インタビュー・シリーズ その17
食の安全を求める権利を明記した基本法が必要
食の安全・監視市民委員会代表、弁護士  神山 美智子さんに聞く

【プロフィール】
1940年群馬県生まれ。1965年より弁護士活動を始める。日本弁護士連合会公害対策・環境保全委員会委員、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議副代表なども務める。主な著書に『食品安全へのプロポーズ・For Food Safety Law』(日本評論社)、『ガットの落とし穴』(共著、家の光協会)、『食品添加物の安全基準が揺れている』(コープ出版)、『このままだと「20年後の食物」はこうなる』(カタログハウス)、『食品の安全と企業論理』(八朔社)など。弁護士を志した動機は高校生の時に、えん罪事件を描いた「真昼の暗黒」(1956年 今井正監督)を見て、「登場した弁護士が格好良かったから…」。しかし、「現実にはあんな華々しい事件はあまりありませんね(笑)」。

──最近、食品偽装事件が多いですが、神山さんが食の安全問題と関わるきっかけになったのは何ですか。
 私は普通の弁護士として、離婚などの家庭問題や借家問題などを扱っていましたが、1970年代末に東京都の消費者保護条例が出来て、それに対応して弁護士会でも消費者問題をやろうということで、私も入りました。そこで、81年に東京弁護士会として「食品安全基本法」の提言を行う作業に関わったのがきっかけです。

──戦後、食品をめぐる事故が相次いできましたね。
 1955年に「森永ドライミルク事件」がありヒ素混入で患者は1万2千人以上、130人が亡くなっています。その後も68年のカネミ油症事件の発生(認定患者1900人)や、食品添加物チクロ使用禁止(69年)、輸入かんきつ類から指定外添加物のOPPやTBZの発見(75年)、死者11人を出した「辛子レンコン事件」(84年)など、本当に続いてきました。こうしたことから、消費者が食の安全を求める権利を明記した基本法が必要だと言うことで、作ったわけです。

──食の安全には、農薬や添加物などのきちんとした基準や禁止措置が必要だと思いますが、神山さんは92年に残留農薬基準に関する訴訟を起こされています。
 アメリカはポストハーベストと言って、収穫後に長期保存中の腐敗や虫害などを防ぐために農薬をかけていました。これを日本に認めるように圧力をかけて、当時の厚生省が農薬の食品残留基準を作りましたが、それまでの国内基準を無視した緩い基準でした。また、イマザリルという未認可添加物は違法として92年の9月末に一度禁止しておきながら、同年の11月には添加物として認可されるということもありました。この残留基準と添加物指定の取り消しを求めたものです。

──アメリカからの様々な圧力によって日本の食品行政が曲げられたということですか。
 83年に政府が基準認証制度という意見書を出し、85年に「市場アクセス改善のためのアクションプログラム」というものを出しました。中曽根内閣の時です。これが諸悪の根元といえます。市場開放と規制緩和がセットになって、アメリカのものを輸入するために規制がどんどん緩和されていったのです。

──このところ賞味期限の改ざんも続いています。
 この問題の原因も実はアメリカからの圧力によるもので、95年に、それまでの製造年月日表示から、消費期限や賞味期限表示に変わりました。日本人は新しいもの好きで、製造年月日表示だと新しいものから先に買ってしまうから、古いものが残り資源の無駄になるということでした。もうひとつは、輸入品の場合は製造年月日では日本のものと比べて不利になるので、アメリカなどからの止めろという要求が、当時の「市場開放問題苦情処理推進本部」にあって、それで変えたのです。

──それにしても、企業のモラルが問われます。
 企業も大いに問題ですが、賞味期限と消費期限の違いなど周知されていません。賞味期限はおいしく食べられる期限で期限を過ぎたら食べてはいけないわけではない。消費期限はこの日を過ぎたら食べられないということがほとんど知られていないのです。それで、スーパーなどは賞味期限を過ぎると大量に捨ててしまいます。期限表示にしたら余計に資源が浪費されているのです。ですから、私は製造年月日に戻すべきだと言い続けています。もし、期限表示にするなら、「賞味期限」などという四文字熟語だけではなく、「いつまでおいしく食べられます」、あるいは消費期限なら「いつまでに食べてください」という、わかりやすい表示が必要だと思います。

──日本の行政は後追いばかりだと批判されています。
 その通りです。日本は問題が大きくなってからようやく対応します。ダイオキシン問題でも83年頃から問題が明らかになっていたにも関わらず、世界よりも10年以上も遅れて対策が立てられました。最近でも、北海道のミートホープでの偽装ひき肉事件で、これまでのJAS(日本農林規格)法では、業者間の取引には法律が適用されず、問題が大きくなってからようやく適用拡大になりました。遺伝子組み換え(GM)食品でも、日本ではGMが入っていても5%以下なら表示しなくてもいいことになっています。EUでは0.9%以上の混入は表示することになっていますし、韓国でも日本より厳しい基準です。

──その一方、「健康食品」もブームになっています。
 「健康食品」という言葉はやめるべきです。普通の食べ物は全部健康食品です。私たち食の安全・監視市民委員会では、特別の効能・効果をうたうのは、薬事法違反だなどと申し入れを行ったり、「ホントに良いの? 健康食品って」というブックレットを作って運動をしています。

──2003年にBSE(牛海綿状脳症)事件をきっかけとして、政府の中に食品安全委員会が出来ました。
 食品安全委員会は政府の宣伝機関でしかありません。私は国会での参考人意見陳述の時に、委員会の中に消費者代表を入れるように要求しましたが、拒否されました。また、食品安全基本法に消費者の権利、つまり、安全なものを食べる権利や選択する権利、消費者が行政に参画する権利を認めるように主張しましたが、入れられませんでした。欧米ではこうした権利や消費者代表の参加が認められているのです。

