子どもと教科書全国ネット21のホームページより転載

「調布市立小学校及び中学校教科用図書採択に関する教科用図書選定運営委員会設置要綱」(案)の撤回を要求する調布市在住教育学関係者の緊急声明


 

 調布市教育委員会は、2001年3月27日、「調布市立小学校及び中学校教科用図書採択に関する教科用図書選定運営委員会設置要綱」(案)(以下、「本件要綱案」という。)を提示した。

 同指導室長の説明によれば、「本件要綱案」作成に当たって、東京都教育委員会(以下、都教委という。)通知「教科書採択事務の改善について」(2001年2月8日、以下、都教委通知という。)及びそれに先立って行なわれた都教委からのヒアリングにしたがい、現行制度に基づく調布市の教科書採択において「専門委員会」が3社(3種の教科書)に絞り、さらに「選定委員会」が2社(2種の教科書)に絞る、いわゆる「絞り込み」を改めたという。

 このような調布市教育委員会の安易な「本件要綱案」の作成及びその結果引き起こすであろう非教育的な影響について、調布市在住の私たちは、教育学研究者として深く憂慮し、調布市教育委員会が「本件要綱案」を撤回することを求め、次のような見解を表明するものである。

1 「本件要綱案」は、調布市教育委員会独自の判断に基づかない「要綱案」である。

「本件要綱案」は、調布市におけるこ れまでの教科書採択の仕組みのどこに欠陥があったのかを明確に指摘することもなく、都教委通知に自動的に従うという、全く主体性・自主性に欠ける内容のものである。すなわち、採択制度変更の教育的・積極的かつ合理的な理由もないままに、「要綱案」が作成されている。

  このように調布市教育委員会の自主的な独自の判断に基づかないままに「要綱」の作成が行なわれるならば、地方自治の精神に基づき設置されている教育行政機関としての調布市教育委員会の存在理由はどこにあるのか、と問わざるを得ない。

2 都教委通知は、指導助言文書であり、法的拘束力は有しない。

周知のとおり、都教委通知は「指導・助言」のためのも のであり、「指揮・監督」と異なり、法的拘束力は有しない。

 したがって、この指導助言文書である都教委通知に対し、どのような態度をとるかは、まさに調布市教育委員会の教育専門的力量が試されるものである。十分な教育専門的判断を行なうことなく、都教委通知に自動的に従うのでは、教育委員会の使命である住民に対し「直接に責任」を負う(教育基本法10条)ことを放棄するものとのそしりを免れないであろう。

3 教科書採択は「再検定」を行なうことではない。

 「本件要綱案」の「第2 調査研究等の基本方針」をみるに、「採択の対象となる教科書について、学習指導要領に示された各教科及び分野の『目標』等を最もよく踏まえている教科書を選定する」としている。

  しかし、採択の対象となる教科書は、すべて文部科学省が、教科用図書検定規則・同検定基準に基づき、学習指導要領に則って検定を行ない、その検定を通過している検定済教科書である。したがって、採択にあたって学習指導要領を最も踏まえているかどうかなどという「再検定」をしなければならない理由も必要性もない。

  いうまでもなく、調布市における教科書採択は、調布市の子どもの教育にとってどの教科書が最もふさわしいものであるかを判断することに眼目があるのであり、「文部科学 省及び東京都教育委員会の教科書採択方針による」(「第2 調査研究等の基本方針」)などと自主性を放棄することは、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律(以下、教科書無償措置法ともいう。)の採択地区設定の趣旨(第12条及び第13条)からして、本来許されないものである。

  また採択に際し、留意すべきは、教科書が@日本国憲法・教育基本法の精神を踏まえて作成されているか、A教科書がそれを使用する子ども・教師・学校に適しているかどうか、という点である。この点にかかわり、都教委通知の第1項において、「例えば」として、中学校学習指導要領社会・歴史的分野の目標の(1)を引用しているが、これは、明らかに現在問題となっている「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」という。)の教科書に採択の道を開くことを意図した表現である、といわなければならない。

  「本件要綱案」の「第3 所掌事項」において、選定資料作成に際し、都教委通知第2項に自動的に従い、「学習指導要領に示された『目標』及びそれに対応する『内容』等により、各教科書の特色等に留意し、具体的に記述する。」としている。

  したがって「本件要綱案」もまた「つくる会」の教科書を採択するための布石としか考えられず、とうてい容認することのできないものである。

4 調布市教育委員会に教科書採択権があるとする明文の法的根拠は存在しない。

「本件要綱案」の「第1 設置」において、「学校教育法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律の規定に基づき、調布市教育委員会が調布市立小学校及び中学校において使用する教科用図書の採択を行う」、としている。

  しかし、「本件要綱案」においては、この三つの法律の規定に基づくとしながら、各法律の何条を根拠として、調布市教育委員会に教科書採択権があると判断しているのかは、まったく不明である。

  そもそも都教委通知第4項が、各区市町村教育委員会を「採択権者」とする根拠法である地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第23条第6号は、教育委員会が「教科書その他の教材の取扱いに関すること」の「事務」を執行するという規定で、採択権者を定めたものではない。

  さらに、教科書無償措置法も一定の採択地区を設定し(2001年4月1日現在、全国で543)、採択地区ごとに1種の教科書を採択することや、当該採択地区の教育委員会がその事務を取り扱うことを規定しているに過ぎず、教育委員会を採択権者と定めたものではない。

