【基調提起】米軍の世界戦略とアジア太平洋

ピースデポ 梅林宏道


●2つの動因

 アジア太平洋における米軍態勢は、朝鮮戦争以来最大(米国防総省、DOD)といわれるほど、大きく変化しつつある。この変化は、直接にはDODが「世界的国防態勢の見直し」(Global Defense Posture Review、GPR) と名づけているものによって引き起こされた。01年9月末、ブッシュ政権によって作成された「4年ごとの国防政策見直し」(01QDR) の中で打ち出された。

この世界的再編には二つの背景があると考えてよい。一つは長期的な「米軍トランスフォーメーション」(US Forces Transformation) の流れである。「米軍トランスフォーメーション」は97年のクリントン政権に作成された97QDRに始まる米国防総省の数10年をかけた取り組みである。もう一つは、ブッシュ政権の始めた「テロとの戦争」から発生している、より短期的な必要性である。イラクに十数万人、アフガニスタンに一万数千人の兵員を予想のつかない長期にわたって展開するにあたって、兵員のやりくりの困難さが、冷戦時代に起源を持つ現在の世界的な配備態勢の問題点を浮き彫りにした。また同時に、これらの戦争は米軍にとって21世紀型戦争の実験場である。GPRは、これらの戦争に直接的に役立つように部隊や基地を再編する現実的要求にもなっている。

第一の長期的な「米軍トランスフォーメーション」とは、テロ、ゲリラ、ミサイル、大量破壊兵器、サイバー攻撃、宇宙戦争など21世紀型の脅威シナリオに対応するための大転換である。ここでは米国が自負するハイテク情報技術(IT)の圧倒的優位を踏まえた「軍事における革命」(RMA)をめざす。この革命は、単に装備・技術の変化のみならず、戦争のあり方、軍組織の形態を根本的に変えて行くものである。軍隊は、「より機敏でより柔軟な軍隊」(ブッシュ大統領)になることが要求される。その具体的な現れの一つは、「統合(ジョイント)の推進」である。「統合」という概念は、陸軍、海軍、空軍、海兵隊という軍別に築き上げられてきた部隊や作戦のあり方を一つに統合することを意味する。従来の軍別主義は大部隊主義、物量主義の正規戦争と一体のものであった。しかし、複雑化する不規則戦争においては、距離的に離れていても瞬時に情報を共有するITを活かし、各軍の持ち味を柔軟に発揮することのできる「統合軍」が基本型にならなければならないという認識である。

このような考え方の下に、米軍の統合幕僚長会議は「ジョイント・ビジョン2010」(96年7月)、「ジョイント・ビジョン2020」(2000年5月)を策定した。そして、国防総省は「米太平洋軍」と並ぶ地域軍であった「米大西洋軍」を99年に廃止し、「統合部隊軍(ジョイント・フォーシズ・コマンド)」を形成した。02年には「統合部隊軍」は純粋に統合化推進のみを任務とする部隊に純化した。

第二の対テロ戦争の影響については、まず04年8月16日のブッシュ大統領の演説に注目したい。彼は米軍再編の結果「今後も相当量の海外配備を続けるであろうが、今日発表する計画の下では、次の10年にわたり約6〜7万人の制服軍人、約10万人の家族および民間従業員が本国に帰されることになるだろう。…軍人たちは、より多くの時間を家庭で過ごし、より予測可能な状態におかれ、より配備転換が少なくなるのである。軍人配偶者たちは仕事を変える必要が少なくなり、より大きな安定を得て、より多くの時間を子どもや家族と過ごすことができるのである。」これは、志願兵制度のなかで、対テロ戦争への兵員供給が困難になった結果の選択である。米本国に多くの部隊を呼び戻し、ドイツ、韓国、沖縄といった配備先からイラク、アフガニスタンに転戦させることからくる不満を解消しようとしている。

さらに、米国防戦略(05年3月)は、この米軍態勢の転換が進行形の戦争を支援するとともに、米軍部隊や基地を防護するためのものでもあることを明らかにした。当然のことながらイラク、アフガニスタンの戦争の必要性が色濃く反映せざるを得ない。

 

●同盟国巻き込みと「蓮の葉」戦略

米軍は、GPRに当たって5つの目標を掲げた(DOD「合衆国の国防戦略」05年3月)。

1.同盟国の役割を強化する。

2.予測不可能な状況に対応できるように軍の柔軟性を高める。

3.配備される地域を超えた役割を担う部隊をめざす。

4.迅速に展開する能力を強化する。

5.数ではなくて能力を重視する。

つまり、全体として米軍は、基地を受け入れている国が米軍の行動を制約せず、米軍自身の判断によって柔軟に、機敏に、基地から戦地へと軍隊を展開できるような基地のネットワークを世界的に張り巡らせることを狙っている。

