被申告者甲(産経新聞社)は、同社発行の産経新聞2001年7月3日朝刊紙上で、『新しい歴史教科書』(被申告者乙=扶桑社)の内容に明白な事実の誤りなどがあったとして9ヵ所の自主訂正をする手続きをとったと報道した(資料@)。その際に、同紙の解説として、「教科書の自主訂正」と題した170字の文章を掲載した。そこには「今回の検定後も中学歴史教科書を発行する8社はすでに大量の自主訂正を行っており、最も多い帝国書院は1,558ヵ所に上っている。今回の扶桑社のように自主訂正個所を自ら公表するのは極めて異例」と、単なる制度の解説だけでなく、自主訂正に関する実態にも言及している。 しかし、7月3日朝刊の報道記事本文で言及したのは、検定後に誤記、誤植などについて自主訂正の手続きをした後に完成版として公表したいわゆる「見本本」について、扶桑社版歴史教科書が新たに9ヵ所にわたる訂正必要箇所を執筆者たちが認め、再度の自主訂正手続きをした件についてである。ところが、前出の解説文は、「見本本」作成以前の自主訂正に関する説明なのである。しかも、被申告者にとっての他社本、とりわけ帝国書院版の場合、桁違いに多数の訂正をしたとひぼう、中傷することにより、扶桑社本は9ヵ所、帝国書院版は1,500ヵ所以上という対比に見せかけたのである。
もし、帝国書院版の「見本本」完成以前の自主訂正数を示すのであれば、記事本文で話題としている扶桑社本についても見本本以前の自主訂正数が569箇所であったことに言及するのでなければ、通常の記事と解説であるとしても整合性に欠ける。他社本の方が扶桑社本の訂正個所より桁外れて多いとみせかける内容となっている点は、明らかに法規に違反する行為である。
しかも、産経新聞は、第四次申告文で指摘した通り、被申告者乙の大株主である被申告者甲が発行するものである。従って、今回のこの記事と解説は第四次申告文のV−3で指摘したのと同様のひぼう、中傷による違反行為を重ねたものである。
ちなみに、被申告者乙の発行による『新しい歴史教科書』については、今回の自主訂正で改められた記述以外にも、なお多数の明白な事実関係の誤りの存在が各方面から指摘されている。たとえば、同書65頁に「『万葉集』が、朝廷の命によって編集された」と明記されているが、「万葉集」は勅撰和歌集ではない。入試問題などでは、最初の勅撰和歌集である「新古今和歌集」と対比して正誤を問う設問の定番でもあることは、社会科担当教師の間では常識である。このことについて、谷沢永一著『「新しい歴史教科書」の絶版を勧告する』(ビジネス社、2001年6月)も、その冒頭で、明確な誤りであると指摘している。しかもこの谷沢永一氏による著書の出版広告は、産経新聞2001年6月20日朝刊の第2頁下に4段のきわめて目立つ扱いで掲載され、その広告文の中でこの「万葉集」の件が、筆頭に例示されている。
これに対して同教科書の執筆者の一人である田中英道東北大学教授は、産経新聞2001年7月6日朝刊において反論し、「とんでもない。万葉集は753年(天平勝宝5年)に孝謙天皇のもとで朝廷に人々が集まって編集したものであり、それは他の資料でも裏づけられる。教科書では決して勅選和歌集などとは言っていないのだ」(資料A「相次ぐ批判本に反論、学問的に誤った記述はなく」)とし、「一事が万事で『国語辞典』をたよりに主張する筆者、谷沢永一氏の見識が疑われるものだ」(「同前」)と断言している。
しかし、『新しい歴史教科書』には、すでに紹介したように、明瞭に「『万葉集』が、朝廷の命によって編集された」と書かれている。田中氏は、この「朝廷の命によって編集」を、「朝廷が編集」と改ざんすることによって、勅選和歌集(朝廷の命によって編集)とは決して「言っていない」と虚偽の言い訳をし、前述のひぼう、中傷を補強しているのである。
先の第四次申告において、私たちは、被申告三者が文部科学省の指導に反して6月初旬より全国の書店で、検定後の採択に向け供される教科書見本(通称「見本本」)を一般に市販したことについて、他社すべてが同省の指導にしたがって市販をしていないなか、他の教科書と比較できず一社の教科書についてのみの情報から狭い判断が形成され、採択における公正な判断を誤らせる社会的な意見形成を行い、結果として公取委の告示第5号「その他不正な手段をもって、他の者の発行する教科書の使用または選択を妨害すること」に該当すると主張した。
その後、第四次申告文において挙げた事例以外にも、以下のような事件が発生した。これらは、前回の私たちの主張が正しかったことを証明していると考える。
