在日米軍基地はいらない!!
各地で平和集会が開催される
トランスフォーメーションで在日米軍増強

 米国は、世界規模での米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)を推進しています。
 米国は冷戦期を通して、ソ連との全面戦争と1つの地域紛争に同時に勝利する戦略を採用し、欧州とアジアに米軍基地を維持してきました。しかしソ連の崩壊と冷戦の終焉により戦略見直しが行われ、世界各地で発生する2つの地域紛争に同時に勝利する戦略に変わりました。そのため軍の配備も、大規模な部隊を特定地域に固定配備する方法から、コンパクト化・機動化された部隊を米本国や「ハブ基地国」に集中し、短時間に紛争地域に投入する方法へ変更されました。そのための措置がトランスフォーメーションです。
 現在、欧州や韓国では駐留米軍の削減が進んでいます。しかし在日米軍基地は、「ハブ」として強化される方向にあります。以下は、これまで報道で明らかになった在日米軍基地の変化です。
●陸軍第1軍団司令部の移動
ワシントン州→キャンプ座間(神奈川県)
●第3海兵師団司令部の移動
キャンプ・コートニー(沖縄県)→キャンプ座間
●第3海兵師団第12砲兵連隊の移動
キャンプ・ハンセン(沖縄県)
→キャンプ富士(静岡県)
●第13空軍司令部(グアム)の統合
第5空軍司令部(東京都横田基地)に統合
●海軍第5空母航空団の移動
神奈川県厚木基地→山口県岩国基地
●海軍空母キティーホーク(神奈川県横須賀基地)
2008年をめどに原子力艦に移行
●米海兵隊普天間飛行場→沖縄県名護市
●グアムまたはハワイに、空母戦闘団を配備
●日本海にイージス艦を配備
●航空自衛隊航空総隊司令部(東京都府中市)、第2輸送航空隊(埼玉県狭山市)→米軍横田基地(東京都)
 こうした中、各地の平和運動センターが中心になった反基地運動が全国で取り組まれています。今回は、沖縄県・新潟県・神奈川県の取り組みを紹介します。

沖縄県:普天間基地返還・辺野古移設反対
都市型戦闘訓練施設建設許さない
3万人が「基地撤去」の声あげる
 9月12日、宜野湾市の沖縄国際大学グランドで、基地の返還を求める「宜野湾市民大会」が開催され、3万人が集まりました。主催者を代表してあいさつに立った宜野湾市長の伊波洋一さんは、「人身被害がなかったのは奇跡的であり、普天間基地の危険性への最後の警告と受け止めねばならない」と訴えました。
 この日の大会は宜野湾市民が一つになって作り上げたもので、自治会やPTA、婦人会や青年団、小中高校生、大学生の発言が続きました。沖縄平和運動センターに加盟の労働組合も、全力で参加しました。

連日カヌーで海上阻止行動
 普天間基地の移設先とされているのが、名護市辺野古です。国際的に保護が叫ばれている「ジュゴン」をはじめ、貴重な生物が生息している海に、さんご礁を削って海上基地を建設する計画です。地域の人びとや地区労は、建設を阻止するために8年間にわたる座り込みを続けてきました。
 ヘリ墜落以降、防衛施設局による基地建設のための海上ボーイング調査の動きが活発化しました。調査着工日とされた9月9日には、辺野古には300人を超す人びとが座り込み、辺野古に隣接するキャンプ・シュワブのゲート前では平和運動センターが阻止線を張って、防衛施設局や工事業者の通行を遮断しました。
ところが、防衛施設局は遠く離れた南部の港から調査船を出航させ、ボーリング調査を実施してしまいました。現在は船やカヌーを繰り出して、海上での抗議行動を行っています。

高速道路から250mの場所に実弾射撃施設
 金武町のキャンプ・ハンセンでは、「都市型戦闘訓練施設」の建設が進んでいます。この施設は市街地での戦闘を想定し、建物突入、屋内射撃、ロープ降下などの訓練を行うものです。
実弾射撃訓練が行われるキャンプ・ハンセンでは、これまでにも流れ弾が飛び出すなどの事故が発生していました。今回、建設が行われている施設は民家から300m、沖縄自動車道から250mしか離れておらず、流れ弾でも大事故を引き起こします。
町面積の60%が米軍に接収されて4つの基地が置かれた金武町では、米軍基地に反対する機運が高く、今回の訓練施設建設に際しては、町長を先頭に町民が団結し、組合と連携した運動が進んでいます。キャンプ・ハンセンのゲート前では、早朝の抗議行動が100日以上続いています。
平和フォーラムは「米軍普天間基地の返還・辺野古への移設反対・都市型戦闘訓練施設の建設中止・地位協定の改定を求める緊急署名」に全力で取り組んでいます。(HPから署名用紙がダウンロードできます)
また10月26日には日比谷野音で集会(12ページ参照)が予定されています。

新潟県:非核・平和条例全国集会
自治体からの平和運動を考える

自治体の「平和力」を考える
 9月18日・19日の両日、新潟市で、「第5回非核・平和条例を考える全国集会」が開催され、全国各地の平和運動センターや市民グループから400人が参加しました。この集会は、1999年に函館市で第1回目が開催され、横須賀市・神戸市・鹿児島市と続いています。
 1997年に新ガイドラインが締結され、99年には周辺事態法が成立。こうした状況の中で、米軍艦船の民間港湾への入港が頻繁に行われるようになりました。米軍艦が入港すれば、自治体の港湾管理部門、電気・水道事業、輸送業など、様々な業種の労働者が、米軍艦船のメンテナンスに動員されます。平時に民間港湾に入港することによって、自治体や労働者の米軍協力訓練を行うことが目的です。
 しかし、民間港湾の管理権は自治体にあるため、首長が入港を拒否すれば、米軍艦船は入ってくることができません。そこで、自治体の持つ平和力について考えようというのが、この集会の課題です。

