被爆62周年原水禁世界大会を終えて
核廃絶、被爆者援護、脱原発にさらに前進を

3年目を迎えた3団体の取り組み
 核廃絶をめざす連合・核禁会議・原水禁の3団体の取り組みも3年目を迎え、今年も広島・長崎の開会大会と、シンポジウム「被爆者援護の強化にむけて、現状と課題」(広島)、「東北アジアの非核化の実現に向けて」(長崎)を共同開催しました。開会大会に広島で6,500人、長崎に3,700人が参加しました。核軍縮と被爆者援護の課題は確実に横に拡大しています。
 しかし、中越沖地震により現実化した原発震災、1万件を超える原発事故と不正隠し等の事態の中で、脱原発への取り組みが必須であるにもかかわらず、3団体では取り組めませんでした。また、憲法や日米安保条約、米軍再編成等の課題でも意思統一ができていないことなど、来年に向けて多くの課題もあります。

意欲あふれた原水禁大会
 今年の原水禁大会は「核も戦争もない平和な21世紀に!」をメインスローガンに、8月3日の国際会議を皮切りに、4日からの広島大会では折鶴平和行進、分科会、ひろば、まとめ集会が行われ、7日からの長崎大会は、分科会、ひろば、まとめ集会、平和行進と続きました。大会に先立ち各地で平和行進などが取り組まれましたが、さらに全体化が求められています。
 国際会議は大阪で、「東北アジアの非核化をめざして」をテーマに、150人が参加しました。また広島、長崎大会ともに、久間前防衛大臣の「原爆容認」発言もあり、「被爆の実相と被爆者の怒りを自らのものにしよう」「米軍再編や憲法改悪などの当面 する課題を学習しよう」とする意欲のあふれた大会でした。またメッセージfromヒロシマ、ピースブリッジinながさきの取り組みなど、子どもたちや高校生、若者を中心とした取り組みも充実・定着してきました。
 「核廃絶の壁」の木のブロックキャンペーンの取り組みも3年目となり、ブロックも12,000個集まり、マスコミの関心も高く、確実に定着してきましたが、さらに全国的に取り組むことが必要になっています。

情勢をふまえた運動を展開しよう
 こうした大会の成果を踏まえ、運動の具体的取り組み方向について、数点まとめます。 @情勢の基本的認識を変えよう。
 7月29日の参議院選挙で与野党が逆転し、私たちのめざす政策実現の可能性は大きく前進しました。新しい事態が始まった事を認識しましょう。
A被爆者援護の課題
 被爆者団体、連合・核禁会議、野党と連携して、「被爆者認定基準の抜本改正」をめざしましょう。また在外被爆者、被爆二世や三世の課題、被爆者援護法の改正が課題です。
B平和と核軍縮の課題
 2010年のNPT(核不拡散条約)再検討会議へ向け、平和市長会議が提唱する2020年に核兵器廃絶を実現する「2020ビジョン」の実現めざして、世界の平和勢力とともに一大運動をつくりあげましょう。また進行している「米印原子力協力」に強く反対しましょう。東北アジアの平和と非核地帯化については、2005年9月の6ヵ国共同声明から、2007年2月の初期段階措置の合意がなされ、次の段階へと前進しています。日朝ピョンヤン宣言(2002年)にそって、国交正常化めざして取り組みを強化しましょう。また非核3原則を遵守させ、さらに法制化への運動にも取り組みましょう。
C原子力政策の転換と脱原発の社会づくり
 原発をめぐる事態は深刻です。まずすべての原発を止めて総点検させるとともに、柏崎刈羽原発は廃炉を求めましょう。また、青森の六ヶ所再処理工場稼動阻止、もんじゅ再稼動反対など、山場を迎えるプルトニウム利用路線など原発推進路線と対決するため、各地の闘いをつなぐ必要があります。
D安倍政権の戦争をする国づくりへの対抗
 この秋の焦点は、テロ特措法延長、集団的自衛権の行使の解釈改憲、米軍再編成の具体化、沖縄戦に関わる教科書歪曲問題などです。新たな情勢を踏まえて、全力で取り組みましょう。また11月に東京で開催予定の「憲法理念を実現する大会」を成功させましょう。
 原水禁世界大会を通して、私たちは多くのことを胸に刻みました。広島の原爆慰霊碑に刻まれた言葉を、もう一度思い出しましょう。
 「安らかに眠ってください 過ちは二度と繰り返しませぬから」


