2026年、平和軍縮時評
2026年10月31日
安保三文書の見直しと2027年度防衛予算概算要求
木元茂夫
1.はじめに
現行の安保三文書(「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」)は、2022年12月、岸田内閣によって閣議決定された。同内閣は2024年2月19日、「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」を発足させ7回の会合を経て、2025年9月17日に報告書が提出された(注1)。報告書は、「提言①」として「防衛力抜本的強化の7本柱の推進と戦略装備の導入による抑止力・対処力の一層の強化」を提案した。「7本柱」とは、反撃能力の整備を引き続き進める、長期戦に堪えうる継戦能力を備える、無人アセットの本格的導入、VLS(垂直発射装置)搭載潜水艦、太平洋側における防衛態勢構築に資する防衛装備、宇宙の安定的な利用、産業界が設備投資をしやすくするための適切なインセンティブをあたえる、である。
潜水艦については、「次世代の動力を活用することの検討も含め、必要な研究を進め、技術開発を行っていくべきである」とあり、原子力潜水艦の建造を進めることを意味する、として大きく報道された。VLSを搭載すると船体は現在の3000トンよりも大型になり、魚雷やミサイルの搭載数は増大し、長射程の大型ミサイルの搭載も可能になる。
2025年10月、退陣した石破内閣に続いて高市内閣が成立した。「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。‐‐‐そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケース」と答弁し、中国との関係は一気に悪化した。2026年2月20日、高市首相は施政方針演説で、「国家安全保障戦略をはじめとする「三文書」の策定以降、新しい戦い方の顕在化、長期戦への備えの必要性など、安全保障環境の変化が様々な分野で加速度的に生じています。我が国として、主体的に防衛力の抜本的強化を進めることが必要です。このため、本年中に三文書を前倒しで改定します」と述べた。
安保三文書の見直しに向けて、自民党は6月9日、「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言∸安全保障調査会提言」(注2)を発表、日本維新の会は6月17日、「「危機の 30 年」時代の国家安全保障戦略」を発表した(注3)。そして、防衛省は8月31日、2027年度防衛予算の概算要求を発表した。
本稿では、自民党の「提言」を概観し、日本維新の会の「戦略」にも触れ、概算要求を分析していく。
2.自民党安全保障調査会の「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」
「提言」は船舶保険について言及している。「我が国は四面を海に囲まれた海洋国家で、貿易量の99%以上を海上輸送に依存している中、船舶保険なども含めて、様々な物資を輸送する民間企業が有事に際して直面する課題も顕在化している」と指摘した。
戦争がもたらす経済的な影響に言及したのは、2月28日にトランプ政権が引き起こしたイラン戦争によって、船舶保険運賃は上昇、あるいは保険引受拒否という事態が発生していることを無視できなくなったからであろう。
東京海上日動火災保険は「船舶戦争保険」について次のように説明する。「紛争地域の戦争危険は日々変動するため、除外水域航行にあたっては航行スケジュールに基づき、その時々の情勢に応じた割増保険料を都度ご提示申し上げます」(注4)。ロイター通信は「一部戦争保険業者、船舶攻撃受けホルムズ航行停止を助言」という見出しで、「戦争リスク保険は通常7日間単位で提供され、24─48時間ごとに見直されるため、わずかな上昇でも1日当たり数十万ドルの追加コストにつながるという」と事態の深刻さを報じている(注5)。
中東で起きている戦争・紛争を、東アジアで起こした場合、日本経済が被る被害は膨大なものとなろう。そうした事態を引き起こさせない、対話と外交こそ問われているのに、「提言」には軍事協力の強化ばかりが書かれている。
3.中国認識の変更 「提言」と「国家安全保障戦略」
