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被爆59周年原水爆禁止世界大会は、8月1日の東京での国際会議(5ページに掲載)を皮切りに4〜6日には広島大会、7〜9日は長崎大会を開催しました。
3,500人が参加した8月4日の広島大会・開会総会では岩松繁俊大会実行委員長(原水禁議長)は「日本の戦争被害だけでなく、加害責任にも目を向けて平和運動に取り組みたい」とあいさつしました。
また、来賓の秋葉忠利市長は「来年の被爆60周年を意義あるものとするためこの1年頑張っていきたい。戦争の悲惨さを次の世代につなげ、それをエネルギーに、行動につなげていこう」と呼びかけ、来年5月にニューヨークで開催予定のNPT(核不拡散条約)再検討会議で「2020年を核兵器廃絶の目標年次とし、2010年までに核兵器禁止条約を締結する中間目標を盛り込んだ行動プログラムが採択されるよう平和市長会議を中心に世界の都市、市民、NGOは、志を同じくする国々とともに核兵器廃絶のための緊急行動を展開したい」と提起しました。
また、海外ゲストとして参加したリトアニア・チェルノブイリ運動・議長(原発事故後の放射線汚染物除去作業による被曝者たちが抱える問題を国内外に訴えているチェルノブイリ原発事故被害者)のケディミナス・ヤンチャウスカスさんは、「ヒロシマ・ナガサキ・チェルノブイリは人類の無責任さが犯した罪だ。これらの歴史を忘れずに教訓としていくことが必要だ」と訴えました。
<広島大会分科会>
翌5日は、「核・原子力問題入門」「エネルギー政策の展開にむけて」「アメリカの核戦略と東北アジアの非核化」「NPT再検討会議に向けた日本の役割」や「原爆訴訟・在外被爆者問題」「イラクの現状と劣化ウラン問題」「原子力政策の転換へ向けて」などをテーマに9つの分科会で熱心な討議が行われました。また、フィールドワークと女性交流など2つのひろばも開催されました。
「NPT再検討会議に向けた日本の役割」をテーマとした第1分科会では、黒沢満・大阪大学教授が「核不拡散あるいは対抗拡散が非常に重視される一方で、核軍縮が軽視または無視されている」との国際情勢の認識を示し、アメリカは大量破壊兵器の存在を理由にイラク戦争を起こし、今年2月の「ブッシュ不拡散7項目」で他国の平和利用をも制限しようとしているが、自国の核軍縮には関心を示していないと指摘しました。そして、日本の役割として、アメリカの同盟国である日本とオーストラリア、カナダの非核兵器3ヵ国で核軍縮推進の一点で共同行動をとることを提起しました。
「来年の再検討会議に向けて何をしていくべきか」との会場からの質問に答えた原水禁の福山事務局長は、平和市長会議が提起するプランの実現に向けて、連合などとも連携した署名活動を展開するとともに、9月の第4回・6ヵ国協議で「東北アジア非核地帯」の設置に道が開かれるよう日本をはじめ関係政府に働きかけていきたいと述べました。
被爆者援護法をテーマにした第3分科会では、原爆症認定を求め、全国の11地域で被爆者146人が係争中の「被爆者集団訴訟」について、広島の支援団体・代表世話人の田村和之さんは「原告は裁判を通して原爆の残酷さを明らかにしようとしている。核兵器廃絶、核戦争阻止につながる闘いでもある」と述べ、支援を求めました。
また、4回目となった小中高校生らが平和のメッセージを世界に発信する「メッセージfromヒロシマ」が定着。今年も会場から電子メールで日本政府や核兵器保有国の政府に一斉に送信されました。
6日の広島集会・「まとめ集会」には650人が参加し、アメリカの核政策転換や、北朝鮮の核問題の平和的解決、憲法改正反対、被爆者援護の充実を求める「ヒロシマ・アピール」を採択。「核燃料直接処理」試算資料隠しを糾弾し、六ヶ所再処理工場閉鎖とプルサーマル計画中止を求める決議も提案・採択されました。また、集会ではイラク戦争の取材を続けるフォトジャーナリストの豊田直己さんが現地状況を報告し、戦争を支持した日本政府を批判。「これ以上、戦争の犠牲者をつくってはならない」と訴えました。
<長崎大会>
続いて7日から開かれた長崎大会・開会総会には2,000人が参加。あいさつに立った長崎実行委員会の中崎幸夫委員長は「世界は、核廃絶を訴える被爆者の思いと逆の方向に流れている。被爆国である日本が平和主義の大切さをもっとアピールしなければならない」とよびかけました。そして、「核と人類は共存できないという原点に返るべき」と指摘して福山事務局長が大会基調の提案を行いました。また、全米最大の軍縮・平和運動団体「ピース・アクション」のケビン・マーティン事務局長は、イラク戦争を推し進めたアメリカブッシユ政権を厳しく批判し「イラクへの攻撃は軍事戦略にほかならない」「ブッシュのウソと石油のためにイラクで多くの命が奪われた」と指摘。NPT再検討会議に向け、世界各地の非政府組織(NGO)の協力による反核・平和運動の拡大をよびかけました。
長崎からのアピールでは、高校生平和大使OBの草野史興さん(19)が「平和活動・署名活動は無力じゃない。若者が自分たちの世界をより良くするために行動を」と力強く訴えました。
