インタビュー・シリーズ3
   被爆二世を認め援護法を適用してもらいたい
全国被爆二世団体連絡協議会 山崎幸治会長に聞く
 
【プロフィール】
1968年、広島県生まれ、38才。大学卒業後、1992年大竹市役所入職。93年同市青年部役員を振り出しに、自治労県本部専従などを経て、2002年より自治労大竹市職員労働組合委員長に就任、現在に至る。05年、被爆二世の唯一の全国組織である、全国被爆二世団体全国連絡協議会(被爆二世協)の会長に就任。被爆二世の権利向上にむけ奮闘。
被爆二世協は、全国に30万とも50万とも言われる被爆二世の抱える課題解決に向けて、1989年に職域、地域の被爆二世組織を中心に結成。厚生労働省に対して、被爆二世健康診断の法制化や被爆者健康手帳の発行、広島・長崎の放射能影響研究所の被爆二世健康影響調査で科学的なアプローチと制度的対応を求めている。また、毎年、韓国の被爆二世との交流を行っている。

――自分が被爆二世として意識したのはいつ頃からですか。
 12歳上の兄から、小学校上がるくらいに「被爆二世」といわれました。父が広島で被爆しました。爆心地から海側の方で、距離があったようです。しかし、母親は小学生の時から、いまでもリンパ球のところがグリグリしているのですが、そのことをとても心配していました。
 父は、原爆のことをあまり話しませんでしたが、小学校4年の時の授業で父にそのことを聴きました。そのとき父はノートに書いてきてくれました。大人になってから、もう一度、父に聴きましたが、B29を見て川に飛び込み、その後、家にかえってきたことは話してくれましたが、広島の街がどうなったのかは、あまり話したがりませんでした。父が見たものはどうだったのか、今となっては映像や写真で想像するしかありません。

――被爆二世としての平和運動にかかわり、怒りや不安などがありますか。
 兄は喘息をもっていました。兄は身体が弱い方でしたが、私は、健康的な不安はあまり心配していませんでした。むしろ母が、二人の子供(私の兄)を亡くしていることもあり、心配していました。被爆二世ということと、「戦争はいかん」ということはあまり考えていませんでした。意識する前に、学校教育などで自然と身に付いたように思います。

――被爆二世のいまの課題はなんですか。
 1995年の村山内閣の時代に被爆者援護法が制定されましたが、被爆二世の問題は附帯決議でふれられるだけで、置き去りされました。「被爆二世を被爆者と認め、被爆者援護法を適用させる」ために援護法の改正を求めて運動を進めています。
 これまで労働組合が中心に引っ張ってきましたが、それをどのように地域につなげていくかが課題です。より幅広い運動にしていきたいのですが、まだまだの段階です。多くの人に、被爆二世問題の理解を広げていきたい。
 その他、毎年、韓国の被爆二世とシンポジウムや交流などを通して日韓の被爆二世の連帯も強めています。

――この間の厚生労働省の対応についてどのように考えますか。また、「被爆二世」の問題の前進をはかるために署名運動を展開しているそうですが。
 厚生労働省に対しては政策の充実を求めていますが、いまだ平行線をたどっています。この流れをなんとか打破したい。そのための一つとして、被爆二世協として現在の被爆者援護法の被爆二世や在外被爆者への適用を明記したものとするために、「被爆者援護法の改正を求める全国署名」を展開しています。連合などにも働きかけ、二世問題の理解を広げるとともに、厚生労働省への働きかけを強めたいと思います。全国の方々のご協力をお願いしたいと思います。

――広島、長崎の放射線影響研究所(放影研)が現在進めている被爆二世に対する健康影響調査が、来年3月に終わります。その後、調査解析が行われますが、それに対する意見はありますか。
 放影研の調査によって原爆放射線の遺伝的な影響や被爆二世の健康実態が科学的に明らかにされ、今後の被爆二世の援護施策に反映されることを期待しています。調査の結果、「影響がある」となった場合には、援護施策を国がしっかりとる必要があります。また、たとえ「影響があるとはいえない」となっても、これまでマウスの実験などでは、遺伝的影響があることも確認されていますので、今後も遺伝的影響の科学的解明を引き続き求めていく必要があります。
 しかし、何でもかんでも放射能のせいにすることは問題です。不安をあおることとは違います。どういうリスクが被爆二世にあるのかを明らかにすることによって、そのリスクの管理はそれぞれ個人の問題となりますが、国がフォローすることが重要です。
 これまで、国が被爆二世の健康不安を放置してきた責任はあり、今後どのようにケアしていくのかが課題です。また現在行われている国の健康診断は制度といい内容といい貧弱です。これも改善を求めていきたいと思います。

――これからの原水禁運動に期待しているものはなんでしょう。
 被爆者が年々高齢化している現状の中で、被爆二世として役割があるのではないかと思います。被爆者の体験を風化させてしまうと、また同じことが起きるのではないか、という気がします。特に被爆二世が被爆の実相を継承していくことが必要だと思います。そのうえで、地域の運動や取り組みを大衆的に発展させていくことが必要だと思います。
 現在、被爆二世、三世の方で、健康不安を感じている人も、いない人も、その人たちのケアをどうしていくかが課題です。その人たちを勇気づける運動と組織としていきたい。政策のうえでも、厚生労働省交渉など進め、バックアップしていきたいと思います。今後も被爆二世と運動を応援してください。