上原公子さんが講演

18日の全体会では、国立市長の上原公子さんが、講演を行いました。上原さんは「防犯」の名目で地域に警察が入り込み防犯組織が作られていくこと、「防災」の名目で自衛隊が自治体に影響力をもっていくこと、こうしたことを通して自治体レベルの戦争態勢が作られていく危険性を解説してくれました。
 19日は、3つの分科会に別れて議論を深めました。第1分科会では「北東アジアの非核・平和を」、第2分科会では「市民・自治体の平和力で有事体制拒否を」、第3分科会では「新潟でも全国でも非核・平和条例の制定を」というテーマに、それぞれの立場で具体的な取り組みを話し合いました。

新潟港を見学
 19日午後は新潟港を見学しました。新潟港には西・東2つの港があります。西港では、朝鮮民主主義人民共和国の万景望号が入港するときの状況を、また東港では米海軍のイージス艦入港の動きについての解説を、全港湾の仲間から受けました。

神奈川県:原子力空母の横須賀母港化を許さない!

横須賀が原子力空母の母港に!?
 10月2日、「原子力空母横須賀母港化を許さない全国集会」が、横須賀港のヴェルニー公園で開催され、3,800人が参加しました。主催は平和フォーラムや市民グループで作る「原子力空母横須賀母港化を許さない全国連絡会」。
 横須賀港には米海軍横須賀基地があり、航空母艦「キティーホーク」が母港として使用しています。米海軍は現在12隻の航空母艦を保有していますが、海外に母港があるのは「キティーホーク」1隻だけです。また12隻中10隻は原子力艦で、通常動力艦はキティーホークと予備役のジョン・F・ケネディーの2隻のみです。そのキティーホークが2008年に退役し、数年後には予備役艦も退役します。空母の海外母港としての横須賀港の使用が続けば、2008年には横須賀港に原子力空母が配備されることになります。

首都圏がヒバクの危険性
集会は、全国連絡会共同代表で神奈川平和運動センター代表の宇野峰雪さんのあいさつで始まりました。宇野さんは「当初『3年だけ』と言われた1973年の空母ミッドウェーの母港化から30年になる。いま原子力空母の母港化を認めたら、今後50年、100年と母港が続かない保障はない」と訴え、「空母の横須賀母港問題を考える市民の会」共同代表の呉東正彦さんは「もし大事故が起きたら、死の灰が首都圏に広がり、国の中枢機能は壊滅する」と危険性を主張しました。
参加者は、原子力航空母艦の横須賀母港化に反対する日米両政府への申し入れ書を拍手で採択。団結ガンバローで集会を終了し、横須賀基地に向けてパレードを行い市民にアピールしました。

教育基本法をめぐる情勢と課題

日本教職員組合 教育文化局長 西原宣明

 みなさんは、教育基本法を読んだことがありますか。わずか11条からなる一般法ですが、その前文には「憲法の理想の実現は、…教育の力にまつべき」と記述され、日本国憲法と密接な関係にある法律です。今、保守勢力による憲法「改正」の先駆けとして、教育基本法「改正」の具体的な動きが起こっています。
 2003年3月20日、アメリカなどによるイラク侵略戦争が開始された日、中央教育審議会は「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」を答申しました。
 日教組は、@子どもの課題は、教育基本法に起因するものではないこと、A教育基本法こそが時代の変化を受けとめる深さを持っていること、B「伝統」「国を愛する心」などは法律で規定すべきでないこと、C教育振興基本計画の制定と財政措置は、第11条の補足を根拠として、別法の制定で可能であることなどから、答申にもとづく教育基本法の改悪に反対し、平和フォーラムとともに運動をすすめてきました。

与党中間報告
 中央教育審議会答申をうけて、与党は教育基本法について協議会を結成し、検討を重ねた結果、6月16日に「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(中間報告)」が公表されました。与党内で課題となっていた「国を愛する心」の記述は、「郷土や国を愛し」と「郷土や国を大切にし」が併記され、「宗教教育」などとともに、今後さらに検討をすすめることとなりました。
 私たちは、他にも中間報告には多くの問題点があることを認識する必要があります。
 第一に、憲法と教育基本法の密接な関係については前述しましたが、中間報告では前文にある「憲法の精神に則り」の扱いについて「さらに検討を要する」と記しています。これは、基本法の諸理念の「憲法の精神に則った普遍的なものとして今後とも大切にしていく」という中教審答申の基本方針さえ変えるものです。
 第二に、「教育の目標」については、「豊かな情操」「道徳心の涵養」「健全な身体」「正義と責任」「公共の精神」「勤労」「良き習慣を身につけ」「伝統文化を尊重し」「郷土と国を愛し(大切にし)」など20もの徳目が書かれています。これは、教育勅語の徳目の数をはるかに超えるものです。
 第三に、「教育行政」について、教育基本法や中教審答申では「教育は不当な支配に服することなく」と記述されていますが、中間報告では主語が「教育行政」と変わっています。「教育行政」が主語となると「不当な支配」から「教育行政」は除かれることとなります。教育行政による不当な支配が正当化されることが懸念されます。