翌8日は7つの分科会と5つのひろば・フィールドワーク、「ヒバクシャ国際会議」に別れて活発に議論や活動交流が行われました。
東北アジアの核問題を取り上げた第1分科会ではピースボートスタッフの川崎哲さんは北朝鮮の核開発問題解決に不可欠なポイントとして、@武力によらない解決ができるかどうかA北朝鮮の核開発計画の完全放棄の達成B国際条約の信頼回復C強制連行や従軍「慰安婦」など日朝間の歴史問題・拉致問題の解決──をあげました。そして、「第二の朝鮮戦争」を起こさないことが最も核心的な問題だとして、そのためにはアメリカによる法的拘束力を含めた北朝鮮への「安全の保障」が必要だと指摘しました。
「被爆の実相を引き継ぐために」として、被爆者二世・三世問題の解決をめざして、をテーマとした分科会では、全国被爆二世団体連絡協議会の平野伸人会長が「リスクを持った人には援護が必要だ。二世問題を国民的課題とし、差別なき援護を勝ちとりたい」と被爆二世運動の現状について報告があり、原水禁の市川副議長からは、放射線の遺伝的影響について説明があり、微量放射線でも影響があることや、放射線誘発突然変異は影響が大きく元に復帰する可能性が極めて低く、被爆二世に続き三世の健康調査が必要であることが指摘されました。
9日の閉会総会には2,500人が参加。市川定夫・副実行委員長(原水禁副議長)の開会あいさつ、原水禁平和行進の長崎から沖縄へのタスキリレーに続いて、海外代表のスピーチとしてオーストラリアの先住民で国内のウラン鉱山のヒバクの現状や補償問題に取り組んでいるスピーディ・マックギネスさんから訴えがありました。
福山事務局長の大会のまとめ、「米原子力空母(ジョン・C・ステニス)の佐世保寄港に反対する特別決議」の提案・採択に続き、「対話と共存を基本とした平和な世界を実現しよう」を旨とした大会宣言を採択。爆心地公園まで厳しい暑さの中「非核・平和行進」を行い、原爆投下された11時02分には全員で黙とう。その後、原爆資料館見学を経て、大会の全日程を終了しました。
今年も盛り上がった子どものひろば
平和を考えるお友だちがいっぱい──「メッセージfromヒロシマ」に300人が参加 |
高校生や若者たちによる企画運営で開催された「メッセージfromヒロシマ2004」も、今年で4回目を迎えました。8月5日例年にない暑さの中、朝8時30分からの子ども慰霊祭〜フィールドワークに参加の子どもたちは、最初ちょっと疲れ気味の合流だったかもしれません。しかし、平和の思いをメッセージカードに思い思いに書くコーナーでは、一生懸命で時間が足らないほどでした。
また、アメリカや全国のお友達からのメッセージに続く踊りコーナーも結構乗り乗り。カウントダウンでみんなの平和への思いをアメリカなど核保有国にメール発信しました。そして、最後にみんなで作った平和のメッセージが大きなハート型のモニュメントとなって発表されました。少々ヒートアップした中、習い覚えた「花祭り」を踊りながらのフィナーレとなりました。
今年は、海外ゲストとしてアメリカから参加してくれた大学生が、この後長崎の子どもの広場にも参加しました。また、広島で作ったハートマークも長崎に引き継がれ、長崎でもメッセージが書き込まれて完成というように、広島と長崎をつなげることができました。
長崎では「ピースブリッジ2004」をはじめて開催
長崎の子どものひろばは、学習が中心の低学年向けと高校生によるシンポジウムとに分かれて開催していましたが、今年はじめて高校生と若者が企画した低学年から高校生まで参加する1部と、それぞれ分かれて参加する2部、学習フィールドワークと日米若者シンポジウムが8月9日開催され、楽しくかつ真剣な意見交換が行われました。
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被爆59周年原水爆禁止世界大会・国際会議報告
核問題を中心に東京国際会議、ヒバクシャ補償問題で長崎国際会議
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国際会議、朝鮮半島・核問題で討論
被爆59周年原水禁止世界大会は8月1日、東京・YMCAアジア青少年センターの国際会議で幕を開けました。東京国際会議は核問題を中心に論議する場として設定され、約150人が参加しました。
まず福山大会事務局長のキーノートスピーチに続いて、李鐘元さん(リ・ジョンウォン=立教大学)、ハンス・クリステンセンさん(米・自然資源保護協議会・NRDC)、石坂浩一さん(立教大学)ら3人のパネリストによる問題提起のあと、質疑・討論が行われました。なお当初、米国のピースアクション事務局長も参加する予定でしたが、飛行機の都合で参加できず(広島、長崎大会に参加)、事前に準備されていたスピーチ原稿による参加となりました。
朝鮮半島の核・平和問題の現状と展望
最初に李鐘元さんが、核開発を宣言してきた北朝鮮が、朝鮮半島の非核化に言及するなど、核開発を認めないという線に6ヵ国で意見が一致してきている。完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄の問題や、補償要求についての議論は進んでいないが、変化してきている。北朝鮮は段階的な核凍結と補償を求め、米国も凍結は3ヵ月間で行う必要があると、段階的凍結を容認する動きも出ている。
