戦後60年を問い、東北アジアと日本の未来を開く女性の集い
9月17日と18日、東京と福岡の2つの会場において、表記の集いが開催されました。キリスト教3団体や三木睦子さんら呼びかけ人、朝鮮女性と連帯する会、I女性会議などが実行委員会をつくり、この歴史の節目に、開催することの意味は大きい。I女性会議の重藤都さんが司会をつとめ、常任顧問の清水澄子さんが開催に尽力し、まとめをしました。
講演には、韓国前女性大臣の韓明淑さんが招かれました。韓さんは知る人ぞ知る、民主化運動の中で投獄された経験をもち、1995年の第4回世界女性会議のあと、韓国で女性省ができたときの初代大臣となった人です。韓さんは「韓国は日本からの解放後も、南北に分断され長く不幸な軍部独裁政治を経験しなければなりませんでした」といい、自らも、そして金大中大統領も投獄されなければならない抵抗と苦難の時代を経て、いまその人たちが国会や内閣の中心となって働いているという大きな変化を語りました。
一方、日本はどうでしょうか。韓国の人々がみるところ、「日本はいっそう右傾化し、自衛隊が強化され、首相が靖国参拝をし、憲法9条が改訂されようとしているのではないか」と憂慮し、「日本社会はなぜ過去の歴史を真摯にとらえ、アジア諸国との信頼を築こうとしないのでしょうか」と問いかけています。
アジア侵略歴史への反省、「従軍慰安婦」問題への謝罪もなく、憲法・教育基本法の改悪へ進もうとする日本政府への、大きな警告であるといわざるをえません。
また、「戦争から今日までの60年を国家や政府が主導してきたとするなら、これからは市民や民衆が前面に出なければいけないと思います」と語りました。
実は、この会を実現させた「アジアの平和と女性の役割」という会議の積み重ねこそ、一つの大きな民間交流でした。1991年に南北女性が東京で初めて集った第1回をはじめ、15年のあいだにソウル、平壌、東京と4回開催され、その掲げるところは一貫して、@日本の植民地支配の謝罪と清算、A南北和解と統一の実現、B東北アジアの平和をつくる、でした。
東京集会では、土井たか子さん、石毛えい子さん、内海愛子さん、櫛渕万里さん(ピースボート)、丸浜江里子さん(杉並の教育を考えるみんなの会)、中村桂子さん(ピースデポ)、臼井一美さん(NCC)、坂本洋子さん(アジアの平和と歴史教育連帯)、金淑姫さん(枝川・オモニ会会長)が、国会議員や学者、民間交流の立場から、歴史への反省と平和への決意を語りました。
この15年は朝鮮半島の激動の時代で、私たち都本部も長い間の在日の方々との交流や、2003年から3年間の「びすけっと」を通したWFP食糧支援に参加して、大きな可能性を模索してきました。
第4回世界女性会議(1995年、北京)
村山総理が植民地支配への謝罪を発表した年の夏、北京では私たちが国連の第4回世界女性会議に参加しました。世界185ヵ国から政府代表とNGOの4万人以上が参加した最大の国連女性会議で、日本からは、野中大臣ら閣僚と、NGOを含めて5,000人が参加しました。全世界が、ジェンダーという視点からあらゆる面で男女の不平等を検証した画期的な出来事だったといえます。「北京宣言」と「北京行動綱領」を採択し、いまも世界女性運動の道標として、生き続けています。
こうした「ジェンダー平等」をめざした女性運動は平和にどう貢献できるでしょうか。当時は中東、アジア、アフリカから当事者も参加し、「女性に対する暴力」「女性と武力紛争」が大きな問題となりました。「性器切除」「ダウリ」の古い因習にしばられ、財産権・商業権、教育を受ける権利をもたず、なお紛争におかれた女性たちは最大の犠牲者でした。したがって女性こそが、平和の擁護者となり、運動を進めなければならない自明のことが、加害者(国)への怒りとともに強く確認されました。
(次号につづく)
2000年の石原東京都知事の「三国人」発言に端を発して行われた多文化たんけん隊。毎年8月に、新宿を中心に行われています。
多文化たんけん隊は、そもそも外国人への排外主義をあおりたてる為政者のプロパガンダに対し「抗議」だけでなく、多様性を認め合う地域社会こそすばらしいことを一人一人の感覚としてつかんでいくこともめざして始まりました。さらに災害時に「外国人が暴動を起こす」と言った妄言に対し、多言語で外国籍住民も災害時に共に助け合おうと「防災実験」を行ってきました。
今年は8月13日〜9月3日まで15本の多文化たんけんツアーを行い、9月3日の夜には、「多文化大学」として「多文化たんけん隊の5年をふりかえって」と題してシンポジウムを9月1日に新宿区歌舞伎町に開設されたばかりの「新宿区多文化共生プラザ」で行いました。
今回、屋外で行う「防災実験」やコンサートなどの「フェスティバル」は行わず、日本語学校見学や多民族の街大久保のフィールドワークなどこれまで開催してきて好評だった企画を引き続いて行いました。
今年の特徴としては、戦後60年で小泉首相の参拝で焦点化された「靖國神社」。「「歩く歴史教室 IN 靖国神社」アジア民衆の目から見るフィールドワーク」として2回開催したところ、両方で40人以上の参加がありました。初めて靖國神社に来られた方も多かったようですが、「もと軍事博物館の遊就館は、展示などがうまく構成されていて歴史の説明などはそのまま信じてしまいそうだ。客観的な解説を聞きながら見学できたのは良かった」という感想も寄せられています。
