もし「つくる会」教科書が授業で使われたら(1)
上杉 聰
(日本の戦争責任資料センター)
「セクハラ教科書」「つくる会」の歴史教科書を開いて仰天するのは、性の記述にあふれていることだ。同教科書の中心的な執筆者である坂本多加雄氏は、かつて「慰安婦」問題を中学生の教科書に書く必要がない理由として、子どもの年齢から考えて「中学段階の歴史教科書に記載することへの疑念」があると述べつつ、教科書の記述には「全体としてバランス」が必要であるとしていた。そして、慰安婦問題をトイレの構造にたとえ、「トイレの構造の変化…(の記述)は、そうした日本史の必須の要件とはいえない」(共同通信1997年3月31日配信)と、バランスから外れる問題であるとしていた。ずいぶんなもの言いだ。 ところが、その彼も執筆に加わった「つくる会」の歴史教科書には、次のような記述が登場する。 アメノウズメの命(みこと)が、乳房をかき出して踊り、腰の衣のひもを陰部までおしさげたものだから、八百万の神はどっと大笑い」(62ページ)もしこんな箇所を、中学校の教室でひとたび朗読したら、女子生徒は、顔を赤くして黙り込むか、激しく怒り出すことだろう。社会科の先生には当然、女性もいる。これがセクシャルハラスメントにあたらないで何があたるだろうか。 自分もかかわった教科書にこんな記述を平気で載せていることからみて、「中学生段階の…」という理由が、言い訳でしかないことがわかる。ほかにも同教科書には、「イザナキの命とイザナミの命の二神が性の交わりをして生まれた子供が淡路島…」(60ページ)という箇所や、江戸時代には、「家斉は40人の妾(めかけ)をもち、55人の子供がいた」(157ページ)という記述などが、何の脈絡もなく登場する。 問題は、「つくる会」教科書が、「慰安婦」問題をまったく書かなかったことの裏側で、このように女性差別的な記述をいくらも載せていることだ。性的な表現に加えて「八百万の神はどっと大笑い」などには、女性の身体を辱める差別的な視線がある。「妾」の語もそうだ。彼らは、「慰安婦」を書くことが嫌なのではない。それらを人権侵害や差別と見るような考えが嫌(いや)なのであろう。 |