このような米国の変化は、イラク戦争でネオコンの影響力が低下していること。北朝鮮問題の手詰まり状態に、政府や議会内に話し合いを進めるべきという声が出てきているためではないか。さらにこの間、米国が北朝鮮攻撃の主張に韓国が厳しく反発し、経済制裁についても、中国の協力が得られなければ効果がない。結局、北朝鮮に対して“何もしない”“無視する”以外何もできなかった。その結果、事態が悪化しているのが現実だ。
一方、北朝鮮は核保有の姿勢で、米国から譲歩を得てきたが、それで体制を維持できたとしても、体制を立て直し、経済活動を強めるため、多額の軍事費が重荷になっている。最近の日・韓との関係改善の動きは、政策転換をどこで図るかを模索している動きだ。しかし冷戦崩壊後、世界が北朝鮮孤立化政策を進めてきたことが、北朝鮮に核保有衝動を強めた側面がある。
日中韓の3ヵ国とロシアが協調し、米国がこれ以上の圧力を与えず、北朝鮮に安心感を与えていくことが重要、と今後の六ヵ国協議への課題を提起しました。
米国の韓国から核撤去とその後の核政策
ついでハンス・クリステンセンさんが、韓国へ米国が行った核配備は、67年には1000発が配備されていたが、91年にすべて撤去した。しかし、撤去後に核兵器の近代化や核攻撃を意図した大規模演習が行われた。98年にノースカロライナで、北朝鮮が韓国を侵攻、それを受けて米国がピョンヤンに核攻撃を行うシナリオで演習が行われた。軍幹部は議会で「ゴロツキ国家」への抑止力として核兵器は有効で、「その使用はためらわない」と証言している。
01年末のNPR(核態勢の見直し)でも、北朝鮮の地下施設の破壊に核兵器使用を考えている。しかし、核兵器が使われれば、地上でも壊滅的な打撃を受けるのは明らかだ。10キロトン級の爆弾を使ったとしても、170k?に死の灰が拡散する。韓国ばかりではなく日本や中国にも核の被害が及ぶことになる。
つまり韓国から核を撤去したといっても、大規模な演習が行われ、核兵器の近代化が進んでいった。その背景には核の傘があるから安全という考えが、日本と韓国にある。日本や韓国がこの考えを引きずって、今まで以上に米国との関係を強めれば、危険な動きに拍車がかかることになる──と訴えました。
日朝国交正常化に向けて
最後に石坂浩一さんが、北朝鮮への反感が日本以上に強い韓国で、北朝鮮を客観的に考察しようとする動きや、北朝鮮の現実を踏まえた上でリスクを削減する協力策の研究が政府・経済界レベルで始まっている。こうした研究のなかで東国大学の朴淳成氏が「北朝鮮の核開発や軍事的な動きは東アジアの平和を脅かし、軍拡をもたらす。米国の北朝鮮圧迫政策もまた東北アジアの平和を脅かすものである。北朝鮮にとって核兵器は政治・外交的、および軍事的な二重の用途を持つ戦略的手段であり、北朝鮮が核を持たなくても良いと考える状態を生み出すことが中長期的な確実な政策である」という主張を、日本も受け止める必要がある。そして@平和な東北アジアの構築。A侵略と戦争の歴史の清算。B東北アジアの地域的協力の推進──を市民の立場から日朝国交正常化の運動の柱とすること。小泉政権が進めている国交正常化の流れを止めない運動が必要と訴えました。
長崎国際会議、ヒバクシャの補償問題を中心に
──2005年に全ての核被害についての国際会議──
8月9日、長崎ブリックホールで「ヒバクシャ国際会議──ヒバクシャの権利と補償のためのシンポジウム」が、豊崎博光さん(フォトジャーナリスト)をコーディネーターに開催され、実情報告や問題提起が行われました。
まず、チェルノブイリ原発事故被害者で、「リトアニア・チェルノブイリ運動」議長のゲディミナス・ヤンチャウスカスさんが、リトアニアのチェルノブイリ事故処理作業従事者の現状について、オーストラリア先住民のスピーディ・マックギネスさん、ケビン・バスコットさんから、ウラン採掘による被害が先住民に深刻な影響を与えているとの報告が行われました。
次いで長崎県被爆連事務局長の奥村英二さんが、「被爆者援護法」が制定されるまでの経過を話し、なぜヒバクシャは国家補償を求め続けるのか?とくに外国人ヒバクシャに対して援護法の全面適用を実現することの重要性について、また原爆症認定を求めて行われている集団訴訟の意味について訴えました。
元第五福竜丸乗組員でビキニ水爆実験ヒバクシャの大石又七さんは、米国は原子力技術を外交カードとして西側諸国を勢力下におこうとし、日本政府はそれを受け入れるために、ビキニ核実験被害の補償を急ぎ、わずかな見舞金で決着してしまった。乗組員が次々に発病していったが、ヒバク後46年目に、ようやく厚生省(現・厚生労働省)は、ヒバクと一部の疾病についての因果関係を認め、船員保険法を適用したが、仲間たちは次々と亡くなっていき悔しい思いをした。乗組員23人のうち、すでにガンや肝機能障害などの共通した病気で12人が亡くなっていると報告しました。
