選定資料と議会決議などへの対応について
2005.7.4
上杉 聰
各地の状況と「つくる会」による推進経過
中学校2006年度使用の中学校教科書の選定作業が大詰めを迎えようとしているこの6〜7月、地方議会において、学習指導要領の一部にある「自国を愛し」などを「最も積極的に説いている教科書を採択すること」などの請願が住民から提出され、採択される事態が各地で相次いでいる。さらに一部の地域では、「拉致事件の記述が正確で詳しい教科書を採択すること」とする決議さえ行われた。
また、6月下旬になって公開されはじめた都道府県教育委員会による選定資料の一部(東京・神奈川・広島・北海道など)では、各教科書に関する特定の調査内容を数量化して表示し、各都道府県教委が「どの教科書をもっとも適当と判断しているか」一目で分かるようにしている。
これらは、「新しい歴史教育をつくる会」(以下「つくる会」)が当初から一貫して推進してきていたもので、とくに昨年から自民党が「つくる会」の支援を打ち出したこと、また同年秋には文部科学省のトップに「つくる会」と共同歩調をとってきた国会議員が就任したことをうけ、昨年8月に東京都立の中高一貫高で「つくる会」教科書を採択した方式を、いまや全国的なレベルで実施に移そうとする試みである。
より具体的に述べるなら、今年(2005年)2月17日、「つくる会」は支部担当者に宛てて文書を発し、「学習指導要領の教科の『目標』を最も踏まえた教科書を選ぶ」という方法に基づき、「つくる会」教科書にとって有利な観点・基準により各教科書の「比較・検討を行う」よう、議会質問を通して、また直接に各教育委員会に働きかける指令を行った。そこには「議会質問例」も取り上げ、「採択の対象となる教科書は全て検定済みの教科書であり、学習指導要領に基づいて作成されたものであるから、そのような視点は必要ない」という予想される批判に対して、「検定済みとは言え、教科書ごとに学習指導要領の踏まえ方に濃淡があるのが現実である以上、採択に当たって、この視点を欠くことはできない」という反論まで手ほどきしている。
これを受けて、それまで「つくる会」と行動を共にしてきた国会議員連盟「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(昨年9月まで座長は現・中山成彬文部科学大臣、今も事務局長は同省の現・下村博文政務官)は文部科学省へ働きかけ、その責任者を3月2日の総会に招いた。文科省の審議官たちはその場で、検定に合格した各教科書が学習指導要領の「目標」に「どの程度準拠しているか、具体的な観点を挙げて内容や量を比較し、各社の違いが明瞭に分かるような選定資料を作るよう(都道府県教委に対して)求める」(産経3/3)ことを表明、4月にもその通知を出すとした。
こうして4月12日に出された文科省初中教育局長による通知「平成18年度使用教科書の採択について」は、前年度までと異なり、新たに「都道府県教育委員会が作成している選定資料について、各都道府県の教育方針と合致しているか、学習指導要領の内容等のどの点を重視しているかなど、各採択権者(つまり各市町村教委など)においてより参考となるよう内容の一層の工夫・充実を図ること」という条項が付け加えられた。
「一層の工夫・充実」が何を示すか明記されていないが、産経新聞によると、「内容や量を比較」に加え、比較する観点について、「愛国心」「文化と伝統」「神話・伝承」「歴史上の人物」「拉致事件」「領土問題」「国旗・国歌」「家族共同体」などが挙げられると、文科省が公式に表明しなかった「内意」を記事にしている(上記3/3付記事)。
文科省は、4/12通知の説明会を、同月22日に東京で開いたが、終了後の懇親会の場で、東京・埼玉・福井・愛媛などの教委が、「県レベルでの調査を点数化し、優劣順位をつける」と発言したという(参加者の証言から)。今回の各県教委の動向は、こうした文科省による有形無形の指示によるものであり、下では、とくに東京都の動きが全体を牽引する位置にある。
したがって、選定資料の改悪は、すでに判明している東京・神奈川・広島・北海道のほかに、埼玉・福井・愛媛はもちろん、さらに広範に進んでいる可能性があり、各地において早急な資料請求や調査が必要となる。
また、地方議会における上記の動きも、一昨年9月に神奈川県議会で、選定資料は「総花的な調査研究の観点を改め…学習指導要領の目標・内容に照らした、各教科書の比較検討内容を明記する」との請願が採択されたことを皮切りに各地で決議が挙げられ、昨年暮れには大津市議会が、学習指導要領の「目標」による採択を求めた請願を採択('04/12/20)、茨城では自民党県連が「最も愛国心の強い教科書採択を」と県教委へ要望書を提出、今年になって東京・板橋区議会で、学習指導要領の目標を踏まえた教科書採択の決議(1/28提出)がなされた。6月には新潟市議会で、「拉致」等を正確で詳しく書いた教科書の採択請願が可決(6/29)、熊本では、県議会で「学習指導要領の目標をもっとも踏まえた教科書採択」の請願が採択され、同県内の一部では、その請願を自民党議員が校長を通して全教員へ配布させるなどした(今年6月下旬)。また鹿児島県議会や市長村議会でも、「歴史上の人物」「伝統文化」「拉致」などを盛り込んだ教科書採択請願が提出されていることが伝えられている。