教育基本法改悪ストップ!実行委員会
 日教組は、平和フォーラムなど9団体による「教育基本法改悪ストップ!実行委員会」を結成して、4月24日、9月18日に東京で集会を開催し、学習を深め、全国各地での運動との連携強化をはかってきました。
 9月18日には、日比谷公会堂で集会を行い、「伝統文化・愛国心」について学習を深め、パフォーマンスを行いながら銀座方面へパレードを行いました。11月21日には、日比谷野外音楽堂で集会を行います。「子どもの権利と教育基本法」について、子どもの発言などから学習し、元気にパレードを行い、「教育基本法改悪反対!」の声を全国に発信していきたいと考えています。

これからのとりくみ

 文部科学省は、与党からの指示を受けて、教育基本法の改定作業に入りました。中山文科大臣も改正には積極的な態度を表明しています。
 地方議会では、自民党幹事長通達により、現在、教育基本法改正促進意見書の採択が急増しています。自治体議員にはたらきかけ、改正促進意見書の採択をさせず、改悪反対あるいは慎重審議を求める意見書の採択にとりくむことが必要です。
 また、今国会に改悪法案を提出させないために、国会に教育基本法検討機関などの設置を求めてとりくむとともに、改悪法案が提出された場合には、日教組は組織の総力を結集した国民的運動を、平和フォーラムとつくりたいと考えています。
 現在、日教組の仲間は、各地平和フォーラムのみなさんとともに「全国5万ヵ所教育対話集会」や「教育改革全国キャンペーン」などにとりくみ、教育基本法改悪反対の声をあげています。これからが正念場です。子どもたちのためにともにがんばりましょう。

第41回護憲大会にむけて

開催県からのメッセージ

奈良県実行委員会委員長 中川耕作

 「20世紀は戦争の世紀であったが、21世紀は人権の世紀としよう」との思いで新世紀を迎えた私たちでしたが、その思いとは逆の方向に現在の日本は進もうとしています。政府は最大の人権侵害である戦争に日本が参加できる道筋を着々と整えつつあります。アメリカのアフガン・イラク攻撃に国際協調、人道支援の美名のもとに協力し、いまなお戦闘地域であるイラク南部に自衛隊を駐留させています。先の国連総会で小泉首相は安保理入りを強く要望しました。現憲法下でも多国籍軍に参加できるという見解まで示してしまいました。首相自身が憲法の理念を踏みにじり、国会の議論を待たずに、独断的にものごとを進めている気がしてなりません。今の政治情勢は民主的に進められたものではなく、政府が独断で作りあげてきたものではないでしょうか。
 民主主義と恒久平和、基本的人権の尊重を高らかに謳った日本国憲法の理念を強引に踏みにじり、憲法の効力を失わせる事実事象を積み重ねて、憲法を改正しようとする現政権のもくろみが見え隠れします。有事関連の法案を国会で成立させ、憲法の理念を形骸化させてしまいました。有事の際には私たちの生存権は保障されなくなりました。どれもこれもアメリカのために行う防衛政策の一環であり、憲法擁護論を封じ込めるための施策であります。私たちは全国各地で、戦争反対、平和憲法維持の活動を繰り広げてきましたが、残念ながら政治情勢を変えるようなところにまで、至っていないのが現実です。
 アメリカのイラク攻撃については、攻撃の大義名分が完全に失われています。アメリカもイギリスもそのことの責任を国としてとることもなく、復興支援の名目で占領を行い、いまだにイラク国内を正常化させることができません。武力による平和維持のおろかしさが表れています。米英の国家都合による戦争であることが明らかになり、撤退する国がある中、日本は、ただ追従しているだけです。日本のアメリカへの追従政策は、今年8月の沖縄県における米海兵隊ヘリの墜落事故の処理を見ても明らかです。憲法に規定された平和主義を捨てれば、アメリカへの追従政策がさらに強化されるでしょう。そうなれば、日本のアイデンティティーが維持されるかどうか不安なところです。
 従来からの政府与党の外交姿勢のもとで、平和主義を消してしまえば、言い換えると「戦争のできる国」にしてしまえば、日本は国際社会から消え去ってしまうおそれさえあるような気がします。
 昨年の衆議院選挙、今年の参議院選挙において、政
権与党への国民の批判が投票行動によって顕わになりました。しかし政権交代には至らず、また最大野党も憲法を擁護しているわけではありません。このような情勢にあって私たちが、平和で人権が保障された住み良い日本を創りあげていくために、何をしていくべきか。憲法成立時に立ち返りながら、現実の情勢を分析して、議論すべき時期に来ているのではないでしょうか。「戦争のできる国」にするための改憲論には、当然反対していかなければなりません。今の憲法論議はこの一点に集中している気がします。それは憲法改正論議と並行して、「お国に従順な国民づくり」のために、教育基本法を改正しようとしていることからも窺えます。
 教育基本法は憲法の精神に則り制定された法律です。しかし政権与党は、憲法改正の前に教育基本法を改正しようとしています。憲法の平和主義を有事関連法で形骸化し、今度は国民への教育で憲法を形骸化しようとしています。偏狭な愛国心を植え付けようとする目的を含んだ教育基本法改正論があることも事実です。
 最上級の法律を下級法に合わそうとする手法を許していいものかどうかも議論すべきではないでしょうか。国会内に設立された憲法調査会もほとんどが密室で行われ、私たち国民にはその審議経過や内容が明らかにされていません。国民世論を無視した改憲論が跋扈するおそれも十分にあります。開かれた議論になるよう私たちが求めていかなければなりません。
 日本国憲法は、日本だけでなく世界の平和に貢献してきました。しかし、その平和主義はこれまで幾度となく議論の対象となってきたところです。憲法の条文を護るだけでなく、憲法の理念を護るという「護憲」の思いが全国に広がり、人権・平和・環境が侵されない当たり前の社会を実現させなければなりません。第41回の奈良大会に全国から多数の皆さんの来県をお待ち申し上げますと共に、たくさんの議論が交わされることを期待しています。