阪南中央病院医師の村田三郎さんは、これまでの広島・長崎ヒバクシャ治療や、原発労働者のヒバク問題などに取り組んできた経験から、原爆による被害、原発によるヒバクの実情について語り、核・原子力による被害者は、放射線(能)による共通の被害者で、救済の遅れによって、二重の被害・差別を受けている。国策としての戦争遂行、原子力政策推進の結果として生じた、加害とヒバクを強要した構造も共通しており、科学者の放射線の影響・危険性の過小評価もこれに荷担している。いまこそヒバクの根源に迫り、「こころ・くらし・からだ」の補償を実現する運動が必要と訴えました。最後に豊崎さんが、米国のウラン採掘と核兵器開発、とりわけネバダやマーシャル諸島で行われた核実験被害の実情と米政府による補償の実態について報告が行われた後、パネラーと参加者を含めた討論が行われました。
また、最後に原水禁国民会議より、被爆60周年の2005年にすべての核被害者を対象とする国際会議開催の提案がありました。
とくにオーストラリアのウラン採掘による先住民への被害の実情については原水禁ニュース・04年3月号および、原水禁ホームページで読めます。
ここではヤンチャウスカスさんの、リトアニアのチェルノブイリ原発事故の処理・除染作業に参加した人たちの実情報告を簡単に紹介します。
ヤンチャウスカスさん自身、旧ソ連軍によって緊急招集され、チェルノブイリ原発事故で漏れ出た放射能の除去作業に9ヵ月働かされました。リトアニアから何人が派遣されたのか? 03年2月段階で、住所・氏名の確認可能な人5800人、死亡者600人、出国者300〜400人、特定不可能者100〜200人という数字が存在しています。
チェルノブイリの事故処理作業に従事した人たちの3分の2はなんらかの疾病に罹っていて、経済的な問題も深刻な状況にあります。一般の失業率7%に対して、処理作業従事者の失業率は30%にも達しています。病気への不安や、精神的な問題もあります。また、作業従事者の子どもたちにもさまざまな疾患が現れています(「リトアニア・チェルノブイリ運動」は、原発処理作業者への医療や補償を求めて、1990年3月10日に結成され、会員2000人)。
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対談:ケビン・マーティン(アメリカ・ピース・アクション)、福山真劫(原水禁事務局長)
核実験の再開、NPTを崩壊させない運動がいま必要 |
◆11月大統領選挙の重要さ
福山:ケビン・マーティンさんには2年前の大会でお会いし、2003年2月15日の50万人が集まったニューヨークの反戦集会でもお会いしました。今回また世界大会でお会いできて大変喜んでいます。
マーティン:世界中の1200万人もの人々がブッシュにNO! と言ったあの日を、原水禁のみなさんと共有できました。私たちは平和に向かって行動と思いを共有しているといえます。今また原水禁のみなさんにお会いできて、うれしい気持ちで一杯です。
福山:ピースアクションにとって、現在の最大の課題は何でしょう?
マーティン:なんといっても11月の大統領選で政権交代を実現することです。私たちアメリカ人は、世界に対する責任も理解しなければなりません。そして明るいニュースも出ています。労働組合や、環境保護団体、女性団体、人権団体、平和団体などさまざまな団体が、何千万人もの有権者に情報を与え、選挙登録をしてもらい、政権交代実現のために動員しようとしています。
念のために言っておきますが、私たちの団体はケリー候補支持を表明していません。イラク戦争突入の前に彼が上院で戦争賛成案に票を投じたことに、現在でも平和運動家たちは憤慨しています。しかし私たちはブッシュ大統領に対して「不支持表明」をしています。つまり私たちはブッシュの敗戦を呼びかけたのです。私たちはまた超党派の草の根的「平和投票2004年」というキャンペーンを行っています。
福山:アメリカでブッシュ政権が変わることは、日本の政治や平和運動だけでなく、世界にも大きな影響を与えますね。小泉首相は大量破壊兵器がイラクに存在するか否かの検証を、最初から放棄して、ただブッシュの求めるままに、アメリカのイラク侵攻を支持し、自衛隊をイラクへ派遣しました。日本のマスコミの多くも、アメリカほどではありませんが、自衛隊派兵に賛成の立場をとりました。
ただ破壊と混乱の中に投げ込まれたイラクの人々の生活が落ち着くには、長い時間が必要だと思いますし、それを考えると胸が痛みますが。
◆ケリー、ブッシュ両政権に対応するシナリオを
マーティン:私たちはクリントンが大統領に選ばれたときの失敗を繰り返さないようにと考えています。そのため、ケリー政権誕生の場合のシナリオ、ブッシュ政権が継続する場合のシナリオを考えています。
クリントン大統領の誕生は、レーガン、ブッシュ(シニア)と12年も続いた長い暗黒時代と比べて、もう平和問題で心配する必要はないと、活動家の多くは安心してしまったのです。全国組織から地方組織に至るまで、ほとんどの平和団体では会員数が激減しました。しかしクリントンの平和・軍縮問題では、私たちは失望の連続でした。
福山:ブッシュ大統領が再選された場合、核実験が再開される心配があります。
マーティン:原子力潜水艦のトライデントミサイルの核弾頭に、設計上のミスが見つかったとの声が核兵器研究所から出ていて、核実験再開が心配されています。
