特別インタビュー
参議院選挙をどうたたかうか
菅 直人民主党代表代行に聞く

 7月に投票予定の第21回参議院選挙は、課題が山積する中で、極めて重要な選挙となります。安倍政権になって初の国政選挙であり、改憲手続き法(国民投票法)をはじめ、戦後の平和と民主主義をどう守るかが問われています。また、年金や福祉、格差の拡大も大きな問題です。参議院選挙をどうたたかうか。民主党・菅直人代表代行に聞きました。

──安倍首相は憲法を変えることを公言していますが、これをどう思いますか。
 安倍という人物は、右翼というより、「アンチ左翼」というべきだと思っています。戦後の民主主義の歴史を苦々しく思ってきた中で、「戦後レジームからの脱却」と言いがら、民主主義を公然と否定する初めての政権です。では、どこに行こうとしているのかと言えば、戦前の大政翼賛的な時代状況でしょう。このような間違った認識に基づく、本質的に危険な政権だと言えます。

──そうした中での参議院選挙ですが、民主党は何を訴えますか。
 まず、格差の問題をあげたいと思います。グローバル化の流れの中で、小泉前政権からの市場原理優先の政策が進められていますが、国際競争に勝つためとして、働く人の生活が犠牲にされ、労働、教育、地域の格差が広がり、安心して生活できる権利が脅かされています。小沢一郎代表は「政治は生活だ」と訴えていますが、年金や農山村問題が争点だと思っています。

──改憲手続き法(国民投票法)が成立し、憲法問題も争点になると思います。
 日本はヨーロッパのような市民革命を経ていないため、国民主権というより「官僚主権」となっています。国民主権を本当に実現するためにはどうあるべきかの立場から憲法を考え、議論していく必要があると思います。しかし、安倍首相の改憲は反動的な動きです。本来、憲法は権力者を縛るものであるのに、逆に国民をコントロールできるように変えようとしようとしています。民主党の立場とはまったく逆方向です。

──しかし、若い人などでも、憲法を変えることに積極的な姿勢があります。
 若い人の中には、抑圧されているフラストレーションから、北朝鮮や中国など、外に敵を求めようとする動きがあります。最近の雑誌などでもそうした論調が増えています。ヨーロッパではネオ・ファシズムの動きがあります。なぜ、そうした状況になっているかをよく考えていく必要があります。過去の歴史を正しく知り、右傾化のムードに流されることのないように、私たちは訴えていく必要があります。

──最近、内閣支持率は低下しており、民主党への期待が高まっています。選挙戦では具体的にどのようなことを考えていますか。
 政策には自信がありますが、これをどう伝えるかが課題です。押しつけでは理解されないでしょう。マニフェストだけでなく、政治を体で感じてもらえるようなイベントをやりながら、民主党の主張を盛り込んでいきたいと思います。具体的にはキャラバンカーで全国を回りながら、格差や年金、地域の課題を分かり易い表現方法、例えばミュージカル仕立てなどで訴えてみたいと考えています。そして、まず参議院選挙で与野党逆転を勝ち取りたいですね。

──従来の民主党支持層だけでない人たちにも幅広く訴えていく必要があるということですね。
 労働組合など、これまでの支持層はもちろんですが、地域でのつながりなど、組織を超えたところの人々にも共感が得られるように広げていきたいと思います。いま、自民党は労働組合を攻撃し、非正規の人たちと対立させようとしています。こうしたファシズムにもつながるやり方を許さず、様々な人たちと連帯していきたいと思います。 〈6月1日インタビュー〉

特別インタビュー
参議院選挙をどうたたかうか
福島 瑞穂社民党党首に聞く

 7月に投票予定の第21回参議院選挙は、課題が山積する中で、極めて重要な選挙となります。安倍政権になって初の国政選挙であり、改憲手続き法(国民投票法)をはじめ、戦後の平和と民主主義をどう守るかが問われています。また、年金や福祉、格差の拡大も大きな問題です。参議院選挙をどうたたかうか。社民党の福島瑞穂党首に聞きました。

──まず、安倍政権をどのように評価されていますか。
 明確に憲法を変えようとしている危険な政権だと思います。改憲手続き法(国民投票法)の成立によって、最短だと3年2ヶ月で改憲を提案できることになります。自民党はこれまで自主憲法制定をスローガンにしていましたが、いよいよ実践に移ったということで、戦後民主主義の最大の危機を迎えていると思います。

──改憲手続き法も含めて、今国会では重要法案の採決強行が続きました。
 米軍再編特措法、少年法、日本年金機構法案も含めて、一定の時間が来れば遮断機を下ろすように採決が強行されました。これは、雇用の破壊や福祉を切り捨てた、国民を見下した暴挙です。改憲の狙いは、9条2項を変えアメリカとともに戦争の出来る国を作ろうというもので、格差の拡大と裏表の関係にあると思います。そこでは、国民主権をないがしろにして、権力者が国民に命令できる国をつくろうとしているのです。

──こうした安倍政権の高圧的な姿勢の背景は何でしょうか。
 やはり、衆議院での3分の2の議席でしょう。かつて社会党が一定の議席を占めていた時には、こうした事はできませんでした。また、自民党でもリベラルな人たちが排除されて、官邸はタカ派で固められています。もちろん、そのバックには軍需産業があり、武器輸出をさせない歯止めになっている憲法が邪魔になっているのだと思います。

──そうした中、参議院選挙では何を訴えますか。
 最大のテーマは憲法です。「憲法9条危うし!」をスローガンに訴えたいと思います。そして、年金や介護など、生活の安心を根本から立て直すため、社民党の政策を訴えます。政治は、国民の生活に安心感を与えるものでなくてはなりません。社民党は、これまでも格差問題に取り組み、非正規雇用の人をはじめ、「働くものの味方」でしたが、今回の参議院選では、「パート1700万人の味方」として、生活実感のある訴えをしてきたいと思います。