──なぜ、日本では消費者の権利が確立しないのでしょうか。
 日本では行政訴訟に関する法制度が不備なのです。個別具体的な行政処分がないと裁判に訴えても門前払いになるのです。あらゆることについて企業優先の社会ですね。消費者も、かつて80年代までは食の安全で大きな集会を開くなど、運動がありましたが、今は反対運動もありません。食の安全に取り組む国会議員もいません。こうしたことも遅れている原因でしょう。

──いま、消費者に訴えたいことは何ですか。
 テレビの言うことを信用するなと言いたいですね。食品のことでも、テレビで有名人が「あれがいい」と言えば、すぐに飛びついてしまいます。食べ物の常識というものがあるはずです。何がいいとか悪いということは、まず自分の身体に聞くべきでしょう。

──そうしたことから「食の安全・監視市民委員会」で活動されているのですね。
 行政の姿勢を転換させよう、事業者に変わってもらおうと、03年4月に結成しました。このたび、母子の頭髪中にある水銀などの有害な重金属の調査を開始することになりました。市民委員会は年会費千円でニュースレターを年間4回送っています。是非、みなさんも入会してください。

・食の安全・監視市民委員会=東京都新宿区西早稲田1-9-19日本消費者連盟内(電03-5155-4765)
http://www1.jca.apc.org/foodsafety/index.html


〈インタビュ─を終えて〉
この国の政府はどこを見ているのか。神山さんのお話からは、企業やアメリカばかりにしっぽを振る政府・行政の姿が見えた。初めてのインタビューに少し緊張していたら、「しっかりしなさいよ!あなたの命はあなたが守らなきゃ!」神山さんに、叱咤激励された。   (藤本泰成)


武力で平和はつくれない 時代を変革する運動をつくろう!
憲法理念の実現をめざす第44回大会を終えて

 今年は、憲法施行60年であり、「憲法理念の実現をめざす大会(護憲大会)」も44回目となりました。今年は、「武力で平和はつくれない」をメインスローガンに東京で開催し、1日目は開会集会とシンポジウム、2日目は分科会に引き続いて市民集会とパレード、3日目はフィールドワークでした。
 関東の実行委員会の奮闘もあり、開会集会には1,000人、市民集会には4,000人が参加をし、全体としては成功裏に終わりました。7月の参議院選挙で野党が大勝利し、それを受けての大会であったがゆえに、3日間の取り組みを通して、「憲法の改悪は許さない。憲法理念を実現するのだ」という決意を固めあいました。

参院選での新しい政治の枠組みを活かす
 私たちは、戦後一貫しての自民党政権の改憲攻撃に対抗して、憲法理念の実現をめざして取り組み、多くの課題は前進してきました。しかし、戦争放棄の憲法9条は自民党政権によって空洞化され続け、2000年代に入ってからの「ブッシュ・ネオコン政権に操られる小泉・安倍の自公政権の時代」はさらに深刻化し、9条の空洞化と「戦争する国づくり」が一気に加速しました。そして今年に入り、教育基本法の改悪を強行した安倍自公政権は、憲法「条文改悪」を掲げ動き出し、「国民投票法」を強行成立させ、9条は「条文改悪の危機」に直面しました。
 こうした情勢から、今年の大会は、極めて重要になることが予測されました。しかし、7月末の参院選で「戦後レジームからの脱却・憲法改悪路線」を掲げた自民党が惨敗し、民主党を中心とする野党が勝利し、与野党逆転となりました。選挙民・市民は「戦争する国に向かって暴走する自公政権」に不支持を突きつけたのです。その後の安倍の醜態は自公政権の末期的症状を見せてくれました。福田首相の所信表明演説から「憲法改正」の主張は消えました。
 参院選での与野党逆転という新しい政治の枠組みの中で、野党や平和団体の側は多くの武器を得ました。自公政権主導で政治は動きません。私たちも、自公政権の暴走に抵抗するだけでなく、憲法理念を実現する、平和を創り出すことのできる可能性は大きく拡大しました。政府は、「テロ特措法」の延長ができずに、自衛隊をインド洋から引き上げる命令を出さざるを得なかったことがそのことを示しています。

解釈改憲、「戦争する国づくり」に対決を

 当面、9条の条文改悪の危機は遠のきましたが、米政府は、「日本を米国の戦争に引きずり込む日本の集団的自衛権行使の合憲化」をあきらめたわけではありません。自公政権は米政府の意図を受けて、解釈改憲、「戦争する国づくり」へと引き続き動くことが予想され、警戒が必要です。このような中、当面取り組まなければならない具体的な課題は次の通りです。
 1点目は防衛省の腐敗と情報保全隊による平和活動監視などの憲法違反行動の徹底追及です。2点目は自衛隊の海外派兵に反対し、ブッシュのアフガンやイラク侵略戦争に加担する新テロ特措法、イラク特措法への対決です。3点目は米軍再編成に対決し、自衛隊と日本の基地を米軍・米政府の軍事戦略の中に組み込むことに反対し、原子力空母の横須賀母港化、座間、岩国、沖縄などの闘いに結集することです。
 4点目は日朝国交正常化の取り組みです。10月3日の「東北アジアの平和と日朝国交正常化を求める集会」で、「チマチョゴリを着て通学することが誇りです」と語った在日の女学生の言葉を胸に刻みたいものです。5点目は教育基本法・教科書課題。6点目は人権救済制度、男女共同参画の取り組みです。狭山えん罪事件の石川さんが無実を訴えて44年になります。なんとしても再審を勝ち取りましょう。JRの1,047人の不採用問題の早期解決も課題です。
 その他にも多くの課題があります。平和・人権・民主主義の憲法理念の実現めざして、引き続き連合や市民団体、平和団体、野党と連携して時代を変革する運動をつくりあげましょう。来年の大会は香川県高松市で開催します。この1年も激動が予測されます。勝利を確信し、がんばりあいましょう。

