インタビュー・シリーズVol.5
「基地はいらない」という県民の思い・知事選通して伝えたい
参議院議員 糸数けい子さんに聞く
 
【プロフィール】
参議院議員(沖縄選挙区選出)・財政金融委員会所属・沖縄社会大衆党副委員長。
1947年沖縄県読谷村字喜名生まれ。読谷高校卒業後に沖縄バスに入社。バスガイドとして戦跡を案内するうちに沖縄戦の実相にふれ、平和の尊さを訴えることに力を注ぐようになる。1992年に沖縄県議会議員選挙(那覇市区)に立候補し2位で当選、以後県議を3期務める。2004年に島袋宗康さんの後継者として参院選・沖縄選挙区に立候補、自公候補に大差をつけて当選。国会では在沖縄米軍基地の縮小・撤去に尽力。子育て支援策の充実にも力を入れる。また離島が多い沖縄では、子ども病院や産婦人科が不足、そのため離島の医療・教育格差の是正に取り組む。

――今回のゲストは、11月19日投票の沖縄県知事選挙に、革新統一候補として立候補する糸数慶子さんです。個人的なことからお聞きしましょう。趣味は何ですか。

 歌を歌うことが、大好きです。特に童謡がいいですね。本当は小学校の音楽の先生になりたかったのです。学校代表で歌のコンクールに出たこともあるのですよ。童謡大会に出たこともあります。みんなの前で、歌ったり踊ったりが好きだったのですね。本土の民謡では「ふるさと」や「尾瀬」、沖縄民謡では「てぃんさぐぬ花」ですね。沖縄民謡は、祖母から教わりました。
 読書も好きで、特に沢木耕太郎さんの本は、ほとんど読んでいます。「深夜特急」を読むと、旅に出たくなっちゃう。沢木さんの行ったところに自分も旅行するような、「追っかけ」みたいなこともしているのです。

――どんな子ども時代を過ごしたのですか。
 沖縄は台風が多いのです。普通の子どもは、台風が来ると家の中に閉じこもるのですが、私は外に飛び出して木に登っていました。親や近所の大人たちに、よく怒られたのを覚えています。山や川に行くのも大好き。私の家は嘉手納基地に近いのですが、基地周辺は、ほとんど黙認耕作地です。そこに、お盆の頃にはグァバの実がなる、冬はイチゴ、春にはグラジオラスなど採りに行くのです。野生児ですよ(笑い)。

――子どもの頃に沖縄戦の話を聞くことはありましたか。
 両親が忙しいので、おばあちゃん子でした。夏の暑い夜に蚊帳の中で、桑の葉で作った団扇をあおぎながら、おばあちゃんが戦争の話をしてくれるのです。私は6人兄弟ですが、すぐ上の姉と8歳離れています。本当は間に、兄がいたのです。でも戦争で亡くなりました。祖母は、そのときの悲しみも話してくれました。沖縄ではみな、戦争で家族や知人を失っています。仲のよかった人が死んだ話し、知り合いが逃げ惑った話し。また家が基地の隣ですから、夜でも爆音が聞こえます。祖母は本当に怯えて「こういう爆音の中を逃げ惑ったのだよ」、「いくさは、ならんど」と言っていました。

――糸数さんご自身の体験ではどうですか。
 私が小学生の頃には、まだあちこちに戦争の傷跡がありましたね。それから畑などに砲弾の破片が残っていて、年長の子どもたちはそれを拾い集めて売りに行くのです。危ないですけれど、お金になるから。
 小学校の後ろが不発弾の処理場で、授業中にも爆発音が聞こえるのです。地響きしてガラスが揺れる。ヘリの墜落と同じような恐怖です。
 私がバスガイドをしていた頃、復帰直前ですが、米空軍のB−52爆撃機が墜落したことがあります。真夜中でしたが、祖母は震えて荷物をまとめ始めました。ラジオのニュースで墜落だと分かったのですが、祖母の頭の中では、沖縄戦がよみがえったのでしょう。

――これまでに参加した平和運動で、特に記憶に残っているものはありますか。
 一番は「キセンバル闘争」ですね。米軍が行う実弾砲撃を阻止するために、着弾地点の恩納村の喜瀬武原(キセンバル)地域に入り込んで、発炎筒を炊くのです。この闘いで4人の労働者が逮捕され、7年間の裁判闘争が始まりました。一人は北部地区労の事務局長で先日の名護市議選に当選した仲村善幸さん、二人は全軍労の労働者、もう一人が私の夫なのです。裁判支援のために2万人を越える人々が、与儀公園に集まったこともあります。夫は黙秘を続けているので、検事から「夫と接見しないか」と電話がかかってきました。また家にも警察が「接見しないか」と訪ねてきました。それを知った組合の人たちが、私の家の前に車を止めて、24時間体制で待機してくれたのです。あの時は組合の人たちの支援に、本当に心が熱くなりました。
 1995年に3人の米兵による少女暴行事件が起きた時には、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」を作りました。訪米して米国の議員や市民に、米軍による事件・事故・人権侵害を伝えて、基地の撤去を訴えたのです。復帰闘争から始まり、いまでも辺野古では闘いが続いています。どの闘いも大切ですが、特に思いが深いのは、この二つですね。

