インタビュー・シリーズ その23
自分たちの街のことは、自分たちで決めたい 原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会共同代表 呉東 正彦さんに聞く
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【プロフィール】
1959年神奈川県横須賀市生まれ。86年から弁護士を務めるかたわら、
原子力空母問題に10年にわたって取り組む。
「原子力空母母港化の是非を問う住民投票を成功させる会」、
「原子力空母の横須賀母港問題を考える会」共同代表。
──呉東さんが原子力空母の母港化問題に取り組まれるきっかけは何だったのでしょうか。
私が弁護士になったのは1986年です。当時は基地問題や反核・平和の運動が盛り上がっていました。
その頃に「ネパの会」というのを作りまして、
アメリカの「ネパ」という環境アセスメント法を使って、
横須賀基地の問題についてアメリカで裁判をするプロジェクトに関わりました。
その裁判は負けてしまったのですが、環境面からも基地問題をチェックしようという試みは続いています。
1994年に横須賀で弁護士として独立して、やっぱり地元の問題にしっかり取り組まなければならないと思っていたところに、
ちょうど原子力空母の問題が起こりました。
2008年に、現在、横須賀を母港としている通常型空母キティホークの退役後に、
原子力空母ジョージ・ワシントンが配備される計画が1998年頃に出てきました。
同じ頃に12号バースの延長計画と同時に海底の土壌汚染の話も出てきたのです。
これは今までのテーマの延長上にもあるし、
なんと言っても横須賀に原子力空母を配備するのはひどすぎる話です。
首都圏に原発よりも危険なものを作るのですから、
なんとしても反対しなければならないと思いました。
そこで色々な人たちに呼びかけて「市民の会」を立ち上げました。
──06年11月にも「住民投票に関する条例制定の請願」を行い、結局、市議会で不採択になりました。再度、住民投票を請求する意味はどこにあるのですか。
住民投票請求運動を始めた頃に、「なぜ2回目をやるの?」という声はありました。その辺りをきちんと説明してかなり理解されてきたのではないかと思います。一つはまだ母港化を止められるということです。もともと市長は12号バースの延長工事を2005年に許可する際に、原子力空母が使うようになったら再協議をするのだという条件を付けています。市長が、市民の声を聞いて再協議に応じないとすれば、母港化は止められるのだという思いがあります。
また、原子力空母の安全性の問題は市民の共通の課題です。国や米軍を信頼して安全対策を任せるのか、それとも市民の心配の声をもとに、自治体が情報公開、立ち入り調査など安全性の強化を求めていくか。やはりそれは後者でしょう。そうだとすると住民投票で、原子力空母の配備の是非だけではなくて、安全性に対する情報公開が十分かどうかを聞くことによって、安全性の強化を求めていくことができます。これには誰も反対する理由はない訳です。例えば、国が電力会社と仲良くして、電力会社が言っていることが全部正しいと言ったらどうなりますか。それが間違いだったというのが今までの原発の歴史ではないですか。やはり市としては、事業を進めようとしている米軍や国に対して、もっと情報公開するべきという闘う安全対策を確立しなければいけません。そこに緊張関係がなかったら、やはりいつかは事故が起こると思います。
──市長は最初そう言っていましたが、今は原子力空母の配備は国策だから仕方がないと言っています。そんな中で、安全性に対する取り組みも遅れています。
![]() 「住民投票でゲンキ!」首都圏集会(5月11日・横須賀) |
もともと、蒲谷亮一横須賀市長ががんばれば、原子力空母の母港化はできなかったわけです。私たちは容認したこと自体に大きな問題は感じるけれど、仮に容認したとしても、より強い安全性の対策を求めるべきです。ところが、基本的に国や米軍との友好関係を強調し、お任せの安全対策を取ろうとしています。しかし、国が安全性を保証した根拠というのは何もなくて、米軍が安全だと言っているからにすぎない訳です。独自に全く検証されていません。汗をかかない安全対策という方向に収縮していっているように感じます。その典型は、市から国や米軍に対して安全性の説明会の開催を求めて欲しいという要請を拒否したことです。本来ならば母港化を受け入れたらやるべきです。その程度のことすら国に要求できない市が、どうやってそれ以上の安全対策を求めることができるでしょうか。
──米海軍の司令官は「原子力空母は事故を起こしていない」と言っていますが、99年11月に米原子力空母ステニスが座礁して原子炉が緊急停止したことがあります。そういう事実は、米海軍の定義では事故にはならないのですか。
そもそも定義がおかしいのですが、アメリカの海軍の定義では、格納容器が破壊されて放射能が外に出るようなことが事故であるとしています。ということは、全世界でロシアの軍艦の事故は別として、チェルノブイリとスリーマイル島の原発でしか事故は起こっていないことになります。しかし、大事故につながりかねないような、冷却水が急に失われたとか、放射能漏れ事故とか、危険な状態はたくさん起きているのです。破滅的な事故が起きていないという定義のトリックで事故が起こっていないと言っているだけです。
──米海軍司令官はさらにコメントの中で、「もし事故が起こっても基地内に放射能が留まる」という言い方をしています。