BSE対策の後退、安全軽視を許すな
全頭検査見直しは米国牛輸入の“露払い”
 2001年に国内で初めてのBSE(牛海綿状脳症)の牛が発見されて以来、続けられてきた全頭検査措置が見直されようとしています。BSE対策を検討してきた内閣府の食品安全委員会は9月9日、事実上「生後20カ月以下の牛からBSEの感染を検出できない」とする見解を正式にまとめました。20ヵ月齢以下の牛の全頭検査の必要性については、厚生労働省や農水省などの判断に委ねていますが、この報告書を受け、政府は現在の「全頭検査」を見直し、20ヵ月齢以下を検査の対象から外す方向で検討が行われています。(10月6日現在)さらに、現在輸入が禁止されている米国産牛肉の輸入再開問題についても、この報告をもとに、今後の日米政府間で輸入再開へ向けて協議が行われる見通しとなっています。

はじめに結論ありきの食品安全委報告
 しかし、BSEについては未解明の部分も多いことから、消費者などからは「全頭検査の継続」を求める声が高まっています。
 今回の食品安全委員会の報告でも、「BSEの原因である異常プリオンの蓄積の経過はほとんどわかっていない」「検査方法には検出限界があり、検出限界以下の感染性が存在していた可能性は否定できない」などの記述があるように、BSE検査によるリスクの低減を強調しています。
 日本のBSE問題の第一人者で、食品安全委員会プリオン病専門調査会委員の山内一也東大名誉教授は、「BSEの潜伏期間は2〜8年といわれるが、肉骨粉を使った飼料利用が全面禁止されたのが2001年10月からであり、それまで肉骨粉が混じった飼料が出回っていた可能性がある。全頭検査はあと数年、続けるべきだ」(日本農業新聞)と明言しています。
 また、プリオン病専門調査会の報告では、異常プリオンを検出できない月齢判断は、現状では科学的に不可能であることも記されています。それらもかかわらず、食品安全委員会は強引に「20ヵ月齢以下の若い牛からはBSEの発見は困難」という結論を導き出そうとしています。はじめに結論ありきの報告といえます。これは、厚生労働省、農水省の意を受けたものであり、「行政からの独立」をうたってきた同委員会の存在も問われています。

ズサンな米国の検査体制に批判が集中
 食品安全委などは、「異常プリオンは特定危険部位(SRM)に溜まるので、それを完全に除去すれば問題はない」としています。しかし、と畜場では牛を解体するための牛の脳に打撃を与えるスタンガンによる気絶法や、牛が暴れないよう脳に針金状の物を差し込んで完全に気絶させるピッシングなどにより、SRMが飛散する可能性があります。SRMの除去が万全でない中では、全頭検査はこれを補う「二重の安全性確保対策」(山内東大名誉教授)の意味があります。
 こういう中で、急いで全頭検査の見直しを行うのは、アメリカからの牛肉輸入再開をにらんだものと言わざるを得ません。20ヵ月齢以下の検査が必要なくなった場合、日本ではこれに該当する牛は、と畜牛の1割以下です。しかし、アメリカは日本向けに多くの若齢牛が使われています。このことから、11月のアメリカ大統領選挙を前にした、ブッシュ再選に向けた政治決着と言われています。
 アメリカでは日本のようなトレーサビリティ(生産・流通履歴を追跡する仕組み)による個体識別が行われておらず、牛の月齢の鑑別も不完全です。また、豚や鶏などに牛の肉骨粉を与えることをいまだに禁止していません。これが牛の飼料に混入する危険性は極めて高くなっています。さらに、食肉加工場では、「BSE検査は民間で行っており、極めてズサンだ。作業のラインが速すぎて、生きたまま解体される牛もある」と、7月に来日した米国の食肉加工工場で働く労働組合代表も訴えています。
 平和フォーラムは、関係する消費者団体、農民団体とともに、9月30日に、食品安全委員会や農水省、厚生労働省と交渉を行い、「食品安全行政の後退だ」などと批判し、全頭検査の継続等のBSE対策徹底や米国産牛肉の輸入再開反対を申し入れました。

イラン核開発と絡んでしまった韓国問題
韓国の核物質生産の謎
70年代の核計画とつながった実験か?
 韓国で、ウラン転換・濃縮とプルトニウム分離実験をおこなっていたことが明らかになり、国際社会で大きな問題となっています。
 プルトニウム抽出は1982年4月〜5月にかけて、研究用原子炉で数ミリグラムの抽出実験を行っていました。ウラン転換も80年代に、IAEA(国際原子力機関)に未申告の三つの施設で実施し、金属ウラン約150キログラムが生産されたと伝えられています。
 IAEAがとくに調査したのは、70年代に朴正熙大統領の指示で韓国政府がひそかに核兵器開発を進めていて(米国の圧力で中止)、この計画と80年代の実験が関連しているのかという点です。1974年5月にインドが核実験を行ったのち、カナダの働きかけで原子力関連機器を供給する国々が集まって、核兵器開発に関連する物資や技術を適切な保障措置がない限り、輸出を規制すべきだということを決めました。当時、フランスは韓国、台湾、イラク、パキスタンなどと再処理施設の輸出契約を結んでおり、西ドイツもブラジルとウラン濃縮、再処理施設の輸出契約を結んでいたのです。
 米国は76年から77年にかけて、フォード大統領からカーター大統領に替わっていくなかで、再処理についてとくに強い危惧を抱き、各国に圧力をかけました。このため韓国はフランスとの契約を破棄し、台湾は建設中の施設を取り壊しました。韓国政府のひそかな核兵器開発計画は、この時期だったわけです。

