インタビュー・シリーズ その21
若い人たちが動き出した六ヶ所再処理反対運動
山口泰子さんとMisao Redwolfさんに聞く


山口泰子さん(手前)とMisao Redwolfさん

 青森県六ヶ所再処理工場の本格稼働が早くても6月以降に延びました。これで12回目の延期となります。 この間、首都圏でも六ヶ所再処理工場の稼働に反対する動きが活発化し、 昨年11月には市民団体や今までこの活動に関わっていなかった人たちなどと一緒に日比谷野外音楽堂で 「NO NUKES MORE HEARTS」の集会が開かれ、今年1月にも日比谷公園で生活クラブ生協や大地を守る会などの 消費者団体が中心となった集会や、若い人を中心にしたライブが同時に開かれ、 二つの集会後のパレードは一緒にというユニークな企画でした。 今回、こうした運動に参加している山口泰子さんとMisao Redwolf(ペンネーム)さんをお招きしてお話を伺いました。

──お二人がこの問題に関わるきっかけからお聞きしたいと思います。

山口 私は「ふぇみん・婦人民主クラブ」の会員です。婦人民主クラブは、 戦後すぐに設立されて、私は1954年くらいに入りました。その頃、杉並区阿佐ヶ谷に住んでおり、 ちょうど、ビキニの水爆実験を契機に杉並で原水禁運動が始まった時です。 私も子どもを乳母車に乗せて活動しました。それが核問題に関わったきっかけです。 その後、夫の転勤で各地に転居しましたが、婦人民主クラブの会員として平和や環境問題を中心に活動してきました。 公害が社会問題となるなかで、身近な合成洗剤の害を知り、このことから化学物質問題や、 大量生産・大量消費と暮らしについて考えるようになりました。 その根底にあるのは平和で安心して生きられる社会への思いです。 当然、原発にも疑問をもち7、8年前から積極的に活動に参加しています。

Misao 私は広島生まれです。祖父が満州、祖母が広島出身の関係で、戦後の引き揚げで広島に戻りました。 親戚の中には原爆手帳を持っている人もいたり、小さい時から原爆資料館の展示物を見ていたので、 核問題は身近に感じていました。18歳で上京し、社会問題に関心はありましたが、 アートを中心に、芸能界の仕事をしていました。私たちの世代は、社会から外れていて、 「誰がやっても政治は変わらない」、「どうにもならない」と思っていて、 バンドを組んでパンクロックなどをやっていました。正しい人ががんばっても歯が立たない。 私はこんなことのために生まれてきたわけではないし、資本主義の歯車になりたくないと思って、 社会に対して抗ってきました。でも現実は難しい。しかし、いま、絵(ART)を描いて抗っています。

──世界がおかしいから自分でも何とかしなければ、と思ったんですね。


RIZIN創刊号

Misao そこで、環境問題のマガジンとして「RIZINE(雷神)」を立ち上げ、 六ヶ所再処理工場の問題を特集しました。このマガジンは、 メインライターに神無月好子さんを迎えて企画を進め、友人たちがお金を貸してくれました。 また、発行にあたって銀行からもさんざん粘って融資をしてもらいました。 もともとフリーランスで、生活も安定していないので融資の際には本当に苦労しました。 しかし、この雑誌は環境の中で最大の課題として、原発、再処理に特化して編集しました。 今の人に伝える見せ方を考えています。若い人たちにどう魅力を感じさせることができるかがポイントだと思っています。 この発行を機に、前から運動に取り組んでいる人たちと次の世代の人をつなぎたいと考えています。 5000部をつくりました。皆さんにもこのマガジンを手にとって欲しいものです (http://www.rizine.net/mag.html参照)。

──こうした若い人たちが動き出しているのはうれしいですね。


「再処理工場は海を汚染する」と
サーファーも集会参加(07年11月日比谷)

山口 首都圏では、「六ヶ所村ラプソディー」(鎌仲ひとみ監督作品・06年)の上映後、多くの若い人が動き出してきました。 Misaoさんもその一人です。新しい人たちの新しい提起、例えばライブ中心の企画などに、 これまで運動をやってきた人たちのなかには「ついていけない」という戸惑いもありました。 しかし、若い人たちがやろうという気持ちをふくらませていることは強く感じました。 せっかくだから何とかいっしょにできないかということで、若い人たちにある程度企画をまかせ、 11月の日比谷での「NO NUEKS MORE HEARTS」が実現しました。 それでも何人集まるか、アーティストを何人もお願いしているので財政は心配でした。

──従来の運動の枠組みとどのように変わりましたか。

Misao 再処理工場を止めるために、環境を考える企業にも運動に加わってもらうようにしようと、 企業にプレゼン(企画説明)に行って、協賛金をもらったり、集会に賛同してもらいました。 また、見せ方も工夫して、フライヤー(ちらし)やロゴをいまの時代に合ったものとして作りました。

山口 そういうことが私たちにはとても新鮮でした。再処理反対にまでカンパを出してもいいという 企業もあるということをMisaoさんたちがつかんでいたことは、 私たちのこれまでの運動の発想の中にはなかったことでした。 そういう感覚が運動に持ち込まれました。スポンサーが大口のカンパを出したり、 デモ(パレード)にオープンカーを登場させるなど、若い人の発想は面白いし、 これまでの運動の感覚にはなかったことです。こういう人たちと私たちが一緒にやれるのだということが、 この間の収穫であったように思います。

──運動をやってきて、ここが足りないと気づいたことはありますか。

Misao 時代に沿うことが必要ではないかと思います。私はちょうどアナログ世代と ハイテク世代のはざまにいる世代で、その両方がわかる世代ではないかと思います。 もっと表現方法の多様化をはかれるのではないかと思っています。

山口 これまで訴える対象を広める努力があまりできなかった。それを痛感させられています。

──そのことは私たちの運動にも関係することですね。ところで、再処理工場のアクティブ試験は3ヵ月ほど延び、 流動的になりました。これからどんな取り組みを進めて行かれるのですか。

