削除)、別のページでも「わが国は、自衛隊を中心に国際平和維持活動(PKO)にも積極的に取り組み、しだいに責任ある国際社会の一員として認められるようになってきた」などとし、自衛隊の海外派遣を全面肯定しています。さらにコラム「憲法論議と第9条」の中で、自衛隊について「日本国憲法における位置づけが不明瞭ならば、憲法の規定自体を変えるべきだとの意見もある」という改憲についての自らの意見を掲載しているのです。ですから、新訂版『新しい公民教科書』は、今の中学生に憲法改悪を説明し、納得させるパンフレットのような教科書になっているのです。
 
(3)お国のために「死ぬ」ことすらいとわない「愛国心」の育成論

@「国民の精神を覚醒させる改革」の強調:八木氏は、「縦軸の哲学」、とくに「国家の縦軸」を考えると「国防、慰霊、教育、家族」が重要な要素となるとし、「とくに教育、家族、道徳が重要」なのにもかかわらず、「わが国の“保守”と呼ばれる人々にはそれらを重視しない人が多い」と保守派の油断を批判しています(400頁)。例えば、八木氏は、中曽根康弘元総理との対談の際にも、次のように述べています(『正論』誌03年11月号)。

  「日本の保守政治を見ると、安全保障であるとか、経済構造であるとか、そうした国家のハード面に関してはかなりの議論もされ、比較的きちんとした政策が立案実行されてきたと思うのですが、教育や家族の問題といったソフト面については、伝統的な慣習の力を過信してきたのか、それ以上に油断していたのか、結果的に蔑ろにしてきたのではないかという自省が不可欠だと思います」

  そして、八木氏は『国民の思想』の中で、「保守の政治家が国防と経済に熱中してきたその裏側で、いわゆる左翼の人々はまさに保守主義の根幹、つまり国家の縦軸の根幹である教育・家族・道徳という分野に特化してきた。その結果むしろ今日では、これらのテーマに関しては彼らの方が体制派になっている」とし(401頁)、同氏は保守派が油断していた結果、ジェンダーフリーや性教育、歴史教科書問題など、危機的な状況が生まれていると強調するのです。八木氏は、これは日本における「特殊な現象」ではなく、「かつてのアメリカやイギリスにおいても実は同様の時期があった」と論じています(401頁)。そして両国では「今日の日本と同じように、教育や家族や道徳の分野において左翼が体制派となり、縦軸(の哲学―引用者)を破壊するような政策が次々に出されたため、さまざまな混乱が生じ、衰亡していた」と論じながら(403頁)、そうした国家の危機から「両国は、サッチャー政権、レーガン政権の政策によって見事に再生したのである」と説明します(403頁)。その上で八木氏は「日本の改革の在り方も、両政権の政策とその理念に学ぶべきであろう」と強調するわけです(403頁)。こうした考えに基づき、八木氏は、『国民の思想』の第1章「教育正常化なくして日本の再生はない」の中で、サッチャーおよびレーガン政権による教育改革について詳しく論じ、これらの改革で「教育の正常化、家族の強化、国民道徳の再生」(26頁)が実現したとしているのです。とくに、八木氏は、「イギリスの教育黒書運動」という右翼的な政治家や評論家たちのグループが展開した極めて突出した運動(=「つくる会」運動に似た1969〜77年頃のイギリスの「教育正常化」運動)に大変注目しながら(28頁)、イギリスの「教育改革」を賛美しているのです(八木編『教育黒書』「はじめに」、PHP研究所、02年刊)。
  八木氏は、サッチャーやレーガンが行った改革は、「保守主義のイデオロギーに基づく『精神革命』と言っていいものがその本質」としつつ、サッチャーやレーガンのような「自覚的な保守主義のリーダー」は、日本において石原慎太郎氏をおいて他にいないと強調し(「サッチャー、レーガン、石原さん」『正論』02年9月号)、別の論考では「安倍(晋三)氏には英国にサッチャーが、米国にレーガンが現れ、国家を再生させたように、日本が日本たりうるための、“保守主義革命”を起こす象徴的存在になってほしい。私はそう願っている」としているのです(「“保守主義革命”の象徴たれ」『Voice』03年12月号)。
  八木氏らが日本における「教育正常化」の手本としているアメリカやイギリスでは、近年、国定道徳の育成が強化されるなど、格差社会の国民意識を再統合するための教育政策が具体化されていますが、そうした「教育改革」を重視する両国で、戦争する自国を支持する人づくりが進められていることを忘れてはなりません。「つくる会」の八木会長が「レーガン政権が目指した教育改革」や「サッチャー政権の教育改革」を「国民の精神を覚醒させる改革」(51頁)として賛美しているのも、イラク戦争に参戦したアメリカとイギリスにおける人づくりや教育に注目しているからにほかならないのです。
A「国のために『死ぬ』ことすらいとわない『愛国心』」:八木氏は、『国民の思想』の中に「教育基本法改正に仕込まれた革命思想」という節を入れています(第5章第6節)。八木氏は、教育基本法改正を打ち出した中教審答申にも「社会契約説の国家観」が入り込んでおり(328頁)、答申では「国家の連続性」や「縦軸の哲学」が否定されている、と右の立場から答申批判を展開しています。
  そして八木氏は、中教審答申の「『国を愛する心』は自分がその国に生まれたことを宿命として受け止め、国と運命を共にする覚悟、場合によっては国のために『死ぬ』(中略)ことすらいとわない『愛国心』とは別物である」と論じています(337〜8頁)。八木氏は、「国のために死ぬ」という言葉に「もちろん、これは比喩である」という注釈をつけていますが、ある雑誌の中で「『愛国心』とか国家意識というのは、ことと次第によっては、国家のために自分の命を投げ出すという覚悟が求められます」と注釈なしで述べています(『明日への選択』誌03年5月号)。ですから、この注釈は、死を求める教育論と批判されたくないので付けた注釈にすぎず、飛ばして読んでもいいものなのです。
  結局、八木氏の「愛国心」教育論は、「国のために『死ぬ』ことすらいとわない『愛国心』」を育成すべきというものなのであり、これは、民主党の西村慎吾議員が超党派の教育基本法改正議連の結成総会で「お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す」と発言した内容とまったく同じものなのです。
  『国民の思想』の中でも、八木氏は「自らの命を投げ出し、国家の連続性を維持し、確保した方々に対する慰霊、感謝の念、崇拝の念が必要である。それは同時に、自らも国家の縦軸に連なり、国家を受け継いでいくという意志を表明することでもある」とはっきり書いているのです(399頁)。

