生まれ始めた「つくる会」反撃の陣形

  韓国の反応の背後にあるもの

  東京都教委が「つくる会」教科書を今回採択したことが、大きな反響を呼び起こしている。とくにアジアから強い反応が上がった。韓国では、先に7月21日、ノムヒョン大統領が小泉首相との首脳会談において「(歴史認識について、私の)任期中に公式に問題提起しない」と発言していた。国内世論の強い反発を受け、直後に大統領は「小泉首相に、歴史教育について協力を促した」と訂正したものの、それが今回、どのような形で表明されるか注目されていた。
  採択直後の9月1日、安倍晋三・自民党幹事長が青瓦台を訪問すると、ノ大統領は「歴史問題(に)は両国間で慎重なアプローチをしなければならない」と発言、「歴史問題を懸念」(産経8/27朝)したことでその姿勢が明確になった。韓国外交通商相も、直前の記者会見において、東京都の採択に触れ、「日本政府がもう少し確実な歴史認識を持てば状況が変わりうる」「日本政府はもっと過去を直視する必要がある」と発言した。
  安倍幹事長は、さらに与党ウリ党議長からも、歴史教科書問題について「日中韓でどうするか協議を進めるべきではないか」(共同8/31)とたしなめられ、野党ハンナラ党の代表からは、「東京都がエリートを養成する学校で右翼団体がつくった教科書を採択したと聞き、大変憂慮している」(時事9/1)とまで言われた。安倍氏は「つくる会」を中心となって政治的に支えてきた議員であり、これらに反論したものの、産経新聞さえ「安倍氏、不満の帰国」(産経9/3朝)と報じなければならなかった。
  韓国にとって来たる2005年は、日本による韓国植民地化が実質的に開始された日韓協約(第2次、乙巳条約)100周年になる。さらに日本からの解放60周年、日韓条約締結40周年が重なる。これにもし教科書問題が加わるならば、対日歴史問題はいやが上にも盛り上がる構造をもっている。
  さらに付け加えるならば、国会議員が今年4月の選挙によって大幅に入れ代わり、世代交代を果たした。これにより、ウリ党を中心とする与党議員は、7月、過去の植民地政策の協力者を調査する「日帝強占下の親日反民族行為真相究明法」を強化した。この法の調査対象者には、当然にも韓国の民主化を阻害してきた保守系議員の係累が含まれるため、同法が施行される今秋以降、韓国内は歴史問題で急進化していくことが予想される。
  議会の変化は大統領の姿勢に大きな影響を与えずにはおかない。ノ大統領の今回の「つくる会」教科書への懸念表明は、今後の予兆と見るべきだろう。

 中国と教科書問題

  この点は中国も似ている。今回の採択に対して同日直ちに、外務省報道官が談話を発表し、「日本側は今まで歴史問題で示した態度と約束に基づき、正確な歴史観をもって日本の若者を教育すべきだ」と表明した。翌日さらに同報道官は、国内の雰囲気を代弁し、改めて「強い不満と憤慨を表明する」という表現をあえて付け加える記者会見を行った。
  重慶におけるサッカー・アジア大会でのトラブルは記憶に新しい。マスコミは、民衆の歴史認識における対日不信を、国内政府への不満の矛先が日本に向けられているにすぎないとしたり、これまでの反日教育の結果である、などの解釈を行ってきた。だが、中国の現政権自身が抗日戦争によって成立したものであることを忘れてはならない。被害の記憶は広範でなお生々しいし、遺棄毒ガスによる被害者は、今も新たに生まれ続けている。対日歴史認識は、政権の根幹にかかわる問題なのである。
  さらに、小泉首相の靖国参拝の繰り返しがそこに落としている影も非常に大きい。靖国神社には、満州事変を引き起こした当時関東軍参謀・板垣征四郎、南京虐殺の責任者である中支那方面軍司令官・松井石根など、いずれも東京裁判で絞首刑になった死者を祭神として祀(まつ)っている。そこへの公式参拝を首相が行ってきたのであるから、被害の歴史を身近に感じている者にとって怒るのは当然であろう。
  たしかに昨年までの一時期、中国は、あまりにも頑固な首相の態度に閉口し、「新思考」などによって迂回する方法を模索していた。だが、今はそれもあきらめ、靖国参拝を続ける限り日中首脳の会談はできないと、改めて原則的な立場へ復帰した。これは、中国との関係が増大しつづけている日本経済にも少なからずの打撃を与えている。とくに北京-上海を結ぶ新幹線の受注は、靖国参拝によって不可能になっている。財界は危機感をもち、8月31日、首相に対して、首脳会談ができる環境づくりを申し入れたが聞き入れられていない(朝日9/1朝)。
  こうした日中関係も、来年の教科書問題に強く反映せざるを得ないだろう。「つくる会」教科書をめぐる国際関係は、彼らにとって決して好ましい状態ではない。むしろ、前回よりアジアの姿勢はより厳しくなっていると言ってよいだろう。

  つくりあげられる反撃の陣形

  これらの国際関係は、日本国内の状況にとっても好ましい影響をもたらしている。マスコミも今回かなり大きく報道し、国内の市民団体などが次々と声明を発した。それらいちいちについてはここで省略するが、今回の採択は反撃の陣形をつくる上で大きな力になった面がある。
  とくに来夏の「つくる会」教科書の不採択に向けて、市民運動は中国・韓国の団体と協力しつつ全国ネットワーク作りを準備していたが、今回の東京都の採択によって、それに拍車がかかる形となった。また、これまで日中韓の歴史研究者と市民団体が進めてきた共通歴史副教材づくりがいよいよ来年5月には完成し、3国で一般に市販される計画で進んでいる。東アジアで歴史を共有するうねりの中で、「つくる会」教科書のいびつさも明らかになるだろう。