──しかし、社民党の現在の勢力では限界があると思いますが…。
 平和問題は左翼だけのものではありません。保守層でも戦争や憲法を変えることに反対だという人は多いはずです。民主党とも共闘して、共謀罪成立を阻止してきました。憲法問題では、自民と公明の間にくさびを打ち込むことが必要です。そうした役割を担うためにも、社民党の議席を一つでも増やしていきたい。

──アメリカのブッシュ政権やアジアの周辺国との関係についてはどう思いますか。
 アメリカは中国をにらんで、日本の基地再編・強化を図り、米軍の経費を日本から引き出そうとしています。世界から孤立するブッシュは日本を子分にしたいわけです。私は、「安倍内閣は5年遅れのブッシュ政権だ」と言っています。安倍首相の復古主義も重なって、こうした姿勢はアジア諸国とのあつれきをもたらしています。

──平和や民主主義を守るための正念場の選挙ですね。
 選挙で与野党逆転を勝ち取り、安倍首相を退陣させ、これまでの政治を変えさせなければなりません。最近は、非正規の不安定雇用の人たちも声をあげ始めています。正規労働者も規制緩和で、厳しさが増しています。今こそ、社民党が体を張ってがんばる時だと思っています。 〈6月1日インタビュー〉

中国人強制連行の損害賠償請求が逆転敗訴
戦後補償の司法救済の道閉ざした西松訴訟最高裁判決

 4月27日、最高裁判所は、日本の戦後補償のあり方をめぐって大変問題ある判決を下しました。中国人強制連行広島西松訴訟上告審判決です。この裁判は、日中戦争中に強制連行され、西松建設が施工した広島の水力発電所建設工事で過酷な労働を強いられた中国人元労働者や遺族5人が、1998年1月16日、同社に損害賠償を求めて広島地裁に提訴したものです。

日中共同声明を強引に解釈し個人の請求認めず

 広島では、故・宮崎安男元原水禁副議長や中谷悦子さんなどの原水禁運動の中心メンバーが裁判を支える会の代表世話人を務め、戦後補償のとりくみの先頭に立ってきた故・新美隆弁護士が弁護団長として論陣を張るなかで、2004年7月9日、広島高裁は安全配慮業務違反を認定し、時効の援用を権利の濫用として退け、 原告の賠償請求額そのままの支払いを認める全国的にも画期的な判決を下していました。
 しかし、最高裁(第二小法廷・中川了滋裁判長)は、1972年の日中共同声明で中国人個人の損害賠償請求権が放棄されたかどうかに絞って審理するとして、3月16日に口頭弁論を実施。通例では高裁判決を逆転させるものです。法廷では、中国人原告2人が最高裁で意見陳述。一連の戦後補償裁判で、中国人の原告が最高裁に出廷して意見を述べるのは初めてでした。原告と代理人は「中国政府側は、個人の賠償請求権まで放棄したという取り扱いはしていない。一方的な解釈をすれば外交問題に発展するのは必至だ」と主張しました。
 4月27日の最高裁判決は、原告勝訴の広島高裁判決を破棄して、請求を棄却し、原告敗訴を確定するものです。判決は、「日中共同声明(1972年)によって中国人個人の賠償請求権は放棄され、裁判上、請求に理由はない」というもの。共同声明の解釈について中国側の見解と異なる一方的な解釈に基づくものです。
 一方で、この最高裁判決は、原告らが強制連行されたことや、西松建設には過酷な労働をさせて安全配慮義務を怠る不法行為があったと認定した広島高裁判決は引き継ぐとともに、付言として「西松建設ら関係者が救済に向けた努力をすることが期待される」ともしています。企業が救済を拒否しているので裁判に訴えて司法救済を求めているのに、事実認定をしながら司法としての自らの役割を放棄したものにほかなりません。5人の原告全員は、判決後の記者会見で怒りをあらわに、「最後までたたかう」ことを表明しました。

国や企業を免責する判決相次ぐ
 中国人戦争被害者の訴訟は、秋田の花岡事件など一部を除いて、戦後50年を過ぎて開始され、虐殺事件、731部隊・毒ガス弾、重慶爆撃・「慰安婦」などとともに各地で多くの強制連行・強制労働訴訟が行われてきました。1995年に中国政府が1972年の日中条約・共同声明により放棄された賠償請求には個人の補償請求を含まないとした見解が出されてから、広がってきたものです。そして、地裁・高裁段階での判決が各地で出始めていました。その多くが、事実認定はしたとしても、国家無答責や時効などで国や企業を免責する原告側敗訴の判決がつづいていました。広島西松訴訟は、高裁段階での勝訴という画期的なものでした。これを4月27日の最高裁は強引に覆したものです。
 また、同日午後に、最高裁は、中国人「慰安婦」第1次訴訟、同第2次訴訟、中国人強制連行東京第1次(劉連仁)訴訟、同福岡訴訟第1陣について相次いで判決し、原告敗訴の請求棄却を確定させました。その後も、731部隊・南京大虐殺・無差別爆撃事件訴訟(5月9日)、中国人強制連行京都大江山訴訟(6月12日)、同東京第2次訴訟(6月15日)と相次ぎ上告棄却の判決・決定を行っています。
 要するに戦後被害者への補償、司法救済に道を閉ざしたものばかりですが、西松訴訟判決でも示されたとおり、被害者が被った精神的・肉体的苦痛の大きさの事実がある以上、救済は求められるし、実現しなければならない課題です。戦後の日本が戦争に協力したものには補償をする一方、被害者・犠牲者には道を閉ざしてきたこと自体を改めて問う必要があります。