たとえば東京都杉並区では、資料Bのようなチラシが戸別配布された。そこには、「見本本」は「今書店で発売中ですので読めばわかります」とし、同書を買って読んで「教育委員」や「区長」に「『扶桑社』の歴史教科書の採用」を働きかけるよう呼びかけている。もちろんこれは、被申告者乙や同丙(「つくる会」)の名称で行ったものではないが、また逆に、被申告者乙(扶桑社)が市販を行わなければ、生じない性格の事件でもある。この事例のように、「見本本」の市販という行為は、採択関係者に間接的に採択への圧力を形成する事態に立ち至っているのである。
また、資料CC'にあるように、愛媛県新居浜市で、扶桑社の教科書の販売を取り扱う会社が、同教科書の市販本の注文用紙を学校生協を通じて配布したことについて、同市教育委員会が、「一社だけ注文用紙を配るのは、公正、中立な採択に支障がある」と指摘し、それに応じて教科書販売会社も注文用紙を回収したことを報じている。学校生協は、採択にも関与する場合が多い学校教師を購買者とするものであり、不正な市販行為が不公正な採択となって波及し得ることをよく示している。
このような観点から見るとき、市販本が、採択に直接、間接に関与する学校教師や教育委員会関係者に、特定の教科書のみ容易に入手できることに起因する不公正を生じさせていることが指摘されねばならない。
さらに被申告者甲(産経新聞社)は、東京都三鷹市などにおいて、資料Dにあるように、産経新聞の購読に添えられる「粗品」として、同教科書の市販本を「進呈」するサービスを現在、繰り広げつつある。これは、公称「50万部」とされる同書の発行部数が必ずしも一般の購買者に渡っておらず、「粗品」として配布されていることを示しているが、それ以外にも被申告者甲が今なお同教科書発行の当事者であり、教科書の発行を新聞の部数拡大の商業活動と一体化させている(「第一次申告文」)ことを暴露している。さらに何よりも重要なことは、こうした行為を通して上記のような偏った意見形成を、さらに広く進めるものとなっていることに注意を喚起したい。
こうした被申告者乙による市販や同甲による市販本の無料配布行為は、教育関係者や教育委員への物品の供与に道を開くことにつながる。「粗品」としての進呈はもちろんであるが、とくに公正取引委員会による「教科書業における特殊指定の内容解説」は、「提供を禁じられているもの」として「見本が実物ページ数と同一で表紙のみが異なるものであってはならない」に該当するものを挙げている。市販本はまさにそれに該当し、その流布は、不特定多数のものがこれらを入手する機会を提供したことである。その結果、採択関係者に同書を「無料ないしは安価で」提供する事態が危惧されるところであった。
事実、被申告人乙でさえ、そうした事態の発生を予測し、上記市販本の「市販本まえがき」の文末に、次のとおりの注記を、目立つ太文字で明記していた。
「本書は公正取引委員会の規定により、2001年8月15日まで、無料ないしは安価で中学校教科書の採択関係者(教育委員、教育委員会事務員、社会科教員)に配布することは禁じられています」と。
しかし、こうした注記にもかかわらず、関東地域では、各教育委員に対して、「『新しい歴史教科書』を採択させる会」なる団体から市販本が贈与される事態が発生している。そこには、資料EFのように「『教科書の通信簿』・市販本送付のご挨拶」状が添えられており、「反日的な教科書を排除し、志高いこの教科書を採択されるよう貴殿のお力添えをお願いするものです」と要請している。東京都およびその周辺では、これ以外にも多数、このような形で「見本本」を多数、教育委員などの教科書採択関係者に無料で送付することが進行している。7月6日夜放送されたニュース・ステーション(テレビ朝日)では、このうち杉並区のものが取り上げられ、「公正をそこなう恐れがある」と問題視された。
これらは、文部科学省による行政指導の落ち度による結果であるとはいえ、ここに至っては、公正取引委員会としても明確に、独禁法第2条第9項三「不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること」、同六「競争事業者とその取り引き先との取り引き妨害」に該当し、公正取引委員会告示第5号一「教科書の発行または販売を業とする者が、直接であると間接であるとを問わず、教科書を使用するものまたは教科書の選択に関与するものに対し、自己または特定の者の発行する教科書の使用または選択を勧誘する手段として、金銭、物品、きょう応その他これらに類似する利益を供与し、または供与を申し出ること」、同三「教科書の発行を業とする者が、直接であると間接であるとを問わず、…その他不正な手段をもって、他の者の発行する教科書の使用または選択を妨害すること」にあたること、また「見本本」の無償配布は、教科書業の指定に関する運用基準で禁じられるもの第一項の十一の「(ロ)書籍」に該当していることを明確に示しつつ、文部科学省に働きかけるいっぽう、貴委員会としても早急な見本本の市販と無料供与についての排除措置を命じるべきである。