山口 再処理工場の稼働が始まったら止まらないだろうと思います。だから今ここでもっと反対の声を広げないといけません。 資本や政治の力はものすごいし、大事故でも起こらない限り原子力安全・保安院は動きません。 推進側は、安全性問題などは論破されているにもかかわらず、いつも言い逃ればかりです。 しかし、稼働を止めるためにどうしたらよいのか、正直難しいところです。 それでも、若い人や女性、生産者、消費者などに広がってきたというのは希望です。 それを、もう少しどのように広げていくか。いま気づき始めた人たちと結びつくことがひとつの鍵だと思います。 新しい人たちとともに、危機感を感じられる取り組みを具体的にしていきたいと思います。

Misao 青森県の外でがんばって運動をして、関心が青森県内に広がる運動が必要ではないかと思います。 60年の安保闘争の時代みたいなデモや集会ができればいいのですが、現実は難しいです。 デモで派手に打ち出すのが私の持論の一つです。これによって推進側を安心させないことが重要だと思います。 若い人の習性をつかみながら伝えると、新しい人が素直に聞いてくれるのではないでしょうか。 新しい人に向けたデモをできればと思っています。推進側は、本当は追い詰められていると思います。 当面、工場の稼働を阻止をしなければなりません。 今までの運動をベースにして、若い人たちにも中心に参加できように訴えていきたいと思っています。

〈インタビュ─を終えて〉
 六ヶ所の再処理工場が本格稼働へ向け、動き出している。そうした中で、今日は二人の活動家から話を聞く。古くから反対運動を続けてきた山口さんと、昨年から、反対運動に参加することになったMisaoさん。六ヶ所再処理工場の本格稼働は、これまでの活動家だけの運動では、止まらない。新しい仲間の参加が必須である。Misaoさんのように、新しい運動スタイルと可能性を持って、 参加してくれている人たちと力をあわせ、今年も再処理工場は動かさせない。
(福山真劫)


◎2008年度の平和フォーラム総会を前に
憲法理念の実現と政権交代をめざして

 平和フォーラムは来る4月25日に総会を開き、新年度の活動方針などを決めます。 ここでは、特徴的な課題と取り組みをあげます。

失われたものを取り返す攻勢へ

 2001年に成立した小泉内閣は、新自由主義に基づく経済政策を推進しました。 規制緩和で多くの失業者を生み、地方と中央、大企業と中小企業の大きな格差を生み出しました。 「民でできるものは民で」と公共サービスの民営化が進み、 マンションの構造計算書偽装事件や郵便局の民間委託でも分かるように、 国民サービスの低下が問題となっています。 「改革」といわれるものの歪みは、社会的弱者の生活を直撃しています。
 引き続く安倍内閣は、「戦後レジームからの脱却」を標榜し、 小泉内閣の経済政策を受け継ぎながら、衆議院での圧倒的優位を利用し、 改悪教育基本法、国民投票法、防衛庁の省昇格など復古的なナショナリズムを基盤に、 「戦争する国づくり」を積極的に進めました。 日本はバブル経済後の失われた10年、そして小泉・安倍内閣の中で、戦後培ってきた憲法理念に基づく、 人権、平和そして民主主義の多くの財産を失いました。
 しかし、昨年7月の参議院選挙において国民は大きな決断を下し、 参議院での与野党逆転を勝ち取りました。長く続いた梅雨の時代に、 ようやく薄日が差してきたのかと感じる年でした。 私たちは、この間に失われたものを取り返さなくてはなりません。 反転し攻勢に転じていくのが08年度の平和フォーラムの課題です。

原子力空母の横須賀母港化阻止を柱に


昨年の平和フォーラムの総会
(07年4月・総評会館)

 平和フォーラムは、今年度の平和課題の取り組みとして 「原子力空母の横須賀母港化阻止」に重点を置いて、総力を挙げた運動展開を提起します。 平和フォーラムの底力を発揮し、日米両政府、在日米軍の 心胆を寒からしめる成功を勝ち取らねばなりません。  さらに、米兵による女性性暴力事件や海上自衛隊のイージス艦「あたご」の 漁船衝突事件など、米軍及び自衛隊による国民の安全を脅かす事故が頻繁に起きています。 「武力で平和はつくれない」─憲法9条に象徴される徹底した平和主義を基本に、 憲法改悪をねらう隠謀にきびしい打撃を与えようではありませんか。 今年度から提起する「憲法9条キャンペーン」も、 生活の現場に根ざして根気よく取り組む必要があります。

NPT再検討会議に向け核の不拡散を

 また、昨年の新潟県中越沖地震は、柏崎刈羽の原発に対して大きな被害をもたらし、 原発の安全神話を覆すものとなりました。原子力の平和利用を推進してきた 政府・電力会社に方針転換を迫る大きな事件でした。 しかし、いまだ政府・電力会社は、原発再開、プルトニウム利用の拡大を模索しています。
 環境問題をメインテーマに7月に先進国首脳会議=「G8洞爺湖サミット」が開催されます。 原子力利用を温暖化防止の基本に据えようという動きがありますが、 私たちは脱原発・自然エネルギーの利用推進こそ将来に向けたエネルギー政策であると確信して、 取り組みを進めます。
 「核と人間は共存できない」ことを明確にする国民運動の展開も迫られます。 核不拡散のとりくみの中心である核兵器不拡散条約(NPT)体制を 空洞化しようとするアメリカとインドの原子力協定の動きも見過ごせません。 2010年に予定されるNPT再検討会議に向けて、 今夏の原水禁世界大会を取り組みの一歩としなくてはなりません。
 この他にも平和フォーラムの課題は山積しています。 ヒバクシャの権利確立に向けても動き出しました。 在日外国人の地方参政権問題や、環境・食料などの課題も同様です。 これらの動きを大切にし、決して後退させてはなりません。 そのためにも、今秋にも予想される衆議院総選挙においては 「民主・リベラル勢力」の躍進を期すことが重要です。
 憲法理念の実現をめざす世論形成を図ることが平和フォーラムの役割であり、 その結果として「民主・リベラル勢力」による政権交代が実現できるのです。