――山崎さんの職場や組合の課題はなんでしょうか。
 いま、役所はどこでも財政事情が悪くなっています。今後は行財政の改革の議論をしていくことが前提となり、多少、組合員の権利の後退もやむをえないのではないかと思っています。今後は、労使関係だけでなく、議会や市民に対することも意識していかなければならないでしょう。全体的に、「公共サービス」の見直しが課題となっていています。
 そのような中で、組合の先輩たちからは「しっかりせいや!」との声もありますが、時代状況が大きく変わってきています。割とその点は、若い組合員は冷静に見ており、理解しているように思います。いまは理念や方針よりも人間関係が重要で、執行部への信頼を深め、結集力を高めることが課題です。

――若い世代の山崎さんの目からみたら今の時代をどう見ていますか。その中での労働運動、平和運動の役割はなんでしょうか。
 小泉発言は非常に軽すぎる。軽いけれど世の中の仕組みがそれでかわっていく。そんな時代だと思います。自民党政権は終焉を迎えているのではないかと思いますが、このしんどい状況を耐え抜かなければならないのではないかと思います。ここで負けてはならない。いま意思表示をすることすらできない状況になりつつありますが、反対する意志表示の大切さがあると思います。意志表示さえしなくなったら終わりだと思います。

〈インタビュ─を終えて〉
今年は、被爆61周年です。また8月がめぐってきました。被爆の風化が言われて久しい。今回は被爆二世協の代表。自治労広島県本部大竹市職の委員長でもある。笑顔がすばらしい。大竹市の市長選挙では、推薦候補が現職に勝利したそうだ。被爆二世であることをいつ、どのような経過で知ったのか。そのときどう感じたのか、そして今、代表としての決意は。話を聞けば、自然体である。気負いはない。〈福山真劫〉

小泉首相の靖国参拝の問題点――靖国の思想とは

 戦後61年目の8月15日、退任を目前に控える小泉首相は、「公約」通り靖国神社に参拝すると言われています。これまでも小泉首相は、アジアをはじめ内外の厳しい批判の声を無視して、就任以来、5年連続靖国参拝しましたが、8月15日には強行できませんでした。
 小泉首相は靖国参拝を平和を願う信条かのごとく発言していますが、「侵略と戦争肯定のメッセージ」であり、中国・韓国・朝鮮など東アジア諸国の人々との和解と友好を決定的に阻害するものです。
戦争を美化する宗教施設
 東京九段にある靖国神社は、A級戦犯の合祀・顕彰や遊就館の展示に示されるとおり、日本の侵略戦争に参加し犠牲となった兵士を「英霊」「神」としてまつる戦争美化の宗教施設にほかなりません。
 靖国神社は江戸末期に由来します。1853年ペリー来航を機に、開国と攘夷、倒幕と佐幕とが入り乱れた凄惨なテロ、流血がくり返されました。1862年、処刑された尊皇攘夷派の名誉回復のために孝明天皇が勅文で、「国事に死に候輩の霊魂を呼びあつめ、子孫に祀らせるように」と幕府に命じ、長州藩士らがはじめて京都で「招魂祭」を営んだのが起源です。
 また、長州藩では、幕末の2度の長州征伐、さらに英仏米蘭四国連合艦隊との攘夷戦を経て、藩に忠誠を尽したために非業の死をとげた志士の霊を祀るために、下関に招魂社を造営しました。長州藩の大村益次郎は、これをモデルに1869年、「東京招魂社」を明治天皇の建立として築きました。
 幕末の苛酷な権力闘争は、敵・味方ともに祀る「ご霊信仰」に代わり、敵味方を厳格に区別する思想をうみ、「招魂祭」以後は、あくまでも味方だけを祀り、敵はどこまでも憎み続けるという差別・選別の「招魂」の思想となりました。
 1879年には靖国神社に名称変更し、戦前は、天皇を現人神とする国家神道として発展。天皇への忠誠者のみを対象とする「靖国の思想」のもとに死んだ人を「祭神」として祀り、民衆を戦場に駆り立てる精神的支柱となり、陸・海軍省が共同で管轄する国営神社でした。
 戦後はGHQ指令で国家神道は廃止され、天皇は生き神ではなくなるとともに、靖国神社は国との公的関係を絶たれ一宗教法人となりました。しかし、靖国神社規則第3条は、「本法人は、明治天皇の宣らせ給うた『安国』の聖旨に基き、国事に殉ぜられた人々を奉斎し、神道の祭祀を行なひ、その神徳をひろめ、本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し、社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務を行なうことを目的とする」としており、国家神道の基本に何ら変わりありません。
 神社に合祀されているのは、維新戦争の「官軍」戦死者とその後の対外戦争の「皇軍」戦死者だけです。天皇家に叛旗を上げた会津の白虎隊、西南の役で戦死した西郷隆盛は「賊軍」として合祀されず、一部を除く大半の非戦闘員、原爆や空襲の犠牲者もその対象とされていません。
憲法否定の首相参拝に激しい批判
 一方、「皇軍」である限り、本人や遺族の意思を無視して「祭神」にされ、28,000名もの台湾人、22,000名もの韓国・朝鮮人などの旧植民地出身者の人々も勝手に合祀されています。台湾・韓国の遺族からの合祀取り下げ要求に靖国神社は応じず、思想・信条・信仰の自由を侵害しつづけています。
 また、戦争犯罪者であり加害の責任者として裁かれた東条英機元首相らA級戦犯も14名も合祀(1978年)されています。靖国神社国家護持に向けた運動は、60年代後半の「建国記念の日」制定以後、70年代には靖国法案提出、「英霊にこたえる会」発足と「靖国神社公式参拝」の地方自治体決議の運動を進め、その渦中にひそかに合祀されていたものです。
 1985年には中曽根首相による公式参拝の強行などの事態に至りましたが、中国・韓国など東アジア諸国をはじめ内外の激しい批判の中、頓挫しました。
 この靖国神社に内閣総理大臣として参拝することは、2004年4月福岡地裁、2005年9月大阪高裁の違憲判決など政教分離の原則を定めた憲法を明らかに否定するものであり、侵略戦争を美化する行為にほかなりません。また、サンフランシスコ講和条約、日中共同声明、戦後50年国会決議などをも踏みにじるものです。
 平和と戦争犠牲者の追悼施設が必要ではないかという点については、千鳥ヶ淵墓苑を、外国人を含むすべての戦争犠牲者の無宗教の施設とし、国賓などが追悼できるようにすることで可能です。同墓苑は、1950年代に米副大統領来日の際に追悼施設がないことを一因に設立されましたが、靖国神社国家護持勢力の圧力で遺骨収容施設にとどめられました。
平和フォーラムは、護憲連合時代の1981年8月15日以来、上記の位置づけで、毎年、この墓苑で「戦争犠牲者追悼、平和を誓う集会」を行っています。
 首相の靖国参拝に反対し、戦争のできる国づくりを断じて阻止しましょう。

