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番号 |
指摘箇所 |
原文 |
指摘事由 |
修正文 |
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頁 |
行 |
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1 |
グラビア |
p.6、キルギス事件 1.キルギス事件で人質となった日本人の解放 |
表題との関連が説明不足で理解し難い。 |
削除 |
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p.9、3.タジキスタン事件で殺害された秋野豊さんと現場 |
3.国連タジキスタン監視団に参加していた秋野豊さんが事件に遭遇 |
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1番の関連修正(指定箇所削除によるキャプション番号の変化と写真サイズの変更) 【省略】 |
【省略】 |
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2 |
グラビア |
P10 3 酸性雨の被害は森を枯れさせる |
酸性雨と森林枯死との関係について、酸性雨だけが枯死の原因であると誤解するおそれのある表現である。 |
酸性雨は森を枯れさせる一因といわれている |
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3 |
6 |
4-5 |
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人間を「政治的存在」といった。その後には「社会的存在」とも表現された。 |
アリストテレスの用語について「政治的存在」「社会的存在」という語が一般的であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人間を何よりも、まず、人々が集まって「国」をつくって暮らすものだと考えた。 |
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3番の関連修正(「政治的存在」の語句が本文内で削除されたため) 政治的存在(見出し) |
「市民」と「公民」 |
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4 |
7 |
4-6 |
こうして、社会的存在としての人間は、常に二つの側面をもつことになる。一つは、社会の中で他人と関わりながら、もっぱら「私」の権利を主張し、「私」の利益を追求し、「私」の欲望を満たそうとする側面である。もう一つは、主として、「政治的存在」として活動する側面である。ここでは人々は、社会全体の利益や関心という観点から行動する。これは「私」に対して「公」の側面である。そして、社会における人間のあり方を、前者を中心に見たとき「市民」とよび、後者を中心にみたとき「公民」とよぶのである。 |
「社会における人間のあり方」という文脈において市民、公民という概念を区別するのは、両概念の歴史性を踏まえておらず不正確である。 |
こうして社会をつくって生活する人間は、常に二つの側面を持つだろう。一つは、社会の中で他人と関わりながらも、もっぱら自分の利益を追い求めたり、自分の欲望を中心に考えたり、自分の権利を追求したりする面であり、もう一つは、自分の利益や権利よりも、むしろ国家や社会全体の利益や関心という観点から行動しようとする面である。前者が「私」を中心とするなら、後者は「公」を中心としている。私たちは、この二面をもって市民として社会生活を営んでいるのだが、特に後者を中心に市民をみたとき、これを「公民」とよぶ。 |
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5 |
19 |
7-9 |
マスメディア(大量情報伝達媒体)をはじめとする媒体によって提供される情報に依存すればするほど、「世論」の名のもとに少数の真剣な意見が無視される。そして人の情緒を刺激するようなマスメディアの主張に動かされる危険が出てくる。 |
マスメディアが提供する情報が世論であるかのように、誤解するおそれのある表現である。 |
マスメディア(大量情報伝達媒体)などの提供する情報や世の中の見方によって影響されやすい社会では、「世論」は、ときとして少数の真剣な意見を無視してしまいがちになる。そして人の情緒を刺激するようなマスメディアの主張に動かされる危険が出てくる。 |
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6 |
21 |
3-4 |
民主主義、産業主義、国際主義にどっぷりつかってしまうと、たしかな価値観や倫理観が見えにくくなってしまう。 |
前段と後段の因果関係が理解し難い表現である。 |
民主主義、産業主義、国際主義をあまりに理想化したり、また無条件にあたりまえのものと考えてしまうと、それぞれの国や地域の個性を見失いがちになる。 |
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6番の関連修正(字数調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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7 |
22 |
下囲み「国民国家とは」の中の右 l.19-l.21 しかし、何らかの形での「われわれ」という意識は、どこの国民でももっているものであり、この「われわれ」という意識によって定義された国家が国民国家である。 |
国民国家についての一般的定義に照らして不正確である。 |
しかし、何か共通のものを軸にした「われわれ」という意識は、どこの国民でもっているものであり、この共通のものによる「われわれ」の意識が、多様な人々を一つの国民へとまとめる重要な役割を果たしている。 |
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8 |
30 |
10 |
しかし、現実の人間はつねに何らかの集団あるいは社会の一員であることを考えると、これは不自然な考え方である。もちろん個人を尊重することは重要だが、全ての人間は「社会的存在」であり、社会の一員としてしか生きていくことができない。したがって、個人としての人間を尊重するためにも、各人が社会に対するさまざまな義務を果たし、積極的に社会秩序を維持していくことが必要となるのである。 |
「これ」の指す内容が明らかでないために、何が不自然なのか理解し難い表現である。 |
しかし、現実の人間はつねに何らかの集団あるいは社会の一員としてしか生きていくことができない。災害のために大混乱が発生したときのことを思い浮かべなどすれば分かるように、安定した社会があって初めて私たちの個人生活を営むことも可能となる。したがって、個人としての人間を尊重するためにも、各人が社会に対するさまざまな義務を果たし、積極的に社会秩序を維持していくことが必要となるのである。 |
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9 |
31 |
12-15 |
次に人権、すなわち人間の権利について考えてみよう。 人間にとって、もっとも基本的な存在に関わる権利が基本的人権である。その中には生命を守る権利が含まれるが、人間が人間らしく生きるためには、単なる生物としての生存をこえたものが不可欠である。 すなわち、基本的人権の中でも重要なものは、自由にものを考えたり、話をしたり、住居や職業を選んだりする権利、つまり「自由権」である。また、民主主義がすべての人々の尊重をめざす以上は、特定の人々が優遇されたり、あるいは冷遇されたりというような差別があってはならない。つまり、人々の間の平等を保障する「平等権」も重要である。 ただし、「平等」といっても、所得の平等や生活水準の平等などの「結果の平等」ではなく、人々が自分の自由を追求する場合の前提条件に関する平等である。これを「機会の平等」という。 |
平等権についての63頁の説明、「ことがらの性質に応じた合理的な根拠をもたない差別を禁止するものである」に整合しておらず理解し難い表現である。 |
次に人権、すなわち人間の権利について考えてみよう。 一口に「権利」といってもさまざまな権利があるが、人間にとって、もっとも基本的な存在に関わる権利が基本的人権である。その中には生命を守る権利が含まれるが、人間が人間らしく生きるためには、それだけではけっして十分ではなく、単なる生物としての生存をこえたものが不可欠である。 すなわち、基本的人権の中でも重要なものは、自由にものを考えたり、話をしたり、住居や職業を選んだりする権利、つまり「自由権」である。こうした自由がなければ、人間の生活は奴隷の生活と変わらないものとなる。また、民主主義がすべての人々の尊重をめざす以上は、家柄、財産、職業などの、どのような理由によるにせよ、特定の人々が優遇されたり、あるいは冷遇されたりというような差別があってはならない。つまり、人々の間の平等を保障する「平等権」も重要である。
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9番の関連修正(「結果の平等」の語句が削除されたため) 【省略】 |
【省略】 |
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10 |
37 |
13-14 |
人権思想のこのような発展の背景には、市場経済の発展が、貧富の差の拡大や不況期の多数の失業者など、さまざまな社会問題を生み出したという現実があった。貧困や失業のために生活に困る者がいても、彼らを経済的・精神的に援助する社会的仕組みがあれば大きな問題にはならない。事実、欧米でも日本でも、近代以前の社会においては、生活に困る者を救うための、それなりの家族や地域社会の仕組みがあった。だが、市場経済の発展にともない家族や地域社会の絆が弱まり、 |
家族や地域社会の絆が市場経済の発展にともないなぜ弱まるのか、説明不足で理解し難い表現である。 |
人権思想のこのような発展の背景には、市場経済の発展が、貧富の差の拡大や不況期の多数の失業者など、さまざまな社会問題を生み出したという現実があった。もっとも、貧困や失業のために生活に困る者がいても、彼らを経済的・精神的に援助する社会的仕組みがあれば大きな問題にはならない。事実、欧米でも日本でも、近代以前の社会においては、生活に困る者を救うための、それなりの家族や地域社会の仕組みがあった。だが、市場経済の発展にともない地域外部の職場への通勤が増えたり、家族や地域ぐるみで行われてきた共同作業が業者に外注されたりなどした結果、家族や地域社会の絆が弱まり、 |
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11 |
37 |
14-15 |
だが、市場経済の発展にともない家族や地域社会の絆が弱まり、そうした仕組みが衰退した結果、社会不安がしだいに高まっていったのである。 |
社会不安の増大と相互扶助的な機能の弱体化との関係に関する記述が断定的に過ぎ、誤解するおそれのある表現である。 |
そうした仕組みの多くは衰退していった。また、仕組みが残っていても新しい状況に対応できない場合が少なくなかったから、貧困や失業などに関する人々の不安(社会不安)がしだいに高まっていったのである。 |
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11番の関連修正(修正に伴ない、文字数が増大したため) 【省略】 |
【省略】 |
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12 |
40 |
15-22 |
例えば、むかしの欧米や日本の大地主のことを考えてみよう。大地主というと大変な富と権力をもっていて、好き勝手なことをしていたと思われがちだが、実際にはむしろ逆の場合のほうが多かった。 まず、彼らは土地を売るのはもちろん、誰かに土地を貸して地代を稼ぐのも決して完全に自由ではなかった。それらの行為に対しては、村のしきたりを始めとするさまざまな社会的制約が課せられたのである。 さらに小作人の結婚相手を見つけたり、貧しい労働者の生活の面倒を見たり、飢饉のときに村人を餓死から救うために、ふだんから余分な食糧を蓄えておくことなど、社会的義務をきちんと果たすことが彼らに求められた。 もちろん、地主だけが人々の世話をしていたのではない。これに家族や地域住民自身による相互扶助などが組み合わされていた。 現代の社会保障や社会福祉に当たる活動の多くは、村落共同体を舞台として行われていたのだが、それらに共通して見られる特徴は、個人の利害より人間どうしの信頼関係や社会の安定の方を優先させるという考え方である。普通の地主はいうまでもなく、たとえ王侯貴族であっても、社会を危機にさらすようなわがままを行うことは一般には許されなかった。上に立つ者や仲間が相互扶助的な考え方にのっとって行動し、万一のときには手を差し伸べてくれると信頼できるからこそ、人々が積極的な社会貢献をを行うことも可能となるのである。 こうした考え方は、今も社会のあちこちに残っているが、自分だけがよければかまわないという個人主義的な価値観が支配的な現代では、影が薄くなってしまったことは否めない。しかし、福祉国家の問題を解決するためにも、私たちは、そのよい面をボランティア活動などに積極的にいかすよう努力する必要があるだろう。 |
現代の社会保障制度の理念との相違が考慮されておらず、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 |