それにも全く根拠はありません。日本政府のアセスメントですら、3kmまでは放射能が及ぶと言っている訳ですから、全く政治的な宣伝にすぎないですね。アメリカのサンディエゴのアセスメントでも、基地内ではなくて、いちばん近いコロナド市でも被曝すると言っています。米海軍の内部的なマニュアルの中に、原子炉事故対策マニュアルというのがあって、その中で「海軍は事故を起こしたことはない。努力は払っている。しかし、そういう努力をもってしても、事故を起こす確率がゼロとは言い切れないし、そこでの対処の仕方を間違えると米海軍は全世界で作戦ができなくなってしまう」と述べられています。やはり、事故は起こりうると考えられている訳です。
──今回、住民投票条例を求める署名数は52,438筆でした。この数字をどのように考えておられますか。
運動を始めたときは、前回(06年)も市議会で否決されているので、今回は前回を下回るのではという声もありました。しかし、前回を1万筆も上回ったということは、運動が完全に市民権を得たと言えるのではないでしょうか。署名を取りに行くと、「原子力空母は不安だ。私たちの意見も聞いてほしい。自分たちも署名を集めたい」などと言われました。もう一部の人が反対している問題ではありません。横須賀は「軍都」と呼ばれ、基地とともにありましたが、自分たちの街のことは自分たちで決めたいという、だんだん普通の街になってきたという気がします。非常に大きな手応えを感じています。
──7月19日には、全国から多くの人に集まってもらい集会が予定されていますが、そこに横須賀市民がどれだけ集まってくれるのかということが大事ですね。
市民的な活動者が増えてきています。いろんな人が加わってきていて、レベルは何倍にもアップされている状態だと思うのです。それは、これまでやってきたことの成果ではないのかと思います。 だんだん横須賀も市民が主人公になりつつあるという実感があります。後退しているように見えても、私たちは前進しているのではないかと実感しています。私たちひとり一人では力が弱いから、市長の容認を許してきました。そういうことからも、原子力空母の問題も、憲法を守るという問題も、みんなで手を結んで新たなエネルギーを補給しつつやっていくということが必要なのではないかと思います(4月21日インタビュー)。
| 〈インタビュ─を終えて〉 横須賀が「原子力空母の母港化問題」で燃えています!インタビューは、そんな中で行われました。市民運動の先頭で、強いリーダーシップを発揮してきた呉東さんの正義を貫こうとする強い意志を感じました。今夏、私もその闘いに全力を尽くしたい。
(藤本泰成)
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【集中連載】STOP! 原子力空母の横須賀母港化〈1〉
8月の空母入港を前に市民の不安が高まる 市議会は再び、住民投票条例の直接請求を否決 |
![]() 条例案の採択を求める署名提出(5月14日・横須賀市庁舎) |
前回を上回る住民投票署名集まる
横須賀市での「原子力空母母港化の是非と安全性を問う住民投票条例」の直接請求のための署名行動は、4月6日に1ヵ月の期間を終了しました。署名を集める受任者だけでも4,088人がボランティアとして取り組みに参加しました。4月11日に選挙管理委員会に提出された署名数は、52,438筆となり、06年11月の時の直接請求署名を1万筆余りも上回りました。
同様の内容で2度目の署名運動を進めるにあたっては、前回、市議会で条例制定が否決されたことから、難しいのではとの声もありました。しかし、前回の数字を大きく上回ったこと、そして横須賀市の有権者の7分の1を超えたことの意義は大きいと言えます。さらに重要なことは、市民の中にこの取り組みの意義と署名の内容が浸透したことです。「あ!、空母の署名ね!」という声が市内の各所で聞かれました。
ところが、蒲谷亮一横須賀市長は、性急にも6月市議会定例会に先立つ臨時議会(5月12日開催)に、直接請求に基づく「住民投票条例案」を提出しました。この異例の動きは、市長の焦りの表れと言えます。平和フォーラムは、このような情勢に対して、全国から「市民の声に耳を傾け、条例案の採択を求める」との声を、123,887筆の署名に託して、5月14日に市長・市議会に提出しました。
![]() 住民投票条例を訴えた集会(5月11日・横須賀) |
平和フォーラムは、原子力空母の横須賀母港化は1.米軍再編の一環であり、東北アジアの政治的安定を揺るがすことになる、2.何の安全基準もなしに原子炉を動力とする空母を恒久的に母港とすることは、首都圏住民の安全を脅かす、3.施設管理権を米側が握る不平等な「日米地位協定」の中では、立ち入りの安全審査など住民生活の安全を保障する自治体の責務を全うできない、などの観点から、反対の取り組みをすすめてきました。住民投票条例を支持する市民の声は、そのような不安から生まれてきたものです。
市民主権を否定する市長・市議会
5月16日、横須賀市議会は住民投票条例案を、賛成8、反対33、退席1で不採択としました。住民主権という自治さえ否定するものです。「自分の安全は自分で守ろう!」「自分の住む町は自分でつくろう!」とする市民の主権行使は、「住民投票」という行為に象徴的に表現されます。選挙ということだけが地方自治のあり方ではありません。「住民投票」によって、市民が「母港化は認められない」とすることに、市長・市議会は何を恐れることがあるでしょうか。国に対して納得いく説明を求め、説明がなければ原子力空母の母港化は認められないと主張すべきです。
敗訴となったものの、横須賀港の浚渫工事差し止め裁判の判決(5月12日)において、横浜地裁横須賀支部は、「国は、市民が納得する安全性を求めて努力するべき」としました。港湾法に基づく自治体の持っている法的な力は、母港化を阻止できるものです。それにも関わらず、市民主権の根幹である「住民投票」さえも認めようとしない市長・市議会の判断は、将来にわたって禍根を残すものです。
