インタビュー・シリーズ その19
水俣病・憲法・日朝・原発…多彩な課題に挑戦
新潟県平和運動センター 事務局長 高野 秀男さんに聞く
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【プロフィール】
1951年神戸市生まれ。76年に勤務先の中小企業で労働組合を結成、リーダー役を果たす。83年から新潟水俣病共闘会議の専従事務局。99年12月、県平和運動センター発足時から事務局長を務める。 |
──高野さんが運動と関わるきっかけ何ですか。
新潟水俣病は1965年に明らかになりましたが、私が関わったのは第2次訴訟提訴の翌年の83年からです。それまでは小さな鉄工所で労働組合運動をしていましたが、工場閉鎖で全員退職になり、そのときに当時の新潟県評から専従の話があったのがきっかけです。
──水俣病は患者の救済が改めて問題になっています。
原爆症と同様、水俣病でも国の認定基準が問題になっています。2004年10月の最高裁判決で国の基準は厳しすぎて、患者をもっと広く救済することが求められたのですが、政府・環境省は判決に従わず、自公与党もこれに加担して安上がりの幕引きを図ろうとしています。11年前の村山政権時に政治決着した人たちと行政認定された人は新潟・熊本あわせて約1万5千人でした。しかし、最高裁判決後に新たに認定申請したり、医療費の自己負担を補助する保健手帳の申請をした人は、これまでに2万人に上っており、さらに増え続けています。与党の安上がり解決に対して、被害者も訴訟を起こしたり、直接交渉をしたりしています。半世紀過ぎたいまも水俣病は終わっていません。
──憲法問題では「ナインにいがた」と銘打った取り組みを進めていますね。
構成団体とともに、市民との協力・協同をどうしていくのかが重要です。憲法9条を守ろうという人たちは過半数いますが、その勢力を増やし、9条を守るか変えるか結論を出していない人達も視野に入れて取り組んでいます。メンバーには、主婦、商店主、芸術家など、様々な個人が参加しています。最近では、アフガニスタンで活動する「ペシャワール会」の中村哲さんの講演会や、シール、マグカップ、Tシャツなどのナイングッズを催しごとに売っています。シールのデザインも「ナインにいがた」の呼びかけ人の一人で前衛作家の前山忠さんに無料でお願いしたものです。今秋には平和まつりを企画し、元米海兵隊員で反戦運動家のアレン・ネルソンさんを講師に呼びます。そのほか、県内の東北アジアの運動、在日コリアン、反原発、女性・ジェンダーとかさまざまな団体や個人が交流する場にしようと模索中です。
──新潟は拉致問題もありますが、日朝運動は。
新潟は横田めぐみさんの拉致の現場でもあり、県議会・市議会に拉致議連があって、先日も県議会で、アメリカが北朝鮮をテロ指定国家から解除しないよう求める決議をしています。地元紙「新潟日報」は、横田めぐみさんの誕生日に全ページにわたって彼女の写真を掲載しました。また、朝鮮学校への県・市の助成金に対する異論が公の場で出たり、在日コリアンにとっては厳しい状況があります。しかし、経済制裁が有効でないことは明らかですし、拉致問題も日朝国交正常化交渉のなかで解決すべきです。万景峰号の航行を認めるなど制裁解除の雰囲気を醸成するため、新潟から発信する取り組みとして、11月と1月に経済制裁や拉致問題についての学習集会を開き、3月にはシンポジウムも行います。国交正常化と拉致問題の解決を一日も早く実現したいと思います。
──昨年7月の中越沖地震による柏崎刈羽原発の被害に対して、地元ではどんな状況ですか。
反原発を進める地元団体は、1号機建設の33年前から「豆腐の上に原発を建てるようなものだ」と指摘してきました。この間、原発のトラブルや近海にある活断層の問題もわかっていたのに隠ぺいされていました。県の危機管理監の「東電が安全だと言えば言うほど不安になる」という言葉は、多くの県民の感情を表しています。ただ、現地の人たちは、自分の場所の被害が大き過ぎて、原発問題まで目を向けていません。僕らはあの日、テレビで変圧器の火災を見ていますが、地元の人は停電で見ていません。もちろん原発に不安を抱いている人が世論調査でも多いので、それを声にしていく取り組みが必要だと思います。
東電は2月26日、27日に海外の研究者も入れて説明会を開き再稼働に向けた動きをつくろうとしています。私たちはそれに対抗する集会を同月24日に行います。もちろん廃炉を求めていますが、地元で悩んでいる人にも声をかけ、市民を励ます集会にしたいと思います。新聞意見広告も予定しています。また、全国的に100万筆を目標に「運転再開断念と原子炉設置許可取り消しを求める署名」に取り組みます。さらに、震災1周年には全国集会を行う予定です。泉田裕彦県知事も「廃炉もありうる」と言うなど、今までにない対応をしていますので、きちんとした議論を積み上げたいです。
──格差が問題になる中で、地方のあり方が問われています。
日本の場合はお金の使い方が大きな問題です。太陽光発電の助成金をゼロにしてしまうとか、環境税など経済的に誘導する政策がなく、逆に米軍再編にみられるように金で頬を叩くやり方が続いています。先日もC型肝炎の被害者が政府批判をしていましたが、市民の意識も変わりつつあります。金の使われ方についてのチェック機能が必要です。
水俣問題でキーワードの一つは「内発的発展」ですが、地域の資源、ヒト、モノをいかに活用して経済を自立するかです。外部から導入した経済は結局出て行って、地域には負しか残りません。昭和電工のあった鹿瀬町は、3,000人いた工場が撤退・縮小し、過疎率県内2位の町になりました。私は最近、「新潟県独立論」を唱えています。新潟はエネルギーも食べ物も自給できるのです。柏崎刈羽原発なんて1キロワットも新潟で使わずに東京に送っています。石原都知事なんかに大きな顔をされる必要はありません。
