インタビュー・シリーズ その15
世界の人びとが結ぶ手のつなぎ目になりたい
フォトジャーナリスト・豊田直巳さんに聞くく

【プロフィール】 とよだなおみ。フォトジャーナリスト。パレスチナ・イラク・旧ユーゴスラビア・アチェなどの紛争地、戦後補償や難民問題を中心に取材。「戦場写 真」ではなく、子どもや女性など紛争地に生きる人々を被写体とした写 真には定評がある。また「劣化ウラン弾」の危険性を日本に紹介。
ウェッブサイトhttp://www.ne.jp/asahi/n/toyoda/

――豊田さんが、一番訴えたいテーマは何ですか。
 僕の仕事は、紛争地の取材が中心です。写真家になったきっかけがパレスチナで、その後も様々な紛争地域を見てきました。最初は「よその紛争」の取材だったものが、だんだん日本との関わりが見えてくるようになったのです。地域・民族・宗教と、形態は様々ですが、そこに日本が関わっている。それなら日本が平和の姿勢を示すことで、紛争を止めることができると思うのです。しかし日本政府は、それをしていません。場合によっては、紛争を煽る側に関わっています。
 写真を撮るためには現場に入って、そこの人たちと過ごします。そうすると僕にとっては、「よその紛争」ではなくなります。だから日本の人たちにも、「よその紛争」が自分たちに関係があることに気づいてもらいたいのです。
 経済制裁下のイラクの病院で、「写真が欲しいのではない、薬がほしい」といわれたことがありました。辛いですよね。だから、僕の写真を見てくれた人が、募金するとか、選挙で1票入れるとか、何かしらの行動に結びついて欲しい。「かわいそう」で終わるのではなく、何かする契機になる。僕の写真が関心の入り口になってくれれば、嬉しいですね。

――現在の中東について、どのように見ていますか。
 中東に関する日本の報道は、あまりにも一面的だと思います。イラクは「シーア派とスンニ派が戦っている」あるいは「アラブ民族とクルド民族の対立」と報じられます。でも本当の対立点は、米国の占領に協力しているのか、反対しているのかなのです。レバノンのヒズボラには「イスラム原理主義過激派」という枕言葉が付きます。ところが現地では「イスラム原理主義」のヒズボラを、クリスチャンも支援しています。それはイスラエルがレバノンを占領していて、ヒズボラがイスラエルの占領に抵抗しているからです。
 テレビ取材に協力すると、よく「分かりやすく解説してください」と言われます。分かりやすく言うと「イスラエルがレバノンを占領している。そのイスラエルを米国が支援している」ということです。しかし報道ではイスラエルや米国の批判は、なかなかできない。そこで、もう一つの分かりやすさとして、宗教対立の図式にされてしまう。でもそれは実態ではありません。
 また、分かりやすくすることで、かえって問題の所在が分からなくなり、解決策も分からなくなることがあります。宗教紛争といわれると、日本人には「関係ない」となってしまいます。でも地下資源や利権などで、日本は紛争に関わっている。またイラク特措法やテロ特措法などで、米国の占領に協力しています。本当は、私たちが日本の外交政策を変えることで、米国の占領政策に影響を与えることができるのです。

――パレスチナの状況について教えてください。
 僕には、大きな反省があるのです。パレスチナ問題に関わった頃の僕は、パレスチナ人民に武装抵抗の権利があることを否定しませんでした。しかし権利を認めることとは別に、その権利を使うか、使わないかは、パレスチナの人々が決めるべきだということを、もっと言えばよかったなと思うのです。2006年に総選挙が行われて、ハマスが勝利しました。この選挙には日本も含めて各国が選挙監視団を出して、国際社会は正統な選挙と認めたのです。しかし選挙の結果としてのハマス政府を、米国もイスラエルも日本も認めません。その一方で銃を持ってハマスに対抗しているPLO─かつてはその銃をイスラエルに向けていたのですが─を支援しています。この構造を見るときに「僕は何を支援していたのか」と考えるのです。
 パレスチナは内ゲバ状態です。国際社会がハマスを認めない。日本のODAを含めて財政援助を行わないので、ハマス政府は公務員の給与も払えない。パレスチナの人々にはルール違反に映ります。あるいは「選挙がだめなら、武装闘争を」ということにもなります。
 パレスチナ問題を非暴力的に解決しようとしたら、選挙という民主的な方法で選ばれた政府を、国際社会が認めなければなりません。選挙結果に関わらずに、米国とイスラエルの言うことを聞く勢力を支援するというのでは、理屈にあいません。

――日本国内では、どのような取材をしていますか。
 先日、地震のあった柏崎に行きました。テレビや新聞では、自衛隊の支援活動ばかり報道されていましたね。でも当たり前なのですが、現地には自衛隊よりも多くの、近隣自治体からの支援が届いていました。隣の自治体から給水車が来ている、隣の市の職員が危険な家や地域を見て回っている。労働組合が支援に入っているところもありました。水道・ガス・電気……、汗だらけになって労働者が復旧作業をしているのです。自治体の給水車のほうが、自衛隊の給水車よりも容量が多い。でも報道されるのは自衛隊です。なぜかといえば、目立つところに自衛隊がいるからです。
 でも実際には、労働者が労働を通して復興に関わっているのです。現場に入ると、奮闘している人、本当にがんばっている人たちと会うことができます。そうしたことを、もっと報じていきたいですね。