阪神教育闘争60年と関東大震災85年で在日朝鮮人歴史・人権週間
日本人と在日朝鮮人がともに学び理解しあうために

北朝鮮への経済制裁をやめ対話を

 昨年、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発をめぐる6ヵ国協議は多くの点で前進を見ました。 韓国の大統領選で、南北融和よりも核問題解決を強調する李明博が当選したことや、 2007年内の3核施設の無能力化が実現していないなど、 若干の停滞はあるものの、半世紀以上つづいた朝鮮半島の民族の分断と戦争状態の解消という方向に変化はなく、 米国もテロ支援国家指定の解除から米朝国交正常化へと進展しようとしています。
 日本も、2002年の日朝ピョンヤン宣言にもとづいて、植民地支配の歴史の清算と朝鮮戦争以後の敵対関係を解消し、 国交正常化交渉を本格化する好機です。しかし、悪化した日朝関係は福田首相のもとでも好転していません。 ミサイルや核実験を理由に強化された経済制裁は昨年10月に再び延長され、 「法令の厳格適用」と称して朝鮮総聯関係団体や在日朝鮮人への人権抑圧も続けられてきました。 これ以上の経済制裁措置をやめ、万景峰号の入港禁止の解除等を行うことが必要です。
 国会では、昨年12月に自民党の外交調査会朝鮮半島問題小委員会、 本年2月に民主党・国民新党の朝鮮半島問題研究会議員連盟が発足し、 さらに公明党議連の発足など、変化の兆しもあります。 これらを動かす平和と人権に対する強い認識を持った世論こそが問われています。

差別の歴史性を明らかに


昨年の「歴史・人権週間」まとめの会
(11月・東京芸術劇場)

 平和フォーラムが2007年から朝鮮人強制連行真相調査団(高徳羽・原田章弘代表)や 在日朝鮮人人権協会とともに開始した「在日朝鮮人歴史・人権週間」のとりくみは、 その意味でも重要です。これは、国連人権委員会ディエン報告書(2006年1月)が 指摘した日本の差別についての歴史性を明らかにするものです(詳しくは本誌2007年11月号記事参照)。
 2008年は、1)関東大震災時の朝鮮人虐殺85周年、2)阪神教育闘争60周年、3)民族教育の現状と 課題という3つのテーマで行う予定です。
 1)は、1923年9月1日の関東大震災時の軍と自警団による朝鮮人虐殺についての国の責任と謝罪、 真相調査を、日弁連が80周年時に政府へ勧告した報告をもとに、 改めて問い直すとりくみです。8月30日の埼玉県での全国集会をはじめ、 夏・秋に関東中心で行います。
 2)は、1948年、アメリカ占領軍の指令により、日本政府が朝鮮学校で「朝鮮語」授業を認めない、 従わなければ「閉鎖」するとの命令を通達し、武装警官を動員して強行しようとしたことに対し、 全国各地で民族教育を守るたたかいが命をかけて繰り広げられました。 とくに大阪、神戸(阪神地方)では一大抗議闘争が展開され、 1948年4月24日には朝鮮人代表と兵庫県知事との交渉が実現し、 「学校閉鎖令」が撤回されました。これが「4.24阪神教育闘争」です。 しかし、その夜、アメリカ占領軍は、戦後初で唯一の「非常事態宣言」を神戸を中心に発令し、 銃を持った米兵と日本の武装警官による一大検挙「朝鮮人狩り」が行なわれ、 抗議に加わった16歳の少年の射殺や獄死者などの犠牲をもたらしました。 現在の朝鮮人学校への制度的差別の発端であり、 この阪神教育闘争60周年を文化的ジェノサイドという視点から、 関西中心で春にとりくまれます。 4月27日の「兵庫民族教育フォーラム」(神戸国際会議場)などが予定されています。

「命」の問題まで在日朝鮮人を差別

 3)は、この10年、日本政府は、民族教育権や「嫌がらせ」などで、 国連の「子どもの権利」「自由権規約」「社会権規約」「人種差別撤廃」「女性差別撤廃」等の 各人権条約委員会からたびたび勧告を受けています。
 とりわけ朝鮮学校生に対する資格や助成、校舎の耐震や損金扱いの二重差別、 スクールゾーン設置や防犯ブザー等の配布が朝鮮学校には適用されないなど、] 「命」の問題まで差別されています。そうした現状と問題点を明らかにし、克服に向けて、 日本人と在日朝鮮人がともに学び考え理解しようというものです。 (詳しくは2008年版「在日朝鮮人歴史・人権週間」のリーフレットを参照してください)。

連載・食問題──その背景にあるもの(前)
規制緩和・自由貿易がもたらす食への不安

 中国から輸入された冷凍ギョーザによる食中毒事件を機に、 食の安全が再びクローズアップされています。一方、最近の食品価格の値上げとも関連する、 食料の量的な需給が世界的にひっ迫している問題があります。 それらの背景にあるものは何でしょうか。 「食」をめぐる問題を2回に分けて考えます。