被爆62周年原水禁世界大会・国際会議を大阪で開催
東北アジアの非核化をめざして
転機にある東北アジアの核−私たちになにができるか

 8月3日、大阪国際交流センターで原水禁世界大会の国際会議が開催されました。川崎哲さん(ピースボート)、中村桂子さん(ピース・デポ)をコーディネーターに、大阪大学教授の黒沢満さん、韓国・参与連帯副議長のチン・ヨンジョンさん、中国・平和軍縮協会アジア太平洋局長の文徳盛さん、米・ピースアクション西部広報担当のリーヴァ・パトワルダンさんがパネラーとして発言し、充実した会議となりました。
 ここでは黒沢さん、パトワルダンさん、チンさんの報告の一部を紹介します(文責編集部)。

黒沢満(大阪大学)  核軍縮と核不拡散をめぐり対立する世界
 世界にはいま核軍縮か、核不拡散かという対立が存在しています。2005年のNPT(核不拡散条約)再検討会議は失敗に終わったのですが、それは2000年のNPT会議文書で、核兵器国は「核廃絶への明確な約束」など13項目の軍縮義務の誠実な実行を約束したのに、米国は現在、その文書は意味を持たず、いま問題なのは核不拡散だと主張したためです。この対立は2010年の再検討会議に向けた、2007年のNPT準備委員会でも続いています。
 2007年のNPT準備委員会で、米国、フランス、英国、中国、ロシアの核兵器国は核軍縮義務を十分に果 たしていると主張しました。こうした主張の上に米国とフランスは、いま最優先されるべきは核不拡散であるとの立場です。
 英国は、核不拡散と核軍縮を同時に進める必要があるとの立場で、この立場はEU、日本、カナダの立場でもあります。これに対しロシア、中国はさらに核軍縮を推進しなければならないとの立場に立っています。
 新アジェンダ連合(NAC)や非同盟国は、核兵器国は軍縮をほとんど進展させておらず、核軍縮をもっと積極的に進めるべきだと主張しています。
 今後、核軍縮へ向けて、@CTBT(包括的核実験禁止条約)の早期発行をめざすこと。A国連軍縮委員会で取り組むことになっているFMCT(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉を早期に開始すること。B戦略核兵器をいっそう削減すること。C非戦略核兵器削減条約を制定し、削減を行うようにすること。D核兵器の役割を低下させること。E核兵器国の核軍縮をどのように行ってきたかについて、透明性を持たせること。F非核兵器国に対して先制攻撃をしないなどの消極的安全保証を確立すること。G非核兵器地帯をもっと増やしていくことが必要です。
 また、重要な問題としてアメリカとインド間の原子力協定への合意問題があります。8月に安倍首相が訪印するといわれていますが、お土産として「米印原子力協定」に賛成の立場を表明する危険があります。