例えば、むかしの欧米や日本の大地主のことを考えてみよう。大地主というと大変な富と権力をもっていて、好き勝手なことをしていたと思われがちだが、それはかならずしも正しくはない。 まず、彼らは、村のしきたりなどを無視して、完全に自由に土地を売ったり貸したりすることはできなかった。さらに、貧しい小作農や労働者の生活の面倒を見たり、飢饉のときに村人を餓死から救うため食糧を蓄えておくなどの社会的義務を果たすことが彼らに求められた。 地主だけが人々の世話をしていたのではない。これに家族や地域住民自身による相互扶助などが組み合わされて、現代の社会保障や社会福祉に当たる活動が行われていた。 そこに見られる特徴の一つは、個人の自由や利益より家族や村落や社会などの集団の存続や安定の方を優先させるという考え方である。家長や地主はもちろん、たとえ王侯貴族であってもあまりにわがままなふるまいをすることは許されなかった。<改行> もっとも、近代以前の福祉活動は、封建的身分制度を前提にした有力者や権力者による「施し」の側面を含むなど、現代の民主主義や人権思想と相いれないさまざまな側面をもっていた。現代においては、いうまでもなく、社会保障や社会福祉はすべての人間にとっての固有の権利、つまり基本的人権の一部とみなされるのである。したがって、昔の考え方をそのまま現代社会に適用することができないのは当然である。 しかし、個人主義的な価値観がいきすぎて「自分だけよければかまわない」という考え方が支配的となったのでは、社会がいきづまってしまうことも明らかである。福祉国家の問題を解決するためにも、私たちは、近代以前の社会のよい面を現代にふさわしいやり方でボランティア活動などにいかすように工夫してみる必要がある。 |
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13 |
41-42 |
12-4 |
科学技術の発展のためには、、さらに、研究の対象や方法が細分化されることが必要である。例えば、一人の科学者が、物理学も化学も生物学も医学も同時に研究した場合、どの分野についても大きな研究成果をあげることは期待できない。逆にいえば、研究分野を細かく分けて、その一つに集中すれば、一人の人間の能力には限りがあっても、高度な研究を行うことは十分に可能である。こうして現代科学は、ますます高度に細分化し専門化しながらめざましい発展を遂げつつある。 |
科学技術の発展のために研究対象や方法の専門化、細分化が行われたかのように誤解するおそれのある表現である。 |
さらに、科学技術の発展と研究や方法の細分化・専門化の間には密接不可分な関係がある。例えば、一人の科学者が、物理学も化学も生物学も医学も同時に研究した場合、どの分野についても大きな研究成果をあげることは期待できない。逆にいえば、研究分野を細かく分けて、その一つに集中すれば、一人の人間の能力には限りがあっても、高度な研究を行うことは十分に可能である。細分化や専門化は実際にはいろいろな理由によって行われるが、現代科学がそれらを重要な要因の一つとしてめざましい発展を遂げつつあることはまちがいない。 |
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14 |
46 |
8 |
民主主義の最大の問題に、民主主義社会では多数者の意見が無条件に実現される、つまり「多数の専制」が行われる社会になってしまう危険性がある。物事の善悪や真偽を確かめることなく、単に多数の者が望んでいるということだけを判断基準にして行動する人々のことを「大衆」とよぶならば、民主主義社会というものも、容易に大衆に支配された社会(大衆社会)に堕落してしまう危険があるといえる。 |
大衆社会の定義が不正確である。 |
民主主義の最大の問題に、民主主義社会では多数者の意見が無条件に実現される、つまり「多数者の専制」が行われる社会になってしまう危険性がある。教養や財産などの点でとくに恵まれているわけではなく、非理性的な集団行動を取ることもめずらしくない多数の人々を「大衆」、大衆が社会のあらゆる分野に進出し、その動向に強い影響をおよぼすようになった社会を「大衆社会」とよぶことにすれば、民主主義の最大の問題は、民主主義社会が大衆社会に堕落してしまうことだということもできる。 |
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14番の関連修正(本文中で「多数の専制」という言葉を「多数者の専制」と書き換えたため) 【省略】 |
【省略】 |
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15 |
47 |
1-2 |
……時間の制約という点をとってみても、いつも十分な討論を行うことは難しい。むしろ現実には、マスメディアなどがつくる根拠のはっきりしない意見や集団的な気分にみんなが流されてしまい、結果として「多数の専制」となってしまうことが少なくない。
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現代社会においてマスメディアが果たす役割について説明不足で理解し難い表現である。 |
……時間の制約という点をとっても、それはむずかしい。むしろ現実には、そのときどきの支配的な社会的雰囲気にみんなが流されてしまうなどして、事実上の「多数者の専制」となってしまうことが少なくない。 |
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P.208,l.11-12. マスコミの世論によって強制されたりすることになり、 |
特定の考えがマスコミによって流されたりすることになり、 |
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16 |
47 |
5-6 |
「多数の専制」は、さまざまな具体的な形をとって現れる。それは、国会における多数党(与党)の「数の論理」という形であらわれる場合もあれば、政府の意思決定がマスコミ世論の圧力によって左右されるという形であらわれる場合もある。また、ある商品が市場で「よく売れる」というのも、それが多数の消費者に支持され好まれることである。そう考えると、 |
同頁1行―3行との関連で国会の審議が「マスメディアなどがつくる根拠のはっきりしない意見や集団的な気分にみんなが流されて」行われるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
「多数者の専制」は、議会などの政治的意思決定の場における多数派の「数の論理」という形であらわれる場合もある。ところで、マスメディアというのは情報源や判断材料の提供源という役割を果たしている。だがマスメディアの大量の情報などの影響によって、逆に人々の価値観が画一化し、個性的な意見がきかれなくなってしまうということで「多数者の専制」に陥る場合も考えられる。また、市場で「よく売れる」商品を多数の消費者に支持され好まれるものだと考えるなら |
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16番の関連修正(字数調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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17 |
53 |
18-19 |
権力分立の考えは、人類史上初めての成文憲法であるアメリカ合衆国憲法 |
アメリカ合衆国憲法(1787年)を「人類史上初めての 成文憲法」「人類初の成文憲法」とするのは誤りである。 |
権力分立の考えは、アメリカ合衆国憲法
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p.76, l.5 アメリカ合衆国憲法(人類初の成文憲法) |
削除 |
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18 |
54 |
8-9 |
社会主義とファシズムという二つの全体主義 |
社会主義を「あいつぐ粛正・虐殺や戦争、経済政策の失敗による貧困などによって多くの犠牲者を生」んだもの(12−14行)ととらえており、社会主義の思想・運動などすべてが「全体主義的」であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
社会主義国家とファシズムという二つの全体主義 |
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p.210,l.1-2 社会主義の崩壊で分るように、全体主義的な独裁政治が崩壊した結果、 |
社会主義国家の崩壊で分るように、全体主義的な独裁政治が崩壊した結果、 |
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18番の関連修正(「社会主義)を変更したため) 【省略】 |
【省略】 |
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19 |
55 |
1-3 |
わが国では、政治的権力と文化的権威との分立が早くから確立し、権力者の一方的な意志に基づく支配が比較的少なかった。 |
「政治的権力と文化的権威との分立が早くから確立し」たことと「権力者の一方的な意志に基づく支配は比較的少なかった」ことのつながりが説明されておらず、理解し難い表現である。 |
削除 |
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20 |
55 |
3-5 |
7世紀には早くも聖徳太子によって17条憲法が制定され、政治が広く話し合いに基づいて行わなければならないことが説かれた。また、
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十七条の憲法を、十分な配慮なく、日本国憲法を前提とした「わが国における立憲政治の歩み」のなかで扱っており、 十七条の憲法について、近代的憲法の先駆であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
7世紀に聖徳太子によって十七条憲法が制定された。これは近代的憲法とは性格を異にするものであったが、政治が独断ではなく話し合いに基づかなければならないと説かれた。
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p.76Aわが国における立憲政治の歩み 十七条憲法 |
削除 |
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20番の関連修正 【省略】 |
【省略】 |
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21 |
55 |
11-12 |
政府は欧米の憲法を調査研究し、民間の草案も参考にしながら、 |
大日本帝国憲法の制定過程において、民間の憲法案が取り入れられたかのように誤解するおそれのある表現である。 |
削除 |
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22 |
55 |
下注@ |
身分制度の否定、基本的人権の尊重、国際強調、 |
日本国憲法下と同様の「基本的人権の尊重」が、五箇条の御誓文で取り上げられていたかのように誤解するおそれのある表現である。 |
削除 |
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23 |
56 |
1-4 |
法律の制定は国民の意思が反映された議会の協賛(承認)によること、行政は国務大臣の輔弼(助言)によること、司法は裁判所が行うことが定められ、権力の分立が行われた。 |
「権力が相互に監視しあう権力分立」(53頁17−18行)とは言えない分権体制を「権力の分立」(三権分立)と表現しており、相互の関連が不適切である。 |
削除
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p.76 A大日本帝国憲法(立憲君主制明示、三権分立) |
大正デモクラシー |
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24 |
56 |
4-6 |
また国民には多くの権利や自由が保障され、その制限には議会の制定する法律を必要とするとされた。 |
日本国憲法下で保障されているのと同様の権利や自由が、大日本帝国憲法下においても保障されていたかのように誤解するおそれのある表現である。 |
また国民には法律の範囲内において権利と自由が保障され、その制限には議会の制定する法律を必要とするとされた。 |
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25 |
56 |
10-15 |
しかし昭和に入り、憲法の条文が簡略であったことから問題が生じた。国際情勢の変化によって危機感を強めた軍部が、憲法に記された統帥権(軍全体を指揮する権限)を理由に政治に介入し、国家総動員法の制定をはじめ戦時体制が整えられるなど、立憲政治の理想に反した運用が行われた。 |
大日本帝国憲法の条文の簡略さが主たる原因となって、軍部の政治介入や戦時体制確立が引き起こされたかのように誤解するおそれのある表現である。 |
しかし昭和に入り、国際情勢の変化によって危機感を強めた軍部が、憲法に記された統帥権(軍全体を指揮する権限)を理由に政治に介入し、国家総動員法の制定をはじめ戦時体制が整えられるなど、立憲政治の理想に反した運用が行われた。 |
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26 |
57 |
上写真 |
占領軍(GHQ)による検閲 GHQは昭和20年10月から新聞、出版、放送への事前検閲を実施した。提出された記事などに問題があると、削除(DELETED)や掲載禁止(SUPPRESS)のスタンプをおした(右の写真参照)。GHQは日本に対して、検閲が行われていることへの言及を禁止し、さらにはGHQが日本国憲法の起草において果たした役割への言及もすべて禁止した。 |
GHQの検閲の目的に触れずに、政策の否定的な側面だけを記述することは、特定の事柄を強調しすぎている。 |
占領軍(GHQ)による検閲 GHQは日本の軍国主義、超国家主義を否定する目的で昭和20年10月から新聞、出版、放送への事前検閲を実施した。提出された記事などに問題があると、削除(DELETED)や掲載禁止(SUPPRESS)のスタンプをおした(右の写真参照)。GHQは日本に対して、検閲が行われていることへの言及を禁止し、さらにはGHQが日本国憲法の起草において果たした役割への言及もすべて禁止した。 |
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27 |
57 |
6-13 |