(4)八木氏による「ゆとり教育」批判の背景と子どもの権利条約への敵対

  八木氏は、『国民の思想』の中で、「『ゆとり教育』が日本をダメにする」と強調し(62頁)、「『子どもの権利』が子どもをダメにする」と論じています(180頁)。八木氏にとっては、「ゆとり教育」も「子どもの権利」も、日本人らしい日本人を消滅させてしまう重大問題ということなのだと思います。
@「ゆとり教育」問題:八木氏は、「サンケイ新聞」系の学者も多く参加している「『ゆとり教育』の即時中止を求める国民会議」の賛同者として、以前から「ゆとり教育」に対して「日教組が言い始めたもの」「文部科学省は日教組化している」等と繰り返し述べてきた人物です。例えば、2002年、小学館文庫として『「ゆとり教育」が国を滅ぼす』(小堀桂一郎編著)という論文集が出版された際に、八木氏は「ゆとり教育の実施で何が起こるか」という章を担当しています。そして、その論考を少し手直しして『国民の思想』に収録し、「ゆとり教育は国家の自殺行為」(59頁)、「ゆとり教育は、その人間観が間違っている」(64頁)などと繰り返しているわけです(第1章第3節、第4節)。八木氏は、『国民の思想』の中で、「ゆとり教育」の見直しを「決断された中山大臣に大いに敬意を表したい」と文科相にエールを送っていますが(64頁)、こうした言動は、中山文科相が「ゆとり教育」見直しを打ちだした時点で、「『ゆとり教育』の即時中止を求める国民会議」が署名活動を停止している(#)ことと符合しているのです(#:同会のホームページ)。 
  文部行政が進めてきた「ゆとり教育」は、現実には教師と子どもの「ゆとり」を奪う点で大きな問題があり、国連子どもの権利委員会も、日本政府に対し「過度に競争的な教育制度の是正」を2度にわたって勧告しています(1998年、2004年)。しかし、八木氏は「日本の子どもは『ゆとり』がないというウソ」について論じ(55頁)、「受験のための『過度の競争』など、今日のわが国には存在しない」などと論じているのです(56〜7頁)。
  八木氏によれば、「『ゆとり教育』問題は単なる『学力低下』問題に矮小化させてはならない深刻な問題」であり、同氏は「ゆとり教育とは、(中略)20年、30年という長い時間をかけて、徐々に『次世代の国民』を変質させる『長期の革命』であることに気づかなくてはならない」等と強調し(69頁)、「ゆとり教育」は「文科省の中枢に巣くう過激思想によって推進されている」とまで論じています(55頁)。そして八木氏は「左翼的な教育思想の持ち主を中枢から排除する必要がある」と断言しているのです(85頁)。
  八木氏が「ゆとり教育」を批判する大きな動機は、「ゆとり教育」の目玉である「総合学習」(文教政策上は「総合的な学習の時間」)の中で、八木氏らが敵視している「偏向教育がおこなわれる危険」があるためです(82頁)。八木氏は、これまでの著作(八木著『誰が教育を滅ぼしたか』PHP研究所、01年刊。前掲『教育黒書』)と同じように、今回の『国民の思想』でも、教師の自主的な教育活動に対して「偏向教育」というレッテルを貼りながら批判しているのです。
  八木氏には、「ゆとり教育」についても、「ジェンダーフリー・性教育」問題や「歴史教科書」問題と同様に「政府や地方自治体という権力の側がそれらを悪い方向にもっていくようになってきた」問題という判断があり(『明日への選択』04年6月号での八木氏の発言)、そうした動向を八木氏は「平成の革命勢力」の策動とみなし、そうした勢力を「打ち砕くべき」と考えているのです(この点については、文末の「資料」参照)。
A「子どもの権利」問題:「つくる会」の八木会長は、以前、『発言者』誌や『世界思想』誌(統一教会の機関誌)に発表していた、子どもの権利条約を敵視する論考などを『国民の思想』第3章「国民道徳の再生は可能か」に収録しています。この章の中で、八木氏は、「子どもの権利条約の弊害を乗り越えたアメリカ」という言い方で、超大国アメリカが人権発展の国際的な流れに逆行している事態を、さかさまに描いています(191頁)。しかし、今年3月下旬に来日した国連子どもの権利委員会の委員は、都内での講演の中で「世界中で子どもの権利条約を批准していないのはアメリカだけ」と同国を厳しく批判しているのです。子どもの権利条約は、子どもが「充実した子ども期」を送るための不可欠の権利を明示した権利章典であり、一人ひとりの子どもが世界でたった一人しかいない存在として大切にされ、輝きながら大きくなるための権利を定めたものです。しかし、八木氏は、『国民の思想』の中で子どもの権利条約の基本点を極端に歪曲して描きながら、「子どもの権利が子どもをダメにする」などと強調しているのです(180頁)。
  この間、八木氏は、公教育の世界に入りこみ、子どもの権利条約を敵視する教育講演をおこなっています。埼玉高教組の書記長が書いた論文等で指摘されていることですが、元「つくる会」副会長の「高橋史朗氏が教育委員に選任されてから約一ヶ月後、『つくる会』の会長八木秀次氏が、県内の公立高校の生徒指導主任等でつくる生徒指導委員会の総会で講演」を行っています(『教育』誌05年5月号の伊藤論文、国土社)。この講演で八木氏は、「子どもの権利条約の立場は、生徒指導とぶつかっていく」等とし、子どもの権利条約と「対決し、論破していくことが必要」などと強調しています(同論文)。八木氏は、この講演の中で−−『国民の思想』でも取り上げている(44頁)−−「ゼロ・トレランス」というアメリカの生徒指導理論について強調していますが、この生徒指導理論は、「寛容さゼロ」で一方的に生徒を指導することを意味し、細かい校則で生徒を管理し、それに違反した生徒を直ちに処罰する方式であり、子どもの権利条約に反し、子どもの意見表明権を無視する管理主義的な生徒指導論にほかならないのです。
  90年代前半、高橋史朗明星大学教授が、子どもの権利条約を批判し、攻撃する論考を『諸君』や『文藝春秋』などの雑誌に次々発表し、「日本を守る国民会議」(97年、「日本会議」に統合)が、それらの論考を基に同条約の批准を妨害するための冊子を作成したことがありました。90年代後半から評論活動を開始した八木氏による子どもの権利条約攻撃の議論は、政府寄りの学者やアメリカ国内の議論等を持ち出しているものの、かつての高橋史朗氏の議論をベースにしたものであり、それを焼きなおしたものなのです。
  新訂版『新しい公民教科書』の「学習資料」には、他社の公民教科書に掲載されている人権条約(世界人権宣言、国際人権規約、女子差別撤廃条約、子どもの権利条約など)が一切ありません。それは、「つくる会」が、世界の人権や権利の進展に敵対しているからにほかならず、八木氏の著作『反「人権」宣言』(ちくま新書、01年刊)に沿って教科書を編集しているからなのです。
  子どもの権利条約への敵対論を展開した『国民の思想』第3章「国民道徳の再生は可能か」の中で、八木氏は、教育勅語の徳目について「普遍的なことなので、新たな形で復活することは必要」「今日でも十分通用するものばかり」と論じています(222頁)。そして、改訂版『新しい歴史教科書』でも、教育勅語を「近代日本人の人格の背骨をなすものとなった」と持ち上げているのです。
  八木氏は、『国民の思想』の中で教育勅語について、以下のように論じています(223頁)。

  「一部に『一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ス』という部分をとらえて、『天皇のために死ね』ということであり、これが軍国主義に導いたのだと主張する向きもあるが、この部分の本来の趣旨は、『国民皆兵』を原則とする近代国民国家の国民としての国防の義務、国家への忠誠義務を述べたものである」

  「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ス」の箇所は、その直後に書かれている「以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」とセットで理解すべきで、その意味は「もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕え、天下に比類なき皇国の繁栄に尽くしていくべき」というものであり、「天皇のために死ぬ」ことを求めたものです。旧版の「つくる会」歴史教科書における教育勅語の語句解説をつなげれば、この箇所は、「危急の事態が起こった場合には、正義にかなった勇気をふるいおこし、国家、公共のために尽力し(中略)天皇をいただく日本国の運をたすける」というものになります。
  しかし、「つくる会」の八木会長は、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ス」という箇所を「近代国民国家の国民としての国防の義務、国家への忠誠義務を述べた」ものと恣意的に解釈し、「天皇のために死ぬ」(天皇への忠誠義務)という文意を消しさり、天皇の戦争責任を隠そうとしています。前回の「つくる会」歴史教科書に、その全文が掲載されていた教育勅語を、今回、その一部を現代語訳で取り上げる方式に変えているのも同じ理由からです。しかし、改訂版『新しい歴史教科書』には「国家や社会に危急のことがおこったときは、進んで公共のためにつくさなければならない」とはっきり書かれており、明らかに「国防の義務、国家への忠誠義務」をすすんで果たす国民づくりが考えられています。
  「国防の義務」や「国家への忠誠義務」につながるような教育勅語の現代語訳が掲載されている点は、今度の改訂版『新しい歴史教科書』が「戦争する国」の人づくりをめざしたものであることを示しているのです。

(5)「つくる会」会長が語る「歴史教育問題」について

  八木氏は、『国民の思想』の「歴史教育問題とは何か」の節(86頁)や「日本はどういう国か――アイデンティティの確立を」という節(346頁)において「新しい歴史教科書をつくる会」の主張を展開しています。
@「聖徳太子」的な「アイデンティティの確立」論:八木氏は、「日本はどういう国か」の節で、「聖徳太子」を「わが国の文明的『孤立』を一転して『強さ』に変えてみせた先人」として高く評価し、その外交史を詳しく論じ、「天皇」という言葉を作った「聖徳太子」についても言及しています(351頁)。そして八木氏は、現代の問題を論じる際にも「聖徳太子」を登場させているのです。八木氏は、次のように書いています(352頁)。

  「2001年(平成13年)ほど、かつて聖徳太子が果敢に選びとった外国文明からの『自立』ないし『孤立』、そしてそれゆえの『強さ』という日本の基本姿勢を時の政府が放棄し、それゆえのみじめさを国民にみせつけた年はなかった。私が言いたいのは、『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』の検定及び採択に対する中国・韓国・北朝鮮によるたび重なる内政干渉と、それに対するわが国政府の対応をめぐる問題である」

  「つくる会」は、「扶桑社版」歴史教科書へのアジア諸国からの道理ある批判を「内政干渉」と描き、そして日本政府が「内政干渉」を打ち破れなかった等と強調しています。そして、八木氏は、アジアの中で「孤立」する「つくる会」の主張を説明する上で、「聖徳太子が果敢に選びとった」外交姿勢までもちだしているのです。こうした考えですから、改訂版『新しい歴史教科書』は「聖徳太子」を大きくとりあげ、白表紙本段階では「外国のすぐれた文化を取り入れつつ、自国の文化をすてない日本の伝統が、聖徳太子によって打ち立てられた」と書いていたのです(下線部に検定意見がつき、その前後が修正)。そして「604年、太子は、十七条の憲法を定めた。その内容は、豪族が争いをやめ、人々が和の精神をもち、天皇を中心にしていくことを求めたもので、公共の利益のために奉仕する役人の心がまえと国家の理想が示された」と書き(下線部は、検定後に「公の利益」に修正)、さらに「十七条憲法の内容で、現代の日本に通じると考えられる条文をあげてみよう」という設問までつけているのです。
  戦前の修身の解説書は、「聖徳太子」の「國民文化史上、國民道徳発展史上に占める意義は誠に空前絶後」と説明し、「十七条憲法」についても「天皇中心の國體の明徴を中心とする我が國の千古(せんこ)に亙(わた)る教(おしえ)の表現」と高く評価しています(草場弘著『修身科講座』155頁、大明堂書店、1938年刊、千古とは、「太古から現在にいたるまでの間」のこと)。ですから、改訂版『新しい歴史教科書』は、戦前の「國史」や「修身」に類似した教科書と言えるのです。
A「新しい歴史教科書は、戦争賛美の教科書」、そして「天皇中心の教科書」:八木氏は、「つくる会教科書」を批判する市民の側には、「『新しい歴史教科書』に『戦争賛美の教科書』という極端なレッテルを貼ることで、『新しい歴史教科書』を中立的な教科書の中に割って入ったとんでもない教科書と思わせる意図」があると論じています(89頁)。そして、八木氏は、旧ソ連党が1943年の指令の中で、「ファシスト、ナチ、ユダヤ人排斥者のレッテル」を貼り、それを「繰り返し反復することによって、われわれの提示するものが大衆の『真実』となる」と書いていたことをとりあげて、「戦争賛美の教科書というレッテル貼りとピタリと符号する」等とこじつけています(89頁)。しかし、「つくる会」教科書は、「中立的な教科書の中に割って入ったとんでもない教科書」であり、「戦争賛美の教科書」にほかならず、それは、「レッテル貼り」などではなく、客観的な真実を指摘したものなのです。
  「レッテル貼り」とは、「主観に基づいて一方的に評価・格付けしたり、分類したりする」ことですが(三省堂『大辞林』)、そういう意味での「レッテル貼り」をしているのは、「つくる会」の方であり、憲法・教育基本法の理念に基づいた現行の歴史教科書に対して〈反日自虐史観の教科書〉と「レッテル貼り」をし、「つくる会」の「提示するものが大衆の『真実』となる」ように、同じ言葉を「繰り返し反復」しているのです。
  また、八木氏は、他社の歴史教科書にある民衆史や社会史の記述をとりあげながら、「階級闘争史観で記述されている」などと決めつけ(90頁)、「レッテル貼り」をおこなっています。
  八木氏は、「民衆史観」と「階級闘争史観」という2つの異なる歴史観を同一視し、他社の歴史教科書――しかも、現行の教科書ではなく、2001年で使用が終了している昔の教科書の記述――を取り上げながら、「露骨な民衆史観、階級闘争史観のオンパレード」という表現で攻撃しているのです(前掲『「女性天皇容認論」を排す』24頁)。そして『国民の思想』でも全く同じ批判を繰り返しています(90頁)。つまり、八木氏は、「民衆史」にかかわる記述がある他社の歴史教科書に対して、「露骨な階級闘争史観」等とみなす「主観」(=色メガネ)に基づいて「レッテル貼り」をし、他社の歴史教科書を「一方的に評価」しているわけです。しかし、扶桑社以外の歴史教科書は、民衆の動きや役割、民衆の生活をふまえた民衆史や社会史の記述を掲載しているにすぎないのです。一方、「つくる会」歴史教科書は、〈戦前の『初等科国史』と酷似した記述がある教科書〉〈皇国史観教科書としての性格を強めた教科書〉と批判されているように、〈民衆の動きや役割〉は登場せず、天皇中心、国家中心に歴史の動きを記述している教科書となっており、現代の中学生が学ぶ歴史教科書として相応しいものではありません。
  重要な点は、〈戦争賛美の教科書〉か、それとも〈平和志向の教科書〉か、という相違点であり、同時に〈皇国史観教科書としての性格を強め、民衆の役割を無視している教科書〉か、それとも〈民衆史や社会史を踏まえたまともな歴史教科書〉か、という相違点だといえるのです。
  「つくる会」の八木会長は、『国民の思想』の中で、『新しい歴史教科書』を批判する書物のうち、「岩波書店から出された本」をとりあげ(小森陽一、坂本義和、安丸良夫編『歴史教科書問題―何が問題か。徹底検証Q&A』)、この本が、「つくる会」教科書を「唯物史観・階級闘争史観に与しないがゆえに批判」しているかのように描き出しています(91〜2頁)。しかし、ここには大きなゴマカシがあり、「岩波の本」(=『徹底検証Q&A』)が重視しているのは「民衆の歴史や社会史にまで深く掘り下げた教科書」という視点なのです(同書の「はじめに」)。そして「岩波の本」は、「つくる会」歴史教科書が「独善的な自己中心史観」に貫かれているがゆえに批判しているのです(同書86頁)。
  八木氏は、「岩波の本」に寄られた女性史研究者の「エッセイ」の中の数行のみを特別に抜き出し、その数行が、この本(『徹底検証Q&A』)の本文に書かれているかのように誤魔化していますが(91頁)、よく調べると、このエッセイが論じている主旨を、大きく改竄しながら引用していることもはっきりするのです。女性史研究者が書いたエッセイの文意を明らかにするために、「つくる会」歴史教科書を批判した該当部分を以下、抜きだしておきます。

