2002年度版中学校教科書の分析
「歴史的分野」と「公民的分野」
社会科担当の皆様へ
教科書採択の時期を迎えました。今年は採択制度の変更や新しい教科書の参入で考えさせられることが多いと思います。
さて、私たちはこれまでも採択のたびに新しい教科書の比較検討を行ってまいりました。同じ検定を通ったとはいえ、出版社の編集方針により相当に特色があると感じているからです。
今年も私たちは「歴史的分野」と「公民的分野」の分析に取り組みました。短期間の仕事ですので拙速は免れがたく、不十分であることを自戒しつつ、一つの参考資料としてみていただきたく、お届けいたします。教科書展示会での検討やお話し合いでの一つの手がかりとして役立てていただければ幸いです。
2001年6月20日 教科書を読む神奈川市民の会
各社の特色(歴史的分野)
どの教科書も従来より全体として記述は簡単になり,絵や写真は多くなり,それもカラー化している。扶桑社を除いて7社とも従来より大版(B5)になっている。扶桑社(A5)のみ従来の大きさ。
(1)日本書籍
文章はやや堅いが、史実に正確に迫ろうとする姿勢が見える。本文脇の囲みの設問は,そのまま導入になるものも,授業後一層深めて考えるのに役立つものもあって良い。史料を載せる場所をもう一工夫して貰えるともっと使いやすくなる。
(2)東京書籍
いい紙にきれいに印刷されている。本文は200頁までと短い。はしょりすぎかと思われる点もある(当然必要な説明がないとか,やや雑な断定的なまとめ方にみえるところも)。朝鮮・韓国の地名人名などに最初から現地音のフリガナがふられている。
結果重視で経過を大切にしていないのではと思われるところもある。せっかくの史料があるのにこれを使って因果関係を大切に考えを深められる記述となると良いのだが、見開き2頁で抑えるために相当無理をしているのではないか。(例;P17「ナウマン象やオオツノシカ」は「月と星」の写真と関連づけて生徒自身にかんがえさせるように出来ないだろうか。)
(3)大阪書籍
近現代史重視はページ数からもわかる。(本文205頁中、92頁から近現代)近現代史では相対立する双方の主張が史料として載せられ,生徒自身が考えることができるよう配慮されている。中国・韓国などの人名なども最初から現地音のフリガナがふられている。
(4)教育出版
表題のネーミングがおもしろく興味を引く。地図が適宜配置され、世界を掴むのに良い。(各章のはじめに折込の写真ページが3ページある。)部分的にはリアルで非常に良いところがあるが、大胆にカットしてあるため、従来どおりの目で見ていると流れが前後して掴みにくい(時代順がごちゃごちゃになる。)面もある。朝鮮・韓国の国名人名なども最初から現地音のフリガナがふられている。
(5)清水書院
序編「なぜ歴史を学ぶのでしょうか?」で学習の目的をきちんとおさえて始めている。
少なくとも歴史学の系統を大切にしているオーソドックスなスッキリとまとまった教科書という感じを受ける。P.206?207「世界と日本の課題」、さらに「学習の終わりに」で地理や公民との繋がりも押さえている。
(6)帝国書院
色刷りページも多く,絵本のよう。写真などの史料豊富だが,載せる位置の問題や解説がないままのものがあるなど、よほど教師の力量がないと、この教科書で生徒が歴史の筋道(因果関係、史料から真実を知る手段)を掴むのは難しいのではないだろうか。
「総合」の時間,調べ学習などに対応しようと配慮した編成結果だと思われるが……。
各「展示室」(編・章)ごとに4人の担当者(「歴史の館にようこそ」)の責任編集になっているようだが、歴史学的研究方法や迫り方の点で不足と思われる「展示室」もある。朝鮮・韓国の国名人名などに最初から現地音のフリガナがふられている。
(7)日本文教出版