政府は当初、ポツダム宣言の内容からみて、大日本帝国憲法の改正が必要とは考えていなかった。しかし連合国軍最高司令官マッカーサーが、憲法の改正を政府に示唆したため、政府は大日本帝国憲法をもとに改正案を作成した。だが連合国軍総司令部(GHQ)はこれを受け入れず、みずから1週間で秘密裏に憲法草案を作成した後、日本政府に受け入れるようきびしく迫った。政府は総司令部作成の英語原案を翻訳し、若干の修正を加え、総司令部の強い指導のもとに改正案を作成した。 改正案は戦後初めて召集された議会で審議され、大日本帝国憲法の改正手続きに従って、議決された。天皇がこれを裁可(許可)した後、1946年11月3日に日本国憲法として公布され、6か月後の1947年5月3日より施行された。 |
大日本帝国憲法についての内外の評価の記述(56頁6−7行)に比べて、日本国憲法制定家庭におけるGHQと日本国政府の関係のみの記述となっており、全体として調和がとれていない。 |
政府は当初、ポツダム宣言の内容からみて、大日本帝国憲法の改正が必要とは考えていなかった。しかし連合国軍最高司令官マッカーサーが、憲法の改正を政府に示唆したため、政府は大日本帝国憲法をもとに改正案を作成した。だが連合国軍総司令部(GHQ)はこれを受け入れず、みずから1週間で憲法草案を作成した後、日本政府に受け入れるようきびしく迫った。政府は英語原案を翻訳し、修正を加え、総司令部の強い指導のもとに改正案を作成した。 改正案は戦後初めて召集された議会で審議され、大日本帝国憲法の改正手続きに従って、議決された。天皇がこれを裁可(許可)した後、1946年11月3日に日本国憲法として公布され、6か月後の1947年5月3日より施行された。 日本国憲法は戦後日本の新たな政治原理として内外に受け入れられた。 |
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28 |
58 |
8-9 |
日本国憲法はこれを若干修正して、世襲の天皇を大日本帝国憲法における統治権の総覧者という見方から、日本国および日本国民統合の象徴であり、その地位は主権の存する国民の総意に基づくもの(国民主権)という見方へと、 |
国民の相違に基づくものとしての天皇の地位が国民主権を意味するものであるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
削除 |
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28番の関連修正(字数調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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29 |
58 |
10 |
天皇の位置づけをとらえ直すことで立憲君主制を維持した。また戦争の放棄と平和の希求、国民の基本的人権の尊重を謳うとともに、国政が議会制民主主義に基づくことを確認した。 |
わが国の国政および日本国憲法における象徴としての天皇の地位に照らして、不正確である。 |
天皇の位置づけをとらえ直すことで立憲君主制を維持した。また戦争の放棄と平和の希求、国民の基本的人権の尊重を謳うとともに、国政が議会制民主主義に基づくことを確認した。 |
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p.60,l.8 国民主権のもとで立憲君主制を維持することを確認している。また、天皇は… |
国民主権のもとで伝統的な天皇制度を維持することを確認している。<改行>天皇は… |
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p.60,l.15 天皇のような立憲君主のあり方はスペイン、ネパール、カンボジアなど諸外国の憲法にも取り入れられ、現代君主制のモデルになっている。 |
象徴天皇制度はスペイン、ネパール、カンボジアなど君主制国家の憲法制定のさいにも参考にされ、現代君主制のモデルになっている。 |
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p.76,l.13 立憲君主制、天皇――日本国民総合(ママ)の象徴 |
削除 |
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p.92,l.1 同じく立憲君主制の体制にあるイギリスの制度にならったものである。 |
削除 |
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p.103,l.24 日本−立憲君主制 |
削除 |
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29番の関連修正(文中「立憲君主制」を削除したことによる変更) 【省略】 |
【省略】 |
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30 |
59 |
9-10 |
日本国憲法の改正には、きわめてきびしい条件が課されている。衆参両議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議(提案)した後、国民投票にかけ、過半数の賛成が得られなければならない(96条)。諸外国の中には憲法改正をひんぱんに行っている国もあるが、日本国憲法は公布・施行後、一度も改正されていない。このため、憲法が社会情勢の変化に柔軟に対応できていないとの批判がある。 |
「日本国憲法の改正には、きわめてきびしい条件が課されている」(同ページ4−5行)ことの意義が考慮されておらず、日本国憲法が改正されていないことに関して、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 |
最高法規として安定させるために、憲法の改正にはきびしい条件が課されている。衆参両議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議(提案)した後、国民投票にかけ、過半数の賛成が得られなければならない(96条)。諸外国の中には憲法改正をひんぱんに行っている国もあるが、日本国憲法は公布・施行後、一度も改正されていない。 |
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30番の関連修正(文章量の変更にともなう写真のサイズ変更) 【省略】 |
【省略】 |
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31 |
60 |
4-5 |
大日本帝国憲法においても、天皇は統治権の総覧者であったが、直接政治を行ったわけではなく、第二次世界大戦後、憲法が変わっても天皇のあり方には大きな変化はなかった。 |
天皇の「あり方」が何を表すのかが明確ではなく、「政治に直接にはかかわらない」ことだけを取り上げて「大きな変化はなかった」とするのは誤りである。 |
大日本帝国憲法においても、天皇は元首であり統治権の総覧者であったが、直接政治を行ったわけではなかった。 |
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32 |
60 |
13-14 |
天皇は政治に直接にはかかわらず、中立・公平・無私な立場であることで、日本国を代表し、日本国民を統合する機能を発揮することが期待されている。 |
日本国憲法における象徴としての天皇の地位に照らして、天皇が主体的にその「機能を発揮」氏うるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
天皇は政治に直接にはかかわらず、中立・公平・無私な立場であることで、日本国を代表し、日本国民を統合している。 |
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32番の関連修正(本文修正にともなう「学習のまとめ」の変更) 【省略】 |
【省略】 |
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33 |
61 |
9-10 |
また国家や社会の秩序を混乱させたり破壊するものとならないように戒めている。 |
公共の福祉による基本的人権の制限が、常に国家の利益の 優先を意味するものであるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
また社会の秩序を混乱させたり社会全体の利益を損なわないように戒めている。 |
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p.62,l.9-11 社会全体や国家の利益を侵してまで権利や自由を行使することは許されていない。また国家の秩序を壊したり混乱に陥れることは許されない。 |
社会全体の秩序や利益を侵す場合には権利や自由の行使が制限されることもある。 |
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p.62,l.15-16 他人の権利や自由、社会や国家の秩序や利益を侵してはならない、という制限が設けられている。 |
他人の権利や自由を侵してはならず、社会の秩序や利益に配慮する、という意味での制限が設けられている。 |
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33番の関連修正(字数調整に伴う写真の拡大) 【省略】 |
【省略】 |
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34 |
65 |
3-6 |
選挙権や公務員になる権利は、現在、一部に制約が解かれてはいるものの、国家の意思を形成するという主権にかかわる権利であるので、在日韓国・朝鮮人など、たとえ日本に永住権をもつ外国人であっても保障されていない。 |
外国人に対する人権保障のあり方については様々な議論(ママ)あることが考慮されておらず、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 |
選挙権や公務員になる権利は、現在、人権尊重の立場から制約撤廃が主張され、一部に制約が解かれてはいるものの、国家の意思を形成するという主権にかかわる権利であるため、外国籍の人には保障されないとする意見もあり、議論が続いている。 |
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34番の関連修正(字数調整にともなう写真の縮小) 【省略】 |
【省略】 |
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35 |
66 |
16-27 |
未成年者(満20歳未満)が犯罪をおこした場合には、成人とは異なり少年法という特別な法律が適用される。例えば現行の少年法では、16歳未満の少年ならばどのような凶悪犯罪をおこしたとしても、刑事責任は問われない。また18歳未満であれば死刑は適用されない。さらに成人が犯罪をおこした場合には通常の裁判所で刑事裁判が行われ、有罪となった場合には刑務所に収容されるが、未成年者の場合は原則として家庭裁判所で審判が行われ、児童自立支援施設や少年院(14歳以上)に送られる。また事件を報道する場合には、実名や写真を公にしてはならないとされている。このように未成年者については、将来の更正に期待して、刑事罰を課すのではなく、更正のための教育が行われ、またその教育に要する期間も成人の場合の刑事罰を課す期間より短いものになっている。 しかし、現行の少年法において未成年者に対して寛容に取り扱っていることが、少年犯罪を助長させていることも否定できない。一部の少年の中には「20歳までなら何をやっても平気」と、暴走族に加わったり、暴行や恐喝を働く心ない者もいる。 現行の少年法は、第二次世界大戦後の混乱と貧困の時代にGHQ(連合国軍総司令部)の強い指導のもとにつくられたものであるが、その時期と比べて現在の少年は心身ともに発育が早く、一方で社会の情報にも通じていることから、少年犯罪の低年齢化と凶悪化が進行している。 そこで現在、少年犯罪を抑止するためにも、海外のほとんどの国が満18歳未満を少年として扱っている例にならって、わが国でも少年法を適用する年齢を引き下げるべきだという意見が強く主張され、論議をよんでいる。 |
「少年法」の扱いが、その意義に比べて、問題点および改正の必要性の記述に偏っており、全体として調和がとれていない。 |
未成年者(満20歳未満)が犯罪をおこした場合には、少年法という特別な法律が適用される。少年法は「少年の健全な育成を期し、飛行のある少年に対して性格の矯正および環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年および少年の福祉を害する成人の刑事事件については特別の措置を講ずること」(第1条)を目的とする。これは、未成年者が、将来、更正することを期待して、できるだけ刑事罰を課さずに矯正の為の教育を行い、その期間も成人の場合に刑事罰を課す期間よりも短くするという考えからである。 例えば犯行時に18歳未満であれば死刑は適用されない。成人が犯罪をおこした場合には通常の裁判所で刑事裁判が行われ、有罪の場合には刑務所に収容されるが、未成年者の場合には一部の凶悪犯罪を除いて家庭裁判所で審判が行われ、児童自立支援施設や少年院(14歳以上)に送られて矯正のための教育が行われる。事件が報道される場合にも実名や写真を公にしてはならない。このように未成年者については、将来の更正に期待して、刑事罰を課すのではなく、更正のための教育が行われ、またその教育に要する期間も成人の場合の刑事罰を課す期間より短いものになっている。 しかし、現行の少年法において未成年者に対して寛容に取り扱っていることが、少年犯罪を助長させていることも否定できない。一部の少年の中には「20歳までなら何をやっても平気」と、暴走族に加わったり、暴行や恐喝を働く心ない者もいる。 現行の少年法は、第二次世界大戦後の混乱と貧困の時代にGHQ(連合国軍総司令部)の強い指導のもとにつくられたものであるが、その時期と比べて現在の少年は心身ともに発育が早く、一方で社会の情報にも通じていることから、少年犯罪の低年齢化と凶悪化が進行している。 そこで現在、少年犯罪を抑止するためにも、海外のほとんどの国が満18歳未満を少年として扱っている例にならって、わが国でも少年法を適用する年齢を引き下げるべきだという意見が強く主張され、論議をよんでいる。 |