米軍再編で自治体はどうなる?どうする!

22の都道府県で米軍が活動
 日米政府は5月1日、在日米軍再編の「最終報告」で合意しました。防衛施設庁のホームページを見ると、今回の再編に関連する自治体が、12都道県41市町村もあることが分かります。
 今回の米軍再編とは別に1997年以来、沖縄に駐留する海兵隊砲兵連隊の実弾砲撃演習が、本土5ヵ所の自衛隊演習場に移転して行われています。移転に当たり、当該自治体と国は、演習は砲撃のみとする協定を結びました。しかしいま米軍は、演習を拡大し、機関銃射撃の実施を求めています。
 ミサイル防衛(MD)のために米海軍イージス艦が日本海に常駐配備され、米軍艦船の民間港湾への入港が増加しています。今年は1月から6月までの間に、11道府県に17隻が入港しました。
 これらを合わせると、47都道府県のうち22の自治体で米軍が活動しているのです。「日本の半分が米軍基地」と言っても、過言ではありません。

■在日米軍再編に関係する12自治体
青森 東京 神奈川 山口 広島 沖縄
(既にある米軍基地が強化される)
北海道 茨城 石川 福岡 宮崎 鹿児島 
(自衛隊基地で米軍の航空機訓練が行われる)
■海兵隊砲撃演習の分散実施の5自治体
北海道 宮城県 静岡県 山梨県 大分県
(米軍が演習内容の拡大を求める)
■1月〜6月の間に米軍艦船が入港する10自治体
(自治体が管理する民間港湾の軍事利用が進む)
北海道 秋田 新潟 静岡 愛知 大阪 広島 高知 鹿児島 長崎

米軍ミサイル防衛で青森上空に飛行禁止空域
 米軍活動地域の拡大は、私たちの生活に、どのような影響を及ぼすでしょうか。
 国土交通省は、青森県つがる市上空に飛行禁止空域を設定し、青森空港と函館空港を利用する航空機の発着ルートを一部変更しました。つがる市の航空自衛隊車力分屯地に、米軍がMD用の「Xバンドレーダー」が配備しましたが、レーダー波が航空機の計器に悪影響を与える恐れがあるためです。「Xバンドレーダー」の配備に際して日米政府は、航空機に悪影響を及ぼすほど強力なことを隠してきました。05年10月17日には、空母キティーホークの電波が羽田空港の誘導用無線装置に混線し、滑走路が1時間45分も使用停止する事故が起きています。米軍の活動が、航空機事故を呼び起こす可能性もあるのです。
 従来から米軍基地がある沖縄や東京・神奈川でも、事故・犯罪が頻発しています。沖縄では、水陸両用車が民有地に侵入し高速道路の高架橋を破損(05年6月6日)、軍用トラックが高速道路で運転教習を行い自家用車と事故(05年8月24日)と、考えられない事故が基地の外で発生しています。八王子で米兵が小学生3人をひき逃げ(05年12月22日)、横須賀で米兵が殺人(06年1月3日)と、凶悪犯罪もあとを絶ちません。
 米軍の全国化は、事故・犯罪の全国化を伴います。市民はそれを受け入れなければならないのでしょうか。

自治体から米軍拒否を
 米国は米軍を、「望まれ・歓迎され・必要なところ」に配備するとしています。今回の再編で、日本は海外最大の米軍基地になります。巨額な思いやり予算、米軍への様々な国内法適用除外など、日本政府が米軍を歓迎しているからです。自治体の住民・首長・議会が米軍再編を拒否し、直接米国政府や議会に伝えることができれば、米国はそれに配慮しなければなりません。
 自治体が法令・条例を使って、米軍を制限することもできます。ベトナム戦争中の1972年、横浜市が「車両制限令」を根拠に、市道の村雨橋で、米軍戦車を積んだトレーラーの通行を阻止した闘いは有名です。米軍が新たに建物を作るときに、都市計画条例などの適用を求めることもできるはずです。米軍艦船の民間港湾入港に際しては、港湾管理者である自治体が入港を拒否することもできます。
 また自治体は日本政府との間で、自衛隊基地や米軍基地に関する各種の協定を結んでいます。今回の再編合意には、協定に違反するものが多々あります。政府に対して協定の履行を求めることも重要です。
 自治体の持つ平和力を、地域市民や平和運動が支えることで、米軍再編を止めることができるはずです。

原子力空母横須賀母港化容認の市長発言は撤回を!