85年からはじまる輸入食品検査の規制緩和

 中国製冷凍ギョーザ事件の原因解明はまだなされていませんが、 数年前から、食品の賞味期限の改ざんや産地偽装などに加えて、 中国などからの輸入食品の残留農薬や抗菌剤、原料の偽装などが相次いで起きています。 消費者からは、食の安全に対する不安・不信が高まっています。
 それらは単に個別企業による不祥事だけで片づけられる問題ではありません。 平和フォーラムも参加する「食の安全・監視市民委員会」の代表で弁護士の神山美智子さんは、 「食品の輸入市場開放と規制緩和がセットになってきたことが諸悪の根元」と訴えています。 その元をたどれば、「政府が85年に『市場アクセス改善のためのアクションプログラム』を出し、 アメリカのものを輸入するために残留農薬や添加物の基準をそれに合わせて作っていった」 (神山)ことにさかのぼるととしています。
 85年のアクションプログラムでは輸出国の公的機関の検査結果があれば 日本での検査を省略できるなどの「検査免除制度」を拡充しました。 さらに、95年の食品衛生法の改定で、輸入時の検疫結果を待たずに 通関・流通できるようになりました。そのため、あとで違反が分かっても すでに消費してしまうケースも出ています。 さらに、95年に発足したWTO(世界貿易機関)による自由貿易推進体制にも原因があります。
 こうした輸入検査の手抜きにより、年間180万件を越す輸入食品のうち、 水際でチェックしているのは7.5%(06年)だけと言われています。 特に、今回問題になったギョーザのような、 加工食品は検査の基準が不十分なため、ほとんどチェックが出来ない現状です。

抜本的な改善が必要な表示制度


牛肉輸入もアメリカの圧力で規制緩和
(08年2月の集会・衆院内)

 事件の続発を受けて、現在、政府や与党では、 消費者行政の一元化を掲げて、「消費者庁」の創設などを言い出しています。 しかし、日本消費者連盟の水原博子事務局長は「03年に出来た食品安全委員会は、 消費者の安全を求める権利などを具体化せず、厚生労働省や農水省の 言うままに食品のリスク評価(健康影響評価)をしているだけ。 拙速に『消費者庁』を設置しても、食品安全委の二の舞になるだけだ」と批判しています。
 今後の論議で特に焦点になるのが、表示です。「食の安全・監視市民委員会」では、 表示に関する法律を1本化し、消費者に軸足をおいた「食品表示法」の制定を求めるとともに、 1)現在は任意になっている製造年月日表示を義務付けとすること、 2)現在は「消費期限」と「賞味期限」となっている表現があいまいであることから、 「消費期限」と「品質保持期限」とすること、 3)加工食品などの原材料表示の基準を明確にすること、 4)外食や総菜などの原料の原産地・原産国表示の義務化、などを求めています。
 平和フォーラムは、こうした消費者団体の活動と連携して、 表示制度や不当表示の監督強化、輸入農産物・食品に対する検査・検疫や表示の徹底を求めていきます。
 さらに、日本消費者連盟と共催で、 4月から「暮らしの安心・安全セミナー─安全な食べものはどこにある!」の 4回連続講座を開くことにしています。 内容は、「コンビニ弁当から見えてくるもの」(4月開催)では弁当の原材料と製造の実態、 「健康食品で不健康になる」(5月開催)で、健康食品のあいまいな成分について、 「なぜ食べものの表示は分かりにくいのか」(7月開催)では、表示基準の問題を取り上げます。
 次号では、世界的な食料の需給問題と日本の農業・食料政策について考えます。

CND結成50周年記念集会に参加して
国際的につながる反核・反戦運動の輪
原水爆禁止日本国民会議 事務局長 福山 真劫

1958年にラッセルらが創設─ピースマークを提唱

 イギリスの反核・平和団体である「Campain for Nuclear Disarmament」(CND) の結成50周年記念集会が、2月16日、17日にロンドンで開催されました。 世界各地から約300人が参加。原水禁からは、 私が「日本のプルトニウム─青森県六ヶ所再処理工場の本格稼動反対の取り組み」 を報告しました(詳しくは原水禁ホームページ参照)。
 CNDは、「核廃絶キャンペーン」と訳され、1958年2月に設立され、 初代の代表は哲学者で有名なバートランド・ラッセルです。 結成直後に米、英が中距離ミサイル協定に調印し、これに抗議するデモとして、ロンドンから西に90q、 核兵器工場のあるオルダーマストンへの平和行進を組織しました。その時のロゴとして作られたのが、 現在ピースマークとして知られる、鳩の足跡に由来するという円に3本径の入った図柄で、 60年代から世界中でピースシンボルとして使われるようになっています。
 バートランド・ラッセルは、1955年にアインシュタインとともに 「ラッセル・アインシュタイン宣言」を発表し、これに応えた科学者たちと声明を出し、 2年後に世界科学者会議がカナダのパグウォッシュで開かれました。 現在も世界的な科学者が集まり、核問題を話し合うパグウォッシュ会議として続いています。
 1955年に始まる日本の原水禁運動に続いて、世界で同時期に同質の運動が広がっていったのです。

注目された原発反対のロンドン市長のスピーチ


シティホールで開かれたCNDの集会(ロンドン市内)

 世界にはいまなお26000発の核弾頭があり、イギリスにも200発あります。 トライデントと呼ばれるミサイルに装備され4隻の原子力潜水艦に積まれて、 スコットランドのファスレーン基地に所属しています。 これらの核兵器システムは2024年頃に耐用年数を迎えると言われており、 「更新をするのか廃絶するのか」をめぐってイギリスを二分する議論が行われました。 CNDは廃絶の先頭に立って闘いましたが、 07年3月の議会で「維持更新」することが決定されてしまいました。 この事態を踏まえた運動の再構築が求められています。
 総会の中では、ケン・リビングストン・ロンドン市長の原発に反対するスピーチが注目されました。 市長は、「原子力発電は、単に核兵器の材料を提供するものでしかないということは、 今や誰の目にも明らかになりました。原発を導入した人々の子どもや孫の世代が、 そのツケを税金で払わされているのです。 放射能で汚染されたあとの除去作業など、払うべき費用は膨大なものです」と警告しました。
 そして、「イギリス政府のエネルギー対策は原発をもっと作るということですが、 こんな対策はゴミのような政策だと言わざるを得ません。 原発を優遇する政府のシナリオをとった場合、 二酸化炭素(CO2)の削減に対しては、ほとんど寄与しません。 CO2の削減には、エネルギー源の分散化、風力、太陽光の利用などが不可欠です。 しかし、政府が原発新設の助成に数百億ポンドもの予算をつぎ込んでしまっては、 実現の可能性はありません。私たちの限られた財源を代替エネルギー開発に使うか、 原発に浪費するかの選択のときなのです」と訴えました。
 日本では、政府と電力会社を中心に「温暖化防止のために原発を」 というキャンペーンがあふれています。 このロンドン市長のスピーチをじっくり噛み締めたいものです。
 私たちは、「STOP THE WAR COALITION」(イギリスの反戦団体)も訪ねました。3月15日のイラク反戦デモの準備の最中で、ロンドンに数万人集めるのだとがんばっていました。市民団体と労働組合の参加が中心で、労働組合では公共部門労組のUNISON(組合員数130万人)などが全力で取り組んでくれているとのことでした。
 日本のイラク反戦の「WORLD PEACE NOW」の闘いとロンドンがつながっていることを実感し、 今後も国際連帯運動を進める決意を固めました。