食品への放射線照射を認めるな
次々と明らかになる矛盾
 内閣府の原子力委員会は、昨年10月、「食品への放射線照射について」を決定し、厚生労働省、農林水産省、文部科学省に対し、使用拡大への検討を要請しています。「食品照射」とは、食品に放射線(ガンマ線など)をあてて遺伝子を傷つける作用を利用し、殺菌や殺虫、出芽を止める加工技術です。
 この技術は、日本では1970年代から何度か検討され、現在は唯一、北海道・士幌農協におけるジャガイモの芽止めに利用されています。原子力委員会はこれをスパイス類などにも広げようとしています。これに対して、消費者団体などは、安全性に疑問があり、実用的な検知法もなく、検疫時・表示など行政的管理にも困難があることなどから、反対運動を行っています。
最近、照射食品に関して、いくつかの問題が浮上してきました。それらについてまとめました。

欧米では消費者が拒否して拡がらず

 原子力委員会は照射食品を推進する理由として、「欧米など諸外国ではすでに大量に照射されている」ことをあげています。確かに、世界的な利用動向としては、「2003年時点で食品照射の許可国は53カ国に達し、100品目以上の食品類が許可されている」(食品安全委員会2004年「食品への放射線照射技術の安全性に関する欧米の取り組み状況調査報告書」)とされています。
 しかし、この食品安全委員会の同じ報告書で、「欧州では2000年頃から減少しており、現在では米国が世界全体の半分を占めている」という、注目すべき報告がされています。しかも欧州では「外食産業など直接消費者の目に触れない用途での利用が中心となっている。大手スーパーや食品企業も利用に懸念があり、現状では照射食品の利用が拡大する見通しはない」としています。フランスに至っては、照射食品は全て輸出に回して、国内での販売を認めていません。
 米国でも「実際に市場に出回っている照射食品の種類はさほど多くない。最も多いスパイス類も全体量の約15%程度である」「米国の消費者は照射食品に対して否定的な意識が強い(アメリカ農務省見解)」と、国民に受け入れられていない旨を報告しています。また米農務省が学校給食に照射牛肉を斡旋していますが、保護者の反対によっていまだ実行されていないと報告されています。
 照射の推進側にとっては極めて不利な内容が続いています。しかも、問題なのは、この報告書がこれまで一般には公表されていなかったことです。平和フォーラムなどが参加する「照射食品反対連絡会」が報告書を入手し、問題点を突きつけたため、ようやくその一部が公開されましたが、照射食品が世界的に受け入れられていないことを隠したと言わざるを得ません。

キッコーマンが照射商品を輸入・販売
 6月1日、醤油メーカー最大手のキッコーマン(株)が輸入販売する健康食品素材「ソイアクト」に、殺菌目的でガンマ線が照射された可能性があるとして、商品の自主回収を発表しました。同社は、米国の会社から原料を輸入していたところ、その会社が米国向けユーザーの求めにより放射線照射を行っていたことがわかり、日本向けにも混入している可能性があるとしています。その期間は2002年からとされています。
 しかし、この問題にはいくつかの疑問があります。そもそも、米国では大豆への放射線照射は禁止されています。米国内で照射した製品を販売しているとすれば、法律違反に問われることになります。また、いつから、どこの照射施設で、どの範囲の物質に、どのくらいの線量で照射していたのかや、キッコーマンがいつ、どのような経緯でその事実を知ったのかも明らかにされていません。
 また、キッコーマン以外でも「ソイアクト」を原料とした商品を扱っている会社が38社あるとされていますが、その会社名と出荷量もわかりません。もっとも疑問なのは、報告を受けた厚生労働省が、同社の自主回収に任せて、回収命令を出していないことです。
 これらの原因は、照射食品の最大の欠陥のひとつである、照射されたかどうかを調べることが出来ないことにあります。検知方法がないため、混入していてもわからない現実が如実になりました。
 照射食品反対連絡会は、この事件を教訓に、照射の危険性、不透明性を訴えていくことにしています。

インタビュー・シリーズ その13
科学技術の「発達」を考え直す必要がある
原水爆禁止日本国民会議  市川 定夫議長に聞く

【プロフィール】
 1948年、山口県生まれ。同志社大学卒業後、72年に福岡県中間市役所に入る。78年、中間市職労書記長に就任、83年から自治労福岡県本部の役員を歴任。2001年、自治労中央本部副委員長、05年から委員長を務める。尊敬する人物は杉原千畝(外交官。リトアニア領事代理中に、ナチスの迫害から逃れるユダヤ人にビザを発給し助ける。日本のシンドラーと呼ばれる)。好きな詩人は同郷の金子みすゞ。
 自治労は、1954年に設立され、地域公共サービスの担い手として、県庁や市役所、町村役場、一部事務組合などの自治体職員や、公社・事業団、福祉や医療などに関わる民間労働者、臨時・非常勤等職員などで構成。現在2,721単組、約94万人を組織している。

──1935年お生まれですが、戦争体験の記憶で残っていることはありますか。
 当時は大阪市天王寺区に住んでいましたが、自宅が焼夷弾で攻撃されて、浅靴をはいて防空壕や国民学校に逃げたりしました。その後、母が結婚前にいた金沢に移り、戦後、新制中学1年までいました。金沢は戦争中、京都、奈良と同じように空襲がなかったのですが、飛行機からの機銃掃射が少しありました。アメリカの戦闘機の攻撃で、国民学校で非常に仲の良かった自転車屋の友人だけが亡くなったことが鮮明に記憶に残っています。