米海軍のイージス艦の入港でも、日米安保や地位協定を理由にするけれども、港湾管理権は知事の権限です。先日、青森県知事がNOと言ったので米軍機は青森空港に来なかったということがありました。私も「非核・平和条例を考える全国集会」に出た時、横須賀で活動している新倉裕史さん(非核市民宣言ヨコスカ)から港湾管理権の問題を指摘されるまでほとんど知りませんでした。「自治体の平和力」をぜひ生かしたいものです。外交・安全保障などで、権力と対決するために、地方自治体をこちら側にひきつけていく構図は、今後いろんな場面で起きると思います。
──新潟は全国の平和センターで一番若い(28歳)専従職員を採用しましたね。
思い切って新人を採用しました。平和センターの青年部も結成して、事務局長をやってもらっています。青年部結成のきっかけは、労組青年部などの日朝青年ネットの取り組みからです。毎年10月に朝鮮学校で開かれる日朝文化交流・ミレフェスティバルに大きな役割を果たしており、そこから青年部結成に至りました。新潟の朝鮮学校は開校40年ですが、生徒は20人と少なくなっています。年間経費4,500万円に対し、補助金は県・市あわせて250万円しかありません。40年の節目でもあり、支援の運動を盛り上げたいと思います。
──最後に平和フォーラムに対する要望を。
一つは、地方が全国交流できる場を作ってほしいことです。また、東アジアや欧米の市民団体や平和団体との連携、交流を作ってほしいです。海外交流も定期的に行うなどの旗振り役になってもらいたいですね。
〈インタビュ─を終えて〉
泉のように湧く言葉は、時間がなくて聞ききれないとの印象を持ちました。きっとまだまだ聞くべきことは多かったに違いありませんし、聞いたことも紙面では書き切れていないと思います。実直で骨太の印象、新潟の平和運動の確かさが伝わってきました。終わってからの名物の「栃尾の油揚げ」も、地酒もすばらしかった。(藤本泰成) |
沖縄「集団自決」教科書の記述修正される
全国的な取り組みで一歩前進 なお「軍が強制」の表現は認めず
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昨年12月26日、文部科学省は、2008年度から使用される高校日本史教科書に関して、6社(計8冊)から提出されていた、沖縄戦の「集団自決」への日本軍の関与についての訂正申請に応じる形で検定合格としました。これによって6社の教科書には、すべて「日本軍」の語句が復活しました。
このことは、検定問題が発覚した昨年3月末以来の、各地・各団体の取り組み、そして何にも増して、立場を超えて11万人が結集した沖縄県民の大きな怒りの成果です。
しかし、これで問題が全て解決したわけではありません。9月26日の県民大会実行委員会は、12月26日に、検定意見の撤回を再度求める実行委員長のコメントを発しています。那覇市議会も同様の声明を出しました。平和フォーラムも、12月28日付で「検定意見の撤回と『沖縄戦条項』の創設を求める声明」を発しました。これまで、取り組みを行ってきた多くの組織・個人が、今回の文科省の処置に不満を表明しているのです。
政治的意図を持った「検定意見」の付与
文部科学省は、昨年11月9日までに出そろった教科書会社の訂正申請に対して、12月4日に検定審議会の「指針」を示し、「『集団自決』は日本軍の強制ではなく、沖縄の戦時体制、さらに戦争末期の限定的な状況下で、複合的な背景、要因によって住民が追い込まれたと捉える視点での教科書記述が望ましい」との考えを明らかにしました。日本軍に強制されたものではなく、多くの複合的要因によって「集団自決」に追い込まれたとする文科省の考え方は、検定審議会の意見聴取に応じた研究者の一部の意見を採り上げたに過ぎません。
沖縄県史編集委員の大城将保さんは、「直接命令を下した指揮官名まで判明している例も少なくない」と指摘しています。そもそも、これまでの教科書は、「すべてではないが」を前提にして、日本軍によって「集団自決」に追い込まれた住民の存在を肯定して記述されていたのです。今期の教科書検定に際して、文科省が「1人の指揮官の命令の有無」をめぐって大江・岩波沖縄戦裁判が起こされたことの理由だけで「検定意見」をつけたことには大きな無理があったのです。
そもそも3月の「検定意見」の内容は、「戦後レジュームからの脱却」を標榜した安倍前内閣のもとで、政治的意図を持って行われたものです。だからこそ、沖縄県民の納得を得ることも出来ず、教科書執筆者や研究家の合意を得ることも出来なかったのです。
しかし、今回の検定審議会の「指針」は、日本軍の守備隊のいない島では「集団自決」が起きなかった事実や、「集団自決」に立ち会って生き残った方々の証言など、真実から大きくかけ離れたものです。
あくまでも「検定意見」の撤回を
さらに、検定制度そのものの問題があります。文科省が検定意見を付した最初の段階で示した考え方は、「日本軍によって『集団自決』に追い込まれた者もいた」という記述が、「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である」というものでした。その結果、日本軍の記述は削除され、教科書は「『集団自決』に追い込まれた者もいた」という記述に変えられたのです。
教科書審議官には沖縄戦の専門家はいません。検定意見を書いたのは、教科書調査官という一官僚でした。その一人の官僚の意志によって教科書の記述が変えられていいはずはありません。また、「検定意見」に対してどのような議論があったかも明らかにされてはいません。