――取材で、忘れられない思いはありますか。
 イラク戦争が起きたことですね。湾岸戦争の後に様々な取材を通して、「劣化ウラン弾」という言葉を、人びとに知ってもらうことができました。そうした中で、報道や民衆の力で戦争を止められるのではないか、という淡い期待があったのです。しかし止めることができなかった。イラクに入ると、毎日米軍の攻撃がある。僕の宿泊していたホテルも、米軍に砲撃されました。目の前で米兵が、バリバリと劣化ウラン弾を撃つ。戦争を止めるために、ジャーナリストとして全力を尽くしたのか。非力さを感じましたね。悔しいですね。
 でも希望はあります。イラク反戦で、世界が動いた事実があるからです。多くの若い人が、自分が孤立しているわけではないことに気がつきました。自分たちに、世界を動かす力があることに気づきました。そうした力を、もっともっと結びつけていきたいですね。
 戦争を仕掛ける側は、手をつないでいます。であれば、私たち戦争に反対する側も、手をつながなければならない。5月にはEUで写真展を行いました。国内でも写真展を続けています。僕の写真が、そのつなぎ目になれたらと思います。

〈インタビュ─を終えて〉
豊田さんにはいろいろな思い出があります。私が平和フォーラムの事務局長になって、2年目、彼に「米軍侵略」以前のイラクへ連れていってもらった。このことが自分の活動に大きな影響を与えました。「米軍のイラク侵略反対」とシュプレヒコールを叫ぶたびに、あのイラクの大地が、あのイラクの子どもたちが、あのイラクの民衆が目の前に浮かびます。フォトジャーナリストとして、彼の視線は確かだ。彼の語りの中で、もう一度平和への決意を固めました。          
〈福山真劫〉



特別 寄稿 国内避難民はイラク戦争を「告発」する
日本国際ボランティアセンター 代表理事 谷山 博史

引き裂かれる人々
 昨年末ごろから私たちの医療支援活動の協力者であるバクダッドの医師からたびたび電話やメールで連絡が入るようになりました。「暗殺予告の脅迫状が届けられる。病院への行き帰りが危険になったので病院に泊まりこむようになった。患者が病院に通うのが危険なため減ってきた。自分も身の危険を感じるので国外にでることも考えている」。病院という生命の最後の砦が暴力の前に人々から閉ざされ始めているのです。
 2003年のイラク戦争以来2,000人以上の医師が殺されました。政治権力をめぐる政治党派の争いが宗派抗争という一般民を巻き込む対立に発展してしまったのです。バクダッドはイスラム教シーア地区とスンニ派地区とに分断され、人々は境界を越えて移動することが難しくなりました。少数派のクリスチャンも住み慣れた地域を追われるようになりました。バクダッド南部のドーラ地区のクリスチャン1,500家族が民兵に追われて西部のニュー・バクダッド地区に避難してきました。ドーラ地区の教会は閉鎖されクリスチャンは住めない状態になってしまいました。

宗派対立の背景
 イラクの治安は悪化の一途をたどっています。内戦状態にあると表現されることもあります。しかし宗派や民族による対立はなぜ生まれたのでしょうか。バクダッドを例にあげると、イラク戦争前はスンニ派とシーア派が混在する家族、両派は平和に共存してきた地域は少なくありませんでした。
 両派の対立が顕在化した大きな原因はアメリカの占領政策にあります。戦後アメリカはスンニ派を主体とした前政権のバース党をパージし、公職から追放しました。暫定政権や正式政権で多数派を占めたシーア派の政党は警察を管轄する内務省に民兵を送り込み、スンニ派に対する不法な攻撃を加えるようになりました。この間米軍は警察を野放しにしていたと見られます。少なく見積もって40,000人以上のスンニ派の人が殺されたと言います。
 スンニ派の「テロ」によるシーア派攻撃も激しさを増します。06年2月のシーア派の聖廟爆破事件をきっかけに両派の対立は沸点に達しています。1日に100人もの人々が暴力によって亡くなり、1,000人以上の人が避難民となって住みなれた場所を離れています。

ファルージャの国内避難民
 ファルージャは西部アンバール州の都市です。2004年4月と11月に米軍の掃討作戦が行われ壊滅的な被害を受けました。04年4月の戦闘は住民による反米レジスタンスの性格を帯びていたため反占領闘争のシンボル的な地域になりました。ファルージャを含むアンバール州では米軍による武装勢力の掃討作戦が盛んに行われ、多くの避難民が発生しました。
 ファルージャには現在6,000家族の避難民が暮らしています。2006年以前は掃討作戦の被害を避けて非難する人々が多くいましたが、07年後半は比率としてバクダッドからの避難民が増えています。米軍やアル・カイーダの武力行使の被害を受けて避難する人と宗派対立の被害を受けて避難する人が混在しているのです。

国内避難民支援の開始
 日本国際ボランティアセンター(JVC)は先に述べたバクダッドドーラ地区からニュー・バクダッドに逃げてきた避難民とファルージャに逃げてきた避難民に対して食料支援を9月から開始します。両地域において経済的・社会的に特に困窮の度合いの高いそれぞれ500家族と1,000家族に対して米や豆類などの食料を配給します。この支援を通して避難民の窮状に応えていくだけではなく、避難民を受け入れている地域コミュニティーの負担を少しでも軽減したいと考えています。
 同時にこの支援を通してイラクの危機的な状況をより正確に把握し、日本の人々に伝えて行きたいと考えています。それはとりも直さずイラク戦争とその後の占領政策が生んだ破壊的な結果を告発することにもなると考えています。