――糸数さんは沖縄の現状を、どうとらえていますか。
 歴史を振り返ると、琉球王国時代は、武器を持たない平和の心を守っていました。海外交易で成り立つ、すばらしい国だったと思います。しかし1609年(薩摩藩の侵略)以降今日まで、様々な意味で翻弄されている島でもあります。「長いものには巻かれろ」という意識が、沖縄にはあるのです。中国と日本の板ばさみの時代、米軍の顔色を見ていた占領時代、復帰後も基地が強化される。
 「基地はいらない」という思いを、県民の75%が持っています。しかし毎日の生活の中では、日本政府の「アメとムチ」の政策に依存している。琉球の文化、歌、伝統工芸、宇宙の神と結びついた精神、沖縄の人々には長い間に培ってきた豊かな沖縄の心、沖縄のアイデンティティがあるのです。そこを日本政府は、まったく気にしない。振興策と引き換えに、沖縄の心を奪い取っていくのです。
 しかし、観光や農業で経済的に自立する基盤を作っていけば、国の圧力をはね退けることができると思うのです。このことは、保守・革新を問わない。でも沖縄が経済的に自立してしまうと、一番困るのは日本政府でしょうね。基地を置き続けることができなくなりますからね。

――選挙では、どのようなことを訴えますか。
 11月の知事選挙で、沖縄が本当に自立を確立しない限り、歴史の負の遺産である基地を抱え続けながら、この後も50年、100年と続いてしまうのではないでしょうか。「基地はいらない」という県民の不退転の決意、補助金は必要ないという決意、それがあれば「カネをちらつかせれば、沖縄はなんでも受け入れる」という国の施策を変えることができるのです。選挙の結果で、「基地はいらない」という県民の決意を明らかにする。そこから全てが始まるのです。新たな基地建設を容認する知事を選ぶのか、基地を撤去して自分たちの土地を自分たちの手に取り戻すのか、そのことが問われる大きな分岐点になるでしょう。
 「土地を取り戻す」ことは、大変重要です。ハワイ・グァム・オーストラリア・そして米国でも、土地を取り戻すことは、少数民族の生活と文化、権利を保障させることにつながるのです。憲法で保障された生存権すら守られていない沖縄で、生存権を確保するための取り組みなのです。自立と自治を勝ち取る選挙を進めたいと思います。

〈インタビュ─を終えて〉
 最初から糸数議員が熱く語り出した。沖縄の翻弄されてきた歴史を。戦前、戦時下、戦後の米政府による占領下、平和憲法体制下の日本への復帰をめざし、裏切られ続けている沖縄の歴史を。そして沖縄の人々の生活、基地振興策の光と陰。失われていく沖縄の心。「平和と自立」を求めての闘いを。今度こそ負けられない沖縄の知事選挙とその決意を。1992年から県会議員12年間、そして2004年から野党の統一候補として参議院議員へ。県民の課題は、よくわかっている。沖縄は、平和を、基地の縮小・撤去を、自立を求めている。糸数慶子さん、沖縄の未来、平和な日本の未来のため、頑張れ。〈福山真劫〉

米軍再編とアジア太平洋の反基地運動

米軍の編成
 米国は陸軍・空軍・海軍・海兵隊の4つの軍隊を持っており、それぞれに「タテ」の指揮系統があります。例えば沖縄海兵隊の指揮は、海兵隊司令部→太平洋海兵隊→第3海兵遠征軍→第3海兵師団となっています。この他にも米軍には、4軍を合わせて地域ごとに分ける、統合軍という「ヨコ」の指揮系統があります。統合軍は、北方軍(北米大陸)、南方軍(南米大陸)、太平洋軍(アジア太平洋)、中央軍(中東)、欧州軍(欧州・アフリカ)の5軍です。
 「タテ」の指揮系統が日常業務を行い、「ヨコ」の指揮系統は戦時の作戦計画を担当します。日本に直接関係するのは、太平洋軍です。太平洋陸軍・太平洋空軍・太平洋艦隊・太平洋海兵隊を傘下に置き、アラスカ・ハワイ・グアム・日本・韓国・オーストラリアに基地があります。またフィリピン・タイ・シンガポールなどで、定期的な軍事演習を行っています。

在日米軍の活動範囲はアジア太平洋全域
 私たちは、在日米軍は日本の防衛に専念していると誤解しがちです。しかし米軍は、アジア太平洋を一つの単位として行動しています。横田基地や嘉手納基地には、韓国やグァムから米軍機がやって来ます。沖縄の海兵隊と陸軍特殊部隊は、フィリピンで反政府組織の掃討作戦に協力しています。在日米軍再編は、アジア太平洋全体の米軍再編の一部であり、世界米軍再編の一環です。3つの米軍再編は、密接につながっています。それは、私たちの側から見れば、どこか一つが頓挫すれば、全体が動かなくなるということなのです。