リーヴァ・パトワルダン(米・ピースアクション) 「核態勢見直し」が新たな核保有国を生み出した
 ブッシュ大統領は2002年、一般教書演説でイラクと北朝鮮、イランを『悪の枢軸』と呼び、さらに「核態勢の見直し」を連邦議会に提出しました。何十年もの間、核兵器は国の存続が危機に曝される時にのみ使用される最後の手段であると考えられてきましたが、この「見直し」では、いま脅威とならない国々、核兵器を保有していない国々に対しても、米国が核攻撃を行えるようにするというシナリオの詳細が記されていたのです。そこには7ヵ国の国名が明記されていました。『悪の枢軸』の3ヵ国と中国、ロシア、リビア、シリアの4ヵ国です。
 この米国によって発せられた2つのメッセージは、「悪の枢軸」と名指しされた国々に警戒態勢をとらせるのに十分な効果 を発揮しました。
 そして2003年に米国はイラクに侵攻したのです。米国のイラク侵攻は北朝鮮とイランに、米国の意向に逆らえば、政権を転覆させるというメッセージとなりました。イランと北朝鮮の政権は、米国から身を守るために核兵器の保有を選択したのです。  北朝鮮の反応は劇的でした。2002年3月、ロサンゼルスタイムス紙が、北朝鮮は核攻撃のターゲットになり得ると報じた10ヵ月後にNPTから脱退し、核計画を再開しました。
 クリントン政権は1994年に北朝鮮に核開発の凍結を確約させ、北朝鮮との間で「枠組み合意」を締結し、凍結は8年間続いたのですが、ブッシュ政権は合意を反故にし、北朝鮮を孤立させる一方で、イラク戦争に突入し、政治力を失い続けてきたのです。
しかし、北朝鮮の状況は劇的に変化しました。ヒル国務次官補の努力で、中国、ロシア、日本、韓国と北朝鮮との交渉に突破口が開かれ、米国が北朝鮮の主権を尊重すると確約したので、北朝鮮は、核兵器開発を断念することに合意したのです。
 しかし、この合意はブッシュ政権内部に深い対立を生みだし、合意の4日後に米財務省は北朝鮮に対する厳しい金融制裁措置をとりました。このため北朝鮮でも米国と関係正常化を求める現実主義者の力が弱まり、核開発計画が加速され、2006年10月の核実験という事態に至りました。
 2007年2月にヒル国務次官補は凍結資金のうち2,500万ドルを返還するという約束で、北朝鮮を交渉の場に戻るよう説得しましたが、ブッシュ政権のタカ派は北朝鮮政権に屈したとして、この取引に反対し、北朝鮮への資金返還を数ヶ月凍結させ続けました。結局、約束の資金は6月に送金され、北朝鮮は原子炉を停止し、国連の査察を受入れました。こうして外交手段が最後には結果 を出せることが証明されたのです。
 イランのアハマディネジャド大統領の核に関する発言も、米国のイラクへの侵攻以来、強固さを増しています。ただイランが核開発能力をもつのはまだ何年も先だという大まかな了解はあります。米国がイランと本格的な交渉に入るのはまだずっと先になりますが、北朝鮮の場合と同様、交渉を妥協とみなすタカ派の妨害によって、まったく前進していません。

チン・ヨンジョン(韓国・参与連帯) 北朝鮮の核に対するさまざまな立場を持つ韓国
 北朝鮮の核について議論する前に、私たちは、世界中の核兵器は廃絶すべきだということを明確にしなければなりません。核兵器はもはや抑止力として機能せず、むしろ戦争遂行の手段として使えるようになっています。
 北朝鮮の核問題では韓国でもさまざまな立場が存在します。北朝鮮の核を非難する人の中には、対抗手段として核兵器を開発しなければならない、または核の傘に入らなければならないと主張する人たちがいます。しかし、この立場は、北朝鮮を非難しながら軍備を増強しようとする非常に軍国主義的な立場で(日本政府の立場でもありますが)、東北アジアの非核化や平和を望んでいるとは思えません。
 いま一つの立場は、北朝鮮の核が米国との交渉の手段だと主張する人たちです。北朝鮮の核は防衛手段であり、攻撃手段ではないと主張します。しかし、この人たちは核兵器が実際にどのようなものかを知りません。この立場の人たちは核に対する感覚をもっと磨く必要があります。核兵器では平和を作れません。むしろ核は人類の平和的生存権を脅かす存在なのです。どのような理由であれ、核兵器は認められません。
 北朝鮮の核問題は非常に複雑ですが、平和と非核化の視点から問題を理解し、解決しなければなりません。この点で、北朝鮮に対する人道支援は続けられるべきであり、韓国の太陽政策は有効な政策です。さらにこれを強める市民社会の取り組みが求められています。
 現在の北朝鮮の軍事主義は、冷戦時代の遺物ともいえます。東北アジアでは冷戦時代の軍事対決が解消されておらず、このため東北アジアに新しい軍国主義が台頭する危険があります。すでに日本ではその兆候があります。このような情勢に対して、私は市民社会でどう運動を作っていくかについて次の提案をします。 @核兵器の危険性について広く教育活動を行うこと。韓国では政治的視点からのみ核を理解しようとする傾向がありますから、核兵器についての市民への教育は大事です。
A東北アジアの軍事化を加速させようとしている日本政府の政策を食い止める市民社会の運動の組織。
B米国の覇権主義的な核政策を批判する運動の組織。
C韓国、日本、米国の市民社会の連帯した運動の強化。
D北朝鮮の核兵器を廃棄させ、東北アジアでの非核化を達成するため、国際的な反戦平和運動との連帯を強化することです。