解説:テロ特措法の問題点
すぐに廃止して海上自衛隊は撤退を
テロ特措法はどうして作られたのか
 2001年9月11日、ハイジャックされた民間航空機4機が、ニューヨークの世界貿易センタービルと、ワシントンの国防総省に自爆攻撃を行い、2,973人が犠牲になりました。「9.11同時多発テロ」です。ブッシュ政権はこの攻撃を、イスラム武装組織アルカイダの犯行と認定。アルカイダはアフガニスタンのタリバン政権と協力関係にあり、アフガニスタン国内に軍事拠点を置いていたため、米軍は同年10月7日、アフガニスタンへの侵攻を開始しました。
 米国はこの侵攻を、個別的自衛権の行使としました。またNATO(北大西洋条約機構)は、米国に対する集団的自衛権の行使として参戦しました。しかし日本は憲法上、集団的自衛権を行使できません。そこで小泉内閣は同年11月にテロ対策特別措置法(テロ特措法)を成立させ、自衛隊による米軍への後方支援を行うことにしたのです。
 テロ特措法より、海上自衛隊の補給艦と護衛艦がインド洋に展開し、米軍などの艦船に、燃料や水を補給することになりました。燃料や水の費用は日本の負担で、07年7月までに総額216億円に上っています。テロ特措法は2年の時限立法でしたが、その後たびたび期限延長の改正を行いました。今回、改正が行われなければ、本年11月1日で期限切れになります。
 テロ特措法での自衛隊の活動は、@協力支援活動A捜索救助活動B被災民救援活動Cその他の必要な措置の4項目です
 また、自衛隊の活動には、以下の制限を設けています。@武力による威嚇や武力の行使の禁止A活動は、日本国内、公海上とその上空、外国の領域(当該外国の同意がある場合に限る)で、非戦闘地域に限定。B武器使用は、自衛隊ならびに自衛隊の管理下に入ったものの生命・身体の防御に限定。
 そして、内閣が「基本計画」を閣議決定し、国会に報告。「基本計画」によって実施された自衛隊の活動は、活動開始後20日以内に、国会に付議し承認を求めると定めました。

国際法に違反する米軍の攻撃への支援
 米国がテロの実行犯と認定したのは、アルカイダであり、アフガニスタン政府ではありません。テロの犯人が国内にいるだけでアフガニスタンを攻撃することに、国際法上の根拠はありません。むしろ米国のアフガニスタン侵攻が、国際法に違反する行為です。
 米国は「9.11同時多発テロ」を「戦争」としましたが、「戦争」は国家と国家の争いです。「9.11同時多発テロ」がアルカイダという武装集団の犯行だとすれば、どんなに犠牲が大きくても「戦争」ではなく「犯罪」です。「犯罪」に対して自衛権を発動し、軍事力を行使することを、国際法は認めていません。
 また、アフガニスタンは、カルザイ現政権派とタリバン前政権派の内戦状態です。米軍と国際治安支援部隊(ISAF)の主な攻撃対象はアルカイダではなくタリバン前政権派です。これは内戦への介入です。国際法は、内戦の一方への支援を、内政干渉として禁じています。米国とISAFの攻撃では、多数の民間人が犠牲になっていることが報告されています。戦争で民間人を殺害することは、国際法に違反します。
 さらに、自衛隊の海外活動を国会は事後承認するだけです。燃料を提供した艦船の所属国、燃料の量などは報告されますが、個別の艦船名称やその艦船の任務については報告されません。自衛隊が燃料を供給したアメリカなどの艦船がアフガニスタン周辺だけではなく、イラク戦争に参加している可能性もあります。しかし、そうしたことに国会は関与できないのです。

いまやるべきは和平協議の枠組み作り
 米軍は7年間もタリバン前政権派を攻撃しましたが、タリバン派は衰えるどころか、最近では勢力が増大しています。米軍やNATOが兵力を増強しても、タリバン派をせん滅することはできないでしょう。内戦の終結には、どちらか一方の勝利ではなく、カルザイ現政権派とタリバン前政権派の両方が交渉のテーブルにつく、和平会議の枠組みが必要です。国連を中心にした国際社会が、そうした枠組みを準備するべきです。日本は、テロ特措法を廃止しても、和平会議の枠組みを準備することで、アフガニスタンの平和に寄与することができます。


武力で平和はつくれない
第44回護憲大会を11月2〜4日開催
 例年、11月3日の「憲法公布の日」を前後して全国持ち回りで開催している「憲法理念実現をめざす大会」は、時々の課題をテーマに憲法の平和・人権・民主主義の学習と交流の場として回を重ねてきました。
 44回となる本年は、憲法が重大な局面を変転していることを踏まえて、例年とは少し形を変えて、11月2日から4日まで、東京・関東において「武力で平和はつくれない、人権と民主主義の憲法理念実現をめざす第44回大会」(略称・第44回護憲大会)を名称に開催します。3日午後には日比谷野音で5,000人規模の「武力で平和はつくれない11.3市民集会」も行います。