  「この本は〈歴史〉の教科書であるのに、〈歴史が何故進むのか〉という〈理由〉を一行も書いていないということである。自然史の場合、ダーウインは〈自然淘汰理論〉を、今西錦司は〈棲み分け理論〉を以て説明し、人類史においてマルクスとエンゲルスは〈唯物弁証法〉をもってその進展を説明したが、この本では、その理論が一字も書かれていないのだ。つまり、歴史書としての〈根拠〉が全く欠如しているということになる」(『歴史教科書問題―何が問題か。徹底検証Q&A』の186〜7頁、下線部は引用者)
 
  この文章で、下線部の「その理論」が「〈歴史が何故進むのか〉という理論」のことを指していることは、前後関係から明らかです。そして、「マルクスとエンゲルスの〈唯物弁証法〉」についても、「ダーウインの〈自然淘汰理論〉」や「今西錦司の〈棲み分け理論〉」と同じように単に事例として提示しているということも明らかです。しかし、「つくる会」の八木会長は、上記の文章から、一部分を削除し、文意が全く異なる以下のような文章に改竄しているのです(『国民の思想』91頁、下線部は引用者)。

  「この本(『新しい歴史教科書』)は〈歴史〉の教科書であるのに、〈歴史が何故進むのか〉という〈理由〉を一行も書いていない。人類史においてマルクスとエンゲルスは〈唯物弁証法〉をもってその進展を説明したが、この本では、その理論が一字も書かれていないのだ。つまり、歴史書としての〈根拠〉が全く欠如しているということになる(小森陽一、坂本義和、安丸良夫編『歴史教科書問題―何が問題か 徹底検証Q&A』岩波書店、2001年)」

  このように、一部の文章を切り取ってしまうと、文章の中の「その理論」とは、「マルクスとエンゲルスの〈唯物弁証法〉の理論」ということになってしまうのです。このように元の文章を意図的に改竄した上で、「つくる会」の八木会長は、「つまり、この本(岩波の本―引用者)は、『新しい歴史教科書』には歴史書としての根底にあるべきマルクス/エンゲルスの唯物弁証法が欠落しているので歴史教科書としての資格がないといっているのである」という偽った断定をし(92頁)、月刊『Voice』誌05年5月号における外交評論家・岡崎久彦氏(改訂版『新しい歴史教科書』監修者)との対談でも、全く同じ〈偽りの断定=ウソ〉を繰り返しているわけです。しかし、『歴史教科書問題―何が問題か。徹底検証Q&A』に掲載されている女性史研究者の「エッセイ」は、そうした批判をしているのではなく、“『新しい歴史教科書』には、〈歴史が何故進むのか〉という理論が一字も書かれていないので歴史教科書としての資格がない”という的をついた批判をしているのです。
  八木氏は、このように狡猾なゴマカシまでおこない事実を捻じ曲げ、「『新しい歴史教科書』以外の歴史教科書こそが、特殊なイデオロギーによって描かれている」等と、全く逆さまの構図を捏造し(#)、それを強調しているのです(#:『Voice』誌05年5月号の対談における八木発言)
B八木氏が使う「学問的水準」とは「『つくる会』の議論の水準」のこと:八木氏は、「近隣諸国の眼ではなく、日本人の眼から見た歴史を語り、今日の学問的水準を反映した歴史教科書をつくろう―『つくる会』はこのような“良心”から生まれた会である」と繰り返し書いています(『国民の思想』96頁、『Voice』誌05年1月号)。戦前の日本が侵略し、植民地支配をおこなった「近隣諸国の眼」を排除し、右翼的な一部の「日本人の眼から見た」自国中心の歴史観に基づく歴史教科書をつくろうとしているのが「つくる会」ですが、その教科書を八木氏は「今日の学問的水準を反映した歴史教科書」と描きだしています。
  しかし、八木「つくる会」会長が使う「今日の学問的水準」とは、「つくる会」が「捏造された『南京大虐殺』『朝鮮人強制連行』『従軍慰安婦強制連行』などの嘘」(『史』45号)と決めつけた記述を教科書から消去する、「つくる会」の議論の「水準」(歴史修正主義の水準)を意味しており、「南京大虐殺・朝鮮人強制連行・従軍慰安婦強制連行」などの歴史的事実を掘り下げ、検証する歴史学を「今日の学問的水準」から一方的に排除(パージ)しているのです。
  例えば八木氏は、「南京大虐殺」について以下のように発言しています。

  「『南京大虐殺』もまた、戦後につくられた嘘、神話だということですね。東京裁判で突如、日本軍の蛮行として持ち出された経緯のなかには、原爆投下を人道上の問題として非難されることを躱(かわ)したかったアメリカの思惑も働いていました。私は南京で何もなかったとは言いませんが、少なくとも戦後の日本人が知らされた『南京大虐殺』という事実は、日本を弱体化させ、二度と連合国側に楯突くことのないように去勢するために、きわめて政治的につくられた精神の枷(かせ)であるということは気づいていなければならないと思うのです」(前掲『日本を貶める人々』115頁)

  以上のように歴史を歪曲する発言を、八木氏は「今日の学問的水準」と言っているわけです。こうした言葉の使い方は、八木氏がよく使う言葉のトリック(ゴマカシ)にすぎず、「つくる会」会長が使う「今日の学問的水準」とは、〈「つくる会」が論じる歴史歪曲の水準〉のことを指しています。つまり、扶桑社版の歴史教科書は、〈「つくる会」が論じる歴史歪曲の水準を反映した歴史教科書〉なのであり、この歴史教科書は、通常使われる「今日の学問的水準」を基準とすれば、その水準から完全に逸脱した歴史教科書だといえるのです。
  また、八木氏は、新訂版『新しい公民教科書』の明治憲法と日本国憲法の記述について「今日の学問研究のレベルを反映させた」と説明しています(『史』04年7月号)。しかし、この場合の「今日の学問研究のレベル」とは、明治憲法を賛美する八木氏の改憲論議のことをさしているのです。つまり、「つくる会」公民教科書は、一般の憲法学界の「学問研究のレベル」を基準とすれば、その水準から完全に逸脱した公民教科書であり、改憲の手引き書だといえるのです。
C「つくる会」教科書で、どんな「虹」が見えるのか?:八木氏は「日本という歴史のある国に生を享けたことを率直に喜び、この国の歴史に連なり、自らもこの国の将来を担うとの思いを抱くようにすること」が「歴史教育の意義であろう」としています(95頁)。ここには、過去を批判的にみるという視点や歴史の教訓に学ぶという視点、そして歴史の進歩・発展という視点が全くありません。あるのは「日本の家に生を享けた喜びと感謝とそこに自づから涌(わ)く子としての、民としての使命と自覚」(#)という戦前の修身科教育で重視された視点だけなのです(#:前掲『修身科講座』65頁)。ですから、八木氏が語る「歴史教育の意義」論じたい、復古的な議論といえるのです。
  八木氏は、『図解・一目でわかる現代史(日本編)』(三笠書房、04年刊)という読み物を監修しています。八木氏が監修した「本」の歴史観は、改訂版『新しい歴史教科書』の歴史観と全く同じものです。例えば、戦争に反対した人々を弾圧した「治安維持法」についての説明をみると、『図解・一目でわかる現代史(日本編)』は「ソ連の『赤化運動』に隣国日本は弾圧で対抗した」と書いたあとに、この用語を解説しています。一方、改訂版『新しい歴史教科書』では「1925年、日本政府はソ連との国交を結んだが、それによって国内に破壊活動がおよぶことを警戒し、同年、(中略)治安維持法を制定した」としているのです。また、改訂版『新しい歴史教科書』にある「大東亜戦争(太平洋戦争)の展開図」という世界地図ときわめて類似した地図が、この「本」の「大東亜戦争(太平洋戦争)―戦局の推移」のページに「図解」として掲載されており、この「本」は、「つくる会」歴史教科書を分析する上でも参考になるものです。
  この「本」では、「大東亜戦争(太平洋戦争)始まる」のページに「米国の対日石油禁輸が、日本を戦争に走らせた」とあり、「ABCD包囲網から開戦まで」が、図解も含め、一目でわかるようになっており、この「本」を監修した八木氏の歴史観が、時代錯誤のものであることも明らかになります。
  また、この「本」に「南進政策の成功により、東南アジア諸国を占領した日本は、のちに『大東亜共栄圏』のスローガンを掲げ、ヨーロッパ帝国主義からの解放を望むアジア諸国の民族意識を高揚させる政策をとっていった」とあり、「大東亜会議」による「大東亜共同宣言の採択」(1943年)を肯定的に描く記述があります(同書34頁)。つまり、この「本」の監修者の八木氏は、〈大東亜戦争肯定史観〉に基づいて戦前の歴史を描いているのです。ですから、改訂版『新しい歴史教科書』でも、「大東亜会議とアジア諸国」という節があり、白表紙本段階で「日本の南方進出は、もともとは日本の『自存自衛』のためだったが、アジア諸国が独立するにいたるまでの時計の針を早める効果をもたらした」と書いており、検定による修正後も「日本の南方進出は、もともと資源の獲得を目的としたものだったが、アジア諸国で始まっていた独立の動きを早める一つのきっかけともなった」としているのです。そして、「アジアの人々を奮い立たせた日本の行動」「日本を解放軍として迎えたインドネシアの人々」という文書資料を新しく付け加えているわけです。しかし、東南アジア諸国のなかで、日本の戦争のおかげで独立したと考えている国など一つもなく、「つくる会」とその教科書は、歴史を歪曲しているのです。
  八木氏は、「近代史を知るためのベストワン」という論考の中で、林房雄著『大東亜戦争肯定論』(1974年刊)をとりあげ、次のように書いています(『諸君』02年3月号)。

