広島での「つくる会」集会への潜入レポート
6月28日に広島県の中高一貫校の開校が予定されている東広島の中央公民館で「広島の教育を考える県民大会」−いま、教育現場の「異常」をただす−という集会が2時間あまり開催されました。以下は参加したある人の報告です。周囲の人の目を気にしながらメモしたものをもとに書かれたものです。
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県民大会潜入レポート
林 薫
中央に日の丸が掲げられた会場は8〜9分の入り、開会冒頭は「国家斉唱」で始まり中川秀直衆議院議員の来賓挨拶、ついで壇上にいた50人近い参加議員の紹介(国会議員、県会議員、市町村議員)があり、以下次のような内容で進行した。それをできるだけ忠実に客観的に報告する。
教育現場からの報告
元擁護教諭だった女性からの報告であり、20分のほとんどは性教育に関わることであったが、教科書とどういう関係があるのかは最後の5分ででてきた。それは台湾に旅行に行ったときの体験で、戦前に日本が台湾のためにダム・学校・病院・銭湯はては演芸場まで作っていたことを知った。そうしたことに感動し、日本人としての誇りを感じたというもの。教育は生徒に豊かな感性を育てることが大切であり、それができる教科書を与えたいものだ、ということで締めくくられた。
第二番目の報告は中学校教諭のものであり、この教諭はかって国会で広島の教育がいかにひどいかということを語った人物であった。それを機に広島の教育に対する文科省からの是正指導があり、国会では国旗・国歌の法制化が行われることになった「功労者」という人物であった。
1999年の世羅高校の校長自殺以来、三原養護の校長、今回の尾道市の民間出身の校長の自殺と三人の校長の自殺の背景には校長権限が弱いという実態があること。その校長の権限を弱くするのに教職員組合の活動がある。今年も6月5、6日に広教組の定期大会があったがそこでも、主任制実働化阻止とか有事法制反対、分会と校長の間で職場協定書を結ぶなど法令や条例に反対する方針を掲げている。そうした団体の登録を人事委員会が認めているのはおかしい。
提言
提言は「最良の教科書を子供たちに」ということで、森高康行愛媛県議会議員の話であった。扶桑社の教科書がいけないと反対するのは一部の人間であり、大多数はわかっている。加戸知事も選挙において40万票、75%の支持を得て当選している。教科書を採用した学校の保護者からもいい教育をしてくれてありがたいと感謝されている。国旗・国歌に敬意を表し、歌うというのはあたりまえのことであり、胸をはって世界に雄飛する人間を育成する上にもぜひ必要なことである。ぜひ広島県でも扶桑社の教科書を採択するべきである。
特別報告
「今、教育現場の『異常』をただす!」という題で松浦光修皇學館大學助教授がおこなった。
一つには「日教組の違法な勤務!」として、広島で「平成11年」に「破り年休」の問題や「勤務評定の形がい化」が問題となった。それが三重県でも取り上げられた。その翌年には東京都、神奈川県、大阪府、北海道と展開し、「平成14年」には兵庫県、翌年には長崎県となり。広島でともった火が全国に波及していった。
「広島の教育改革が成功すれば、全国の教師の姿勢が正されるのです」。
二つ目には「日教組の異常な教育」として「反日自虐教育」と「ゆとり教育」と「ジェンダーフリー教育」と「共産主義・礼賛教育」の四つをあげた。
反核・平和運動をしている連中は核兵器反対といいながら、北朝鮮の核開発には抗議しない。人権といいながら、なぜ拉致被害者の救援活動をしないのか。
原爆投下に関していえば、この東広島市で使用されている東京書籍の教科書では広島市が軍都であったから被爆都市となった、軍都であったからしかたがないと受け取られるように書かれている。広島市で使用されている帝国書院の教科書ではポツダム宣言を日本政府が黙殺したため原爆投下がなされたというように、原爆が投下されたのも政府のせいであり、しかたがないと容認するようなことになっている。しかし、扶桑社の教科書は原爆投下を否定するように書いている。
