センター試験作成者公表問題に関する大学人・市民の声明

  本年1月17日に行われた大学入試センター試験の世界史で、朝鮮半島からの「強制連行」が正解選択肢として出題されました。これに対し、1月23日に「新しい教科書をつくる会」が、大学入試センター試験の「強制連行」に関する設問を採点から除外することを求める要望書を文部科学省に提出しました。さらに自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が、2月13日と26日の総会に、文部科学省と大学入試センターの担当者を呼んで「出題者名を公開せよ」と迫り、文科省側は公開を「確約」「決定」したとも言われています。
  もしこのようなことが事実であるならば、教育や研究に関心を持つ者として、私たちは重大な危惧を感じずにはいられません。

  出題内容について疑義があれば、定められたルールに従い、入試センターの問合せ窓口を通して行うべきでしょう。担当者を呼んで出題者の氏名公表を迫った今回の行為は、出題内容に対する不当な圧力であり恫喝とも言うべきものです。出題者名の公表については、情報公開の流れの中でさまざまな意見があり得ます。ただ、試験の機密性や中立性・公正性保持などの観点から、結論を出す前に慎重な検討がなされるべきです。また、客観的事実が重視される歴史の分野で、外部圧力によって出題内容が左右されるようなことがあってはなりません。今回の文科省の「確約」が事実であるとすれば、こうした問題点を考慮しないまま政治的な圧力に屈する形になり、行政の任にある者として全く無責任な対応であると言わざるを得ません。
  現にこのような圧力が存在する状況下で出題者名を公表すれば、出題者個人を有形無形のさまざまな攻撃にさらすことになり、今後出題者になることを拒否する人々が多数あらわれても不思議はありません。これでは出題内容に対する中立性・公平性を保つことができないばかりでなく、試験制度自体が成り立たなくなります。

  「つくる会」は、「強制連行」ではなく「国民徴用令」下での合法的な行為だったと主張しています。しかし、侵略戦争を推進するために策定された国家総動員法下の「国民徴用令」は、今日のような民主主義体制のもとでの法令ではありません。そうした歴史状況を無視し、あたかも人々の合意のもとにこの法令が制定され、運用されていたかのような主張は誤りと言わねばなりません。そもそも国民徴用令は、国民を強制的に徴発することができるという勅令です。日本の植民地であった朝鮮半島から、「徴用」されて日本まで連れてこられた人々にとって、これは「強制連行」以外の何ものでもありません。小泉首相も昨年12月の国会答弁で、朝鮮半島から強制的に連れて来られた人々に対して「当時多数の方々が不幸な状況に陥ったことは否定できないと考えており、戦争という異常な状況下とはいえ、多くの方々に耐え難い苦しみと悲しみを与えたことは極めて遺憾なことであった」と述べています。極めて不十分なものとはいえ、アジア国際社会の平和と相互理解の実現に向けたこれまでの日本政府の見解に比べても、今回の「つくる会」などの主張がかけはなれたものであることは明らかです。

  センター試験出題者公表問題に対する今回の「確約」「決定」が事実であるとすれば、私たちはこれに反対します。問題作成についての情報公開を進めようとするのであれば、そのメリット・デメリットや公開の手法について十分な議論を行なう必要があります。今回のように、特定の集団による明らかな圧力のもとで出題者名が公開されることになれば、出題者個人に対してさまざまな攻撃がかかることは避けられず、それは学問的な論争とはほど遠い内容にならざるをえないでしょう。

  文部科学省と大学入試センターの慎重な対応と検討を強く要請いたします。
以上
  2004年3月22日


センター試験作成者公表問題を憂慮する大学人・市民有志賛同者(順不同)
中塚次郎(フェリス女学院大学)・坂元ひろ子(一橋大学)・若尾政希(一橋大学)・池享(一橋大学)・稲葉奈々子(茨城大学)・松原宏之(横浜国立大学)・永岑三千輝(横浜市立大学)・上杉聰(関西大学)・古畑徹(金沢大学)・布川弘(広島大学)・福島進(三鷹市民)・福島博子(三鷹市民)・島村恭則(秋田大学)・中尾健二(静岡大学)・見城悌治(千葉大学)・杵渕博樹(早稲田大学文学部非常勤講師)・杉田聡(帯広畜産大学)・中野元裕(大阪大学)・苅米一志(筑波大学)・真田健司(中央大学)・米谷匡史(東京外国語大学)・榎原雅治(東京大学)・遠藤基郎(東京大学)・横山伊徳(東京大学)・松井洋子(東京大学)・中村征樹(東京大学)・鶴田啓(東京大学)・田中博美(東京大学)・西端真理子(東京大学大学院教育学研究科博士課程)・川合康(東京都立大学)・高倉浩樹(東北大学)・柳原敏昭(東北大学)・大畑裕嗣(東洋大学)・樋口直人(徳島大学)・佐野通夫(日本植民地教育史研究会)・江田憲治(日本大学)・浜本伸治(富山大学)・大谷禎之介(法政大学)・田村光彰(北陸大学)・寺尾光身(名古屋工業大学名誉教授)・俵義文(立正大学心理学部非常勤講師、子どもと教科書全国ネット21事務局長)・加藤千香子(横浜国立大学)・三戸信人・柳勝己・寺田元一(名古屋市立大学)・玉真之介(岩手大学大学院)他116名。