また新宿・歌舞伎町を考える上で見落とすことができない性風俗の歴史について、当事者である早乙女宏美さんから「新宿 ストリップ発祥の地より愛をこめて」と題して話をしてもらいました。1922年の遊郭の新宿二丁目移転から21世紀にはいってからの歌舞伎町のぼったくり防止条例や客引き禁止などまで年代を追って、無声映画の弁士でもある早乙女さんの名調子で語っていただきました。参加者の三分の二以上が女性であり、はじめて性風俗の話を聞いた方も多かったなかで、自分がイメージした像との違いを感じたこともあったようです。
このようなイメージした像との違いを考えていくことが、多文化探検隊の狙いでもあります。
最終日の多文化大学では、大久保地域で地域共生のために活動するNPO「共住懇」代表の山本重幸さん、人種差別撤廃条例を目指し民族教育を受ける権利を守る活動に積極的に参加している弁護士・師岡康子(日弁連人権擁護委員会国際人権部会委員)さん、そして新宿区文化国際課長の針谷弘志さんの3名をパネラーに迎え、シンポジウムを開催。80年代後半からの外国籍住民の増加にともない、新宿区として行政のあり方に話題が集中しました。
最後に各パネラーから「日本語のできない子どもが増えている。教育を保障するという観点から、就学の実態調査を進めてほしい」(師岡さん)「教育・福祉・住宅面で対応するため、基礎データの蓄積をしていきたい」(針谷さん)「外国人の子どものニートが増えている。新宿は比較的データが充実しているが、それを生かしてほしい」(山本さん)との発言をうけ、終了しました。話は拡散しがちでしたが、外国籍住民が問題を持ち込む存在や「お客さん」としているのではなく、ありのままの姿で住民として主体的に発言や行動する存在であることが指摘されたシンポジウムでした。
いま日本では年々外国籍住民の占める割合が増えています。今さら鎖国ができない以上多文化探検隊の活動は、規模は小さくとも引き続き行われることが必要でないでしょうか。(今年のプログラムと報告は多文化探検隊のHPでも紹介されています。関心をお持ちの方はぜひご覧下さい。
http://www.tabunka-tanken.com/
米軍基地のない日本を創ろう!! 米軍再編に反対しよう
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進捗不明な日米間協議
在日米軍基地再編に関する日米協議の内容は、相変わらず明らかにされていません。報道では当初、10月中の「日米外務防衛首脳会議(2+2)」と、11月の「小泉―ブッシュ会談」での合意をめざすとされていました。しかし、協議が進展しないことから、2+2の前に予定されていたラムズフェルド国防長官の来日を米側はキャンセル。強い不満を表明しています。
日米間協議の焦点は、普天間基地の移設先についてです。名護市辺野古ではボーリング調査のための「単管やぐら」が9月2日、台風のために撤去されました。以降、新たな「やぐら」は建設されていません。日本政府は辺野古への移設をほぼ断念しました。
陸地案か、浅瀬案か。対立する普天間基地移設
日本政府は新たな移設先として、辺野古に隣接する米海兵隊キャンプ・シュワブ内の陸地を提起しました(キャンプ・シュワブ陸地案)。基地内であれば反対運動に関わらず建設を進められるからです。しかし米側は、キャンプ・シュワブへの移設に反対しています。
そのため日本政府は米国に妥協、当初予定よりも小規模な施設を、辺野古のリーフ(浅瀬)に建設しようとしています(辺野古リーフ内縮小案・浅瀬案)。
沖縄平和運動センターは、県内での基地の「たらいまわし」に反対し、様々な行動を提起しています。また辺野古で抗議を続ける人々も、浅瀬案であれ反対運動は継続していくとしています。
横田では日米航空戦力の一元化
東京都横田基地には米第5空軍の司令部があります。再編案としては当初、グァムに司令部を置く第13空軍との統合と、司令部のグァム移転が報じられてきました。しかし現在では、米軍内の統合と司令部移転は消え、航空自衛隊・航空総隊司令部の移転が主な課題とされています。実現すれば、在日米空軍と航空自衛隊の司令部が合同することになり、日米航空戦力の一体化が進みます。
東京平和運動センターと三多摩平和運動センターは横田基地の強化に反対して、10月14日に集会を開催し、約1,000人が「米軍基地再編反対」の声をあげました。
キャンプ座間がアジア太平洋地域の司令塔に
神奈川県のキャンプ・座間には、在日米陸軍司令部とその付属機関が設置されています。再編計画では、米本土ワシントン州にある米陸軍第1軍団司令部の移転が報じられていました。第1軍団司令部は、韓国駐留の第2師団とハワイの第25師団を指揮下に置き、活動範囲がアジア太平洋地域全域であることから、日米安保条約の「極東条項」に抵触するという問題が指摘されてきました。米国は、第1軍団司令部を縮小改変して日米安保の枠内で活動するとの説明を、日本側にしているようです。
また最近、陸上自衛隊に新設される中央即応集団の司令部を配備する計画も明らかになりました。この計画が現実となれば、横田基地同様に座間基地でも、日米の陸上戦闘部隊が一体化されることになります。
神奈川平和運動センターは、11月13日にキャンプ座間包囲行動を提起しています。
山口県岩国基地にNLP訓練移転か?