アジア太平洋地域の反米軍基地運動

●韓国
 韓国には約38,000人の米兵が駐留しています。これまで米軍は38度線からソウルにかけて兵力を集中させてきました。再編では、この地域の基地を削減し、ソウル南部のピョンテク(平澤)に集中させようとしています。ピョンテクには今でも、5つの基地がありますが、韓国政府は基地群を拡大するため、農地の強制収用を行おうとしています。
 この地の農民は日本植民地時代に1度目の土地収用にあい、米軍によって2度目の収用に、そしていま3度目の収用を強制されようとしているのです。農民たちは、「今年も耕作するぞ」を合言葉に農業を続け、連日のロウソク集会を行っています。政府は今年に入り、軍隊を導入して土地の強制収用を開始しました。統一連帯や民衆連帯、民主労総などの全国的な社会運動団体は「平澤米軍基地拡張阻止汎国民対策委員会」を結成し、農民の闘いを支援しています。
●グアム
 グアムは16世紀以来、植民地支配を受け、1945年以降は米国の準州としての支配を受けています。島面積の2割を米軍基地が占めていますが、大統領選挙に投票することもできません。原子力潜水艦や戦略爆撃機の拠点として基地が強化され、数年後には沖縄海兵隊の司令部が移設されます。先住民族のチャモロは、生活と文化を守るために「チャモロ・ネイション」を組織し、米国の支配と闘っています。
●オーストラリア
 オーストラリアは、日本と同様に米国の忠実な同盟国です。ベトナム・アフガニスタン・イラクと、米国の侵略戦争には常に協力してきました。中部にあるパインギャップ基地は、海外最大の米軍基地で、米国の軍事衛星の管理・運用を行っています。また両国政府は、オーストラリア国内に、共同訓練基地を建設することで合意しています。AABCC(オーストラリア・アンチ・ベース・キャンペーン)などの団体が、米軍基地の閉鎖を求めて活動しています。
●フィリピン
 かつてフィリピンには米空軍と海軍の基地がありましたが、1991年に国会上院の決定で米比基地協定を終了させ、米軍基地が撤退しました。しかし近年、南部諸島でイスラム系武装組織の反政府活動が活発化していることから、政府が米国に支援を求め、米軍の再駐留が始まっています。米軍や政府軍による住民殺害など、人権侵害が多発しています。現在、非共産党系の諸団体による反米軍組織が作られ戦いを続けています。
アジア太平洋反米軍基地連携へ
 平和フォーラムは昨年、これらの国々から反基地団体を招き、「10.21国際反戦・反基地集会」を開催し、国際連帯の第一歩を踏み出しました。そして今年も11月25日から、「アジア太平洋反基地東京会議」を開催します。米軍と闘っているのは、私たちだけではありません。世界の労働者・市民の力をあわせて、米軍の戦争政策と海外基地強化と対決しましょう。

教育基本法改悪をストップしよう

 グローバル化とアメリカの極端な単独行動主義がすすむなかで、日本や欧州諸国は企業競争力の確保策に躍起となる一方、失業者の増加などを背景に民族排外主義的な動きや国家主義、偏狭なナショナリズムを助長する傾向も増大しています。
 これらは、教育・教科書問題にあからさまに登場しています。戦争美化の扶桑社版教科書はその典型です。本年4月から使用の中学校教科書採択では、全国の運動や海外からの正しい歴史認識を求める声が強まるなかで、扶桑社版の採択をごく少数にとどめましたが、他社の教科書記述の右傾化に少なからず影響を与え、「慰安婦」の用語が消え、「強制連行」の記述が大幅に減るなどの事態となっています。世界やアジアと結び平和・人権を尊重する共生社会の実現に生きる歴史認識、国際認識を育てる点から後退する内容です。
 他方、2003年3月20日、奇しくもアメリカが大量破壊兵器という虚構の口実でイラク戦争を開始した日ですが、中教審は「21世紀を切り開く心豊かでたくましい日本人の育成」という大目標のもと、「国を愛する心」を強調し、教育基本法改定の方向を打ち出す答申をしました。国際化時代には競争力に打ち勝つ「たくましさ」と、「愛国心」に満ちた日本人を教育の場でつくり出そうというものです。以後、自公与党の検討会が続けられ、今春の第164通常国会に政府は「教育基本法案」を提出。衆議院教育基本法特別委員会が設置され、審議を開始しました。対抗して民主党も「日本国教育基本法案」を上程し、継続審議中です。

政府案の問題点
 国会に上程されている教育基本法「政府法案」は、@「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」をはじめ、「道徳心や自立心、公共の精神などの重視」が盛り込まれ、個人の「内心の自由」を否定し、国家主義を助長する徳目が定められていること、A教育行政について国と地方公共団体がそれぞれ教育内容にも介入するものであること、B教育勅語を否定した教育基本法の「教育宣言」としての歴史的意義を抹消していること、などの重大な問題点をもっています。
 安倍新首相は、所信表明で教育改革に関しては、「教育基本法の『改正』はもちろんのこと、教育制度全般を見直していく」とし、最重要課題・最重要法案と位置づけました。代表質問に対して「私がめざす『美しい国』を実現するためには教育基本法を『改正』し、未来を切り開く人材の育成が必要である」と答弁しましたが、現実の教育課題との関係を明確に示すものはなにもありません。通常国会では、通知表に「愛国心」を評価している埼玉県などでの問題の質疑をめぐり、政府内や与党協議との不一致やなぜ、教育基本法の改正が必要なのか」「改正によって何がどう変わるのか」などの基本問題もはっきりしていないことが明らかになっています。
 「愛国心」については「強制」や「評価」されるものではないことは明白です。「自らの思想や良心の自由に基づいて国旗掲揚や国歌斉唱を拒む自由を持っている」「処分を振りかざして起立させ、斉唱させるのは、思想・良心の自由を侵害して違憲であり、『不当な支配』に当たる」とする9月21日の東京地裁判決にも示されています。
 また、政府法案は格差や不平等を増大するもので、不登校などの解決にはなりません。安倍首相は自民党総裁選挙で公約した政権は「教育バウチャー(利用券)制度」の導入は格差をいっそう増大させるものです。安倍内閣はさらに、山谷えり子首相補佐官を「教育再生会議」(首相諮問機関)担当とし、政府主導の強引な「教育改革」を進めようとしています。

採決強行を許すな!
 各種世論調査でも教育基本法の「改正」を「今の国会にこだわらず論議を続けるべき」と慎重審議を求める声が多数です。はじめに「改正ありき」の論議で、通常国会でのべ49時間審議されたことなど審議時間数を口実に採決を強行させてはなりません。
 平和フォーラムは、教育を国家戦略として位置づけ、「愛国心」を規定し、教育の中央集権、競争原理を強め、学校現場の子ども・教職員の実態を無視した教育基本法改悪に反対します。すでに、日教組が提起した「教育基本法調査会の設置に関する請願署名」は230万筆が集約され、衆参両院議長に提出されました。ひきつづき、日教組のとりくみに協力し、「教育基本法に関する特別委員会」委員への要請行動、「10.25教育基本法改悪反対中央行動、国会前座り込み行動」、11.25教育基本法改悪ストップ!集会、教育シンポジウムをはじめ全国各地でのとりくみをすすめています。

