与党中間報告の問題点(改訂版)


 2003年3月20日、中央教育審議会が教基法「改正」の答申を出し、その後、与党による協議が積み上げられ、04年1月、正式に「教育基本法改正に関する協議会」の名前で協議を進めることが合意され、6月20日に与党の「中間報告」がまとめられた。

 この与党中間報告を読むとき、自民党と公明党の間に、「愛国心」と「宗教教育」をめぐる対立ほかを残しているとはいえ、すでに根本的な点で改悪へと踏み出したことは重要である。その内容を別表に掲げておいたが、削除されようとしている点を条文の順に従って要約すれば、以下のようである。

 @憲法と教基法の有機的結びつき、A平和的国民の形成という目的、B個人の尊厳と価値、C学問の自由の尊重、D平等主義教育の課題、E部落差別の撤廃、F九年の義務教育制、G男女共学、H教育の公共的性質、I教育の自立性などである。

 また、今回新たに加えられようとしているのは、a道徳心の涵養、b公共の精神、c伝統文化の尊重、d「愛国心」ないし「国を大切にする」こと、e能力に応じた教育、f大学・私学・幼児教育、g家庭教育の第一義的責任、h生涯学習、i教育行政の教育内容への責務、j教育振興計画などである。

 これらの特徴をさらに要約するならば、第1に、現行の教基法は、平和憲法の制定を承け、平和的国民の育成をうたってきたのだが、今回その基本方向を否定し、代わりに盛り込もうとしているのが「愛国心」ないし「国を大切にする」である。

 また第2に、戦後教育の目標とした重要な価値観としてあった個人の尊厳、学問の自由、部落差別の撤廃などを削除し、今回、これらに代わって加えられようとしているのが、道徳心、公共の精神、伝統文化などである。個性・知性・人権を抑制し、戦前的価値観への逆戻りである。

 さらに第3に、戦後教育のシステムの基礎となってきた平等主義教育、それを支える9年間の義務教育と男女共学の条項が抹消され、代わりに加えられようとしているのが、能力に応じる教育、大学・私学・幼児教育の規定である。教基法第3条には、これまでにも能力主義教育を容認するとの批判が一部あったが、それを制御する役割を果たしてきたのが「ひとしく」であり、その文言が削除されようとしている。「能力に応じた教育」のみになった意味はきわめて大きなものとなろう。

第4は、教育において家庭教育の第一義的責任が加えられたことの意味である。これまで学校教育は、家庭教育の不備をも補うものと考えられていたが、そうした側面を否定し、教育の多くの側面を家庭教育へと移行させ、公教育から排除してよいと認めたことを意味しよう。教育改革を唱えながら、実質は公教育が負担する部分を切り捨て、スリム化が目指されているというべきだろう。いっぽうで「家庭、学校、地域等の連携」もうたわれてはいるが、右の基本から生じる弊害を補うものとしか考えられていないようである。

 そして最大の注目を要する変化は、教育の公共性と自立性が全否定されたことである。教基法の特徴は、「国民全体に対し直接に責任を負」(第10条)うという基盤の上に打ち立てられていることに特徴があり、それが教育の「公共性」、教員の「全体への奉仕」(第6条)の意味するところであるとともに、不当な支配を排除する教育の「自立性」(第10条)を保障する必要性が導き出され、教育行政の権限というものは、狭く条件整備に限定されてきた(第10条第2項)。

 それらが今回削除され、反対に教育行政による責任と義務が大きくとりあげられ、その中には「教育水準の維持」が盛り込まれていることから、教育内容への行政の責務が入ったと見るべきだろう。国家による教育権の明確化であり、そこから「不当な支配」の主体は、これまでの国家などから、労働組合であったり市民運動などへと変わり、意味内容を180度転換することになる。

 最後に、振興計画の盛り込みについても理解しておく必要がある。これは教育に限らず、他の分野でも同じだが、現在の国家機構の仕組みでは、基本法と振興計画を結びつけることで、国家予算の確保をほぼ自由にできる権限を担当省庁に発生させることになる。文部科学省が、教基法の改訂を推進してきた主な動機は、行政改革のもとで省庁のスリム化が求められている中、自らの省益を保護し権限を確保する有力な方法として、教基法の改訂により、この部分を獲得しようとしてきたからにほかならない。



現行教育基本法と与党中間報告の対照表

教育基本法 与党中間報告
1947・3・31・法律25号
文字=削除、ないし削除の可能性ある部分)
2004・6・16 教育基本法改正に関する協議会
(太文字=追加部分 *印=与党内検討を示す)
(前文)
  われらは、さきに、日本国憲法を確定し、 民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示 した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
前文
○ 法制定の背景、教育の目指す理想、法制定の目的