沖縄戦の歴史歪曲を許してはならない
「集団自決」の高校教科書への検定意見撤回を

沖縄戦は捨て石!
 1945年3月23日より、沖縄中部の読谷・北谷海岸沖に集結したアメリカ艦隊は、陸上に向け「鉄の暴風」と呼ばれる一斉の艦砲射撃などを行い、10万発を超える砲弾を落とし、上陸を開始しました。そうして3ヵ月にも及ぶ、日本で唯一の地上戦である「沖縄戦」が開始されました。この闘いで亡くなった戦闘員・非戦闘員は24万人を超えると言われています。
 日本軍司令部は、敗戦色の濃い戦線の中で、最後に本土決戦を計画しました。そのために沖縄を時間稼ぎの「捨て石」とする作戦を実行し、沖縄の住民を巻き添えにした持久戦を展開しました。前年に徴兵年齢を改定した日本軍は、13歳から60歳までの男子住民を徴兵し、陣地の構築などの作業に使役しました。また、男子学生を戦闘員として「鉄血勤王隊」を組織し、女子学生はひめゆり隊などの看護業務にと、多くの住民・学生が戦争に動員されていったのです。
 一方で、日本軍は1945年2月14日に、沖縄全島に対して「全県民特攻精神を発揮せよ」との訓話を発し、沖縄戦は、軍隊も住民も生死をともにして戦うという「軍官民共生共死の方針」が示されました。沖縄戦は戦闘の最初から住民の犠牲が計算されていました。

文科省、集団死への日本軍関与を否定
 立ち上がる沖縄県民  文部科学省は、08年度に使用する高校歴史教科書の検定に際して、これまで記載されていた集団死・「集団自決」に関する日本軍の関与を否定し、教科書会社5社に対し、日本軍による命令・強制・誘導などの表現を「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」として、削除・修正させたことが明らかになりました。
 これに対して、県知事をはじめとして沖縄県民は「沖縄戦の実相をゆがめるもので、許し難い」と反発、県議会を含む沖縄県内のすべての地方自治体から検定意見撤回の意見書が採択されました。また、「沖縄戦の歴史歪曲を許さない! 県民大会」が開催されるなど、県民一丸となった検定意見撤回の運動が起こっています。
 「鉄の暴風」の中をくぐり、九死に一生を得た沖縄県民が、いま声を上げています。沖縄戦の実相を後世に伝えていかねばならないと立ち上がっています。ガマの中で、泣き声を上げる赤子を殺し、沖縄住民が方言で話したことをもってスパイとして殺害し、陣地にすると亀甲墓から砲弾の雨の中に住民を追い出した日本兵。沖縄県民は、決して忘れていません。集団死・「集団自決」に使用されたのが日本軍の手榴弾であり、それが日本軍によって配られたことを。

歴史歪曲を、そして過ちを再び許してはならない
 日本は、再び戦争をする国へ向かって走り始めているのでしょうか。「日本軍」を聖戦遂行の皇軍として美化してはなりません。史実を後世にきちんと伝え、決して戦争を起こすことのない日本にしなくてはなりません。日本国憲法は、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と、その前文の最後に記しています。
 安倍首相は、8月6日の広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式の挨拶で以下のように述べました。「今後とも、憲法の規定を遵守し、国際平和を誠実に希求し、非核三原則を堅持していくことを改めてお誓い申し上げます」。それが本当に首相の偽らざる思いならば、沖縄県民を前にして、歴史教科書を前にして、言うべきことがあるに違いありません。そのことをきちんと表明し、沖縄県民の声に答える責務があります。
 戦争の実相をゆがめることなくきちんと後世に伝えていくことが、日本国憲法の求める国民の義務です。

