<アピール>「新しい教科書をつくる会」による歴史・公民教科書が、四月三日に検定を通過しました。私たち東京大学学生・教官有志は、この事態を深く憂慮しています。 「つくる会」歴史教科書は、「日本人として生まれたことに喜びと誇りを持てる教科書を」という理念の下に、日本のアジア諸国民に対する加害の事実の多くを削除・矮小化する一方で、侵略戦争と植民地支配を、アジア諸国民に「独立への夢と勇気を育んだ」などとして正当化しています。その侵略戦争美化の基調は、検定後の修正本でもなんら変わっていません。また、神話を歴史的事実のように記述し、天皇中心の神話的歴史観を強調しています。「民族・時代によって考え方・感じ方が違うのだから、過去の事実を正確に知ることはできないし、現在の価値観で判断してはならない」とする彼らの歴史観は、学問的な歴史研究の意義を否定し、市民の中で模索されてきた国際的な相互理解の努力の系譜を踏みにじるものです。 公民教科書についても、「公」のあり方を国家に限定し、道徳の源泉とすることで、国家への奉仕や義務を強制する意図に満ちています。これは、一国家の利益を強調し、個人の尊重を軽視するとともに、国際協調の意義を過小評価する偏狭な価値観に基づくものといわざるをえません。また、憲法九条は現状にそぐわない規定であるという印象を与える記述は、日本国憲法に対する内外からの期待と信頼を裏切るものです。こうした論調からは、国民の精神的・実質的な動員をねらい、改憲への流れをさらにおしすすめる意図がうかがえます。それは、日本社会の民族や個人の多様性を排除し、再び世界の中で孤立する道を自ら選び取る愚挙でしかありえません。 かつて日本がアジア侵略を進めていく上で、他民族を蔑視し、皇国史観を子どもに植え付け、国家のために命を捧げることを美徳とする教育が、大きな役割を果たしました。今回の教科書問題とは、単にアジア諸国から批判を招いたということにはとどまりません。私たちが歴史に何を学び、二十一世紀の国際社会をどのように生きてゆくかに関わる重要な問題です。自国の加害責任の自覚と真摯な反省の下に、過去の歴史的事実を子どもたちに伝え、侵略と植民地支配の歴史を二度と繰り返さないという決意を持つことこそ、東アジア諸国と真の信頼と友好の関係を築き、国際社会の平和に寄与する道であると私たちは考えます。 日本政府は、内外からの批判にもかかわらず、この問題に対してあいまいな態度を取り続けています。検定制度の下で「近隣諸国条項」に反するこのような教科書を政府が公認したことは、国際公約を反故にするものであり、政府としての責任は免れません。六月から七月にかけて、各地域ごとに教科書の採択が行われますが、子どもたちから豊かな未来を奪い去り、戦争と孤立に追い込むような教科書が教育現場で使われることを、私たちは許すことはできません。 私たちは、各教育委員会に対し、「つくる会」歴史・公民教科書を採択しないよう要求します。また、日本政府に対し、内外からの批判に誠実に対応し、検定の真相と責任の所在を明らかにすることを求めます。 私たちは、大学という学問の府に集う者として、今後ともこの問題に注視するとともに、それぞれの領域において、「つくる会」の狭隘な価値観・歴史観に対抗するべく、人間の可能性や歴史に対する真摯な省察と、自国中心主義にとどまらない市民同士の豊かな関係の創造を追求していくことを決意します。
東京大学学生・教官有志
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