【解説】テロ特措法で自衛隊は何をしたのか
テロ特措法が期限切れに
 11月2日、テロ特措法の期限が切れました。対テロ戦争支援のためにインド洋に派遣されていた、海上自衛隊の補給艦1隻と護衛艦1隻が、日本に帰ってくることになったのです。
 1951年の日米安保条約(旧条約)締結と1954年の自衛隊法制定以来、日本政府は、米国政府との間で様々な軍事条約や協定を結び、国内法を成立させ、米国の言うがまま、軍事的な支援を続けてきました。しかし今回、テロ特措法は期限切れになり、新テロ特措法案は成立のめどがたっていません。日米政府が進める軍事政策を、世論の力で止めたのです。これは日本の民主主義にとって、大きな前進ではないでしょうか。

6年間で自衛隊は何をしたのか
 2001年に「9.11同時多発テロ」が発生し、米国はアフガニスタン侵攻を開始しました。日本政府は米国を支援するため11月2日にテロ特措法を成立、12月2日から米同盟軍への燃料補給活動を開始しました。以来6年間で、海上自衛隊が行った活動は以下の通りです。


【海上自衛隊による給油活動】

出動した艦船数(延べ)
補給艦19隻 護衛艦40隻
艦船燃料の補給回数
794回(約49.3万キロリットル)
ヘリ燃料の補給回数
67回(約990キロリットル)
給水回数
128回(約690トン)
給油・給水の経費
約221億円
人件費含めた負担総額
約600億円

テロ特措法の問題点
 海上自衛隊による米同盟軍支援は、様々な問題を残しました。その中でも、特に重大な問題をあげます。
@イラク戦争への転用
 テロ特措法による支援は、アフガン戦争に限定されています。しかし、海上自衛隊の補給艦「ときわ」から、米補給艦「ペコス」を経由して補給を受けた空母「キティーホーク」が、補給直後にイラク攻撃の前段作戦「サザン・ウオッチ」に参加していました。この問題が発覚した03年当初、政府は「ときわが補給した燃料はキティーホークの1日の燃料消費量に当たる20万ガロンであり、ペルシャ湾に行ってイラクでの活動に使われる量ではない」と転用を否定しました。しかし、NPO法人「ピース・デポ」(横浜市・梅林宏道代表)の調査により、「ときわ」から提供された燃料が20万ガロンではなく80万ガロンであること、また翌日にはその燃料を使用してペルシャ湾に入ったことが明らかにされたのです。
A補給量訂正隠ぺいと航海日誌不正処分
 この問題について政府は事務入力上のミスと説明しました。ところが防衛省は、03年時点で数字に間違いがあることを認識しながら、政府に報告していなかったのです。また野党の調査過程で、4年間の保存が義務付けられている「ときわ」の航海日誌が、不正に処分されたことも判明しました。この2つの事件は、シビリアン・コントロールの面からも重大な問題です。
B燃料を提供した艦船が内戦参加
 アフガン侵攻は、タリバン政権に対する自衛権の発動として始まりました。ところが米軍は、タリバン政権が崩壊し、親米派のカルザイ政権が成立した後も、逃亡したタリバン派を攻撃しています。これは自衛権の発動を越えた内戦介入です。カルザイ政権成立後も海上自衛隊から補給を受けた米軍艦船が、ミサイル攻撃や空爆を行っていたことが、国会審議で明らかになりました。これは、テロ特措法の成立趣旨から大きく外れるものです。

派兵再開は必要か
 衆議院では、給油のための新テロ特措法案の採決が強行されました。米国も日本に、活動再開を求めています。では本当に、海上自衛隊の補給活動は必要なのでしょうか。以下は、海上自衛隊による燃料補給の年度毎の内訳です。

01年度
119,000キロリットル 05年度
27,000キロリットル
02年度
175,000キロリットル 06年度
48,000キロリットル
03年度
53,000キロリットル 07年度 11,000キロリットル
04年度 51,000キロリットル
   

 補給量は年々減少しています。対象艦船も、現在は5ヵ国15隻です。日本以外に3隻の補給艦が活動しており、現地司令官は、日本が撤退しても任務に支障はないと語っています。戦争が泥沼化し、撤退を検討している国が増えています。
 米国は海上自衛隊が必要なのではなく、アフガン攻撃を正当化するために、1つでも多くの国に、同盟軍に留まってもらいたいのです。こうした米国の思惑に付き従がって新テロ特措法を成立させるのでなく、日本独自のアフガン支援策が必要ではないでしょうか。

生産者米価が大きく下落
抜本的な農政転換を求める声
 実りの秋を迎えていますが、農村部は生産者米価の大幅な下落という激震に襲われています。そのため、政府は緊急措置を取るなどの対策が打ち出されています。しかし、この価格下落は構造的な問題であるとの指摘が強く、抜本的な農業政策の転換を求める声が高まっています。この問題を追ってみました。