平和フォーラムは、横須賀市内に現地闘争本部を設置し、様々な市民へのアピールの取り組みを行います。そして、7月19日(土)に、「原子力空母の横須賀母港化を許さない全国集会」を開催し、横須賀市民に連帯する運動をさらに強化していきます。
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フィリピン訪問・交流報告
日本の戦争・戦後責任と戦後補償を求める動き 平和フォーラム・原水爆禁止日本国民会議 事務局長 福山 真劫
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4月18日から23日までフィリピンのマニラを訪問しました。目的は、「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会」コーディネーター会議への参加と、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に在住する被爆者の支援について北朝鮮代表団との協議、そして、フィリピンの様々な団体との交流でした。訪問を通して、平和フォーラム・原水禁が果たさなければならない役割が明らかになってきました。
各国で「軍隊慰安婦」問題の謝罪と補償求める決議
「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会」の会議は、日本がアジアを中心とする地域で戦時中に犯した人権侵害に対する謝罪と賠償の実現などを目的に、03年結成されました。今回の会議には、オランダ、インドネシア、中国、中華民国(台湾)、北朝鮮、韓国、フィリピン、日本の市民団体代表が参加しました。
討議の中心は、日本の「軍隊慰安婦」についてです。日本では、昨年の安倍前首相発言や、一部国会議員などによる「ワシントンポスト」への広告の掲載など、「軍隊慰安婦」に対する日本政府の無責任な対応や、基本的認識を踏まえない事態が続きました。そうした事態を憂慮し、日本政府に対して「責任ある謝罪と補償」を求めるため、07年以降、関係国の議会において対日「慰安婦問題」の決議が採択されています。
しかしその一方、日本政府は大使館を通じて、フィリピン政府や議会、議員に対して、決議採択への圧力をかけているということがフィリピンの市民団体から報告されました。会議参加者は、在フィリピン日本大使館に抗議行動を実施するとともに、日本政府に「謝罪と補償」を求めての取り組み強化を確認しました。日本の戦争と戦後責任に対する平和フォーラムの運動展開が求められています。
緊急の支援が必要な北朝鮮被爆者
![]() 元「軍隊慰安婦」による日本大使館前抗議活動(4月・マニラ) |
北朝鮮の被爆者問題について北朝鮮代表団は、07年10月に原水禁代表団が訪朝した時の確認を踏まえて、非核・平和朝鮮被爆者協会による「被爆実態調査」を報告してくれました。今年で被爆63年になろうとしており、被爆者が高齢化し、緊急の支援が求められています。北朝鮮以外の被爆者への支援措置については、当事者や支援団体の長年にわたる闘いによって、不十分ながら充実が図られてきました。しかし北朝鮮の被爆者に対してはなんら支援措置がないのが実情です。
同協会の調査によれば、被爆者は1,911人、そのうち生存者は382人であり、死亡率は約80%です。なお掌握できていない被爆者も多数存在すると報告されています。「被爆者はどこにいても被爆者である」という基本原則からして重大な差別です。さらに、被爆者は生活上・健康上の問題で苦闘していることから、日本政府による緊急な補償措置が必要です。原水禁として、この報告に対して、日本政府への要求活動などを通して応えていかなければなりません。
多くの活動者の暗殺が続くフィリピン
フィリピンのいくつかのNGOや労組との交流も行いました。その中で強調されていたのは「政治的殺人」の深刻さでした。2000年代に入ってからでも、約900人の労働組合や農民組合、平和団体の活動家、野党指導者等が暗殺されたと言われています。
日本でも、右翼による平和団体や労働団体への嫌がらせ、政治家に対する暴力、自衛隊による平和団体への監視活動、共謀罪制定の動きなど、右傾化の波が私たちの周りに迫ってきています。しかしフィリピンの「政治的殺人」は比較にならないほどの深刻さで、民主主義を破壊しています。国際的にも関心が高まり、世界の労働団体、平和団体によるフィリピン政府への抗議・要請の動きも行われるようになっていますが、事態は引き続き深刻です。今後も注目をする必要があります。
環境、開発、世界経済、政治問題をテーマにG8サミットが北海道で開催
NGO・市民が提言や対抗的アクションを展開 |
7月7日〜9日、北海道の洞爺湖のホテルを会場に、日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシアの8ヵ国の首脳及びEUの委員長が参加する首脳会議=G8サミットが開かれます。サミットは、経済・社会問題など国際社会の様々な課題について意見交換を行うとして、毎年各国持ち回りで開催されています。
今年のサミットの主要テーマとしてあげられているのは、地球温暖化などの環境・気候変動、アフリカを中心とした開発問題、世界経済にかかわる諸問題、核の不拡散やテロ対策などの政治問題となっています。また、緊急課題として、世界的な食料需給の不安定を踏まえて、食料の安全保障問題も浮上しています。
温暖化や世界の貧困、核軍縮などを政府に要求
![]() サミットに向けたNGOと政府の対話集会(2月19日・星稜会館) |