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36 |
69 |
3-6 |
信教の自由を確実なものとするために、憲法は政教分離の原則を採用している(20条B・89条)。政教分離とは、国家や地方自治体などが宗教とかかわることを全面的に禁止することではなく、政治を通じて宗教的な価値観に誘導したり、特定の宗教に有利なとりはからいをするなど、ゆきすぎたかかわりを禁じることだと考えられている。 |
日本国憲法における政教分離の原則について、国家や地方自治体などが宗教とかかわることができるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
信教の自由を確実にするために、憲法は政教分離の原則を採用している(20条B・89条)。政教分離とは、国家や地方自治体などが宗教とかかわることを禁止することである。しかし、現実には政治と宗教とをはっきりと分けることは難しい場合があるので、政治を通じて宗教的な価値観に誘導したり、特定の宗教に有利なとりはからいをするなど、ゆきすぎたかかわりを禁じることだと考えられている。 |
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36番の関連修正(字数の調整にともなう写真の縮小) 【省略】 |
【省略】 |
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37 |
72 |
3-4 |
社会権は限られた財源の中から福祉的給付を行うため、外国人に対して無条件にすべて保障されるものではない。 |
外国人に対して社会権が無条件に保障されない理由が財源の問題だけであるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
社会権は国民が国家に福祉的給付を求める権利であるため、外国人に無条件に保障されるものではない。 |
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38 |
73 |
上表 |
憲法に記載された各国の忠誠・国防の義務 「われわれ合衆国の人民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われわれとわれわれの子孫の上に自由をもたらす恩恵を確保する目的をもって、この憲法をアメリカ合衆国のために確定し制定する」(アメリカ合衆国憲法全文) 「男子に対しては、満18歳から軍隊連邦国境警備隊あるいは民間防衛団における役務を義務として課すことができる」(ドイツ連邦共和国基本法12条a) 「祖国の防衛は市民の神聖な義務である。兵役は、法律の定める制限と方法に従い、これを義務とする」(イタリア共和国憲法52条) 「いずれのスイス人も、防衛の義務を負う。市民的代替役務については、法律でこれを定める」(スイス連邦憲法18条1項) 「すべての国民は、法律の定めるところにより、国防の義務を負う」(大韓民国憲法39条) |
引用された各国憲法の条文は、忠誠の義務に関するものではなく、また、アメリカ合衆国憲法前文は、国防の義務に関するものではなく、不正確である。 |
各国の憲法に記載された国防の義務 「男子に対しては、満18歳から軍隊連邦国境警備隊あるいは民間防衛団における役務を義務として課すことができる」(ドイツ連邦共和国基本法12条a) 「祖国を防衛し、侵略に抵抗することは、中華人民共和国のすべての公民の神聖な責務である」(中華人民共和国憲法55条1) 「いずれのスイス人も、防衛の義務を負う。市民的代替役務については、法律でこれを定める」(スイス連邦憲法18条1項) 「すべての国民は、法律の定めるところにより、国防の義務を負う」(大韓民国憲法39条) 「国を防衛し、要請されたときには軍務に従事すること」(インド憲法51A条4) 「国民には国防の責任があり、すべてのフィリピン人は、法の定める基準にしたがい、それぞれ文武の公務に服することを求められる」(フィリピン居和国憲法2条4節) これらの国の憲法では国民の崇高な義務として国防の義務が定められている。 |
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39 |
74 |
上写真 |
中国によるチベット弾圧を伝える記事(タイトル) |
中国によるチベット政策について、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 |
チベット問題を伝える記事 |
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40 |
74 |
2-4 |
その意味で重要なのは、国家に対する忠誠の義務と国防の義務である。これらの義務は日本国憲法には定められていないが、諸外国の憲法には国民の崇高な義務として明記されている。 |
「国家に対する忠誠・国防の義務」と日本国憲法に定める国民の義務に関して、誤解するおそれのある表現である。 |
国家はその意味では現在から未来にかけてのすべての国民からなる共同体である。私たちはこの共同体を維持する努力を怠ってはならない。
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p.76,l.29-30 国家への忠誠、国防の義務 |
削除 |
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40番の関連修正(字数の調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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41 |
74 |
10-11 |
また、表現の自由に対するプライバシーの権利は、個人情報保護法(1988年)によって保障されている。 |
1988年に制定された同法は、コンピューター処理の場合の個人情報の保護を行政機関に義務付けたものであり、不正確である。 |
また、表現の自由に対して個人のプライバシーを守るため、プライバシーの権利を保証することが強く主張されている。 |
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41番の関連修正(字数の調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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42 |
77-78 |
13-2 |
しかも、国民の意見が未熟である場合、それを直接的に政治に反映させると、国家全体や国民の利益が損なわれることもある。そこで近代国家では、国民から選ばれた少数の代表が政治の専門家として、国家全体の利益をはかる制度が導入されている。このような制度を間接民主主義という。 |
国民の意見が未熟であることが、「間接民主主義」導入の根拠であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
しかし規模が大きく複雑な組織においては、全員が政治に直接参加することは困難である。異なる意見の間での調整もむずかしい。また、目先の利益にとらわれた意見が多数を占めると全体の利益が損なわれることもある。そこで、選挙で選ばれた少数の代表が政治の専門家として一定期間、政治を行い、異なる意見を調整しながら、全体の利益をはかる制度が導入されている。このような制度を間接民主主義という。 |
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43 |
79 |
8-26 |
近年、原子力発電所の建設や産業廃棄物処理施設の設置、在日米軍基地の縮小や国の大型公共事業の是非などについて、いくつのの地方公共団体で「自分たちの利害に関することは、議員や官僚ではなく、直接自分たちで決めたい」との発想から、その地域の住民の意思を直接に問う「住民投票」が実施された。マスコミでも住民投票の問題は大きく取り上げられている。 たしかに、その地域の住民の立場になれば、原子力発電所も産業廃棄物処理施設も米軍基地も、近くになければそれにこしたことはない。しかしこれらの施設は広域的な、さらには国家全体の利益にかかわるものであり、特定地域の住民の意思のみによって左右されるようなものではない。また、国家全体からみれば、その一部を占めるにすぎない特定地域の住民の意思によって、国策に「ノー」が突きつけられることになると、国家は機能しなくなる。 さらに「住民投票」の直接民主主義的手法は、日本国憲法や地方自治体が採用している間接民主主義の意義や、それに基づく議会の存在を軽視するものでもある。加えて住民の意思自体が、マスコミや市民運動の団体の考えに扇動されやすく、実際、議会では少数を占めるにすぎない勢力が、みずからの主張を正当化するために住民投票の実施を主張していることもある。また行政の責任者がみずからの判断をさけ、住民の判断に任せることによって、責任逃れの口実にするなど、多くの問題点があると指摘されている。 |
住民投票の扱いがその意義に比べて、問題点の指摘に偏っており、全体として調和がとれていない。 |
近年、原子力発電所の建設や産業廃棄物処理施設の設置、在日米軍基地の縮小や国の大型公共事業の是非などをめぐって、いくつのの地方公共団体で地域の住民の意思を直接に問う「住民投票」が実施された。マスコミでも住民投票の問題は大きく取り上げられている。 住民投票が実施される背景には政治不信、官僚不信があるといわれる。近年、一部の心ない政治家や官僚による国家や地域の利益よりもみずからの利益を優先する事件が多発している。また国民の間に自分たちの意見が政治や行政に反映されていないとの不満も募っている。そうしたことから「自分たちの利害に関することは、直接自分たちで決めたい」と住民投票を求める声が高まっている。 住民投票には、住民が地域の問題に関心を持って政治に参加することで自治意識が高まることや、間接民主主義では反映されない民意がそこにあらわれるなどの意義が指摘されている。 しかし、検討すべき問題点も多い。たしかにその地域の住民であれば、原子力発電所も産業廃棄物処理施設も近くにないことにこしたことはない。しかし、これらの施設は広域的な、さらには国家全体の利益にかかわるものであり、特定地域の住民の意思のみによって左右されるものではないといえる。また、住民投票の直接民主主義的手法は日本国憲法や地方自治法が原則としている間接民主主義の意義や議会の存在を軽視するものであるともいえ、住民の意思自体がマスコミや市民運動団体の考えに扇動されやすいともいえる。さらに、行政の責任者が判断を避け、住民の判断をみずからの責任逃れの口実にしているとの指摘もある。 |
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43番の関連修正(内容の変更にともない、タイトル変更) 住民投票の問題点 |
住民投票似ついて考える
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43番の関連修正(字数の調整にともなう写真のサイズ調整) 【省略】 |
【省略】 |
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44 |
82 |
図 |
おもな政党の変遷 【図省略】 |
新生党が自由民主党から分党したことが図示されておらず、不正確である。 |
【図省略】 |
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45 |
86 |
16 |
権限については衆議院が優越している。 |
両院の関係について、すべての権限について衆議院が優越しているかのように誤解するおそれのある表現である。 |
特定の権限は衆議院が優越している。 |
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46 |
87 |
上図 |
審議の途中で会期が終われば、提出された議案は廃案となる。 |
両院の議決が異なった場合の過程が記述されておらず、不正確である。 |
衆議院と参議院の議決が異なる場合、衆議院の議決が国会の議決となる(78ページ参照)。審議の途中で会期が終われば、提出された議案は廃案となる。 |
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47 |
89 |
2-5 |
衆議院と参議員とで議決が異なった場合には、衆議院が出席議員の3分の2以上の賛成によって再議決すれば、衆議院の意思が優越し、衆議院の議決が国会の議決となる(59条A)。 |
法律案の議決案の議決に関する内容であることが記述されておらず、説明不足で理解し難い表現である。 |
法律案の議決が衆議院と参議員とで異なった場合、衆議院が出席議員の3分の2以上の賛成によって再議決すれば、衆議院の意思が優越し、衆議院の議決が国会の議決となる(59条A)。 |
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48 |
91 |
上図 |
国会と内閣の関係 【図省略】 |
衆議院だけが内閣総理大臣の指名を行うかのような記述であり、不正確である。 |
【図省略】 |
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49 |
98 |
9-11 |
その人物が適任であるかが国民の審査に付される。投票者の多数が、罷免をよしとする場合にその裁判官は罷免される(79条ABC)。しかし、最高裁判所やその裁判官の活動についてはあまりにも知られておらず、また一般の関心も低いので、この制度は実際には有名無実化している。 |
最高裁判所裁判官の国民審査制度の意義について触れずに「有名無実化している」とするのは、制度について誤解するおそれのある表現である。 |
その人物が適任であるかが国民の審査に付される。投票者の多数が、罷免をよしとする場合にその裁判官は罷免される(79条ABC)。これは主権者である国民が司法権を監督する制度である。しかし、最高裁判所の活動について国民の関心は低い。また、これまで罷免された例はない。 |
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50 |