2006年は中間選挙がありますから、核実験再開には大きな抗議運動が起こることを考えると、2005年に再開される可能性があります。あるいはCTBT(包括的核実験禁止協定)への署名を撤回する可能性もあります。しかしこうしたブッシュ政権の行為は、NPTの終えんを告げるきっかけとなる恐れがあります。
福山:ブッシュ政権は2000年に約束した「核廃絶への明確な約束」を反故にしようとしています。NPTには多くの欠陥がありますが、NPTを崩壊させてはならないと考えています。そのために来年のNPT再検討会議には、原水禁も代表団を派遣して、ピースアクションの人たちや世界の運動との交流を希望しています。
マーティン:私たちもこの会議に向けて大きな運動を考えています。日米の運動協力がいまほど大事なときはありません。アメリカでもぜひ皆さんと交流しましょう。
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「帝国」の平和運動活動家と市民がなさねばならないことは?(1)
ピース・アクション事務局長 ケビン・マーティン |
◆覇権国家・アメリカを変えるために
米国は揺るぎない世界の覇権帝国となり、世界を米国にとって軍事的、経済的、政治的に有利となるように作り変えるという意向を、権力者たちは明確に表明してきました。これは恐るべきことです。
まず私たちアメリカ人は、今年の大統領選挙で変化をもたらすことが、世界に対する責任だということを理解しなくてはなりません。
そしてかつてない程の努力が、多くの平和団体や女性団体などの草の根運動によって、有権者に情報を与え、米国における"政権交代"の実現のために動員されています。民主党の大統領候補ジョン・ケリー氏にはこうした運動のバックアップを得る資格はないのですが、結果として、彼にとってはプラスになるでしょう。もしも彼が当選すれば、この革新的な草の根運動の力こそが勝利の要因だったといえるでしょう。
私たちの団体はケリー候補がイラク戦争に賛成票を投じたことを許せないと考えていて、彼への支持表明をしていませんが、同時に私たちの団体の「政治行動委員会」はブッシュ大統領への“不支持表明”をしています。
1992年、ビル・クリントンが大統領に選ばれた時、活動家の多くは安心してしまい、平和団体の会員は激減し、平和団体の持つ政治的影響力も弱まってしまいました。クリントン政権は8年間、米国の軍事機構の解体のためには何もしなかったのです。もしケリー候補が次期大統領となった場合、同じような平和活動の衰退は防がなくてはなりません。
もちろんケリーが大統領になれば、核軍縮問題に関して絶好の機会が訪れるでしょう。ただ会員や活動家たちが、クリントン時代のように活動が必要ないと考えてしまっては元も子もありません。また逆に、ブッシュが再選され、私たちの団体メンバーが希望を捨ててしまっても同様です。平和・軍縮団体は、市民の継続的な支持がどうしても必要だということ、私たちの前にあるチャンスや脅威について描いて見せなければなりません。
ここでケリー、ブッシュ、どちらが大統領の座に就くことになるかによって異なってくる私たちの課題についてお話ししてみたいと思います。
◆シナリオ・1── ケリー政権の誕生の場合
もしケリー候補が当選すれば、平和・軍縮運動の側には、核実験や「使える核」の開発計画に反対し、不拡散体制の強化を唱道する彼の立場を支持する用意が必要です。同時に、ミサイル防衛に対する考えを明白にし、かつ改善していくよう強く求めなくてはなりません。
来年5月に開催される核拡散防止条約(NPT)再検討会議が、ケリー政権にとって、これらの方針を堅持し、米国は法の下における国際社会に返り咲く準備があることを公に宣言するする重要な機会となるでしょう。
NPT再検討会議は、通常、一般の支持を築き上げるのは難しいのですが、来年の会議は異なったものになる可能性があります。新政権が、世界にその姿勢を力強く表明する後押しを、米国の草の根運動が担うことになり得るのです。
議会で優先されるべき事項は、次の通りです。
@核不拡散プログラムの財源増大。“使える核兵器”プログラム資金の取り消し──“バンカー・バスター”とよばれる「強固な地中貫通型核兵器」や「ミニ核兵器」、核実験準備態勢の強化、そして新たな「プルトニウム・ピット」生産工場(ピット[芯]は、プルトニウムからなる核兵器引き金の部分)など。
Aケリー政権下において米国は核実験の再開を行わないとの宣言。
Bそして、願わくば、CTBT(包括的核実験禁止条約)批准案の上院への再提出(ただしこの再提出は、上院で条約批准に必要な数の票が確保できる状態にならなければ、するべきではありません。残念ながら、必要数の確保は近い将来にはできそうにありません)。
以上のことは、必ずしも簡単ではないはずです。そして、おそらくこれらのほとんど、あるいはすべての措置に関して、議会で強い反対にあうと考えておくべきでしょう。私たちは、警戒を怠らず、ケリー政権がその約束を守り、これらを国家安全保障問題の最優先事項にするよう強く求めていく必要があるのです。
(次号につづく)。
防げた関電事故と電力会社の隠ぺい体質