  「(学生時代に)一読して私は林氏の『大東亜戦争は東亜百年戦争の終曲であった』との論にすっかり説得されてしまった。以来、20年近く経過するが、我が国の近代史を見る私の眼はこの時の『大東亜戦争肯定論』の読後感が基礎になっている。であるから、・・日本の近現代史を語る書物を5冊あげよと言われたとき、迷わずその第一に挙げたのである」(丸括弧内は、引用者)

  この箇所を読めば明らかなように、八木氏の歴史観の根底には、林房雄の『大東亜戦争肯定論』がおかれているわけです。同氏は「果たして我が国に大東亜戦争を戦う以外の選択があり得ただろうか」とも書いており、戦争への突入は、日本にとって不可避の選択であったと考えています。こうした侵略戦争を美化する歴史観で八木氏は、子ども達を説得しようとしているのです。八木氏は、「歴史教育とは、多くの歴史事実の中から子どもたちに、“輝く虹”をみせることだ」という哲学者の言葉を引用しながら、「つくる会」の戦いを「日本の子どもたちに“輝く虹”を見せるための戦い」とし(『Voice』誌05年1月号の八木論文)、『国民の思想』でも「歴史教育とは、輝く虹を見せること」と書いています(94頁)。しかし、「大東亜戦争肯定論」を基盤にした歴史観で、戦争の歴史を教え、日本の栄光なる歴史を語ることが、どうして21世紀に生きる子どもたちに“輝く虹”を見せることになるのでしょうか?
  侵略戦争と植民地支配を美化する扶桑社版の歴史教科書を読んで――八木氏が『大東亜戦争肯定論』を読んだときのように――、「すっかり説得されてしまった」とその読後感を語るような多くの中学生がつくられるとしたら、それは、将来の日本と国際社会にとって大変危険なことなのではないでしょうか?

(6)「失われた修身教育の再生」は、何をもたらすのか?

  八木氏は、『国民の思想』の中で、「失われた道徳教育の再生」を強調していますが(218頁)、同氏が指摘する「失われた道徳」とは、戦前の「修身」の教科書に書かれていた道徳のことを指しています。それは同氏が、「アメリカ版修身」(219頁)と言うべきベネット編『美徳読本』(1993年刊)を絶賛し(49頁)、「『まじめ』を崩壊させた『修身』の廃止」などと書いていることからも明らかです(218頁)。
  八木氏は、「修身の教科書」について「今日の目からみても違和感のないものが多く、感動的な話が多い。軍国主義や極端な国家主義だとして、全面否定するには惜しい物語の宝庫なのである」と高く評価し、美化しています(221頁)。 
  そして、八木氏は、実際に修身教科書を独自に編集し、刊行までしているのです(八木秀次監修『親子で読みたい精撰尋常小学修身書−明治・大正・昭和−』小学館文庫、02年刊)。
  しかし、多くの人々は、「修身の教科書」に対して「違和感」や「軍国主義や極端な国家主義」の臭いを感じるのではないでしょうか。
  戦前、「修身」の下で「子どもたちは様々なエピソードを通じて、努力や勤勉、勇気、立志などの徳目を学んでいた。それらは国民共通の教養となり、その内面を支えていた」――八木氏は、このように書いています(245頁)。しかし、「修身」の教科書で「国民共通の教養」が教えられていた、という八木氏の表現は正しくありません。実際に、「修身」の教科書で教えられていたのは、〈天皇に仕える臣民共通の徳目〉であり、戦前の子どもたちの「内面」を〈臣民共通の道徳〉が「支えていた」ということなのです。戦前の修身科の解説書にも「我が国にあっては、人は皆、臣民である。皆斉(ひと)しく、天皇に仕へ奉(たてまつ)る臣民にして、外国の国民や人民市民などとその趣を異にしている。天皇に仕へ奉り、天皇に統(す)べられ(=支配され――引用者)、一個の絶対的独立自立の意なく、天皇によって始めて人であり、国に於て始めて人であるの義が強く深い」と書かれていたのです(前掲『修身科講座』96頁)。また、戦前の小学教育における「修身」は、修身科という「狭義の修身教育」だけではなく、「児童の登校より下校に至るまで、朝礼に於て、学習に於て、遊びに於て、掃除整頓に於て、更に遠足、旅行、儀式など」も含め、「小学教育における全生活そのもの及び全教科教授等何れも児童の国民的道徳的訓練陶冶(とうや)を行わざるものはなきことは明白である」とされ、「広義の修身教育」も徹底されていたのです(前掲『修身科講座』223頁)。
  つまり、「教育に関する勅語の旨趣(ししゅ)を根本とし、その上にたって行はるべきこと」が「修身科の任務」とされた戦前の教育(同書224頁)では、子ども一人ひとりの「全生活」に天皇制国家が深く介入し、子ども達の「内面」を支配する〈人格干渉政策〉が徹底されていた、ということなのです。そして、戦前の修身教育で重視されていたのは、「國體(こくたい)の本義」であり、八木氏が命名した「縦軸の哲学」にほかなりません。たとえ自分の命を失っても、祖先や先人が命に代えて守り、伝えてきた〈天皇を中心に戴く國體〉を、何としても守っていこうという決意、そして、自らの命を犠牲にしてでも、〈天皇を中心に戴く國體〉を子や孫の代に伝えていこうという意志などの〈精神性の高さ〉が、「修身」などを通じて育成されてしまったのです。八木氏自身、昨年の講演の中で、「大東亜戦争肯定」論の見地をふまえつつ、次のように述べています(前掲、3・20八木講演)。

  「大東亜戦争の時に当時の若者がなぜ自らの命を落としていったのかというと、それは、過去から継承されてきたものを、悠久なる日本の国というものを自分たちが犠牲になってでも守り、そしてまだ見ぬ明日の国民のためにこの国を残してやらなければならないという思いがあったのです」

  八木氏が代表執筆者である新訂版『新しい公民教科書』の白表紙本には、「連合国にとって戦時中彼らを苦しめた日本軍兵士の勇猛さや愛国心は、理解をこえるものであった」という記述がありました。この箇所は、検定意見がつきなくなりましたが、戦前の軍国主義教育によって、そうした「日本軍兵士の勇猛さや愛国心」が育成されてしまったのです。
  このように、皇国史観と一体になった修身教育で、〈天皇中心の「悠久なる日本の国」を守る心〉、つまり、〈天皇のために死ぬことも厭わない立派な日本人〉が育て上げられた結果、多くの〈立派な日本人〉が「南京大虐殺」「朝鮮人強制連行」「従軍慰安婦強制連行」をはじめ、戦前の日本政府の行為によって進められた侵略戦争と植民地支配に加担させられていったのです。そして、〈立派な日本人〉がどのような戦闘行為や加害行為を展開し、「戦争の惨禍」につながってしまったのかは、特攻隊員の悲劇の歴史を含め、無数の歴史的事実で明らかになっています。八木氏は、『国民の思想』の中で、天皇制国家による徹底した人格干渉政策と、侵略戦争や植民地支配との関係を切り離し、さらに戦前・戦中の負の側面を隠しながら、「私たちの父祖は間違いなく高貴だった」などと強調し(403頁)、“失われた臣民道徳”を再生する提言をおこなっているのです。