*「憲法の精神に則り」の扱いについて、さらに検討を要する
(教育の目的)
第1条 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

(教育の方針)
第2条 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければなら ない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
教育の目的
○ 教育は、人格の完成を目指し、心身ともに健康な国民の育成を目的とすること。

教育の目標
○ 教育は、教育の目的の実現を目指し、以下を目標として行われるものであること。
@真理の探求、豊かな情操と道徳心の涵養、健全な身体の育成
A一人一人の能力の伸長、創造性、自主性と自立性の涵養
B正義と責任、自他・男女の敬愛と協力、公共の精神を重視し、主体的に社会の形成に参画する態度の涵養
C勤労を重んじ、職業との関連を重視
D生命を尊び、自然に親しみ、環境を保全し、良き習慣を身に付けること
E-1 伝統文化を尊重し、郷土と国を愛し、国 際社会の平和と発展に寄与する態度の涵養
E-2 伝統文化を尊重し、郷土と国を大切にし 国際社会の平和と発展に寄与する態度の涵養
  *「教育の目標」中の「国を愛し」「国を大 切にし」については、統治機構を愛するという趣旨ではないとの認識で一致した。
(教育の機会均等)
第3条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

2 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって就学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。
教育の機会均等
○ 国民は、能力に応じた教育を受ける機会を与えられ、人種、信条、性別等によって差別されないこと。

○ 国・地方公共団体は、奨学に関する施策を講じること。
(義務教育)
第4条 国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う。

2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
義務教育
○ 義務教育は、人格形成の基礎と国民としての素養を身につけるために行われ、国民は子に別に法律に定める期間、教育を受けさせる義務を負うこと。
○ 国・地方公共団体は、義務教育の実施に共同して責任を負い、国・公立の義務教育諸学校の授業料は無償とすること。
(男女共学)
第5条 男女は、互いに敬重し、協力しあわなければならないものであって、教育上男女の共学は、認められなければならない。
(全文削除)
(学校教育)
第6条 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。




2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。
学校教育 │
○ 学校は、国・地方公共団体及び法律に定める法人が設置できること。
○ 学校は、教育の目的・目標を達成するため、各段階の教育を行うこと。
○ 規律を守り、真摯に学習する態度は、教育上重視されること。

教員
○ 教員は、自己の崇高な使命を自覚して、研究と修養に励むこと。教員の身分は尊重され、待遇の適正と養成・研修の充実が図られること

大学教育
○ 大学は、高等教育・学術研究の中心として、教養の修得、専門の学芸の教授研究、専門的職業に必要な学識と能力を培うよう努めること。

私立学校の振興
○ 私立学校は、建学の精神に基づいて教育を行国・地方公共団体はその振興に努めること。

幼児教育
○ 幼児教育の重要性にかんがみ、国・地方公共団体はその振興に努めること。
(社会教育)
第7条 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によって教育の目的の実現に努めなければならない。
社会教育
○ 青少年教育、成人教育などの社会教育は、国・地方公共団体によって奨励されるものであり国・地方公共団体は学習機会の提供等によりその振興に努めること。

家庭教育
○ 家庭は、子育てに第一義的な責任を有するものであり、親は子の健全な育成に努めること。国・地方公共団体は、家庭教育の支援に努めること。

家庭・学校・地域の連携協力
○ 教育は、家庭、学校、地域等の連携協力のもとに行われること。

生涯学習社会への寄与
○ 教育は、学問の自由を尊重し、生涯学習社会の実現を期して行われること。
(政治教育)
第8条 良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
政治教育
○ 政治に関する知識など良識ある公民としての教養は、教育上尊重されること。
○ 学校は、党派的政治教育その他政治的活動をしてはならないこと。
(宗教教育)
第9条 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。

2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
宗教教育
○ 宗教に関する寛容の態度と一般的な教養並びに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されること。
○ 国・公立の学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならないこと。
*「宗教教育」については、宗教が情操の涵養に果たす役割は教育上尊重されることを盛り込むべきとの意見があった。
(教育行政)
第10条 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。
教育行政
教育行政は、不当な支配に服することなく、国・地方公共団体の相互の役割分担と連携協力の下に行われること。
*「教育行政」中の「不当な支配に服することなく」については、適切な表現に変えるべきとの認識で一致した。
○ 国は、教育の機会均等と水準の維持向上のための施策の策定と実施の責務を有すること。
○ 地方公共団体は、適当な機関を組織して、区域内の教育に関する施策の策定と実施の責務を有すること。


教育振興基本計画
○ 政府は、教育振興に関する基本的な計画を定めること。
(補則)
第11条 この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が 制定されなければならない。
補則
○ この法律に掲げる諸条項を実施するため、適当な法令が制定されること。

(『季刊戦争責任研究』第46号より転載)