山口県の岩国基地には、海兵隊の戦闘機部隊が配備されています。これまでにも岩国基地を飛び立った戦闘機が、度々墜落事故を起こしています。
その岩国基地に、現在は厚木基地で実施されている夜間発着訓練(NLP)の移転が、取りざたされました。米海軍の空母キティーホークは横須賀基地を母港としています。キティーホークが横須賀入港している間、艦載機は厚木基地で訓練を実施しています。その訓練の一つが、基地の滑走路を空母の甲板に見立てて夜間に発着訓練を実施するNLP訓練です。
厚木基地周辺が住宅密集地であり爆音が問題となっていること、また岩国基地が沖合に拡張したことから、移転先とされたようです。
米軍再編反対の運動を広げよう
総選挙では、自公両党が衆議院の3分の2の議席を制しました。今後、教育基本法改悪や憲法改悪、在日米軍基地の再編強化、社会保障制度の破壊、平和運動・労働運動への弾圧などが、急速に進行すると思われます。こうした政治状況のなかで私たちは、座して待つのではなく、前に進まなければなりません。在日米軍基地の再編・強化への反対運動を軸に、小泉内閣と対決する平和勢力を作り出しましょう。
WTO(世界貿易機関)は、今年12月に香港で開かれる閣僚会議において、関税の削減率や貿易自由化にむけた要件など、最終合意内容を方向付けるモダリティの合意を図ろうとしています。そして、来年中には最終合意をめざすスケジュールが示されています。しかし、各国の対立が激しく、まだその見通しは立っていません。その最大の対立分野が農業です。農業交渉をめぐる動きと課題を整理してみました。
WTO農業交渉は3つの分野で交渉が行われています。日本が最も関心が高い「市場アクセス」分野は、輸入農産物の関税削減の方法、削減率などを議論しています。ここでは食料輸入国と輸出国が対立しています。日本や韓国、スイスなどは急激な関税削減に反対し、各国の主体性が発揮できるよう柔軟性を持たせることを主張しています。
これに対して、アメリカやオーストラリアなどは大幅な引き下げを求め、特に、高い関税率の品目は、一定の率まで引き下げる上限関税の導入を主張しています。例えば、日本のコメは460%の関税率がありますが、これを一挙に75%(アメリカの主張)まで下げさせようというものです。当然、これには輸入国は激しく反対しています。
第二の対立点は「国内支持政策」のあり方です。農業補助金が多い先進国とほとんどない途上国やオーストラリアなどが対立しています。日本は農政改革を進めた結果、農業補助金は急速に減少しており、あまり進んでいないアメリカなどを攻める立場にあります。しかも、アメリカは自国の農業保護のために、本来は削減すべき補助金まで認めさせようとしています。こうした姿勢に途上国からの反発が高まっています。
最後は「輸出競争」という分野で、アメリカやEUなどの農産物輸出補助金等の撤廃時期を明確にするよう、途上国から強く求められています。途上国の貿易市場を奪っている輸出補助政策の早急な撤廃がなにより必要です。
このように、現在の交渉は、アメリカなど輸出国が強引に自国の利益を守ろうとして進められているため、多くの途上国との摩擦が激しくなっているのです。現在のWTO協定は輸出国に有利に出来ています。これ以上、輸出国に有利な交渉を進めないようにすることが、輸入国だけでなく、世界の食料需給の安定と各国農業の共存のために欠かせないものです。
平和フォーラムは、12月の香港閣僚会議に対する行動のため、代表団を派遣し、各国のNGO、農民などとともに行動を展開することにしています。
韓国の農民団体代表が来日、各地で交流
「香港に韓国農民1500人を派遣する」
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WTO香港閣僚会議に向けて、国内での運動を盛り上げようと、平和フォーラムは農民団体などと協力し、韓国の農民団体代表を招いて、各地で交流を行いました。これは、市民団体なども加わった「WTO/FTAを問う全国連鎖行動」の一環として行われたもので、9月に韓国の民主労総代表を招いたのに続いて、10月6日〜14日まで韓国最大の農民団体である全国農民会総連盟(全農)の代表として、忠清北道連盟事務総長のイ・サンジョンさんを招いて、長野、新潟、北東北など全国6箇所で連鎖集会が開かれました。
韓国では、政府によるコメの市場開放政策に対して、全農などが激しく反発して闘争が展開されている最中です。イさんは「農民ゼネストで対抗し、高速道路をトラクターで封鎖したり、農産物出荷拒否や、全国でコメ袋を積み上げて抗議するなど、あらゆる手段を使って市場開放を阻止する」と語りました。
また、WTO閣僚会議に対しては、香港に韓国農民1500人を派遣することも明らかにしました。連鎖集会参加者は韓国の運動に学びながら、ともに連帯して闘うことを確認しあいました。
食品安全委が米国産牛肉輸入を容認
ずさんな審議で拙速な結論
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2003年に牛海綿状脳症(BSE)の感染牛が発見されてから輸入が停止されていたアメリカおよびカナダ産牛肉の輸入再開問題を審議していた食品安全委員会プリオン専門調査会は、10月にも生後20ヶ月以下の牛に限って検査なしで輸入することを認める答申案をまとめようとしています。しかし、これで輸入牛肉の安全性が証明されたわけではありません。同調査会でも、両国の検査体制や汚染の可能性を懸念する意見が多数出されました。どのような問題点があるのでしょうか。