(7)「つくる会」会長が重視する「日本の国柄」論について

@「日本の国柄」と明治憲法、そして「皇国史観」:もともと、八木氏の「縦軸の哲学」は、同氏の明治憲法思想の研究に基づいて考えだされたものです。八木氏は、『国民の思想』の中で、明治憲法制定の「告文」(1889年[明治22]年2月11日)で、「『皇祖皇宗の遺訓を明徴にし、典憲を成立し條章を昭示(しょうじ)し』『皇祖皇宗の後裔(こうえい)に貽(のこ)したまへる統治の洪範(こうはん)を紹述(しょうじつ)するに外ならず』と国家の連続性を重視しながら、近代的な国家制度も、わが国の政治伝統の発展であるとの認識を示したのである」と書いています(290頁)。八木氏は、明治憲法制定の「告文」を、「明治憲法の前文にあたる部分」(290頁)として繰り返しとりあげながら、「この憲法は、新たに明治日本の統治の原理を示したものではなく、これまでの日本の歴史の中で踏み固められてきた統治の理念、あるいは思想を表現し直したものに過ぎないということが示されている」と説明しています(前掲『日本国憲法とは何か』152頁)。また、八木氏は、「明治憲法では『萬世一系の天皇』と表現している皇統(こうとう)、すなわち神武天皇から今上天皇に至るまでの125代の皇統」という表現をたびたび使っているのです(『諸君』05年6月号の八木論文。皇統とは、天皇の血統、天皇が国を統治すること)。
  このように明治憲法を賛美する八木氏の歴史観は、明治憲法の「告文」の「皇祖皇宗の遺訓」を重視し、同憲法第一条の「萬世一系の天皇」を「生命の縦軸」として極めて重く見る“皇国史観”にほかなないのです。ですから、改訂版『新しい歴史教科書』と新訂版『新しい公民教科書』にも、日本の歴史を天皇中心に捉え、萬世一系の天皇家が日本を支配することを正当とする価値判断を伴った歴史観や社会観が、強く刻み込まれているわけです。
  八木氏は、神話的な歴史を含む「皇祖(=天照大神・神武天皇など)」と「皇宗(=第二代綏靖[すいぜい]天皇から前代までの歴代の天皇)の歴史」をふまえた明治憲法を、「縦軸の哲学」に基づく憲法と位置づけています。ですから、改訂版『新しい歴史教科書』に「神武天皇の東征伝承」という読み物コラムがおかれ、実在しない「皇祖」の歴史が史実であるかのように中学生を誘導しているのです。そして改訂版『新しい歴史教科書』は、白表紙本段階で「今日では、神武天皇の実在を疑う説もあり、この点についてはまだ結論が出ていない。だが大和朝廷のはじめに、すぐれた指導者がいたことは、たしかである」としていたのです(下線部に検定意見がつき、「大和朝廷がつくられるころに、すぐれた指導者がいたことは、たしかである」という表現に修正)。また、「萬世一系」の天皇家が日本を統治してきたのは、「明治日本」以前からのことという歴史観ですから、改訂版『新しい歴史教科書』のコラムに、「日本には、皇室という制度があり、全国の武士は、究極的には天皇に仕える立場だった」という歴史歪曲の記述が平気で置かれているわけです。
  このように明治憲法を賛美する一方で、八木氏は「日本国憲法は歴史的共同体としての『日本』を否定している」と決め付け、現行憲法を批判しています(290頁)。つまり、同氏は、「日本の国柄」をふまえた明治憲法を賛美し、その「日本の国柄」を否定した現行憲法を批判しているわけです。八木氏は、明治憲法を「日本の国柄に基づく『良法』であった」かのように描いていますが(前掲『明治憲法の思想――日本の国柄とは何か』の「内容解説」)、その場合の「日本の国柄」とは、皇国史観的な「日本の国柄」にほかならないのです。
  八木氏は、「その国の組織やあり様、仕組み、あるいはその仕組みが出てくるに至る政治的伝統や文化、そういったものをあらわしたもの、これが本来的意味での『憲法』」であるとし、その「本来的意味での『憲法』」の方が、「近代的な意味での『憲法』」より価値があるかのように描き、その中で聖徳太子の「十七条憲法も本来的意味での『憲法』の一つと捉えることができます」と説明しています(前掲『日本国憲法とは何か』20〜2頁)。そして、現行憲法では「本来的な意味での憲法、・・国柄という意味での憲法といった側面は、(中略)もともと否定されている」と結論づけ(前掲『日本国憲法とは何か』20〜3頁)、「本来的な意味での憲法、・・国柄という意味での憲法といった側面」をふまえた明治憲法を「良法」と持ち上げるわけです。
  現行憲法は、市民革命によって誕生した近代憲法の系譜に属する憲法で、「近代的な意味での『憲法』」論をふまえたものであり、近代憲法の系譜の亜流に位置する明治憲法より、はるかに優れた憲法です。しかし、八木氏は、「人類普遍の原理」を示した現行憲法の値打ちを貶めるために、「国柄」憲法論なるものを持ち出し、明治憲法を賛美し、現行憲法を批判しているのです。その際、八木氏は、「憲法」の語源である「コンスティテューションとは国柄のことである」等と強調し、「そうであるなら、憲法論議はまず国柄に関するものでなければならない」とつなげ、現行憲法を批判し、改憲論を展開しています(前掲『明治憲法の思想』34頁)。しかし、「国柄」の英訳は、「ナショナルキャラクター」であり、「国柄」は「コンスティテューション」(=憲法)と同義ではなく、「憲法の憲法たる所以」(293頁)でもないのです。
  八木氏の「明治憲法」論の特徴は、「天皇制絶対主義という理解」を「明治憲法悪玉論」であると決めつけ、くりかえし批判していることです(前掲『日本国憲法とは何か』138頁)。例えば、「天皇は国務大臣の輔弼(ほひつ)によらなければ、大権を行うことはない」という憲法解釈をとりあげ(同書140頁)、明治憲法に、天皇の絶対的権限を抑制する強力なシステムがあったかのように論じています。そして、新訂版『新しい公民教科書』でも「国の元首は天皇であり、統治権の総覧者とされたものの、大臣の助言や議会の承認に基づき、憲法の規定に従って統治権を行使するものと定められていた」と書いているわけです。しかし、明治憲法では、天皇は「神聖にして侵すべからず」と絶対的な存在と位置づけられ、“君臨”していたのであり、戦前の大審院も「我が国は、萬世一系の天皇君臨し統治権を総攬し給うことを以て其の國體となし(云々)」としており(1929年5月31日)、この点に明治憲法下の天皇制の本質があることは明らかです。そして、明治憲法に基づき、とくに15年戦争の時代、「萬世一系の天皇を中心に戴くこと」が、「我が國體の最も特異にして萬國無比なる所以」であると強調され(前掲『修身科講座』90頁)、天皇を倫理的・精神的・政治的中心とする国の在り方が、「我が國體」という言葉によって、文字どおり徹底されたのです。
  八木氏は、「國體」という言葉をほとんど使わず、多少ソフトな「国柄」という言葉を多用しています。しかし、「國體」という言葉は、戦前の修身でも、「ひろく国柄、国の成り立ちの義」と説明されており(前掲『修身科講座』8頁)、現代の国語辞典でも、「國體」とは、「国家の状態、国柄、国家形態、国の体裁」のこと、とあります。そして、「国柄」という用語は、「我が君民一体の国柄」という表現(前掲『修身科講座』13頁)や「我が国の『国柄』を象徴する天皇制」などの表現で(自民党憲法改正プロジェクトチーム「論点整理」04年6月)、「國體」とほぼ同義の言葉として使われる場合も少なくないのです。実際、八木氏も、最近の論考の中で、「我が国の国柄、古い言葉でいえば國體を左右する重要問題」という表現を使っています(「皇室典範有識者会議に警告−−『女帝容認』への操り人形となるなかれ」『諸君』05年6月号)。つまり、八木氏が多用する「日本の国柄」とは、古い言葉でいえば、「我が國體」のことなのです。ですから、八木氏が「明治憲法は、日本の国柄に基づく良法であった」と強調する主張は、「明治憲法は、我が國體に基づく良法であった」という文章に置き換えることができるのです。同じように、「憲法とは『国柄』のことであり、憲法論議は優れて国柄をめぐる議論でなければならない」という八木氏の主張は(291頁)、「憲法とは『我が國體』のことであり、憲法論議は優れて『我が國體』をめぐる議論でなければならない」というものになり、そして八木氏は、「我が國體」を否定した日本国憲法を厳しく批判していることになるわけです。
A「歴史的共同体としての日本」とは:八木氏は、「歴史的共同体としての『日本』」について、「2千年の歴史を持った文化概念である」とし(410頁)、『国民の思想』で次のように規定しています。

  「この2千年の間に培われた美しい日本語、そこに住む人々の無駄のない立ち振る舞い、正直で勤勉な国民性、深い美意識、手先の器用さ、温和な性質、宗教と渾然一体となった日常生活、天皇を戴く政治体制などなど、諸々のものを含んだ総合体、これが『日本』である」(410〜411頁)。