生産費も償えない─大規模層ほど打撃
 米価の下落は9月頃から顕著になりました。現在、お米は「コメ価格センター」で入札により取り引きされていますが、本年産のお米が60キロ当たり千円以上下がりました。率にして5〜10%もの大幅な低下です。これまでも生産者米価は長期的に下落傾向が続き、かつては60キロ当たり平均2万2千円水準が、現在は1万3500円程度と、4割近くも下落しました。これに対して、機械や肥料代だけでも9千円は必要とされており、農家の労賃はほとんど出ないという状態です。
 ここに来て一段と下がったことは、地域農業の担い手を直撃しています。今年度から新たな農業政策として、規模の大きな農業者や、地域がまとまって農業をする集落営農組織に交付金などの政策を集中することになりました。しかし、こうした農家ほど影響が大きいため、「これでは小さい農家の方がいい」(秋田の米農家)という悲鳴が拡がっています。
 低下の原因として、まずあげられるのは生産過剰です。今年の適正生産量は828万トンと言われてきました。しかし、作柄がやや悪かったにもかかわらず、23万トンが過剰生産されたと予想されています。現在、水田の4割も生産調整が行われ、他作物の作付けが進められています。しかし、今年から生産調整は生産者・生産者団体が行う仕組みに変えたため、生産調整へに参加するかどうかは農家の判断に委ねられました。そのため過剰作付けが増加していると言われます。

備蓄制度の改正─飼料用米作付けを
 それでも、わずかな過剰によって大きく価格が変動する現行制度に農民の不信が高まっています。米価を安定させるには過剰米を市場から隔離させることが必要です。農業・農民団体からは、「過剰作付け米は政府の責任において備蓄米として全量買い入ること」(北海道農民連盟)という要求が強くなりました。
 そのため、政府は10月末に緊急対策として、生産過剰分を備蓄用として買い上げることを決定。需給を引き締めて価格の浮揚をめざすことを決めました。しかし、こうした対策は一時的なものとなる恐れがあります。そのため、「備蓄制度を米価引き下げ防止にも機能するよう抜本的な改正が必要」(全日本農民組合連合会)という意見が出されています。
 また、米の消費が予想以上に減っていることも問題です。食の洋風化や朝ご飯抜き等の食生活の変化を背景に、日本人1人当たりの米消費量は40年間で半減し年間61キロ。米離れに歯止めがかかりません。このため、「米を主食用だけでなく、世界的な穀物不足で高騰している飼料用に作付けするなど、転換が必要だ」(全日農の谷本たかし会長)という声も強まっています。

民主党が所得補償法案─政策論議が高まる
 こうした中で、民主党は米、麦、大豆などの生産数量目標に従って生産する農家に対して、生産費を下回った部分を補填する「農業者戸別所得補償法案」を国会に提出し、参議院で可決されました。「政府の農政は大規模農家だけを対象にしている。小規模でも意欲ある農家も支援すべきだ」(筒井信隆民主党ネクストキャビネット農水大臣)とし、さらに、「品質向上や規模拡大、環境に配慮した農業など、努力する農家にはさらに加算していく」(筒井議員)と、ばらまきではなく政策誘導型であることが強調されています。
 こうした民主党の政策提案が、参議院選挙での農村部の勝利につながったと言われていることから、政府・自民党もこれまでの政策を見直す動きが出てきました。農業は単に食料を生産するばかりでなく、国土や環境の保全、農村地域の維持など、多面的な機能があります。そうした価値を見直しながら、農業・農村の活性化につながる政策が必要です。平和フォーラムは農民や消費者団体とともに、集会や要請行動などを行い、政策の転換を求めています。

またも在外被爆者裁判で国を断罪
三菱徴用工裁判で国家賠償を初めて認める最高裁判決
在外被爆者支援連絡会 共同代表  平野 伸人

 太平洋戦争中、朝鮮半島から広島市の旧三菱重工業の工場に強制連行され、被爆した韓国人の元徴用工のうち40人が、国や三菱重工業などに計約4億4000万円の損害賠償を求めた三菱徴用工裁判の上告審判決が10月31日、最高裁でありました。最高裁は、在外被爆者への手当支給を認めなかった旧厚生省の行政通達を違法とし、国に4800万円の支払いを命じた広島高裁判決を支持し、国の敗訴が確定しました。

金順吉裁判から15年の成果
 今回の判決は、原爆被爆についてとはいえ、「国家賠償」を初めて最高裁が認めたという点では大きな意義がありました。判決の中で、「厚生省の402号通達は、在外被爆者からの被爆者健康手帳の交付や各種手当の支給申請が増大することから、その対策として、被爆者健康手帳の交付を受けても出国すれば各種手当も受けられないとの解釈を示し、在外被爆者に対して被爆者健康手帳の交付等を受けることの意義が極めて限定されたものだと認識させる意図のもとに出されたものである」としています。
 そして、在外被爆者への差別を意図したものであったことを断罪し、不法行為の損害賠償として、原告一人あたりに120万円の支払いを命じました。
 1992年7月に、今は亡き金順吉(キム・スンギル)さんが、国と三菱重工業に対して「戦争責任と戦後補償を問う裁判」を提起して15年が経過しました。金順吉裁判の問題提起は、その後、李康寧(イ・カンニョン)裁判、郭貴勲(カク・キフン)裁判、崔季撤(チェ・ゲチョル)裁判、鄭南壽(チョン・ナンスー)裁判などへと引き継がれ、在外被爆者問題について大きな進展をもたらしました。
 日本による韓国・朝鮮の植民地支配、侵略がなければ、韓国・朝鮮人被爆者は存在しなかったのです。なぜ、韓国・朝鮮人被爆者問題が存在するのかという基本的な問題提起がなされた在外被爆者裁判という意味では、金順吉裁判と広島の徴用工被爆者裁判は、大切な裁判だったといえるでしょう。
 今回の最高裁判決は、長らく在外被爆者を苦しめてきた厚生省402号通達を「違法である」とした上で、法律に基づく国家賠償を命令しました。これまでの長い在外被爆者裁判の集大成ともいえる判決でした。