102 |
7-10 |
これまで国の権限であり業務とされていたものの多くを地方公共団体に移し、国庫支出金や国からの地方交付税交付金などでおぎなっていた財政不足を、地方公共団体が自主的に財源を確保するための諸法律が制定された(地方分権一括法)。 |
地方分権一括法では自主的に財源を確保するための諸法律は制定されておらず、誤りである。 |
これまで国の権限であり業務とされていたものの多くを地方公共団体に移すための諸法律が制定された(地方分権一括法)。 |
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51 |
103 |
13-16 |
「三権分立」中の違憲立法審査権、行政事件の裁判、および、バランス 【図省略】 |
三権分立のまとめとして、不正確である。 |
【図省略】 |
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52 |
112 |
13-15 |
また紛争地域には国連平和維持軍(PKF)を派遣し、停戦監視などの平和維持活動を行うこともある。 |
PKFとPKOの関係、及びPKFの役割について、誤解するおそれのある表現である。 |
また紛争のあった地域では国連平和維持活動(PKO)を行い、場合によっては停戦監視などを目的として国連平和維持軍(PKF)を派遣することもある。 |
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53 |
114 |
8-9 |
政府は自衛のための必要最小限度の軍事力をもつことまでは憲法は禁止していないと解釈しているが、憲法論としてその解釈には批判も多い。また、憲法が想定した国際政治の理想と現実の国際政治とは異なっていることから、わが国としても自衛隊を増強するなど、これまで現実的な対応をしてきた。そのため憲法と自衛隊の実態とが整合しておらず、憲法の改正が強く主張されている。 |
自衛隊が日本国憲法に基づく存在であることが考慮されておらず、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 |
政府は自衛のための必要最小限度の軍事力をもつことまでは憲法は禁止していないと解釈し、自衛隊を憲法第9条と矛盾しないものとみなしている。また、憲法が想定した国際政治の理想と現実の国際政治とが異なっていることから、自衛隊を増強するなど、現実的な対応をしてきた。しかし、憲法の規定と自衛隊の実態との整合性については議論が続いている。 |
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54 |
115 |
1-15 |
日本国憲法の素案となったマッカーサー・ノートでは、自衛戦争を含むすべての戦争を放棄することが明記されていた。しかし、これでは独立した主権国家の憲法としては不適切だ、という批判がGHQ(連合国軍総司令部)内部であったため、自衛権の行使は容認するという内容になった。こうした日本国憲法の制定過程からすると、9条第1項の「戦争放棄」とは、侵略戦争だけを放棄したものと解釈するのがふさわしい。 また2項の「戦力の不保持および交戦権の否認」も「前項の目的を達するため」という限定が日本側の要求によって追加されたという経緯を考えれば、侵略戦争に関しての戦力保持や交戦だけを禁止したのだと解釈するのが適当である。つまり、放棄されるべきものとして憲法が謳っている「国際紛争を解決する手段としての戦争」とは、侵略戦争のことであり、禁止されるべきものとしての戦力保持および交戦権も、侵略戦争に関するものだ、と解釈するのが適当である。 このように、日本国憲法は自衛の戦争をする権利や自衛の戦争をする戦力までを否認したのではない。 |
学習指導要領に示す「内容の取り扱い」の(4)アの「日本国憲法の基本的な考え方を中心に理解させるようにし、条文解釈に深入りしないように留意すること」に照らして、日本国憲法第9条の条文解釈に深入りしており、扱いが不適切である。 |
2000年(平成12年)1月、国会の衆参両議院に憲法調査会が設置された。憲法調査会の設置をきっかけにして広く国民の間で憲法に関する議論がおこっている。 日本国憲法は制定から50年以上がたつが、これまで改正されたことはない。憲法についてはこれまで改正すべきという主張と、いや改正すべきではないという主張が鋭く対立してきた。中でも第9条は憲法論議の中心的なテーマとなってきた条文である。 第9条はすべての戦争を放棄し、いかなる戦力ももたない徹底した平和主義の規定であるというとらえ方が一方にある。このように第9条を捉えたとき、問題となるのは自衛隊の存在であり、自衛隊は憲法違反の存在であるということがこの立場から主張されてきた。 |
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54番の関連修正(内容の修正にともなうコラムタイトルの変更) |
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55 |
115 |
15-28 |
しかし、制定過程に関係なく、憲法の表現だけを見ると、・・・そのため、日本国憲法第9条の表現そのものを改正する必要が強く唱えられている。 |
日本国憲法第9条の改正については様々な議論があることが考慮されておらず、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている。 |
しかし、国民の多くは今日、自衛隊をわが国の防衛のために不可欠な存在だととらえており、政府も自衛隊を第9乗の禁止する「戦力」ではないととらえて、日本国憲法に基づいた存在だとみなしている。 |
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56 |
115 |
17-19 |
また諸外国から見ると、日本国民は自衛権まで放棄した特殊な国民と思われるのではないかという懸念もある。 |
「特殊な国民」が何を意味するのかが説明不足で、理解し難い表現である。 |
他方、自衛隊は国際法上、主権国家に当然に認められた権利であり、自衛のための組織である自衛隊は主権国家として当然の存在であるが、日本国憲法における自衛隊の位置づけが不明瞭ならば、憲法の規定自体を変えるべきだとの意見もある。 |
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57 |
115 |
20-22 |
これが国際法にいう軍隊とは位置付けられていないことから、日本が紛争に巻き込まれた場合には、さまざまな問題が生じることが懸念されている。 |
国際法にいう軍隊ではないことから生じる「さまざまな問題」は、生徒には理解し難い。 |
さらに、自衛隊が積極的に国際協力できるよう、集団的自衛権(同盟国が侵略された場合には、同盟国が集団で侵略を排除する権利)を憲法に明記すべきとの主張もある。 |
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58 |
115 |
25-27 |
憲法の解釈によれば、わが国は集団的自衛権を行使できないという意見があり、それが国際協力の障害にもなっている。 |
日本国憲法の下でPKOへの自衛隊派遣などが行われていることが考慮されておらず、わが国が果たすべき国際協力が、狭義の軍事的貢献のみかのように誤解するおそれのある表現である。 |
日本国憲法第9条と自衛隊の関係については、このようにさまざまな意見が対立している。自衛隊の位置づけを含めて21世紀のわが国の憲法のあり方が議論をよんでいる。 |
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58番の関連修正(修正後の文字変化にともない、新規の写真挿入) 【省略】 |
【省略】 |
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59 |
117 |
2-4 |
わが国周辺でも北朝鮮の核ミサイル開発の疑惑が高まり、わが国に向けて核兵器搭載を予定した実験用ミサイルが発射されている。 |
未確定な北朝鮮の核ミサイルについて、断定的に記述している。 |
わが国周辺でも北朝鮮の核兵器開発の疑惑が高まり、1998年にはわが国に向けて実験用ミサイルが発射されている。 |
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60 |
117 |
6-8 |
核兵器の廃絶は人類共通の願いではあるが、このような国際情勢の中で、わが国としても現実的な対応が求められている。 |
「核兵器保有国の増加」という表題及び本記述に至る国際情勢の説明に照らし、わが国が核兵器を保有することが現実的対応であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
核兵器の廃絶は人類共通の願いではあるが、このような国際情勢の中で、各国の防衛のありかたが議論をよんでいる。 |
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60番の関連修正(字数調整にともなう写真のサイズ変更) 【省略】 |
【省略】 |
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61 |
118 |
11-13 |
この湾岸戦争を契機として1992(平成4)年、国連平和維持活動(PKO)協力法が制定され、自衛隊が初めて海外に出て、国連の平和維持活動としてペルシア湾の機雷除去作業を行った。 その後も |
ペルシャ湾に自衛隊の掃海艇が派遣された(1991)のは、国連平和維持活動(PKO)協力法制定以前であり、不正確であ る。 |
この湾岸戦争を契機として自衛隊が初めて海外に出て、国連の平和維持活動としてペルシア湾の機雷除去作業を行った。また、1992年(平成4)年には国連平和維持活動(PKO)協力法が制定された。<追い込む>その後も自衛隊は |
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p.122,l.27-8 国際平和維持活動(PKO)協力法制定→ペルシア湾機雷除去、カンボジア… |
削除 |
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62 |
118 |
16-18 |
また近年では、自衛隊の国連平和維持軍や多国籍軍自体への参加が諸外国から期待されているが、ここでも日本国憲法がその障害となっている。 |
自衛隊の国連平和維持軍や多国籍軍自体への参加及び日本国憲法について、諸外国に様々な意見のあることが考慮されておらず、誤解するおそれのある表現である。 |
また近年では、自衛隊の国連平和維持軍や多国籍軍自体への参加を求める声もあるが、反対もある。 |
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63 |
119 |
7-9 |
ところがその後、韓国に政治亡命した北朝鮮の元工作員(スパイ)の口から、横田めぐみさんらしき少女が、北朝鮮の工作員によって拉致され、北朝鮮で生きているとの有力な証言が得られた。海岸近くで、めぐみさんに、北朝鮮工作員がわが国への侵入を目撃されたのが拉致の理由だったといわれている。 |
未確定な北朝鮮による日本人拉致問題について、断定的に記述している。 |
ところがその後、韓国に政治亡命した北朝鮮の元工作員(スパイ)の口から、横田めぐみさんらしき少女が、北朝鮮の工作員によって拉致され、北朝鮮で生きているとの証言が得られたとの報道がなされた。海岸近くで、めぐみさんらしき少女に、北朝鮮工作員がわが国への侵入を目撃されたのが拉致の理由だったと伝えられている。 |
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l.15-18 現在のところ、日本政府としては、横田めぐみさんを含む7件10名もの日本人が、北朝鮮の工作員によって拉致されたとの認識である(平成9年度『警察白書』)。 |
現在のところ、7件10名もの日本人が拉致されたことが疑わしき事件ととらえられている(平成9年度『警察白書』)。 |
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l..21-23 この問題はわが国に対する明白な主権侵犯行為であるとともに、野蛮な人権じゅうりんでもある。日本政府は北朝鮮政府や国際赤十字に、拉致された人たちの安否を尋ねるとともに早期の送還を求めているが、北朝鮮当局は拉致そのものを否定し続けているため解決のめどが立っていない。 |
これが事実だとすれば、わが国に対する明白な主権侵犯行為であるとともに、野蛮な人権じゅうりんでもある。民間では拉致されたと考えられる人たちの肉親を中心に救出を求める声が高まっているが、日本政府も北朝鮮政府や国際赤十字に、拉致されたと考えられる人たちの安否を尋ねるとともに早期の送還を求めている。しかし、北朝鮮当局は拉致そのものを否定し続けているため解決のめどが立っていない。 |
||||
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64 |
119 |
9-13 |
証言した元工作員の話によれば、めぐみさんは北朝鮮に渡る船の中で、「お母さん」と泣き叫びながら壁をかきむしったため、生爪がはがれ血だらけになっていたという。 |
少女に関する証言を特別に強調し過ぎている。 |
削除 |
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64番の関連修正(字数調整にともなう写真のサイズ変更) 【省略】 |
【省略】 |
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65 |
135 |
14-15 |
公企業は利潤をあげることが困難な事業を行うという重要な役割を担っている。利潤をあげることができるなら、それは民営化されることになる。さらに、電気やガスや鉄道などの事業は、私企業として経営されているが、そのサービスの内容と価格は、国民生活に大きな影響を与えるために、その決定には国や地方公共団体の認可が必要とされる。このような企業を、公益企業という。 |
現実に行われた公企業の民営化を考えると一面的見解である。 |