  そして「歴史的共同体としての『日本』」の具体的事例を、『国民の思想』の「第4章『縦軸』の哲学」の「かつての日本人は高貴だった」「大和撫子はどこに消えた」「職人は偉大な日本人の原型」などの節で論じ、八木氏は「立派な祖先の美風を継承しよう」と強調しています(415頁)。しかし、ここには、「天皇を戴く政治体制」が「我が國體」として絶対化された時代があったこと、そして「我が國體」の下で行われた侵略戦争と植民地支配に関与した「日本人」もまったく登場しておらず、ほぼ完全に消されているのです。
  その一方で、八木氏は、『国民の思想』の中で、「自らの命を投げ出し、国家の連続性を維持し、確保した方々に対する慰霊、感謝の念、崇拝の念」を強調しており(399頁)、侵略戦争と植民地支配を遂行した「日本」を美化しています。八木氏は、「王政復古で日本古来の伝統を再生することからスタート」した明治維新(15頁)と「皇祖皇宗」の歴史を踏まえた明治憲法を根拠に「歴史的共同体の『日本』」なるものを描きだし、それを絶対化していますが、『国民の思想』における「歴史的共同体の『日本』」論では、日清日露戦争やアジア太平洋戦争をすすめた「日本」がすべて忘却されているのです。
  『国民の思想』を読んだだけでは少し分かりにくいのですが、八木氏が「歴史的共同体としての『日本』」という捉え方をし、〈父祖の歴史〉を美化しているのは、同氏が「国防という概念」を重視しているからなのです。八木氏は「この美しい国土を外国勢力の侵略から守り、長い歴史を経て築いてきた、この国家を次の世代に受け渡していこう。幾世代をも経て確立されたこのかけがえのない祖国を自分の身を賭してでも守ろうという意識」を、たいへん重視しているのです(前掲『日本国憲法とは何か』26頁)。八木氏は、「前の世代から受け継ぎ、自分たちの世代を経て受け渡していくという連続性のある、歴史の所産という国家の捉え方・・そういう理解をしないかぎり、国防は説明できません」とし、「つまり、自分たちの世代がたとえ犠牲になっても、連綿と祖先から受け継いできたこの国家という歴史ある共同体を、次の世代に受け渡していこうという、決意ないし思想が国防という概念の根底にある」と強調しているのです(前掲『日本国憲法とは何か』25〜6頁)。
B「日本の国柄」の美化と「軍国主義」問題:八木氏は「学校教育では、明治憲法は国民の自由を抑制し、軍国主義に導いた悪法の典型と教え込まれ、憲法の概説書でも同じようなことが書かれている」が、「このような評価は明治憲法の実像とは異なる」と断定しています(前掲『明治憲法の思想』「あとがき」)。つまり、陸海軍を統帥する天皇の権限(11条)、陸海軍の編制及常備兵額を定める天皇の権限(12条)、戦(いくさ)を宣言する天皇の権限(13条)、臣民の兵役義務(20条)などがある「明治憲法は軍国主義を招いた悪法」であったという常識的な理解に対して、八木氏は反論し、自らの「明治憲法の実像」なるものを対置しています(同新書)。そして、新訂版『新しい公民教科書』は、この教科書の代表執筆者である八木氏が描く「明治憲法の実像」に極めて忠実に編集されているのです。つまり、戦争や軍隊に関する天皇の権限は説明されておらず、「国民にたたえられた大日本帝国憲法」という資料がつけられ、この憲法は「できるだけ国民の権利や自由をもりこみ、同時に日本の伝統文化を反映させる努力が注がれた憲法」であり(下線部は、検定後削除)、「天皇のもとで国民が暮らしやすい社会をつくる」ことが「憲法の理想」であったとしているのです。
  八木氏は、「明治憲法自体にも今日の目からみればいくつかの欠陥があり、それが原因でその後、立憲主義の理想に反する時代を迎えるに至った」「昭和に入り、軍部が『統帥権の独立』を楯に政治介入し始める」と説明しています(前掲『明治憲法の思想』248,263頁)。そして、新訂版『新しい公民教科書』でも、「昭和を迎えるころから、憲法の不備をついた軍部が政治への介入を強めていった」とし、“明治憲法には戦争責任はなく、その運用の方に問題があった”という自説を教科書に反映させ、天皇の戦争責任を免罪しているのです。
  また、八木氏は、〈明治憲法=軍国主義を招いた悪法〉論に反論したのと同じく、教育勅語の「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉ス」が「『天皇のために死ね』ということであり、これが軍国主義に導いた」というごく常識的な理解に対しても反論し、「この部分の本来の趣旨は、『国民皆兵』を原則とする近代国民国家の国民としての国防の義務、国家への忠誠義務を述べたもの」と独自の〈解釈〉を対置し、〈天皇への忠誠義務〉を隠しているのです(223頁)。
  八木氏は、『天皇の戦争責任・再考』という共著の中で、戦争についての昭和天皇の「法律的・政治的責任は不問、道徳的責任を誰よりも感じていたのは昭和天皇だった」と強調し(洋泉社新書、03年刊)、別の著作でも「『民の父母』たることを深く自覚した昭和天皇の捨て身の意志による『御聖断』によってこそ我が国は大東亜戦争を終結させることができた」と論じています(前掲『明治憲法の思想』196頁)。そして、改訂版『新しい歴史教科書』でも、「聖断下る」という箇所の欄外に「聖断後の昭和天皇の発言」という資料が追加されているのです。
  明治天皇が煥発した「教育勅語」を美化し、「『民の父母』たることを深く自覚した昭和天皇」論を強調する八木氏にとって、〈天皇のために死ぬことを求めた教育勅語が軍国主義に導いた〉という評価は、たいへん都合の悪いものだったのです。また、旧版の『新しい歴史教科書』で「朝鮮人を皇民化する政策」と書かれていた箇所を改訂版『新しい歴史教科書』で「朝鮮人を日本人化する政策」という表現に変えているのも、戦前の植民地支配から「昭和天皇」を切り離す意図が働いたからなのであり、「人物コラム、昭和天皇」の記述と整合性をとっているのです。
C「『日本の国柄』を否定した日本国憲法」論:八木氏は、「日本国憲法がGHQの強い圧力の下で成立した」と繰りかえし、ハーグ陸戦法規(1907年)をあげながら「占領中に憲法を書きかえるなど、言語道断」と批判し、「日本国憲法の成立自体が無効であるという見解」をとりあげています(前掲『日本国憲法とは何か』180頁)。そして新訂版『新しい公民教科書』でも、GHQによる押し付け憲法論を強調し、白表紙本段階では「戦争に勝った国が負けた国の法をかえさせるのは、国際法によって禁止されている」等と記述し、脚注に「ハーグ陸戦法規」をあげていたのです(下線部は、検定により削除。また、改訂版『新しい歴史教科書』の白表紙本に書かれていた「占領軍が占領した国の憲法を変更させることは、ハーグ陸戦法規で禁じられたことだった」という箇所にも検定意見がつき、下線部は削除)。そもそも、ハーグ陸戦法規は、交戦中の占領に妥当する一般規定であり、日本の場合、交戦後の占領ですから、個別的な特別法である「ポツダム宣言」が優位しているのであり、白表紙本の記述は、政府見解とも異なるものだったのです。
  また、八木氏は、「日本国憲法は歴史的共同体としての『日本』を否定している」と繰り返しています(290頁)。そして同氏は、「憲法の前文で日本の国家としての成り立ちを説明するに当たって、ジョン・ロックの社会契約説に依拠したことは日本人からその歴史を奪うのに大いに効果的だった」としています(285頁)。八木氏は、「ロックの社会契約説に基づいていえば、日本のこれまでの歴史を否定し、これまであった建物(歴史)を更地にした上で、まったく新しい建物、つまり国家をつくることを意味」し、「日本の2千年来の歴史を否定し、そこから絶縁して、新しい国家を建設することを意味して」いる、と語っています(前掲『歴史と文化が日本をただす』39頁)。そして、日本国憲法には「憲法の憲法たる所以である『国柄』についての記述がない」と批判し(293頁)、既に紹介したように、三島由紀夫の最期の憲法批判まで持ち出しているわけです(299頁)。八木氏は、『国民の思想』以外の著作でも「日本国憲法がロックの社会契約説に立脚していることに伴う問題点」を繰り返し論じています(前掲『歴史と文化が日本をただす』45頁)。八木氏は、憲法が「必ず個人というものを立論の出発点としている点」、「歴史なき、伝統なき、道徳なき個人」を尊重せよとしている点、「家族の解体を促す条文」がある点、「自国をみずから防衛する発想がなく」「国防意識が欠如」している点、「戦没者慰霊」を行うことが否定的に理解され、「日本人の魂が否定」されている点などを指摘し、それらを問題視しています(「2つの憲法と日本の主体性」、前掲『歴史と文化が日本をただす』)。そして同様の憲法批判を『国民の思想』で繰り返しています(293〜298頁)。八木氏によるこれらの現行憲法への批判は、いずれも明治憲法の思想を基準にしたものであり、「日本の国柄」を否定した問題という角度で論じられているのです。
D「日本の国柄」なき個人の否定、「公に奉じる」人間の重視:八木氏は、現行の「憲法が前提としている人間観に大きな問題がある」とし、「『すべて国民は、個人として尊重される』(第13条)という具合に個人主義の原理を採用している」点をとりあげ、ここに「大きな問題がある」と繰り返しています(297頁)。つまり、八木氏は、現行憲法が前提としている人間観が、「歴史なき、伝統なき、道徳なき個人」を尊重せよ、という考えである点に大きな問題があるとしているのです。しかし、現行憲法が前提としている「個人の尊厳」とは、一人の人間の存在には、それだけでかけがえのない限りない値打ちがある、という崇高な考えなのであり、これは、戦前日本の人間観が「日本人として公(おおやけ)の外一点の私(わたくし)もない」として「個人」を否定していたことを深く反省した結果、生まれたものなのです(前掲『修身科講座』81頁)。
  現行の「憲法が前提としている人間観」を批判する八木氏は、子どもの権利など、「個人の尊厳」という理念を具体化する今日的な動き対しても、「私の過剰、公の不在」という言い方で批判しています(『季刊現代警察』誌105号の八木論文の題名、啓正社)。そして同氏は「今日における『個』の過剰、『私』の横溢、言い換えれば、『公』の不在の醜悪さを目の当たりにするとき、きまって思い出す話がある」とし−−『国民の思想』でも取り上げている(245頁)−−戦前の「修身」の話(「佐久間艦長の遺書」)を詳しく紹介しているのです。そして、次のように書いています。 

  「『個』や『私』を主張することが良いこととされ、『公』に奉じることは教えられることがないか、教えられても相も変わらず『軍国主義に通じる』と否定的に取り上げられるだけである。これで子どもたちに秩序感覚や規範意識、共同体意識や愛国心を養えと言っても無理である」
 