市長が容認を表明
 6月14日に行われた横須賀市市議会全員協議会において、これまで原子力空母配備に反対を表明していた蒲谷亮一横須賀市長が「原子力空母の容認はやむを得ない」と容認を表明しました。それを受け日米両政府は、翌15日、配備に不可欠な米軍横須賀基地の12号バース(ふ頭)しゅんせつ工事に合意しました。また松沢成文神奈川県知事が、原子力防災体制の充実を外務省に求めていく方針を明らかにするなど、受け入れに向けた動きが始まりつつあります。
 2005年10月28日の日米両政府による「横須賀母港化」決定以降、横須賀市民だけでなく、全国各地から反対の声が強まりました。しかし、政府による横須賀市への説得工作が行われ、その結果、横須賀市長は安全性への不安を解消する十分な分析や説明もせず、拙速に容認を表明しました。

「100%の安全性」と情報の非開示

 4月17日、米国は、外務省に、『米国の原子力軍艦の安全性に関するファクト・シート』を提出し、外務省は横須賀市及び神奈川県に提出し、それに対して横須賀市は、ファクト・シートに対する公開質問書を、駐日米国大使及び外務大臣宛に送付しました。6月12日に行われた市長と麻生太郎外相との会談で、外相は横須賀市長から提出されていた「質問書」に対して、「100%安全ということは世の中には存在しないが、ほぼ100%といって差し支えない」と述べています。
 しかし回答内容を検証すると「安全性は確保されていることを確信している政府判断を見直す必要はない」と繰り返すのみで、新たな科学的根拠が示されたわけではなく、安全性が保証されたとは到底いえません。また米国側は過去50年間無事故であると主張していますが、実際には何十件もの原子炉事故がおこっていることが確認されています。
 (原子力空母配備の危険性については、6月12日に発表された原子力資料情報室による報告書『米軍原子力空母・原子炉事故の危険性と情報の非開示―「合衆国原子力軍艦の安全性に関するファクトシート―」』でも明らかになっています。ホームページアドレスはhttp://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=392)
 さらに、アメリカの原子炉研究者ゴードン・トンプソンさんからも、原子力空母の危険性に関する実態調査が報告されています。
 米国は原子力空母の詳細を、軍事機密として公開していません。必要な情報が米側から提供されていないため、万が一事故が起こった際には自治体の対応を困難にし、被害を拡大させることが予測できます。加えて、情報の非開示は事故の責任をあいまいにすることにもなります。
 また、日米両政府は通常型空母の可能性はないと主張していますが、米国議会では通常型継続のための工事費予算が計上されており、この点でも事実とちがうことがわかっています。
運動のこれから
 現在、横須賀基地を母港としている通常型空母「キティホーク」に比べ、08年配備予定の原子力空母「ジョージ・ワシントン」は50センチほどきっ水が深いため、配備には接岸が予定されている12号バース(ふ頭)の海底を約2メートル掘り、水深を15メートルにする工事が必要になります。空母が接岸する海底の地形や土質などを調べる工事の事前調査費だけでも約7,300万円に上り、その費用は日本側が全額負担することで日米政府は合意しています。この工事費用は、今年の予算に計上されていませんでした。しかし、政府は今年度の「思いやり予算」のうちの米軍座間基地の道路整備費でまかなうことを決めました。
 私たちは、市長の容認発言を早急に撤回させ、しゅんせつ工事に拒否をすべきとの要請を引き続き行っていきます。

アメリカ産の牛肉輸入再々開へ 日米が政治決着
輸入検疫、違反発覚時の対応、食品表示が今後の課題

 牛海綿状脳症(BSE)問題で、輸入条件に違反したために停止している米国産牛肉について、6月21日、輸入再開に向けた手続きについて日米政府間で合意しました。これを受け、日本から厚生労働省と農林水産省の担当者が6月24日から7月23日まで米国での事前調査のために派遣されました。調査は日本向けに認定された35カ所の食肉処理施設で行われます。
 政府は、今回の日米間合意は「輸入再開に向けての手続き、手順についての合意であり、その結果を踏まえて輸入再開についての最終判断を行う」としていますが、実質的には輸入再開を前提としたものです。しかも、この決定が、6月29日の日米首脳会談を前にして行われたことからも、政治的な決着を急いだものであることは明らかです。
 しかし、この間、米国のBSE対策に対する不信は払拭されていません。日本で行われているような全頭のBSE検査や全頭からの特定危険部位(SRM)除去、牛の月齢が分かるトレーサビリティ制度は依然として確立されていません。さらにBSEの感染源と疑われている牛の肉骨粉を飼料として製造・利用することも続いています。輸入再開後の課題をまとめました。

「黒塗り」された食肉処理施設の調査報告書
 まず、1ヵ月かけて行われる事前調査の内容、調査結果が注目されています。日本政府は昨年12月の輸入再開を決めた時も、「査察」と称して、いくつかの食肉処理施設を調査しました。しかし、その内容はほとんどが相手側の言い分をそのまま記載したもので、査察といえるものではありませんでした。しかも、その報告書は食肉会社の圧力によって7割も「黒塗り」され、全容が不明のままとなっています。月齢を判定する検査員の人数、BSEが疑われる歩行困難牛の処理数など肝心な部分は「企業秘密」を盾に黒く塗りつぶされています。
 政府は「事前調査後、問題がなければ輸入再開する」としていますが、調査の結果について消費者・市民に詳細を公表したうえ、十分な意見交換を行ってから輸入再開の是非を判断するべきです。
輸入が再開された場合、輸入時の空港・港での安全検査(検疫)が重要になります。現在、通常の食品輸入検疫では0.5%ほどの抜き取り検査しか実施していません。これではBSEなどの重大な問題では食の安全確保の点から不十分です。また、検査方法も輸出検査証明書の記載事項と現物が合致しているかの検査を行っているにすぎません。つまり、米国側の証明を鵜呑みしたもので、防疫上の責任を果たしていません。
 これについて、厚生労働省などは「当面、米国産牛肉については全箱の検査を行う」と特別な措置を導入するとしています。検疫の実効性について引き続き、監視を続けていくことが必要です。