──その後、遺伝学との出会いはどこからだったのでしょうか。
 私が中学2年の時から大阪・北河内の神社の社務所に住むことになりました。中学2年の時、周りにあまりにもいろいろな種類の鶏が交配して雑多な種類の鶏が飼われていることが目につき、鶏の遺伝に興味を持ったのが最初でした。これは医師だった父の影響だと思います。父が持っていた遺伝の本を見て興味を持ちました。父が、鶏の新種(ミノルカ、横斑プリマスロックなど)を20羽ほど買ってくれて、鶏小屋を建てて観察をしました。そして、4種類の遺伝に関する発見をし、文部大臣から表彰されたりしました。
 そのようなことから、京都大学では、農学部で遺伝学を専攻しました。カラスムギ(燕麦)の遺伝を調べたり、学内でも遺伝研究のサークルを作ったりしました。大学院に進んでからはショウジョウバエなどの遺伝研究もしました。
 1965年にアメリカの国立研究所が日本人にも開かれ、戦後初の正規研究者としてブルックへブン国立研究所(ロングアイランド)に赴任、65年8月から67年2月までそこで遺伝学を研究していました。その後、京都大学で1978年まで研究を続けましたが、その間、ペルーとボリビアへ植物調査に行き、71年〜72年には、メキシコ国立チャピンゴ農科大学大学院で客員教授を務めたりしました。

──そのような市川さんが、どのような経緯で原水禁運動に関わったのでしょうか。
 京都大学で化学系の先生を助けて、原爆に被爆した植物、動物などの調査を行ったり、化学、物理などの先生に頼まれ、石や瓦などの破片を集める手伝いをしたのが、原爆とかかわった最初です。その後、毎年のように広島に行き、78年に初めて原水禁運動に関わるようになりました。

──市川先生は、「ムラサキツユクサの研究」が有名で、全国の脱原発運動のなかで取り組みが進められましたが、どのようなことでしょうか。
 アメリカのブルックヘブン国立研究所生物部のスパロー博士と共同で放射線生物学の遺伝研究を始め、その中でムラサキツユクサを取り上げました。ムラサキツユクサの、青とピンクのヘテロ(遺伝子の組み合わせ)は、微量の放射線と遺伝の関係を調べる上で格好のもので、放射線が生物細胞に与える影響を個々の細胞単位で直接的かつ確実に観察することが可能だったことです。
 ムラサキツユクサのおしべの毛は一列に並んだ細胞から成り立ち、おしべの毛は先端部分の細胞分裂を繰り返して発達しますが、それが放射線などの影響で青の優性遺伝子に突然変異が起こるとピンクになり、それを容易に観察できるという特徴を持っているのです。それまで低線量あるいは微量の放射線の影響についてほとんどわかっていないのに、「微量なら安全」「微量なら無視できる」と宣伝されてきましたが、これにより、微量でも突然変異を起こすことを証明したのでした。
 その後、浜岡原発の試運転のときに、地元の高校の生物の先生がこのことを知り、ムラサキツユクサを使って放射線と突然変異を調べることを提案し、74年から浜岡原発周辺で調べ始めました。試運転が始まったときから突然変異が増え、そのことが新聞・雑誌で話題になり、全国各地の原発周辺でも調査が進められました。
 76年から高浜や島根原発で、78年には東海村でも始まり、結果はどこでやっても同じように出ました。海外でもアメリカやドイツなど原発周辺でムラサキツユクサが使われました。このことは、推進側がわからないようにしていた放射線を、ムラサキツユクサを使って科学的に明らかにしたことに意義がありました。私はこのことを岩波書店の「科学」で「ムラサキツユクサは訴える」として紹介しました。
 ムラサキツユクサを使って原発に関わるきっかけができました。いまでも、ムラサキツユクサは特別なものという人もいますが、すでに海外でも認められているので、あからさまに否定できる人は少なくなっています。

──被爆二世の運動にも関わり、6月の韓国・釜山で行われた日韓被爆二世シンポジウムにも出席されましたが、そのときの印象はいかがでしたか。
 日本では、被爆二世もかなり認識されてきていますが、韓国ではあまり知られていないようです。これまでも韓国の被爆者は、韓国内でも放置されていました。それに日本政府もなかなか認めず、補償もせずにきました。放置してきた日本は重い責任があると思います。在外被爆者の補償をしっかりすると同時に、二世・三世の対策も同様に行う必要があると思います。

──ムラサキツユクサの研究を発表されて以降、研究はどのような方向に進まれましたか。
 80年代からは、人工化合物と人工放射線の問題を追及しました。すでに人工化合物は9万種類ともいわれ、これまでの人類が経験したことがない状況を招いています。これまで人類は、人工物に対して識別能力を持っていなかったし、そのことを知りませんでした。人工化合物と人工放射線の2つを合わされると相乗効果が発揮され、そのことが人類の種としての生存にとって非常に脅威となるものです。自然界になかったものを人間が作るべきでなかったと思っています。その象徴的なものとして、核兵器、原発、劣化ウランがあります。

──最後に新しい議長として、今後の原水禁運動への抱負をお願いします。
 今後の原水禁運動を進めるうえで、私のこれまでの研究成果を活用して欲しいし、それを理解してくれる人を増やしたいと思います。特に、低線量放射線の問題や人工放射性核種と人工化合物との相乗効果などは、核兵器、原発などを廃絶するうえでも重要なポイントだと思います。自然界には存在しなかった、つまりあらゆる生物がかつて遭遇したことがなかったもの、適応のすべを知らない多様な人工のものが、どうして私たち人類や他の多種多様な生物に繁栄をもたらしうるのでしょうか。
 私たちは、長年にわたって、科学技術の「発達と発展」という、誤った「宗教」を信じさせられ、誤った道を辿ることを強要されていたのです。こうした事実を真剣に改めて考え直す緊急の必要性が迫っているのです。それを原水禁運動の中でも訴えていきたいと思います。