サミットに対し、市民団体からはテーマに対する提言や、サミットのあり方そのものに対する異議など、様々な活動が行われています。
このうち、提言活動を中心に活動する「G8サミットNGOフォーラム」では、次のような点を中心に、政府に働きかけるとしています。
環境問題では、日本が率先して、2020年の中期削減目標を掲げて温室効果ガスの排出量を大幅に減らすことや生物多様性保全への配慮を求めています。また、途上国に日本の廃棄物を押し付けることにも反対しています。貧困問題では、国連で2000年に掲げた、2015年までに世界の貧困を半減し、すべての人に保健医療サービスや教育を受ける機会を保障する目標達成に全力をあげることを提起しています。
さらに、人権・平和問題では、今年が世界人権宣言採択から60年であることから、人々の「権利」を尊重する平和な世界のために、具体的な核兵器保有国の核軍縮、紛争予防・平和構築の行動を要求しています。
GOフォーラムでは、これらの政策を日本や各国の政府に提言する活動や、市民がメッセージを書いて政府に送る「100万人のたんざくアクション」のキャンペーン、サミット開催期間中に札幌市内で「市民によるもうひとつのサミット」として位置づけたワークショップやシンポジウムを企画しています。
自由貿易や規制緩和をもたらす先進国主導に異議
一方、サミットで少数の先進国による合意によって世界の政治・経済の動向を決めようとしていることを問題視する「G8サミットを問う連絡会」では、対抗的なアクションを呼び掛けています。特に、G8の政策目標が自由貿易や規制緩和などの「新自由主義」にもとづいているとして、これにより、途上国での貧困や債務問題の深刻化、食料や環境問題の悪化、公共サービスの民営化、非正規などの労働の不安定化、戦争や武力紛争、人権侵害などを引き起こしてきたとしています。
そうした観点を踏まえ、アジアを中心とした各国の市民、農民団体、労組なども参加して、サミット前に札幌市内を中心に、国際連帯行動が予定されています。討論会などのほか、大通り公園を使ったイベント、デモ行進なども予定されています。また、サミットを口実とした、全国的な警備体制の強化、各国からの活動者などの入国に対する規制に対しても、反対する活動が各地で行われます。
平和フォーラムは、こうした各NGOの活動にそれぞれ参加・協力するとともに、独自の取り組みとしては、6月7〜8日の青森でのエネルギー大臣会合に対して、環境を破壊する原発・核燃の危険性を訴える「エネルギーサミット対抗シンポジウム」(6月8日、青森市・青森県民福祉プラザ)を開催します。さらに、自由貿易による食料や環境問題をテーマとして、東京(6月28日予定)と札幌(7月6日予定)でのシンポジウムを計画しています。
また、7月5日に札幌市内で行われる大規模なピース・ウォーク(パレード)も、北海道平和フォーラムと連携して取り組むことにしています
どんどん増える
もんじゅの新たな危険性 原子力発電に反対する福井県民会議 小木曽 美和子
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安全審査の想定事故を次々と覆した95年の福井県敦賀市の「もんじゅナトリウム火災事故」から12年半がたちました。重大事故をささいなトラブルに見せかけるため、ビデオを改ざんした動力炉・核燃料開発事業団(動燃)は、「嘘つき動燃」のレッテルをはがすために核燃料サイクル研究開発機構、原子力研究開発機構と名を変えたものの、閉鎖的で情報秘匿の組織体質は事故前と一向に変わらず、機器の異常続出で施工管理能力も問われ、運転に暗雲が立ち込めてきました。
これでは事故が繰り返される─機器の誤作動続く
「もんじゅ」は昨年5月に改造工事を終えて、プラントの安全性確認に入っています。改造工事の中心は、ナトリウムが漏れて火災になる事故を2度と起こさない対策です。しかし漏れを早期に発見して警報を鳴らす検知器の異常は、昨年8月から連続して起きました。いずれも東芝の製造ミスが原因でした。
さらに今年1月には昨年末に交換したばかりの蒸気発生器室の検出器11基が誤警報を発し、3月には配管室の検出器が深夜に誤作動し、そのうえ自治体や消防署への通報が遅れました。1次系の通報マニュアルはなく、誤報かどうかの確認を優先させた結果でした。
誤報の原因の検出器の取り付け位置がずれたり、留め金がゆるんで先端部が変形するなど施工ミスは20台以上見つかっています。原子力安全・保安院は全検出器611基の施工状況点検計画を指示し、組織体質を問題視して4月19日から特別保安検査に入りました。
98年3月、旧動燃は「もんじゅ」安全性総点検結果をまとめ、国も原子力安全委員会もこれを了承して再開への手続きを進めてきました。しかし、今回の施工ミスが見落とされ通報が大幅に遅れた事態について、同委員会の鈴木篤之委員長は、「95年の事故の背景には情報隠蔽体質があった。情報公開はいまだ十分改善されていない」と、その組織体質を痛烈に批判しています。使用前検査以前の段階での製造ミスや施工ミスがどれほど潜んでいるのか、まったくわかりません。
長期停止した配管のナトリウム腐食─検査不十分
こうした建設施工段階のミスに加えて、13年の長期にわたって停止してきた「もんじゅ」の健全性が果たして確保できるのかこそが問題です。原子力機構と私たちとの公開討論会で明らかになったことは、2次系冷却系配管内のナトリウムが残留している可能性です。残留していれば、配管は腐食し、健全性は維持できません。機構が調査したのは配管切り口の近くだけで、ほんの一部に過ぎません。公開した写真ではドレン配管にはナトリウムが残留していました。
伝熱管が破損すると水とナトリウムが直接ぶつかり、水素爆発が起きます。その危険があるらせん状の蒸気発生器伝熱管の傷や減肉の検査はECT(渦電流探傷検査装置)に頼っています。しかしECTでは亀裂や穴あきは検出できません。