地球温暖化に加担する原子力発電
明治大学名誉教授 藤井 石根

 火力発電所で燃料を燃やして得られる熱量のうち、 電力としてわれわれの手に届けられるエネルギー量は、送電ロスによって約3割しかありません。 原子力発電所も本質的に同じです。それにも関わらず、地球温暖化で二酸化炭素(CO2)の排出を 減らす世論が世界的に高まっている現在、電力会社はオール電化住宅とかエコ給湯などと、 より多くの電力消費を促しています。省エネの観点から見て矛盾を感じる話です。
 他方、政府は、原発が発電時にCO2を排出しないことと、 エネルギーの安定供給を理由に原発の一層の利用拡大に躍起になっています。 こうした話がどうして生まれてしまうのでしょうか。 その主因の一つに、原発そのものに必然的に備わっている独特な特性があると考えられます。

省エネの時代に逆行して電力消費を進める原発


東京電力福島第1原子力発電所(東電HPより)

 原発はアメリカのスリーマイル島や、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の事例からも明らかなように、 大変危険であり、致命的な結果をもたらしかねないものです。 加えて、放射性物質による環境汚染も伴いますので、原発の設置には当然、 電力の大消費地付近は避けられ、あえてより多くの送電ロスを伴うような遠隔の地が選ばれることになります。 ここにまず省エネに逆行する事態が生まれます。
 次なる不都合は、火力発電所に比べて倍以上という高い建設費があります。 費用対効果を考えれば一基あたりの出力を大きくし、 しかも設備利用率を高めることも当たり前となります。 その上、電力需要の動向に応じた電気出力の微調整が苦手な原発は、 停止したときの混乱を軽減する目的も兼ねて、 バックアップのために火力などの発電も用意しなければならないのです。 こうした余計な設備で資源やエネルギーを浪費させ、余分なCO2を排出します。
 他方で電力需要の少ない夜間時の原発運転で生じる余剰電力のため、 消費者にさらなる電力消費を強いるのです。ここに、省エネが重要視される時代に 電力消費の推奨という矛盾が生まれてくるのです。
 しかも原発は火力などと異なり、電力しか供給できないという宿命があります。 これを増やせば増やすほど、電力中心のエネルギー消費社会を醸成させ、 他方で莫大な発生熱を利用することなく環境中に放出し続けます。 それは、地球温暖化に側面から手を貸すことになります。
 エネルギー変換の観点からすれば、私たちが強いられている熱にして使う 行為はエネルギーの質を無視した使い方で、 世界的に有名な学者エイモリー・ロビンズはこの行為を 「チーズを電動ノコギリで切るようなもの」と例えています。 このしわ寄せは当然、CO2の余分な排出という形で現れることになります。 エネルギー浪費を陰で進めていると言っても過言ではないでしょう。

廃棄物や廃炉処理の管理にも莫大なエネルギー

 しかも、こうしたことは原発にまつわる直接的な課題に対するものです。 これに間接的に関わってくる話も無視できません。具体的には核燃料再処理問題、 莫大な量の放射性廃棄物の処理や保存、管理、これから本格化してくる 廃炉処理など極めて重大な課題も待ち構えています。これらの問題をずさんに扱えば、 対処できない状況になることは必定です。必然的にこれらの問題の処理にあたっては 慎重かつ完璧を求めざるを得ないでしょう。
 当然、そうした行為に対し計り知れない量の種々の資源やエネルギーが消費され、 それに付随してCO2の排出もある訳です。 安全性確保のための監視・管理にもエネルギーが必要になります。 暫時で済まされず、半永久的にCO2を出し続けなければならないかもしれません。 これらの「つけ」は、発電時にCO2を排出せずに得られた 電力で埋め合わせがつくはずもありません。
 以上のように「原発を設置することで他の型の発電所設置も必要となり、 その結果の潤沢な電力供給は温暖化や後世への負の遺産の蓄積をよそに、 省エネルギーどころかエネルギー多消費社会の構築に力を貸していく」というシナリオになります。 地球温暖化に加担するこのシナリオのどこに人類の英知が見出せるでしょうか。