はじめに結論ありき ブッシュ米大統領への土産
今回の調査会答申は、5月に厚生労働省、農林水産省が行った諮問に対するものです。しかしすでに昨年、日米政府間で輸入再開が基本合意されており、今回の結論は、この政府合意を履行するためのものです。11月には日米首脳会談が予定されており、ブッシュ米大統領への手土産となるのは明白です。
日本では、8月に国内対策を見直して、20ヶ月齢以下の牛をBSE検査の対象から外しましたが、それ以後も、国内産の牛は全頭検査が続けられています。日本の牛肉は8割以上が21ヶ月齢以上で、線引きはかえって作業を煩雑します。一方、米国産牛肉の約9割が20ヶ月齢以下の牛です。この措置は実質的には米国産牛肉の輸入再開に備えたものだったのです。
それと前後して、牛の生産履歴が分からない米国産牛のため、肉質や骨化の状況などを検査官が見て月齢を判定するという仕組みを受け入れました。本来は肉の格付けのためのチェックを、強引にも月齢判定に使おうというのです。さすがに、これに対しては調査会でも、「一人で1日5千頭も検査する必要がある。これは日本のと畜場の10倍以上で、異常牛が見逃される危険性が高い」と記述せざるをえませんでした。
このように、はじめから結論ありきのものを、政治日程を優先させて答申されるのです。
食品安全委員会の存在に疑問も
米国のBSE検査体制には多くの疑問が上げられています。本誌6月号でも指摘したように、BSE検査が行われているのは全体の1%以下しかありません。BSEの原因である異常プリオンが蓄積する特定危険部位の除去も30ヶ月以上の牛に限られています。さらに、米国では除去された特定危険部位は処分されず、BSEの感染源と言われる肉骨粉の原料にされています。そのため、危険な肉骨粉が牛の飼料に混じったり、誤って牛に与えられる恐れがあります。
こうしたいくつかの疑問点が指摘されていますが、食品安全委員会は、アメリカの提出した資料を鵜呑みにして、結論を導き出したものです。
また、米国がBSEに関わる措置を完全に行うという前提で審議されてきました。その実効性の確保は厚生労働省などの行政機関の役割としました。しかし、これまで行政機関は輸入再開の旗振りだけを務めてきており、その信頼性には疑問があります。「食品安全委員会は安全性を評価するだけの機関だから」(プリオン専門調査会吉川泰弘座長)という説明では、消費者の納得を得ることはできません。
平和フォーラムは引き続き、危険性が高い牛肉の拙速な輸入再開に反対するとともに、輸入された場合は、厳格な表示などを求めて消費者団体などと活動します。
第36回食とみどり、水を守る全国集会開催概要決まる
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平和フォーラムが農民団体、消費者団体などと毎年開催している「食とみどり、水を守る全国集会」の今年の開催概要が次のように決まりました。
日時:12月2日(金)14時〜3日(土)14時半
会場:長崎市「ブリックホール」(全体集会、分科会)
「稲佐山観光ホテル」「ホテル清風」(分科会、宿泊)
第一日目:全体集会(14時〜17時半)
あいさつ、基調報告、講演(講師・本山美彦京都大学教授)、活動報告(報告者・吉田俊道長崎・大地といのちの会代表)ほか
全体交流会(夜)
第二日目:分科会(9時〜12時)
@入門講座(アスベスト問題、自然エネルギー問題)、A森林・水問題と環境、B食の安全、C食料・農業政策、D運動交流、Eフィールドワーク(諫早湾干拓地視察)
総括集会(13時〜14時半)
特別報告(長崎原爆被爆者の証言・池田早苗さん)、集会のまとめ、集会アピールほか
参加費 1泊3食15,000円、日帰り参加1,000円
フィールドワーク参加費3,000円
◎集会での討議のポイントとなる課題についての学習パンフを11月上旬に平和フォーラムから発行予定。
東アジア共同体への出発点となるか
6カ国協議共同声明のもたらすもの
いまこそ必要な日本の非核政策
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北朝鮮を国家として認めたことの意味
05年7月26日に第4回6ヵ国協議が開会し、8月6日に休会。9月13日に再開し、19日に発表された「共同声明」は、新しい歴史を刻む日となるのではないでしょうか。
共同宣言の中身は大きく二つに分かれます。1つは、北朝鮮がすべての核兵器と核計画を放棄し、NPTとIAEAの保障措置へ復帰する。一方北朝鮮の求める原子力平和利用の要求を尊重し、適当な時期に軽水炉提供で議論する、述べられていること。
2つ目は、米国が朝鮮半島で核兵器を持たず、北朝鮮を核兵器や通常兵器で攻撃、侵略の意図のないこと。米朝は相互の主権を尊重し、平和的共存、関係正常化の措置をとる、とうたったことです。
とくに米国が北朝鮮を国家として認め、侵略する意図のないことを確認した意味は大きいといえます。この声明は、第二次世界大戦後の分断された朝鮮半島を中心に東北アジアで今日まで続いてきた、冷戦構造の終わりだけでなく、東アジア共同体への発展を予感させます。
今後も北朝鮮の核兵器、核計画放棄が先か、軽水炉の提供と並行して行うか、検証をどうするか、さらにNPT復帰後のIAEA査察など、11月に開催される協議を含めて、多くの困難が予想されますが、この流れは変わらないと思います。