とにかく、扶桑社以外の教科書は「日本は悪い民族である。日本はダメな国である」ということになるようにしかけがしてある。左翼のパンプレットである。
日本の国を愛するのではなく、憎しみを与えるようになっている。まったく完全であるとはいはないが、まともな教科書は扶桑社のみである。
集会の参考資料として入れてある反対派のビラには過去の戦争が侵略であったと書いてあるが、ほんとうだろうか。タイを除いて他のアジアの国は欧米により侵略されていたのである。それから解放したのが日本なのだ。
広島で扶桑社の教科書採用を勝ち取ったとなれば、全国に及ぼす影響ははかりしれない。国を滅ぼす悪しき動きをおさえ、たたかわなければなりません。
以上の、異常の集会の最後には、集会に先立って西条駅や公民館周辺で1時間の署名集めの活動をした結果、2054名の署名が集まったことが報告され、「日本人として生まれたことに憎しみを覚えるような中学生が生まれてはいけません」と署名運動協力のお願いがなされた。
そして「広島県教育改革推進議員連」、「教育を考える市町村議員ネットワーク広島」「広島の教育を考える県民大会」の名で扶桑社の歴史教科書の採択、教育の正常化をはかるなどの決議がなされた。(産経新聞記事参照)
閉会の挨拶では、ある学校の総合学習に呼ばれての体験が「まあ、聞いてください」とのかたちで語られた。「アユの稚魚はどこから持って来るのか」という生徒の質問に「帝釈から」といい字を黒板に書いたら、後ろにいた女性の先生が飛んできて「今はこういう字は使用しません」と「帝釈」を「帯釈」と書き換えた。「地名ですよ!その先生がなぜそうしたかわかりますか、みなさん」と言い、「同和教育の考えですよ」と声高に、まことしやかにアピール。多くの人が「ほんまかいな」と思ったかどうかは、わかりませんが、それを語った人物は「教育を考える市町村議員ネットワーク」の会長大原一人という人物でした。
今回の大会は「広島の教育を考える」という名のもとに、その「異常」さを組合活動、平和運動、同和教育のせいにし、何がなんでも扶桑社の教科書を採用させようとする集会であったといえます。
こうした集会を決して軽視してはいけないと思います。1時間で2054人の署名が集まったという。(東広島の市民は良識があると評価していました)。6月22日の日曜日には3時間で6400人の署名を集めたという、その背景には何があるのだろうか。
昨年の愛媛では扶桑社の教科書は日本人のシベリア抑留を書いている唯一の教科書という(うそ)の宣伝をしていましたが、本年の広島では「拉致問題」を前面に押し出し署名活動にも利用していることがありましょう。「あなたは拉致問題を放っておけますか。拉致問題を書いている唯一の教科書が扶桑社の教科書です。この教科書を採用することに賛成の署名をしてください」と「拉致問題」を追い風にしているという状況があります。そして、管理職の自殺をこれまた組合運動にせいと転化して、この異常さの克服という訴えのやり方、攻撃のやり方も広島における特色といえましょう。(そうしたなかで新聞社への電話による犯行声明では「国賊征伐隊」を名乗る、6月27日の広教組事務局への発砲事件も起きた)。
さらには原爆投下を批判している教科書は扶桑社の教科書だといい宣伝しています。実際は扶桑社の教科書も時の首相がポツダム宣言を「黙殺」したことを書き、そして広島、長崎に原爆投下がなされたとあります。またコラムで原爆ドームの写真をのせ、アウシュビッツやアフリカの奴隷の家とともに世界遺産に人類の「負の遺産」として登録された事実を簡単に書いています。がこれが松浦光修のいうような原爆投下を否定している教科書だいうのも手前味噌といえよう。
なお、資料の袋の中にはカンパのための封筒が入れてあり、資金がいるからとカンパの要請がありましたが、そこには「大会事務局 〒731−0122 広島市安佐南区中筋1−23−5(石橋事務所気付)」とありました。
この石橋とは「広島県教育改革推進議員連盟」の幹事長 石橋良三 をさします。かねてから「広島の教育」の攻撃の最前線に立っていた人物です。