  このように八木氏は、子ども達の「秩序感覚や規範意識、共同体意識や愛国心」を養う上で、「公に奉じること」を学校で教えることが不可欠である、と強調しているのです。ですから、今度の「つくる会」教科書では、〈公共の利益のために奉仕する人間像〉が、繰り返し強調されているのです。
  「個人の尊厳」や「人権」を批判する八木氏は、「『人権』という言葉が示しているのは、いかなる共同体にも属さず、歴史も文化ももたない、また宗教も持たない、まったくのアトム(原子)としての『個人』という人間観、人間像なのである」と書いています(前掲『反「人権」宣言』「はじめに」)。そして、同氏は、「現代人は観念的な『個人』を想定して来た。親から子へ、子から孫へと続く生命の縦のつながりも、同時代の社会の横のつながりもない、まったくのアトム(原子)としての存在であると人間を想定して来た」が、「このような発想自体が今日の社会の荒廃、特に子どもたちの憂うべき状態を招き、彼らの空虚なる不安な心理をつくりだした最大の原因」と決め付けているのです(前掲『「女性天皇容認論」を排す』282頁)。八木氏は、「空虚に蝕まれる日本人」論を強調し、「個人の尊重」などの「戦後の精神がもたらした空虚で不安定な精神」などと一面的に批判しながら、「これに加えて1980年代以降の価値喪失現象」が重なったと論じています(同書275頁)。そして『国民の思想』でも、全く同じ議論を繰り返しているのです(379頁)。
  実は、以上のような八木氏の社会観・社会批評の枠組みは、戦前の修身的な見方と驚くほど酷似しているのです。戦前の修身科の解説書では、「歴史を離れ、郷土環境を離れ国家社会から遊離した個人は抽象した幽霊のようなもの」であり、そうした「個人の尊重といふ」考えが、「家、社会、国家に立脚せざる個人」として完全に否定され、「歴史伝統を無視した個人を単位」とする考えも「空虚なもの」として批判されていたのです(前掲『修身科講座』58〜9頁)。
  また、八木氏は、「自由の悲劇を乗り越える生き方とは」という節で(第6章第2節)、今日の価値喪失現象として、ある「不良少女の成功物語」等をとりあげながら(363頁)、「自由とは残酷なものである」と強調し(363頁)、『「モラル」の復権』(千石保著、サイマル出版会、97年刊)を強調する論者の文献を引用しつつ、「若者の無軌道な行動」を許している大人の責任を問題視し(374〜5頁)、秩序や道徳なき「自由」に対して、「高貴な自由すなわち秩序や道徳と両立する自由」を提案しています(376頁)。
  実は、こうした八木氏の「自由」論も、戦前の修身的な見方と酷似しているのです。戦前の修身科の解説書は、「個人の尊重といふ」考えを否定した上で、「自由も亦(また)さうである」とし、家、社会、国家、そして歴史・伝統という「全体から離れて自分一個の自由ならば、放埓(ほうらつ)でしかない。全体にたつが故に生ずる理想によって動く自由こそ眞の自由である」と説明していたのです(前掲『修身科講座』58〜9頁、※:放埓とは、「勝手気ままな振る舞い」のこと)。つまり、八木氏の言う「高貴な自由」論は、自国の歴史・伝統・道徳を大前提にした修身的な「自由」論と酷似した議論なのです。そして、修身科の「自由」なるものは、「日本人として公(おおやけ)の外一点の私(わたくし)もなく、公に立ち、公にささげ、公に殉(したが)い、公に一如(いちにょ)になる」という滅私奉公の「皇国の徳」を体得することと一体のものであり(前掲『修身科講座』81頁、※:一如とは、「一体、不可分」のこと)、そうした「秩序や道徳と両立する自由」にすぎなかったのです。結局、八木氏の「高貴な自由」論も、修身科の「眞の自由」論も、若者が「自らの生命を投げ出し、その自由を制約して戦ってこそ国が守られる」(398頁)という考えと両立するものなのです。
  八木氏は、「『個人の尊重』を原理的に追求していけば、共同体・中間団体の存在は認められないことになる」とし、「共同体」が解体されてしまう危機感にふれています(前掲『反「人権」宣言』138頁)。しかし、「個人の尊重」を原理的に追求して解体されるのは旧い共同体なのであり、その先には、お互いを尊重しあう新しい質の人間関係や人間同士の自由な連帯が創られるのです。
E「日本の国柄」を破壊する動向への批判と攻撃:八木氏は、「21世紀『日本の構想』懇談会」の最終報告や「中央教育審議会」の答申などに対して、右の立場からの不満点をのべ、「声だかに叫ばれている『改革』は、いずれも歴史を否定する思想に基づいている」と批判しています(14頁)。これらの八木氏の批判は、政府関係諸機関が提示する「改革」に対して、「国家の縦軸」という保守主義に基づいた「改革」を対置する見地からの批判です。八木氏は、「占領政策をよしとしてきた戦後の風潮、戦後の日本人の精神のあり方を批判すべき」と主張し、「戦後の風潮」を前提にした諸「改革」を全て批判し、「戦後の日本社会における持続性については認められない」「ご免蒙りたい」と強調しているのです(前掲『歴史と文化が日本をただす』119頁、113頁)。
  また、八木氏は、同氏が「歴史的共同体としての『日本』」を破壊しているとみなす近年の動向に対して、激しい批判と攻撃を展開し、それをエスカレートさせています。例えば、「男女共同参画社会」や「子どもの権利」に対して、八木氏は「その根は、やはり国家の縦軸を破壊する考え方に基づいている」等と書き(403頁)、さらに、ある論考の中で「ジェンダーフリー教育と過激な性教育は・・教育と家族という“縦軸”を2つながら破壊できる格好のテーマとして、『日本』をこの地球から消そうと企図している勢力が力を入れているもの」とまで書いています(日本戦略研究フォーラム編『季報・随想集』03年夏号の八木論文。同フォーラムのホームページより)。このように八木氏は、ジェンダーフリー教育によって現代の男女平等思想を促進する進歩的な動きや子どもの学習権を保障する性教育の自主的な取り組みなどに敵対し、それらを〈「日本の国柄」をこの地球から消そうと企図している勢力によるもの〉と勝手に決め付けながら、極めて異常な攻撃を展開しているのです。そして、八木氏は『国民の思想』の「第2章 今こそ伝統的家族の強化を」の章で、それらの議論を繰り返しています。
  また、八木氏は、「日本の国柄」の危機について『国民の思想』の「あとがき」で、「どんな歴史ある大木も害虫が付いてしまえば短期間に朽ち果てるのと同じように、日本という樹齢2千年以上の大木も内部に巣くう“害虫”によって簡単に倒されるということである」と書いています(410頁)。この文章では、「害虫」が何を指しているのかは不明確です。しかし、八木氏は、「ジェンダーフリーという名の文化大革命(上下)」というインタビューの中で(『世界思想』03年8・9月号)、ブキャナンという政治家が使っている「文化マルキスト」という言葉などを紹介しつつ、「それが今日本にはびこっている。シロアリのように、2千年以上の年輪をもつ日本という大木を、中から食い荒らす。彼らはもう体制派で、審議会を使って次々に政府や自治体の見解をだしている。それは権力なので強く、むしろ異を唱える方が反体制で弱い立場にある」などとし、同氏は、「ジェンダーフリーという名の文化大革命」が展開されているとし、強い危機感を語っているのです。つまり、八木氏が言う「害虫」とは、公的な審議会などに委員として就任している人々のうち、進歩的でリベラルな立場を促進している方々のことを指しているのです。そして、八木氏は、「つくる会」名誉会長の西尾幹二氏ら数名とともに、樹齢2千年以上の大木の内部に巣くい、大木を食い荒らす“害虫”を退治するためという理由から、2003年5月に「九段下会議」という民間審議会を立ち上げ、昨年3月に、「国家解体阻止宣言」と「緊急政策提言」を『Voice』誌上(04年3月号)に発表していたのです(文末の「資料」参照。「つくる会」名誉会長の西尾幹二氏は、自らのホームページの中で、「九段下会議は『白アリ退治委員会』である」としています)。
  八木氏は、「『改革』の方向を誤らせる丸山眞男の呪縛」(月刊『発言者』誌03年12月号)という論考の中で、政治学者の「丸山らは、日本はいまだ遅れた封建社会で、『個』の『主体性』がないと日本の後進性を繰り返し強調した。だから『革命』が必要だというのが彼らの論理であったが、この丸山テーゼが平成の審議会を覆っているのである」と決め付けています。「つくる会」の西尾名誉会長が、政府審議会について「丸山眞男一派が押さえている状況」と発言しているのも、同じことです(西尾幹二、八木秀次『新・国民の油断』186頁、PHP研究所、05年刊)。そして、そうした認識に基づいて、九段下会議は「政府審議会から左翼リベラル勢力を一掃せよ」と主張し、〈個人の主体性〉を重視するのではなく、〈国家の主体性〉をこそ回復せよ、と提言しているわけです。
  「国家解体阻止宣言」には「平成の革命勢力を打ち砕いて日本の大本を改めよ」というサブタイトルがつけられており、八木氏は、この点について次のように説明しています(『明日への選択』04年5月号)。

  「『Voice』のサブタイトルとして入っているのですが、『平成の革命勢力を打ち砕け』という考え方です。あまり一般には認識されていないことですが、冷戦時代の左翼が、今スタイルを変えて、ソフトな形で権力の側に忍び込んできている。そして権力を利用して、『きれいな言葉』を一杯並べ立てて国民生活に介入し、国民の意識を変えていっている。それが、最近の日本の状況を理解するための重要なポイントではないかと思います」

  つまり、八木氏は、「歴史教科書の問題も拉致の問題も、教育基本法やゆとり教育の問題、あるいはジェンダーフリーや性教育の問題、靖国神社の問題に対中関係の問題等々」(前掲誌)にも、すべて「冷戦後」の「平成の革命勢力」(=「『日本』をこの地球から消そうと企図している勢力」)による策動がみられると勝手に決め付け、そうした勢力を「打ち砕け」と主張しているわけです。
  八木氏の発言ではありませんが、「つくる会」名誉会長の西尾幹二氏は、九段下会議が発表した緊急政策提言の「教育政策の最後の項目に、『文部科学省の「日教組化」を阻止せよ』というのがある」ことにふれ、「要するに教科書検定で、文部科学省はなぜあんなひどい左翼検定を許しているのか、ということです」と語っています(『明日への選択』04年5月号)。そして八木氏も「歴史教科書は冷戦後、よけいに階級闘争史観が濃厚になった」などと決め付け、文科省の教科書検定のあり方と他社の教科書を、右翼の立場から批判しているのです(前掲『新・国民の油断』「はしがき」)。
E「日本の国柄」を重視する「縦軸の哲学」:以上のように、「つくる会」の八木会長の思想の根底には、明治憲法で示された「日本の国柄」、すなわち「我が國體」なるものを最大の基準にし、気にくわない勢力を徹底的に排除・批判しながら国家を再生していくという発想があるわけです。ですから、同氏が強調する改憲論も、「日本の国柄」を重視した憲法に変えるべき、という強い主張になり、また、教育や社会の改革についても、「日本の国柄」をふまえた「教育の正常化、家族の強化、国民道徳の再生」(26頁)を推進すべき、という主張になっているのです。
  八木氏は、「縦軸の哲学」という言葉を独自につくり、「生命の連続性」や「日本の国柄」論を強調していますが、これらは、彼の独創的な考えなのではなく、「つくる会」等の教育基本法改悪勢力が以前から強調してきたものなのです。例えば、「新しい教育基本法を求める会」(03年1月、「民間教育臨調」に発展解消)が2000年9月18日に森首相宛てに提出した「要望書」の中に、「生命の連続性」や「日本の国柄」という言葉、そして「縦軸」という言葉が既に書かれていたのです。「要望書」には次のように書かれています。