なかでも、反米軍基地の運動にとって第1番目の目標が重要である。ここには、米軍再編は同盟国と米国との共通の利益のために行われるのであるという「再編イデオロギー」が展開されている。それは利益誘導の手法であるのみならず、恫喝の踏み絵手法でもある。米国の望む世界秩序の形成を、同盟国や友好国政府が主体的に取り組む共通の目標とすることを求め、それを受け入れる「同盟国や友好国が彼ら自身の軍隊、軍事ドクトリン、戦略を近代化するのを助け」、また「彼らと共に軍事能力を転換するような方法を探求」する(ファイス国防次官、当時)という狙いである。

 同盟国の「主体性」(あくまでも米国の自己中心的な意味であるが)を引き出そうとする狙いの中で、ファイス国防次官は「事故やその他の地域感情に根ざして生じるような受け入れ国との摩擦を減らせる」ことに触れた。この点に関しては、ラムズフェルド国防長官は、さらに具体的に「歓迎されないところには基地を置かない」という議会証言を行っている。「部隊は、要求され、歓迎され、必要とされるところに配置すべきである。我が軍のプレゼンスや活動が、地元住民の不快を誘って受け入れ国の苛立ちになっている場合がある。好い例が、韓国の首都ソウルの特等地に我が軍の巨大な司令部が置かれている。これが多くの韓国人の長い間の怒りを買ってきた。」これらの言動は二枚舌であってはならず、反基地運動の中で活用されるべきであろう。

この目標を達成し、同盟国の責任を明らかにしながら自国の負担を軽減するために、米軍は海外基地の概念を次の3種類に整理した。

この考え方は、しばしば「蓮の葉」戦略(リリー・パッド・ストラテジィ)とニックネームで呼ばれている。池に蓮の葉が浮かんでいるように、地球上のさまざまな場所に米軍基地が配置される。カエルが蓮の葉を跳びながら移動するように、それらの基地を跳躍台として、米国は世界中の何処にでも短期間に兵を送り、そこで持久力のある戦争を行えるような世界態勢の構築をめざす。蓮の葉の大きさにしたがって3種類の基地を想定した。

主要作戦基地(MOB=メイン・オペレイティング・ベイス) 常駐部隊が配備された、しっかりとしたインフラをもっている恒久基地。訓練、安保協力、作戦部隊の配備や基地従業員の雇用が可能である。

前進作戦地(FOS=フォワード・オペレイティング・サイト) より簡素な基地で、ローテーションの作戦部隊を配置する。必要に応じて拡大使用ができる。しばしば装備を事前集積する場所があり、そのための少人数支援部隊が常駐する。

安保協力地点(CSL=コーペラティブ・セキュリティ・ロケーション)さらに簡素な基地で、短い通告で使用可能な一定の軍事活動を支援する。不測の事態におけるアクセス、兵站支援、ローテーション作戦部隊の一時使用などに使われる。通常、常駐人員はゼロか少数である。

DODは、このように基地機能についてメリハリをつけ、大型の「主要作戦基地」の数を減らし、機動性のある基地ネットワークを再構築しようとしている。

 

●グローバル・ストライク、ミサイル防衛と朝鮮半島

アジア太平洋の米軍態勢の変化をみるときに、米戦略の新しい三本柱(トライアド)についても述べておく必要がある。三本柱の一つ目は、ブッシュ政権の先制攻撃論と密接に関係しているグローバル・ストライク(地球規模の長距離・精密攻撃)を中心とし、二つ目はミサイル防衛を中心とする。三つ目はこれらの能力を危機に即応して拡大できるようなインフラストラクチャーの維持である。03年1月に出された大統領指令(秘密文書)によると、グローバル・ストライクの定義は次のようなものであり、核兵器・通常兵器の両方を含む攻撃である。

 「戦域や国家の目的のために、迅速で、長距離の射程を持ち、精密な、力学的効果(核及び通常兵器)及び非力学的効果(宇宙や情報の諸要素)を生み出す能力。」

 グローバル・ストライクの場合もミサイル防衛の場合も、朝鮮半島危機を口実として急速に実戦配備されている。

 グローバル・ストライクを任務とする新司令部「宇宙及びグローバル・ストライク(SGS)統合機能部門司令部(JFCC)」は、米戦略軍の中に05年1月に設立され、同8月9日に任務を開始し、同11月18日に初期作戦能力(IOC)を達成したと発表された。その初期作戦能力の達成は、「グローバル稲妻」(05年11月1日〜10日)というコードネームをもつ演習によってグローバル・ストライクのIOCを達成したが、その演習は北朝鮮への核兵器攻撃を伴うシナリオをもった演習であった。