消費者の選択のために明確な原産地の表示を
 さらに、輸入再々開後に、違反牛肉が発見された場合の輸入停止対応について、米国との認識の違いも表面化しています。米国側は、「違反した食肉処理施設からの輸入だけ停止し、全面停止を行うべきではない」と主張しています。しかし、BSE対策が不十分な米国での違反は重大です。再び違反が発生した場合には、当然、全面輸入停止を行い、米国のBSE対策の抜本的見直しを求めるべきです。
 第三には、消費者が選択する権利を行使できる明確な原産地表示が必要なことです。現在、生肉についてはJAS(日本農林規格)法によって原産地(原産国)表示が義務づけられ、今年10月からは一部の加工品についても表示義務が課せられます。しかし、輸入牛肉が多く使われている外食や缶詰、冷凍加工品などには原産地の表示義務がありません。こうしたことから、原産地表示制度を拡大し、全ての加工品、外食などに使用される牛肉についても、原料原産地が明確にわかるような表示が必要です。
 平和フォーラムも参加する「食の安全・監視市民委員会」は、これらの実現に向け、政府要請や食品メーカー等へのアンケート、署名運動を予定しています。

自由貿易は人々に何をもたらすか
アジアのNGO招き討論
 いま世界中で自由貿易推進の動きが強まっています。世界貿易機関(WTO)は今年内の最終合意をめざして交渉が進められ、さらに、アジアの各国では、日本や中国、アメリカなどとの2国間自由貿易協定(FTA)の締結も推進されています。ヨーロッパ共同体(EU)になぞらえて、「東アジア共同体」構想も、政府や経済界を中心に提起されています。しかし、これによって各国・地域の農業や地元産業、中小企業が影響を受け、労働者や農漁民の生活や環境が悪化するという状況も生まれています。
 こうした問題について、NGOの立場から検討しあおうと、平和フォーラムは市民団体などとともに、6月にタイ、フィリピン、韓国で活動している人たちを招き、東京、京都、新潟でシンポジウムを開催しました。各国の報告をもとに、自由貿易が人々の暮らしに与えている影響、問題点、運動課題をまとめました。

FTAは農民に対するテロ行為だ─韓国
 日本では自由貿易によって農業などの第一次産業の疲弊が問題になっていますが、アジアの各国でも農民が自由貿易によって最大の犠牲を被るとの見方で一致しています。
 アジア最大の農業国タイにおいても、2003年に中国からの野菜・果物の貿易関税がゼロになったとたん、輸入量は倍増。その結果、ニンニクなどで35%も価格が低下しています。また、作付面積も3分の1にまで減少を余儀なくされています。タイの農民運動リーダーのキンコン・ナリンタラックさんは、「一部ではタイの農産物輸出も増加したが、それで利益を得ているのは少数の大企業だけだ。日本とのFTAでも同様で、タイの小規模農民は借金を増やすだけに終わってしまう」と、自由貿易の流れに警鐘を鳴らしています。
 同様に、韓国でも、アメリカとのFTA交渉が開始されましたが、アメリカの推計によれば、FTAが締結されると韓国の農業生産は現在の45%にまで減少すると言われています。韓国の韓米FTA阻止汎国民運動本部のピョン・ジョンピルさんは「私たちはFTAのことを『農民に対するテロ行為(Farmer Terror Action)』と呼んでいる。韓国の農民の半数が職を失い、都市貧困層になることを意味しているからだ」と、厳しく糾弾しています。

人の移動で貴重な人材が海外流出─フィリピン
 自由化の影響は農業だけにとどまりません。フィリピンでは日本とのFTAで注目されているのが、フィリピン人の看護師や介護士が日本で研修を受けて資格を取得すれば日本で働けるようになるという制度です。東南アジア全域を結ぶ研究機関であるフォーカス・オン・ザ・グローバルサウスのジョセフ・ブルガナンさんは「フィリピンでは日本での就労に期待もあるが、国内では7割の病院で看護師が不足している。そうした中で貴重な人材が海外へ流れている」と、その問題を指摘。「日本でもそうした職場で労働力が不足していると聞くが、安易な人の移動自由化では根本的な解決にならない」としています。
 このほか、FTAやWTO交渉によって、自動車などの工業製品や公共サービスも含めた開放が進められていくことに強い懸念が出されています。韓国ではアメリカとのFTAで、ガスの公共事業に資本の参入が狙われています。また、韓国映画の規制緩和に反対して、有名俳優がデモをしている姿が日本でも紹介されましたが、これも韓米FTAに対抗する運動です。

ラジオ番組をつくり問題を発信─タイ
 こうした自由化に抗する動きも各国で広がっています。韓国ではおよそ300団体が集結して韓米FTA交渉をストップさせるための共同行動が展開されています。タイでも各国とのFTA交渉の公開を求めて広範な団体を結集した「FTAウォッチ」を組織化し大規模なデモを展開、さらにコミュニティーラジオなどを使って問題を発信しています。フィリピンでもラジオ番組や漫画などのメディア利用が図られています。
 シンポジウムを通じ、互いの国での動向や自由化交渉の状況の情報交換を進めることや、大使館などへの共同申し入れ、農民など被害を受ける人々のネットワークを作ることが話し合われました。