強制連行・強制労働の責任は問わず
 しかし判決は、「強制連行・強制労働」については多くの戦後補償裁判と同様、原告の主張は認められず不十分なものでした。強制連行・強制労働による賠償については、時効・除斥(注1)や日韓請求権協定(注2)に基づく財産権措置法によって、その責任を問わないという判決でした。
 一方、原告たちの訴えてきた事実を認定し、国家無答責(注3)による責任の回避を否定し、強制連行時の不法行為や被爆後の放置による安全配慮義務違反、供託の無効性については認定されています。
 裁判は46人の原告により始められましたが、今や高齢や病気の為に生存者が15名となってしまいました。裁判に勝っても喜ぶべき原告はいないということが今回も起こってしまいました。原爆症認定訴訟やC型肝炎訴訟などにも共通するように、厚生労働省はいつも被害者の側に立った判断をすることはありません。今後も国の姿勢が弱者の側に立つことをわたしたちは求め続けていきます。

(注1)「時効・除斥」=民法上、不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅すること。
(注2)「日韓請求権協定」=日韓基本関係条約と共に締結された条約で、日本と韓国は戦争をしていたわけではないとし、賠償の形をとらずに経済協力として日韓併合に対する賠償を行った。
(注3)「国家無答責」=戦時の大日本帝国憲法下において、不法行為に対し個人が国に賠償請求することは認められないとする原則。一連の戦争補償訴訟で日本国への責任追及と賠償請求は、これらの原則によって退けられてきた。

フランスの先例に学ぶ
高速増殖炉からの撤退と再処理工場周辺の放射能汚染
廃炉となった仏の「スーパーフェニックス」
 福井県敦賀市にある高速増殖炉(注)「もんじゅ」がナトリウム漏れ事故を起こしてから12年。もはや過去の遺物と言える存在ですが、さらに税金をつぎ込み、2008年10月に運転再開する計画になっています。
 高速増殖炉開発で世界の先頭を走っていたフランスでは、「もんじゅ」と同レベルの「フェニックス」、さらに1段階進んだ実証炉の「スーパーフェニックス」とも廃止が決定されています。この10月にフランスの下院議員(緑の党)でベルグ市長であるノエル・マーメルさんが来日し、高速増殖炉からの撤退を決めたフランスの経験を聴く会が各地で行なわれました。
「スーパーフェニックス」は、1985年に臨界(核分裂による連鎖反応が継続している状態)に達してから、97年に廃止が決まるまで様々な事故、トラブルが発生し、稼働できたのは通算してわずか4ヶ月だけです。73年に臨界に達した「フェニックス」の方も、高速増殖炉としては使えず、研究炉として延命していましたが、その運転も2008年までとなっています。
 フランスの高速増殖炉は、ラアーグにある再処理工場を動かすための言い訳として作られたものです。しかし、その合理性が無い事が実証されました。それを手本にして、同じ図式の核燃料サイクルに固執する日本の政策変更の決断能力の無さが思い知らされます。
 高速増殖炉の炉型式に関する国民議会(下院)の調査委員会のメンバーを務めたマーメルさんからは、緑の党と社会党の政策協定で、97年に成立したジョスパン政権のもとに「スーパーフェニックス」の廃炉が決まる経緯、高速増殖炉は止まっても、ラアーグでたまるプルトニウムの危険性などが報告されました。
 プルトニウムはたとえMOX(混合酸化物燃料)に加工しても、核兵器の材料ともなりうるものです。世界に広がる核拡散のリスクを増大させるとの指摘は、「余剰プルトニウムを持たない」政策を、言葉を変えるだけでごまかす日本政府に突きつけられる問題です。

市民による放射能汚染調査が必要
 フランスでもう一つ、日本の核施設の手本となった再処理工場のあるラアーグの近くからは、「市民の放射能測定団体:ACRO(アクロ)」のアントワーヌ・ベルノランさんが来日。青森での「再処理とめよう!10.13全国集会」をはじめ各地で講演されました。
 ACROは独自のラボ(測定室)を持ち、放射能の測定を行って信頼できる情報を提供する市民団体です。1986年のチェルノブイリ原発事故の際に、政府からの情報が無かったため、市民の側からの信頼できる情報の必要性から設立に至った団体です。
 放射能の測定は産業廃棄物、医療廃液、ラドン調査などに及び、その測定の正確さからICRP(国際放射線防護委員会)などの国際・政府機関の作業にも参加しています。ラボにはベータ線源、ガンマ線源の測定装置や乾燥機などの設備を持ち、専門の科学者4人を含む5人の有給スタッフに25人ほどのボランティアという規模です。それでも最近力を入れている炭素14の測定には費用もかかり、採取したサンプルの測定が間に合わない状況だということです。
 アクティブ試験で放射能の放出が始まってしまった青森・六ヶ所再処理工場周辺でも、独自の信頼できる放射能汚染調査の態勢が急がれます。それにはACROのような機関と、サンプル採集など各地の協力者が必要となっています。

(注)高速増殖炉=「高速」の中性子を利用して、核分裂しないウラン238を核分裂するプルトニウム239に変え、核燃料のプルトニウムを「増殖」すると言われていました。しかし、プルトニウムの使い道がないなどで開発が破綻しています。

