扶桑社「中学校歴史・公民教科書」の検定合格に反対し、現場教師の教科書採択権を求める決議
2001.6.9
新英語教育研究会 中央常任委員会
同会長 正慶 岩雄
「新しい歴史教科書をつくる会」(発行:扶桑社)の教科書が、「歴史」については修正137ヶ所、「公民」については99ヶ所があったものの、検定を合格しました。しかし会長の西尾幹二氏は「考え方そのものは残っている」と公言しています。
「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書は、著者自身が「まえがき」で表明しているように、歴史的事実の追及を軽視し、「(歴史は)民族によって異なり」「国の数だけ歴史がある」という立場です。また、過去の出来事をどう観るかという記述に力を注ぐあまり、社会科の教科書としては異常なまでに形容詞や副詞が多く、歴史の考え方に対する著者の主観的意見があちこちで表明されています。
このような教科書を中学生が学ぶようになることは、外国語教育に携わるものとして座視することはできません。というのは、子どもたちが、国際的常識を知らされないまま特定の「歴史の見方」だけを注入されて国際社会に接触すれば、どんなに外国語に堪能であっても、真の国際交流をすることはできないからです。外国語について特定の「歴史の見方」だけを注入されて国際社会に接触すれば、どんなに外国語に堪能であっても、真の国際交流をすることはできないからです。外国語についての知識は、国際社会での常識を身につけてこそ意味のあるものになります。私たちは、そのためにも学問的事実に裏付けられた歴史教育が適切に行われることを要望するものです。
具体的に、国際常識に反する点をあげます。
第一に、扶桑社「歴史教科書」は、アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、それが侵略戦争だったことを認めず、アジア解放のために役立った戦争として美化しています。
とりわけ「従軍慰安婦」については、国連人権委員会が採択したクマラスワミ報告が「慰安婦の事実を学校教育で教える」よう勧告しています。また、昨年末に行われた「女性国際戦犯法廷」には30数カ国の人々が集まり、「戦犯を免れた昭和天皇他の有罪」、「日本政府の国家責任」という判決を出しています。政府はこの民衆法廷の判決の重みを尊重すべきです。
このような国際的に認知された問題を意識的に取り上げない教科書を合格とすることは、国際的常識を公然と無視することになります。
第2に、神話をあたかも史実であるかのように描き、天皇の権威が一貫して日本の歴史を作ってきたかのような記述をしています。また、アジアをはじめとする諸外国の歴史と無理な比較をして自画礼賛したり、諸外国を侮辱的に描くのでは、偏狭な国家主義を生み出すだけであり、とうてい国際的に通用するものとはいえません。
第3に、「大日本帝国憲法」や「教育勅語」を礼賛し、日本国憲法は「改正すべきもの」という印象を与える記述をしています。この点は、「公民」教科書の方ではより明確に述べています。日本国憲法は、日本が再び侵略戦争を行わないという国際的宣言であり、国際公約でもあります。また、この精神は国際的にも高く評価され、99年にハーグで開催された「平和市民会議」の決議の中では第1項目に「日本国憲法第9条」が位置付けられています。
このような日本国憲法否定、国際公約違反の教科書にたいし、当然のごとく韓国や中国から再修正が求められています。一部政治家マスコミは「内政干渉」と反発していますが、韓国や中国の歴史に関わる問題であり、この批判はまったく的外れです。政府は、80年代の「近隣諸国条項」、95年の総理談話、98年の日韓首脳共同宣言などの対外的な公約を誠実に遵守するべきです。
しかし、私たちは対外的な配慮のために批判しているのではありません。私たちは、過去の事実を隠蔽し、一面的に自国だけを美化・礼賛する歴史観で、次の世代を教育するならば、アジアだけでなく国際社会で信頼を得て生きていく知識や感受性を欠いた若者が生まれ、世界で孤立していくことを危惧しているのです。そうならないためには、日本自身が国際常識に通用する歴史観を持ち、それに基づく教科書を採用することがぜひとも必要です。
文部科学大臣が検定権限をもつ現在の教科書検定制度を前提とすれば、このような教科書を合格させた政府の責任は重大であり、不合格にすることが当然です。
次に、教科書採択制度の改善を求めます。
現在の広域採択制度によって、教科書の寡占化が進行し「準国定化」しています。例えば、1961年には19種類あった中学校の歴史教科書は、99年には7種類に激減し、上位3社だけで80%を独占する現状になっています。
その上、「つくる会」とほぼ同一メンバーで構成されている「教科書改善連絡協議会」は、現場教師の選択権を排除し、氏名が公表されない「選定審議会」「教科書調査員」が強力な選択権を持つ方式を採用させようとしています。産経新聞や扶桑社のキャンペーン・宣伝行動は独占禁止法への違反の疑いさえあります。
教育は、何といっても教育の専門家である現場教師が、生徒たちとの授業という営みをとおして行うものです。授業で大きな役割を持つ教科書を現場教師が選べないのでは、生徒の生き生きとした学習の場は保障されず、教師も主体的に教科書を使う意欲をなくしてしまいます。
ユネスコ「教員の地位に関する勧告」(1966)には「教員は児童生徒に最も適した教材および方法を判断するために特に資格を与えられたのであるから、・・・教材の選択および採用、教科書の選択ならびに教育方法の適用において、不可欠の役割を与えられるべきである」とあります。また、教育基本法第10条「教育は不当な支配に服することなく国民全体に対し直接責任を負って行われるべきものである」に照らしても、現場教師や保護者の意見が教科書採択に大きく反映されることが当然です。
教科書採択についても「規制緩和」を進め、学校単位・個々の教師による採択が可能になる制度を求めます。
以上
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