第1回世界社会フォーラム(カナダ・バンクーバー)を開催
〜憲法9条が世界的な提言として打ち出されました〜

平和を求める市と市民3,000人の集まり
 6月23日〜28日、第1回目の世界平和フォーラム(WPF)が、「戦争を終わらせ、平和、公正かつ持続可能な世界をつくるために市とコミュニティが協力しよう」という標語のもと、バンクーバーのNGO・市民団体、および市の協力で開催されました。アメリカ、アジア、ヨーロッパ等の市民約3,000人が参加しました。
 23日のオープニング・セレモニーの後、24日午後には、数千人規模のピースウォークが市内ダウンタウンで行なわれました。25〜27日には、アジアや平和教育、核兵器廃絶、戦争の原因、宇宙での軍拡、市民政府と市民社会、持続可能な社会と平和、ノー軍事基地、人種差別と平和、若者の集い、ラテン・アメリカ、労働者の平和、地球の癒し…など、多岐に渡るテーマについて、数百にのぼるワークショップがブリティッシュコロンビア大学(UBC)で同時開催されました(詳細はWPFウェブサイトhttp://www.worldpeaceforum.ca/)。中には、例えばカナダがミサイル防衛(MD)を拒否した運動報告ワークショップなどもありました。
 原水禁・平和フォーラムは、25日に開催された「アジア地域会合」(1日)に於いて、韓国の平和団体「平和と統一を開く人々」(SPARK)と共に、「横須賀原子力空母問題を考える市民の会」の参加協力を得て、米軍再編・横須賀原子力空母問題に関するワークショップを開催しました。関心は高く、韓国、日本、カナダなどから約30名の参加があり、問題を訴えました。
 また「ノー軍事基地」の会合では世界10カ国以上の各地からの米軍・軍事基地の状況について報告がありました。この他にも「アジア地域会合」では、東北アジア非核地帯、東北アジアの和解と平和、ヒロシマ・ナガサキ、戦争責任などのテーマで日本や韓国の市民団体の参加も多く、10本の分科会が開催されました。
 その他、WPFでは、核軍縮と反戦・平和、あるいは平和と持続可能な社会・環境など運動間でのリンケージをいかに行うかが、議論されました。

最終文書で憲法9条のような戦争放棄を各国に提言
最終日の28日には、同日の小泉首相訪加に伴い、地元の日系・アジア系平和グループやWPF参加者約50名とともに、日本領事館への申し入れ行動を行いました。(10社以上のメディアが取材に駆けつけ、地元ラジオなどでも報道されました。)午後には参加者間による振り返りの会合、夜には市内ダンタウンの公園で閉会式・ピースウォークが行なわれました。
 最終日、数多くのテーマについて議論された世界平和フォーラムで採択された最終文書の中に、世界の各政府が「憲法で戦争を放棄すること(例えば日本の9条のように)」という項目が盛り込まれました〈別掲参照〉。
 市民による国際会議において憲法9条の意義が提示されたのは、1999年のハーグ国際平和会議以来です。改めて現在、世界の市民が戦争・武力放棄を定める憲法の先進性を支持することを示すという、たいへん重要な成果がもたらされました。日本の人々はこの成果をしっかりと受け止め、今後に活かすことが肝要です。

「バンクーバー平和アピール2006:平和を作ろう!」(骨子仮訳)

戦争のない世界を作り出すために私たちが行うべきこと

●公正な平和の構築
●平和の文化、平和教育
●先住民
●女性、若者
●戦争の停止
●環境の保護
●核兵器の廃絶

基本要求
1.イラク、アフガンからの外国軍の撤退
2.国連・国際法の下でのイスラエル・パレスチナ問題の解決
3.地球温暖化対策と持続可能なエネルギー政策
4.国連安保理決議1325の履行と女性の完全参加
5.拷問の停止とグァンタナモ刑務所の閉鎖
6.軍事費の削減と人間のニーズへの転換
7.政府は憲法で戦争放棄を定めること(例えば日本の9条のように)
8.国連の民主化
9.国連「軍縮の10年」
10.完全、検証可能、不可逆的な核軍縮の交渉

私たちの誓い
●市、コミュニティ、市民を平和のために
●平和教育、メディアによる平和の文化
●ネットワークの拡大
●世代間の協力
●社会的課題、持続可能性の課題との連携
●市民社会の能力強化


日韓被爆二世シンポジウムを開催


6月にソウルで6回目の交流会
 6月24日、ソウル市内のホテルで、今回で6回目となる日韓被爆二世交流会が開催されました。この交流会は、全国被爆二世団体連絡協議会と韓国被爆二世の会の主催で行われ、日本からの参加者約30名を含む、80名が参加しました。
 交流会の第1部として、主催者代表として、韓国被爆二世の会の李承徳会長からあいさつのあと、来賓として韓国原爆被害者協会朴榮杓会長から「被爆61年がたったが韓日の両国政府からいまだ何の対策もない。いま、政府に対して被爆二世の生活支援の要求している」などの報告がありました。原水禁国民会議の福山事務局長からは、今後の被爆者運動や平和運動での日韓の連携強化が訴えられました。
 第2部では、日韓の被爆者や被爆二世がそれぞれ報告しました。
 韓国からは、韓国被爆二世の会の李太宰釜山支部長から、まず在外被爆者訴訟原告の父親、李康寧さんの病状の報告と6月13日の最高裁判決についての想いを語りました。その後、2000年以降の韓日間での被爆二世の活動として、日韓被爆二世シンポジウムや日韓の高校生による交流、韓国での原爆展や署名活動などの活動が映像を交えて報告されました。
 日本からは、平野伸人前会長から「在外被爆者支援と被爆二世運動」の報告がありました。韓国の被爆二世とは、85年の被爆40周年に最初に交流が生まれ、韓国の被爆二世からは、「日本の植民地支配、強制連行など、被爆二世が創られた過程が違う」、「どうして同じことができるのか」と問いかけられ、日韓の被爆者・被爆二世のことを考えるようになり、「日本の植民地支配に対する反省が大切」、「被爆者を生みだしたのは、日本の責任」、であることを痛感したと述べました。