関西生コン支部への不当弾圧を許すな
全日建運輸連帯労組書記長 垣沼 陽輔
 全日本建運輸連帯労組は、関西地区生コン支部の武建一委員長などが、正常な組合活動に対し、「強要未遂」「威力業務妨害」として逮捕された事件に対し、6月から「国策捜査に反対し、公正裁判を求める」署名活動を皆さんの協力で取り組みました。

過当競争による生コン業界の倒産相次ぐ
 ここで、改めて事件の背景と経緯を説明します。関西地区生コン支部は、組合を結成して41年の歴史をもち、近畿各府県と徳島、福井に165の職場分会組織があり組合員数は1,400人。うち、生コン運転手として従事する日々雇用労働者も約450人余り組織しています。
 生コン産業は、ゼネコン(総合建設会社)の建設需要増加に応えるため、セメントメーカーが生コン工場をつくり各建設現場に生コンクリート輸送をはじめたのが最初で、60年代の高度経済成長政策による建設ラッシュの時代に急成長しました。東京オリンピックなど大型工事が相次ぎ、地方にも工場がつくられ、現在は3713社が操業し、9割以上が中小企業です。
 しかし、高度経済成長もオイルショックを境に破たんし、生コンは過剰生産に陥りました。そのため生コン会社同士が過当競争に明け暮れた結果、原価割れする生コンを納入することになり、生コン会社の倒産が相次ぎました。生コンの特性として工場で製造してから建設現場に納入するまでの時間は1時間半以内と限られること(それ以上経過すれば固まり始める)、都市部の交通渋滞のなかでは建設現場までの距離が10キロ前後という市場範囲が狭いこと、生コン工場は100坪程度の空き地でも出来ることから新規参入が後を絶たないことが、過当競争の背景にあります。

適正価格、経営の安定を求めて協同組合作り
 75年当時、関西地区でも20社を超える倒産があり、76年に関西地区生コン支部はこの倒産の危機を打開するため、生コン産業の民主化と協同組合つくりによる過当競争の排除、生コンの適正価格の確立、過積載の中止などを提起した「セメント生コン部門における労働者の闘いをめざして」という産業政策パンフを作成して経営者側に実現をせまりました。このときの産業政策運動が現在まで続いているのです。
 93年前後にも近畿で35もの生コン会社が倒産し、崩壊寸前であった大阪地区の生コン協同組合の再建に向けて経営者側から労働組合にも協力を求められたことで、連帯労組をはじめ、全港湾、交通労連、ゼンセン同盟、建交労の5労組支部が協同組合再建に向けて取り組んだ結果、約9割を超える生コン会社が協同組合に加盟して、生コン価格の適正化、過剰生コン工場の共同廃棄と社員への連帯雇用保障制度の確立、賃金労働条件の企業間格差の是正などにとりくみ、経営の安定への道筋をつけました。

協同組合つぶしにゼネコンと警察が一体化
 この生コン業界再建運動は、大阪だけでなく、兵庫、奈良、京都、和歌山、岡山と拡がっていました。しかし、大手ゼネコンは、生コン業界が団結し対等な取引を主張する協同組合を崩壊させる目的で、アウト生コン(協組に未加入の業者)を育成し、生コン価格のダンピング競争をさせようと躍起になりました。その結果、9割以上あった協同組合のシェアが6割を割るところまで下がったため、5労組は協同組合の組織強化と業界安定をめざして、アウト生コン社も含めて、大同団結と協同組合加入促進運動に着手しました。
 事件となった大谷生コン社と旭光コンクリート社の2社は、この運動のなかで04年9月に協同組合に入る約束していましたが、直前にこれを反故にしました。連帯労組は、加入の約束履行を求めて工場への要請行動、会社代表者への申し入れを行いました。このときの行動を「強要未遂」などの刑事事件に仕立てあげたのが大谷・旭光コンクリート事件です。
 まさしく、ゼネコン、セメントメーカーに代わって警察・国家権力が生コン産業政策運動を潰し、ゼネコンの思いのままに支配するには邪魔になる関西地区生コン支部に弾圧を加え運動の芽をつみ取ろうしているのです。私たち連帯労組は、この権力弾圧に屈せず、生コン業界が安定することが労働者の生活や賃金労働条件の安定につながることを確信して、これからも取り組む決意です。

家庭から出される有害化学物質の半分以上が合成洗剤!
PRTRを活用し、合成洗剤による汚染状況を検証しよう

 1950年代後半から石けんに代わり、合成洗剤が急速に普及してきました。60年代に入り、合成洗剤による人体被害や環境汚染が問題となるなか、1974年に「きれいな水といのちを守る合成洗剤追放全国連絡会」が結成され、これまで運動が継続されてきました。
この間、国や洗剤企業は合成洗剤のソフト化、有りんから無りん洗剤へ切り替えるなど問題のある合成洗剤成分を規制し対応してきました。しかし法的に合成洗剤の有害性を認めようとはしませんでした。
 同連絡会は、合成洗剤追放の全国集会を各地で開催し、今年は10月8日〜9日に大阪市で第29回の集会が開かれました。同集会では、家庭から出される有害化学物質の50%以上が合成洗剤であり、その追放をめざすことを確認しました。集会で出された課題をもとに、汚染状況とその対策についてまとめました。
 1999年7月に公布された「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」で6種類の合成界面活性剤が、人の健康や生態系に悪影響を及ぼすおそれがある有害物質と明記されました。
 この長い名称の法律はPRTR(Pollutant Release and Transfer Register化学物質の排出量・移動量を事業者が報告し、公表する制度)制度と呼ばれ、2001年度からの有害物質の環境への排出量等が国(環境省・経済産業省)と都道府県から公表されています。
 これによると全国の家庭からの有害物質排出量の半分以上が陰イオン系合成界面活性剤のLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩)と非イオン系合成界面活性剤のAE(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)でした(グラフ参照)。
これに、防虫剤等に使用されるp-ジクロロベンゼンを加えた量が有害物質全体の80%以上を占め、この傾向は2001年度から4年連続となっています。
 家庭からの有害物質だけでなく、全国全ての工場や自動車等から環境中へ排出される有害物質のワースト10の中でも、5位と6位をLASとAEが占めており、家庭からの排出物が環境汚染の大きな原因となっていることを示しています。
そうしたことから、水道水源の汚染防止対策としてだけでなく、環境汚染全体を防止する意味でも私たちが日常出来ることとして、合成洗剤の使用を止める、少なくすることの大切さがPRTR制度を通じて明らかにされています。