そしてこの流れを作ったのは中国です。日本政府は声明になんとか「拉致問題」を入れたいと考えましたが、「日朝は、平壌宣言に従って過去を清算し懸案事項を解決し、国交正常化の措置をとる」という内容になり、拉致問題については今後の交渉次第ということになりました。第4回6ヵ国会議で、日本は積極的な役割を果たすことができず、ただ参加しただけという印象だけが残りました。
米朝を解決に向かわせる要因
6ヵ国協議がこのように展開することは、会議前から予測されていました。米朝は04年6月に第3回協議が中断されて以降、積極的に接触を重ねてきました。第4回協議が開会された7月26日、米国代表のクリストファー・ヒル国務次官補は、協議中断中6回の米朝会談を行った、北朝鮮を侵攻したり攻撃したりする意図はないと語りました。
翌27日に発言した北朝鮮の金桂寛代表は、第3回協議での米提案(※)を拒否することを明確にしましたが、米国による核の脅威の除去や、米朝関係の正常化がなしとげられれば、核兵器、核兵器開発計画を検証可能な方法で放棄する。しかし平和利用は含まれないと述べました。
※04年6月23〜26日に開催された第3回6ヵ国協議で米国は北朝鮮に3ヶ月の準備期間を与え、高濃縮ウランを含む宅開発放棄に着手すればエネルギー支援や暫定的な安全の保障を認めるなど7項目を提案。
第3回協議はウラン濃縮問題の対立が解けず、休会となりましたが、米朝両国にはつっぱりあうだけではすまない切迫した事情が存在していました。
第3回協議以降、米国はウラン濃縮問題を持ち出していますが、確証は存在しません。米国が強硬姿勢を続けたとしても、なにも打開策はないのです。国連安保理に持ち込んだとしても、中国、ソ連の拒否権で否決されることは明らかですし、さりとて武力攻撃に踏み切ることなど、とうてい不可能です。なによりも韓国が強く反対するでしょう。
さらに米国のイラク侵攻は泥沼化し、解決の道筋は見えていません。反戦世論は次第に大きくなってきていて、米国民の半数以上がが、独裁国体制を打倒するために軍事力を使うことに反対しています。米財政の双子の赤字は増え続け、いまや中国は米の大きな債務国となっています。今後の米国外交を考える上でも、中国との関係はきわめて重要になってきており、6ヵ国協議を成功させることは、米国が東アジアにプレゼンスを持ち続けるためにも、重要になってきています。
一方、北朝鮮も核兵器を増やし続けるとの強硬路線を続けていても、経済的な困難を解消する道は存在していません。自国の経済立て直しを考えるなら、核兵器路線を放棄する以外に道はないのです、
また中国も多くの経済支援を北朝鮮に与えていますが、核開発に強く反対しているだけでなく、米国との協力関係も持続させたいと考えていますから、北朝鮮に強い働きかけを行ってきました。
米の核攻撃は韓国にも大きな放射能被害
雑誌・世界10月号にオーストラリア国立大学教授、ガバン・マコーミック氏が「核の傘ときのこ雲」と題する文章で、米国が朝鮮半島で核兵器使用計画などについて、次のように書いています。
『1970年代末、カーター政権は…北朝鮮軍のあらゆる動きに対応する計画を立案した。それによれば核の傘で防衛するためにソウル郵便局から約12.5キロの距離に原爆を投下する必要があった。韓国政府は核の傘が開いた場合、想定される影響についての詳しい研究結果を最近公表した。米国が核施設へ…精密爆撃を実行した場合、最悪のシナリオとしては半島全域が10年間は人が住めないところとなり、それよりましな場合でも爆心地から10〜15キロ以内の人口の80%は2ヵ月以内に死亡、放射能汚染がソウルはもちろん、1400キロ離れた地域まで広がるという』。
このような報告がなぜ日本の多くのマスコミで報道されないのか分かりませんが、韓国政府は自国の安全のためにも、米国の武力攻撃に反対する必要があるのです。
韓国の金大統領が太陽政策をとり、後を継いだ廬大統領はさらにその政策を発展させています。韓国はいまやゆるやかな統一に向かっているとまでいわれています。国家体制が大きく異なる国同士の統一は、きわめて困難と思われますが、韓国にとっては平和的な融和政策をとることが最良の道なのです。
日本は冷戦外交からの脱却を
6ヵ国協議で日本は、ほとんど存在感を示すことができませんでした。これまで東北アジアでは冷戦構造がずっと続いてきました。米ソの冷戦が終結した後も、日本は米国の核の傘に依存し続け、米ソ冷戦が終わった後も北朝鮮に敵対視し、北朝鮮からの化学兵器などの攻撃に日本を守などの理由で、核の傘を求め続けてきました。米国が北朝鮮を核攻撃しないという約束に、強く反対し、東北アジアでの冷戦構造の一翼を担い続けてきた、その構造がいま崩れようとしているのです。
これまで日本が、東北アジアの冷戦構造を変えようと動いたときがありました。それが2002年の「平壌宣言」でした。しかし日朝の和解を望まない勢力が、北朝鮮の核兵器問題がことさら大きく取り上げられたこと、さらに拉致問題がからみ、日本は日朝和解の機会を失ってしまいます。
6ヵ国協議での日朝個別会談によって、日朝交渉再開が合意されましたが、まだ日程は決まっていません。拉致問題がネックになることは明らかで、交渉が長引くことによる偏狭なナショナリズムの台頭を恐れます。
拉致被害者やその家族のことを考えると心がいたみます。拉致問題の早期の解明と解決が求められますが、そのためには北朝鮮はもちろん、日本も情報を公開しなければなりません。横田さんの遺骨問題をめぐっては、国際的にも情報公開が求められているのです。