やや文字が大き目の感じもするが、頁数は多い方である(本文225頁)。最初の復元された遺跡などの写真は,1頁全部が1枚の写真だったりして意表をつく。こういうことが「あった」は書かれているが、因果関係がもう一つハッキリしない場合がある。物事の説明の場所がはじまりではなく、そのことが終わるところで説明するなどがあるので注意を要する。朝鮮・韓国の古代国家名に「ひゃくさい」「しんら」のフリガナがふられている。各章ごとに「女性と子供の歴史」が入る。
(8)扶桑社
まったく特異な教科書である。最初に「歴史を学ぶのは,過去の事実について,過去の人がどうやっていたかを学ぶことなのである。」として「今の時代の基準から見て,過去の不正や不公平を裁いたり,告発したりすることと同じではない。」「過去の事実を厳密に、正確に知ることは可能ではない」という。
しかし、随所に著者の持論(主張あるいはコメント)が挿入されている。
中学生にとっては非常に難しい霊威(れいい)、黄泉(よみ)、八咫烏(やたがらす)、席巻(せっけん)、凋落(ちょうらく)などの普段使われていない言葉が次々と出てくる。この教科書のみ「神武天皇の東征伝承」に1頁、「日本武尊と弟橘媛―国内統一に献身した勇者の物語」が2頁にわたって書かれ、「現在でも尊の陵は3つ残されている。」として「日本武尊が東征したと伝えられるルート」の地図まで載せた後に,改行して「以上が日本武尊と弟橘媛の言い伝えである。」
さらに、[日本の神話]として「古事記のあらすじを紹介」し、「ついにこの地を平定し,大和に橿原の宮を建てて,初代天皇となった。」まで4頁にわたって記述した後、改行して「以上が『古事記』の伝える神話の内容である。」としめくくる。(神話や伝承に関しては全部で9頁をさく。)
生徒たちが神話と史実を混同してしまうのではないかと心配な記述である。また、用語は他社とは異なる。例 − 大東亜戦争(太平洋戦争)など。
歴 史 的 分 野
12の項目・観点から比較検討しました。
1 農耕と牧畜の始まり( 労働の役割、 考古学の成果、 東アジア世界との関連)
8社とも考古学の成果を程度の差こそあれ取り入れている。(岩宿、三内丸山、吉野ヶ里など。)扶桑はそれと並行する形で神武東征等の神話を記述している。なお、日文は「猿人」を「類人猿」と記載。「農作物の原産地」の中尾氏の地図は5社に、縄文の生活カレンダーは6社に載る。生産の発展と支配、被支配の関係については帝国は記述なし。扶桑は一応ふれるが、文明発生における農牧の重要性を否定する描きがた。扶桑は証拠を上げずに縄文を「世界最古」、稲作を6000年前とする。渡来人が技術・文化を伝えたことは各社にも記述があるが、扶桑は「帰化人[渡来人]」,「亡命百済人」という扱いで、主として「帰化人」で通す。
○は記載あり ×は記載なし
| | 日書 | 東書 | 大書 | 教出 | 清水 | 帝国 | 日文 | 扶桑 |
| 作物のふるさと | ○ | × | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × |
| 縄文の生活カレンダー | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × |
| 村から国へ(人間関係) | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × |
| 古墳文化 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × |
2 日本の古代国家の形成( 中国朝鮮の統一国家形成への影響)