公企業は利潤をあげることが困難な事業を行う。しかし公企業の領域は、市場競争が制約されているために、その運営はともすれば非効率となりがちとなる。そこで、公企業を私企業とする(民営化)ことにより、その経営の効率化がはかられる。民営化によって料金や価格が安くなる場合もあれば、利潤を得るために、料金や価格が高くなることもある。このようなことに注意して、民営化を進める必要がある。 |
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65番の関連修正(内容変更にともなう見出しの変更と文章の一部削除) 【省略】 |
【省略】 |
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66 |
136 |
12 |
家計は企業から所得を獲得し |
同頁右上図と相互に矛盾している。 |
家計は企業から賃金所得を獲得し |
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67 |
137 |
上図中(「クレジットカードの発行枚数と利用額」)代金と手数料 【図省略】 |
誤りである。 |
削除 【図省略】 |
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68 |
137 |
12-13 |
そこで、現金と銀行預金の合計を、通貨の発行額とする。 |
通貨発行額の定義が不正確である。 |
そこで、現金および普通預金と当座預金の合計を、通貨の発行額とする。 |
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69 |
143 |
11-13 |
その結果、身分が不安定な派遣労働者やパート労働者が多くを占めることになる。その結果、これらの人々や中小企業の勤労者を含めて、労働条件が悪化するという危険が生じる。 |
「その結果」で結ばれる三つの文の因果関係が理解し難い。 |
そのため、中小企業の労働者だけでなく、サービス業を中心として、派遣労働者やパート労働者など、身分が不安定な雇用が増大し、労働条件が悪化する恐れもうまれる。 |
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69番の関連修正(文章の変更にともなう次の文への接続の変更) 【省略】 |
【省略】 |
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70 |
144-145 |
12-8 |
市場経済では、消費者と生産者は自分の活動にかかわる費用だけを支払う。例えば自動車の所有者は、自動車を購入し運転するための費用だけを支払い、企業は自分の工場を操業するための費用だけを支払う。しかし自動車の運転は、排気ガスによる大気汚染を生み、工場の操業も大気や河川の汚染、あるいは騒音や悪臭を生む場合がある。この結果、周囲の人々に苦痛を与え、その対策の費用などが発生する。これを外部費用という。 |
公害の発生と市場の失敗(単元名)との関連について説明不足で理解し難い表現である。 |
公害の発生も市場の失敗の一例である。例えば自動車の運転は排気ガスによる大気汚染を生み、工場の操業も、大気や河川の汚染、あるいは騒音や悪臭を生む場合がある(公害の発生)。しかし市場経済では、自動車の所有者は自動車を購入し運転するための費用だけを支払い、企業は自分の工場を操業するための費用だけを支払う。そのため、市場の働きだけに任せていては、公害をともなう活動を抑制することは困難となる。 |
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71 |
144 |
4-5 |
しかし、消費者や生産者は、このような費用をすべて負担することはできない。そこで、社会にかかる費用を考慮して、それを税金として消費者や生産者の負担とすることが求められる。このような方式を実施するのが困難である場合には、公害をともなうような活動を直接に規制することが必要となる。 |
外部費用の内部化の方法として、課税策しか存在しないかのように誤解するおそれのある表現である。 |
公害の発生によって、周囲の人々は苦痛をこうむり、その対策の費用が発生する。その費用は、その発生源である消費者や生産者の負担とすることが求められる。そのために、公害の被害者は、裁判に訴えることもある。しかし、めいめいの負担を確定することが困難な場合には、社会的にかかる費用を考慮して、それを税金として消費者や生産者の負担とすることが必要となる。このように人々の負担が増大する結果、公害をともなう活動が抑制されることがはかられる。このような方式も困難である場合には、公害をともなう活動を直接に規制することが必要となる。 |
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70番の関連修正(変更にともなう文字数の調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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72 |
158 |
10-14 |
弱者を最低限にせよ救済するという考えがなければ、さまざまに異なる人々から構成される私たちの社会自体が成り立たず、社会が崩壊すれば、全員が損害を受けることになる。このような観点から、障害者の生活を援助する施設の充実も必要とされている。 |
障害者福祉の必要性に関し社会防衛のために行われているかのように誤解するおそれのある表現である。 |
このような考えがなければ、憲法の生存権の理念も形骸化する。このような観点から、障害をもつ人々も社会の中で普通に生活できるように、その生活を支援するさまざまな施設の充実が必要とされている。 |
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73 |
161 |
8-13 |
市場経済では、人々は自由な行動が認められているが、一定のルールは守られなければならない。とりわけ企業は大きな力をもつ存在である以上、政府は、労働者の保護(労働基準法)や消費者の保護(消費者保護法)、公害の防止(公害対策基本法)や独占や不公正な取り引きの防止(独占禁止法)のための法律を整備し、それを適切に運用する必要がある。 消費者としての個人の行動も、社会のルールに従う必要がある。市場経済がうまく運営されるためには、人々の自由な行動を保障するとともに、ルールに基づいて人々の行動を調整することが必要となる。 |
公的規制が適切に定義づけられていないために、経済活動を律する法律がすべて公的規制であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
市場経済がうまく運営されるためには、経済活動の自由とともに、ルールに基づく適切な規制が必要とされる。これを公的規制という。例えば競争を促進するためには、独占を禁止するというルールを定め、それに違反する場合には企業を分割することも必要となる。あるいは金融機関の行動は、その破綻によって経済全体に大きな影響をおよぼすため、注意深く監視することが必要となる。消費者保護や労働者保護、そして公害対策のためのルールも必要とされる。そのための法律を整備し、適切に運営することもまた政府の役割となる。 |
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74 |
162-164 |
1-15 |
第6節 国際経済 (17) 国際貿易 輸出と輪入 市場経済は,国と国の間にも広がっている。国と国の間でなされる財とサービスの取引を,国際貿易という。国内で生産された財やサービスを外国へ売るのが輸出,外国から買うのが輸入である。日本の経済は,石油を輪入しなければ一日たりとも維持できないように,国内の資源や財とサービスだけに基づいて自国の経済を維持できるような国はない。 貿易がなされるのは,天然資源のように,その生産が特定の国に限定されているからだけではない。輸出される財は,他国よりも安く生産できたり,品質や機能の面ですぐれt製品であり,このような財の輸出と引きかえに,自国でつくられるよりも安価な財や,機能的にすぐれた財を輸入すれば,それぞれの国は自分たちの資源や技術を有効に利用することができる。これを国際分業という。一国の内部で分業が進むのと同様に、世界全体で分業が進むことによって,世界全体の資源や技術が有効に活用されることになる。 貿易構造 わが国は資源が不足しているため,さまざまな原料を輸入し、それを製品に加工して輸出するというのが,これまでの日本の貿易の特徴であった。これを加工貿易という。しかし,日本の産業構造の変化にともなって、輸出と輪入の構造も大きく変わってきた。 〔輸出と輸入の変化〕日本の輸出の主力製品は、かつては繊維製品などの軽工業製品であった。その後、鉄鋼や船舶などの重化学工業製品や,テレビや自動車などの耐久消費財へと変化した。最近では電子機器や精密機械などの輸出が増えている。このような変化は、国際的な市場競争において,日本の競争力のある産業分野の変化を示している。 輪入においては,アジア各国の工業化にともなって,原材料や食料だけではなく、日用雑貨や機械部品や電気製品などの製品の輸入が、アジアからの輸入額の半分以上を占めるようになった。先進工業国の間で,高度な技術を利用した製品を互いに貿易し合うだけでなく,アジアやその他の中進国や発展途上国が工業化に成功するために,先進国はその製品の輸入国となることが求められている。 |
国際経済は高等学校の学習内容であり学習指導要領に示す「内容」の(2)に照らして不必要である。 |
第6節 国際経済を第6節 経済の国際化に変更 「P国際経済」、「Q国際収支と為替相場」を「P国境をこえる経済」に。以降の小見出し番号は一つずつ繰り上げ(「R貿易摩擦」→「Q貿易摩擦」に)。 「輸出と輸入」、「貿易構造」、「国際収支」を削除。 「為替相場」、「円高と円安」を一部修正。 新規原稿「グローバル経済」をp.164に挿入。 図版 「GDPに占める各国の輸出入比」、「海外進出する日本企業」をp.164上に挿入。 「ニューヨーク証券取引所の上場日本企業数」「東京証券取引所の上場外国企業数」をp.165上に挿入。 「円高と円安の仕組み」を一部変更し、p.165に挿入。
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第6節 経済の国際化 (17)国境をこえる経済 グローバル経済 私たちの経済は,国内の活動だけでなく,輸出と輸入を通じて海外とつながっている。さらに企業の活動は,海外で生産し,その国の人々を雇用するというように,国境をこえて広がっている。それに応じて海外で働く日本人は増大し,日本国内で働く外国人も増大している。日本国内の企業の株式を外国の人々が購入することもますます贈大している。このように経済活動が国境をこえて広がることを,経済の国際化やグローバル化という。 |
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(18)国際収支と為替相場 国際収支 財とサービスの輸出によって,海外から受け取った金額と,輪入によって海外へ支払った金額の差額を,貿易・サービス収支という。これに海外からの利潤や利子,配当や給与などの受け取り額と,海外への支払い額との差額(所得収支)などを加えた額を経常収支という。 経常収支の黒字額は,そのすべてが国内で使われるわけではない。その大半は,海外で工場を建設したり(直接投資),外国の企業の株式や政府の国債を買ったり(証券投資),発展途上国の援助のために使われる。わが国は,1980年代より経常収支の黒字が拡大し,それに応じて,海外に多くの資産(海外資産)を保有する国となった。 このように,海外から獲得した資金は再び海外に出ていき,海外からは,日本国内への投資を目的として資金が流入する。この資金の流入と流出の差額を資本収支という。このようなすべての受け取りと支払いの差額を集計したものを国際収支という。 為替相場 国際貿易においてその支払いは,多くの場合ドルでなされる。そこで日本が外国へ製品を輸出した場合,その代金として受け取ったドルは円に交換しなければ,日本の国内では使えない。外国から輪入する場合にも,その支払いのためにドルを必要とする。そのために手もちのドルを売って円を買ったり,円を売ってドルを買うことが必要となる。 このように異なる通貨を売買する市場を,為替市場という。その売買において,1ドルがいくらの円と交換されるかを決める交換比率を,為替相場(為替レート)という。 〔円高と円安〕 円とドルの関係は,毎日変化している。さて1ドル=150円が1ドル=100円になった場合,これは円高だろうか,それとも円安だろうか。次のように考えると分かりやすい。円の価値がドルに対して高くなることを円高,低くなることを円安というのだから,1ドルもらうために150円必要な場合と,100円必要な場合を想定してみればいい。1ドル=100円のほうが,少ない円で1ドルもらえるのだから、円の価値が高くなったことになる。答えは円高である。 日本にとって円安、高安のどちらが得なのだろうか。円高は,外国から原材料を安く購入できる輪入企業と,外国製品を安く購入できる消費者にとってメリットがある。円安は,日本の製品が安くなって外国で売れるようになるので,輪出企業にはプラスである。
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為替相場 経済の国際化やグロ←バル化が進むにつれて,外国との間での支払いと受け取りのための金額が非常な勢いで増大する。輸入の支払いや海外での工場の建設費用や外国企業の株式の購入代金は,多くの場合ドルでなされる。そのために手持ちの円をドルと交換しなければならない。輸出の場合も,その代金として受け取ったドルは円に交換しなければ,日本の国内では使えない。このような理由から、手もちのドルを売って円を買い,円を売ってドルを買ったりすることが必要となる。このように異なる通貨を売買する市場を,為替市場という。その売買において,1ドルがいくらの円と交換されるかを決める交換比率を,為替レート(為替相場)という。 円高と円安 円とドルの関係は,毎日変化している。さて1ドル=150円が1ドル=100円になった場合,これは円高だろうか,それとも円安だろうか。次のように考えると分かりやすい。円の価値がドルに対して高くなることを円高,低くなることを円安というのだから,1ドルもらうために150円必要な場合と,100円必要な場合を想定してみればいい。1ドル=100円のほうが,少ない円で1ドルもらえるのだから、円の価値が高くなったことになる。答えは円高である。円高は,外国から原材料を安く購入できる輪入業者と,外国製品を安く購入できる消費者にとってメリットがある。反対に、日本の製品は外国では高くなり、輪出企業にとっては不利となる。 |