こうした動きを、他の地域でも早急に察知するとともに、それへの対応策をとる場合、以下のような考え方が大切になると思われる。
選定資料の法的拘束力について
まず、都道府県教委が作る選定資料にはどのような法的拘束力があるか、という問題を検討しておきたい。根拠法としては「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」に、
第10条 都道府県の教育委員会は…市町村の教育委員会及び義務教育諸学校の校長の行う採択に関する事務について、適切な指導、助言又は援助を行わなければならない。
とする条項がある。さらに第11条では、「前条の規定により指導、助言又は援助を行おうとするときは、あらかじめ教科用図書選定審議会の意見をきかなければならない」としている。
ただ、いずれにも「選定資料」の文言を欠いており、文科省初中教育局長による通知に「選定資料」が出てくるのみである。したがって、法律的には、都道府県教委による「適切な指導、助言又は援助」の一部に選定資料がある、という位置づけになろう。
したがって、文科省初中教育局が作成した現行の「教科書制度の概要」にも、「採択権者は、都道府県の選定資料を参考にするほか、独自に調査・研究した上で1種目につき1種類の教科書を採択します」とだけあって、市町村教育委員会などが最終的に教科書を採択するに際し、参考とする一資料にすぎない。
ましてや、地方議会決議が挙げる決議などは、教育基本法第10条が定める「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」の条文からみて、地方議会が国民全体を間接的に、しかもその一定部分を代表するものである以上、またその声が教育外の政治的な決議であることから、これもあくまで資料の一つとして採択権者が参考とする以上のものではない。
さらにこれらに対処する際、とくに重要なことは、自立した教育固有の論理にしたがい、また人を育てるという長期的視野に立って考えることであろう。その観点からすれば、採択権者に向けられた「決議」や「指導」が、それ自体で教育上不適切なものとなる場合があることが自明となる。教育のもつこの固有な現実性こそ、法的にも、議会決議そのものが「不当な支配」に該当する恐れを生じさせるとともに、都道府県教委の「指導、助言又は援助」も――法律の条文によると、あくまで「適切な」という形容詞によって制約されている――不適切であることを明らかにすることになる。「不当な支配」や「不適切な指導」であれば、それらは参考資料とさえならない。
教科書採択の考え方
したがって、教科書採択において必要なことは、教育固有の論理にしたがって対処することであり、それを仮に「義務教育検定基準」や「学習指導要領」を例に明らかにするならば、以下のように要約することができる。
まず、「検定基準」には、次のような教育的配慮が各教科に共通する条件とされている。
1、その学年の児童又は生徒の心身の発達段階に適応していること
2、特定の政党や宗派に偏っていたり、それらを非難していないこと
3、特定の事項、事象、分野などに偏っておらず、調和がとれていること
4、特定の事柄を特別に強調し過ぎたり、一面的な見解を取り上げていないこと
5、図書の内容は厳選されており不必要に重複していないこと
6、心身の健康や情操の育成にとって必要な配慮がされていること
7、図書の内容は、全体として系統的、発展的に組織されていること
また、中学校学習指導要領では、各教科に共通した「総則」を第一にかかげていて、そこには、以下のような教育的一般方針が述べられている。
学校の教育活動を進めるに当たっては、各学校において、生徒に生きる力をはぐくむことを目指し、創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開する中で、自ら学び自ら考える力の育成を図るとともに、基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り、個性を生かす教育の充実に努めなければならない。
次いで、社会科全体の共通した「目標」を、次のように掲げている。
広い視野に立って、社会に対する関心を高め、諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を深め、公民としての基礎的教養を培い、国際社会に生きる民主的、平和的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。