各社とも魏志倭人伝にふれるが、取り上げ方に大きな差がある。扶桑は卑弥呼のことがかかれていることはあげるが、魏志という史料を真実に近づくために活用するという態度ではなく、否定面のみ強調。その前後に神話についての記述が延々と続く。帝国は位置論争のみ。邪馬台国の生活や生産などに触れているのは大書と教出。6〜7世紀の政治の主体について、「蘇我氏と厩戸皇子」と扱うのが日書。大書と帝国は「蘇我氏と聖徳太子」、「聖徳太子と蘇我氏」が清水と教出。東書と日文はそれぞれ文中には「蘇我氏とともに」、「馬子と協力」があるが表題は「聖徳太子の政治改革」、「聖徳太子の政治」、扶桑は「聖徳太子の新政」で、次の一頁は「蘇我氏の横暴」にあてる。大化の改新の説明の半分以上は蘇我氏をいかにして滅ぼしたか(P.49〜50)である。蝦夷を東北の住民(清水、日書)とおさえ、彼らの生活を含めて記述するのは帝国、日文。朝廷が「関東」から「移民」させたことに「抵抗」と彼等の立場にたっての記述が少しでもあるのは清水、日書。教出はコラム「呰麻呂とアテルイの戦い」がある。東書は征服対象としてのみ。なお「蝦夷」が朝廷側からの呼び方(蔑称)であることは日書・日文が触れる。扶桑は「九州南部や東北などの辺境の地域へも」「律令の仕組みを浸透させていった。」と征服であることすら記述せず。
3 律令制から荘園制へ( 律令制と農民生活、 荘園制の発展、武士階級の形成)
三世一身の法について触れたのは日書のみ。荘園と武士の起こりの関係については、流れがとらえにくくなった。有力農民または地方豪族が、自分の土地を守るために武装して武士となっていくことをきちんと押さえているのは日書、教出、日文。東書は「武士の成長を支えたのは荘園」と書くが「地方豪族と中央武官の交流のなかから武士がおこり」とややあいまい。帝国は「領地を守るために戦争を職業とする武士が育ってきました。」で荘園・農民とのかかわりがもう少し欲しい。
なお用語上、日文・扶桑で律令下の班田収授にかかわって「新田の不足」とあるのは気になる。普通は江戸時代に新たに開墾された田が「新田」といわれている。帝国は貴族政治の経済的土台が記述不足(荘園との関わりなし)。扶桑は貴族政治の経済的基盤としての荘園や、荘園と武士の関係については記述しない。
4 元寇( 元寇襲来を世界史的視野で捉える。日本・宋・高麗・ベトナム・元との相互関係の描き方)
13世紀の世界(ユーラシア)地図は、各社とも一応何らかの形で載せている。しかし、東アジア・東南アジアの中での「日本への元の襲来」扱いとなる。元への高麗の30年に及ぶ抵抗について記載があるのは、日書、大書、教出、清水。教出は三別抄からの日本への手紙を史料として載せる。三度目の計画とその中止に触れるのは,日書、大書,教出、東書、清水。元寇失敗の原因に日文は「(高麗につくらせた船が)抵抗の意味もあって手を抜いたものも多く」と書く。
扶桑は「高麗や宋の兵も多く混じっていて、内部に不統一をかかえていた。」とは書くが、なぜそうなったのかの記述はなく「二度にわたる暴風は日本を勝利に導き、その後も、神の力による神風と信じられていた。」とあり、東アジアや東南アジアの動きとの関連はかかれていない。帝国は「神国」意識や「高麗を低くする考え方を生む。」と書く。
5 土一揆
各社とも、具体的な資料を使って、室町期の村や町の自治と土一揆を記述しているが、土一揆の取り扱いにちがいがみられる。東書・清水・日書・日文は農村の自治のなかで取り上げているが以前の教科書より記述量が減少している。扶桑も同様な取り扱いをしているが、「誇るべき農村の自治」を記述することに重点を置き、土一揆についての記述は、4行である。
大書と教出は、土一揆と応仁の乱をひとつの項目として扱い、土一揆の記述量が比較的多い。大書は「立ちあがる民衆と応仁の乱」という項目をもうけ、教出は「下剋上の世」という項目をもうけている。これら7社に対し、帝国だけは、応仁の乱の後に、土一揆を記述している。
6 農村の変化百姓一揆