再開すれば重大事故が待っている
![]() 「もんじゅ」へのプルトニウム輸送のトラック (5月15日・都内) |
原子力機構は3月31日に国に提出した耐震見直し最終報告書で、「もんじゅ」直下に活断層が走っていることを初めて認めました。これを20年に及ぶ「もんじゅ訴訟」の中で、原告が主張し、国は否認してきました。新たに認定した「白木―丹生活断層」は「もんじゅ」の直下5キロを通り、長さ18キロ、マグニチュード6.9の地震を引き起こす恐れがあります。直下1キロには別の活断層が走っていることも確認されました。
もんじゅの燃料は、6年前から炉心に装荷されているプルトニウム241が減り、アメリシウム241がたまって臨界にならない状態になっています。そこで装荷している古い燃料の一部を保管燃料と交換するため、5月15〜16日にかけて東海村から敦賀市白木へ第1回プルトニウム輸送が行われました。
アメリシウムの多い燃料の使用実績は世界的に乏しく、ましてや大量に使用した例はありません。照射試験もしないで、いきなり本番で大量に燃やす実験をすることになり、何が起こるか心配です。
高速増殖炉もんじゅが、軽水炉とは格段に違う超危険な構造の原子炉であることは変わりません。長期間停止の後に、それを運転することは、さらにこうした危険がふえるということであり、再開を絶対に許してはなりません。
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アメリカとインドの原子力協力を許すな
相次ぐ国際会議─核軍縮へ日本の姿勢が重要に |
5月19日からベルリンで開催される原子力供給国グループ(NSG)の会議では、核不拡散条約(NPT)の根幹をないがしろにして、NPTに加盟していないインドに対して原子力協力ができるようNPTの原則に例外を設ける話し合いがされる可能性があります。1974年のインド核実験に衝撃を受けた米国が、原子力技術・物質輸出国に働きかけ設立したNSGは、1977年に輸出規制の対象となる品目リストと規制方針のガイドラインを定めています。また、92年に包括的保障措置を輸出の条件として決定、これらがNPTに関して規制を具体化させている国際的枠組みです。
NSGには現在45ヵ国が加盟し、今回の会議でドイツが議長国になり、日本は事務局として重要な役割を果たしています。
各地で意見書採択続く─消極的な外相の姿勢
この会議を前に国会では、NSG会議での日本の姿勢について、参議院外交防衛委員会で犬塚直史議員(民主党)が高村正彦外務大臣に質問しました。昨年6月14日の同委員会で犬塚議員の「(米印原子力協力について)注意深く検討するという日本の立場は、懸念を表明しているということとは違うのか?」という質問に、麻生太郎外務大臣(当時)は「懸念を表明しているという意味だ」と返答しました。ところが今回、高村外相は消極的姿勢を示し、「国際的な核軍縮核不拡散体制の維持強化に支障のないように積極的に議論に参加していく」と紋切り型の返答に終始しました。
いまこそ日本独自の核軍縮への明確な姿勢が求められている時です。政府への要請を地方議会からあげていく動きは続いており、福岡県の直方市議会の3月定例会で「アジアの核軍拡競争を防ぐため、原子力供給国グループでの慎重な対応を求める意見書」が可決されました。原水禁では、現在までに28自治体で同様の意見書採択を確認しています。
NPTの準備会合でも懸念する声が高まる
![]() インドが5月7日に実験成功と発表したアグニVミサイル。 1.5t搭載で3000kmの飛距離と核兵器の積載能力を持つ(AFP) |
2010年の核不拡散条約(NPT)の再検討会議に向けた第二回準備会合が直前にジュネーブで開催され、作業文書として扱われる議長要約文書にも、NPT条約の普遍性や、インド、イスラエルおよびパキスタンに対して非核保有国としてNPTに参加し、包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟するよう要求することが盛り込まれました。また、多国間交渉による合意のみが「軍縮、不拡散および国際的安全保障問題の多様性に対処する唯一の持続可能な方法」と強調されています。
このNPT準備会合の場で、昨年同様、米印原子力協定に関するセミナーが開催され、インド、パキスタンはもちろん南アフリカやエジプトなど各国政府の外交官を含め多くの参加者を集めました。セミナーでは国連軍縮問題担当の事務次長だったジャヤンタ・ダナパラさんや、広島、長崎の両市長など、世界中から、核廃絶・核不拡散の著名な専門家を含む130以上の個人と団体が賛同署名した、「米国とインドの原子力協力関係をただす国際書簡」に焦点が当てられました。
各国のNGOも活発に働きかけ
このNPT準備会合には、世界のNGOも多く関与しています。その活動によって各作業文書、レポート、NGO文書などが明らかにされ、ウェブサイトで見ることが出来ます。特に、木のブロック(原水禁でも例年取り組み)で国際法を守る壁を2005年のNPT会議の時にニューヨークに作ったドイツの若者中心のグループである「国際法キャンペーン」による「NPTwebcast」サイト(http://npt-webcast.info/)では、核燃料サイクル、イランの核開発、米印原子力協力、CTBTなどの問題について、政府代表や専門家のインタビュー(英語)を多数見ることが出来ます。
NSGの会議にむけ、国内/国際的な動きが注目されます。詳しくは原水禁サイトをご覧ください。
シリア─北朝鮮─イラン
核開発をめぐるブッシュ政権の動き |
シリアに本当に核施設はあったのか?