もし、沖縄県民や私たちが、誤った「検定意見」に反対する声を上げなかったら、教科書は「『集団自決』に追い込まれた者もいた」という、きわめて曖昧な記述で終わっていました。このことを文科省や文部科学大臣は重大なことと受け止め、きちんと責任をとるべきです。そのためには、「検定意見」の撤回以外にありません。平和フォーラムは、沖縄の県民世論と連帯して、今後もねばり強く取り組みを進めます。
緊迫するアフガニスタン 米軍への反感高まる
日本は自衛隊派遣ではなく和平に向けたイニシアティブ発揮を
日本国際ボランティアセンター(JVC)代表理事 谷山 博史
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いまアフガニスタンは緊迫した状況にあります。反政府勢力の武力闘争は激しさを増し、襲撃事件や「対テロ」掃討作戦による犠牲者は毎年激増しています。米軍などによる急襲や空爆による民間人の犠牲者も後を絶ちません。人々の外国軍に対する反発と外国軍をコントロールできない政府への不信感は強くなっています。
反米・反政府武装グループはタリバーンだけではなく、以前に地域を支配していた武装グループや、対テロ戦争犠牲者の報復のために武器を取った者たちまでその裾野はきわめて広範です。敵対する一方が他方に「テロリスト」のレッテルを貼り、米軍の手で攻撃させるというケースも少なくありません。「対テロ戦争」は敵の分からない戦争に陥っています。
戦争の被害を目の当たりにして
私は日本国際ボランティアセンター(JVC)の駐在代表として、タリバーン政権崩壊後のアフガニスタンで4年間、村の診療所を拠点に地域医療を行い、女子学校の修復や教師のトレーニングなどを行ってきました。私が赴任した2002年の中頃、治安は戦後の小康状態を保っていて、どこへ行くにも危険はありませんでした。しかしイラク戦争が始まる頃から反米・反政府の武装勢力は反撃を強め、NGOの職員も米国のスパイとみなされて襲撃されるようになりました。
一方、米軍や多国籍軍への反感も年を追うごとに高まってきました。2005年、私は米軍に関係する2つの事件に遭遇しました。一つはアフガニスタン人スタッフの母親が乗ったタクシーを「テロリスト」が乗っていると間違えて米軍が撃って重傷を負わせました。また、JVCが運営する村の診療所を突然米軍が占拠して診療所のスタッフを追い出し、診療もせずに村人たちに薬を配ったり、夜になると診療所の敷地から射撃訓練を行っていました。
私たちはこの2つの行為に対し米軍に厳重に抗議しました。米軍は今後、診療所を占拠するような行為は繰り返さないという約束しましたが、軍事作戦と復興支援の境界のあいまいな活動はその後もあとを絶ちません。スタッフの母親の狙撃に関しては“日常茶飯なことだ”と不問に付されてしまいました。母親を撃たれたスタッフの家族は米軍に強い憎しみを抱くようになっています。
軍隊では解決できない
対テロ戦闘はどこまで行っても出口がない状態にあります。外国軍は5年前に比べて3倍近くに増えたのに、政府がコントロールできる地域は狭まっています。この状況に一番危機感を抱いているのは他ならぬカルザイ大統領であり、アフガニスタンの国会です。
昨年5月8日、アフガニスタン国会(上院)はタリバーン勢力や他の反対派勢力に対する「直接交渉」を行うべきことを決定しました。さらに多国籍軍とアフガニスタン軍にも軍事行動を中止するよう要請しています。地方では部族のリーダーを仲介として外国軍とタリバーンとの停戦協定が結ばれた例もあります。またタリバーンとの包括的な和平に向けた動きも試行錯誤ではあるが始まっています。
日本はアフガニスタンの状況を大局的に見て、和平へのイニシアティブをとる時期が来ています。軍隊を派遣していないからこそ、日本の援助はアフガニスタンの人々の高い評価を得ています。パキスタンやイランの介入が武装勢力の背後に存在していると見られていますが、日本はこの両国に対しても他の先進国にない独自の関係を維持しています。給油活動などの軍事的な支援に固執することなく、周辺国を含む紛争当事者の包括的な和平に向けた協議を日本に主導してもらいたいと思います。
深刻な世界の水問題と私たち
「アジア・太平洋水サミット」とNGOの取り組み
AMネット・元世界水フォーラム市民ネットワーク事務局長 神田 浩史
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昨年12月3日、4日の2日間、大分県別府市で「第1回アジア・太平洋水サミット」が開催されました。アジア・太平洋の国・地域から首脳級が10ヵ国、閣僚級が32ヵ国参加し、「別府からのメッセージ」を発表して幕を閉じました。
5人に1人は安全な水を手にできない
現在、地球上では5人に1人が安全な水にアクセスできません。さらに、5人に2人以上がトイレや下水設備のない中で暮らしており、こういった状況により感染症の問題がより深刻になっています。また、地球上の淡水の7割以上は農業に使われており、水問題の深刻化は、8人に1人が生命の維持すら困難な飢餓状態に置かれていることと密接につながっています。21世紀の地球社会の大きな困難である飢餓・貧困・感染症といった問題の解決に向けて、水問題の解決は非常に重要となっています。
水問題の解決に向けて、国際的にも様々な枠組みで議論が進められてきています。中でも1997年に水関連企業のシンクタンクである世界水会議(WWC)の提唱で始まった「世界水フォーラム」は、3年に一度開催されており、水問題の帰すうに大きな影響力を持っています。しかし、「世界水フォーラム」においては、ダム建設など旧来型の大規模開発が推奨される傾向が強く、巨額の資金需要を賄うために民間投資を誘導する、いわゆる「水の『商品化』・『自由化』」を推進し続けていると、多くのNGOや労働組合の批判にさらされてもいます。