 また、ブッシュ政権は、技術的に未完成であるにもかかわらず04年10月からミサイル防衛の初期配備を開始したが、その中心は対北朝鮮のミサイル防衛であった。第7艦隊のイージス艦(母港:横須賀)による日本海パトロール、韓国へのパトリオット配備が実行された。日本政府は、この機会を利用して一気に自国のミサイル防衛を推し進め、米国との共同体制の構築を目指している。

 

●各地の動き

GPRの結果、ヨーロッパ10万人、アジア太平洋10万人、計20万人といわれた海外配備の米軍(イラク戦争、アフガニスタン戦争を除く)は、計13万人となり、ヨーロッパ5.5万人、アジア太平洋7.5万人(グアムを含む)とアジア太平洋の比重が極めて大きくなろうとしている。

ドイツを中心としたヨーロッパの陸軍の大規模削減、ブルガリアやルーマニアで初めて旧東側ブロックに上述のFOSである米軍基地が置かれるなど重要な変化があるが、ここではアジア・太平洋における注目すべき変化を概観しておく。

日本では3年間にわたる日米協議の結果、3つの重要文書に合意した。外見上は、憲法や日米安保条約の条文や解釈を変更しなかったが、実質は米戦略にそって「日米同盟」を変質された。平時からの司令部レベルの一体化が実行されるように、キャンプ座間(対テロ戦争)、横田(ミサイル防衛、共同統合作戦)に自衛隊と米軍の同居が行われる。沖縄では、数の多少の削減と引き替えに基地恒久化が目指される。

韓国では、12500人の削減と引き替えに、在韓米軍の「戦略的柔軟性」が基本合意(06年1月共同声明)され、ピョンテクに住民を弾圧して大基地が建設されようとしている。

オーストラリアではノーザン・テリトリーに米豪統合合同訓練センターを設置することが合意され新しい訓練基地として強化されるとともに、通信・情報基地としてグロ−バル・ストライクやミサイル防衛を支援する。海兵隊訓練基地の建設も計画されている。

フィリピンでは、「訪問軍協定(VFA)」とそれを補う02年の相互兵站支援協定(MLSA)が今日の米軍再編の概念を先取りしており、事実上の対テロ戦争の前進基地であるFOSとして機能している。それに加えて、米軍指導によるフィリピン国軍の強化が進行している。

「蓮の葉」戦略のなかで、米施政下のグアムの戦略的価値が見直され、グアムは目を見張る変貌をとげつつある。グローバル・ストライクの前進ハブとして空爆撃基地として復活するとともに、原子力潜水艦基地、海兵隊基地となろうとしている。沖縄海兵隊の8000人を含め、人員は現在の3倍の21000人に膨れあがるという予測もある。

シンガポールは米国との間に戦略的枠組み合意に署名し(05年7月)、CSLとしての任務を強化・拡大した。その現れの一つは、アジアで初めてのPSI(拡散防止イニシャチブ)の合同・統合演習を実行したことである(05年8月)。

インドと米国は新しい同盟関係に入った。05年6月に対テロ戦争における協力を約束した「防衛関係における新しい枠組み」文書に閣僚レベルで署名した。ミサイル防衛、宇宙計画など広範囲に及ぶ協力関係が進行している。インドの核保有を事実上容認し、NPT体制の根幹を崩すとして批判の的になっている米印原子力協定の追求は、新しい米印関係を象徴するものである。

中央アジアにおいては、米国はアフガニスタンのカルザイ政権との間で「戦略的パートナーシップ」に署名し(05年5月)、バグラム空軍基地など軍事拠点の自由使用の権利を獲得した。ウズベキスタンの基地使用は拒否された。キルギスとはかろうじてFOSを確保する協定に調印することができた(05年10月)。しかし、中央アジアにおいては上海協力機構と米国との覇権争いが発生している。

 

 GPRによる米軍再編は多くの場所で強い反対運動に直面している。この国際集会において、主権、人権、環境などさまざまな側面から、その反民衆的本質が暴露され、世界的な連帯と共同闘争が生まれることを期待する。(終わり)


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