量ではなく、目的に疑問
 ウラン転換は、日本では気体状の六フッ化ウランに変える工程のことをいいますが、韓国の場合は二酸化ウランを金属に変える作業のことです。どちらも濃縮前の工程ですが、金属ウランはレーザー濃縮に必要な工程です。
 韓国が2000年に行ったウラン濃縮は、この金属球ウランをレーザー濃縮しているわけで、この20年はどうつながっているのか、まだ秘密の計画が存続しているのではないかという疑いが存在しているのです。
 量としてはごく僅かです。金属ウラン150キロといっても、核兵器に使用できるウラン235は0.7%しか含まれていませんから、150キロ全量を濃縮しても、1キロ少しの量で、核分裂爆弾に使える量ではありません。
 しかし70年代の核兵器開発計画、80年代のウラン転換、プルトニウム抽出、2000年のウラン濃縮と続いてくると、やはり秘密計画は存続してきたのではとの疑いが出てきます。しかも実験を韓国科学技術省が管轄する韓国原子力研究所が行っているのに、韓国政府は知らなかったと説明していて、かえって疑惑を深めています。日本でいえば、東海村の原研がこのような実験をやっていて、それを科学技術庁(現・文部科学省)が20年も知らなかったというのと同じことです。

厳しいNPTの保障措置
 1970年に発効したNPT条約の第3条で、「条約を締結した非核兵器国は、原子力が平和利用から核兵器その他の核爆発装置への転用を防止するため、IAEA憲章およびIAEAの保障措置制度にしたが、IAEAと交渉し、保障措置受諾を約束」させられます。さらに「核関連物質がどのような核施設か、また場所がどこかを問わず、すべての活動について適用される」とあります。
 IAEAは国連の機関ではありませんが、国連決議によって設置された経過から、国連総会や安保理へ年次報告を提出するなど、密接な関係にあります。
 11月のIAEA理事会では、韓国の未申告問題が報告され、新たな未申告が存在していないか、70年の秘密計画との関連などが論議されると考えます。9月10日のワシントン・ポストは、韓国側がIAEAの査察妨害の行為があったと報じています。韓国政府はその報道を強く否定し、IAEAに全面的な協力を行ったと語っていますが、韓国の現在、そして今後の透明性が大きな焦点となります。11月の理事会を経ないと、6者協議も前に進まないでしょう。
 とくにIAEAは、9月の理事会でイラン非難決議を採択し、いっさいの核関連施設の活動停止を求めたばかりです。イランがIAEAの決定に従わなければ、11月の理事会で、国連安保理へ付託され、経済制裁などの措置がとられる可能性があります。
 英国やEU主要国は9月の理事会で、韓国を保障措置協定違反で国連安保理に付託すべきだと主張していると伝えられていますが、韓国問題はイラン問題とも関連しているからです。
 イランは9月25日の国営テレビでNPT離脱を示唆しました。いまイランがNPTを脱退すれば、NPT体制は崩壊しかねません。イランは大産油国としての立場も利用して、NPT体制をゆさぶり、これに韓国の核問題も絡んでしまったのです。

ヒバクシャはどこにいてもヒバクシャ
援護法を歪める政府に抗議を!
在外ヒバクシャを差別し続ける国
 9月28日、長崎地裁で在韓ヒバクシャ・崔季K(チェ・ゲチョル)さんに対する長崎市の、「健康管理手当の申請却下処分取り消し」を求める訴訟で、長崎地裁の田川直之裁判長は「援護法の目的は、来日できない在外被爆者にも援護を想定している」と、長崎市の却下処分の取り消しを命ずる判決を出しました。
 しかし原告の崔さんは、この日の判決を聞くことはできませんでした。崔さんは今年7月25日、釜山で亡くなってしまったのです。
 崔季Kさんは80年に足の治療で来日し、そのときに、被爆による「運動機能障害」と認定され、健康管理手当を日本政府から受け取るようになりましたが、その年に帰国したため、手当は打ち切られました。
 しかし02年12月の大阪地裁の郭貴勲さんへの判決で、日本に居住していなくても健康管理手当や特別手当を支給するようにとの判決が出て以来、国は居住地が日本以外でも支給しなければならなくなり、昨年3月から、日本に居住していなくても申請すれば支給されるようになりました。
 このため崔さんも、今年1月に代理人による「健康管理手当」の申請をしましたが、申請時に崔さんが日本にいなかったとの理由で、申請を却下したのです。
 郭貴勲さんたち在外ヒバクシャ裁判が勝ち取った判決は、居住地によってヒバクシャの地位が変わるものでない、「ヒバクシャはどこにいてもヒバクシャ」という属地主義でした。司法ではこの判断が定着しているといえます。しかし国(長崎市)は依然として、どこに居住しているかという属人主義をとりつづけているのです。
 広島、長崎のヒバクシャが、健康管理手当や特別手当の支給を求めるのは、健康でないからで、病気で申請できない人がいるのは当然です。しかし国は日本国内に住むヒバクシャだけにしか代理申請を認めていないのです。これでは海外に住むヒバクシャには支給しないといっているのと同じことです。
 崔さんは、今年2月20日に長崎地裁に「在外被爆者の権利行使を不可能にし、不合理な差別を生んでいる」と提訴しました。9月28日の判決は日本で定着している、「ヒバクシャはどこにいてもヒバクシャ」の立場を再確認したものです。
 しかし崔さんが亡くなって後、9月29日に妻の白楽任さんが長崎市に「葬祭料」の至急申請をしましたが、長崎市はやはり「崔さんの死亡した居住地または現在地が日本でない」との理由で申請を却下したのです。