「改憲手続法」の一からの審議やり直しを
 この1年、安倍首相の登場と自民党の参院での惨敗による辞任、新内閣発足という変転が続きました。
安倍内閣は、「戦後レジームからの脱却」を掲げて5年以内の改憲を政治日程に組み込むことを打ち出すとともに、「集団的自衛権の行使」を現憲法の下でも強行する方針を示すなど、極端なタカ派右寄り姿勢を示して誕生しました。そして、昨秋の教育基本法改悪にはじまり、在日米軍再編関連法、少年法、年金法等々と、およそ議会制民主主義とはかけ離れた与党の多数議席を背景にした強行採決の暴挙を続けました。
 5月には憲法という国の最高法規に直接関わる「改憲手続法」も強引に成立させました。「改憲手続法」がきわめて問題点が多い法律であることは、参院の憲法調査特別委員会で18項目にもおよぶ附帯決議が行われたように、制定を急いだ側自身が認めていることです。
 この法律では、衆参両院に憲法審査会を設置するとしています。自民党は、この審査会で、「新憲法第1次案」(2005年)をもとに「自衛軍の設置」など9条改悪を軸とした案をまとめ、早ければ2011年にも改憲案を発議することを目論んでいました。しかし、安倍内閣の強権的な政治に参議院選挙で主権者はNOの声をあげ、与野党は逆転しました。この結果、安倍内閣による激突型の改憲路線は破たんしました。解散のない参院で3分の2以上の議席を確保するには6〜9年以上の期間が必要で、5年以内という自民党ペースによる明文改憲についての政治日程は成り立たないからです。
 憲法審査会の設置に反対し、参議院特別委の附帯決議が指摘した18項目の問題点の解消に向けて、立憲主義に基づいた一からの審議やり直しを冷静に国民的議論をもとに長期に行うことが課題です。

「集団的自衛権の行使」など解釈改憲の動き
 当面する問題は、解釈改憲の問題です。とくに進行中の米軍や自衛隊の再編にかかわる憲法問題が重要です。政治課題としては、テロ特措法を延長させず、イラクなどの自衛隊を海外から撤退させることです。
 安倍内閣では、禁止されている「集団的自衛権の行使」を現憲法下でも実行できるようにするため、私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を発足させ、4類型で行使可能とする検討をしてきました。報告が出れば、「戦争をする国づくり」に踏み込む解釈改憲を促すことは明らかです。安倍退陣を機に懇談会自体をやめさせなければなりません。
 この間、教育の国家統制や監視社会化の強まり、戦争美化の歴史の歪曲、生存権をはじめとした人権軽視も強められてきました。これは、戦後の日本が守り、築いてきた平和・民主主義・基本的人権の尊重という憲法の基本を根底から覆すものです。
 しかし、参議院での逆転をはじめ、国内外ともに状況を転換させる動きが広がっています。2001年の9.11で強まった「軍事力による平和」というブッシュ政権の戦争政策が中東で泥沼状況にあるなかで、米国自身も緊張緩和に向けて路線修正をせざるをえなくなっています。東アジアでは北朝鮮の核開発をめぐる6ヵ国協議や米朝対話の前進を生かして、東アジアにおける積極的な平和構築をはじめ、憲法理念実現に向かう重要な転換点にあります。
 日朝国交正常化など、東アジアの市民との不戦の交流、平和連帯・共通 の安全保障を明確にする平和環境の醸成のとりくみや、人権や民主主義の確立、人々の「命」や生活を重視する「人間の安全保障」の政策実現のとりくみを広げていくことが必要です。その討議と交流を行う「第44回護憲大会」に、多くのみなさんが参加されるよう呼びかけます。詳しくはこちらへ。
http://www.peace-forum.com/goken/071103taikai44yobikake.htm

豪州現地に見る日豪FTA問題
食料の輸入依存は危うい
 平和フォーラムは日豪自由貿易協定(FTA)問題について、豪州の政府や農業団体、市民団体などと話し合うとともに、豪州農業の実態を知るため、8月末からオーストラリアに事務局を派遣しました。
 日豪FTAは、安倍前首相が昨年12月に急遽交渉に入ることを決め、4月から政府間交渉が始まりました。この交渉で、農産物輸入関税が撤廃されると、牛肉、乳製品、米、小麦、砂糖などの輸入が増大し、日本農業への打撃は必至と言われています。その豪州の動きを追いながら、日豪FTA交渉の問題点を考えます。

水問題で生産が不安定な農業現場
 「例年だと400トンもの収穫があるナタネが、昨年は干ばつの影響で12トンしか獲れなかった。収入も45万ドル(約4500万円)から15万ドルに減って、大赤字だった」と、ニューサウスウェールズ州のヤングという街で農業を営むドナルド・マックファーレンさんは肩を落としています。
 ナタネや小麦、羊の放牧で800ヘクタールを所有するこの地方では典型的な農家。豪州農家の平均経営面積は3385ヘクタール(日本の1,880倍)に比べると決して大規模ではありませんが、家族だけで効率的な経営を行っています。しかし、昨年はこの地方でも100年に1度と言われる干ばつに見舞われました。今年のナタネも「この後1ヵ月間で雨が降らないとまたダメになる」と空を見上げています。
 豪州農業の最大のアキレス腱といわれるのが、この水問題で、近年は安定的な生産が出来ません。そのため、価格の変動も激しく、「ナタネは2倍、小麦は約3倍近く価格が上がっている」(マックファーレンさん)。日本政府はFTAの利点として、食料やエネルギーの安定供給の確保をあげています。しかし、協定があっても供給量や価格が約束されるわけではありません。輸入に依存することの危うさを改めて考えさせられる事態が進んでいました。