昨年9月6日、イスラエルがシリア東部を空爆しましたが、どのような施設を爆撃したのかなどは一切明らかにしてきませんでした。ところが4月24日、米・ブッシュ政権が、イスラエルが爆撃した施設は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の支援によって建設中の原子炉施設だったと発表しました。
発表は米情報当局の報告書類を記者団に公表する形で行われ、報告書には「シリアが東部砂漠地域でプルトニウムを生産できる原子炉を建設していた。この原子炉は北朝鮮の実験用黒鉛減速炉に酷似していて、北朝鮮が支援していたことが確信できる」とし、イスラエルが空爆する前の画像も公開しました。たしかに画像はヨンピョンの実験用黒鉛減速炉にそっくりです。
しかし、この画像がどのようにして撮影されたかは明らかでありません。シリアの原子炉らしいとされる写真は、昨年10月23日に、米科学国際安全保障協会のディビット・オルブライトによって、初めて公開され、オルブライトは「建物は建造中の原子炉を内包している可能性がある」と指摘しました。この写真は米国の民間衛星企業・デジタルグローブ社が8月10日に撮影したものです。
しかし、オルブライトの発言や衛星写真について、国際原子力機関(IAEA)の多くの核専門家が、衛星写真を詳しく分析した結果、その建造物が核関連施設だったとは考えにくいと疑問を呈していることなどを米国のジャーナリスト、シーモア・ハーシュが詳細な記事にしています(雑誌「世界」5月号「真夜中の攻撃作戦」)。
ブッシュ政権はなぜこの時期に発表したのでしょうか。
「テロ支援国家」指定解除に抵抗する保守派
現在、6ヵ国協議の合意に基づいて、北朝鮮自身による「核施設無能力化」の作業が進んでいて、問題は北朝鮮による「すべての核計画の申告」に移っています。
「すべての核計画申告」は、1.北朝鮮の抽出したプルトニウムの量はどれくらいか、2.北朝鮮は高濃縮ウラン(HEU)製造計画を持っていたか、3.北朝鮮はシリアの核開発に協力しているのではないか──の3点に絞られています。
4月8日、シンガポールでアメリカのヒル国務次官補と北朝鮮の金桂寛外務次官が会合し、大きな前進があったと伝えられました。内容は非公開ですが、1.については原子炉の稼働記録の提出を求め、2.と3.については米国の主張を北朝鮮が間接的に認める、という曖昧な形で決着を計ることで合意したといわれます。
しかし、このような曖昧な形で北朝鮮の核問題が決着し、「テロ支援国家」指定が解除されることは問題だとする、米国・保守派議員たちが巻き返し、4月24日に米議会秘密公聴会が開かれました。その後に、前述の情報当局の報告書が公開されたのですが、ブッシュ大統領には別の思惑が存在しているようです。
ブッシュ大統領の狙いはイラン攻撃
4月24日の発表とは関係なく、米国務省が4月30日に公表した「07年の世界のテロ活動に関する年次報告書」で、「テロ支援国家」に指定している北朝鮮を非核化の進展に応じて指定を解除すると明記しました。
5月10日には米国務省のソン・キム朝鮮部長らの北朝鮮実務者チームが、北朝鮮から提出された原子炉、再処理施設の稼働記録を持って帰国しました。北朝鮮の非核化に向けての作業は着実に進み、米国による「テロ支援国家」指定の解除は時間の問題ともいえます。
一方、ブッシュ大統領は4月24日の発表について「核開発を進めるイランに対して核拡散がいかに中東を不安定化させるかとのメッセージを伝えたかった」と、29日の記者会見で語っています。
米・CIAなどは07年12月3日に、「イランは03年秋から核兵器計画を停止している」などとした機密報告書の結論部分を公表しましたが、ブッシュ大統領は1月にも、イランを「世界第一のテロ支援国家」と非難し、イラン包囲網構築を呼びかけました。
3月末、イラン空爆に強く反対していた中東地域統括の米中央軍・ファロン司令官が辞任しました。後任のペトレイアス司令官は、4月8日の米議会でのイラク戦争公聴会で、「イラン革命防衛隊の精鋭『コッズ部隊』は……イラクの『特別グループ』に軍資金を与え、武器を供給し、軍事訓練をほどこし、作戦の指図をしている」と証言しました。
イランの核開発阻止、イラクの安定という名目で、米軍、あるいはイスラエルのイラン空爆が現実のものとなる危険は高まっています。アメリカの大統領選を控えて、イラン制裁論も高まってきています。
夏の残像─ナガサキの8月9日
西岡 由香 著
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1945年8月、ヒロシマとナガサキ。原子爆弾の種類や被害の状況等に違いはあっても、そのおぞましさと悲惨さに差異はありません。しかし私自身、広島県のとなり山口県で生まれ育ったせいもあるのか、原爆の話といえば広島が中心で、書籍の類も広島に関するものを目にすることのほうが多かったように思います。本書はそんな私にとっては珍しい、長崎の原爆を扱ったもので、事実に基づいたフィクションのマンガ短編集です。