進む巡航ミサイルの合同訓練
「あたご」事故で見える日米の繋がり

SM−3を搭載していないイージス艦「あたご」

 2月19日に千葉県野島崎沖で、新勝浦市漁協所属のマグロはえ縄漁船「清徳丸」に 衝突したイージス艦「あたご」は、海上自衛隊保有艦船のなかで最大であり、 またイージス艦としても世界最大級(基準排水量7,700トン、全長165メートル、 全幅21メートル、最大速力30ノット)です。
 防衛省はミサイル防衛(MD)のためにSM−3(スタンダード・ミサイル・3)を 搭載したイージス艦6隻の配備を予定していて、 すでにSM−2を搭載し、それぞれの軍港に配備されている「こんごう」(佐世保)、 「ちょうかい」(佐世保)、「みょうこう」(舞鶴)、「きりしま」(横須賀)を、 順次SM−3搭載用に改修を進めています。そして「こんごう」がSM−3の搭載を終え、 昨年の12月17日にハワイ近くで迎撃実験に成功したことは、日本で大きく報道されました。
 このイージス艦導入計画は、1988年度防衛計画で決定され、 米国のミサイル駆逐艦をモデルに4隻が建造されましたが、 イージスシステムは米国からの有償軍事援助として搭載されました。 開発にはレイセオン社やロッキード・マーチン社が関わり、 01年末頃から三菱電機や三菱重工が一部のライセンス生産をしていますが、 大部分は「ブラックボックス」のまま米国から購入しています。
 「あたご」は5隻目のイージス艦ですが、最初からミサイル防衛を目的として建造された艦で、 昨年3月15日に三菱重工長崎造船所から防衛省に引き渡されました (6隻目の「あしがら」も08年春には三菱重工長崎造船所から防衛省に引き渡される予定)。 しかし「あたご」はミサイル防衛を目的に建造されたにもかかわらず、 SM−3は搭載していません。野島崎沖で衝突事故後、防衛省は「あたご」が、 1月21〜25日にハワイ沖でSM−2の発射試験を行い、日本に寄港中だったと発表しました。
 ミサイル防衛艦として建造されたにもかかわらず、 ミサイル迎撃が不可能なSM−2を搭載していたのです。 これは第一にはSM−3を搭載するのに1千数百億円という費用が必要なため、 予算の関係があったこと。第二に、現在搭載されている「SM−3」は、 後に述べるように新しいタイプとの交換が予定されているため、 とりあえずSM−2搭載艦として対応しようとしていると推測されます。  しかし「あたご」は、単独でハワイに行っていたのではなく 「こんごう」などとともに約3ヶ月間、ハワイ沖で日米合同訓練に参加し、 イージスシステムを駆使し、中国や北朝鮮が配備している巡航ミサイルに対応するため、 SM−2の発射実験を行っていたと考えられます。
 「あたご」が清徳丸に衝突した後、海上保安庁の調査が入る前に独自の聞き取りを行ったことが 明らかになっていますが、実際は合同訓練の情報などが漏れないように打ち合わせをしたのではとも考えられます。

米国のミサイル防衛にさらに組み込まれる

 イージスとは、ギリシャ神話に出てくる盾(アイギス)が語源といわれ、 艦隊防空を目的に、レーダーやソナーなどによる優れた探知能力、 情報処理能力、高い対空戦闘能力、つまりミサイル発射能力を備え、 さらに水上艦船や潜水艦に対しても識別、攻撃などを行うことのできる艦船のことです。 とくに防空システムは100個以上を識別し、10個以上の目標に、 同時に対応することができるといわれています。
 SM(スタンダード・ミサイル)とは、米海軍が開発した艦対空ミサイルのことで、 これまでSM−1、同2、同3と発展してきています。 ただし、SM−1と同2は攻撃してくるミサイルを迎撃することはできず、 戦闘爆撃機や巡航ミサイルなどにしか対応できません。
 一方、SM−3はミサイル防衛を目的に開発されたミサイルで、 現在は「SM−3ブロック1A」が実戦配備されていますが、 三段ロケット式になっていて、 先端に運動エネルギー弾頭(直接、敵ミサイルに衝突し破壊する=KW)を装備しています。 発射後、三段目ロケットから切り離されたKWは、約30秒後に大気圏外で相手ミサイルに衝突し、 破壊します。射程は約1,200q、迎撃可能な高度は200q以上といわれています。
 このように「SM−3ブロック1A」は、射程距離が短い上、 弾頭「KW」の速度も秒速3qほどで、長距離弾道弾など、 速度の速いミサイルには対応できないという弱点をもっています。 このためより高く上昇し、よりスピードの出る「SM−3ブロックU」を開発中で、 このブロックUには、日本の防衛研究所などが ノーズコーン(弾頭先端部分のカバー)や二段目ロケットなどの開発に協力しています。 現在の「ブロック1A」は、何年か後に日米共同開発の「ブロックU」にすべて取り替えられ、 日本はさらに米国のミサイル防衛に組み込まれていくことになります。

★☆★☆★☆【本の紹介】★☆★☆★☆★

南京事件論争史─日本人は史実をどう認識してきたか
笠原十九司 著


07年12月刊 平凡社新書

 昨年、沖縄戦における住民の「集団自決」に対する軍の関与を否定する高校歴史教科書検定意見が出されました。 平和フォーラムは、署名や集会、文科省交渉などの取り組みを進めました。 住民を巻き込んだ地上戦を経験した沖縄県民の怒りは11万人の県民大会に結集しました。
 なぜ日本では、軍隊の蛮行はなかったとの議論が繰り返されるのでしょうか。 従軍慰安婦の謝罪や歴史教育を求める決議が、アメリカ・オランダ・カナダの下院、 欧州議会でもあげられています。 ワシントン・ポスト紙に掲載された従軍慰安婦の軍関与を否定する意見広告は、恥の上塗りとしか言いようがありません。
 取り上げた「南京事件」は、本多勝一(元朝日新聞記者)の『南京への道』、 鈴木明(ノンフィクション作家)の『「南京大虐殺」のまぼろし』など記憶に新しいが、 本書は南京事件を肯定しつつ、否定論と肯定論の単に対立を記すのではなく、 日本人がどう史実と向き合ってきたかに焦点を合わせています。 そして、内に寛容で外には懐疑的であり、情報を隠ぺいする軍隊の本質、 ポツダム受諾と占領までのタイムラグと文書廃棄、 軍隊が民間を犠牲にするという戦場の修羅場の体験がなかったことが、 世界から非難されてもなお日本人が否定論を受容する理由ではないかとしています。
 著者は、日本では「自虐派」「売国派」などとレッテルを貼られていますが、 国際的には日本人の信用を回復することに貢献していると自ら述べています。 そして「かつての軍事侵略国民が世界平和建設の国民に『模範的に脱皮』をとげ、 被害国民との『和解』を達成することによって、 真の国際平和に貢献することができる」と結んでいます。
 私たちは、史実ときちんと向き合うことで、真の国際理解を進めるべきだと改めて考えました。