有害性がわかる表示制度も今後の課題
 PRTR制度の日本での運用は始まったばかりで、産業界の動きに対する市民や労働組合の取り組みは不十分です。市民の立場からPRTR制度に取り組んでいる「有害化学物質削減ネットワーク」の中地重晴代表は集会で、「公表することにより、企業の取り組みにより有害化学物質の排出量が削減すると考えられる。職場や家庭でも、有害化学物質の使用量や使用方法を見直してほしい」と訴えました。
 また、2003年に国連は化学製品の危険性や人体への毒性、生態系への影響などを有害性の程度に分類し、誰にでもわかる絵シンボルで表示する制度(GHS)を2008年までに各国で作るように勧告しました。
 日本では労働安全衛生法を改正し、職場で労働者に注意を喚起するための標章と位置付けられましたが、合成洗剤などの消費材への適用は決まっていません。「GHSは全ての有害化学物質に適用されることから、人と水生生物に安全なものを使用するという原則を確認して、合成洗剤にも表示させるべきだ」(中地代表)など、取り組みの重要性が明らかになりました。

首都圏で初の国民保護法による原子力防災訓練
国・自衛隊が参加 戸惑う周辺住民
反原子力茨城共同行動  根本 がん

 「国籍不明のテロ集団が茨城県東海村の日本原子力発電・東海第2原発に対して追撃砲で攻撃し原子炉に損傷を与え、原子炉が自動停止。直ちに安全保障会議が開かれ、茨城県危機管理対策本部を設置。この間に原子炉心冷却機能が喪失した。自衛隊に対し国民保護法派遣を要請」。
 このようなシナリオの国民保護法に基づくテロ対策を含めた原子力防災訓練が、国、茨城県、東海村など9市町村で9月29日、実施されました。国民保護法訓練としては05年11月の福井県、06年8月北海道に次いで3番目となります。首都圏では初めてのことです。この訓練は、国民保護の制度作りを目的に実効をあげるためのもので、今後も引き続き各地で実施される計画です。国民保護法とは、「武力攻撃から国民を守る」ために国が、各都道府県・自治体が対処すべき方針と住民避難などを定めたものです。情報伝達も避難も国からの上意下達式に一元化するものと思わざるを得ない法律です。
 訓練は東海第2原発がテロ集団に攻撃された想定で始まりました。テロ集団は、「東海第2原発を追撃砲で攻撃、施設に損傷をあたえ逃走。途中、車両の強奪に失敗し、県警は1人を逮捕して潜伏地を特定。この時点で自衛隊に対し、国民保護法による出動要請を行う。警察官が常陸太田市河内西町付近でテロリストを目撃、その後、1人を逮捕し、続いて全員を逮捕した」というものです。
 日本原電東海発電所からの異常事態発生の通報により、茨城県危機管理対策本部が招集され、県庁に緊急対処事態対策本部を設置。県庁とオフサイトセンター、東海村などの市町村を繋いだテレビ会議で情報交換と事態の分析が行われました。ここで本部会議の音声が、隣の本部事務局に聞こえないというハプニングがありました。それも本部会議の参加者は、配られた原稿を小さい声で棒読み、という状況でのハプニングであり、それに音声調節の不具合が重なったものです。
 原発の事故想定は、テロ行為により外部電源が使用不能となり原子炉自動停止、主蒸気隔離弁フランジから大量漏洩し、冷却材の漏洩が始まります。送電停止により給復水系のポンプが全部停止、非常用ジーゼル発電機も非常用冷却装置も停止し、原子炉への注水喪失の失敗で炉心が露出、主蒸気隔離弁漏洩箇所から放射能が放出されるという多重事故です。
 今回訓練の特徴の一つに、原発から放射能が放出されたという情報を認め、共有されたことがあります。原発から放射能が放出されたということは、避難やその情報を伝えることや、サンプリングなど見えない放射能の流れる下で行うことになるはずですが、そんな緊張感はまったく感じられないのです。
 周辺住民の避難では、集合場所からバスで約6キロ離れた日立市水木交流センターと、4キロのところに設置された東海総合体育館が避難所に当てられ、その避難所へ移動するのです。この避難所設置位置の問題ですが、4〜6キロというのは近すぎます。少なくとも30キロは離すべきでしょう。そのためにも複数の自治体による横断的な、危機に即応する組織が必要であると思います。
 このほか避難住民のための炊き出しも行われました。米90キロを一人前ずつ小分けにして茹でるというものですが、準備は前日からのものだったといいます。訓練だからこそ出来たものの、実際にそれは可能なのでしょうか。野天で放射能下の炊き出しにも感心は出来ません。この炊き出しには村内の民生委員が動員されました。
 この訓練を終えて国の審議官や、県知事は「初期の目的は達せられ合格だ」と評価したが、参加した住民の間からは不安と不信の声が聞かれました。たとえば、避難誘導する際に、村の職員は防護服とマスクを着用したのに、住民には何の指示もなく、服装の注意も徹底しておらず、不満の声が聞かれました。また自衛隊の誘導に違和感を抱いた人が数多くいました。自衛隊員が住民の目にふれたのは、この避難行動のときくらいで、本当にテロ対策なのかと、首を傾げざるを得ないほど、自衛隊の参加は少ないものでした。あるいは努めて目にふれないようにしていたのかもしれません。
 県庁やオフサイトセンターでテレビ会議を行っていることは住民にはわかりません。テレビ会議で決定された指示が突然のように上意下達のかたちで住民に伝えられる。避難指示が出されるのは、事故が起きてからどんなに早くても2時間過ぎてからとなります。情報伝達は早ければ早いほどよいはずです。これでは、国民保護法による放射能対策は、果たして実効性があるのか疑問を感じざるを得ません。自然災害ならばともかく、自然災害プラス放射能災害に対して、一時的に屋内避難、その後、遠隔地へ避難するというのは一考を要するでしょう。原発事故の際は即避難すること、または放射能に極力晒されないことを考えるべきです。
 訓練を振り返って思うのは、テロ対策とはいうものの、国民保護法による訓練という名目のために無理やり押し付けたように思えます。そのため、今回の原子力防災訓練のシナリオは、相当な無理がありました。たとえば、2日間にわたる訓練要綱を僅か7時間に短縮し実施したことは、たとえ100機関、2,000人が参加したと規模を誇ってみても、細切れな訓練の印象は免れません。
 国民保護法による原子力防災訓練は、今後も各地域で行われるでしょう。その際、国民保護法による訓練のためとして市町村はもとより、電力、水道、ガス、道路、港湾、交通、通信、マスコミなど、公共機関を含んだすべてのものが関わらざるを得なくなります。つまり国民保護法による国民総動員の地ならしが行われつつあるという感じを、今回の訓練で痛感しました。

