今年度の中学校教科書の採択事務が、8月31日にすべて終わりました。文部科学省は、その全国集計を9月中旬に発表するといわれていました。当センターとしては、それを受けて正確な総括を行うべきと考え、コメントを控えてきました。しかし、文科省の発表がずれ込み、10月になる可能性も出て参りました。そこで、いつまでも総括作業が停滞するのはよくないと考え、その後はっきりしてきた事実をふまえ、総括作業のための提案を、ここに始めることといたしました。
なぜ「つくる会」の採択率は低かったのか
1、「つくる会」教科書の最終的な採択率が未集計のため、マスコミによっても数値は異なりますが、歴史教科書が0.4%程度、公民も0.2%程度にとどまりそうです。彼らが目標としてきた10%をはるかに下回ることでしょう。これは、彼らと姉妹関係にある高校の『最新日本史(新編日本史)』がこれまで保ってきた約1%というシェアにさえ遠く及ばない数字であり、彼らのもくろみは完全に挫折しました。
2、さらに「つくる会」は今回、彼らの教科書を採択しやすくするため、小林よしのりや西部邁などの著名人を切り捨て、組織をあえて割ってまで、内容・形式をリメイクしたにもかかわらず、採択率が大きく伸びませんでした。今や彼らの組織実態は、日本会議などの宗教右派を中心とする内向きな組織となっており、幅広い影響力を失ったことが今回の「つくる会」の特徴です。
3、そうした中、彼らは、文科省・自民党など行政・政治の力に依拠して採択させようとしました。つまり、「つくる会」議員連盟前座長・中山文部科学大臣、前回「つくる会」教科書を検定合格させた町村外相(当時、文部科学大臣)、自民党の安倍幹事長代理などが、重ねて「つくる会」教科書を評価・支持する発言を行い、力と組織による働きかけを繰り返すなかで、それらを国内外の運動が抑えきった成果であり、意義は限りなく大きいといえます。
4、そして「つくる会」運動が行き詰まったもっとも深刻な点は、都道府県教育委員会から市町村教育委員会へ圧力をかけさせることによって採択を実現するという基本路線が破綻したことにあります。今回、都道府県教育委員会レベルの選定資料が各地で改悪されました。「つくる会」は、それらを通して、東京で「半数」、愛媛は「全県」での採択を期待していたのでした。しかし、市町村段階の教育委員会は、この圧力にもかかわらず、それぞれ自立した判断を多様な角度から行い、東京の杉並区以外、広がりませんでした(藤岡氏が必死の形相で杉並に乗り込んだ理由はここにあります)。
5、また「つくる会」が今年の採択に賭けていたもうひとつの計画は、大田原での採択を全国に波及させることでした。これは4年前、栃木県下都賀地区で採択がくつがえされたため、全体の採択が悪かったという皮相な総括を行ったことによるものにすぎませんが、今回、読売新聞を動かすなどして精一杯世論操作を試みました。しかし、やはり各地の教育委員会の判断を変えることはできませんでした。
6、とはいえ、僅差で「つくる会」が阻止された教委は少なくありません。3:2で抑えたところが埼玉県・帯広・調布・鎌倉・新居浜など、さらに1名程度「つくる会」支持発言のなされたところはたいへん多かったのです。これについて「つくる会」は、悔しさのあまり「惜敗率はきわめて高かった」と、9月2日の記者会見で発言したのですが、これは教科書採択が「単純小選挙区制」であることを忘れています。つまり採択は各地区で1冊に限られ、復活などありえず、たとえ全国の教育委員会ですべて2票をとっても、「つくる会」の採択率は0%にしかならないことを理解していない幼稚な見方です。むしろ、過半数を超す可能性のあったいくつかの地域で(これらが採択されれば1%に達したでしょう)、ギリギリ0.4%に抑えられた運動側の勝利であったというべきなのです。
7、その点を考えるとき、今回の採択阻止の背景には、3〜4月の韓国・中国における「反日」デモの大きな影響があります。韓国の教科書運動本部や自治体から来日や意見広告などがあったとき、教委に国際問題へと波及・発展する危険性を広く感じさせて慎重姿勢を生むとともに、この教科書がアジアの人々と共に私たちが生きる障害となることを印象づけたことが、まず大きいと考えられます。そこに、在日本韓国民団などによる積極的な働きかけが加わりました。日本で生きる在日の子供たちの多くが地元の公立学校に通っている状況で「つくる会」教科書を使うことは、国内で多文化共生の可能性を失わせるきわめて深刻な問題であることを知らせ、その行動は各地で大きな反響を生みました。
8、日本人側の運動も、保守の一部も巻き込んでそれぞれの採択区で多数派となるよう、立場や組織を超えたさまざまな協力関係を市民や労組の間で行いました。それが大きな力となって今回の成果は得られました。これは、私たちの運動の進め方として、今後も強調しなければならない重要な点です。ただ、一部には疑問の残る点もありました。たとえば、反「つくる会」の動きが「一部の政党・党派の活動」という印象を関係者に与えた地域もあり、それが一部教委の独走を押さえられない理由となった場合があります。また、幅広い連携のないところでは、不正確な情報に振り回され、採択の危険性のない教委へ働きかけが行われるなど、力を空費することもありました。
9、たしかに、採択区で過半数を制することは困難です。とりわけ採択区の広い場合はなおさらです。そこで「つくる会」は、各地で採択区の分割を進めようとしました。大田原もそうした採択区として独立させられていたのですが、茨城県・大洗、岡山県・総社などでは、採択作業の中途で採択区を小さくすることによって「つくる会」教科書を選定させようとしました。彼らは、文部科学大臣の力まで借りて、採択作業中に採択範囲を変えることを試みたのです。しかしそれは、行政官僚の抵抗を生み、「つくる会」は自分の都合で何でもするというアウトロー体質をもつこと、あくどいルール破りの意思などを印象づけ、教育委員の反発と疑念を買うだけでした。そもそも採択規模の縮小は、確実な採択地区は増えるものの、採択数は確実に減るというマイナス効果をもち、それを進めようとする限り10%採択などあきらめざるを得ないという袋小路に入っているのが、「つくる会」の実情なのです。