(藤本泰成)

★☆★☆★☆【映画評】★☆★☆★☆★

草の乱
神山征二郎監督(04年/日本)

 自由民権運動の歴史の中で再評価されたのが、 この「草の乱」の言うところの「秩父事件」です。 1884年11月に埼玉県秩父郡を中心に起こった一大農民蜂起で、 たった3日間ですが秩父にコミューンが生まれた事件です。 当時の60ヵ町村、約3,000名とも言われる農民が、 「天朝様(天皇)に敵対するから加勢しろ」と言って武装蜂起しました。
 当時の秩父郡下は生糸産業が主流でしたが、世界的な不況とデフレによる生糸価格の暴落で、 人々の暮らしは困窮に瀕していました。 借金に頼る暮らしを余儀なくされ、違法な高利の取り立てに身代限り(破産)となる 農家も続出するという状況の中、当時の秩父では豪農豪商でありながらも、 時代の先端的息吹を直接感じ、 人道的と言うよりも任侠とも言うべき気質を持った人々がその蜂起の中核を担っていました。
 映画は生糸商の井上伝蔵の行動を中心に、秩父事件が単なる暴徒の事件ではなかったことを訴えるものです。 日頃は温厚で、実直な人々がなぜこの蜂起に至ったのか。 秩父事件は、単に暴徒や博徒の押し掛けではなく、その深い思想性に裏打ちされた行動でした。
 自由民権運動史が民衆史の立場から掘り返される中で、 秩父困民党の持つ思想性が高く評価されてきました。 その思想をもとに、人々の窮状に心を痛め、井上伝蔵をはじめ高岸善吉、 落合寅市、坂本宗作らといった人々が、 作家の井出孫六が「韋駄天のオルグ」(講談社「秩父困民党」)と評したように、 秩父の峠から峠へ、集落から集落へと走り回り、蜂起にむけて民衆を組織しました。 オルグの基本である、人と会い真摯に語りかけることが、 いまの私たちにも運動の基本であることをあらためて感じさせます。
 彼らは「困民党」を結成し、警察署、高利貸しへ請願・交渉を行いますが、 らちがあかず事態は悪化する一方でした。 もはや政府を打倒するしかないと、命を懸けた武装蜂起を決意しました。 名もない農民たちのその思いを私たちは、この映画で共有したいものです。
 彼らが夢見た「搾取や抑圧のない社会」への渇望は、 いまも私たちの前に掲げられた課題でもあります。

(井上年弘)

★☆★☆★☆【投稿コーナー】★☆★☆★☆★

「奴隷社会化」する外国人研修制度
全統一労組外国人労働者分会スタッフ 中島 浩

低賃金、労働法違反、セクハラも日常茶飯

 現代の日本社会には奴隷が存在する。「外国人研修生・技能実習生」 と呼ばれる移住労働者たちだ。この17万人は、「途上国の人材育成」「国際貢献」といった 大義名分とは裏腹に、多くは低賃金で、日本の零細企業・不況業種企業を下支えしている。 大半が中国人だ。
 彼ら・彼女らの労働現場で起きているのは、 以下のような事実である。まず来日前に40万円から100万円の保証金を、 母国の送り出し機関に預け入れさせられる。日本に来た途端に、 1次受け入れ機関である協同組合あるいは就労先の会社によってパスポートが取り上げられる。 初年度は「研修」扱いで毎月の手当は5万円から7万円。 労働者とはみなされず、最低賃金法、労働基準法など労働諸法令の適用を受けない。
 ようやく2年目と3年目に「技能実習生」という名の「労働者」になるが、だからといって 労働法令違反はまったく改まらない。残業時給は300円〜600円で、強制貯金をさせられたうえ、 預金通帳を会社に取り上げられる。使用者の心証次第では、 強制帰国が行われる。女性労働者に対するセクシャルハラスメントもしばしば起きる。 もの言えぬ労働者がこの制度によって作り出され、その結果、使用者が「専制君主」となってしまうのだ。

中国人実習生を強制帰国直前に救出


団結ガンバローは中国語では「加油」。
団交前に気勢を上げる技能実習生たち(08年2月・東京)

 具体的な実例から、その実態を見てみたい。 個人加盟の全統一労働組合(田宮高紀委員長)は、 昨年末、栃木県内の農家に働いていた中国人農業技能実習生が強制帰国させられるのを、 直前で阻止した。同県の名産イチゴ「とちおとめ」栽培に2年半従事してきた5人の若者たちだった。 彼らはその日の朝突然、農園主から「今年はイチゴが不作だから中国へ帰れ」と宣告され、 「警察官」と称する私服警備員によってベルトをつかまれ、成田空港まで拉致された。 一報を受けた全統一労組が空港へ急行し、搭乗直前で解放したが、警備員や農園主とのもみ合いで、 空港内は一時騒然となった。 ついに本物の警官立ち会いのもと、強制貯金させていた現金とパスポートの返還が行われた。
 その後、全統一労組が確保しているビルに保護することになり、 その晩、「明日は自分たちが強制帰国させられる」と心配した他の6農家の 技能実習生10人が農園から脱出し合流した。まさに「緊急避難」である。
 未払い賃金は、1人当たり320万円から370万円にのぼった。団体交渉を重ねる中で、 協同組合と農園主は強制帰国や違法行為に関して「行き過ぎがあった」と謝罪したものの、 未払い賃金を含む補償については交渉が難行した。
 未払い賃金の支払い能力について農園側が、娘の学費などを例に挙げて弁解した時、 技能実習生のひとりが怒りをあらわにした。「私が日本に来た時、私の娘はまだ妻のお腹の中だった。 3年間娘の顔も見ずに働いてきた私の気持ちを考えたことがあるか!」。 彼は農園主から「犬」などと呼ばれ侮辱されながら働き続けた。 他の技能実習生は農園主に誘われたパチンコで農園主が負けたことから、腹いせに回し蹴りをされている。