〈インタビュ─を終えて〉
 今回は市川先生のインタビューです。森滝さん、岩松さんを引き継ぐ、原水禁の議長に就任されました。私は、労働運動に参加した1970年代に、大阪で、市川さんの「ムラサキツユクサ」による原発の告発を知りました。そのことが、市川先生との最初の出会いでした。原水禁は、現在、多くの課題に直面しています。市川さんのご奮闘が期待されています。ぜひ頑張ってください。
(福山真劫)


被爆62周年原水禁世界大会概要
非核アジア、ヒバクシャ連帯、脱原発の社会を

国際会議は8月3日10時〜17時
大阪国際交流センター(地下鉄・谷町9丁目)
 今年の原水禁世界大会・国際会議は「東北アジアの安全保障と非核化」をテーマに、パネルディスカッション形式で、大阪で開催します。
 2月13日の6ヵ国協議で、朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の核問題解決のための「共同文書」が採択されました。もたついていた北朝鮮資金の送金もようやく解決し、今後は共同声明で約束された北朝鮮核施設の放棄、米朝関係の進展などが予想されます。
 こうした進展は、一方で拉致問題にこだわり続ける日本の孤立を招き、日米一体化という形で軍事強化を進める姿と重ね合わせると、きわめて危うい日本の将来さえ浮かび上がってきます。
 私たちは「共同声明」の確実な実行、とくに朝鮮半島の非核化実現を強く求め、同時に非核の東北アジアを構築するために、各国の平等な交流と、市民の立場からなにができるのか議論したいと考えています。
 パネラーにはジン・ヨンジョン(韓国・参与連帯副議長)、リーバ・パトワルダン(米国・ピース・アクション西部広報渉外部長)、中国・平和・軍縮協会代表、日本側から黒沢満・大阪大学教授、福山真劫・原水禁事務局長が参加します。司会は川崎哲さん(ピースボート)、中村桂子さん(ピースデポ)です。

〈広島大会〉
◎開会総会・核兵器廃絶2007平和ヒロシマ大会
8月4日16時30分〜18時  グリーンアリーナ
◎平和シンポジウムin広島―被爆者援護の強化にむけて、現状と課題
 8月5日9時30分〜11時 県民文化センター
 連合、原水禁、核禁会議共同開催
◎広島大会分科会(5日・9時30分〜12時30分)
★平和と核軍縮・1「アメリカの核戦略と東北アジアの非核化」(学習編)
 米の核戦略が東北アジアの非核化に大きな障害となっていることを明らかにします。ゲスト・講師:リーバ・パトワルダン(ピース・アクション〈米〉)、田巻一彦(ピースデポ)
★平和と核軍縮・2「米軍の再編成と日本のミサイル防衛」(交流・討論)
 米軍再編と急速に進むミサイル防衛は、アジアと日
本にどのような影響を与えるのか?ゲスト・講師:ジン・ヨンジョン(韓国・参与連帯/予定)前田哲男(軍事評論家)沖縄、神奈川、岡山などの運動報告もあります。
★ヒバクシャを生まない世界に・1「世界のヒバクシャの現状と連帯のために」(学習編)
 核兵器開発と原子力発電推進の陰で広がるヒバク。実態はどうなっているのか。フォトジャーナリストの広河隆一さんと海外のヒバクシャを迎えて。
★ヒバクシャを生まない世界に・2「原爆訴訟・在外被爆者と被爆者援護法」(交流・討論)
「被爆者援護法」によってヒバクシャの救済は終わったはずだったのに、厚生省(現・厚生労働省)の差別はいまも続いています。在外ヒバクシャ、韓国の原爆被害者を救援する会の市場淳子さん、広島被団協から参加。
★脱原子力社会をめざして・1「脱原発に向けたエネルギー政策の展開」(学習編)
 原発は温暖化を防ぐ大きな決め手となるのでしょうか。いま世界では急速な温暖化と共に環境汚染、食料不足など深刻な問題が起こっています。温暖化防止とは私たちの大量消費社会の転換が不可欠なのです。ゲスト・講師:レベッカ・ハームズ(欧州緑の党)、藤井石根(明治大学名誉教授)
★脱原子力社会をめざして・2「再処理・プルサーマル計画撤回と原子力政策の転換」(交流・討論)
 六ヶ所再処理工場は、多くの設計ミスや問題を抱えながら操業を強行しようとしています。さらに溜まり続けるプルトニウムを消費するために、プルトニウムとウランを混合したMOXを燃やそうとしています。運動交流のなかで情報を交換し、共有しましょう。
★見て、聞いて、学ぼう・ヒロシマ(入門編)
 被爆者との交流、映画上映など
◎特別分科会、ひろば(14時〜16時30分)
原水禁運動交流/自主企画・ヒバクを許さないつどい・パート8/女性のひろば/上関原発を考えるつどい

◎子どものひろば8時00分〜16時30分
@子どもの慰霊祭Aフィールドワーク慰霊碑めぐりB被爆者の話を聞こうC被爆電車(午前・人数制限あり)D灯ろうづくりE海外のおともだちとの交流会
◎「メッセージfromヒロシマ2007」12時30分〜14時30分 グリーンアリーナ(県立体育館)/武道場
 若者・高校生の自主企画
 遊びをまじえながらみんなで平和と核を考えます。