あくまで農産物の全面自由化を求める豪政府
 こうした実態にありながらも、豪州ではあくまでも全ての農産物をFTAの対象にすることを強く主張しています。農水林業省のバーンズ国際部長は、「わが国の農業生産の70%は輸出に充てている。農産物も含めてすべての分野について、あらゆる選択肢を除外せずに交渉のテーブルに乗せることが必要」と、輸出大国の立場を主張。農業者団体の豪州農業者連盟のマクエロン経済課長も、「干ばつで明らかなように、水の問題など生産拡大には制限があり、FTAの締結によって日本農業を崩壊させることはない」としながらも、「我々は、交渉には農業分野を入れるよう政府に求めていく」と輸出拡大への期待を示しています。
 交渉の最前線に立つ外務貿易省のミルンズ日豪FTAタスクフォース長に至っては、「あらゆる貿易障壁を撤廃したとしても、日本への輸出はたった5%しか増加しないと試算されている。日本農業が崩壊するような誇張は言うべきではない」と述べ、派遣団と激しい議論が交わされました。しかし、豪州では11月頃に総選挙が行われ政権交代が想定されており、日豪FTAの本格交渉が先送りされる可能性も示唆しました。

環境悪化や軍拡と結びつく自由貿易
 一方、豪州の市民団体からは自由貿易に対する疑問が多く出されています。9月にシドニーで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会合に対抗した現地のNGOが主催した国際フォーラムでは、自由貿易が与える影響や問題点が討議されました。参加者からは、FTAにより豪州からの火力発電用の石炭輸出が増加し、地球温暖化に拍車を掛けることや、原発の燃料であるウラニウムをインドなどへ輸出しようとしていることなど環境への影響や、公共サービスの民営化推進を懸念する意見が多く出されました。
 また、日豪FTA交渉開始とともに「日豪安全保障協力協定」が結ばれたように、中国に対抗する日本・豪州・米国の軍拡とFTAをはじめとする新自由主義的な経済政策が結びついて、アジアでの覇権争いが進められていることも注目を集めました。
 これらから、日豪FTAに反対する取り組みを、豪州の広範な市民団体「公正な貿易と投資を求めるネットワーク(AFTINET)」や、環境を重視する「緑の党」等と連携して進めていくことを確認しました。

高速増殖炉「もんじゅ」の運転再開を認めるな!
福井県平和環境人権センター 事務局長 水上 賢市

運転再開へ向けたプラント確認試験に入る
 原子力研究開発機構(原子力機構)は、05年9月より、高速増殖炉「もんじゅ」の本格的な改造工事をはじめましたが、工事は予定より大幅に遅れて今年5月23日に完了し、事故後抜き取られていた冷却材のナトリウムを二次冷却系配管に充てんする作業が始まりました。
 また、新・増設された装置の「工事確認試験」が今年8月30日に終了し、31日からは「プラント確認試験」に入っています。このプラント確認試験は、運転再開の最終的な準備にあたり、長期にわたって停止していた装置や機器の試験を中心に行われています。
 現在「もんじゅ」は、当初の08年5月運転再開の予定が10月に延期されています。運転再開後は、国の使用前検査(性能試験)のやり直しからスタートし、2年半にわたり@炉心確認試験, A40%出力プラント確認試験、B出力上昇試験の3段階に分けて行われ、「性能試験」終了後10年間の運転、その後、実用炉用技術の開発や高速中性子照射用に使用される予定になっています。

「もんじゅ」はこのままでは動かない
 しかし「もんじゅ」は、現在の炉心のままでは臨界に達することは出来ません。燃料のプルトニウムのうち、燃えるプルトニウム241は半減期が14年と短く、製造から10年以上が経過し減っているためです。したがって、プルトニウム富化度の高い燃料と交換する必要があります。
 新たに装荷される燃料は初装荷用として許可された燃料よりプルトニウム富化度が大きくなるため、許可事項の変更手続きをとらなければならず、現在、安全審査が行われています。さらに敦賀市長や福井県知事の了承も必要になっています。

運転は大丈夫か?
 「もんじゅ」は長期間の停止により、構造材料の腐蝕や可動部の固着が危惧されています。腐蝕は配管や機器の損傷に、固着は弁やポンプなどの動作不良の原因になります。冷却系から使用中の1次冷却系の1ループを除いてナトリウムを抜き取り、腐食防止のため内部に不活性ガスを充填していましたが、実際に腐蝕の有無を調べる方法もなく、現状が未知のままの運転再開は大きなリスクを抱えています。
 また、水・水蒸気が触れた機器や配管はより腐蝕しやすく、それらをもれなく調べられるのかも疑問です。弁やポンプなどの機器が固着による不動作などの不具合も、プラント確認試験でもれなく調べられるという保証はなく、未知の問題が隠れている可能性もあります。
 さらに「もんじゅ」「ふげん」や関西電力の美浜原発など7基もの原発が集中する敦賀半島には、柳ヶ瀬山断層、山中断層、甲楽城断層、野坂断層、池河内断層、浦底断層があり、政府の地震調査委員会は04年に、敦賀半島先端部から滋賀県余呉町に連なる長さ約25キロの活断層帯「浦底─柳ケ瀬山断層帯」でM7.2程度の地震が推定されるとの発表をしています。もんじゅの配管は熱対策として薄く、長く作られています。そのことが反対に、地震に弱い構造になっていることも問題です。

全国集会に結集を!
 「もんじゅ」の運転再開をめぐって、上記の問題をはじめ様々な問題が危惧されることから、原子力発電に反対する福井県民会議やもんじゅ監視委員会は、原子力機構との「もんじゅ」公開討論会を10月27日に敦賀市で開催することになりました。
 さらに「もんじゅ」の運転再開の最終的なポイントは、敦賀市長や福井県知事が新燃料の使用を承認するかどうかにあることから、「もんじゅを廃炉へ!全国集会」を、12月8日〜9日に福井市内で開催します。この全国集会に全国各地から一人でも多く結集をしていただき、私たちと一緒に、福井県知事に、福井県民に、そして全国に向けて、『もんじゅ運転再開を認めるな!』の大きな声を発信してください。