生きても差別、死んでも差別
 同じことは大阪でも起こっています。
 韓国・陜川出身の母親・鄭学連(チョン・ハンニョン)さんと、息子の金鐘普iキム・ジョンチョル)さん、さらに母親・鄭龍分(チョン・ヨンブン)さんと二人の息子・朴源祚(パク・ウォンジョ)さん、朴源慶(パク・ウォンキョン)さんの二組が、大阪の阪南中央病院で治療を受けながら、健康管理手当を受給申請し、帰国後も手当を受給していました。
 ところが今年の2月、朴源慶さん、鄭学連さんの二人が相次いで陜川で亡くなりました。二人の一家は、ともに広島で被爆し、帰国後の苦しい生活を生き抜いてきました。日本人だったらとっくに健康管理手当を受給していたであろうに、ようやくもらえた健康管理手当は死の少し前だったのです。
 二人の遺族は、せめて最後に葬祭料をと大阪府に申請しました。しかし厚生労働省と大阪府は、「死亡の際の居住地も現住地も日本国内にないから支給できない」と二人の遺族の「葬祭料申請」を却下したのです。
 しかし、日本に住民登録しているヒバクシャが外国に旅行中に死亡した場合は、葬祭料は支払われます。国と大阪府の却下理由は、在外ヒバクシャを排除する理由でしかないのです。鄭学連さんの息子・金鐘浮ウんと、朴源慶三の妻・崔栄愛(チェ・ヨンエ)さんは9月に日本政府と大阪府に対して提訴しました。

深く静かにすすむ新たな核拡散

戦術核兵器にシフトする核保有国の危険(1)

冷戦後も少なくならない核兵器
 現在、偶発的な核戦争を除いては、戦略ミサイルを使う戦争の危険性はほとんどなくなったといえます。それでも米ロ戦略核の大幅削減はなかなか進みません。2002年5月に米ロ首脳が調印した「戦略攻撃兵器削減条約」(モスクワ条約)で、2012年までに戦略核兵器を1,700発〜2,200発に削減すると決め、その条約に基づいて、今年6月3日に米国が発表した2012年の核弾頭保有数は、配備数こそ2,200個まで削減する計画ですが、オーバーホールの弾頭・240個、in active(イナクティブ)と呼ばれる予備の弾頭・2,575個を加えると、5,015個にもなります。
 さらに非戦略核といわれる核爆弾を含めると、合計数は6,025個の計算になります。04年6月1日現在の核弾頭数合計が、戦略核・8,630個、非戦略核・2,010個、合計1万640個から比べると大幅な削減にも見えますが、現在の核弾頭が多すぎるわけですからほとんど削減とはいえません。

新たな戦術核・小型核の拡散が始まっている
 このような状況のなかで現在世界的に進んでいるのが、戦術核の増強です。これはロシア、フランス、イギリス、イスラエル、インド、パキスタンと、現在の核保有国すべてに特徴的な現象です。小型核兵器の開発・配備を通して、いま世界は新たな核軍拡時代に入っているといえます。
 ロシアはソ連邦が解体した(91年12月)後、核兵器をすべて引き継ぎましたが、早くも94年4月の国家安全保障会議で採択した「核兵器体系の発展と非戦略核兵器の発展と使用」のなかで、戦術核の見直しを大きな柱の一つにしました。
 旧ソ連の戦術核兵器は、ソ連解体前の91年9月に米ソ首脳による宣言という形で、すべて廃棄されました。ただ宣言であるため法的な制約はなかったので、再配備するとしたのです。
 90年代の終わり頃、当時のミハイロフ・ロシア原子力相は「容量が小さく、爆発力の小さい核兵器は、どんな紛争でも使用できる」と新型戦術核の見直し・開発を主張していました。(注1)
 ロシアでは1999年末から2000年にかけて、エリツィン大統領からプーチン大統領へと移行しますが、2000年1月に「新国家安全保障概念」4月に「新軍事ドクトリン」を決定します。
 この「新軍事戦略」では核の「先制使用する権利がある」と明記し、さらに「どのような状況下であろうと、あらゆる侵略者に対し、損害を与えることのできる核兵器を所持する」、「ロシアの安全に重大な危機をもたらす通常兵器をともなった侵略に対し、核兵を使用する権利をもつ」と具体的にのべ、通常兵器の紛争・戦争でも、核兵器を使用する方針を明らかにしました。(注2)

より柔軟に核使用を考える
 プーチン大統領は2001年3月、戦略ミサイル重視といわれていたセルゲーエフ国防省を更迭。腹心のイワノフ安全保障会議事務局長を国防相に任命し、軍組織も大幅に改編しました。これはより柔軟な核戦略(戦術核使用を含む)への転換の布石だったのです。
 2003年10月2日、イワノフ国防相はロシア軍司令官会議を開催し、「ロシア軍近代化の指針」を発表し、地域紛争や国際テロに小型核兵器を使用することを示唆しました。
 指針は「ロシアとその同盟国への軍事的圧力、攻撃を許さない」ために、ロシア軍は「国家軍事戦略の一環として、戦略抑止力の限定的使用」を検討するとしています(03.10.3共同=福井新聞)。
 ロシアの核実験場は、現在ではノバヤゼムリャ島だけとなっていますが、ロシアは維持する方針をとり続けています。米国が万一核実験を再開すれば、ロシアも再開することは疑いありません。
 ロシアはまた、米国のミサイル防衛(MD)システムに対抗する、新しい弾道ミサイルの開発も進めています。2004年2月10日〜18日にかけて、冷戦後最大といわれる軍事演習「安全保障2004」を実施しましたが、そこでは大気圏再突入直前にコースを変更する新型核ミサイルの打ち上げ実験を行っています。
〈注1,2〉
「世界」02年9月号、石郷岡建著、「戦略核から戦術核へ?ロシアの選択」