◎フィールドワーク
○バスツアー「ヒロシマと戦争」(7時45分〜18時30分)
第2次大戦中、毒ガスが作られた大久野島を訪ねます。有料:5000円(要申し込み)
○上関原発現地交流ツアー(7時45分〜18時30分)
海上から原発予定地を見た後、祝島の島民と交流・魚釣り大会など。有料:6000円(要申し込み)
◎広島まとめ集会(6日9時30分〜11時30分)
 海外ゲストあいさつ、まとめ、ヒロシマ・アピール

〈長崎大会〉
◎開会総会:核兵器廃絶2007平和ナガサキ大会
 8月7日15時30分〜18時 長崎県立体育館
◎平和シンポジウムin長崎―北東アジアの非核化の実現にむけて
 8月8日14時〜16時 原爆資料館ホール
 連合、原水禁、核禁会議共同開催
◎長崎大会・分科会(8日9時30分〜12時30分)
★平和と核軍縮・1「武力によらない平和と核廃絶をめざして─9条と核」(学習編)
 憲法9条の持つ意味と核廃絶を考えます。講師:土山秀夫(長崎大学教授)、川崎哲(ピースボート)
★平和と核軍縮・2「東北アジアの非核化をめざしてー米核戦略と核拡散」(交流・討論)
 米核戦略は東北アジアの非核化にどのような影響を与えているのか。ゲスト・講師:リーバ・パトワルダン(米・ピース・アクション)、中村桂子(ピース・デポ)。
★ヒバクシャを生まない世界をめざしてーあらゆる核被害者と連帯するために(学習編)
 日々増え続けるヒバクシャ。なぜ原水禁はヒバクシャというカタカナを使っているのか。ヒバクという人類最大の経験をした私たちはこれ以上ヒバクをふやしてはなりません。ゲスト・講師:ロラン・オルダム(タヒチ)、振津かつみ(兵庫医大講師)
★被爆の実相を引き継ぐために・1「日本の戦争責任と在外被爆者問題」(交流・討論)
「被爆者はどこにいても被爆者」と裁判に訴え、在韓被爆者の権利を勝ち取ってきた郭貴勲(元韓国原爆被害者協会会長)と高實康稔(長崎大学名誉教授)の2人が参加。
★被爆の実相を引き継ぐために・2「被爆二世・三世問題を考える」(交流・討論)
 いま被爆体験を世界に伝えるために、大きな役割を果たしている被爆二世、三世。自らの体験と状況も伝えながら、連帯をはかります。講師:市川定夫(原水禁議長、埼玉大学名誉教授)、山崎幸治(全国被爆二世協会長)
★脱原子力社会をめざしてー再処理・プルサーマル・核のゴミ(学習編)
トイレのないマンションと同じと言われ続けて、35年。原発使用済み核燃料の再処理とプルトニウムを使ったプルサーマルはどこが問題か。その後の核のゴミは?ゲスト・講師:レベッカ・ハームズ(欧州緑の党)、西尾漠(原子力資料情報室)、澤山保太郎(高知県東洋町町長)
★見て・聞いて・学ぼう・ナガサキ(入門編)
 証言と映像による被爆の実相と平和運動交流
◎ひろば
女性交流のひろば/原爆被爆者擁護老人ホーム「かめだけ」訪問/被爆者との交流/映画特別試写会
◎フィールドワーク(要予約)
○バスツアー:佐世保基地めぐり/有料:3000円
○被爆遺構めぐり

◎若者、子ども関連行事
9時30分〜13時 子ども平和のひろば
県教育文化会館401→原爆資料館→爆心地
ピースブリッジ2007inながさき
9時30分〜12時30分 若者・高校生自主企画
長崎県勤労福祉会館2F

◎長崎まとめ集会(9日9時〜10時)
海外ゲストあいさつ、まとめ、大会アピール
◎平和行進(10時15分〜11時)会場〜爆心地公園
11時2分黙とう、原爆資料館見学
◎「核廃絶の壁」木のブロック・キャンペーン(7日〜9日)
 木のブロック展示(原爆資料館前広場)

20年目を迎えた日韓被爆二世の交流
信頼関係を築き、両国の被爆者問題に取り組む
全国被爆二世団体協議会前会長  平野 伸人

最初は大きかった日韓の隔たり
 日本と韓国の被爆二世の交流は1987年にはじまり、今年で20年になります。日本の被爆二世の訪韓団が韓国各地を訪れ、在韓被爆者や被爆二世と交流したことがきっかけでした。日本の被爆二世は在韓被爆者の支援活動を行う一方、韓国の被爆二世と協力して両国の被爆二世問題に取り組むようになりました。
 その後、活動の成果を交流するために年に1度のシンポジウムを開くようになりました。第1回の日韓被爆二世シンポジウムが1989年に広島と長崎で開催されました。そのときは、歴史認識や日本の植民地支配などが議論となり、日韓の被爆二世の問題意識やそれぞれが抱える課題には大きな隔たりがありました。むしろ、その隔たりを認識することが重要な課題であったともいえます。
 そして、11年後の2000年に韓国ソウルにおいて第2回の日韓被爆二世シンポジウムが開かれ、以後、03年に韓国・釜山で開催され、04年は東京、05年に広島、昨年はソウルで「日韓被爆二世交流会」として取り組んできました。