送り出し機関との闘いも今後の焦点

 中国の春節が間近に迫る中、2月1日に大詰めの団交が開かれた。 強制帰国に対する技能実習生たちの激しい怒りに押され、農園側がついに和解に応じた。 1)強制帰国や労基法違反など不法行為に対する謝罪、 2)解決金と帰国費用の支払い、 3)「保証金」没収など中国帰国後の不利益がないようにする、の3点を柱とする協定内容だった。
 実習生らは勝利的和解を手にして3年ぶりの帰郷を果たしたが、 協定に反し「保証金」はいまだ返還されていない。 昨年12月、法務省の研修生・実習生に対する「指針」が改定され、 パスポートを事業主が預かることについては本人の同意の有無にかかわらず、禁止された。 いまや、送り出し機関による保証金徴収が研修生・技能実習生抑圧の最大の手段となっている。
 そうした問題を解決するため、日本国内で「奴隷状態」におかれている研修生・技能実習生との 共闘は今後、帰国後の連携拡大と、送り出しをする中国国内の自主的闘争という、 新たな局面に入りつつある。

平和フォーラムは、今、3つの署名に取り組んでいます

 平和フォーラム・原水禁では、現在、次のような署名活動を行っています。いずれもHPから署名用紙がダウンロードできます。皆様のご協力をお願いします。

1)「沖縄での米兵による少女・女性性暴力事件に抗議し、地位協定の抜本改正を求める署名」
署名用紙: http://www.peace-forum.com/mnforce/2008/00senden/01okinawa-syomei.doc
署名提出先:衆院・参院議長/署名送付先:平和フォーラム
集約締切り:5月20日

2)「安全性の確認できない原子力空母の横須賀母港化拒否・原子力空母の配備の撤回を求める要請署名」
署名用紙: http://www.peace-forum.com/army/200803kubo-syomei-gov.doc
署名提出先:内閣総理大臣、外務大臣

「横須賀市民の請求に基づく『原子力空母の横須賀配備及び安全性を問う横須賀市住民投票条例』の制定を求める要請署名」
署名用紙: http://www.peace-forum.com/army/200803kubo-syomei-city.doc
署名提出先:横須賀市長、横須賀市市議会議長/署名送付先:どちらも平和フォーラム/集約締切り:5月20日

3)「柏崎刈羽原発の原子炉設置許可取り消しを求める署名」
署名用紙: http://www.gensuikin.org/npp/n_miti.pdf
署名提出先:内閣総理大臣、外務大臣

「柏崎刈羽原発の運転再開断念を求める署名」
署名用紙: http://www.gensuikin.org/npp/n_tepco.pdf
署名提出先:東京電力
署名送付先:どちらも新潟県平和運動センター気付「柏崎刈羽原発設置反対新潟県民共闘会議」/集約締切り:6月15日

ナビ 新しい枠組みを造ろう

政権交代をめざそう

 時代がめまぐるしく動いています。 日本では、ブッシュに追随した小泉・安倍の時代は終わり、福田自公政権の時代が始まり、7ヶ月になろうとしていますが、福田内閣への支持率は急落し、支持32%、不支持率は50%(3月5日朝日新聞世論調査)となり、政権末期の様相を呈しています。参議院では、昨年7月の選挙で与野党が逆転し、国会運営は自公政権の思惑通りに進まず、対決法案は宙に浮いた状態となり、自公政権の政権担当能力のなさを露呈し続けています。
 また戦後の保守政権を支えた官僚体制の矛盾と崩壊現象が次々と噴き出し続けています。 年金制度に関わる厚労省、底知れない汚職・たかりと規律の弛緩した防衛省、 道路特定財源の流用の国土交通省と次から次へと続いています。 これ以上、自公政権と現行官僚システムに日本国家の運営を委ね続ければ、 日本社会が崩壊してしまうという予感が国民全体に拡大しつつあります。 何としても政権と国家の運営システムは新しい枠組みへと再生される必要があります。
 いま政治の舞台で新しい枠組み形成をめぐって、野党が挑戦し続けています。 民主党、社民党など野党に求められているのは、与党の繰り出す懐柔や恫喝に迷わず、 政権交代をめざして闘い続けることです。 野党の奮闘を期待すると同時に私たちも全力でがんばりあうことが求められています。 そのため「私たちが何をめざしているのか」を再確認することが重要です。

憲法理念の実現へ

 わたしたちが掲げる旗の中心は、「憲法理念の実現」です。 安倍前首相は、「戦後レジームからの脱却」・「憲法9条改悪」をめざして暴走し、 「憲法改悪のための国民投票法」を成立させました。 しかし参院選挙によって、憲法9条の条文改悪路線は急ブレーキがかかりました。 参議院では9条擁護派が過半数を占めました。
 しかし、もともと「9条の改悪」は米国から非公式に要請されている事項であるため、 自公政権は改悪路線を放棄することはできず、 「集団的自衛権行使の合憲化」めざしての「解釈改憲路線」に方向転換を余儀なくされています。 私たちのめざすものは、「9条の条文改悪を許さないのは当然として、 解釈改憲路線も許さず、 実体としての違憲状態である軍備の肥大化・自衛隊の海外派兵・米軍再編成等に反対する」ことです。 米国ブッシュの尻馬に乗って、軍事費の拡大、自衛隊の海外派兵、日本を米軍の出撃基地化することを許してはなりません。 「武力で平和はつれない」の旗を高く掲げましょう。
 米軍再編成も具体化しようとしています。 沖縄や神奈川、岩国など各地で反撃態勢が作られています。 とりわけ原子力空母ジョージ・ワシントンが、通常型空母キティホークに替わって、 8月19日に横須賀へ入港するとしています。平和フォーラム・原水禁の総力を挙げた闘いを構築する予定です。 4月25日は総会です。闘う決意を固めあいましょう。

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