8月9日、午後3時半頃、関西電力・美浜原発3号機(加圧水型軽水炉、出力82.6万キロワット)が2次系配管破損事故を起こし、5名死亡6人重軽傷という日本の原発史上最悪の事態を引き起こしました。しかし今回の事故は安全対策さえ十分にやっていれば防げた事故です。関電の管理体制のずさんさというより、安全を後回しにした体質による犠牲というべきです。
1970年11月28日、関電は最初の原発、美浜原発1号機の運転を開始しますが、73年3月に燃料棒折損の大事故を起こします。しかし関電はこの事故を徹底して隠ぺいしようとし、事故が明らかになったのは76年末です。動燃事業団(現・核燃サイクル機構)が建設を進めていた高速増殖炉「もんじゅ」も、95年12月8日にナトリウム漏れ火災事故を発生させますが、動燃は当初事故の実態を隠し続けました。
98〜01年にかけては、関電が高浜原発1号機で進めようとしているプルサーマルの燃料ペレットを、英国のBNFL社に発注し、その品質検査に不正が判明したにも関わらず、否定し続けました。国会での追及で否定しきれなくなってようやくその事実を認めました。
02年には、東京電力・福島第1、第2の原発シュラウド(炉心隔壁)のヒビ割れ隠しの発覚に端を発し、中部電力、東北電力、日本原電、中国電力でも事故隠しが発覚。東京電力は全原発の運転停止に追い込まれたことは私たちにも生々しい記憶です。今回の事故に関連しても、関電は他原発の点検漏れを隠そうとしました。電力会社は、原子力発電について十分な知識を持っていないのに、原発については分かっているというおごりがあり、こうした姿勢の上に、利用者無視と経済性最優先があるのです。またこのような姿勢を容認してきた国・保安院は、電力会社を監視する責任をまったく果たしておらず、国にも事故の責任を問わなければなりません。
外国の事故の教訓から何も学んでいない
今回、直径55センチの2次系配管の減肉部分がめくれるように破損し、そこから140度の蒸気が噴出したのですが、この二次系配管破損事故は、86年に米・サリー原発で発生しています。このときは配管腐食が原因で、45センチの配管が一気に破断し作業員4人が死亡しました。
このサリー原発事故以来、2次系配管でも十分な点検が求められるようになりましたが、関電はこの事故の教訓からほとんどなにも学んでいないといえます。
破損した配管には水の流量を測定する「オリフィス」と呼ばれる装置が挟み込まれていて、「オリフィス」の下流で発生する渦や気泡(キャピテーション)によって、減肉が起こったと推定されています。このキャピテーション現象の危険は関電も認識していましたが、この検査は一切、下請け会社「日本アーム」任せきりだったのです。関電自身が、点検漏れがないかなどの調査はまったく行っていません。
関電のマニュアルにも違反!!なぜ?
関電は90年5月「原子力設備2次系配管肉厚の管理指針」を策定し、未点検の配管個所は計算式で肉厚の寿命を計算し、残り寿命が2年以下になるまでに検査し、交換すると定めています。指針の計算式を当てはめると、配管の厚さは13年前に4.7ミリを下回って寿命切れとなり、その2年前の89年には配管の交換が必要だったことが明らかとなっています。
さらに日本アームから、昨年11月に点検漏れを指摘されながら、指針に基づいた寿命の計算もしていないのです。こうした関電の無責任な対応によって、5人もの死者を出したのです。社長ら幹部も含めて、法的に厳しく罰せられるのは当然といえます。
電力会社の経済優先主義
当初、原発の定期検査は10ヵ月運転毎に行われていました。しかし現在は13ヵ月運転の後に行われるようになり、さらに18ヵ月運転にまで延長しようと、電気事業連合会(電事連)は国に働きかけています。さらにその定検も、以前は数ヵ月かけて行われていましたが、現在では40〜50日で終わらせるようにしています。今回の事故は、原発運転の基本的な問題はなにかを示しています。これが改善されない限り、事故は繰り返されます。
“きれいな水といのちを守る”ため合成洗剤を追放しよう
30年の運動を踏まえて−全国集会を10月に開催
和田 滋(合成洗剤追放全国連絡会事務局長)
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大きな成果をあげてきた追放運動
私たちの運動は、名称が示すとおり“きれいな水といのちを守る”ことを目的に、身近で多くの人が使用する洗剤・洗浄剤に着目し、家庭の排水口から地球環境を見つめ、有害な合成洗剤追放運動を進めてきました。
今年は、1974年11月に東京・社会文化会館において「合成洗剤追放第1回全国集会」が開催されてから30年の節目を迎えました。「合成洗剤追放全国連絡会」も結成30年となりましたが、連絡会は、労働団体と市民団体および住民が共通の課題・目的を持って、全国規模で運動を継続している数少ない組織です。
この間、全国連絡会は、全国集会等を通じて、各地で起こっている問題の共有化と情報交換、政府や自治体、洗剤メ−カ−に対する要請などをおこなってきました。また、全国集会を地方で開催して、各地の活動に学ぶとともに、運動の発展・拡大を図ってきました。
