その7
ミサイル防衛は誰のため?


 ミサイル防衛が、実戦使用に耐える水準には到達していないこと、その割に多額の予算が必要なことを明らかにしてきました。さらにインターネットの検索を続けると、以下のような共同通信の記事を見つけました。

集団的自衛権行使容認迫る ミサイル防衛で米長官
 ゲーツ米国防長官が先月末にワシントンで開かれた久間章生防衛相との日米防衛相会談で、米国を狙った北朝鮮などの弾道ミサイルを日本のミサイル防衛(MD)システムで迎撃できるよう、政府が憲法解釈で禁じている集団的自衛権行使の容認を迫っていたことが分かった。複数の日米外交筋が15日、明らかにした。同席したシーファー駐日米大使も集団的自衛権の問題に触れ「米国への弾道ミサイルを迎撃できなければ、日米同盟が変質しかねない」と日本側をけん制した。

●共同通信 07年5月16日

 こうした米国の圧力を受けてか、6月29日に官邸で開かれた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」では、次のような議論が行われました。

米標的ミサイル迎撃を容認 集団的自衛権有識者会議 MD運用で委員ら
 政府は二十九日午前、憲法解釈上禁じられている集団的自衛権行使の事例研究を進めるために設置した有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を首相官邸で開いた。「米国に向かうかもしれない弾道ミサイル迎撃の可否」について議論し、日本のミサイル防衛(MD)システムで迎撃するべきだとの意見が大勢を占めた。
 安倍晋三首相はあいさつで、第三国から米国向けに弾道ミサイルが発射された場合の影響について「わが国自身の防衛に深刻な影響を及ぼすことは間違いない。こうした意味において、日米同盟がより効果的に機能するようにとの観点から重要なテーマだ」と強調した。
 委員からは「米国向けミサイルを迎撃しなかったら、日米同盟の根幹が揺らぐ」「弾道ミサイルを撃ち落とさなければ、甚大な被害が出る恐れがある」といった意見が相次いだ。(以下略)
●中日新聞 07年6月29日夕刊

 安倍首相の私的諮問機関として発足した有識者会議では、
(1)米国などに向かう可能性のあるミサイルの迎撃、
(2)自衛艦と公海上で並走している米艦船が攻撃された場合の応戦、
(3)PKO(国連平和維持活動)などで外国部隊が攻撃された際の救出、
(4)米軍への武器輸出などの後方支援
の4項目について、集団的自衛権行使との関係を整理・検討することになっています。
ミサイル防衛について政府はこれまで、次のように説明してきました。

官房長官談話「弾道ミサイル防衛システムの整備等について」(03年12月19日)
(1〜8のうちの5項目)
5.集団的自衛権との関係については、今回我が国が導入するBMDシステムは、あくまでも我が国を防衛することを目的とするものであって、我が国自身の主体的判断に基づいて運用し、第三国の防衛のために用いられることはないことから、集団的自衛権の問題は生じません。
http://www.kantei.go.jp/jp/tyokan/koizumi/2003/1219danwa.html

 安倍首相とそのブレーンは、解釈改憲によって集団的自衛権の行使を可能とし、米国を守るために日本のミサイル防衛システムを活用しようとしているのです。しかし、そうした行為が技術的に不可能であることが、防衛省から発表されました。

 社会民主党の辻元清美衆議院議員は政府に対して「日本のミサイル防衛計画に関する質問主意書」を提出しました。その中で、「今、日本に配備しようとしているミサイル防衛システムで他国へ向かって発射されるやつを、まあ発射段階で撃つのは別として、もう軌道に乗ってしまったやつ、どこに向かっているかというのが分かった段階で撃つというのは技術的に難しい」という久間章生防衛大臣(06年12月7日参議院・外交防衛委員会)の発言を引いて、以下の質問をしました。

2 米国との間で集団的自衛権の行使が認められた場合、現行のミサイル防衛システムでは、「米国に向かう軌道に乗ったもの、米国に向かうのが分かった段階で迎撃するのは難しい」という見解か。政府の見解を示されたい。
●辻元質問主意書http://www.kiyomi.gr.jp/kokkai/inquiry/01_q/20070703-1332.html

この質問に対して政府は、次のように回答したのです。

「我が国が今般導入する迎撃ミサイルであるSM−3については、射程役千キロメートル級の弾道ミサイルに対処し得るよう設計されており、我が国から遠距離にある他国へ向かうような弾道ミサイルは、高々度を高速度で飛翔するため、このような弾道ミサイルを撃墜することは技術的に極めて困難である。」
●政府答弁書http://www.kiyomi.gr.jp/kokkai/inquiry/02_a/20070710-1340.html

 北朝鮮から米国に向けて発射された弾道ミサイルを、海上自衛隊のSM−3が日本の上空で撃墜することはできないことを、日米両国の政府は承知しているのです。
 ではなぜ米国は日本に対して、米国向け弾道ミサイルの撃墜を要求するのでしょうか。日本はなぜ、その要求に応えようとするのでしょうか。
 そこからは、以下の理由が考えられます。
@北朝鮮ミサイルの脅威を煽って、集団的自衛権行使の容認へ日本の世論を誘導する

A日本の進めるミサイル防衛のうち、迎撃以外の部分――イージス艦やレーダーによるミサイル発射やミサイル追尾の情報収集――を日本に肩代わりさせる

B日本をミサイル防衛体制に中に組み込み、日本の予算を技術開発につぎ込ませ、また日本の予算で購入したミサイル防衛システムを米本土防衛のために使用し、その分米国の国防予算の軽減を図る

 「米国への弾道ミサイルを迎撃できなければ、日米同盟が変質しかねない」、米国向けの弾道ミサイル発射は「わが国自身の防衛に深刻な影響を及ぼす」、「米国向けミサイルを迎撃しなかったら、日米同盟の根幹が揺らぐ」――などという日米政府の言葉を、安易に信じてはいけないでしょう。


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