  いわずもがなではあるが、戦前文部省の中央集権的画一的な教育行政を改め、地域に根付いた教育行政を地方自治的に展開させるために戦後新たに設置された機関が教育委員会である。そして、教育委員会の任務の本質は、教育基本法10条(教育行政)に基づき教育の諸条件の整備確立を目標として行なわれることになっているのである。

   したがって、これを教科書採択に関して言うならば、教科書を使用して子どもの教育の任に当たる教師・学校を中心にして採択が行なわれるように条件整備をすることこそが教育委員会の基本的な仕事であって、教師に代わって教科書を選ぶことなどは、教育行政の限界を越えて教育内容への権力的な介入を意味することであり、論外のことである、といわなければならない。

5 教科書のいわゆる「絞り込み」は違法ではない。

  「本件要綱案」の「第3 所掌事項」の3の(2)に、選定運営委員会の作成する選定資料は、「すべての検定済教科書について作成し、順位は付さないものとする。」とある。これまた、都教委通知第6項の「教育委員会の下部機関が、採択すべき教科書の候補を一種、又は数種に限定する、いわゆる『絞り込み』の規定があるときは、速やかにその規定を改正」すること、という「指導」に追随したものである。

   しかし調布市教育委員会定例会議事録(2000年12月)及びその協議に基づき、調布市教育委員会教育長が、本年1月15日、請願1号への回答公文書で述べているように、「採択事務を進めて行く上で(絞り込みは)ある程度の選択に必要になると考えている。」という見解は、議論を尽くして確認された調布市教育委員会の自主的判断に基づく住民への公約であり公式見解である。なぜ、それを十分な根拠もなく、いとも簡単に破棄するのか。

  都教委通知は、「教職員の投票」や「絞り込み」を否定する際の論拠に、文部省初等中等教育局長通知「教科書採択の在り方の改善について」(1990年3月20日、以下、「90年通知」という。)をあげているが、この「90年通知」が論拠とならないことは、次のことからも明らかである。

  第一に、「90年通知」そのものに「教職員の投票」や「絞り込み」を否定する文言はない。確かにこの通知の添付文書である文部省の諮問機関「教科書採択の在り方に関する調査研究協力者会議」がまとめた「教科書採択の在り方について(報告)」(1990年3月6日)に「教職員の投票によって採択教科書が決定される等採択権者の責任が不明確になることのないよう、採択手続の適正化を図ること」と記されているが、これは文部省自身が採択についての改善策をまとめた
ものではない。

  第二に、都教委通知は、文部省初等中等教育局長通知「教科書採択の改善について」(1997年9月17日、以下、「97年通知」という。)を意図的に無視している点である。この「97年通知」は、教科書採択において、学校単位の採択やより多くの教員参加の方向を模索した改革を提言しているものである。しかも、この「97年通知」は、政府の行政改革委員会の「規制緩和の推進に関する意見(第二次)」(1996年12月16日)に示された見解とそれを確認した「規制緩和推進計画の再改定について」(1997年3月28日)という閣議決定に基づいて発せられたものである。この閣議決定の教科書採択に関する内容は、次のようなものである。

 「将来的には学校単位の採択の実現に向けて検討していく必要があるとの観点に立ち、当面の措置として、教科書採択の調査研究により多くの教員の意向が反映されるよう現行の採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善について都道府県の取組みを促す。」

  これは、従来にもまして、教科書採択に教員の意向を反映させていこうするものである。諮問機関の報告を添付した文部省通知と閣議決定とを比べた場合、そのどちらにより重みがあるかは自明である。「90年通知」の見解は「97年通知」によって改められているのである。したがって、「90年通知」を論拠とし、「97年通知」を無視している都教委通知は無効であり、調布市教育委員会がこの都教委通知に従うべき合理的理由のないことは明白である。

  なお、国際常識といわれ、日本政府も賛成して採択されたILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」(1966年)が、次のように主張している事も付け加えておきたい。

 「教員は生徒に最も適した教材および方法を判断するための格別の資格を与えられたものであるから、…教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の採用などについて不可欠の役割を与えられるべきである。」(第61項)。

  以上のことから、現行制度に基づく専門委員会及び選定委員会が従来どおり「絞り込み」を行なうことに何ら問題はない。

  前述の2000年12月の教育委員会定例会協議においても確認され、協議に基づき陳情者に回答した公文書に記されているように、教員の意見を尊重することは、調布市教育委員会が繰り返し確認し公表してきたことである。したがって、現行制度に基づく調布市の教科書採択において「専門委員会」や「選定委員会」が行なっていた「絞り込み」の否定は、教師の意見尊重という観点からすると極めて矛盾したものであると言わざるを得ない。

  いずれにせよ、これから行なわれる2002年度用教科書採択は、現行制度で行なうのが望ましく、拙速な「本件要綱案」は、ただちに撤回すべきである。

  以上、教育委員会設置の本来の精神を踏まえ、かつ、事柄の重要性に鑑み、緊急の教育学関係者の声明を、ここに発表する次第である。


2001年4月6日

竹内常一(国学院大学教授、教育学、日本生活指導学会理事)

浪本勝年(立正大学教授、教育法・教育政策、元日本教育法学会事務局長)

堀尾輝久(中央大学教授、教育学・教育法、前日本教育学会会長)

朝岡幸彦(東京農工大学助教授、社会教育学)