「水は売り物ではない!」サッミトに提起
今回のアジア・太平洋水サミットは、2006年にメキシコ・シティで開かれた「第4回世界水フォーラム」で設立された「アジア・太平洋水フォーラム」が主導して開催されました。水問題の解決策を実施に移すためには、緩やかな「水フォーラム」では不十分で、各国の首脳による強いリーダーシップが必要である、というのが「水サミット」開催の理由として説明されてきました。しかし、条件付きながら一般に公開されている「水フォーラム」と異なり、「水サミット」では市民・NGOを参加させない密室での議論展開に対して、グローバルな水問題に取り組むNGO関係者から懸念の声が出されていました。
こういった関係者によって、市民の声を「水サミット」に向けて挙げていくために「アジア・太平洋水サミット市民会議実行委員会」が結成され、首脳・閣僚級会議に先立って12月1日に独自のシンポジウムや会議を開き、また、2日には「水サミット」事務局と共催で、サミットの議論を主導する国際機関とNGOとの討論会が開催されました。
2日間の討議を経て、「市民会議実行委員会」は、水道事業の民営化による弊害、開発援助によって行われる大型事業による河川環境の破壊などの問題点を提言としてまとめ、「水サミット」参加者に配布しました。また、「水サミット」初日の12月3日には会場前で“水は売り物ではない!”“水は基本的人権!”を唱和するパフォーマンスが展開されました。
水問題の解決に向けては、水問題で困窮する当事者の声が何よりも重要です。そういった声を「水フォーラム」や「水サミット」に向けて発信するだけではなく、私たち自身が真摯に耳を傾け、行動に移すことがより重要です。日本は海外の食料や林産物を輸入することで、間接的に大量の水を輸入(バーチャル・ウォーター)しており、世界の水問題と密接につながっています。そのことが、日本の農林業の衰退・崩壊を引き起こし、足下の水環境も脅かしてきています。
グローバルな水問題への取り組みは、国境を越えた営みだけでなく、地域社会における農林業の再興、水環境の改善などにもあることを再認識して、着実に行動を積み重ねていくことが大切です。
原子力空母横須賀母港化の撤回を求め、直接請求運動を再度展開
前回を上回る署名を獲得し、住民投票を実現しよう!
三浦半島地区労働組合協議会 事務局長 小原 慎一
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2006年11月〜12月にかけて『原子力空母母港化の是非を問う住民投票を成功させる会(成功させる会)』が推進した第1次直接請求運動は、予想以上の市民の支持を得て、地方自治法の必要数の5倍を上回る37,858筆の有効署名を集約し、2007年1月、横須賀市に対し住民投票条例の制定を請求しました。
残念ながら、2月の臨時市議会において条例案は否決(賛成10名、反対31名)され、住民投票は実現しませんでした。条例案審議に先立ち横須賀市長は「原子力空母配備問題は国の専管事項で、住民投票はなじまない」との反対意見を表明し、保守系を中心に多くの市議がこれに追従した結果と言えます。
否決されたとはいえ、市議会の場で「成功させる会」の請求代表者4名が住民投票で市民の意思を明らかにすることの重要性を訴え、会のメンバーは3日間に渡って傍聴席を満杯にし審議を見守りました。まさに『軍都よこすか』の議会始まって以来の出来事でした。
今年8月配備にむけ、国は浚渫工事を強行!
原子力空母を配備するにあたっては現行の横須賀港の水深では無理があり、2m程掘り下げなければなりません。その浚渫工事の前提となる港湾法上の協議(横須賀市と国)は、前記の直接請求の結論が出るまではストップしていましたが、市議会での否決を受け横須賀市は驚くほどの早さで国との協議を終了させ、4月末、浚渫工事を許可しました。
昨年8月10日、防衛省は浚渫工事を強行し、呼応して米海軍は原子力空母ジョージ・ワシントン配備を1年後の08年8月中旬とすることを一方的に発表しました。浚渫工事は現在急ピッチで進行していますが、神奈川県を中心に関東一円から1,000名にも達する人々が原告団に参加して、この工事を差し止めるための裁判闘争(民事訴訟)も展開されています。
決して騙されない 根拠希薄な安全性
この裁判の過程で被告・国側が「原子力空母は安全である。決して事故は起こさない」としている根拠が「ファクト・シート」という米海軍の単なる説明書でしかなく、この説明について何ら科学的な検証作業等が行なわれていないことなど、現地住民にとっては信じがたい事実が浮き彫りになっています。
07年8月末〜9月初めにかけて、横須賀市主催の「原子力空母安全安心対策説明会」が市内10ヵ所で開催されました。延べ700人の市民が参加し、多数の質問、疑問点が噴出しました。この説明会自体の位置付けが不明確なうえ、『国の専管事項』としてきた横須賀市が国や米軍に代わって「安全」を繰り返す奇妙な会でした。その点を追及されると「市としての対策の説明」と逃げながら、横須賀市の姿勢は国・米軍の代弁者そのものでした。内容も「ファクト・シート」の説明で、専門的・科学的検証のかけらも見られませんでした。
蒲谷亮一横須賀市長は条例案否決直後の定例市議会で、「37,000人余の署名の重みを受け止め、安全面での市民の不安を米国や海軍にしっかり伝え、万全な対策を求めていく」と述べましたが、署名の重みをいったいどのように受け止めたのでしょうか。
局面打開へ 再チャレンジを決定!