百姓一揆の記述は、従来、18世紀後半を対象とし、農村の変化の結果として百姓一揆が記述されることが多かったために、享保改革の記述の前後に置かれていた。今回、各社の教科書をみると、それぞれ百姓一揆の扱い方が異なっている。日書と教出は、享保改革の前に置かれ、農村生活の変化と百姓一揆の関連が書かれている。東書と帝国は、享保改革の記述の後に置かれている。
以上4社に対して、従来の位置に記述がないのは次の4社である。大書は、寛政の改革の後に、農村生活の変化と百姓一揆の記述があり、その後に元禄文化の記述がある。
清水は、田沼の政治の記述のなかで、わずか3行で百姓一揆を記述している。日文は、綱吉の政治の前に、百姓一揆の記述があり、17世紀後半から18世紀にかけての記述がまとめられている。扶桑は、享保や寛政の改革の記述のなかで、政治の対象として、百姓一揆にふれている。
7 自由民権運動
各社とも、自由民権運動の記述は、従来の教科書に比べ短くなっている。そこで、何が削られ、何が残されたかを中心に検討した。各社とも、自由民権運動の一方の推進者である士族のことは、記述しているが、もう一方の推進者である農民や都市の住人については、記述が様々である。
日書は、「豪農とよばれる有力な農民」が一方の推進者であることと、その署名運動まで書いている。大書は、学習活動や署名運動を進めたのが「有力な農民」と書いている。この2社以外は、自由民権運動の推進者として、「平民の参加」(清水)、「地方の地主や商工業者」(日文)、「商工業者、地主(豪農)」(帝国)、「都市の知識人と地方の有力な農民」(教出)、「商工業者と地主」(東書)をあげているが、その活動や役割についての記述は少ない。扶桑は、自由民権運動にふれているものの、士族中心の記述であり、例として、「地方の篤志家」が憲法案を書いたとある。しかも、それは国民の知的水準の高さを示す例として取り上げている。
8 日清・日露戦争
まず、日清・日露戦争の記述量について述べておく。他の6社が日清・日露戦争を3〜5頁で記述しているのに対し、清水は2頁、扶桑は10頁である。
また、日清・日露戦争の描き方にも、各社の差がでている。日書・大書・教出は、与謝野晶子と幸徳秋水を戦争に反対した人々として取り上げている。帝国は内村鑑三を、日文は与謝野晶子を東書は幸徳秋水を例として反対した人々の存在を示しているし、与謝野晶子の詩などを資料として乗せている教科書もある。これに対し、反対した人々についてふれていないのは、清水と扶桑である。扶桑は、与謝野晶子をコラムで取り上げているが、「家族愛」を大切にした人の例として取り上げている。
9 第一次世界大戦と大正デモクラシー
無併合・無賠償・民族自決というレーニンの主張をウィルソンの民族自決・国際連盟創立の主張とともに取り上げているのは日書、教出、帝国。
ロシア革命を1ページにわたり記述するのは扶桑「その後の歴史でも個人の自由が保障された市民社会、資本主義の成功した国には革命は起こらなかった」
三・一独立運動「柳寛順」をとりあげる教科書が増えた。東書、帝国、日文。日書は「行進する女子学生たち」の写真と運動の地図。
大正デモクラシーの社会運動ではとくに女性解放運動をどの社もとりあげるようになった。労働争議・小作争議・メーデー・日本農民組合成立・全国水平社創立とどの社も並ぶ。
10 十五年戦争
●南京事件と南京(大)虐殺
「南京虐殺」を使っているのは、東書・教書・清水・帝国・日文。「南京事件」は日書・大書・扶桑。しかし、内容は全く違う(大書は日書とほぼ同じ)。扶桑「12月南京を占領した(このとき日本軍によって民衆にも多数の死傷者が出た。南京事件)」
「東京裁判では……多数の中国人民衆を殺害したと認定した。なおこの事件の実態については資料の上で疑問点も出されさまざまな見解があり今日でも論争が続いている」