30年間の活動を通じて、私たちの運動は大きな成果をあげてきました。国会や関係省庁、合成洗剤メーカーに向けた運動を積み重ね、合成洗剤成分のソフト化や、1974年に滋賀県において、「琵琶湖富栄養化防止条例」が制定されたことから、洗剤メーカーは有リンから無リン洗剤への転換に追い込まれるなど、運動の成果は顕著に表れました。また、製品の表示についても、「わかりやすい品質表示を!」と求めた結果、83年に通産省は表示改正を打ち出し、今日の全成分表示につながりました。
さらにこの間、合成界面活性剤の入った洗剤・洗浄剤が、人体や魚介類をはじめとする生態系に及ぼす影響について指摘し、2001年の環境省のリスク評価で、合成界面活性剤の成分のひとつであるノニルフェノ−ルに魚類への内分泌かく乱作用(環境ホルモン)があることが確認されました。このように、多くの課題や問題点を指摘することにより、情報公開の促進や関係法の制定に影響を与えてきたと考えています。
21世紀は「水」問題が重要な課題に
21世紀に入り、水に関する国際会議が相次いで開催されました。2001年の琵琶湖での世界湖沼会議、2002年の南アフリカでの環境開発サミットで、深刻な世界の水状況が議論されました。2003年3月には琵琶湖を中心とした近畿で第3回世界水フォーラムが開催され、「水は人権である」と言われるほど、水の重要性が再確認されました。
今年に入って、国土交通省がまとめた「日本の水資源」の中では、日本は海外から食料として間接的に大量の水(バーチャルウォーター)を輸入しており、海外の水資源に依存していると報告されています。まさに、21世紀は水問題が最大の課題であり、そうしたことからも水基本法の制定が急がれています。
いま、イラクにおける戦争や中東での紛争など、世界のいたるところで争いが絶えることなく続いています。戦争は人間や自然を犠牲にし、環境破壊につながることは20世紀が物語っています。この争いの原因のひとつにも「水」問題があげられています。
このような中、第28回合成洗剤全国集会が10月16日〜17日に、東京・全電通労働会館と江戸東京博物館において開催されます。今年のスロ−ガンは、「水の再生 いのちの共生−循環型社会をめざして」で、前述のとおり、30年の節目を迎え、これまでの活動を検証し、今後の運動のあり方を考えるなど、環境の世紀である21世紀に相応しい集会にしたいと考えています。
人間の生活はもちろん、地球上のあらゆる生命体にとってなくてはならない「水」の重要性がますます高まっています。そのことからも、"きれいな水といのちを守る"運動は、極めて大きな意義を持つとともに、役割、責任も重いものがあります。大きな意義の持つこの集会に、多くの皆様の参加を呼びかけます。
明らかになった普天間基地の危険性
無条件返還を求めよう
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大学構内にヘリ墜落
8月13日午後2時20分ごろ、沖縄県宜野湾市にある沖縄国際大学の構内に、ヘリコプターが墜落しました。墜落したヘリは大学に隣接する米海兵隊普天間基地所属のCH−53Dシースタリオン。墜落直後に、海兵隊員が大学構内に進入し事故現場を封鎖したため、沖縄県警や宜野湾市消防は、現場に近づくことができず、取材も制限されました。墜落事故にもかかわらず、搭乗員4名以外の負傷者が出なかったことは、不幸中の幸いでした。
しかし、墜落現場が住宅密集地であることを考えれば、大惨事に至ってもおかしくない事故でした。実際、本土復帰から2003年3月末までの間に発生した、普天間基地所属の航空機の墜落事故は72件(うち飛行機6件、ヘリコプター66件)もあり、県内での米軍航空機墜落事故217件の33%を占めています。普天間基地は、いつ大事故が起こってもおかしくはない、危険な基地なのです。
辺野古移設は非現実
宜野湾市の中心にあり、市面積の約25%を占める普天間基地が危険性であること、市民生活に負担をかけていることは、日米両国政府とも認識していました。ですから、95年の海兵隊員による少女暴行事件を契機に、日米間に設置された「沖縄に関する特別委員会」(SACO)では、普天間基地の全面返還が約束されたのです。
基地返還は、5年から7年で実行すると約束されましたが、県内に別施設を建設するという条件が付いていました。日本政府は移設先として、名護市の辺野古沖を候補地にしました。しかし名護市の人々の建設反対運動により、工事は着工されていません。また工事計画自体が、環境アセスメントに3〜4年、埋め立て工事に9年半、滑走路・施設建設に2〜3年、機能移設に1年半と、早くても16年後にしか完成しないものなのです。
今回の事故で、市民と軍隊は共存できないことが明確になりました。普天間基地の返還は、一刻の猶予もなりません。実は米国側も、早期の返還を希望しているのです。03年11月に来沖したラムズフェルド・米国防長官は、普天間基地を上空から視察し「こんな所で事故が起きない方が不思議だ。代替施設計画自体、もう死んでいる。」と述べました。日本政府は、辺野古沖への新基地建設に固執せず、「移設なしの無条件返還」を含めて、米国と新たな交渉を開始すべきなのです。
平和運動の総力をあげて基地撤去へ