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74番の関連修正(字数調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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75 |
168 |
2-16 |
途上国援助 先進工業国の周りには、数多くの発展途上国が存在する。アジアNIESとよばれる韓国・台湾・香港・シンガポールは経済発展に成功し、中国・タイ・マレーシアにおいても経済発展が見られ始めた。しかしこのように経済発展を開始した国の周囲には、経済発展の可能性が見出せないまま、最貧国とよばれる状態の国々が存在する。人類の福祉の充実という目標のためにも、途上国や最貧国の経済発展に対する援助が求められている。 現在、途上国に対する教育や産業基盤の整備や社会基盤の整備を目的とする日本の政府開発援助(ODA)は、世界第一位の援助額になっている。これ以外にも、経済発展を開始した国々に対しては、日本がその製品の輸入国となることが経済発展のための最大の支援となる。さらに現地に進出した日本企業を通じて生産技術が現地の企業や人々に移転されることが、その国の経済発展のための重要な支援となる。 |
途上国への援助は途上国の経済発展に寄与する目的で行われるのであり、貿易摩擦に関する記述個所で途上国援助を扱うことは組織が不適切である |
途上国援助(コラムとして独立させ、p.169に移動) 先進工業国の周りには、数多くの発展途上国が存在する。アジアNIESとよばれる韓国・台湾・香港・シンガポールは経済発展に成功し、中国・タイ・マレーシアにおいてもめざましい経済発展が見られ始めた。しかしこのように経済発展を開始した国の周囲には、経済発展の可能性が見出せないまま、最貧国とよばれる状態の国々が存在する。人類の福祉の充実という目的のためにも、途上国や最貧国の経済発展に対する援助が求められている。 現在、途上国に対する教育や産業基盤の整備や社会基盤の整備を目的とする日本の政府開発援助(ODA)は、世界第一位の援助額になっている。資金の提供や社会資本の建設だけでなく、農業や工業の技術指導のための人材の派遣も重要な援助となる。これ以外にも、経済発展を開始した国々に対しては、日本がその製品の輸入国となることが経済発展のための最大の支援となる。さらに現地に進出した日本企業を通じて生産技術が現地の企業や人々に移転されることが、その国の経済発展のための重要な支援となる。 しかし、途上国が経済発展を急ぐあまり、自然環境の悪化にあまり考慮しないということもある。外国企業によって公害の発生がもたらされることもある。あるいは急速な経済発展とともに、途上国において人々のエネルギー消費量は増大し、この結果、地球資源の枯渇や地球環境の悪化がますます深刻な問題となる。そこで公害防止技術の積極的な供与や森林伐採の抑制など、環境対策を考慮した経済発展のための援助もまた必要とされる。 |
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75番の関連修正 (修正にともなう写真、図版のサイズ、位置変更など) 【省略】 |
【省略】 |
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(「途上国援助」をコラムとしたことにより、p.169のミニコラム「グローバル経済と国民経済」を本文として扱う) 【省略】 |
【省略】 |
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74番、75番の関連修正 (国際経済の部分の削除にともなう「学習のまとめ」部分の変更) 【省略】 |
【省略】 |
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(修正にともなうコラム等のページ移動によるノンブルの移動) |
【省略】 |
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76 |
170 |
6-8 |
高いレベルの欲望と低いレベルの欲望 消費することだけが人間の欲望ではない。消費の欲望以外にも、そもそも生命の安全や生活の安定を確保するという欲望、愛情や尊敬を得たいという欲望、そしてみずからの目標に向かって自分自信を高めたいという欲望などがある。 消費の欲望にも、空腹を満たすだけの欲望から、ブランド品を身につける欲望まで、さまざまなものがある。さらに、欲望には高いレベルのものや低いレベルのものもある。このような点を踏まえて、私たちの行動を考えてみよう。 |
欲望の質的相違に言及されていないために、「このような点を踏まえて、私たちの行動を考えてみよう」という学習の動機付けに支障を生ずるおそれがある。 |
「高いレベルの欲望と低いレベルの欲望」に代わり、新原稿「少子化について考えてみよう」挿入。 課題学習 少子化について考えてみよう 今日のわが国では、少子高齢化が急速に進んでいる。15歳以下の子どもは年々減少しており、すでに65歳以上の高齢者の人口を下回るようになっている。いったいなぜこのように少子化がおこるようになったのか、またこのままいくと私たちの生活はどのように変わっていくことになるのだろう。ここでは少子化に焦点をあてて考えてみよう。 1.学級あるいは学年の生徒にアンケートをとり、少子化がどこまで進んでいるのかについて調べよう。 <アンケート例> 〈Q. 何人の兄弟姉妹がいますか。(自分もふくめて)あるいはいましたか。〉 【表省略】 ・調査を集計し、世代別にグラフ化するとともに、各世代の平均値を出してみる。 2.調査結果をもとに、みんなで討論会をしてみよう。 [原因を探る] なぜこのように少子化が進んでいるのだろう。 [ヒント] ・世の中の人々が自分の人生プランや家庭についてもつ考え方はどのように変わっていったのだろう。 ・結婚や子育てについての女性の考え方に変化はなかっただろうか。 ・年老いた親の世話は誰がするようになったのだろう。 【図省略】出生児数と平均初婚年齢の推移 【図省略】世帯あたりの平均児童数 [影響を考える]少子化はわが国の経済にどのような影響を与えるだろう。 [ヒント] ・労働力不足が産業に与える影響を考えよう。 ・現役で働く人の数が減少する結果、福祉や税金の面でどのようなことがおこると考えられるか。 ・労働力不足に対処するため、退職年齢を引き上げることや、女性の労働参加や、外国人労働者の移入などが考えられるが、それぞれの影響について考えよう。 ・女性が仕事をもつ場合、子育てと両立するためにはどのようにすればよいのかを考えてみよう。 3.討論会を終えて自分の考えをまとめてみよう。いろいろな意見をふまえた上で、将来自分は何人の子どもをもちたいか(あるいはもちたくないか)について、その理由も記そう。 【図省略】子どもの割合の少ない県
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77 |
170 |
9-25 |
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消費から得られる満足感(効用)への言及がないために、私たちの行動を考える上で支障を生ずるおそれがある。 |
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78 |
170-171 |
26-9 |
B集団として実現される安全の欲望 生命の安全や生活の安定を確保する欲望は、個人の欲望であると同時に、集団の一員として、よりよく実現されると考えることができる。このような観点から、人々の最低限の生活の維持や国民の安全を守るための政府の役割について考えよう。 国民生活の安全や安定のためには、民間非営利団体(NPO)や非政府組織(NGO)の活動もまた大切である。このような活動に個人が参加することは高いレベルの欲望と考えられるだろうか。さらに、国民の安全のために、国の防衛が必要であれば、国防に参加することは高いレベルの欲望であると考えられるだろうか。 |
欲望の主体の多様性や欲望の対象の公共性について説明不足のために理解し難い表現である。 |
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79 |
171 |
12-14 |
C社会の評価を求める欲望 愛情や尊敬を得たいという要望や、目標に向かった自己実現の欲望は、個人の行動を通じて実現されるという理由から、もっとも高いレベルの欲望と考えられている。しかし、愛情を得るためには相手を必要とする。尊敬の欲望や自己実現の欲望もまた、自分の行動をより多くの人が評価してくれることを必要とする。そのためには社会の適切な評価が必要となる。 |
前段と後段の因果関係が理解し難い。 |
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80 |
171 |
17 |
…る。そのためには社会の適切な評価が必要となる。 では、私たちの社会はどのような行動を尊敬すべきものと考えているのだろうか。 D高い欲望を実現する社会 尊敬や自己実現を目指した高いレベルの欲望を実現するためにも、互いの行動を評価する安定した社会関係が必要となる。社会の評価がかたよったり、容易に変化するのであれば、人々の行動も誤ることになる。社会の評価が適切であるためには、人々の中で共有する価値がなければならない。 高いレベルの欲望は、社会の中で、人に見られる中で実現されるのではないだろうか。そのためにルールやマナーがあると考えられる。 |
前文を受けて、なぜ「そのためには・・・・必要となる」のか理解し難い表現である。 |
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81 |
176 |
上グラフ説明 |
世帯とは生活と生計を同じにする人々のまとまりで、親族だけとは限らない。近年では子どものいない夫婦や一人だけの世帯数が伸びている。 |
「婚姻・離婚率の推移」というタイトルに照らして、説明内容が誤りである。 |
ここ30年、婚姻率は下がる傾向にあり、逆に離婚率はじょじょに増加している。近年、とくに中高年の離婚が増えている。 |
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82 |
176 |
1-4 |
今日のサラリーマン家庭では、父親が転勤になっても住宅や子どもの教育を理由に単身赴任をし、父親不在になることもめずらしくない。 |
いわゆる「父親不在」の原因を、単身赴任にのみ帰する誤解のおそれのある表現である。 |
今日のサラリーマン家庭では、父親が転勤になっても住宅や子どもの教育を理由に単身赴任をすることがめずらしくない。 |
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83 |
178 |
18-25 |
しかし、もっと大きな問題もある。家事はそもそも「無償の労働」なのだろうか。家事は、確かに家族生活にとって必要な活動であり、誰かがしなければならない仕事である。だが、家事は生活のためのたんなる手段ではない。負担や苦痛をともなうこともあるが、家族生活の喜びや楽しみの源でもある。その意味では、家事をかんたんに労働ということはできないのではないか。労働でない活動をお金に換算したり、それにお金を支払うというのは、その活動をかえって労働でしかないものにしてしまうのではないだろうか。 |
家事の意義について、家事の労働としての面とそれには尽くされない面とが、二者択一的であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
しかし、もっと大きな問題もある。家事はそもそも「無償の労働」なのだろうか。家事は、確かに家族生活にとって必要な活動であり、誰かがしなければならない仕事である。だが、それは生活のためのたんなる手段ではない。毎日の家事は単純なくり返しの仕事という面を持っているが、家族生活の喜びや家族の絆を生み出す源でもある。家事は、お金にはかえられない活動、お金だけでは価値をはかれない活動であることも知ろう。 |
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84 |
179 |
15 |
個人と家族は分けられないものであり |
個人と家族との区別の意味を誤解するおそれのある表現である。 |
家族は個人からなり、また個人は家族の存在を前提とする。 |
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85 |
180 |
1-3 |
家族が単に個人の集まりになり、個人が家族より優先されると、家族の一体感は失われていく。 |
家族における「個人」の優先と「家族の一体感」の喪失との関係について、抽象的で理解し難い表現である。 |
家族が単に個人の集まりでしかないと考えられたり、個人が家族より優先されるべきだとみなされるようになると、家族の一体感は失われていく恐れがある。 |
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85番の関連修正(本文の変更にともなう字数の調整) 【省略】 |
【省略】 |
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86 |
180 |
10-16 |
経済発展の過程をとおして、日本の家族は豊かな消費生活を得る一方で、家族としての絆をしだいに失ってきた。失った絆を取り戻し、家族を復興させるためには、家族というコミュニティを社会的に守っていくことが重要である。家族が一緒に暮らせるようにしたり、子どもたちが老親の世話を自宅でみられるようにするなど、家族の復興のための制度面での改善が必要になっている。 |
家族を「復興」させるという一面のみが課題であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