(日書)「年末には日本軍は首都南京を占領したが、そのさい20万人とも言われる捕虜や民間人を殺害し暴行や略奪もあとをたたなかったためきびしい国際的非難を浴びた(南京事件)」「注:日本人の多くはこの事件のことを戦争が終わるまで全く知らされなかった」
●太平洋戦争(戦争の呼称)
(1) 太平洋戦争 東書・教書・日文
(2) 太平洋戦争(アジア太平洋戦争)日書・大書・清水・帝国
(3) 大東亜戦争(太平洋戦争)扶桑
11 日本国憲法の成立
日本政府改正案→GHQ草案→国会審議→公布という道筋は各社共通だが、東書は最初の日本政府改正案をとりあげていない。
草案に正当や民間研究団体の意見を参考にしたとあるのは日書・清水・帝国
12 安保体制と平和運動
目に付いた各教科書の特徴点・問題点を挙げておこう。
日書 サンフランシスコ平和条約の説明が詳しい。単独講和論と全面講和論。フィリッピン代表の演説要旨など東書ベトナム戦争を3行のみで記述。
大書 60年安保の説明文わかりよい。在日韓国朝鮮人の問題を在留外国人のグラフと共にとりあげている。
教出 アジア・アフリカ会議の記述が詳しい。
清水 沖縄、地図で基地の存在を示しベトナム戦争と沖縄基地の関わりを記述。
帝国 沖縄復帰と基地、説明ていねい、地図もみやすい。
日文 沖縄基地、地図だけで本文の説明がない、60年安保は大きくとりあげているが、ベトナム戦争の記述がない。
扶桑 大東亜戦争という視点から戦後の体制・運動をとらえている。1946年2・1ゼネストは1947年の誤り。
公 民 的 分 野
8つの項目・観点から比較検討しました。
1 憲法第9条( 平和主義と憲法第9条)
憲法前文と第9条、第9条と自衛隊、自衛隊の違憲性あるいは憲法に矛盾しないという論議は、各社とも記述の濃淡はあるが一応おさえている。
戦争放棄を説明する「あたらしい憲法のはなし」(1947年文部省発行)をコラムなどでとりあげているのが日書、東書、大書、清水。第9条のもつ戦力不保持・交戦権の否認が積極的な意味で国際的に注目されているとするのが日書・清水。扶桑はグラビアページで、阪神、淡路大震災と自衛隊、国境と周辺有事、国家主権と日本人、大国日本の役割で自衛隊の活躍をとりあげているのが特徴的。また、コラム「憲法論議と第9条」で「国民の多くは今日、自衛隊をわが国の防衛のため不可欠な存在」と紹介。
2 国民の義務
国民の三大義務のみを記述しているのが東書、清水、帝国・日文。公務員の憲法尊重と擁護の義務を加えているのが大書と教出。扶桑は他社が5行から10行のスペースであるのに対し、本文17行、資料3点を加えると38行分の扱いになっている。扶桑の資料「各国の憲法に記載された国防の義務」の中で「これらの国の憲法では国民の崇高な義務として国防の義務が定められている」とコメントしている。日書は「兵役の義務のないことは、日本国憲法の特徴である」と記述している。
3 女性の地位や権利
憲法の男女平等、男女雇用機会均等法、男女共同参画社会基本法については、ほぼどの社ともふれているが、その理念や実態の記述についてはばらつきがある。各社特集ページやコラムで、写真、イラスト、資料などをあげ、工夫がある。帝国、清水、東書は、討論のページを組んでいる。日書、大書、教出、帝国、日文は欧米との比較など国際的視野もある。夫婦別姓問題をとりあげたのが、東書、日文。なお、7社は、家事、育児、老人介護について、女性の負担が多い実情を、意識変革と実践によって、男女共生社会の実現を求めている。扶桑のみが、女性の社会進出は性別役割分業をこえるものとし、専業主婦を強調し、男女の生理的・肉体的差異への配慮などを説いている。
4 子どもの権利( 児童の権利条約)
「児童の権利条約」については8社とも記載、そのうち子ども自身の訳文を紹介する清水と東書。教出は「わたしたちの人権」を1ページでポイントを紹介。日書は「ある中学校の生徒憲章、大書は「戦争と子どもたち」の1ページ、帝国はいじめを中心に人権を考える2ページ、日文もいじめから人権を考える。