成果あげる在韓被爆者の支援活動
 今年で7回目になる取り組みは、6月2日〜3日にかけて韓国・釜山で開催しました。新しく原水禁議長に就任した市川定夫・埼玉大学名誉教授をはじめ日本から13人、韓国から40人が集まりました。
 今回の交流会の目的は、@日韓被爆二世の連帯を深め、共通の課題のもとに世界の平和に貢献できる日韓被爆二世運動の構築をめざすこと。A原水禁運動など日本の反核平和運動の現状を韓国被爆者・被爆二世などに知らせ連携を図ること。B在韓被爆者の話を聞き、在韓被爆者問題や被爆二世問題についての認識を深め、今後の運動の展望を切り開くこと、の3点です。
 韓国被爆二世の会の李承徳会長、長崎県被爆二世の会から丸尾育朗会長があいさつした後、朴榮杓・韓国原爆被害者協会会長と許万貞・同協会釜山支部長がそれぞれ在韓被爆者の現状について報告しました。
 また、「日本における在韓被爆者支援活動の到達点」として、私が20年にわたる在韓被爆者に対する裁判闘争など支援活動とその成果を報告しました。その中で、「被爆者はどこにいても被爆者」として、健康管理手当の受給資格は出国によって打ち切られることはなくなりましたが、来日しなければ被爆者手帳が交付されず、健康管理手当の受給資格を得られないなどの問題も残っていることなどを指摘し、今後の日韓の連携強化を図ることを確認しました。

市川原水禁議長も参加し研究報告

 「日本における被爆二世の運動の現状と課題」と題して、崎山昇・全国二世協副会長から、日本の放射線影響研究所が今年3月に発表した「被爆二世健康影響調査」の解析結果と問題点などが報告されました。今回の解析結果では「遺伝的影響」の解明には、さらに調査が必要であることなどが指摘されています。また、韓国側から、「韓国の被爆二世の活動の報告」として、李太宰・韓国被爆二世の会釜山支部長が、日韓被爆二世の運動の歴史や高校生同士の交流の歴史と意義を報告しました。
 市川定夫・原水禁議長は、「被爆二世問題とわたしの研究」として、市川議長が研究者として行ってきたこれまでの放射能と遺伝の研究報告、さらに、原水禁運動や被爆二世問題に取り組む原水禁運動についての講演を行いました。原水禁議長の訪韓は、在韓被爆者・二世に大きな希望と勇気を与えました。
 最後に寺中正樹・全国二世協副会長が今後の運動の前進を誓って閉会となりました。
 この交流会は、被爆二世同士が確実に信頼関係を築きながら、被爆二世問題や在韓被爆者問題に取り組んでいることを確認することができ、有意義な成果をあげることができました。

原水禁顧問 前野良先生逝く
民衆の立場に立ち 原水禁の思想を理論化
野崎 哲(元原水禁国民会議事務局)
 原水禁国民会議顧問の前野良先生が、5月18日午前、肺炎で亡くなられました。94歳というご高齢でしたから、こういう日が来ることは覚悟をしていましたが、いざ現実になるとそのあまりに大きい空白に愕然とします。
 前野先生は、一兵士として動員された広島湾の軍艦上で被ばくされました。さらに、その後の1ヵ月あまりの救護活動によっても被ばくされ、ヒロシマの地獄を見た生証人です。
 戦後は、長野大学、法政大学、東京経済大学などで教鞭をとる一方で、反核平和運動の先頭に立ち続けました。1955年の最初の世界大会から原水禁運動に参加。その後、ソ連の核実験を擁護する共産党系の原水協主流派に対抗して「いかなる核にも反対する」立場から論陣を張り、原水禁の創設に尽くされました。
 前野先生は、いかなる国の核も、軍事利用と平和利用も一切の「核」を区別せずに否定する原水禁の思想を理論化する上で中心的な役割を果たされ、原水禁常任執行委員、代表委員として活躍されました。反原発や韓国民主化運動等の様々な活動に加わり、幅広い活動家から信頼を集めました。政治学者としては、スターリニズムに批判的な立場から社会主義の政治経済の分析にあたり、グラムシや労働者自主管理運動の研究で知られました。
 私がはじめてお会いした87年頃は、すでに「雲の上」の大学者でしたが、まったく偉ぶらず、若造が挑む無謀な論争も軽んじることなく厳しく反撃されたものでした。演説後の少年ような純粋な笑顔が今も目に浮かびます。核について一切の妥協を許さず、組織の都合や実務を理由にした言い訳を厳しく叱咤されたものですが、同時に相当に無理なお願いにも応えていただきました。
 長い間、ありがとうございました。残念ながら「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」といえる状況ではありませんが、後は残された私たちががんばります。さぞかし心配でしょうが、どうぞ暖かく見守ってください。

《高校生平和大使》10年目の取り組み
ながさき平和大集会実行委代表委員 平野 伸人
 「高校生平和大使」や「高校生1万人署名活動」は、長崎の若者の平和活動として定着し、国内外はもとより世界各地に広がりを見せています。毎年、欠かすことなく高校生平和大使は国連で核兵器の廃絶と世界の平和の実現を訴え続けています。高校生平和大使が1998年に最初に派遣されてから、今年で10代目になります。今年は、長崎県2人、神奈川県1人、鹿児島県1人のほか、韓国やペルーからも選出され、計6人となりました。初めての外国からの高校生平和大使の選出で、「核兵器の廃絶と世界の平和の実現」という目的がより国際的な取り組みに発展することが期待されます。
 しかし、この間、世界は高校生たちの願いとは裏腹に、世界中で戦争や紛争が絶え間ないような危険な情況が続くようになってしまいました。「平和にならない世界の現状をどうにかしたい」。高校生の間でそういった議論がおきました。そして、「世界の指導者に、私たちの率直な気持ちを込めた手紙を書こう」という計画がたてられました。手紙を出す相手は、国連加盟の192ヵ国の実質的な指導者(大統領または首相、あるいは国王など)と2地域(台湾・パレスチナ)です。
 内容は、「核兵器廃絶と世界の平和の実現を求める」手紙と、長崎の若者の活動を知らせる英文パンフレット、長崎の英文説明付きの被爆写真の3点セットで郵送しました。直接、世界の指導者に届くように住所を調べて送付しました。その結果、27カ国から返事が来ています。
 5月26日、昨年の平和大使である滝川理彩さんと米田伊織くんが、東京のインドネシア大使館やニュージーランド大使館を訪問しました。大統領からの手紙をいただいたことへのお礼と大統領に直接会えるようお願いするためでした。2人をはじめ高校生平和大使や1万人署名活動の卒業生もそれぞれの地で活動を継続しています。平和大使の活動10年目の取り組みに期待したいと思います。