日本列島を結ぶレーダー基地網
世界を分断させるミサイル防衛
日本と東欧のMD計画から考える
日本の各地に配備されるXバンドレーダー
 国会では「新テロ特別措置法案」の取り扱いをめぐって揺れていますが、日本にとっての重要事項である朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題は大きな山場を迎えています。これまで拉致被害者の全員帰国という主張と絡め、圧力一辺倒で進んできた日本政府は、孤立の道を選ぶのか、対話による解決を選ぶのかという岐路に立たされています。
 先号に、「6ヵ国協議を新しい東北アジア対話の場としていくとき、日米の軍事協力だけが突出している。日本のミサイル防衛(MD)と、米軍が青森県車力村に設置したXバンドレーダーは、将来、東北アジア対話に影を落とすだろう」と書きました。今号ではXバンドレーダーが配備された意味について考えます。
 車力村のXバンドレーダーは、周波数が高く波長の短いX帯と呼ばれる電波を出すレーダーで、探知距離は一部で2000キロと伝えられましたが、実際は1,000キロ以下だと言われています。おとりのミサイルの識別能力を持つともいわれていますが、多くは軍事機密として明らかになっていません。しかも基地に配備されている人員のほとんどは、レーダー開発のレイセオン社の社員で、軍人は数人しかいないと言われ、どこまで完成品なのか疑問があります。
 しかし、防衛省はこのXバンドレーダーの欠点を補う形で、青森県・大湊、新潟県・佐渡、鹿児島県・下甑島、沖縄県・与座岳の4ヵ所にFPS―XXレーダーを08年度から11年度にかけて新設し、さらに既存の自衛隊レーダー基地28ヵ所のうち6ヵ所をFPS―XXに改修し、計10基地を対弾道ミサイル用に運用するとしています。FPS―XXレーダーは、性能はXバンドレーダーより劣りますが、探知距離はXバンドレーダーの約2倍、2000キロはあると言われています。
 米軍三沢基地には、早期警戒衛星がキャッチしたミサイル発射情報を受信し、着弾予想時間や予定地を解析する統合戦術地上ステーション(JTAGS)が、06年に配備されていますから、日本のFPS―XXもこのJTAGSと連動することは間違いないでしょう。

ヨーロッパをゆるがす東欧のミサイル防衛
 日本では北朝鮮の核実験による衝撃が大きく、将来問題となるであろうMDについての住民の反対運動は起こっていません。しかし、米・ブッシュ政権が東欧で計画しているMD建設計画はヨーロッパに大きな混乱を生み出しかねない状況となっています。
 米国はイランからのミサイル攻撃の危険から欧米を守るという名目で、2011年までにポーランドにMD基地を、チェコにレーダー管制基地を建設する計画を打ち出しました。しかし、この計画にロシアは、イランの脅威に対処するのは賛成だが具体的なMD設置には反対との姿勢を崩さず、ポーランド、チェコ両国も政府は賛成しても、国民は強く反対しています。チェコの最近の世論調査では、レーダー基地反対は国民の3分の2にのぼり、75%の国民が住民投票を行うべきだと主張しているとのことです。
 当初、独、英、カナダはこのMD計画に協力しないという姿勢でしたが、NATO(北大西洋条約機構)は6月の国防相理事会で、将来は米のMDと連携することを念頭に、ギリシャ、トルコ、ルーマニア、ブルガリア4ヵ国にMD基地建設の検討を始めました。NATOでは米、独、伊3国が「中距離拡大防空システム」(MEADS)を共同開発中で、この新MDが配備されるといいます。
 イランの核開発疑惑で揺れるヨーロッパは、具体的なMD配備でも揺れ始めています。米国は強く反対するロシアの同意を得るために、会合を重ねていますが合意には至っていません。逆にロシアは、アゼルバイジャン共和国から2012年まで借用しているカバラ・レーダー基地の共同利用を提案しています。
 ロシアの真意がどこにあるのかは分かりませんが、10月26日にはロシアのプーチン大統領がEU議長国のポルトガルを訪問した際の記者会見で、東欧へのMD施設建設計画は「ロシアにとって『キューバ危機』と同様の事態だ」語っています。しかし一方で東欧のMDに対抗する新型ミサイルの開発に成功したとも語っています。
 10月20日にはチェコのブレズニツェで、ヨーロッパ16ヵ国、チェコの80あまりの都市の市長が参加するMDレーダー反対の国際会議が開催されました(中国ラジオ国際メール版)。
 米国もまた10月31日、米下院のマーサ歳出委員会国防小委員長が、東欧のMD建設計画について「2008会計年度(07年10月〜08年9月)に予算は盛り込まれない」との見通しを示したと報じられています。
 MD配備でアジアも欧州も分断されようとしています。MDでは、ミサイルよりもむしろレーダー基地の世界的な配備が問題だといえます。