核拡散の危機の今こそ非核の原点に
中央アジア非核地帯条約

 国際的な核不拡散体制がいよいよ危機に直面している現在、9月8日調印された中央アジア非核地帯条約の持つ意義は大きいのです。9月13日に条約調印のウズベキスタン大使館プレスリリースを受け、原水禁は歓迎の書簡をウズベキスタン大使館に送っています。
 現在までに実現した非核地帯条約を振り返ってみると、まず1967年に署名され68年に発効したトラテロルコ条約はラテンアメリカとカリブを対象にしており、核戦争直前までエスカレートした62年のキューバ危機の反省が成立の契機となっています。
 85年署名86年発効のラロトンガ条約は南太平洋地域、フランスのポリネシアで続けられた核実験への反対運動が太平洋諸国に広がった事が背景に成立。
 95年署名、発効は97年のバンコク条約は東南アジアのASEAN諸国10ヵ国が対象。ASEAN創設以来の東南アジア平和・自由・中立地帯構想の一環で、冷戦終結後の構想進展によって実現。
 96年署名のペリンダバ条約はアフリカ諸国が対象で、構想は60年代からありましたが、91年に南アフリカが核兵器を放棄、NPTに加盟したことで実現しました。
 そして今回の中央アジア非核地帯条約は、中央アジアの5ヵ国が非核地帯創設をうたったアルマトイ宣言を支持した97年以来、ほぼ10年間の交渉を経て、今年9月8日、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタンとウズベキスタンがセミパラチンスクで署名。カザフスタンの同地は1996年に閉鎖された、旧ソ連が核実験を続けた核実験場のあった場所でもあります。その核大国旧ソ連からの独立国の地域として、また全体が北半球にある地域としては、最初の非核地帯となります。
 地理的に見ると、核兵器国のロシアと中国、さらに核兵器を持ったパキスタン、紛争の続くアフガニスタン、核開発疑惑をもたれているイランに囲まれた大変な地域です。ここにできる非核地帯の持つ意味は極めて大きいのです。
 いずれの非核地帯でも、核爆発装置の開発、製造、備蓄、所有が禁止され、一方、IAEA保障措置の下では、核の平和利用が許されてもいます。非核という意味では地域国間条約以外でも、南極では核爆発、放射性廃棄物の処分が1959年の南極条約で禁止されており、モンゴルも、1992年の国連総会で非核地帯化宣言、1998年、国連総会での歓迎決議によって国際的に認められています。
 ここで重要なのは、核兵器国からの安全の保証です。核兵器を使用しないという明確な保証こそが、国の安全保障を核武装に頼らない道を選択する鍵となります。上にあげた非核条約でも、締約国に対し核兵器の使用または威嚇を行わないと規定した議定書に核兵器国が署名、批准したかどうかで条約の重さが違います。バンコク条約には核兵器国は未署名、また米国やロシアが署名のみで未批准の条約もあります。
 今回の中央アジア非核地帯条約にも米・英・仏が異議を主張、米国は署名拒否の方針を明らかにするなど前途多難です。9月19日広島県原水禁、平和運動センターは5核兵器国とイスラエル・インド・パキスタンに議定書に署名するよう要請書を送付しています。
核不拡散体制の危機に対して核兵器国の、とくにCTBTも批准せず、核不拡散の原則を対インド原子力協力で踏みにじる米国の責任は極めて重いと言えます。核保有国は議定書への署名を直ちに行う必要があります。
 中央アジア非核地帯条約実現には日本の支援も、99年・2000年に札幌で各国の専門家会合を開催するなどありましたが、今後も核保有国に議定書への署名を促すなどの努力を期待したいと思います。もちろん、世界中に広がってしまっている核兵器物質をウラン濃縮・再処理によるプルトニウム抽出の禁止を国際的な原則として確立させるために、まず自国での再処理をやめることをしなければなりません。