「成功させる会」では、住民投票は実現しなかったものの、直接請求運動は原子力空母横須賀母港化の問題性を短期間で多くの市民に訴え、支持を得たことで大きな成果を収めたと確信しています。しかし、今年8月にむけて事態は進行しており、再度、市民の意思を明確に示す必要があります。この間の横須賀市の対応、不充分な安全対策に多くの批判が沸き起こっていることを新たな力とし、住民投票を実現する決意です。
新たな第2次住民投票が求める内容には、市の安全対策への市民の評価も加えながら、前回否決された条例案を補強し、より幅の広い意思表示を追求します。
すでに終了した横須賀港内の空母が使用する埠頭(12号バース)の延伸は、通常型艦・キティホークの使用を前提に国との港湾法の協議を行ったものです。要件が原子力空母の使用に変更になれば、再協議をする条件で市は延伸工事を許可したはずです。そのことを市も国も隠ぺいし、なし崩しに条件整備をすすめています。この点を重視して「母港化の是非」と合わせて国との再協議を条例案で提起します。
船舶の運行が過密な東京湾や、活断層のはしる三浦半島など、様々な原子力空母の危険性を訴えてきました。何よりも、米空母戦闘団の強化、永続配備を許してはなりません。直接請求の署名目標は6万筆です。再度、全国的なご支援をお願いします。
志賀原発の運転再開を許すな!
北陸電力に原発運転の資格なし! 全国署名50万筆超える
石川県平和運動センター 事務局長 北野 進
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署名を積み上げ運転再開反対の申し入れ
「臨界事故を起こし、組織ぐるみで隠ぺいしてきた北陸電力には、原発を運転する能力も資格もない!」
石川県志賀町にある志賀原発は1999年6月に臨界事故を起こしていたにもかかわらず、8年間も隠ぺいしてきました。しかし、経済産業省の原子力安全・保安院(保安院)は「臨界事故隠しでも処分なし」という信じられない方針を示し、運転再開への道筋を一気につくろうとしています。
石川県平和運動センターは昨年6月、県内の市民グループとも連携し「北陸電力に原発運転の資格なし!全国署名運動」をスタートさせました。おかげさまで昨年暮れには50万筆を超えた署名が集約され、運転再開阻止への大きな力となっています。
当初の再稼働が予想された昨年11月に、一次集約分の37万筆の署名用紙を持って石川県と志賀町、北陸電力に対し申し入れを行いました。対応した山岸勇副知事は、高々と積み上げられた署名用紙の山を前に「たくさんの署名に驚いている。署名の重みを受け止め、しっかりと対応していきたい」と述べました。
しかし、実態は国と、電力会社のお先棒を担ぐ石川県原子力環境安全管理協議会(安管協)を隠れみのにし、自らの責任を放棄しています。山岸副知事も細川義雄志賀町長も、臨界事故隠しに対する怒りを表明しつつも、北陸電力の安全協定違反に対し、なんら処分を下そうとはしません。「原子炉設置許可の取り消し」を求める私たちの声に対し、石川県も志賀町も保安院に追随するようでは、再発防止どころか行政による「事故隠しの奨励」と言わざるをえません。自治体の役割をさらに追及していかなければなりません。
いまだに続く北陸電力の隠ぺい体質
こうした中、昨年12月には新たな活断層隠しが発覚しました。2003年に志賀原発の沖合でマグニチュード7の地震をおこす可能性のある8本の活断層の存在を確認していたにも関わらず、北陸電力は隠してきたのです。立地の選定根拠を根底から覆しかねない重大な事実です。
北陸電力は昨年3月の臨界事故隠し発覚後、再発防止策として「隠さない風土と安全文化の構築」を掲げてきました。私たちの申し入れに対しても「当社の取り組みにご理解を」と答えますが、本気で隠さない風土づくりを実現するつもりならば、このような事実は真っ先に公表したはずです。事故を隠す社内風土は根深く、改善の兆しさえもありません。
今春が正念場、さらなるご協力を
臨界事故隠しの再発防止策は、技術面からも社内体制面からもとても評価できないずさんな内容です。耐震面でも、問題ありとして志賀原発の運転差し止めを命じた金沢地裁判決(06年3月)で明らかであり、再稼働は絶対に容認できません。
このような状況であるにもかかわらず、北陸電力は今春の運転再開に向けて突き進んでいます。地元合意を得るための住民説明会を繰り返し、原発視察も再開しました。3月末には2号機の耐震補強工事が完成し、新耐震基準にもとづく耐震安全性評価の中間報告と再発防止策検証委員会による評価の発表も予定されています。これらを受け運転再開を自治体に申し入れ、来年度の供給計画に志賀原発の稼働を明記することが予想されます。
私たちは署名運動の成果をもとに、全国の皆さんの声を力として再度、自治体や電力会社、そして国への申し入れも予定しています。2月23日には平和フォーラム北信越ブロックと「全国署名運動」実行委員会の共催で、富山市内の北陸電力本店を包囲する抗議行動を予定し、春には現地の志賀町での抗議集会も計画しています。
署名運動は2月末まで続けますので、さらなるご協力をお願いします。署名用紙は次からダウンロードできます。
〔http://nosikagenpatsu.web.fc2.com/〕
継続審議になった援護法改正案
見捨てられる在外ヒバクシャ
恥ずかしい日本政府の対応
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広島高裁判決とそれを支持した最高裁判決の意義