今後、米朝間で紆余曲折が予測されるとしても、最終的には北朝鮮はNPT復帰とIAEAの査察受け入れに進むでしょう。問題の鍵はIAEAの抜き打ち査察を認めるIAEAの追加議定書の締結を受け入れるかどうかにあります。仮に北朝鮮が追加議定書の締結を受け入れたとしても、IAEAの査察には数年かかります。
しかしこの間に、東北アジアの情勢は大きく変化していくでしょう。中国は一層経済発展をとげ、米中の経済的結びつきもさらに強まるでしょう。
これまで米国と共に東北アジアで冷戦構造の一翼を担ってきた日本はどうするのか? いまこそ中国、韓国を含めた東アジア共同体への構想を考えるときではないでしょうか。日本がアジアでの孤立を強めるならば、残された道は、一層米国との軍事的関係の強化しかなくなります。それは日本だけでなく、アジアにとっても不幸です。
共同声明骨子(朝日新聞を参照)
・6ヵ国目標は、朝鮮半島の検証可能な非核化
・北朝鮮はすべての核兵器および既存の各家核を放棄する。NPT、IAEAの保障措置に早期に復帰することを約束
・北朝鮮は原子力の平和利用権利を持つ旨を発言。他国はその発言を尊重する旨を述べ、適当な時期に軽水炉提供問題について議論することで合意
・米国は朝鮮半島で核兵器を持たず、北朝鮮を核兵器や通常兵器で攻撃、侵略する意図はないことを確認
・米朝は、相互の主権を尊重し、平和に共存し、関係正常化のための措置をとる
・日朝は、平壌宣言に従って過去を清算し懸案事項を解決し、国交正常化のための措置をとる
(注・この文章作成では、雑誌・世界「ドキュメント・南北朝鮮」などを参考にしました)
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長崎の平和運動をけん引するといっても過言ではなくなった8年目を迎えた「高校生平和大使」5年目を迎えた「高校生1万人署名活動」は、被爆60年の今年、確実に国内外に広がりを見せました。全国的な認知度の高まりや高校生の大変ながんばりがあり目標を大きく上回る署名を集めることができました。その数91,178人分。そして、8月19日、第8回高校生平和大使によって国連欧州本部軍縮局のエンリケ・ロマンモレー部長に届けられました。
1998年に第1回の高校生平和大使がニューヨークの国連本部を訪れてから21人の大使が生まれたことになります。
今年の特徴をあげてみると以下の点があげられます。長崎県以外からも大使を選出したこと。特に長崎の2人以外に広島・神奈川・イギリスの高校生と自主参加した、神奈川・京都・福岡・宮崎の6人の高校生の参加は大きな意義がありました。全国募集となった結果,130人の応募があり活動の拡がりを実感しました。署名数も過去最多を記録しました。
さらに、国連の対応も、年々変化してきました。国連軍縮会議では、会議の冒頭に高校生平和大使が紹介されることが恒例となりました。国連軍縮会議日本代表部の演説でも、高校生平和大使と高校生1万人署名活動などを紹介しました。5人の高校生のスピーチは、核兵器の廃絶と世界の平和の実現に努力する若者らしい意欲にあふれたものでした。
イギリスに留学中の中村みちるさんは、流暢な英語で「原爆の被害を紹介し、再び被爆者を作らない決意」を述べるとともに自身が留学した動機を「平和な世界をつくるために国連職員になりたいがための留学」であることを語りました。広島の西迫駿さんは、「ヒロシマを忘れたときヒロシマが繰り返される」と述べ、被爆体験を継承し、核兵器の廃絶を求めていく決意を述べました。長崎の平湯あゆみさんは、高校生1万人署名活動の今年の活動を紹介した上で、「被爆体験を直接聞くことのできる最後の世代のわたしたちが語り継ぎ、平和な世界を実現していきたい」と訴えました。
神奈川の小檜山なつ子さんは、唯一の被爆国といいながら、被爆地・広島、長崎と他の地域との意識が違うことに戸惑ったことを率直に述べ「広島・長崎を地球上の全ての人々が共有し、恐怖のない平和な世界を実現していくよう努力していくべきだ」と主張しました。
最後に長崎の山田詩郎さんは、アメリカに留学したことやNPT再検討会議にあわせて訪米した経験と感想を述べた上で、国連に対する要望として「国際的な話し合いの場に若者が参加できる機会を設けてほしいこと。世界の子どもたちに核兵器の恐ろしさを伝えることに力を注いでほしい」と訴えました。ロマンモレーさんは真剣なまなざしで彼らの訴えを聞いてくれました。
平湯あゆみさんはモレーさんとの会見について以下のように感想を寄せています。「モレーさんは、わたしたちがスピーチをしている間、暖かい目で熱心に話を聞いてくださいました。彼が国連で働くことの一番の褒美は、あなた方若者が平和や軍縮について働きかけてくれることだとおっしゃってくださいました。わたしたちは、長崎・広島を背負っているばかりでなく、日本、いや世界の未来を背負っている若者なのだという新たな視点を、モレーさんからいただきました」。
このように、高校生1万人署名活動の被爆60年の活動は一区切りをむかえました。しかし、活動は、休むことなく続けられています。第9回高校生1万人署名活動は来年に向けて活動を始めようとしています。
Q 再処理工場の現状は