「帝国」の平和運動活動家と市民がなさねばならぬことは?(2)

ピース・アクション事務局長  ケビン・マーティン

シナリオ・2──ブッシュが再選された場合
 私たちは、大統領選でブッシュが再選された場合のシナリオも考えなければなりません。
 もしブッシュが再選された場合、平和・軍縮問題で危険があふれるかもしれません。核実験が再開されるか、あるいはCTBT(包括的核実験禁止条約)への署名を撤回する、または両方とも現実となるだろうと確信している専門家が少なくありません。
 これらの措置は来年の早いうちに起こるかもしれません。というのは、論争を巻き起こすこれらの政策変更を、2006年という議会選挙の年には避けたいからです。
 そしてこれらの措置のどちらも、NPTの終焉を告げるものとなる可能性があります。それは国際世論の米国に対する怒りを更に高めることになるでしょう。
 また2期目のブッシュ政権下では、ミサイル防衛の財源確保や配備もフルスピードで進められることになるでしょう。そうなれば、同様な結果をもたらすことになるでしょう。
 核実験について言うと、W-76という原子力潜水艦・トライデント用の核弾頭に「設計上の欠陥」が見つかったと、核兵器研究所は主張しています。核兵器研究所は米国の核兵器を「安全で信頼性がある」と認証する役割を負わされていますから、核実験をしたがっているのです。そのような認証はもはやできないというための口実を探していて、懸念されています。新しい核実験については、もっと先になるでしょう。

私たちの運動に自信をもって取り組もう
 私たちはレーガン時代に、一度、アメリカと世界の平和運動の力で、彼の大軍拡方針を覆した経験があります。対立から交渉、妥協、最後には旧ソ連との核兵器削減条約の締結にまで辿り着いたのです。
 ブッシュ大統領もすでに平和問題における自分の弱みに気付いています。最近彼は、選挙戦のスピーチで冗談交じりに「私は平和の大統領になりたい」と言っていました。ネオ・コンの動きもすでに頂点に達していて、2期目のブッシュ政権下では、外交政策における影響力も薄れていくことも考えられます。
 当面、アメリカの平和運動の最優先優先課題はイラク戦争です。ケリー、ブッシュのどちらが大統領に選ばれても、アメリカは帝国主義的な軍事的、政治的、経済的プレゼンスをイラクに、そして中東全体に維持し続ける意向です。
 ですからイラクにおける真の民主主義、平和、そして繁栄を求めて声を大にする必要性は続きます。
 イラクに関する平和運動活動については、新しい、素晴らしい面がでてきています。イラクの人々と連帯するキャンペーンが初めて可能になってきているからです。いや必要といえるでしょう。なんといってもイラク、そして中東全体の、真の民主主義、社会の安定はアメリカと世界の安全保障と深く結びついているのです。
 いまや、こうした連帯の構築はますます可能になってくるでしょう。私たちがアメリカ政府の方針に変更を求めるにあたっても、イラクや中東での民主主義勢力に耳を傾け、それを応援し、支持していかなくてはなりません。簡単なことではないでしょう。西洋文化とイスラム文化の間には、「文明の衝突」が存在すると信じている人が、西側諸国には多いからです。
 しかし、こう言った声をはびこらせてはなりません。もしそうなってしまえば、戦争や衝突は不可避なものになってしまうからです。
 私はイラクこそが、米国の「戦争集団」の世界制覇の夢が絶え果てる場所だと。絶対にその夢は破れると私は信じています。なぜなら世界中が反対しているからです。しかしそこに行き着くまでにどれほどの命が奪われ、どれほどの代償が支払われなくてはならないのでしょう。
 最後に、アメリカを私たちが信奉する自由と民主主義の原理に恥じない国にするために、長い道のりになるであろう、非暴力の闘いを決意しなければなりません。しかしこの難しい使命を果たせるかどうか、私の確信がゆらぐこともあることを認めなければなりませんが。
 この原稿は、国際会議のケビン・マーティンさんのスピーチの要約です。全文は大会報告集に掲載しています。

東京電力を告発する

長尾原発裁判に注目、支援を

全造船 神奈川地域分会 川本浩之


 2004年10月、福島第一原子力発電所などで働き被曝して、「多発性骨髄腫」になった長尾光明さん(大阪市在住、79歳)が、東京電力を相手取り損害賠償請求裁判を東京地方裁判所に提訴します。原発内被ばく労働で労災認定された労働者が、会社を相手取り裁判を提訴するのは初めてのことです。
わずか4年余りの被曝が原因で職業病に
 長尾さんは、若い頃から配管工として腕を磨きました。72年に「石川島プラント建設」に入社し、全国各地の化学プラントや発電所などで、現場監督を務めました。77年から82年まで、主に東京電力福島第一発電所で配管作業の監督に携わりました。88年に定年退職、町内会で会計を担当するなど、のんびりと老後を過ごしていました。
 ところが94年ごろから、首が痛み始め、治療を受けましたが、効果がありませんでした。98年には、「頚椎病的骨折」になりました。病的骨折というのは、外的な力が加わっていないのに骨が折れるというものです。詳しい検査の結果、「多発性骨髄腫」という白血病に似た血液のガンであると診断されました。原発内被曝労働が原因だと考えました長尾さんは、労働基準監督署やいわゆる民主団体にも相談しましたが、要領を得ませんでした。