主人公の東京の高校生カナが、長崎に住む被爆者の祖母を訪ね、一緒にアメリカや韓国を回り、被爆者たちと出会い、原爆の恐ろしさを学んでいくという5つの短編で構成されています。著者の西岡由香さんは長崎市で生まれ育ち、ご自身は体験のない世代であっても、自然に幼い頃から原爆や平和に関することを耳にして育ったといいます。
やさしい絵のタッチに反し、それぞれのテーマは大変重いものです。中でも「アジアンリバー」は長崎で被爆した韓国人のことを扱った作品で、原爆投下という非常時でさえも露見する民族差別の感情や、なぜ当時、多くの韓国人を始めとする外国人が長崎に(日本に)住んでいたのかなど、被害者としての立場だけに留まらない日本人の問題に触れる作品となっています。
カナが韓国人被爆者の孫である青年に「韓国の人も原爆に遭ったんですね…」と話しかけて、「そんなことも知らないの?」と言われて気まずい空気が流れる場面は、両国の温度差を物語るやり取りのようです。現在は祖国に住みながら、長崎弁で被爆体験を語る韓国人被爆者の姿は胸に迫ります。
マンガということで手に取りやすく、短い解説も付いているので、特に若い人たちが原爆について考えるには格好の入門書といえるでしょう。
光州 5.18(07年韓国)
キム・ジフン監督
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2年前に韓国の光州を訪れたことがあります。20数年前、あの悲劇的な「光州事件」(韓国では「光州民衆抗争」と呼ばれる)が起きたことを伝えるのは、最後の攻防戦となった全羅道の道庁くらいしか残されていません。
その1980年5月18日から27日までの10日間を商業映画としては初めて映画化したとして話題になっているのが「光州5.18」です。原題は、この事件を引き起こした戒厳軍の作戦名である「華麗なる休暇」。その名とは裏腹に、韓国現代史上でも最も悲惨な結末を迎えることになりました。
映画は、戒厳軍と民主化を求める学生との衝突から、やがて市民全体が武器をとって立ち上がり、戦場のような事態へと発展する中で、兄弟愛や恋愛、「光州共和国」と呼ばれる市民の連帯が描かれています。派手な銃撃戦や悲劇を強調する描写も多くなっていますが、一部誇張した点はあるものの、実際に起こったことを基にしているだけに、胸に迫るものがあります。
韓国では戦後、民主化を求める学生や労働者の闘いが一貫して続いてきましたが、南北分断の中で、軍事政権による弾圧もまた激しいものがありました。特に、長年権力を握ってきたパク・チョンヒ大統領は、政敵のキム・デジュンの出身地であった全羅道(韓国南西部)への圧政を強めてきました。
そのパク・チョンヒが1979年10月に暗殺されると、チョン・ドゥファンらの軍部がクーデターで実権を掌握。これに反対する学生らが80年5月から全国で民主化要求デモを展開しました。特に光州では、キム・デジュンが拘束されるという事態も重なり、とりわけ激しさを増しました。そこに、全国から投入された2万人の戒厳軍による無差別殺傷が行われます。
光州抗争は、結局、軍隊によって踏みにじられ、その後の軍事政権下で沈黙を強いられますが、生き延びた者は「光州」の遺志を引き継ぎ、虐殺の真相糾明と責任を追及する民主化運動に飛び込んでいきました。その結果、87年の「民社化宣言」を勝ち取り、95年にはチョン・ドゥファンらが裁かれ、97年のキム・デジュン大統領誕生に至ります。光州道庁前の石碑には、こうした民主化闘争の「第1番地」であると刻まれています。今も、ミャンマーなど各地で、民主化を求める人々の闘いは続いています。その原点とも言える光州をどう伝えていくかが問われています。
日本の戦争責任と戦後補償をめぐる各国の動きと日本
戦後補償ネットワーク世話人代表 有光 健
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明確な謝罪と国家補償を回避する日本政府
「慰安婦」問題や、朝鮮人・中国人強制連行など日本の戦争責任・戦後補償をめぐる問題について、アジア各国で被害者が名乗り出て、日本の裁判所に次々提訴したのは1990年代の初めでした。提訴された事件は70件を越えましたが、すでに大半が最高裁で敗訴が確定しています。
「慰安婦」に関しては93年に河野洋平内閣官房長官(当時)が国の関与を認め、「お詫びと反省」を表明しました。そして、95年に「女性のためのアジア平和国民基金」を設立して、一部の被害女性に国民から募金で集めた「償い金」と医療福祉支援金を支給しました。しかし、明確な謝罪と国家補償を回避した措置とみられ、内外で反対・批判にさらされ、結局、韓国・台湾・フィリピン・オランダの被害者の一部に支給しただけで、昨年3月に基金は解散しました。
これらの措置では不十分であることを2002年以降、台湾の国会に当たる立法院、韓国国会、フィリピン下院外交委員会などが決議で指摘し、改めて国の謝罪と個人補償を求めてきました。日本の裁判所での原告敗訴が続く中、さらに昨年の安倍前首相の強制連行を否定するような発言などが波紋を呼んで、米国議会下院でも昨年7月に、オランダとカナダの下院で11月に、そして12月には欧州議会で、日本の「慰安婦」問題についての勧告決議が採択されました(これらの決議内容は岩波書店の「世界」6月号に掲載されています)。