12月27日、大阪地方裁判所で被爆者健康手帳の交付を求める在韓ヒバクシャの裁判が行われました。7人の原告は広島市の事前調査によってヒバクシャとして認定され、「被爆確認証」を交付されています。老齢と病気などで来日できないため、「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」(市民の会、事務局・大阪府)が府に代理申請しました。しかし、国は援護法の第2条に、「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は居住地の都道府県知事に申請しなければならない」とあることを理由に、手帳交付を拒否。このため市民の会などが06年8月1日に大阪地方裁判所に提訴しました。
その後、大阪地裁で審理が進むなかで、昨年10月31日に最高裁は「三菱広島元徴用工在韓被爆者補償請求訴訟」の原告40名に対する広島高裁判決(05年1月)を支持し、国の上告を棄却する判決を出しました。
広島高裁は判決のなかで、「402号通達は、在外被爆者からの被爆者健康手帳の交付や各種手当の支給に係る申請が増大することを予測した上で、そのことへの対策として、被爆者健康手帳の交付を受けても出国すれば失権し、各種手当も受けられないとの解釈を示し、これに従った行政実務の取扱いを徹底して、当事者である在外被爆者に対して、被爆者健康手帳の交付等を受けることの意義が極めて限定されたものにとどまることを認識させる意図の元に発出されたものであると認めることができる」と述べ、その差別性を厳しく批判しています。画期的な判決と言えます。
402号通達とは、74年に旧厚生省公衆衛生局長が「(原爆傷害に対する)特別措置法は日本国内に居住関係を有する被爆者に対し適用される」とした差別的な通達です。ところが、1994年末に成立した被爆者援護法には、402号通達の考えが引き継がれ、第2条に、「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は居住地の都道府県知事に申請しなければならない」と記されたのです。
孫振斗裁判(1978年最高裁判決で勝訴)や郭貴勲裁判(1992年大阪高裁判決)によって、402号通達の差別性が明確となり、被爆者援護法はすべての被爆者の救済が目的の法律であって、行政が在外被爆者を差別してはならないことを広島高裁判決と最高裁判決が受け継ぎ、いっそう明確にしたのです。
郭貴勲裁判以降、19回も敗訴してきた国
大阪府で生まれた孫振斗さんは広島でヒバクしたのち、いったん母国・韓国に帰国するのですが、体の具合が悪くなり原爆症ではないかとの不安から日本に密航してきて逮捕され、病気で入院中に手帳を申請しました。しかし、却下されて裁判に訴え、78年に最高裁判決で、「原爆医療法は……戦争遂行主体であった国が、自らの責任によりその救済をはかる一面をも有するものであり、その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にある」ことが明確になりました。
この孫振斗裁判によって在外ヒバクシャ救済の道が開かれていくのですが、国は先に述べた402号通達を出して、在外ヒバクシャを差別してきました。92年の郭貴勲裁判は、「ヒバクシャはどこにいてもヒバクシャ」であり、日本国外にいることを理由に差別してはならないことを一層はっきりさせました。それでも厚生労働省は、在外ヒバクシャへの救済を妨害し続けてきました。郭貴勲裁判以降だけでも、国は19回も敗訴しましたが、差別的姿勢を改めようとはしません。
しかし、この現実の前に、ようやく与党が動きはじめ、昨年の臨時国会に、「日本に居住地を有しないものは、政令で定めるところにより、被爆当時の広島、長崎などに申請することができる」などの改正案を提案しました。
一方、野党側は、在外ヒバクシャの健康手帳はもちろん、居住地での健康診断や医療費援助が盛り込まれた改正案(中心的に作成したのは昨年12月22日に亡くなった民主党の山本孝史参院議員)を、幾度となく提案してきましたが多数を占める与党によって廃案とされてきました。
そして昨秋の臨時国会で、これまでの野党案とほぼ同じ改正案を、山本議員が民主党案として参議院に提出しました。しかし与野党対立するなかで、両案とも審議されることなく、民主党案は廃案。与党案だけ継続審議となりました。これは「まず居住地条項の改正を」と、在韓ヒバクシャなどが強く求めていることに民主党などが配慮した結果といえます。
しかし、通常国会で援護法改正案が可決されたとしても、当時幼かった在外ヒバクシャの前途は厳しいといえます。原爆が投下されてから63年が経ようとするいま、年老い、原爆症を患っていても、被爆を証明する2人の証人、または広島、長崎での被災証明がなければ、手帳も健康管理手当も支給されません。韓国では証人がいないため、多くのヒバクシャが手帳を取得できないといわれています。この問題の解決も緊急の課題です。
裁判で国の認定制度を次々と否定
昨年8月5日、安倍前首相は、被爆者の代表に対し、原爆症認定審査の基準を見直すことを明言し、原爆症認定集団訴訟は、解決に向けて新たな段階に入りました。安倍発言の直接のきっかけは、久間防衛大臣(当時)が、原爆投下について「しょうがない」と発言し辞任に追い込まれたことです。しかし、根本には、2006年5月以来、大阪・広島・名古屋・仙台・東京・熊本の各地方裁判所で、現行の原爆症認定制度が批判されて国が6回連続して敗訴し、厳しい世論の声が広まったことがあります。
「原爆症認定集団訴訟」は、広島・長崎で被爆した被爆者が03年に全国で提訴した裁判です(現在15の地裁と6高裁に係属。原告は約300人)。原告らは、被爆後60年近くを経てガンなどを発症し、自分の病気を被爆者援護法により「原爆症」と認定してもらうために申請したところ、厚生労働大臣から「原爆放射線に起因するとは言えない」として却下された人たちです。