北朝鮮とイランの核問題(1)
北朝鮮の核実験をどう考えるか
日本に必要な冷静な対応
核実験はどのような種類か
 10月9日、北朝鮮は地下核実験を行ったと発表しました。私たちはこの暴挙に強く抗議します。米朝は50年間対立状態にありましたが、とくにブッシュ政権誕生後は北朝鮮に強い圧力を加えてきました。これに対して北朝鮮は核兵器保有を確実なものとすることによって対応しようとしています。これほど最悪な選択はありません。
 これまで幾度か状況を大きく転換する機会がありましたが、ブッシュ政権、北朝鮮ともその機会を拒絶し、東北アジアに混乱と緊張、さらには軍事的紛争という事態すら招きかねない状況を作り出しました。私たちは北朝鮮の核保有を絶対に許すことはできませんが、米国の対応と、その政策を支持してきた日本政府を強く批判するものです。
 北朝鮮の核実験はどのようなものだったのでしょうか?北朝鮮は爆発規模などを発表しておらず、各国の監視データにも大きな幅があります。爆発規模は0.5キロトン〜1キロトン(広島原爆は16キロトン)でほぼ一致していますが、爆発規模が小さすぎることから失敗説も出ています。
 ただ北朝鮮の核実験は、ブースター爆弾の実験であると推測されます。これは球体のプルトニウムの中心部に、ごく少量の重水素・トリチウムの混合ガスを注入して、核分裂─核融合─核分裂という経過で爆発(数万分の1秒でこれらの反応が生じる)する爆弾で、米国では水爆が作られる以前に実験が行われていました。インドが1998年に行った核実験では、ブースター爆弾を爆発させたと記者会見で述べています。ブースター爆弾の特徴は、プルトニウムの量を少なくでき、小型化、軽量化が可能だということです。ただ最初の核分裂は長崎型原爆と同じ爆縮(内部に均等で強力な力で圧縮する)ことが必要で、この爆縮にはかなり高い技術が求められます。
 北朝鮮が核兵器国への道を歩もうとするなら、今後複数回の核実験も想定され、私たちは強く反対していかなければなりません。それは東北アジアの緊張を高めるだけです。

米朝軍事衝突が引き起こす危険
 国連安保理の決議は、とりあえず経済制裁に絞られそうで、海上封鎖、船舶の臨検などは避けた決議になりそうですが、さらなる北朝鮮の核実験によっては、状況の悪化も予測されます。
 万一、米朝の軍事衝突となった場合、もっとも被害を受けるのは韓国であり、日本です。
 1994年、北朝鮮の核開発をめぐって米朝は一触即発の状態に陥りました。このとき米国防総省は「死亡する米兵のために8万〜10万個程度の遺体収容袋が戦場で必要となり、韓国兵は犠牲者が数十万に達する恐れがある。北朝鮮がソウルを攻撃したとしたら、民間人の犠牲は計り知れない数になるだろう」とクリントン大統領に説明しました。このとき北朝鮮のノドンミサイルによる在日米軍基地攻撃は含まれていません。
 このときはクリントン大統領が北朝鮮攻撃命令を下す直前に、カーター元大統領が訪朝し、事態が急転したことは多くが知るところです。
 また北朝鮮には15,000近くの地下軍事施設があるといわれ、仮に米国が先制攻撃したとしても、標的を絞りきれません。さらに地中貫通爆弾の貫通力は、固い岩盤の場合、貫通力はせいぜい6メートルしかなく、標的が絞れたとしても破壊は難しいでしょう。
 韓国が米朝の軍事衝突を回避し、また北朝鮮が困窮からの出口を見つけ出せずに暴発する危険も避けようとして取ってきた政策が太陽政策なのです。しかし、韓国の太陽政策も変更を余儀なくされそうで、これだけでも東北アジアは緊張の度を加えるでしょう。

北朝鮮問題を憲法改正に利用させるな
 北朝鮮の核保有が明らかになるにつれ、今後「日本核武装論」が強く出てくる可能性があります。しかし日本核武装論は韓国を刺激し、韓国内での核武装論を誘発し、一層事態を複雑にします。
 私たちにはいま、冷静な対応が求められています。日本が核武装するためには、NPT条約からの脱退など、困難なハードルが存在し、また核爆弾を搭載するミサイルを開発しなければなりません。そしてそのためには憲法改正が必要です。安倍首相は、小泉政権の官房長官として北朝鮮を挑発し続けました。その狙いは北朝鮮を挑発するなかでの改憲にあると考えるべきです。
 私たちは米朝の軍事衝突の回避と、北朝鮮の核兵器保有の完全放棄を求めなければなりません。東北アジアの非核化の社会を実現するためには、6ヵ国協議の再開以外に道はないのです。北朝鮮の核保有の道は、自国の破滅をかけた危険な道なのです。それに巻き込まれる国民のことを考えなければなりません。