参院選始まる。野党の勝利へ、全力で闘おう
安倍自公政権の暴走を許すな
 臨時国会で「教育基本法」の改悪を強行した安倍自公政権は、「美しい国づくり」「戦後レジームからの脱却」を掲げ、憲法改悪・戦争する国づくりへ暴走を続けています。そして通常国会では、国民投票法案強行採決、米軍再編成法案強行採決、イラク特措法強行採決、教育関連3法強行採決等、強行採決を連続して行っています。さらに現職大臣の自殺による事務所費問題隠ぺい、相次ぐ談合・汚職事件の露見、年金関連法案強行採決による年金支給の実態の覆い隠し、民間大手介護サービス事業者グッドウイルグループの不正の発覚など権力周辺の腐敗が進行しています。
 所得格差の進行、自殺者3万人に代表されるように格差社会がさらに進行しています。また電力事業者による「1万件を越える不正と原発の臨界事故隠し」の露見にもかかわらず、原発推進・プルトニウム利用路線を強行しています。沖縄戦における「日本軍による集団自決の強要」についての教科書検定修正、沖縄の辺野古への自衛隊の派兵、自衛隊による平和団体・民主団体への調査・監視活動の露見など自衛隊の憲法違反活動の強化が続いています。こうした安倍自公政権の一連の動きが、戦後つくりあげてきた「平和と民主主義」を崩壊の危機にさらしています。

美しい国とはなんですか
 安倍首相は、「美しい国」づくりをめざすとしています。安倍自公政権に問いたい。憲法改悪めざして「強行採決」を連発することが「美しい国」なのですか。戦後62年になるのも関わらず、米軍に占領され続け、さらに米軍基地を新しく建設し、米軍の支配を強化しようという国が「美しい国」なのですか。
 アメリカ政府ですら認めている「大義のない戦争」で「10万人こえるイラクの民衆とアメリカの青年約3,000人を殺し、内戦状態を作り出しているイラク侵略戦争」を批判ひとつせず、「憲法に違反」して自衛隊を派兵し続ける国が「美しい国」なのですか。自殺者3万人を数え、1日約100人が自殺し、現職大臣までが自殺する国が「美しい国」なのですか。6,000万件をこえると言われるような高齢者の年金受給権をないがしろし、高級官僚だけが天下りで肥え太る国が「美しい国」なのですか。被爆者の集団訴訟で政府が敗訴を続けているにもかかわらず、方針を変更せず、当事者が「亡
くなられる」のを待ち続ける国が「美しい国」なのですか。百歩譲って、専守防衛に徹するはずの自衛隊が基地反対運動に登場し、住民を威圧し、また平和団体・民主団体の活動を調査・監視・抑圧する国が「美しい国」なのですか。「強きもの(米ブッシュ政権)にへつらい、弱きもの」をいじめ続ける国が「美しい国」なのですか。私たちはこういう国を「美しい国」とは言いません。あえて形容するならば「アメリカにこびへつらい、弱いものいじめを得意とし、恥という言葉を知らない独裁国家」とでも言うのでしょうか。もっともっと問いたいことが山ほどあります。
 安倍自公政権は成立して、まだ9ヵ月しかたっていません。しかし、その悪業を数えれば、山ほどあります。この間、国民も安倍自公政権のこうした本質を見抜き始め、安倍自公政権に日本の未来を託すことはできないと感じ始めました。そして発足当初60%台であったマスコミ調査による安倍自公政権の支持率は、30%台に落ち込み、不支持率が50%台に迫っています。国民は安倍自公政権のこうした路線と政治手法に確実に「ノー」を突きつけています。参議院選挙を前にして、参議院における与野党の逆転をめざして、野党に対する国民の期待が高まっています。野党の闘い方しだいで、与野党逆転が現実のものになります。ぜひ野党に頑張ってほしい。

参院選、野党の勝利めざして全力で闘おう
 安倍自公政権は、こうした事態を受け、参院選に向けて、支持率の回復と権力保持のためになりふりかまわず、国民に対して、アメとムチの政策を打ち出してくることが予想されます。そしてマスコミも巻き込みながら、支持率の回復めざして、躍起になってくることが予測されます。
 私たち平和勢力にとって、今回の選挙は絶対に負けるわけにはいきません。安倍自公政権が勝利すれば、彼らは、「憲法改悪路線」が国民に支持されたとして、改憲・戦争をする国に向けて、歯車を大きく回すのは、確実だからです。そしてまた「戦後の平和と民主主義」の破壊めざして、アクセルを踏みなおし、暴走を加速するのは確実です。
 私たちは、よく「あの時こうすればよかった。ああすればよかった」と反省することがあります。とりわけ「憲法9条」にとって、「あの時」は、「今回の参院選」です。平和フォーラム・原水禁に結集する仲間は、野党の勝利のため、力の限り頑張りあいましょう。憲法9条と平和と民主主義のために。