わずかな原爆症認定者
現在、全国に被爆者健康手帳所持者だけで約25万人いますが、高齢化し、がん等の病気が多発しています。しかし、国が原爆症と認定しているのは、その1%にも満たないわずか2,000人です。私が裁判で担当したある原告は、原爆投下の瞬間は爆心から4キロの地点にいて、徹夜で被災者の看護をし、翌日からは行方不明となった妹を捜して広島中を歩き回りました。もんぺの柄を頼りに川に浮く遺体も調べましたが、妹の行方はわからず、8月15日に自分が急性症状で倒れてしまいました。戦前は吹奏楽にバレーにと元気いっぱいだったのに、戦後は病気の連続の人生になりました。
ところが、国は、このような原告らについても、「ほとんど被曝していない」と主張します。原爆の恐ろしさ、とりわけ放射線の影響を覆い隠すために、原爆放射線のうち比較的数値的に把握されている「直爆放射線」だけをカウントし、「残留放射線」や「内部被曝」は無視してしまうのです。
裁判では、原告らが原爆による苦しみの半生と、各分野の専門家が放射線の恐ろしさを明らかにする証言を行い、国は6連敗し、安倍首相の発言となりました。国会の全党が、認定制度の抜本的改正を求める事態となり、厚労省は完全に孤立しました。
被爆者の提案に沿った抜本改革を
このような中、被爆者団体連絡会(被団協)と弁護団は、裁判所の判決を詳細に分析し、認定制度を抜本的に改革し裁判を解決するための具体的提案を行いました。その骨子は、裁判を原爆の残虐さを明らかにするものと位置づけた上で、被爆の実相に見合った認定制度とするため、@がんなど放射線との関係が学問的に確立している9つの疾病は審査を経ずに原爆症と認定する。Aその他については、被爆者を広く救済した各地の判決及び被爆者援護法の趣旨を尊重して審査を行う、というものです。高齢化した被爆者を迅速に救済する提案として極めて現実的なものでした。
ところが厚生労働省は、厚労省と関係の深い「専門家」を中心に「原爆症認定の在り方に関する検討会」を立ち上げ、司法の判断を無視しようと企てました。しかし「検討会」の審議では、良心的な研究者が、ベータ線や内部被曝等の残留放射線の影響はまだまだ解明されておらず、被曝量の数値化にこだわる国の審査基準は原爆放射線を過小評価していること、また、放射線影響研究所の研究でも、放射線はきわめて低線量であっても、がんはもちろん、心筋梗塞や脳出血、糖尿病などさまざまな病気の発症を後押しすることが明らかなっていること等が指摘され、厚労省の意向とは異なる改革案の提案が出される事態となりました。
それにもかかわらず、厚労省は、これらの意見を強引にねじ曲げ、数値的に積算できる範囲でのみ放射線の影響を認める現在の基準を少しだけ手直しする提言をまとめました。これに対し、裁判の原告と被団協は直ちに強く抗議し、与党の原爆被爆者対策に関するプロジェクトチームも、被団協の提案した「自動認定」の考えを取り入れた提言をとりまとめました。
被爆者たちは、福田総理に対し被爆者の提案に沿った認定制度の抜本改革を決断することを求めるため大きな行動を予定しています。今後ともご支援をよろしくお願いいたします。
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「プレカリアート デジタル日雇い世代の不安な生き方」
雨宮処凛 著 洋泉社刊780円
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プレカリアート(Precariato)とは、Precario(不安定な)とProletariato(プロレタリアート)を合わせた造語で“不安定な労働者”を意味します。
最近、若年層が中心のワーキングプアやネットカフェ難民を扱った本や記事は多く出ています。周知されるのはよいのですが、中には一定の理解を示しているように見えて、「だから若者はダメだ」といったような“上からの目線”で書かれているものも少なくない印象を受けます。
本書は、そんな目線とは一線を画し、若者を安い使い捨て労働力とし、結果的にプレカリアートであることを強いる企業や社会、実態を知らない人々、特に若年層とその親以上の世代とのギャップに着目しています。1975年生まれ、“就職氷河期世代”である著者による若年貧困層を取り巻く現状報告から、超世代座談会、出色は若年層の親以上の世代としては、一つのモデルケースともいえる存在である石原慎太郎東京都知事と著者の対談などで構成されています。
「私の世代は、就職氷河期世代とかロストジェネレーションとか言われる、特に就業でワリを食った世代だ。この世代は、戦後初めて『ホームレス化するかもしれない自分』を若くしてリアルに感じた世代ではないだろうか」という著者の言葉は、著者と同年代でフリーター経験のある私にとっても、実感を伴ってよく理解できるものです。
現在、20代後半から30代前半のプレカリアートの多くは、就職氷河期に社会へ投げ出され、フリーターにならざるを得なかった人たちです。一度フリーターになれば、フリーター経験者を敬遠する多くの企業への就職は困難です。不安定な生活では、些細な病気やケガでもすぐに死活問題です。家賃が払えず住む場所を失い、食べてないから体力も思考も低下します。そんな、憲法が保障する生存権すら奪われた若者に、「自己責任。若いくせに。生活保護よりハローワークへ行け」と本気で言える「真っ当な」人にこそ、一読をお勧めしたい1冊です。(阿部浩一)