現地緊急レポート 柏崎刈羽原発は廃炉に!
中越沖地震で原発の耐震安全性は根底から崩れた
原子力資料情報室共同代表  伴 英幸

あわや原発震災に お粗末な体制が明らかに
 7月16日午前10時13分ごろ起きた中越沖地震によって稼働中の柏崎刈羽原発4基が自動停止しました(他は定期検査中)。地震の規模はマグニチュード6.8でした。震源地からの距離は17〜23qで、原発震災に至らなかったのは不幸中の幸いというほかありません。
 3号炉では外部電源を取り込む変圧器で火災が起きました。絶縁油が漏れ、何らかの理由で引火したためだと言われています。この漏れは、地震により機器・配管に亀裂が入ったことで起きた可能性が高いものです。鎮火までに2時間近くもかかったのは、施設内には化学消防車がなく、休日のため防火担当者は電話での呼び出しというお粗末な体制だったからです。2年前に国際原子力機関(IAEA)から指摘されていたにもかかわらず、東京電力は対応していませんでした。
 炉心燃料は自動停止した後も高熱を発しているため冷却を続ける必要があり、これに失敗すると燃料は溶融して高濃度の放射能が環境に放出されることになります。冷却には送電線を通 じて電気をもらいます。その開閉所は4ラインのうち半分は地震によって使えなくなりました。全部不能だったらと思うとぞっとします。地震の影響で非常用ディーゼル発電の起動が確実でなかったからです。

被害を隠ぺいする東京電力の姿勢
 そもそも、同原発の立つ地盤は軟弱であることは明白でしたが、今回の地震は、それでも建設を強行した傲慢への警告といえます。7月27日の現地視察に参加し、これまで視察を拒否していた海岸側を主として見ました。道路の片車線がブルーシートで覆われ、アスファルトは削られていました。同場所の道路は修理の緊急性のないところと考えられるので、視察拒否は被害の強さを見せないためだったと考えられます。原発内の道路はさらにいたる所で陥没し、その応急修理の後が生々しく残っていました。修理前の敷地の被害全体を示すことは地震の影響を知るうえで非常に重要ですが、東電は公表を拒んでいます。東電の隠ぺい体質は全く変わっていません。
 東電は6号炉で放射能を含んだ水が放水口から9万ベクレルも海に放出されたと発表しました。揺れで使用済燃料のプール水が漏れて放水口から海へ出たのです。しかし、どのような放射能が漏れたのかも公表していません。7号炉排気筒からはヨウ素やコバルトなどの放射性物質が検出されました。使用済燃料プール水の漏えいでは、作業員がこの水をかぶったことが後に明らかになりました。こんなことは当初からわかっていたはずですが、情報を小出しにしているとしか言いようがありません。

原発は動かすな!住民団体から強い要求
 東電はこれまでに65件のトラブルを公表しました(8月10日現在)。しかし、なるべく影響を小さく見せるような表現が目立ちます。例えば、5号機は「ろ過水タンクの水漏れ」とされていますが、状況は深刻です。1,000キロリットル入りのタンクが座屈し、基礎のボルトが変形し、なかには引きちぎれているものもありました。その結果 、水漏れが起きたのです。
 沖合の海底に長さ36qにもおよぶ活断層があることを東電は設置許可申請の段階から分かっていたはずだと変動地形学の専門家は指摘しています。東電はこの活断層を小さく見積もり、活動しない断層としてあえて無視しました。この活断層が同時に動けばマグニチュード7を超える地震が発生します。今回の地震は想定された値を超え、さらに設計用限界地震(実際には起こらないが念のために想定する地震動)として想定した値をも超えていました。
 柏崎刈羽原発に反対する地元団体は、想定値を超えたことで原発は変形しており、もはや動かすべきではなく、国は設置の許可を取り消せと主張しています。