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水俣病をめぐる最近の動きと課題
高野秀男(新潟県平和運動センター事務局長)
 9月19日、「水俣病問題に係る懇談会」(座長/有馬朗人・元文部大臣)が小池百合子環境相(当時)に『提言書』を提出しました。この懇談会は、今年が水俣病公式確認から50年を迎えるにあたり、一昨年10月の水俣病関西訴訟の最高裁判決で国・熊本県の被害拡大の責任が断罪されたのを踏まえ、水俣病のような悲惨な事件を再発防止するため、さまざまな切り口から検証しようと試みられたものでした。
 しかし、事態は新たな展開をみせています。95年の村山政権時の政治決着で終息したとみられていた被害者救済が、最高裁判決を機に、新たに未救済の被害者が多数存在していることが明るみになったのです。
 最高裁は国・熊本県の加害責任とともに、行政から水俣病でないと棄却された原告被害者らをメチル水銀中毒症(=水俣病患者)と認め、チッソを含めた三者に損害賠償の支払いを命じました。しかし、国・環境省は被害者を救済し得ないと批判された認定基準・認定制度を改めることなく、「行政の判断と司法の判断は違っていい」と開き直り、小手先の医療保障(新保健手帳の再開)で切り抜けようとしています。
 このため、やむなく医療保障で我慢する人がいる一方で、「水俣病と認めよ」と申請する被害者が相次いでいます。両者の数は8月末現在で、熊本・鹿児島両県で1万人、新潟で100人を超えました。新潟の数の少なさは、マスコミ・行政らによる水俣病の情報不足と、水俣病と名乗ることによる社会的差別に対する恐れが要因と推測されます。
 こうした情勢から、懇談会には被害者をはじめ関係者の多くが注目し期待しました。しかし、提言書に「水俣病の認定基準の見直し」は盛り込まれませんでした。被害者の落胆は大きく、官僚の抵抗のすさまじさをあらためてみた思いがします。
 それでも、提言された「新たな救済・補償の枠組みを早急に打ち出す」、「被害の全貌を明らかにするための総合調査研究の推進」を環境省がどう履行するのか、国民が関心と注意を払うよう求めたい。被害の全貌を明らかにすることと全被害者の救済なくして、水俣病問題の解決はもちろん検証や教訓はありえないからです。新潟では昨年6月、新潟水俣病公表40年を前に、泉田裕彦県知事が「ふるさとの環境づくり宣言」を発しました。もやい直し(人間関係の修復)がようやく始まろうとしています。


過度の被曝を強要する日本原燃の安全基準を変えさせて行こう
日土 潤(原水禁青森県民会議)
 日本原燃六ヶ所再処理工場で5月、6月と2回続けて体内被曝事故が起こり、協力会社作業員が体内被曝をしました。しかし、日本原燃は、9月15日に兒島伊佐美社長が「『被曝』という言葉は、ある意味では過剰な心配を招く、実態を正しく表現するとすれば『体内取り込み』の方が適切ではないか」と発言をし、「体内取り込み」に統一するとしました。
 これは、体内被曝の実態を少しでも軽く見せようとする日本原燃の姑息な手段であり、隠ぺい体質そのものです。私たちは今後も日本原燃の安全軽視の体制について厳しく追及していかなければなりません。
 また、六ヵ所再処理工場では、8月18日23時頃、再処理工場から西360mのEモニターの放射能レベルが通常の倍の値を示しました。これは150mの主排気塔のすぐ側に放射能が降り注いだことになり、日本原燃の「高い煙突から遠くに流れ、薄まってから徐々に地面に降りてくるから大丈夫」ということが全く誤りであったことを示しています。とすると、この放射能により「県民の被曝は0.022ミリシーベルト以下」という日本原燃の主張も根本から崩れ、多くの敷地内労働者や周辺住民が被曝を強いられていることになります。
 これを裏付ける事実が明らかになっています。日本原燃が採用しているフランス・ラアーグ再処理工場の大気への放射能放出評価方法は、ラアーグでは6年前にやめています。これは排気塔から放出された放射能(クリプトン85)が比較的近い風下で地表に降りてしまうことが実際に測ってわかったので、フランスでは、この理論を捨てて測定事実を優先させる別の方法を2000年以後採用したのです。
 六ヵ所再処理工場からの大気放出放射能の計算方法は、フランスでは不採用となっています。私たちは、日本原燃に対して、住民に過度の被曝を強要する今の安全評価を直ちに見直させなければなりません。

東北アジアに非核・平和の確立を
北朝鮮の核実験を許さない
 朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮と表記)は、10月9日、核実験を実施したと発表しました。周辺各国、国連、世界、私たち平和運動団体に大きな衝撃をもたらしました。とりわけ日本はこの核実験を巡って、社会全体が揺れています。安倍自公政権はブッシュ政権と連携を取りながら、北朝鮮に対する「経済制裁と軍事的脅迫の強化」によって、解決を目指しています。また早速この事件を自ら権力基盤の強化と教育基本法、共謀罪新設法、国民投票法案等継続審議になっている与野党対決法案の強行採決に利用しようとしています。そうした戦略では、事態は打開できません。対話と協議の中でしか東北アジアでの非核・平和は前進しません。
 原水爆禁止日本国民会議・平和フォーラムは、「すべての国の核実験・核兵器の保有」に反対してきました。今回の核実験に対して、北朝鮮の言い分はいろいろとあると思います。ブッシュの「核攻撃も含む先制攻撃戦略」に基づく軍事的圧力の強化、日本の軍事大国化路線の進展、などなどいくつかの理由があります。しかし、いかなる理由があれ、私たちは、北朝鮮政府による「核実験、核兵器の保有」は容認できません。直ちに、無条件で6ヵ国協議の場に復帰し、日朝ピョンヤン宣言、6ヵ国声明を基本にNPT体制に復帰することを強く求めます。

在朝被爆者の支援を
 今回の事態は本当に残念です。原水禁は、北朝鮮の「原子爆弾被害者協会の調査」によっても1,200人以上いると報告されている北朝鮮在住の被爆者の支援のための訪朝団を10月4日派遣する予定でした。しかし北朝鮮外務省の「核実験実施」声明への抗議のため、訪朝を延期しました。在外被爆者に対する政府による援護措置は、当事者と支援者の闘いによって、一定前進してきましたが、北朝鮮在住被爆者には日本政府による何の援護もありません。被爆61年です。緊急の支援が求められています。原水禁はもう一度在朝被爆者の支援のための努力を強化する決意です。