扶桑は「学校をめぐる問題でいじめについてふれているが、「少年法」で1ページ、「子どもは心身の成長段階にあり肉体的・精神的に未熟なので、親の監護のもとに置かれたり、少年法の適用を受けるなど、さまざまな法律上の保護をうける」としているのが目に付く。扶桑のみが「児童の権利条約」を資料としてとりあげていない。
日書の「未来をきりひらく」は4ページを割いて人権・平和などを考えさせる材料を提供している。
5 資本主義経済のしくみ( 資本家と労働者、 株式会社)
資本家が労働者を雇い利潤を求めて経済活動を行うのが基本であることを書いているのは清水と日書。他は企業とか経営者を主人公にして説明している。帝国、東書、大書は生徒が自ら企業を起こす試みとして提示。帝国は株式会社も自ら資本を集める方式で解説。この三者は、経済活動への関わり方を企業家または投資家としての参加に重点を置いているようだ。そうであれば、経営の決定権を持つのは大株主である銀行か大企業である現実を記述すべきであると思うが、この指摘があるのは清水と日書。
日本の労働者の現実の厳しさをよく伝えているのは日書の<会社中心の生活>。他社にも過労死、サービス残業などの言葉はあるが、背景にある日本の特異性を理解するには不十分だと思う。
6 日本の農業問題( 食料の自給率)
<どうする、どうなる日本の農業>というタイトルの清水には危機感がある。農産物輸入自由化による衰退、食糧自給率の低下を他の工業国と比較し、自然環境保全の意味でも農業の重要性を訴えている。日書も同趣旨で、天候に左右されるという、工業との違いにも触れている。教出は基本はよいが扱いが軽い。扶桑は「荒廃する田園」とし、「取引が自由である限り自然破壊はさけられない」といいつつ、ヨーロッパは農工のバランスを保とうとしていることに言及。
他社は食糧問題として自給率の低下を問題にしているが、農業を国の産業として守るという考え方が見られない。東書は「規制と保護による政策を改めて」というが、こうなったのはむしろ不十分であり不適切であったからではないだろうか。
7 環境問題( 具体性、 市民運動、 エネルギー問題)
地域の公害問題から地球全体の問題として、グラビアを含め全社ページ数が多い。オゾン層破壊、酸性雨などいろいろあるが、<氷河がとける><私の国を沈めないで>という清水のタイトルは生徒の心をとらえそうだ。
解決の手がかりとして市民運動や地方自治体の取り組みがあり、フライブルグのリサイクル(帝国)、三番瀬埋め立て縮小(日書)ホタルのとびかう人里づくり(大書)などなど。課題学習として展開した教出も積極的。
<原子力発電をめぐる各国の動向>(日文)は新エネルギー問題とともに考えさせる内容になっている。原子力発電については害を指摘する大勢のなかで、扶桑は肯定的。国際的な取り組みがいそがれるが京都会議は全社が記述。
8 南北問題( 現実、先進工業国の責任、 国際協力)
飢え、就学率など各社が記述。北の責任については、植民地時代から現在の要因にもふれる清水、教出、<日本が破壊するアジアの森林>という東書、日本はODAの額は世界一だが、自国の企業の利益が優先されがちであるという日書、多国籍企業のグローバルな進出による格差拡大を指摘する日文、と特色がある。
NGOの記述もいろいろだが、<シャプラニールの家>(帝国)<フィリピンに平和の水道建設>(大書)がまとまっている。解決にはほど遠い深刻な問題だが「困難の中の希望」(清水)を信じたい。肉食中心の食生活を穀物中心に改めれば世界の人口を養えるという日書、大書の記述は発想の転換を求めているようだ。扶桑は途上国援助の項はあるが、先進国の責任にはほとんどふれていない。
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