★☆★☆★☆【本の紹介】★☆★☆★☆★
コミック編「食卓の向こう側」魚戸 おさむ 作画
 福岡市に本社を置くブロック紙「西日本新聞」が、長期連載キャンペーン「食卓の向こう側」を開始したのは2003年の12月。それ以来、今日まで続くシリーズとなっています。「いま『食』が揺らいでいる。家庭の食(食卓)、学校の食(給食)、地域の食(食文化)、国の食(食料)。『食』というモノサシを通して、家庭や地域、環境や農業、医療、教育、福祉のありようを考える」(キャンペーン取材班)として、その範囲は、日常の食卓の風景から始まり、食の安全、食と脳・心の関係、輸入・加工食品の世界、お産と食生活、食育、そして、「生ゴミのリサイクル」や「子どもがつくる“弁当の日”を」という提案まで拡がっています。
 連載をもとにしたブックレットも10集を数え、累計50万部を突破し、福岡市内ではちょっとしたベストセラーとなっているそうです。そのキャンペーンに共鳴した漫画家の魚戸おさむさん(社会派漫画「家裁の人」作者)が、コミック編「食卓の向こう側」を描かれました。体のことを無視した食事をする若者の呆食、食生活が崩れて心を病んだ若者などの報告を読み、「大変なことが起きている。きっと、一番訴えなければならないのは、新聞も本も読まない層。漫画なら、彼らも読んでくれる」と、筆を執りました。
 食事はハンバーガーや菓子パンだけの大学生、食卓が楽しくないとうつ病に陥る若者、母親が食べたものが母乳になる現実、食べ物をかめない子どもたち、出生率の低下も食生活と関係していることなど、深刻な問題が明らかにされます。しかし、漫画の主人公として、乱れた食事を続けてきた西日本新聞の若い女性記者が取材班に入り、食卓の向こう側で奮闘する人々と出会うことで成長していく様がコミカルに描き出されています。手軽に読めても、読後には重いものが残る1冊です。(市村忠文)
(西日本新聞社 税込1,000円)


★☆★☆★☆【映画紹介】★☆★☆★☆★
「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005年/日本)
 今年11月13日に亡くなった元西鉄ライオンズの投手稲尾和久さんは、1958年10月14日、日本シリーズで福岡平和台球場のマウンドに立っていた。その後、彼は巨人を相手に、4連投4連勝で、「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれる奇跡の大逆転を生む。そして、東京では同じ10月14日、世界一高い電波塔「東京タワー」が完成した。
 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」はちょうどこの年の東京を描いている。1956年「もはや戦後ではない」と言わしめた神武景気から始まった高度経済成長は、1960年の所得倍増計画とあいまって、敗戦から日本を一躍世界の工業国へと成長させた。この時代を生き抜いたのが、1947年から始まる戦後ベビーブームの中で生まれた「団塊の世代」である。
 鈴木オートに、当時三種の神器と呼ばれたテレビがくるシーンは、ほとんどの「団塊の世代」には懐かしいものに違いない。真空管の白黒テレビのスイッチを入れる。まず音が出る。ブラウン管の真ん中にぽちっと光が見えたときの感動は、生涯忘れないだろう。映画は、集団就職に始まり、これでもかと懐かしいものが出てくる。力道山、長島などヒーローも目白押しだ。「みんな貧しかったのかもしれない。でも夢があった」と映画は述懐する。鈴木オートの社長、息子の一平、青森から出てきた六ちゃん、茶川竜之介、みんな輝いて描かれる。これからリタイヤしていく「団塊の世代」の心を熱くする映画となっている。
 冒頭に書いた稲尾和久は、シーズン42勝の記録とともに生涯276勝しているが、活躍した期間はほぼ8年間、13年目には引退した。日本シリーズの連投でもわかるように、今では考えられないほどの酷使をした結果である。当時の日本は、映画が描くように明るかったのだろうか。ぼろ切れのように働く日本人は、経済成長の駒として使い捨てにされていったのではなかったか。経済成長は公害を生み、美しい自然を奪った。経済成長を支えた炭坑では毎年のように大きな死亡事故が繰り返された。
 この秋には、続編も公開されている。三丁目の夕日を眺めながら、もう一度考えるべき「時代」ではないか。(藤本泰成)

◆◇◆◇◆◇ 投稿コーナー ◆◇◆◇◆◇

違法伐採疑惑のチップを輸入する日本紙業界
そのテッシュがタスマニアの原生林を破壊している?!
レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)日本代表部 川上 豊幸
貴重な動植物の宝庫、タスマニア
 タスマニアはオーストラリアの南東に浮かぶ島で、北海道を一回り小さくした広さです。太古のゴンドワナ大陸の生態系を受け継ぐ貴重な森林と野生動物が生息しています。カモノハシやハリモグラ、有袋類のウォンバッド、ポッサム、タスマニア・デビルなど様々な希少種、固有種が存在し、現在も、虫などの小動物で新種の発見が続いています。
 ここには、樹齢400年に達する巨木の原生林や絶滅危惧種の生息地を含めて、保護価値の高い貴重なユーカリの天然林があります。しかし今、年間平均1万5千ヘクタール(1日にサッカーグラウンド40個分)というスピードで、一面の木々を全て伐採する「皆伐」によって切り倒され、その後の造林のために焼き払われています。成熟したユーカリ原生林では1ヘクタール当たり二酸化炭素1200トンが蓄積されますが、皆伐後に造林される林では、400トン程度しか吸収できません。

木材チップの大部分を輸入している日本企業
 伐採された木材の約1割は製材やベニア向けですが、残りの9割は粉砕され、紙原料として木材チップになります。木材チップにして輸出しているのは、世界最大規模の広葉樹木材チップ会社のガンズ社(豪州)です。
 そして、同社の木材チップの8割が日本向けに輸出されており、日本製紙(クリネックスやスコッティ)、王子製紙(ネピア)、中越パルプ工業などが購入しているのです。つまり、タスマニアの原生林は、テッシュやトイレットペーパー、コピー用紙、印刷用紙など様々な製品として、日本の私たちが使っているのです。
 皆伐によって、野生動物の貴重な生息地を奪っているばかりか、植林地では、苗木を動物たちに食べられないようにと、周囲に猛毒を浸した毒エサを散布して殺してしまうことがガンズ社により続けられています。
 また、伐採そのものが違法だという問題も発生しています。昨年12月19日には、オナガイヌワシなど3種の絶滅危惧種の保護ができていないとして、ウィランタという地区での伐採事業が違法だと連邦裁判所に認定されました(現在上訴中)。法律専門家は、「オナガイヌワシの生息地がタスマニア全体に広がっているので、この判決の影響はウィランタ地区を越えていくだろう」と指摘しているように、同地区以外の伐採事業においても絶滅危惧種への保護が行われず、その合法性に疑問が投げかけられています。他にも、ガンズ社やタスマニア林業公社は何度も規則違反を犯し、罰金も科されるなど違法とされる伐採事業を行っています。