「多発性骨髄腫」初の労災認定
 2002年10月、長尾さんが働いていた当時の福島第一原発で、プルトニウム汚染があったことが内部告発によって明らかにされ、東京電力も事実を認めました。下請け労働者は、何も知らされずに働いていたのです。長尾さんは、内部告発を受けた市民団体や関西労働者安全センターに相談。ただちに労災請求の手続きを進めることになりました。
 長尾さんは放射線管理手帳を持っていました。その値は70ミリシーベルトに達していました。原発労働者の年間平均被曝線量よりもはるかに大きく、白血病の労災認定基準の3倍に上っています。しかし、被曝労働が原因の白血病で労災認定された人はこれまでにわずか6人。「多発性骨髄腫」では、請求事例すらありません。
 厚生労働省は、専門家を集めて検討会を開催することになりました。こういうものが開かれると、時間がかかることが少なくありません。関西労働者安全センターや反原発団体が協力して、長尾さんの労災認定を勝ち取る支援組織を立ち上げて、署名運動にも取り組みました。こうした動きも追い風になったのでしょう。04年1月、予想よりも早く、富岡労働基準監督署が業務上労災の認定をしました。

会社の不誠実な対応
 労災請求当時から、石川島プラント建設や工事の元請であった東芝の協力、具体的な資料提供が、ぜひ必要だと考えました。長尾さんは全造船神奈川地域分会(よこはまシティユニオン)に加入して、団体交渉を申し入れました。ところが、石川島プラント建設は、「退職したから」、東芝は「直接雇用していない」という理由で、話し合いを拒否。こうした2社の団交拒否の姿勢は労災認定後も変わりません。
 労災認定されたので、治療は無料になるし、休業補償も支給されますが、それは100%の賠償ではありません。例えば慰謝料は全くのゼロです。ちなみに原発で起きた労災職業病については、「原子力損害の賠償に関する法律」によって、電力会社が全て賠償することになっています。そこで、東京電力に対しても、団体交渉を要求しましたが、やはり拒否回答。抗議の申し入れ書すら受け付けませんでした。

裁判の意義
 長尾さんの提訴がNHKで報道されると、東京電力は「労災認定は労働者救済的な性質のものであり、因果関係を示すものではない」とコメントしています。しかし、現実には労災認定基準は、極めて厳しく、過労死裁判などで強く批判されてきました。その厚生労働省の認定すら受け容れない東京電力は、あまりに傲慢です。ぜひ多くの皆さんの注目とご支援で、東京電力の姿勢を正したいと思います。それが、闇から闇に葬られてきた原発による労災職業病を社会的に明らかにすることにつながるはずです。

第36回食とみどり、水を守る全国集会開催概要
平和フォーラムが農民団体、消費者団体などと毎年開催している「食とみどり、水を守る全国集会」の今年の開催概要が次のように決まりました。
日時:12月8日(水)14時〜9日(木)14時半
会場:愛知県豊橋市「ホテル日航豊橋」(JR豊橋駅)
(全体集会、分科会、総括集会、宿泊とも)
第一日目:全体集会(14時〜17時半)
あいさつ、基調報告、講演、地元活動報告ほか
全体交流会(夜)
第二日目:分科会(9時〜12時)
@入門講座、A環境問題、B食の安全、C食料・農業政策、D森林の保全と水問題、E運動交流、Fフィールドワーク
総括集会(13時〜14時半)
特別報告、集会のまとめ、集会アピールほか
参加費 1泊3食15,000円、日帰り参加1,000円
フィールドワーク参加費3,000円
◎集会での討議のポイントとなる課題についての解説パンフを11月上旬に平和フォーラムから発行予定。

インフォメーション
◆普天間基地返還、辺野古移設反対、日米地位協定の改定を求める10.26全国集会
日時: 2004年10月26日(火)18:30〜集会
◎場所:日比谷公園・野外音楽堂
◎主催:集会実行委員会
◎呼びかけ団体:平和フォーラム、戦争反対、有事を作るな!市民緊急行動、日本消費者連盟ほか

◆教育基本法改悪ストップ! 11・21全国集会
日時:2004年11月21日(日)12:00〜13:30
開場:11:00 集会後パレード〜15:00終了
会場:日比谷野外大音楽堂
主催:教育基本法改悪ストップ!実行委員会

【パンフレット】
話し合うことが罪になる!って知ってますか?
《冗談も言えない「共謀罪」入門》
 法務省は国会に「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法の一部を改正する法律案」を提出しました。この中で、「共謀罪」の新設があります。「共謀罪」は、犯罪を「実行」しなくても、犯罪に「合意」しただけで処罰の対象とするものです。
 この「共謀罪」の問題点を解説するために、平和フォーラムは、「盗聴法(組対法)に反対する市民連絡会」と協力してパンフレットを作成しました。
A5判48ページ/価格:200円(送料別・多部数は割引有)

BE-IN&WORLD PEACE NOWスペシャル
 9.11から3周年、明治公園では昼から夜までパレードやキャンドルナイトなど各種イベントが行われ6,000人が参加しました。
 平和フォーラムの出展(豊田直巳イラク写真展)テント前には、原水禁大会に参加の子どもたちによる平和の願いを綴って作ったハートマークを展示、注意を引いていました。

2005年イラク・カレンダー
撮影:豊田直巳 1部1,000円(送料別)
B3(幅36.4?×高さ51.5?)二つ折り
上半分が写真、下半分がカレンダーです。