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検定意見の撤回と「沖縄戦条項」の創設を求める声明

2007年12月28日

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フォーラム平和・人権・環境事務局長 福山真劫

 沖縄戦「集団自決」への日本軍による「強制」の存否が問われた教科書検定問題に対して、平和フォーラムは、一貫して文部科学省自身が「検定意見」を撤回するように求めてきた。しかし、文部科学省は、教科書会社・執筆者側からの「訂正申請」に応じるという形でこの問題に終止符を打とうとしている。

 このような、文部科学省の責任を回避する姿勢は許すことができない。

 日本軍の関与は認めたが、集団自決を日本軍が「強制」した事実はないというのが、今回の「訂正申請」における文部科学省の立場であった。しかし、自決用の手榴弾を日本軍から配られたとする沖縄住民の記憶を消すことはできない。そのことが、日本軍の「強制」でないとしたら何であるのか。

 教科書は国民のものであるべきである。沖縄戦における「日本軍」をどのようにとらえ未来をつくる子どもたちに伝えていくかが、今回の問題の本質である。「いったん戦争が起これば決して軍隊は住民の命を守らない」と言うことが、沖縄の地上戦をくぐり抜けたほとんどの住民の偽らざる思いなのである。そのことを、呻吟することなく最後まで日本軍の「強制」を認めなかった文部科学省の姿勢には、国民との大きな隔たりがある。その意味で、教科書検定制度が国民のものになっていない。沖縄住民の大きな不満もそこにあったのである。

 文部科学省は、今春「検定意見」において、集団自決に関する日本軍が関与した事実すべてを削除させた。その段階と、今回の「訂正申請」の間の大きな隔たりをどのように説明するのか。このことは、今春の「検定意見」およびその審議が誤ったものであることを端的に示している。私たちは、文部科学省が誤った「検定意見」を付し社会を混乱させた自らの責任を明確にしない姿勢こそ大きな問題であり、文部科学省自身が今春の段階に戻り、まず「検定意見」を撤回した後、沖縄戦に関する記述はどうすればいいのか議論すべきであったと考える。

 私たちは、今回の教科書問題にあたって、多くの疑問や反対意見が出された教育基本法の改悪を思い起こす。政府・与党は、衆議院における圧倒的多数をもって、国民の問いに何一つ答えることなく「愛国心」を法に規定した。当時の安倍晋三首相は、「戦後レジュームの脱却」を標榜して、復古的な教育政策を推し進めた。今回突然の「検定意見」も、そのような政治の流れに乗ったものと考えられて不思議はない。教科書検定制度が、密室の議論の中で行われ、国民から極めて政治的であるとの疑念を抱かせたことは否めない。今後、教科書検定制度のあり方そのものの議論も必要となっている。

 私たちは、沖縄戦体験者が高齢化し、その記憶が薄れつつある現在、文部科学省は自身の責任を明確にし、「検定意見」を撤回するとともに、教科書検定において、沖縄住民の思いに配慮し沖縄戦の歴史事実に基づいた記述を明確にする「沖縄戦条項」を創設することを強く要請する。

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