「戦後60年」にむけ歴史問題が日中のみならず日韓関係でも焦点へ


 中国にとって、来年は「抗日(反ファシスト)戦争勝利60年」にあたります。そのこともあって、中国政府は靖国問題で、国内世論に押され、強い姿勢をとり続けています。小泉首相によって繰り返されてきた参拝が、中国の人々にとってなぜ問題かといえば、たとえばA級戦犯問題にかぎれば、靖国神社は、「満州事変」を引き起こした板垣征四郎や、南京大虐殺の責任者である松井石根など、いずれも中国民衆が深刻な被害を受け、彼らと戦い、東京裁判で絞首刑とされたA級戦犯を祭神として祀(まつ)る神社であるからといえましょう。

 たしかに、昨年8月の重慶におけるサッカー・アジア杯でのトラブルをあげれば、そこには行き過ぎがありました。とはいえ、1938年以降、日本軍によって繰り返された同市への無差別爆撃の被害者は、死者だけで12000人におよびます。生存被害者を抱えている多くの家族は、日本からの謝罪の言葉ひとつなく、これまで生活してきたのです。今回のような事態が起こらなくとも、どこかで何らかの事件が起こったことでしょう。同じような問題は中国各地に多数現存し、昨年も遺棄毒ガスによる新たな被害者を生み出しました。中国にとって対日歴史認識問題は、よく言われる「交渉カード」のように、いつでも取り替え可能なものなどでなく、政権の根幹にかかわる課題として、今後も避けて通れないものです。

 先月、小泉首相は中国へのODAの打ちきりを首脳会談で提案、12月21日には台湾・李登輝前総統へのビザ発給などおこないました。これらは、靖国問題への対抗ないし報復ととらえられ(産経<12/11>記事)、日中関係は今、つよい緊張関係に入っています。このように、日中が角を突き合わせる構図は、来年にかけても続くことが予想されます。
  
 ところが、韓国については、歴史問題において対日姿勢がきわめて穏やかに見えます。12月17日に鹿児島で開かれた日韓首脳会談でのノ・ムヒョン大統領の発言は、「北朝鮮」への制裁に批判的な発言のみ大きく取り上げられ、歴史問題について、その慎重な言い回しもあってか、十分取り上げられませんでした。

 しかし、注意深く報道記事を読むとき、韓国にも変化が起こっていることに気づきます。つまり、大統領は、靖国問題の処置は日本側の判断によるものとしつつも、「歴史問題が蒸し返されないよう配慮を求めた」と伝えられ、「強制連行された韓国人の遺骨返還」への協力を日本に要請したといいます(以上、朝日<12/17>記事)。また小泉首相は、「反省すべきは反省」という言葉を歴史問題で使い(共同<12/17>記事)、大統領に反対する姿勢をみせませんでした。

 たしかに、ノ・ムヒョン大統領の姿勢はきわめて抑制的で、その点は今回も変わっていません。しかし、大統領の立場が、「歴史問題は日本が提起してきた」、つまり問題発生の責任は日本にあるという考え方は鮮明です。その意味で靖国問題において、小泉首相は、中国のみならず韓国からも、次の参拝に対して今回釘をさされた格好ですし、翌日の外相会談では、前回の「つくる会」教科書問題に端を発した「日韓歴史共同研究」を来年5月以降も継続することで合意しています。もし、こうした二国間の協力関係を教科書問題で日本が踏みにじるような場合、韓国も中国と同じような事態に入っていくことが、当然予測されます。

 というのも、韓国にとって今年は、日本による朝鮮植民地支配の端緒となった日韓協約(第2次、乙巳条約)の100年目にあたります。さらに日本からの解放60年、日韓条約締結40年が重なります。そこへ「新しい歴史教科書をつくる会」による教科書の採択や靖国問題が加わるとき、今年は、韓国にとって、歴史問題がきわめて大きな課題として浮上する可能性を持つ年なのです。

 韓国国会は、今年2月、「日帝強制占領下における強制動員被害真相究明特別法」を、3月には「日帝強占下の親日反民族行為真相究明法」を成立させ、植民地支配の被害状況と国内の協力者を解明することに着手しはじめています。さらに今年4月の韓国国会選挙は、議員を大幅に入れ替え、世代交代を果たしました。

 その結果、与野党議員79人が、以下の欄のような、小泉首相と閣僚による靖国神社参拝の中止を求める国会決議案を12月7日に提出し(産経<12/7>記事)、年内には採択される見通しといわれます。ここには、歴史問題を提起したのが日本であるという大統領と同じ立場が表明されているとともに、歴史歪曲への批判、靖国からの韓国人遺族の合祀取り下げなど要求しています。また、提案理由には、朝鮮侵略の加害者が靖国神社にまつられていることを指摘しており、神社への合祀が、そうした行為を鼓舞していると主張していているほか、靖国参拝に長く抗議してきた中国への配慮もにじませています。

 1995年の「戦後50年」は、アジアへの加害を反省することを「自虐的」と批判する勢力によって、正しい歴史認識への攻撃が開始された年でもありました。あれから10年、アジアへの加害認識は、たんなる心のもち方の問題によるものなどでなく、多数の周囲の隣人たちと平和に生きていくための、人間としての最低限の認識であり、モラルであることを、来年こそ日本社会は知るべきでしょう。

(担当者の都合により、2ヶ月ちかくのブランクを作ったこと、お許し下さい。来年はいよいよ「つくる会」との対決の年、これから積極的なHPづくりに努めます。)