新しい事態。旗を高く掲げよう
本当に暑い
 今年の夏は本当に暑い。平和フォーラム・原水禁の8月は、3日から9日までが、大阪、広島、長崎へと続く原水禁世界大会、10日が横須賀における原子力空母母港化反対集会、そして15日の千鳥ヶ淵の国立戦没者墓苑で「平和を誓う集会」と続く、本当に暑い夏です。
 今年のこうした取り組みは、情勢が大きく揺れ動く中で開催されました。平和に関わる特徴的な事例を挙げると、@政治資金関連で政権周辺の腐敗の進行、A6ヵ国協議で初期段階の措置の合意、B3月の文科省による沖縄戦教科書の記述修正検定、C4月に伊藤一長・長崎市長が銃弾に倒れる、D5月に現職の松岡農水大臣が自殺、E6月の通 常国会で国民投票法案、米軍再編成関連法案、教育関連法案等の強行採決、F7月に久間前防衛大臣が「原子爆弾投下はしょうがない」と発言し、長崎・広島の被爆者たちの怒りの中で辞任、G7月16日の中越沖地震発生で原発震災の恐怖を私たちに見せつける、H7月29日の参議院選挙で与野党逆転、新しい時代の始まり。8月6日の毎日新聞世論調査の結果 、安倍内閣の支持率は22%、不支持率が65%にのぼる、I7月30日に熊本地裁が被爆者集団認定訴訟で6度目の被爆者勝利判決、しかし8月に国は控訴、J同じく7月30日に従軍慰安婦について、日本政府を批判する米国下院決議が行われた、等です。
 安倍政権および戦後日本を支配し続けてきた自民党を中心とする保守政権の政治を痛烈に告発・糾弾する事態の続出です。年金の問題もあり、市民、民衆の怒りが確実に、安倍政権に向かって押し寄せています。彼らの支配は大きく揺れ動いています。私たちの気分は、1990年代に経験したように時代が変わるかも知れないという高揚感に包まれています。参議院で多数派となった野党、労働団体、平和団体、市民団体、そして私たちが力を結集させれば、新しい時代を作れるかもしれないという高揚感です。
 そうした中で野党第一党の民主党の役割は極めて大きいものがあります。小沢民主党代表の「テロ特措法延長反対」の明言は十分期待を抱かせるものです。米国ブッシュ追従の小泉・安倍路線との違いを明確にし、その立場を堅持してほしい。国民・市民はそのことを期待しています。もちろんブッシュのアフガン、イラクへの侵略戦争は米国内においても、世界的にも、方向転換を求められており、日本の路線転換を求めることは当然のことでもあります。

新しい事態であることを認識しよう

 私たちは、「情勢が大きく変化しつつある」、「私たちの政策実現の可能性が大きく拡大しつつある」ということを認識し、その上で運動を構築すべきであると考えます。この認識が重要です。参議院は野党が多数派になったのです。安倍首相は参議院選挙において、「改憲を争点に」と主張していましたが、争点にすることすらできませんでした。
 私たちは、「安倍の改憲路線は否定された」と大声で叫び続ける必要があります。
 安倍は惨敗をしたにもかかわらず責任のとり方すら知らず、首相の座に居座り続けています。「自分自身」は一新せず、「人身一新」し、「政策を理解されるよう引き続き努力」と主張しています。こうした彼の無責任性とその対応は、自民党の不幸であると同時に、「日本の首相」であることを想起すれば日本にとっての不幸であり、悲しくなります。
 さて、参議院議長は、民主党の江田五月議員です。参議院は国政調査権、法案可決権、人事の同意権等多くの権限を有しています。とりわけ国政調査権を使っての、内閣、各省、企業等の真相解明と不正追及が求められます。
 安倍自公政権は、権力の保持と従来政策の推進に懸命です。彼らが考えそうなことは、野党の分断です。しかし自公政権の餌に釣られるような野党議員はなく、野党の結束はますます強化されます。
 この秋、私たちにとって、多くの課題があります。一つは、安倍政権の戦争をする国づくりへの対抗に関わる課題です。具体的には、集団的自衛権の行使の解釈改憲阻止、米軍再編成の具体化反対、テロ特措法延長反対、沖縄戦に関わって歴史教科書歪曲反対等の取り組みです。
 二つは原子力政策の転換と脱原発の社会づくりの課題、三つは被爆者援護の課題、四つは東北アジアでの平和と非核地帯化と非核3原則法制化への一大運動等です。
 私たちの旗を高く掲げて、がんばりあいをしましょう。