A 青森県六ヶ所村の再処理工場における劣化ウランを用いたウラン試験の総合進捗率は約70%と発表されていますが、使用済み核燃料を使ったアクティブ試験の12月実施が困難となる見通しが報道されています。これは、高レベル放射性廃棄物のガラス固化体関連施設の設計ミスによるもので、改造工事の認可が遅れ、これによりウラン試験の最終段階としての再処理工場全体の性能確認する総合確認試験やアクティブ試験、さらに2007年5月予定の本格操業の時期もずれ込む可能性が指摘されています。
この設計ミスは、今年1月に発覚し、高レベル放射性廃棄物のガラス固化体の温度が設計目標値を超えることが判明したものです。しかし、安全審査を担当した原子力安全・保安院は、これまで再処理工場の不良溶接などの一連の手抜き工事なども見抜けず、今回の設計ミスも見抜けず、再処理工場の安全確保の技術的信頼を全く失っているのが現状です。
Q 原子力政策大綱では、再処理どうのように位置づけられていますか
A 原子力委員会の原子力開発利用長期計画(長計)の策定作業が「原子力政策大綱」としてまとめられました。従来の原子力開発利用長期計画(長計)は、相次ぐ計画倒れにより数値目標がほとんど意味を失い、今回「原子力政策大綱」と名称変更し、「計画」的な色彩から基本的考え方を示すものへと後退し、位置づけを変えました。
今回の策定会議で大きな焦点となった核燃料サイクルは、使用済み燃料の取り扱いに関して、全量再処理や全量直接処分など4つのシナリオを出しましたが、結局、全量再処理路線の継続を支持し、さらに、核燃料サイクルの自主性を主張し、国内再処理を原則に掲げました。しかし、再処理工場とMOX工場だけでも約12兆円もの莫大な費用がかかるなど経済性に問題の多いことが明らかになっています。第2再処理工場は「2010年ごろから検討を開始し、六ヶ所再処理工場の操業終了に間に合う時期までに結論を得ることとする」とし、問題を先送りにしているだけで、その具体性は何ら示されていません。
Q プルトニウムを使う本命の高速増殖炉はどうなっていますか
A 高速増殖炉は「原型炉もんじゅの成果に基づき、経済性などの条件が整うことを前提に2050年ごろから商業ベースでの導入を目指す」と実用化時期を一応設定していますが、45年後の実用化というほとんど具体的実現性がない計画になっています。書いた時点ですでに「絵に描いた餅」となっているといっても過言ではありません。
高速増殖炉原型炉として期待された「もんじゅ」は、当初360億円といわれた建設費が最終的に5,900億円にものぼり、初臨界からわずか1年8ヶ月の95年12月8日にナトリウム漏れ・火災事故を起こし現在まで停止したままです。この間、名古屋高裁判決では、原告住民勝訴という画期的な判決を引き出しましたが、今年5月30日に最高裁で不当にも逆転敗訴とな現在再審請求を行っています。核燃料サイクル機構は、最高裁判決を受け、改造工事に着手しています。この工事は2年ほどかかり、その後の安全審査に1年かかり、その間にも莫大な費用負担を続けることになっています。仮に改造工事が終了しても品質の劣化や機器の安全性が大きく懸念され、事故の不安を拡大しています。
Q 各地のプルサーマル計画は
A 関西電力が高浜原発3・4号機で予定したプルサーマルは、燃料のデータ不正により燃料が廃棄され、03年の美浜3号機事故(11人の労働者の死傷)により計画が頓挫しています。東京電力が福島第一原発3号機では、国の原子力政策に疑問を持つ福島県が認めず、東電の事故隠し事件を受けて事前了解が白紙になりました。同じく東京電力柏崎刈羽原発3号機では、刈羽村での住民投票により、拒否されました。現在九州電力が玄海原発3号機や伊方原発3号機、島根原発2号機、浜岡原発4号機でプルサーマル実施の動きがでていますが、各地から反対の声が上がっています。そもそも、プルサーマルは、重大事故が起こりやすくなり、事故時の被害が2倍にもなり、費用も10倍以上かかるもので、何一ついいことはありません。
事故を招いた「新プラント信仰」
イギリスの再処理工場「ソープ」で4月に見つかった漏えい事故について、施設を運転している英国原子力グループ・セラフィールド(BNG)の『調査委員会報告書』が8月になってから公表されました。『報告書』はBNGが5月下旬にまとめたもので、工場の所有者である政府の原子力廃止措置機関(NDA)の代表もオブザーバーとして参加しています。NDAの方の調査はいまも続いており、今年中にまとめられる予定です。ソープ工場での事故調査・復旧作業はあまり進んでいないようで、少なくとも来年3月までは工場が動く見込みはありません。
配管破断原因は「金属疲労」
ソープ工場で4月18日から19日ごろ、計量セル(計量槽が設置された小部屋)で約83立方メートルの使用済み燃料の硝酸溶液の漏えいが見つかり、計量槽へ溶液を送っている配管が破断していることが確認されました。示した図は事故を起こしたソープ再処理工場の清澄・計量工程の断面をあらわしています。図にはありませんが、この工程の前に使用済み燃料貯蔵プールや燃料の剪断(せんだん)工程があり、その後、剪断した燃料を硝酸に溶かす溶解工程があります。そこで作られた溶液が、清澄機供給槽→清澄機→分配機→計量槽→中間貯槽と経由して、次の分離工程へと移送されます。
清澄機では、硝酸に溶けない使用済燃料の残りカスを遠心分離法によって分離します。計量槽では、「死の灰(核分裂生成物)」「ウラン」「プルトニウム」の3つの成分を分離する次の工程のために、溶液の計量、硝酸濃度の測定・調整が行われる。計量槽はAとBの2つ設置されています。破断した配管はB槽へ接続されていたもので、破断箇所は槽の上部と配管の接続部分です。計量槽は天井から吊下げられ計量台に4本のロッドによって支持されており、上下に移動するしくみです。当初の設計から変更され、容器の動きを抑制する目的の「耐震ブロック」が設置されていなかったことも重なり、配管の接続部分に“過大な負荷”がかかり「金属疲労」が生じ破断に至った、と『報告書』は断定しています。