  「古来、私たちの祖先は、皇室を国民統合の中心とする安定した社会基盤の上に、伝統尊重を縦軸とし、多様性包容を横軸とする独特の文化を開花させてきました。教育の第一歩は、先ずそうした先人の遺産を学ぶところから発しなければなりません。(中略)『歴史』の教科書は、その多くが偏った歴史観の持ち主によって書かれているため、日本の国柄や国民性についての正しい認識を与えないばかりか、それを貶め、祖先を軽侮するような記述に少なからぬ紙面が割かれています」「私たち日本人は、家に対して格別の思いを抱いておりますが、それは遠い祖先から子々孫々へ伝わる生命の連続性と、家族間の絆を実感する生命の連帯性の意識と深く関わっているからです。家庭こそは、日本人にとって倫理の源泉にほかなりません」
 
  八木氏の「縦軸の哲学」は、この「要望書」に書かれているものと全く同じ性格の思想です。結局、八木氏が『国民の思想』で強調している考えは、「皇室を国民統合の中心」にした「日本の国柄や国民性についての正しい認識を与える」歴史教科書をつくれ!ということであり、「日本人にとって倫理の源泉」である伝統的な「家族間の絆」を強化せよ!というものなのです。

(8)日本国憲法の理念、戦後民主主義の理念を生かす道か、全否定する道か

  八木氏は、「国民一人ひとりが日本の歴史や文化に基づいて考え、生きることのできるような『国民の思想』の確立が必要であろう」とし(17頁)、「『縦軸の哲学』というものを国民の精神的な姿勢にすべき」と書いています(412頁)。しかし、八木氏の「縦軸の哲学」は、明治憲法の思想を基にした時代錯誤の「国民精神」なのであり、同時に「国防の義務、国家への忠誠義務」を重視する軍国主義の「精神的な姿勢」につながる「国民の思想」にほかなりません。
  戦後の日本は、日本国憲法を制定し、個人の尊厳、そして平和主義と民主主義という人類普遍の価値を選びました。その戦後の原点は、教育基本法の前文にも「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」という表現で明記されています。今、私たちに求められているのは、こうした価値観を大切にし、次の世代に継承し、発展させていくことではないでしょうか。
  しかし、八木氏は「今、教育荒廃という大きな犠牲を払って日本国憲法の理念の不当性を見せつけられている」等と決めつけ、「私が教育について発言しているのは、教育問題を通して日本国憲法の理念、戦後民主主義の理念の過ちを告発せんがため」としています(前掲『誰が教育を滅ぼしたか』「はじめに」)。
  そして、八木氏は、現行憲法が前提とする平和主義という理念や個人の尊厳という人間観、現代の人権思想の進展などもすべて否定し、「個」より「公」を最優先する国家主義思想、国防意識を重視する思想、反「人権」思想など、時代錯誤の思想を復活させようとしています。実際、八木「つくる会」会長は、後ろ向きの、復古的な改憲を実現するため、現行の憲法が前提とする歴史認識や対外認識への敵対的姿勢を強め、扶桑社版の教科書を通じて子どもたちに国防意識や改憲論、歪んだ歴史観や国家への忠誠義務を植え込もうとしているのです。
  扶桑社版の歴史教科書は、皇国史観教科書としての性格を強めた自国中心史観の教科書であり、扶桑社版の公民教科書は、憲法改悪を先取りする教科書です。そして扶桑社版の歴史・公民教科書は、いずれも「戦争賛美の教科書」にほかなりません。あらゆる地域で、扶桑社版の教科書を採択させてはならないのです。


<資 料>
  昨年(2004年)9月に「つくる会」会長に就任した八木秀次氏は、西尾幹二「つくる会」名誉会長らとともに数名で、2003年5月に「九段下会議」という民間審議会を立ち上げ、『Voice(ボイス)』04年3月号に「国家解体阻止宣言――平成の革命勢力を打ち砕いて日本の大本を改めよ」という戦略文書を発表しています。この宣言には「緊急政策提言」があり、国家基本政策、外交政策、防衛政策、教育政策、社会政策の5つの柱でスローガン的な提言が提示されています。以下の(1)から(3)は、「九段下会議」についての資料です(出典:『Voice』誌04年3月号及び『明日への選択』誌04年5月号)。とくに(2)の資料をみると、「つくる会」関係者が考えていることがはっきりすると思います。なお、「国家解体阻止宣言」は長文なので、以下の資料にはありません。この宣言を読みたい方は、インターネットで検索して下さい。

(1)「九段下会議」の中心メンバー

 伊藤哲夫(日本政策研究センター所長) →「教科書改善協」の運営委員長
 遠藤浩一(拓殖大学客員教授)    →「つくる会」理事(現副会長)
 志方俊之(帝京大学教授)      → 元・陸上自衛隊北部方面総監(陸将)
 中西輝政(京都大学教授)      →「つくる会」理事
 西尾幹二(電気通信大学名誉教授)  →「つくる会」名誉会長
 八木秀次(高崎経済大学助教授)   →「つくる会」理事(現会長)

※:「九段下会議」の中心メンバーの八木秀次氏が「新しい歴史教科書をつくる会」の新しい会長になり、「つくる会」の西尾名誉会長に、八木氏を会長にするように提案した「九段下会議」メンバーの遠藤浩一氏が、「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長に就任しています(この点の経過は、八木著『「女性天皇容認論」を排す』に収録されている論考「『つくる会』会長に就任して」参照。)。

(2)「九段下会議」の緊急政策提言

国家基本政策
1 憲法改正はまず9条2項の削除を
2 歴史認識の見直しは「村山首相談話」の撤廃から
3 八月十五日の首相靖国神社参拝を慣例化せよ
4 国産技術の防衛と育成に国家戦略を
5 政府審議会から左翼リベラル勢力を一掃せよ
外交政策
1 対北朝鮮経済制裁の即時断行を
2 朝鮮半島の「中国化」を阻止する対中政策を確立せよ
3 インド・アセアン・台湾重視へ対アジア外交政策を転換せよ
4 対米依存心理から脱却した日米関係の再構築を
5 竹島・尖閣をめぐる日本側主張を国の内外に向け鮮明にせよ
防衛政策
1 専守防衛体制から「防衛の開国」へ
 A 敵ミサイル基地への攻撃を含めた対ミサイル防衛態勢の整備
 B 自衛隊による「領域警備体制」の確立
 C 自衛隊武器使用基準の見直し
 D 自立的な情報機関の確立
2 集団的自衛権の行使の意志確立を
教育政策
1 教育基本法の改正は愛国心書き込みだけに留めるな
2 教育責任の不在を生む「教育委員会制度」を廃止せよ
3 ゆとり教育は「見直し」ではなく「全廃」へ
4 国語教育の総点検を
5 教科書問題は「教科書法」制定から
6 「子供の権利条約」の弊害是正を
7 文部科学省の「日教組化」を阻止せよ
社会政策
1、一連の「家族つぶし政策」を見直せ
 A 夫婦別姓の阻止
 B 少子化対策の見直し
 C 税制・年金における改悪の再検討
2、ジェンダーフリー政策の駆逐を
 A 男女共同参画基本法の廃止
 B 過激な性教育の一掃
 C 男女共同参画の予算の大幅削減
3、ヒステリカルな政教分離要求にまどわされぬ伝統・慣習の擁護政策を

(3)「九段下会議」についての八木秀次氏の発言

「(八木氏):今年、ベルリンの壁が崩壊して15年になります。当時、東西冷戦が終わって、西側が勝利した、左翼は今後いなくなると日本でも見られていました。しかし、気が付いてみたら周りは左翼だらけになっていた。政府や地方自治体から出てくる政策は左翼色の強いものばかり、政府も自治体も実は左翼に握られているのではないか、そう思わざるをえない状況に、ここ10年ぐらいの間になっているのではないかと思うのです。敢えて言えば冷戦崩壊後、左翼が体制派になってしまったという感がある。ところが、保守の側は相変わらず文字通り常に『守る』ばかりで、彼らが打ち出してくる政策に対し、常に軌道修正するという立場に甘んじてきた。
  九段下会議で論じたテーマも、決して新しいものではなく、本質的には以前から論じられてきたものばかりです。歴史教科書の問題も拉致の問題も、教育基本法やゆとり教育の問題あるいはジェンダーフリーや性教育の問題、靖国神社の問題に対中関係の問題等々・・・・・いずれも古いテーマです。しかし、そういう問題が一向に解決されないばかりか、逆に政府や地方自治体という権力の側がそれらを悪い方向にもっていくようになってきた。そこで、その原因を私たちなりに分析するとともに、現状を打破するための処方箋を提示したのです。
  保守がただ守りの側にあるだけでは、国家が衰退どころか崩壊の方向に向かってしまう。そういう強い危機感から、逆に政策提言に打って出たのです。従来の守勢の保守から、中西輝政さんが言う『押し返す保守』への転換をめざしたものが『国家解体阻止宣言』なのです。
  中でも重要なのは、これは『Voice』のサブタイトルとして入っているのですが、『平成の革命勢力を打ち砕け』という考え方です。あまり一般には認識されていないことですが、冷戦時代の左翼が、今スタイルを変えて、ソフトな形で権力の側に忍び込んできている。そして権力を利用して、『きれいな言葉』を一杯並べ立てて国民生活に介入し、国民の意識を変えていっている。それが、最近の日本の状況を理解するための重要なポイントではないかと思います。」(八木氏と西尾幹二氏、伊藤哲夫氏の三者による鼎談「新たな『革命戦略』を阻止し保守は何を為すべきか」『明日への選択』04年5月号)