国際的に広がる「慰安婦」問題での決議
![]() インタビューに答える元「慰安婦」の女性達(4月・マニラ) |
米下院決議は話題を呼びましたが、他の国の議会決議、とくにアジアの被害国議会の決議はほとんどこれまで日本のメディアで報じられてきませんでした。しかし、被害者を抱える国の議会だけでなく、直接当事者のいない国の議会へと決議が波及し、広がってきたことは、深刻な人権問題として、未解決の日本の「慰安婦」問題に国際的な憂慮が拡大してきていることを意味します。
国際労働機関(ILO)の専門家委員会は96年から毎年、日本政府に改善を促し、国連人権委員会なども90年代半ばから勧告を繰り返してきています。5月にジュネーブで開催された国連人権理事会の日本の人権状況の定期審査でも「慰安婦」問題についての指摘が4ヵ国の代表からありました。
与野党逆転で日本の国会でも焦点に
日本政府は一貫してこれらの指摘や勧告を無視し続けてきましたが、国会には2000年から「慰安婦」問題の解決をめざした「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」が民主・社民・共産の3野党共同で参議院に繰り返し提出されてきています。当初、実現の可能性が低いとみられていたこの法案も、昨年の参議院の与野党逆転によって、急速に参議院での可決の可能性が高まってきました。立法府で正面から「慰安婦」問題を解決する取り組みが重ねられてきていることは90年代とは異なる大きな進展です。
強制連行問題でも、昨年4月に最高裁が72年の日中共同声明で決着済みとして、強制連行被害者の訴えを退け、裁判所での解決の可能性は封じられました。改めて2000年にドイツが実現したような、政府と企業が協力して折半で出資して強制連行・強制労働被害者のための補償基金を創設するような政治解決の道が模索されていますが、日本政府が頑なに責任回避を図り、対応しないため、困難に直面しています。こちらも政権交代がない限り、被害者が納得できる解決にはつながらないのではないかとの見方が広がっています。
日本のシベリア抑留者や原爆・空襲被害者も含めて、各国の被害者は70歳から80歳代に達し、解決のために残された時間が本当に少なくなってきました。今年は、戦時下での文民の保護をうたい、個人の請求権を認めた1907年のハーグ条約から101年です。10月初めにオランダのハーグに各国の被害者や支援者・研究者らが集まって国際集会を開催する予定です。
政権の代わった韓国・台湾、厳しい状況の続く中国・北朝鮮、フィリピンやインドネシア、東チモール、オランダ、英国、米国などでも被害者・支援者・議会関係者らが日本の動きを注視しています。
ナビ 新しい枠組みをつくりあげる時代、決意を新たに
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4月下旬から5月にかけて、平和フォーラム・原水爆禁止日本国民会議は、多くの取り組みを行いました。4月19〜20日のアースデイへの出展、25日には朝鮮民主主義人民共和国に在住する被爆者の実態調査報告の記者会見、続いて、平和フォーラム総会と原水禁全国委員会の開催、26日の連合メーデーへの参加、5月3日は憲法記念日集会、4日〜6日は幕張メッセでの「9条世界会議」、11日は原子力空母母港化反対での横須賀集会、14日はその母港化問題での署名の提出、そして15日からの沖縄平和行進と続きました。
総会と全国委員会では、「古い枠組みが崩壊し、新しい枠組みの形成をめざしての過渡期の時代を迎えている」「こうした事態を認識し、新しい枠組み形成の一翼を担う」と基調で決定し、さらに当面の最大の重点課題として「原子力空母横須賀母港化阻止」の闘いを決定しました。また一連の憲法理念を実現する諸行動の中で、「9条の条文の改悪に反対する取り組みとともに、米軍再編成など実質な改憲と闘おう」と意思統一を行いました。新しい年度の出発です。決意を新たにしよう。
福田内閣はただちに退陣を
福田内閣は、「米軍への給油支援特措法」、「ガソリン税などの税制関連法」に続き、5月13日に「改正道路整備財源特例法」を衆議院本会議で、野党の反対行動を押し切って、与党3分の2以上の賛成で、再可決成立させました。福田内閣の悪政は、これだけにはとどまらず、国民生活全体を揺るがせ、生活の深刻化と不安をつくりだしています。年金・医療など社会保障制度の課題の深刻化、官僚体制の金属疲労、非正規労働者の拡大、低所得層の拡大、毎年の自殺者は3万人を超え、物価の高騰が続くなどなどです。
マスコミによる世論調査では、福田内閣に対する支持率は軒並み低下を続け、支持率は10%台、不支持率は60%を超えています。政権交代を国民は明確に求めていることは明らかです。私たちは、政権担当能力のない福田自公政権にこれ以上政権を任せ続けるわけにはいきません。
野党に奮闘してほしい。参議院で与野党が逆転して9ヵ月を経過しようとしています。もう一度、福田政権打倒に向け戦略を構築してほしいものです。国会終盤に向け、福田政権のさらなる自壊を待つのも一つの戦略かもしれません。しかし福田自公政権の崩壊に日本社会の崩壊が引っ張られてはたまりません。野党を支援して私たちももう一度決意を。