アピール

「新しい歴史教科書をつくる会」の「教科書」を憂慮する教育関係者の声明


1 「戦後の歴史教育は自虐史観に塗りつぶされている」と主張して、自民党や財界の一部からの強力な支援や産経新聞などのキャンペーン報道によって「新しい歴史教科書をつくる会」(会長 西尾幹二氏、以下、「つくる会」という)が一九九七年に結成されました。この会は、西尾幹二著『国民の歴史』や西部邁著『国民の道徳』を、「つくる会」編纂教科書の「パイロット版」として大量配布し、他社教科書への攻撃とともに大々的に宣伝しました。そして同会は昨年、中学校社会科の歴史教科書と公民教科書の検定を申請しました。
 検定の過程では、この教科書に批判的意見を持っていた審議会委員が産経新聞紙上で非難され、結局、この委員は「つくる会」や自民党の圧力によって更迭されました。そして、この教科書は「合格の可能性」(「朝日新聞」二月二二日付)があると報じられています。二〇〇二年度から使用する中学校教科書の採択のための手続きは事実上すでにすすめられています。発行者や「つくる会」は検定申請中の「白表紙本」のコピーを学校訪問して配布したり、テレビで示して宣伝しました。
 折しも、教育改革国民会議は、その「報告」のなかで、「(政府は)教育基本法の見直しに取り組むことが必要」、「道徳、人間科、人生科などの教科を設ける」、「奉仕活動を全員が行なうようにする」などとし、現内閣はこれを推進し、憲法・教育基本法制を根底からくつがえそうとしています。
 このような状況の中で「つくる会」の教科書をめぐる動向は、憲法・教育基本法にもとづく教育にとって大きな障害となるもので私たちはこれを看過することはできません。

2 「つくる会」の歴史教科書には、「神武天皇のすすんだとされるルート」を地図入りで示すとともに、「神武天皇即位の日」を「太陽暦になおしたのが二月十一日の建国記念の日」とするなど、神話をあたかも事実であるかのように記した学問的検証に耐えない叙述がたくさんあります。また、「大東亜戦争」はアジア解放のための戦争であったとし、「大東亜共同宣言」(一九四三年)は国連総会の「植民地独立付与宣言」(一九六〇年)と同趣旨であるとするなど、歴史学研究の成果を踏まえず、国際認識からもかけ離れた内容となっています。
 「つくる会」の公民教科書には、明治憲法について「国民には多くの権利や自由が保障され」たものであり、「アジアで初の近代憲法として内外ともに高く評価された」とする一方、現行憲法については「憲法の解釈によれば、わが国は集団的自衛権を行使できないという意見があり、それが国際協力の障害にもなっている。そのため、日本国憲法九条の表現そのものを改正する必要が強く唱えられている」、「(国連平和維持軍や多国籍軍への自衛隊の参加にとって)日本国憲法がその障害になっている」など、憲法改正論がことさらに強調されています。
 また、国旗・国歌については「尊重・保護」が根拠の説明もなく所与の前提とされ、日本の青年海外協力隊員のケニアにおける失敗談が紹介されています。それは国旗降納時刻の笛の合図に直立不動の姿勢をとらなかったことから、兵隊にライフル銃を突きつけられたという内容です。日の丸・君が代への「尊重」に疑問をさしはさむことが一切許されないかのような記述となっています。これは一九九九年の「国旗・国歌」法案の国会における審議で、「各人の内心まで立ち入って国旗・国歌に対する思いを強制するものではない」、「教育の中で正確に、日の丸の歴史とそして君が代が生み出されてきた歴史、また一時期これがゆがめられて使われた事実、そういうものをきちっと教えることによって学校現場の教育が生かされ、それが民族のアイデンティティーとな(る)」(国会答弁 いずれも野中広務内閣官房長官・当時)との見解にさえ添わないものです。
 検定の結果、個々の記述がどのようになるかは不明ですが、基調は変わらないと考えられます。
 一方的な観念を教え込み、学問的成果を全く踏まえない「つくる会」の教科書は、教科書に値しないと言わなければなりません。

3 「つくる会」は、現在、この二つの教科書を採択させようと運動を展開しています。具体的には、教員を教科書採択の過程から排除し、「教育委員の専権」で採択させるために地方議会へ請願・陳情するとともに、教育委員に直接働きかけています。これらは、ユネスコ「教員の地位に関する勧告」(一九六六年)がいう「教員は生徒に最も適した教材及び方法を判断するための格別の資格を認められたものであるから(中略)教育当局の援助を受けて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠な役割を与えられるべき」との考えや、「規制緩和推進三カ年計画」(閣議決定 一九九九年三月)の中の「教科書の採択制度」の次のような内容にも逆行するものです。
 「将来的には学校単位の採択の実現に向けて法的整備を含めて検討していくという必要があるとの観点に立ち、採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善について、フォローアップを図りながら都道府県の取組みを引き続き促す」
 現在、各学校では新学習指導要領の施行を前に教育課程の編成作業がすすめられています。この取りくみが、未来を担う子どもたちを育てる重要な責務として自覚され、意欲的にすすめられようとしているとき、肝心の教科書が各学校の教育課程編成と無関係に決められてしまうことは教育条理に反することです。教師の自主性を尊重した教科書の採択が行なわれなければなりません。

 以上、教育の研究・実践に携わる私たちは、「つくる会」による歴史と公民の教科書と、それを採択させるための異常な動きに対して深い憂慮をここに表明し、国民、教育関係者のみなさんに強く訴えるものです。

 

二〇〇一年三月一日  

<よびかけ人>(五十音順)

梅原利夫(和光大学教授)
大田 堯(東京大学名誉教授)
柿沼昌芳(全国高等学校教育法研究会)
神田 修(九州大学名誉教授)
小林 和(民主教育研究所事務局長)
佐貫 浩(法政大学教授)
柴田義松(日本教育方法学会代表理事)
鈴木英一(名古屋大学名誉教授)
土屋基規(神戸大学教授)
中野 光(教育学研究者)
浪本勝年(立正大学教授)
橋本紀子(女子栄養大学教授)
堀尾輝久(中央大学教授)
丸木政臣(和光学園)
三上昭彦(明治大学教授)
森田俊男(平和・国際教育研究会)
山住正己(前東京都立大学総長)
和田典子(男女平等をすすめる教育全国ネットワーク世話人代表)


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