2004年7月頃から亀裂発生
『報告書』は「金属疲労」の根拠として、(1)運転中の計量槽がの振動データ、(2)溶液のかくはん・吐出の間の容器の移動記録、(3)容器の振動サイクルが設計値より増幅された可能性などをあげています。「配管が破断したのは2005年1月15日前後と推定されますが、これ以前から配管では漏えいが始まっており、それは2004年7月くらいまでさかのぼる」といいます。漏えいが事故発覚の約9ヶ月前から発生していたことを示す証拠としては、2004年7月から溶液の発送受領データで核物質量の不一致が確認されていたことや、同時期から2005年3月までに漏水警報器が100回以上警報を出したが運転員がこれに注意を払わなかった事実が報告されています。
「新プラント信仰」
『報告書』で一番驚いたのは、「新プラント信仰」とでも呼ぶべき考え方がソープ工場の運転員らを支配していたという点です。「計量担当者や運転員、チームリーダー、そして管理担当者らの回答は、このような規模の漏えいはありえないことであり、書類に何かの間違いがあるにちがいない」、「大規模な破断などありえないとする観念の奥には、ソープには漏えいなどあり得ない、最高の水準で建設された新しいプラントであるという思い込みがあった」など、現場の生々しい声が報告されています。
大量の高レベル放射性物質を扱う原子力プラントとしての危険性と化学プラントとしての危険性を合わせ持つ再処理工場の運転員たちが、施設の持つ危険性を全く自覚しないまま、工場の運転を10年間も続けていたのです。工場竣工直後だけではなく10年経っても、「新プラント信仰」が「ソープ工場内のあらゆるレベルに浸透している」というのだ。原子力産業における「安全神話」という虚偽性はこんな状態にまで至っています。
■ソープ(THORP)は、Thermal Oxide Reprocessing Plant(熱中性子炉酸化物燃料再処理工場)の略。
■『BNGS報告書』は、
http://www.bnfl.co.uk/library/upload/docs/005/2765_1.PDF で公開されている。
平和のために平和フォーラムの旗を高く
9月11日の総選挙以降、憲法改悪への動きが急速に進むように見えます。
また日米の軍事同盟体制をいっそう強化するための米軍のトランスフォーメションも日米政府間で合意が進もうとしています。団塊の世代の私にとっては、確実に「新たな戦前」が始まろうとしているようにみえます。この漠たる思いは、私だけのものではありませんでした。10.21の国際反戦・反基地集会の成功のため、多くの構成組織にお願いに回りました。そのさいみんな「こんな時代だからこそ、平和フォーラムが旗を高く掲げてがんばれ」と激励されました。また10.21を中心にしながら、全国各地で「憲法を守れ、トランスフォーメーション反対、自衛隊のイラク派兵延長反対」の集会が開催されています。
日本国憲法9条と日米安保条約
11月現在、埼玉で42回目の護憲大会が始まっています。私たちは、世界に誇るべき日本国憲法を持っています。そしてその9条には、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。A前項も目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と書かれています。
しかし時の政府は、「解釈改憲」を行いながら、軍事大国の道をひた走り、実態は、世界でも有数な軍事力を保有する国家となり、有事関連法も整備し、「戦争できる国」となってしまっています。
また「平和憲法」を持ちながら、日米安全保障条約が結ばれています。その5条、6条には、「5条1は、各締約国は、日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」「6条1、日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持の寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することが許される。」と書かれています。
その後の推移する事態に対応して、「日米新ガイドライン」も合意されています。米軍は、日米安全保障条約に基づき、日本全土に展開しています。その米軍は、安保条約の「極東の範囲」を大きく超えて、冷戦時代はソビエトをにらみそして現在は中東から東アジアを視野に入れ、軍事行動を展開しています。
日本は米国と並んで東アジアの諸国に対して確実に脅威となってしまっています。
もう一度「平和憲法」を
平和憲法を持ち、戦後60年も経過しているというのに信じられない事態が私たちの前にあります。平和運動に携わっているもとしてその責任を痛感せざるを得ません。もう一度憲法を読み直してみよう。私たちは、もう一度私たちの旗に、「平和憲法を守れ。」のスローガンを書き込み、鉢巻を締めなおし、全国各地から闘いましょう。 |
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