すなわち、市販本に、いかに上記のような注意書きを付したとしても、こうした違反行為の発生は防止できるものではないと充分に予測されるものであったのであり、にもかかわらず、被申告者乙は、市販本の発売を実行したものであるから、改めて市販本の発売は違法であったと断定し、早急な排除措置が講じられるべきなのである。
また私たちは先に、公正取引委員会の編著による「教科書業における特殊指定の解説」が、告示第5号によって拘束される対象に公職関係者、つまり「国会議員、都道府県知事及び議員、教育委員、市町村長会議員等の特別職」をあげ、これらを通じて教科書の採択に向けた勧誘やひぼうを行うことの「不公正については、今更論ずるまでもない」と、自明なこととしていることを指摘した。とくに議員などの教育への介入や圧力は、教育委員の任命権者が議会であることを考えれば、それ自体が「金銭、物品、きょう応、その他これらに類似する経済上の利益を供与」することにつながり、さらに教育基本法が禁じている教育への政治介入であることは明らかであり、厳しく取り締まらなければならないものである。
ところが、被申告人丙(「つくる会」)は、「国会議員連盟あるいは国会議員懇談会の結成促進」「地方議員連盟の結成促進」などを運動方針として掲げ、議員への働きかけを強めてきた。その結果、昨年5月30日には、自民党文教部会に「教科書に関する小委員会」(委員長・小山孝雄元参議員議員ーKSDで逮捕)が結成され、「つくる会」の要請(資料G)を受けて、国会質問や活動を重ねてきた。さらに現在は、国会議員連盟として「歴史教科書問題を考える超党派の会」(会長・中川昭一元農水相)があり、そのほか、少なくとも現在9の道県に地方議員による議員連盟が設置され、15の都府県には、その準備会も存在している。それが今、各地の議会や教育長などを集めた場で、「つくる会」以外の教科書を批判し、具体的に同教科書(扶桑社)を示して教育委員などに薦めることが公然と行われていることが、新聞報道され(北海道帯広市、和歌山市、熊本県および同議会)る段階に至っている(資料H)。さらに資料Iは、「歴史教科書問題を考える超党派の会」が、全国約3200の市町村教育委員会に対し、「特定の教科書の不採択を求める申し入れや要望はあったか」など、教科書を不採択にするよう教育委員会に求める動きに影響されないよう圧力をかけたことが報じられている。これは、明らかな政治による教育への介入である。さらに、これまでの経過から見て、こうした問い合わせを行ったのは、「つくる会」を初めとする被申告三者による要請以外には考えられない。
そして、とくに和歌山県内では、被申告人丙の会長かつ同書執筆者・西尾幹二氏をはじめ「つくる会」関係者が、地元議員でつくる議員連盟に所属する議員とともに、和歌山市の教育委員会に面会した(資料H)ことに表れているように、同教科書の発行者である被申告者乙の要請も体した執筆者たち被申告者丙の要請を受けて行われたものである。さらに和歌山県西牟婁郡・田辺市の教科書採択区では、被申告人丙とその要請を受けた議員5人(氏名が必要であれば、提供します)が、同地区内で各市町村の教育委員会への訪問をたびたび繰り返すとともに、西尾幹二著・つくる会編『国民の歴史』(扶桑社発売・産経新聞発行)、西尾幹二・藤岡信勝著『国民の油断!』(PHP)ほかを無料配布した(資料JJ'K)。
これらは、「国会議員」や「市町村長会議員等の特別職」を通じて勧誘やひぼうを行うことであり、公取委告示第5号に違反するのみか、教育基本法が禁じている教育への政治介入である。公正取引委員会による早急で厳正な処置が望まれる。
なお、被申告人甲(産経新聞社)は、和歌山県内の教育委員にしか配布していない「教科書選定資料」を、「つくる会」・扶桑社の教科書に高い評価を与えているとして、新聞報道した(資料L)。部外秘の資料が被申告人に漏洩した詳細な経路については不明だが、教育委員しか所持していない資料が漏洩することのうちに、教育への政治介入が、ついに教育委員会の中立性をむしばみつつあることを窺わせのである。そしてまた、このような不正な手段をもってしても同教科書の評価を高める世論形成を被申告人甲が進めることのうちに、被申告人乙、同丙との共同性と当事者性が、ふたたび浮かび上がるのである。
以上、被申告者甲、同乙、同丙による行為の特殊指定への違反の事実は明白であるので、公正取引委員会においては、迅速に調査し、排除勧告の措置を講じるよう求める。
以上