5月6日(日)・与那国島
復帰40年特別企画 与那国島コース


与那国島は沖縄県の最西端であり、日本の最西端の島です。那覇空港から与那国空港までは直通、または石垣空港経由で約95分です。与那国島と石垣島の距離は約124キロメートルですが、台湾までの距離は約111キロメートルで、晴れた日には水平線上に台湾が見えることもあるそうです。

この国境の島がいま、自衛隊配備問題で揺れています。民主党政権は2010年12月17日に「新しい防衛計画の大綱」を安全保障会議ならびに閣議で決定しました。新防衛計画大綱は、アメリカの進める中国封じ込めの一翼を、日本と自衛隊が担うことを積極的に打ち出しています。その一環として与那国島への自衛隊配備が進もうとしています。防衛省の発表によれば、2015年までに陸上自衛隊の沿岸監視隊約100人を配備し、また航空自衛隊の移動警戒レーダー部隊も配備する予定です。

与那国島(町)の住民は2012年4月現在で1578人ですが、自衛隊の誘致に賛成か反対かで、町民世論は二つに分かれています。

自衛隊の誘致を積極的に進めているのは、「与那国防衛協会」(金城信浩会長)です。2008年9月5日に賛成派住民514人の署名を添えて、町議会に対して自衛隊誘致の要請を行いました。これを受けて町議会は9月19日に自衛隊誘致を議決しました。地元紙の八重山毎日新聞のバックナンバーを見ると、与金城会長は自衛隊誘致につて、「町人口が減り、危機感がある。(自衛隊誘致で)補助金があると考えている」と述べています。

一方で、自衛隊誘致に反対しているのは、「与那国改革会議」(崎原正吉議長)や誘致反対派の女性住民らが作った「イソバの会」です。2010年9月12日に行われた町議会議員選挙では、「与那国改革会議」から、崎元俊男さんと田里千代基さんの二人が当選しました(議会定数は6で、自民党4・改革会議2)。さらに2011年9月20日には、「与那国改革会議」が、「『自衛隊誘致決議』の撤回と誘致活動の中止を求める」要請を住民556人の署名とともに町長と町会議長に提出しました。また以前誘致賛成に署名した人のうち26人が署名を撤回する意思を示しました。

現在、「与那国改革会議」は自衛隊誘致の賛否を問う住民投票の実施を求めています。外間守吉町長は町議会の誘致決議や、自分が当選した2009年の町長選挙の結果によって、誘致賛成の民意は出ていると強調しています。しかし住民投票にも前向きで、4月20日に行った町長・防衛協会・改革会議の3者会合では「5月末までに公平な住民投票に向けたルール作りなど、条例案を反対派の皆さんから提案してほしい」と表明しました。

住民議論が行われているさなか、4月には自衛隊が、北朝鮮が打ち上げを表明したロケットに対処するために沖縄先島諸島の各地に部隊を派遣。与那国島にも約50人の自衛隊部隊が配備されました。

このような状態が続く与那国島で、平和行進は行われたのです。


●山城博治さん(沖縄平和運動センター事務局長)
いよいよ5・15平和行進がスタートしました。日本政府はここ与那国島に、陸上自衛隊を配備しようとしています。私たちはそれに対して、「断じてNOだ!」と言うために、与那国島での平和行進を設定しました。


●崎原正吉さん(与那国改革会議議長)
平和な島に基地はいらないということで、私たちは闘い続けています。しかし私たちだけでは力が足りません。そこで皆さんのお力を借りて、与那国島に基地はいらないと訴えていきたいと思います。


●嶺善伸さん(沖縄県議会議長)も駆け付け、行進に参加しました。


●伊波洋一さん(元宜野湾市長)。


●藤本泰成さん(平和フォーラム事務局長)。


●与那国町内と沖縄県内各地から約150人が参加しました。


●憲法9条を書いた横断幕。


●与那国島の青い空に、組合の旗がひるがえります。


●「自衛隊誘致反対」を訴えて、行進はスタートました。島内3集落を回る14キロのコースです。




●与那国空港を出るとすぐに、改革会議の看板が見えました。


●一方で賛成派の看板もあちらこちらに設置されています。


●防衛省が土地購入を検討しているのでは? と言われている「南牧場」です。牛や馬が放し飼いにされています(道路上にたくさんの牛糞があり、よけて歩くのも大変でした)。


●右側の山の上に、レーダー基地が置かれるのでは? と言われているそうです。


●午後6時30分から、与那国集会を開きました。




●久部良(くぶら)漁港。日本最西端の港です。


●最西端の碑


●島の周囲は美しい海です。





●与那国島は、テレビドラマ『Dr.コト―診療所』のロケ地として使われました。写真の建物は診療所として使用されたものです。入場料を払えば、中に入ることができます。


●この美しい島には、自衛隊はいらないことを実感しました。島の発展は自衛隊の誘致ではなく、観光地としての整備、また台湾・中国との貿易や交流を積極的に進めることにあるのではないでしょうか。

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