いまだ残る在外被爆者の課題
 90年に、盧泰愚大統領の時に、在韓被爆者が大きく問題となりました。在外被爆者への対応の格差があまりにも大きく、1973年の孫辰斗裁判で「日本に来れば日本の制度が適用される」との判決を引きだしましたが、「韓国に帰ると失効される」という問題が残っていました。そのことから、「ヒバクシャはどこにいてもヒバクシャ」であるとして、大阪で郭貴勲裁判、長崎の李康寧裁判が起こされ、「国に帰っても健康手当が出る」こととなりました。チョ・ゲチョル裁判では、これまで時効の壁に阻まれていた過去の手当や葬祭料を求め、勝訴しました。しかし、高齢化の進む被爆者が日本まで来ないと申請できないなど、いまだ在外被爆者課題が残っていることも指摘がありました。
 日本における被爆二世の課題では、被爆二世の健康問題や差別の問題がありますが、このことはデリケートな問題で、差別をなくし被爆二世の健康を守るために、被爆二世に対する科学的根拠が必要です。現在、広島、長崎での被爆二世健康影響調査が来年3月に終了し、解析が行われますが、その行方を注目し、被爆二世として、がん検診の充実などを求めた全国署名を展開していることが報告されました。
在韓ヒバクシャの下連玉さんからは、広島での被爆体験が語られました。小学校4年生のときに被爆し、帰国後10年ほどして原爆症が発症し、1975年被爆者健康手帳を取得し、日本で4〜5回入院・治療をした経過が語られました。これまで二世の問題をあまり考えたこともなかったが、これを機会に考え、自分の息子にも伝えたい、と語りました。
 最後に韓国の被爆二世の李会長からは、日韓の歴史の話として、自動車のバックミラーの話をしました。「車を前に進めるために、バックミラーを見る必要があることと同じように、未来に進むために過去を見る必要がある」と訴え、「戦争や被爆の体験を聞くことで、明るい未来が築くことができる」と話し、日韓の歴史を見つめなおし、運動の強化を確認して、交流を終えました。

被爆61周年原水禁世界大会を前に
テポドン発射を理由としたMD前倒しに反対しよう
6ヵ国協議再開こそ解決の道
テポドン2号発射で6ヵ国協議は?
 7月5日未明、朝鮮民主主義人民共和国(以下・北朝鮮)はテポドン2号1発を含む7発の弾道ミサイルを発射しました。ただテポドン2号を含めたすべてのミサイルは、意図的かどうか、日本海に着弾しました。
 この状況を受け、日本政府は北朝鮮貨客船「万景峰92」号の半年間の入港禁止の措置をとりました。
日米だけでなく、中国、韓国もミサイル発射の自制を求めていた中での発射で、今後、国連安保理協議を含め、国際社会の対応がどう反応するのか、7月5日時点では明らかではありません。
 とくに中国が、7月中に6ヵ国協議・非公式会合を開くよう各国に打診していましたが、肝心の6ヵ国協議はどうなるのか? など、多くの不透明な課題が存在しています。
 ただ、テポドン2号発射準備の状況を利用して進められていた日米のミサイル防衛(MD)は、一層加速されるのは明らかで、私たちの運動も厳しくなります。

ミサイル防衛推進の好機とする日米
 昨年11月以降の6ヵ国協議中断状態のなかで、北朝鮮外務省は6月1日、6ヵ国協議・米主席代表のヒル国務次官補を招請し、米朝直接対話を求めましたが、米国は拒否しました。
 この招待と前後して、北朝鮮は長距離弾道ミサイル・テポドン2号を発射台に設置しました。
 テポドン2号は、燃料を噴射するブースターの上に中距離弾道ミサイル・ノドンを乗せた2段ロケット式の長距離弾道ミサイルで、射程は約3,500〜6,000??と推測されていて、米国のアラスカまで到達します。
 米国はテポドン2号の発射配備に対応して、ただちにミサイル防衛システムによる迎撃を示唆しました。アラスカとカリフォルニアに配備している地上発射型迎撃ミサイル11基を「試験モード」から「実戦モード」に切り替え、さらにイージス艦2隻も6月下旬から日本海に展開しています。
 またミサイル発射探知のため、沖縄に配備されている電子偵察機「RC135S」(コブラボール)による監視飛行も始めました。さらに航空自衛隊車力分屯基地(青森県つがる市)に移動式の「Xバンド・レーダー」を配備しました。この「Xバンド・レーダー」は、5月1日に日米が合意した在日米軍再編のなかで、もっとも配備が急がれていたもので、この配備は、世界で最初となります。「Xバンド・レーダー」の情報は、当然自衛隊と共有されます。
 日本も早速、イージス艦や電子戦機・YS11EP3などを展開させるとともに、陸海空3自衛隊の統合運用も始まっています。
 米軍はさらに弾道ミサイル迎撃能力が最も高いといわれるイージス巡洋艦「シャイロー」を8月に横須賀基地に配備し、地対空誘導ミサイルPAC3を、年内に嘉手納基地へ配備すると発表しています。
つまり米軍、自衛隊ともすっかり戦闘モードに入っているだけでなく、日米ミサイル防衛体制の構築を前倒しで進めてきたのです。