原発で働き、悪性リンパ腫で亡くなった喜友名さんの労災認定を支援しよう
原子力資料情報室  渡辺 美紀子

全国各地の原発の放射能漏れを検査
 全国の原発で放射能漏れの検査の仕事をしていた喜友名正(きゆな・ただし)さんが、2005年3月に悪性リンパ腫で亡くなりました。53歳でした。遺族が労災申請をしましたが不支給の決定だったという相談が、昨年10月に原子力資料情報室にありました。
 喜友名さんが働いた現場は、原発の老朽化に伴うさまざまなトラブルを抱えた厳しい状況だったことが、勤務した親会社から提出された被曝管理台帳のデータからわかり、働いた現場を追って「平均値からは視えない被曝労働の実態」を『原子力資料情報室通信』390号で報告しました。
 喜友名さんは1951年沖縄生まれ。沖縄シャープを退職後、1997年7月に非破壊検査を行なう会社の孫請け企業である(有)サンエックスコーポレーションに就職しました。そして、泊、伊方、美浜、大飯、敦賀、玄海など全国各地の主に加圧水型原発や六ヶ所再処理施設に出かけ、仕事をしていました。

労災認定基準の3倍もの被曝
 喜友名さんが被曝した線量は、1997年9月から2004年1月までの6年4ヵ月間で99.76ミリシーベルトで、1年あたりでは15.8ミリシーベルトも被曝をしています。白血病の労災認定基準は1年あたり5ミリシーベルトですから、その3倍以上も被曝しているのです。当然、被曝労働による労災として認定されるべきです。
 原子炉本体内での損傷部分の検査など、高い放射線が発生している場所での作業では、各電力会社は過度な被曝を抑えるよう管理しています。しかし、喜友名さんは特に厳しい線量のもとで作業をしていました。経済効率を優先する長期連続運転、定期検査の短縮化の影響をもろに受けているのです。
 喜友名さんは、次第に体調が悪くなり、2004年2月に退職。5月に血液のがんの一種である悪性リンパ腫と診断され、苦しい闘病の末に亡くなりました。遺族が大阪の淀川労働基準監督署に労災を申請しましたが、悪性リンパ腫は例にないとして、りん伺(資料を提出して本省に判断を仰ぐこと)もされないまま、06年9月に不支給の決定が出されました。しかし不服申し立てを申請し、現在審査中です。

労災申請を認めない労基署
 今年6月8日、さまざまな被曝問題に対して政府への申し入れ・交渉を行なった際、喜友名さんの労災申請を「りん伺に戻し、再検討する」ことを厚生労働省に認めさせることができました。淀川労基署が下した不支給の決定を取り消し、労災認定を勝ち取るための大きな一歩を踏み出しました。労基署は、喜友名さんの被曝の実態を把握するため、どの原発のどこの現場でどのような作業をしていたかについて詳細に調査を行うべきです。
 これまでに原発労働で労災認定されたのは、長尾光明さんの多発性骨髄腫を除けば、いずれも白血病のみです。喜友名さんの悪性リンパ腫の労災認定を勝ち取ることは、多発性骨髄腫の労災認定と併せて、日本の極めて狭い労災認定の窓口を開くことになり、日本の原発労働者の補償を前進させることにつながります。

原発労働者の補償の前進に向けて
 労基署からのりん伺を受けて、厚労省が開催する「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」に向けて、全国の支援する人びとの意志を結集するための署名や対政府交渉が大きな力となります。そのために、9月24日に「原発被曝労働者、喜友名正さんの労災認定を支援する会」を立ち上げ、さっそく厚労省交渉を行いました。
 その中で、遺族の喜友名末子さんは、「夫は、放射能漏れの箇所を調べていた。退職直前には沖縄に戻り治療を受け、再び原発労働に戻って、ぎりぎりまで働いた。病気になり、苦しんで死んでいった夫の労災をぜひ認定してほしい」と、支援を訴えています。
 喜友名さんの労災認定を勝ち取るための支援を全国に呼びかけます。

米国のテロ支援国家指定解除は時間の問題
安倍右翼路線の破綻と北朝鮮
米の北朝鮮政策変更が日本の政局を作った?
 国民に一度も向き合うことなく安倍首相は辞任しました。辞任直前の9月8日、豪州・シドニーでの日米首脳会談で、安倍首相はインド洋での給油活動の継続を約束し、翌9日、米軍への給油継続は国際公約であり、継続に「職を賭す」と記者団に語りました。
 しかし、9月7日の米韓首脳会談で、ブッシュ大統領は「北朝鮮が核計画を放棄すれば休戦協定に代わる平和協定の締結に応じる」と言明していますから、8日の安倍首相との会談でも、対北朝鮮強硬政策の変更を明言したと推測されます。もしそうだとすれば、この時点で安倍首相の政権継続の気持は完全に萎えたのかもしれません。