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「それでもボクはやってない」(07年日本/周防正行監督)
ビデオは東宝から3,990円で販売
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20代でフリーターの青年が、満員電車で痴漢に間違われるところから、物語は始まります。素直な青年は、話せばわかってもらえると思って警察に行くけれども、横柄な刑事は「お前は被害者に現行犯逮捕されたのだ」と、取り調べもしないうちに手錠をかけてしまいます。検事も最初から犯人扱い、当番弁護士すら「認めちゃえばすぐ出られるよ」という態度です。
でも、青年の友人や母親が人権派の弁護士を探したり、痴漢えん罪で闘っている人に出会って一緒に対策を考えたりと、突然犯罪者にされた普通の人が法律を勉強しながら闘う姿が続きます。「疑わしきは被告人の利益に」という裁判官が、なぜか途中で交代してしまいますが、無実を証言してくれる乗客も現れて、話はハッピーエンドに向かっていきます。ところが判決は有罪。え〜!? というラストです。
「おもた〜い」映画なのですが、その割には興行成績も良く、レンタルビデオも好調のようです。どんな人が見ているのだろうと思って、インターネットで鑑賞評を探してみました。すると「司法制度を何とかしたい」とか、「正直者がばかを見る事実が実際にある」という感想、また「えん罪で訴えられる男性より、泣き寝入りしている女性の方が多い」という意見が並んでいます。
この映画がヒットした理由を考えると、社会が強権的でいやな方向に進んでいることを、普通の人々が感じているからかもしれません。また、この映画を通して、社会の危うさに気付いた人もいるでしょう。私たちもこうした空気を、敏感に感じ取らなければいけないと考えた一作でした。
ところで、逮捕から刑事調べ・検事調べ・裁判官調べと続く流れや、食事・清掃・就寝などの留置所での生活はかなりリアルです。まだ逮捕経験がない人にもお勧めです。(八木隆次)
70年代後半から90年代初頭にかけて長らく原水禁国民会議事務局で運動をけん引して来られました元事務局長の関口和(せきぐち・かのぶ)さんが、1月13日に蘇生脳症による心肺停止によりご逝去されました。享年79才でした。
関口さんは、国労本部中央執行委員、原水爆禁止日本国民会議事務局長を歴任し、原水爆禁止日本国民会議・平和フォーラム顧問、第五福竜丸平和協会理事、鉄道退職者の会会長などで活躍されていました。
ご冥福をお祈りします。なお、関口さんの追悼記事については次号で掲載予定です。
2008年の闘いが始まる
私たちの闘う体制の点検を
安倍政権を引き継いだ福田自公政権が成立し、5ヵ月になろうとしています。この間、野党や労働団体・平和団体・市民団体は、年金や防衛省汚職、格差社会、新テロ特措法などの課題を掲げて、自公政権を攻め続けました。しかし、衆議院を解散に追い込むまでには至っていません。自公政権の側の総力を挙げての防衛努力もあったものの、攻める側にも問題があったことも事実です。連立政権騒動、新テロ特措法の対案をめぐる野党間の分岐、大衆的運動の今一歩の盛り上がり不足です。
しかし、福田自公政権もこの間迷走を続け、確実に国民の支持を失い崩壊に向かっています。内閣に対する支持率は低落を続け、多くのマスコミの世論調査では支持と不支持が逆転し、朝日新聞の世論調査(1月13日発表)によると、支持率は34%、不支持率は45%となりました。また「インド洋での自衛隊の給油再開」については、必要34%、不必要48%、「新テロ特措法」に賛成36%、反対40%でした。そして、「望む政権」は、自民党中心27%、民主党中心が35%です。
口先で「国民生活重視」を言いながら、安倍内閣に続き、防衛省汚職と利権構造には背を向け、アメリカ・ブッシュ政権の要請に基づき「テロ特措法」を最大重要課題と掲げ、57年ぶりに憲法59条を使ってインド洋での給油活動再開を強行する路線そのものが不信任されたのです。
国民は格差社会対策を求め、年金など社会保障制度の再確立を求めています。そして福田自公政権の限界を見抜き、確実に政権交代を求めています。野党は国民の期待に応えねばなりません。アメリカでは、ブッシュの支持率は落ち込み、次期大統領選は民主党候補が有力です。オーストラリアでは、ブッシュべったりのハワード政権が敗北し、労働党政権が誕生しています。時代はブッシュ・ネオコン政権とそれに追従する政権に対して舞台から降りることを求めています。日本でもそうです。民主党、社民党はそれぞれ大会を開催し、闘う体制を確立しました。野党を支援し、衆議院解散に追い込み、政権交代を勝ち取りましょう。
2008年も課題が山積
1月18日から通常国会が始まりました。平和についても多くの課題があります。アフガニスタン侵略から6年、イラク侵略から5年近く経過しました。現状は泥沼状態で犠牲者は増加し続けています。この戦争をなんとしても終わらせねばなりません。日本の戦争加担を許し続けるわけには行きません。米軍再編成、ミサイル防衛の体制作り、沖縄辺野古への基地建設、横須賀への原子力空母母港化を許しては行きません。日朝国交正常化の課題もあります。
脱原発の課題も、今年は多くが正念場を迎えます。青森・六ヶ所再処理工場は、政府は3月末にも本格稼動をしようとしています。青森の仲間の闘いを全国から支援しましょう。また新潟の柏崎刈羽原発も再稼動させようとの動きもあります。全国で再稼働反対の署名運動を成功させ、ストップさせましょう。
今年も全力でがんばりあいをしましょう。
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