経済発展の過程をとおして、日本の家族は豊かな消費生活を得る一方で、家族としての絆をしだいに弱めてきた。家族の形やあり方についての考えも多様になっている。しかし、家族は、社会的存在としての人間が協力して生きるもっとも身近で基本的なコミュニティであるそれゆえ、家族の絆の弱まりは社会の安定の基盤を揺るがしかねない。家族というコニュニティを守るためには、家族を維持していこうとする努力が必要である。 |
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86番の関連修正(本文修正にともなう見出しの変更) p.180 家族の復興(見出し) |
家族の維持 |
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87 |
183 |
11-13 |
マウスをクリックするだけで相手を選び、伝え、終わらせることのできるような交流は、日常生活での人間の交流の仕方とは異なる。 |
日常生活における直接的な交流に対して、電子メディアを介在させるインターネットによる交流の特質を指摘した表現としては、不正確である。 |
ホームページや電子メール利用しての交流は、簡単で便利ではあるが、日常の生活や活動をとおしての人と人との直接的交流にとってかわるものではない。 |
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88 |
183 |
18-20 |
その意味では、インターネットという電子メディアによるコミュニケーションは、地に足のついていないバーチャル(仮想的)な関係しかつくれない。 |
電子メディアがコミュニケーションにおいて果たす役割について、誤解するおそれのある表現である。 |
その意味では、インターネットという電子メディアによるコミュニケーションは、地に足のついていないバーチャル(仮想的)な性格のものである。それは、現実世界の時間や空間の壁を容易にこえることを可能にする一方で、地に足のつかない関係を拡大していく恐れがある。 |
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89 |
186 |
14-15 |
自立した個人とは、自己の中に公共的な精神と主体的な精神をあわせもった人間のことをいう。すなわち公と私のバランス、… |
「公共的な精神」と「主体的な精神」という区別は、後段の「公と私のバランス」(同頁16行)という記述に照らして、理解し難い表現である。 |
自立した個人とは、自己の生活と利益を大切にするだけでなく、公共的な精神をもあわせもった人間のことをいう。<追い込む>すなわち公と私のバランス、… |
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90 |
193 |
8-10 |
大都市への人口集中は、土地や住宅に対する需要を増大させ、土地や住宅の価格を上昇させた。しかし、バブル経済が終わり景気が後退すると、土地の価格は下がり始め、土地は必ず値上がりするという「土地神話」は否定されることになった。都市では、土地の効率的な利用の必要性から、マンションなどの集合型住宅が増え、居住面積の狭い住宅も建てられてきた。また、住宅の密集や人々の生活時間、生活スタイルの違いから、生活騒音の問題に悩まされることも増えた。 大都市では、高層ビルや大規模な…… |
「都市の過密化」というタイトル化での都市化の一般論のなかに、歴史的記述が入り込んでおり、前後の文脈と整合せず、理解し難い表現である。 |
大都市への人口集中は、土地や住宅に対する需要を増大させ、土地や住宅の価格を上昇させた。その結果、土地は必ず値上がりするという「土地神話」が生まれることにもなった(その神話は1990年代に入りバブル経済が終わるとともに否定されることになった)。<改行> 都市では、土地の効率的な利用の必要性から、マンションなどの集合型住宅が増え、居住面積の狭い住宅も建てられてきた。また、住宅の密集や人々の生活時間、生活スタイルの違いから、生活騒音の問題に悩まされることも増えた。<追い込む>大都市では、高層ビルや大規模な…… |
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91 |
199 |
14-16 |
ヨーロッパの国々は、世界に先駆けて産業革命を達成し、先進工業国となったが、工業化のゆきすぎには慎重な姿勢をとってきた。 |
ヨーロッパの工業化の歴史の記述として不正確である。 |
ヨーロッパの国々は、世界に先駆けて産業革命を達成し、先進工業国となったが、工業化のゆきすぎには慎重な姿勢をとってきた。 |
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92 |
200 |
8 |
環境ホルモン |
表記の基準(「学術用語集」)によっていない。 |
内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)
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93 |
203 |
16-18 |
暮らしの豊かさばかりを追求する生き方の見直しも含めて、環境破壊の進行速度を、できるかぎり遅くしていくことが重要である。 |
環境破壊の進行速度を遅らせることのみが、第一義的な課題であるかのように誤解するおそれのある表現である。 |
環境破壊を防止するため、豊かさばかりを追求する生き方の見直しも含めて、現代社会の暮らしに目を向けていくことが重要である。 |
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94 |
209 |
6-10 |
そのことは、健全な個人であれば、その欲望のうちに、たんに私生活にかかわる私的な欲望だけでなく、国柄やそれに基づく社会秩序を守るためのものという意味での公的な欲望も含まれている、ということからも分かる。 公的な欲望とは、自分のかかわる社会がどうなって欲しいかという欲望をさす。そうした公的欲望は、自分のかかわる国の歴史のあり方と無縁ではない。また、その公的欲望が、自国の歴史的な国柄を確認したいという動機に根ざしているなら、国民一人ひとりの公的欲望の間には、 |
私的な欲望と公的な欲望といった区別には、欲望の主体性と対象の公共性が混同されており、理解し難い表現である。 |
そのことは、健全な個人であれば、その欲望のうちに、たんに私生活にかかわる私的な欲望だけでなく、国柄やそれに基づく社会秩序を守るためのものという意味での公的な欲望も含まれている、ということからも分かる。 公的な欲望とは、自分のかかわる社会がどうなって欲しいかという欲望をさす。そうした公的欲望は、自分のかかわる国の歴史のあり方と無縁ではない。また、その公的欲望が、自国の歴史的な国柄を確認したいという動機に根ざしているなら、国民一人ひとりの公的欲望の間には、 |
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94番の関連修正(内容の変更と、それにともなう字数調整のため) 【省略】 |
【省略】 |
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95 |
210 |
2-3 |
もはや、自由民主主義しかありえない、というのが現代人の常識になりつつある。 |
自由民主主義と自由主義(4行目)、民主主義(5行目)との関係が不明確で、なぜ「もはや・・・しかありえない」と断定しうるのか理解し難い表現である。 |
もはや自由な言論や経済の自由主義などに基づく民主主義、つまり自由民主主義がもっとも有効な政治のあり方だ、というのが現代人の共通認識になりつつある。 |
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96 |
211 |
11-16 |
同様に、グローバリズム(世界主義)における普遍主義(世界が普遍的な基準で秩序化されるべきだとする考え方)とナショナリズム(国民主義)の個別主義(各国がそれぞれ個別の基準で秩序をつくるべきだとする考え方)の間で二者択一することはできない。両者はインターナショナリズム(国際主義)のなかでバランスをとるべきなのである。 |
グローバリズム、ナショナリズム、インターナショナリズムの意味内容、及び、それらの相互関係が理解し難い表現である。 |
同様に、世界が普遍的な基準で秩序化されるべきだとする考え方(世界主義=グローバリズム)と各国がそれぞれ個別の基準で秩序をつくるべきだとする考え方(国民主義=ナショナリズム)のいずれが正しいかということではない。両者は、互いに異なった国々の関係を安定させることを大事とするという意味での国際主義(インターナショナリズム)の両側面なのだと考えられる。つまり国々の間の同質な部分を重んじるのが世界主義であり、異質な部分を強調するのが国民主義だということである。 |
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p.96 下注 @インターナショナリズム(国際主義)は、諸国の間の「際」(インター)で展開される。したがって、それは世界に向けて開かれていく方向と、自国へ向けて閉じられていく方向との二つがある。 |
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96番の関連修正(内容の変更のため) 【省略】 |
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この果てに予測されるのは人間のサイボーグ(人造人間)化であるが、人間はそうした残酷な未来イメージに… |
情報空間の高度化・世界の均質化の結果、なぜ人間がサイボーグ(人造人間)化されるのか理解し難い表現である。 |
この果てに予測されるのは人間のロボット化である。人間は情報機器を始めとするさまざまな機器なしには生きられなくなるという未来イメージに… |
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核兵器廃絶は絶対の正義か 核兵器は大量殺戮を可能とする兵器である。しかし逆にその危険性のために、核兵器があると戦争がおこりづらくなる。つまり、核兵器には戦争抑止力があるということができる。 だが、核兵器保有の拡散を完全に防止することは難しく、それが拡散するとき、核兵器が戦争の先制攻撃に用いられる危険性が強まる。そこで、人道上の見地から、核兵器廃絶が絶対の正義として打ち出されるのである。 しかし、核兵器廃絶が表面的に合意されたとしたら、そのときが世界の秩序にとって、もっとも危険な瞬間だともいえる。なぜなら、核兵器の製造は技術的に見てかなり容易なことであり、またその製造を完全に監視することは不可能と思われるからである。つまり、核兵器廃絶法の禁を破るものが、大量殺戮兵器を手にして、世界を支配するかもしれない。 核兵器廃絶を絶対の正義とするのは、その廃絶法に違反するものはいないと想定しているという意味で、人間を性善なるものと安易にみなしているのではないだろうか。 |
核軍縮や核廃絶の理念と比べて、核抑止論にかたよった扱いとなっており、学習する上で、生徒が、核兵器の脅威について公正に判断できないという支障を生ずるおそれがある。 |
(1ページコラムに変更) 核兵器廃絶という理想を考える 核兵器は大量殺戮を可能とする兵器である。そこで、多くの人々が、国際平和の見地から、核兵器廃絶を強く望んでいる。 核兵器保有の拡散を完全に防止することは難しく、それが拡散するとき、核兵器が戦争の先制攻撃に用いられる危険性が強まる。そこで、各国は原子力の平和利用促進と軍事に転用されないための保障措置を実施する国連関連の国際機関「国際原子力機関」などを設け、核兵器廃絶のための努力を続けている。 核兵器廃絶という問題は、一国だけの努力で解決するものではなく、世界各国の共通理解と信頼関係の上で実現すべき理想である。したがって戦後まもなくから今日まで、世界中で会議が開かれ、核兵器廃絶のためのさまざまな提案がなされ、条約も交わされてきた。 しかし一方で別な見方がある。もし核兵器廃絶が表面的に合意されたとしたら、そのときが、世界にとってもっとも危険な瞬間だともえるのではないだろうかというものである。なぜなら核兵器の製造は容易であり、その製造を完全に監視することは不可能と思われるからだ。つまり、核兵器廃絶の禁を破るものが世界を支配するかもしれないのである。このような見方は、核兵器に限らず、文明による発明・発見には、有害であるにもかかわらず打ち消すことのできないものが少なくないという考え方によっている。危険な技術の使用を禁止することが理念として「絶対の正義」だとしても、それが現実においても絶対の正義であるためには、全世界の人々が信頼を裏切らない、核兵器廃絶に違反するものがいないという前提がなければ、どんな理想も空論に終わってしまう。 さまざまな角度から核兵器のない世界について話し合ってみよう。 |
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生命尊重は最高の価値となりうるか(全文) 「命あっての物種」というようないい方がよくされる。それは命の大切さをいわんとするためのいい伝えである。しかし、生命そのものがなによりも尊いとみなすわけにはいかない。人間は他の動植物の生命を食せずには生きられないからである。尊いのは「人間の」生命であって、生命一般ではないのだから、人間とは何か、ということが問われなければならない。 人間のみが精神の名に値するものをもつが、精神の活動は人間が言葉の能力を持つということによって可能となる。そして言葉は個人の発明品ではなく、歴史を通じて各人に伝えられたものである。 また言葉の用い方の善し悪しに関する基準も、歴史の流れの中で定まってくる。そうならば人間の生命が尊いのは、言語によって精神的な価値にかかわる目的を実現していくための根本の手段、それが生命だからだということになる。 忘れてならないのは、人間社会には、そうした価値の実現のために、生命を犠牲にしなければならない場合もあるということである。 |
生命尊重に関する記述が一面的であり、学習する上で、生徒が、個人の尊厳と人権の尊重の意義を正しく認識できないという支障を生ずるおそれがある。 |
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