北朝鮮の非核化だけがブッシュ政権に残された道
 任期が少しずつ少なくなっていくブッシュ政権に、唯一成果として残せるものは、北朝鮮の非核化だけです。そしてブッシュ大統領はライス国務長官とタッグを組んで、北朝鮮の非核化実現に向かって大きく進もうとしています。
 ライス国務長官も北朝鮮の非核化を最重要課題と考えていて、昨年のクリスマス休暇に「2000年末期のクリントン政権の北朝鮮との関係正常化についての記録文書を読みあさった」ことが、9月発売のグレン・ケスラー著、「ザ・コンフィダント―コンドリーザ・ライスとブッシュ遺勲創造」に書かれていると、共同通信は伝えています。
 一方、94年〜97年にクリントン政権で国防長官を務めたウイリアム・J・ペリーは、「94年に北朝鮮との交渉を担当したロバート・ガルーチは当時の状況下で現実的な手を打った。(北朝鮮が)核開発を凍結する代わりに米国が重油を提供し、韓国と日本(朝鮮半島エネルギー機構=KEDO)が軽水炉を建設する。軽水炉を建設すれば北朝鮮は核施設を解体するという取引だ。また北朝鮮との政治・経済関係を正常化させることも合意されていた。だが予期せぬ事態が、合意が締結されてから合意内容を実施するまでの間に起きた。それは共和党が議会の多数派になったことだ」「共和党は北朝鮮との枠組み合意を徹底的に毛嫌いしていたし、クリントン政権に大きな圧力をかけてきた……政治的にきちんと合意をフォローアップできていれば状況はいまとは全く違ったものだったかもしれない」(フォーリン…アフェアーズAUGUST 2007日本語版)と語っています。
 結局、共和党、ブッシュ大統領と大統領を支えたネオコンの人たちが米朝枠組み合意を潰していったのですが、この政策的失敗が北朝鮮をして核実験にまで至らしめたのです。
 そして、ネオコンのほとんどと、テキサス州時代から大統領を支えてきた側近が政権を去ったいまこそが、北朝鮮の非核化を実現する最大の機会なのです。

米軍は北朝鮮を軍事攻撃できない
 ブッシュ政権が北朝鮮にとってきた戦略は、軍事的圧力をかけ続け、北朝鮮を疲弊させ、国家そのものを崩壊させるというものでした。この戦略に日本の右派も期待を寄せました。そして最大限に利用されたのが拉致問題です。しかし、中国がそのような事態を望まないことは明らかで、結局、北朝鮮は核実験を行い、ブッシュ政権の思惑ははずれたのです。
 米国は軍事的に北朝鮮を攻撃し、短期間で崩壊させることは不可能です。長年米国の軍事的脅威に直面してきた北朝鮮は、全土で軍事化を進め、1万5千近くも地下軍事施設があるといわれています。仮に米国が先制攻撃したとしても、標的を絞りきれません。
 1994年、北朝鮮の核問題で、米国は攻撃寸前まで行きました。このとき米国防総省は「死亡する米兵のために8万〜10万個程度の遺体収容袋が戦場で必要となり、韓国兵は犠牲者が数十万に達する恐れがある。北朝鮮がソウルを攻撃したとしたら、民間人の犠牲は計り知れない数になるだろう」とクリントン大統領に説明しましたが、そのなかには北朝鮮のミサイルによる在日米軍基地攻撃は含まれていません。
 この北朝鮮攻撃の作戦会議が開かれているその場に、訪朝していたカーター元大統領から電話が入り、クリントン大統領は攻撃命令を、まさに直前に取り止めたのです。カーター元大統領の電話が1日遅れていたら、朝鮮半島や日本はどうなっていたか分かりません。
 ブッシュ政権が北朝鮮に対する軍事的圧力路線から、平和的共存路線に切りかえたいま、日本政府もまた、北朝鮮の非核化に合わせて、東北アジアの共存的な平和環境のために動くべきです。
 安倍政権の自壊を、日本で進んできた右傾化路線の終わりにしなければなりません。ミサイル防衛は役に立たないばかりでなく、集団的自衛権によって、米国向けに迎撃ミサイルを使う必要もなくなりつつあります。

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10年目を迎えた高校生平和大使に参加して
ジュネーブなどで核廃絶・平和を訴える
神奈川県立緑ヶ丘高校 高村 千紗
国連欧州本部で署名を手渡しスピーチ
 高校生平和大使が国連を訪問するのは今年で10回目を迎えました。毎年、私たち高校生平和大使は、自らの言葉と高校生の視点で、核兵器の廃絶と平和な世界の実現を訴えてきました。そして10周年を迎えた今年は大きな変化がありました。ブラジル、韓国、ペルーからも高校生平和大使が選ばれ国際色豊かなものとなったのです。
 今回も国連欧州本部(ジュネーブ)を訪問し、コーリー国連軍縮局事務次長に平和スピーチを聞いていただき、高校生一万人署名を渡したのに加え、高校生平和大使10周年記念レセプションを開きました。レセプションには、ザレスキー上級政務官や、コーリー大使、軍縮会議日本政府代表部の樽井大使、YWCAのクラリサさん、UNI(ユニオン・ネットワーク・インターナショナル)の方々などを招き、10年間の感謝の気持ちを表しました。会の中には被爆者の方の被爆体験講話なども含まれており、世界の方に原爆の恐ろしさを訴える大きな意味をもった会となったと思います。
 私は、国連訪問と10周年記念レセプションを通して、10年間私たちが核兵器廃絶と世界平和を訴え続けたことが、世界に認められたと感じずにはいられませんでした。コーリー大使が自ら私たちに握手をし、被爆者の方と写真を撮りたいと言われたり、終始、積極的な姿勢で接して下さったことにも表れています。
 ジュネーブでの素晴らしい体験を終え、次の日はEUスイス代表部でライテラー大使と面会し、リヒテンシュタイン公国の訪問ではリタ=ケーバーベック外相と面会しました。どちらでも高校生である私たちを暖かく迎えてくださり、「若い方が核廃絶の気持ちを持ち続けて活動を続けていることが素晴らしい」との言葉を頂き、ここでも私たちの活動の意義を見出すことが出来ました。