タスマニアの原生林破壊は、豪州で大きな問題に

 豪州には森林認証制度としてオーストラリア林業規格(AFS)があります。しかし、違法伐採として判決を受けたウィランタで採取された木材もAFS認証を受けていました。またAFS認証では原生林や保護価値の高い森林の伐採を止めることが出来ないなど、豪州や国際的な環境団体から批判を浴びています。
 こうしたことから、豪州の8割を越える人々がタスマニアの原生林を木材チップにすることに反対しています。それにも関わらず、ガンズ社はさらに伐採量を増やすことになるパルプ工場の建設計画を発表して、大きな問題になっています。そうしたことから、日本の紙業界はタスマニアの森林破壊に加担していることになり、その責務と役割が問われています。
 私たちは、この問題をタスマニアの天然林木材チップの購入企業や利用企業等に伝え、原材料の調達方針の改善を求めています。また署名活動やレター送付キャンペーンなども展開中です。パンフレット『誰がタスマニアの森を切っているの?買っているの?タスマニア森林破壊と日本紙業界の隠された真実』を作成しました。内容は、ウェブサイトからダウンロードできます。
 また、東京周辺では、12月に、熱帯林行動ネットワーク(JATAN)などとともに、タスマニア森林問題のイベントをいくつか行います。是非、多くの人にこの問題を知ってもらいたいと願っています。
RANウェブ=http://www.TreesNotGunns.org/jp


民主党は何があっても再出発をしなければならない
なぜ自公・民の連立政権なのか
 7月の参議院選挙以降、多くの事件が連続して起こりました。「恥知らず安倍」の続投、所信表明演説後の「逃亡」。福田政権の誕生、厚生労働省の不祥事、防衛省疑惑の噴出、そして小沢民主党代表の連立騒動と代表辞任、そして辞任撤回。インド洋からの自衛隊の撤退。私たちの目の前で、国内情勢だけでも激動をし続けています。
 多くは自公政権を大きく揺さぶり続け、政権末期を予測させる事件の連続でした。しかし小沢代表の連立騒動は、さあ次は衆議院総選挙だという私たちの高揚感を一挙に吹き飛ばしました。もちろん誰も簡単に総選挙で与野党逆転が実現するとは思ってはいません。しかし参院選後の新しい国会の政治地図の中で、民主党、社民党を中心とする野党の連携したがんばりによって、従来の抵抗だけではない、「野党の政策実現の可能性と自公政権との対決によって次期総選挙での与野党の逆転の可能性」は大きく拡大していたのは事実だと思います。
 そうした中での、連立政権騒ぎだけに、「政権交代による政策実現を訴えてきた小沢代表がなぜ、参院選で小沢民主党を支持した国民を裏切るような行動をとったのか」明らかにされる必要があります。

小沢の積極性と限界
 小沢代表は、もともと自民党の主流を歩み続け、幹事長の任も担い、その後、離党。そして、1990年代から数々の政党を遍歴し今に至っています。それゆえ小沢代表の限界はその履歴の中にあります。自らの生き様として「自由と平等」を求め続けてきているという左派の側からすればその限界は明らかです。
 しかし一方、戦後一貫して続いてきた自民党支配に対して政権交代をめざしてきたこと、また最近は「憲法9条堅持」を主張してきたこと、参院選に向けて、ナショナルセンター連合との関係を強化してきたこと等からして、「官僚の上に乗っかり、米ネオコン政府の
意を体して戦争をする国をめざして暴走をする自公政権」と対決する上で大きな役割を果たせるという積極性もありました。国民はそのことを小沢に求めていました。
 その小沢民主党代表が、なぜ自公との連立に動いたのか、本当の意図はよく解りません。しかし、この事態の中で、いくつかのことを私たちは確認できます。
@小沢は、一度は政権協議と連立政権について福田総理と合意をしたこと。
A民主党の役員会で反対をされ、福田総理との「合意」について破棄を連絡したこと。
B民主党代表の辞任を表明し、その後辞任を撤回したこと。
C政権協議・連立政権構想には、巷間言われているように、読売新聞の渡辺恒雄社長、中曽根や森元首相などの汚れきった仕掛け人がいたこと。
D戦後の日本を「支配」し続けてきた米国政府からの圧力が小沢にあったというマスコミ報道が続いていること。
E防衛省に関わって弱みを「政府」に握られているとのマスコミ報道が続いていること。
@からCまではそのとおりだと確認できますが、D、Eは未確認で報道の域を出ません。この事実をきちんと踏まえておきましょう。

闘う民主党に期待したい
 いずれにしても民主党は多くの意見はあったが、現状の中で小沢に代わって新しい代表を選出することはできませんでした。民主党の執行部は小沢に辞任撤回を求め、それを受け小沢が続投するのです。常識で考えて、民主党はもう政権交代をめざして闘い続けるしかありません。そして何があっても再生するしかないのです。私たちは闘う民主党を支持するのであって、自公政権の延命に手を貸すような民主党などいらないのです。
 しかしまた、民主党内は多様な勢力が存在しているのも事実であり、私たちは「憲法理念の実現をめざす民主・リベラル勢力」のがんばりに期待したい。社民党など野党と連携して、闘う民主党を期待したい。