昨年9月の6ヵ国協議共同声明こそ、今後の方向
 米国では6月22日付けのワシントン・ポスト紙にペリー元国防長官、カーター元国防次官補が連名で、「6ヵ国協議は事実上崩壊し、外交努力は失敗した。北朝鮮が発射準備を進めるなら、米国の安全のため、ミサイル発射基地を先制攻撃すべきだ」との意見を寄稿し、全米に大きな波紋を広げました。
 チェイニー副大統領やハドリー大統領補佐官らは、空爆論に否定的で、現時点では外交努力による解決を目指すことを確認したそうですが、米国内には、6ヵ国協議が行き詰まっている間に、米国まで届く弾道ミサイルを北朝鮮が開発していることに不満が渦巻いていると伝えられます(エコノミスト、7月11日号、吉田弘之・毎日新聞北米総局長)。
 一方米議会では、米朝2国間協議を求める論調も強まっていました(6月25日、共同)。
中国の温家宝首相が6月28日、テポドン2号の発射は「地域の緊張を高め、北朝鮮の核問題を一層難しくする」と自制をうながす一方、中国は、7月中に6ヵ国協議・非公式会合を各国に打診をしていました。テポドン発射は、中国の努力を皆無にしてしまうのでしょうか。しかし、国連安保理でなんらかの制裁を科したとしても、解決にはなりません。
 北朝鮮核問題の解決は、昨年9月の6ヵ国協議共同声明(前号ニュース参照)による方向しか、解決の道はないでしょう。共同声明の内容をどう実現していくかが重要なのです。その意味で6ヵ国協議再開だけが事態を解決できるのです。

被爆61周年原水禁世界大会 
主な海外ゲストの紹介
ポール・マーティン(アメリカ・ピースアクション)
ピースアクションは10万人以上の会員を持つ全米最大の平和・軍縮運動団体。1993年から同組織で活動。1993年から現在政策担当。
ジン・ヨジョン(韓国・参与連帯副議長)
参与連帯は韓国の広範な市民団体を結集し、平和運動および政策提言などを進めている。2005年まで同議長、現在スンコグ大学教授。
王 長勇(中国・平和軍縮協会副秘書長)
平和軍縮協会は1988年に設立された中国最大の民間平和団体。各国との国際交流と学術交流を幅広く展開している。
ハートヴッヒ・ベルガー(ドイツ・緑の党)
元緑の党ベルリン州議会議員、現在党本部エネルギー部会広報担当。特に放射性廃棄物輸送の反対運動を続けている。
郭 貴勲(元韓国原爆被害者協会会長)
日本軍に徴兵され広島で被爆。帰国後、被爆者協会の設立に尽力。大阪で被爆障害の治療を受け、被爆者手帳を取得。在外被爆者への援護法適用求め裁判闘争。
卞 蓮玉(韓国原爆被害者協会)
広島で被爆。帰国後、血液病を発症。日本の市民団体の支援により長崎市で治療を受け完治。在外被爆者としては3番目に被爆者健康手帳を取得。
渡辺 淳子(在ブラジル原爆被爆者協会理事)
2歳の時、広島で黒い雨被爆。1967年にブラジルに移住。今年2月に広島高裁がブラジル被爆者に手当の支給を認める判決。現在、最高裁で審理中。
ロザリー・バーテル(アメリカ・計量生物学博士)
「公衆衛生を憂慮する国際研究所」創設者。「もうひとつのノーベル賞」と言われる「正しい生活賞」受賞。
シャワッド・アル-アリ(イラク・腫瘍学博士)
バスラ教育病院・がんセンター所長。子どもの白血病増加など劣化ウラン被害を国際的に訴えてきた。
ハーバート・リード(アメリカ・元軍曹)
米陸軍省に対し劣化ウラン被害の補償を求めているイラク戦争帰還兵の一人。
トマス・フェイジー(アメリカ・医師)
歯の分析から劣化ウラン汚染の検証をめざす「イラクの子どもの歯プロジェクト」発起人の一人。

広島・長崎の子ども関連企画へのゲスト
金 美娜(キム・ミナ)
釜山チュウレ女子高校2年生。もともと日韓原爆問題について興味を持っている。
李 彩元(リー・チャエウォン)
釜山中央女子高校1年生。原爆の問題についてもっと知りたい。
李 建雨(リー・ケウォンウォ)
釜山ベジョン高校1年生。被爆三世で、原爆問題についてとても興味を持っている。
ベロニカ・アラピデ(フィリピン)
貧しい人たちを支援する組織の高校生グループのリーダー。平和の道を探り、責任や関わりを深めたい。
 このほか、ドイツで“核廃絶の壁”木のブロック・キャンペーンを行っている、イサベル・ボン(17歳)、ヤニク・ハイク(18歳)さんも参加。

熱い8月に
 また8月がめぐってきました。戦後61回目の夏です。8月は、私たちは、広島、長崎で原水禁世界大会を開催し、8月15日には、千鳥ケ淵国立戦没者墓苑で「平和を誓う集会」を開催します。あの戦争は何であったのか。日本は戦後何を反省し、何をめざしたのか。もう一度考えて見る必要があります。
 憲法を蹂躙し続けている自公政権の担い手たちは、確実に忘れてしまっているように見えます。しかし、忘れているのは彼らだけだろうか。私たちの憲法・平和と民主主義に対する向き合い方はどうなのだろうか。憲法を蹂躙し続けるものたちへの怒りは燃え続けているのだろうか。
熱い8月に、もう一度自らの内面をのぞいてみたい。
 私たちの目の前で、驚くような事件、事態が次々に惹起しています。マスコミは大きく報道し続けています。しかしその影で、時代は確実に右旋回を続けています。「戦争する国」作りをめざす輩の策動は続いています。秋になれば、臨時国会が始まります。継続審議となった法案が目白押し。この8月、正念場の闘いに備えて準備をしよう。