10、「つくる会」のあくどいやり方は、今回、検定中の白表紙本の大量配布という不正行為によっても広く知られることになり、それが最後まで教育委員会の採択姿勢に慎重さを生む要因の一つとなりました。公正取引委員会に対して全国各地6箇所で告発が行われたことも、教育委員会へのブレーキとなりました。「つくる会」教科書の採択を行えば、訴訟が起こることを覚悟しなければならないというプレッシャーは、冷静な思考と判断姿勢を教育委員会に与えたからです。
以上は、「つくる会」の戦略的、そして構造的な行き詰まりを示しており、ここから彼らが立ち直ることはかなり困難です。4年後に向け、扶桑社が地理に進出することを決めた(「領土」を明確にしたいのでしょう)ほか、家庭科や国語などへの進出も検討すると言っています。ただその場合、現在の採択率では扶桑社がこれ以上の負担を背負い込むのは困難なため、他社に希望を託すしかありません。しかし、扶桑社さえ困難であることを、どこかの会社が行えるのか、実は4年前も他社からすべて断られて失敗しているため、今回も可能性は低いかもしれません。
以上、「つくる会」惨敗の構造を分析してきましたが、今回私たちが受けた打撃も、以下のように大きなものでした。
私たちの受けた打撃
1、今回、すべての歴史教科書から「慰安婦」記述がゼロとなり、「強制連行」についても2社がその言葉を記述するだけになったのをはじめ、南京大虐殺、「竹島」(「独島」)、拉致問題の記述などで、全教科書がさらに一歩右へ傾いたことは、深刻で大きな問題です。その方向付けを行ったのが「つくる会」の存在であり、そこを今後も私たちが主な対象とすることは続けていかなければなりませんが、私たちも視野を全体に広げ、その中のより良い教科書を育てる方向へと、教科書全体への働きかけを執筆段階から幅広く進めていく必要が生じています。
2、そうした実態を別の角度からよく示すのが、最近判明した東京書籍の寡占状態の維持と日本書籍新社の激減ぶりです。正確な冊数はまだ不明ですが、9月に入って、各採択区を占めた教科書会社名が判明しました。それをもとに採択率を推定すると、以下のようになります。
中学校[歴史]教科書の採択区占有率 (「今回」が、全国583採択区のうち各社の占有率)
| 東 書 | 大 書 | 教 出 | 帝 国 | 日 新 | 清 水 | 日 文 | 扶 桑 | |
| 前回 | 51.2% | 14.0% | 13.0% | 10.9% | 5.9% | 2.5% | 2.3% | 0.0% |
| 今回 | 47.3% | 18.0% | 13.4% | 14.9% | 2.1% | 2.7% | 1.2% | 0.4% |
| 増減 | -3.9 | +4.0 | +0.4 | +4.0 | -3.8 | +0.2 | -1.1 | +0.4 |
中学校[公民]教科書の各社占有率(「今回」が、全国583採択区のうち各社の占有率)
| 東 書 | 教 出 | 大 書 | 日 新 | 帝 国 | 清 水 | 日 文 | 扶 桑 | |
| 前回 | 54.6% | 14.9% | 11.7% | 6.5% | 5.7% | 5.4% | 1.2% | 0.0% |
| 今回 | 54.7% | 14.6% | 16.6% | 1.0% | 7.4% | 4.0% | 1.5% | 0.2% |
| 増減 | +0.1 | -0.3 | +4.9 | -5.5 | +1.7 | -1.4 | +0.3 | +0.2 |
4年前に倒産した日本書籍は今回、日本書籍新社(日新)として検定申請しましたが、戦争責任に関して多くの正確な記述を行い、健闘しています。ところが同社は今回、採択率を激減させ、とくに公民では「つくる会」の採択率に限りなく近づきつつあります。再倒産の危機とともに、これが私たちの運動への打撃であることは言うまでもありません。今回の勝利は、こうした打撃と裏腹の関係にあります。大勝利などと評価することは堅く慎むべきなのです。
3、さらに今回、教科書の採択システムはいっそう改悪され、教員の意思を反映することはより困難となりました。採択事務の公開についても、密室状態が各地に生まれてきました。そして今回は阻止できたとはいえ、都道府県教委の権限強化も追求されています。こうした変化を改善する運動が必要になっています。
4、そして。今回の反省点の一つとして、マスコミの対応の悪さが目立ちました。読売新聞は完全に「つくる会」と協力し、朝日新聞もNHK問題との連動を恐れてか、きわめて後退した記事づくりとなりました。今後、「つくる会」を孤立させ、人々に正確な情報を知ってもらうために、マスコミに対するいっそうの働きかけが必要です。
これらは、4年後に向けて準備するというより、今から開始すべき課題であり、私たちのいっそうの活動が重要となってきました。今回の衆院選で、自民党は圧勝しました。そのことが次の局面で私たちに不利に働くことは言うまでもありませんが、「つくる会」と共同歩調をとってきた議員連盟(日本の前途と歴史教育を考える議員の会)の古屋圭司会長は、当選はしたものの郵政に反対して無所属となりました。また、同議連の衛藤晟一幹事長も落選し、大きな打撃を受けています。私たちの粘り強い動きを、次の全体的な変化と結びつけ、より平和な社会を目指す子どもたちを育てるため、改めてこれらの活動に着手しましょう。
以上