もっと活動を広める出発の旅
 今回の旅を通して、私はこの活動が世界に広まることによる課題を見つけました。それは日本にもっと私たちの活動を広めることです。長崎以外の人々にこの活動を広め、日本での基盤をしっかり築いていきたい。そして、その基盤の上からブラジル、ペルー、韓国などの平和大使と一緒に世界に広めていくのです。今回の平和大使は世界中から集まったことにより、その連係プレーが可能になりました。これにより、この活動がよりしっかりしたものとなり、世界に核兵器廃絶を訴えていく上で、私たちの声が日本全国の声としてより説得力を増すと思います。
 私は東京の近くに住む人間として、全国にこの活動を広めるにあたって大きな力になれると思います。長崎県外に私たちの活動を広めていくことは、想像以上に大変で地道な努力が必要です。しかし神奈川の仲間とともに、また心新たにがんばっていこうと思っています。
 個人的には、語学力の不足や、自分が目標を達成する意志が足りなかった事もあり、海外からの平和大使となかなかコミュニケーションをとる事が出来なかったことが心残りです。もっと話をして、お互いの国のことや価値観を分かり合うべきであったと思います。
 しかし、私は今回の旅でいろいろな国の人と出会い、原爆の加害者側の意味を学ぶことができました。日本の側からみるだけではなく、戦争の実態をあらゆる側面から見ることの大切さを感じました。今回の旅は終わりではなく出発です。私に関わった全てのみなさんが与えて下さったものをしっかりと受け止め、いま、新たな決意を胸にしています。



私たちが、国民が求めるのは、政権交代
ああ安倍首相
 情勢は激しく動いています。もちろん自公政権の終えんを目指してです。7月29日の参議院選挙における与党惨敗。にもかかわらず安倍続投。9月9日にテロ特措法に関わって、「職を賭す」と発言、10日所信表明演説。12日安倍首相辞意表明。自民党総裁選挙と続いています。本誌が出るころには、新しい総理が誕生していることでしょう。
 しかし、今求められているのは、自公政権内での、福田か麻生かというような「首相のたらいまわし」ではなく、参議院選挙で国民の意志が明確に示されたように、自公政権から民主党を中心とする野党への政権交代です。9月13日の朝日新聞社説の見出しは、「あきれた政権放り出し、解散で政権選択を問え」とありました。週刊朝日は表紙に題字より大きく「安倍逃亡」と書いていました。当然のことです。「売り家と唐様で書く三代目」という表現がぴったりとあてはまります。
 自民党にとっても「最悪」の首相かも知れませんが、国民にとってもこうした「右翼の無責任」な首相に政権を任していたのは、本当に不幸です。安倍前首相は、シドニーで「ブッシュ」と会談し、「インド洋への自衛艦の派兵」を約束し、その実現のために「職を賭す」と表明をしました。「一体どこを向いているのだ。ブッシュか国民か」と言われるほどひどい対応でした。安倍前首相は国民に年金問題で一体どう約束したのかを思い出してほしい。
 自公政権は、野党の政権担当能力がないと色々と批判をしてきましたが、「政治と金」の問題で大臣が次から次へと辞職しても自らの任命責任にはほおかむりし、参議院選挙で惨敗しても責任はとらず、国民生活よりもブッシュが大事と公言し、所信表明演説の直後に辞職するような「前代未聞の無責任首相」を選出するような自公政権に「政権担当能力」などあるとは思えません。直ちに総選挙を実施し、国民の意志を確認すべきです。

安倍路線に終止符を
 首相の突然辞任の直接的理由は、いろいろと報道されていますが、その理由のひとつに「脱税疑惑」があり、その追及を逃れるために「病院に逃げ込んだ」とも言われています。次第に真相が明らかになると思いますが、私たちは、参院選の結果安倍路線が否定されたことが最大の原因であるということを認識し、それを踏まえて私たちの運動を強化すべきだと思います。
 安倍路線とは、「憲法9条の改憲」、「戦後レジームからの脱却」に代表される「戦争する国づくり」路線です。この路線に国民は不信任を突きつけたのです。参議院の新勢力では、9条については改正賛成が31%、反対が50%となっています。この結果が安倍前首相への不信任であることを明確に示しています。これにより、9条の条文改正は当分の間ほぼ不可能となりました。
 もちろんは安倍や自公政権の背後にいる米政府も「集団的自衛権の合憲化」をあきらめたわけではありません。また自公政権も「安倍のように強行採決を連発する」ようなむき出しの「戦争する国づくり」路線は修正するかもしれませんが、「路線」そのものを放棄したわけではありません。もちろんそうした事態に対して、対応すると同時に参議院選挙の結果生まれた有利な情勢を背景に、私たちは「憲法理念を実現」するため、野党、平和団体、労働団体、市民一体となっての闘いをつくりあげる必要があります。
 この秋も多くの課題があります。「教科書検定問題」、「テロ特措法」、「米軍再編成」、「原子力空母横須賀母港化」、「被爆者関連課題」、「原発震災とプルトニウム利用計画に対応する課題」「非核宣言と非核3原則法制化課題」、「日朝国交正常化課題」等々です。これらの課題は、私たちのがんばり、運動の組み立て方しだいで確実に前進します。
 山場は、9月29日の「教科書検定意見撤回を求める沖縄県民大集会」、10月13日の青森での「止めよう!再処理集会」、東京での10月25日の「テロ特措法・米軍再編反対集会」、11月2日からの「憲法理念を実現する大会」です。こうした集会を成功させ、課題を実現させるため、自公政権を包囲しよう。