そして、個別の歴史的分野の「目標」として掲げられている4点を、各要素にしたがい列挙するならば、次の7点としてまとめることができる(もし第3を「人物」と「文化遺産」を分けるなら8点になるが、それらの性格からみて一括すべきであろう)。
a、我が国の歴史を、世界の歴史を背景に、大きな流れと時代の特色を理解させる
b、我が国の文化と伝統を広い視野に立ち理解し、その歴史への愛情を深めさせる
c、歴史上の人物と文化遺産を、時代や地域との関連で理解し、尊重させる
d、国際関係と文化交流の歴史が相互に深くかかわっていることを理解させる
e、他民族の文化・生活に関心をもたせ、国際協調の精神を養う
f、身近な地域の歴史や具体的な事象を通して歴史への興味関心を高める
g、様々な資料を活用して、歴史的事象を多面的・多角的に理解、表現させる
以上述べてきたような教育固有の論理にしたがって教科書の採択を考えるとき、たとえば新潟市議会に寄せられた請願――拉致事件について記述が正確で詳しい教科書を採択する――の内容をみるならば、検定基準にある「特定の事柄を特別に強調し過ぎ」や「特定の政党」とのかかわり、「不必要に重複していないこと」、あるいは現在の問題に深入りしすぎて「心身の健康や情操の育成にとって必要な配慮」などと抵触する危険性などがでてこよう。また学習指導要領にある「e、国際協調の精神を養う」と、どう兼ね合わせられるかも問題となる。
また「愛国心」や「歴史上の人物」など、「目標」中の特定の項目を学習指導要領の中から拾いだして根拠としつつ、その部分を最も積極的に取り上げている教科書を採択せよと決議したり、そうした観点から各教科書を評価することが、その上位にある「総則」や「社会科全体の目標」を無視して行われているとすれば問題となる。
さらに検定基準は、「学習指導要領に示す事項を不足なく取り上げていること」(「各教科共通の条件」)を条件としている。一部を強調することは、この条項に反し、バランスを欠いた記述を容認する恐れがある。とくに上のa〜gのうち、「時代」の理解には「人物」の理解が配置され、「愛国心」には「国際協調」が対置され、「具体的な事象」には「多面的・多角的な理解」が示されるなど、均衡をもって全体的な能力を育むよう配慮されている学習指導要領の内容を歪曲するおそれがある。
そのような観点から東京都教委などの作成した選定資料をみるとき、たとえば歴史については、上に挙げた7つの項目のうち
、c・d・e・fのみを調査研究項目として取り上げ、さらにそのうちcを「人物」と「文化遺産」の2つに分けて強調した上で、その記述箇所を数値で示し、「扶桑社教科書3項目1位」(産経6/24)という評価を導き出した。しかし、本来ならば、c・d・e・fに対置されるa・b・gが「不足なく取り上げられているか」、または「バランスを失しない数値として取り上げられているか」検討されなければならない。それは、「濃淡」の問題でなく、正しい意味でのバランスの問題なのである。
また、より上位にある「総則」や「社会科全体の目標」が評価の対象から外されていることも問題である。東京都の選定資料は、それらを検討していない「不適切」な内容ということになる。
また都の選定資料は、「拉致問題」と「神話・伝承」を具体的な調査研究項目に加え、その記述内容まで細かく紹介した。拉致問題については、すでに述べたような観点から記述内容を検討しなければならないが、そうした紹介方法が欠けている。
また「神話・伝承」についても、学習指導要領は、「考古学などの成果を活用するとともに、神話・伝承などの学習を通して、当時の人々の信仰やものの見方などに気付かせよう留意すること」(歴史的分野)としており、考古学の基礎の上においた上で、あくまで神話は「当時の人々の信仰やものの見方」を知る手段とすることを要請している。したがって、『記紀』神話も、それが成立した8世紀の奈良時代に置いて、当時の考え方として理解させなければならない。それを各教科書がきちんと行っているか、たとえば扶桑社のように、3世紀末から始まる古墳時代に収めるなどしてはならないことなど、まったく検討していない。この点でも、東京都の選定資料は「不適切な」ものである。
おわりに
以上みてきたように、都道府県教委の選定資料や議会決議などの一部に「適切な」指導・助言にあたらないものがあり、「不当な支配」に該当するものもある。北海道教委の場合、一部の教科書を除外して評価した事実も発覚している。そうした選定資料や決議がみつかった場合、ただちに各教委や議会への抗議を行うとともに、市町村の教育委員会などへは、その問題点を丁寧に指摘し、参考資料とさえしないよう説得活動を行う必要があろう。
以上