米軍が事故現場を封鎖したことも問題です。日本政府は地位協定上、機体の管理権は米軍側にあるとし、封鎖を容認しました。しかし、事故は基地の外で起きているのであり、米軍が現場封鎖する根拠は地位協定にはありません。施設管理者の大学関係者さえ立ち入れないことを含め、日本側の権利が侵害されています。政府が地位協定を根拠に米軍の行動を容認するのであれば、地位協定自体を、抜本的に改正しなければなりません。
また、米軍は8月21日、沖縄県の全面飛行中止要請にもかかわらず、普天間基地でのヘリ飛行を開始しました。また普天間基地所属するヘリで、今回墜落したヘリと同型機が、4月に広島で不時着していることが明らかになりました。地域住民の安全など、まったく眼中にないのです。
この秋の反戦・平和運動の最大の課題として普天間基地全面返還をとりあげ、全国からできうる限りの連帯の取り組みを行いましょう。
自衛隊海外派兵「恒久法」準備進まず
イラク情勢悪化が影響? |
恒久法は海外紛争の際に米軍や多国籍軍を支援するための自衛隊派兵を可能とする法制の通称です。01年の米同時多発テロ、03年のイラク戦争を受けたインド洋、イラクへの派遣では期間や活動内容を限定した特別措置法を制定して対応しました。
政府・与党内で「米国から自衛隊派遣を求められるたびに法律を作るのではなく、機動的に派遣できる恒久法が必要」との声が強まってきたのを受けて、福田前官房長官はイラク復興特措法の成立した昨夏、恒久法を制定する方針を打ち出し、内閣官房に作業チームを編成し、来年の通常国会提出を目指して法案内容の検討を進めていました。
しかし、5月に就任した細田長官が「なぜ必要なのか」と法案に難色を示し、「検討はいいが、(法案化の)準備はダメだ」と準備室への格上げにストップをかけました。
自衛隊を派遣したイラクの治安が「最悪の状況」(官邸筋)にある今、さらなる海外派兵を想定した恒久法制定を急げば国民の反発を招きかねないとの計算が働いているようです。
「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で編集された歴史教科書(中学生用・扶桑社版)が8月26日に開かれた東京都教育委員会で、来春開校する都立初の中高一貫校(台東区)の教科書として採択されました。扶桑社版教科書をめぐっては「戦争を美化している」などの内外からの根強い批判もあり、全国的にはほとんど使われておらず、都立の普通校での採択は初めてのことです。都教委の審議は公開で行われ、6人の委員が8社の歴史教科書を比較した資料を基に「検討」した結果5人が扶桑社版教科書を推しました。
都教委は2001年、養護学校2校と1分教室向けに扶桑社版の教科書を採用。文部科学省によると、同教科書を使う公立校は現在都立養護学校のほか、愛媛県立の中高一貫校3校と養護、ろう学校の一部だけで、私立を含めた採択率は0.097%にとどまっていますが、4年に一度の2005年8月の全国一斉採択の年を控えて「つくる会」の前回採択時にみられた動きと同様に現場の声を聞かず偏狭なナショナリズムに走る状況には、十分な警戒が必要だといえます。
原水禁などでつくる実行委員会は8月18日、「美浜原発事故緊急抗議デモ」を行いました。150人が社会文化会館前を出発し、経済産業省前では「全原発を停止して総点検せよ」との声をぶつけながら日比谷公園までデモ行進をしました。
行進前の集会で、原子力資料情報室の沢井正子さんは「この事故は、関西電力が自分の原発の状態を何も知らなかったことを意味している」と述べ、検査を他社に丸投げする構造が事故を招いたと強調しました。
そして、検査業務が、事故の問題箇所を対象として登録しなかった三菱重工から、1996年に関電の下請け会社に移行した経緯を含め、解明が必要だと指摘しました。
8月15日、東京・千鳥ヶ渕の国立戦没者墓苑で開催。200人が参加。江橋崇・平和フォーラム代表に続いて、民主党・仙谷由人政調会長と社民党・福島瑞穂党首が「誓いの言葉」を述べました。あいにくの天候の中、多くの市民の献花の列ができました。
防衛庁は、年末までの新たな防衛計画大綱策定に向け、現在の自衛隊法で「付随的任務」と位置づけている自衛隊の海外活動を「本格任務」に格上げし、陸上自衛隊に国際活動の専門部隊をつくる方針を固めました。本来任務にした場合、これまで正統防衛に限定されてきた海外での武器使用権限も、「任務遂行」に必要な範囲に拡大することも検討されています。自衛隊の海外派兵を恒久化する法案も検討されている中、この方針はこうした動きの先取りだという指摘もあります。
この間、政府は「国際社会の要請に応える」との旗印のもと、政府はイラクへの陸上部隊の派遣など、海外派兵の既成事実を積み重ねてきました。
しかし、自衛隊法を改正して、自衛隊の性格づけまで変更することは、「憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えない」とのこれまでの歯止めが失われ、「専守防衛」の域を越えるもので、海外での武力行使を禁じた憲法に抵触すると可能性が大きいと考えられます。
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