「提言」は中国の動向を厳しく評価する。「中国軍は我が国南西諸島周辺における活動を恒常化させ、「第二列島線」に至る西太平洋の広大な海域における運用能力を向上させている。これは、いわゆる「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」能力を確立し、米国の前方展開能力と地域における軍事的優位性を相対化していく試みが進捗しているものと考えられる。さらに、中国は、東シナ海・南シナ海において力又は威圧による一方的な現状変更の試みを執拗に継続し、例えば、過去数年間、台湾を取り囲むような威圧的な大規模演習を行い、能力を誇示するとともに、実際の作戦要領の演練を実施しているとみられる」
「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」とは米軍が中国軍の動向を分析して名付けたもので、中国自身の呼称ではない。また、中国軍の分析としてはあまり正確とは言えない。中国と台湾の間の台湾海峡では、米軍や自衛隊の艦艇が何度通過しても、中国軍が偵察、追尾こそ何度も行っているが、阻止行動を仕掛けたことは一度もない。「実際の作戦要領の演練」をしているのは、むしろ、日米の側ではないのか。2026年10月に実施したキーン・ソード演習について、米海軍は「第12海兵沿岸連隊と陸上自衛隊西部方面隊は、日本の南西諸島全域で同期した遠征前進基地作戦(EABO)を実施しています」(注6)と率直に認めている。
2022年閣議決定された「国家安全保障戦略」には、「経済、人的交流等の分野において日中双方の利益となる形 での協力は可能であり、我が国経済の発展と経済安全保障に資する形 で、中国との適切な経済関係を構築しつつ、両国の人的交流を再活性化していく」とあるが、「提言」にはこうした文言は見当たらない。これが高市内閣の対中国認識ということになるのだろうか。中国との関係を軍事的な対決のみで捉えるのは、危険というしかない。
4.武器輸出と経済安保の拡大
安保三文書の改訂を待たずして、段階的に施行に踏み込んでいるのが、武器輸出と経済安保の分野である。「提言」は、「FOIPの下での自律性・強靭性を高める取組は、安全保障分野においても進めていくことが必要であり、地域の平和と安定のための連携を拡大するため、グローバル・サウスを含む幅広い国々を安全保障上のパートナーと位置付け、安全保障・経済安全保障に資するODA・OSA双方の規模を拡大しつつ外交ツールとして強化し、さらに新設されるOESAや防衛装備移転などと有機的に組み合わせ、国・地域のニーズを踏まえた戦略を検討することが重要である」と主張している。
FOIPとは「自由で開かれたインド太平洋」の略であるが、そもそもインド太平洋の現状は、不自由で閉ざされたものであるだろうか。中国の行動の一部には威圧的なものもあるが、中国はASEAN諸国との協議にも熱心である。米国は2021年9月に米英豪の軍事同盟オーカスを結成し、英国の空母クイーン・エリザベスを横須賀に寄港させ、東シナ海、南シナ海で連続的な軍事演習を繰り広げた。中国はロシアと合同艦隊を編成し日本列島を一周させた。以降、米国と日本、中国とロシアはこの海空域で軍事演習を積重ねている。米国流の軍事力を集中して中国軍の行動を牽制しようとするやり方に、日本は次第次第に同調の度合いを高めている。
フィリピンへの警戒監視レーダーの輸出、高性能の巡視船のODAによる供与を行ってきた。外務省のホームページには「フィリピン沿岸警備隊海上安全対応能力強化計画 」(注7)と明記されている。
高市内閣は4月21日、これまで「5類型」(救難、輸送、警戒、監視、掃海)に限るとしてきた武器輸出の制限を撤廃し、殺傷能力のある127ミリ砲やミサイルを搭載した護衛艦の輸出が可能になった。
「あぶくま」型護衛艦のフィリピンへの輸出ないし譲渡が検討されている。1988年から1993年にかけて6隻が建造された小型の護衛艦である。2026年7月に小泉防衛相とフィリピンのテオドロ防衛相の間で、「退役後、フィリピンに移転する方向で協議」と報道されているが、建造後40年近い老朽艦である。メンテナンスはどうするのか、修理費用の負担はどうするのか、詳細は決定されていないようである。
高市内閣は続いて4月27日、「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」を新たに発足させた。この日の会合に、内閣官房安全保障局が提出した資料には、「中露の軍事連携の強化」という分析とともに、「経済安全保障分野をめぐる3つの新たな潮流」として、①国際経済秩序の動揺と自国優先主義の先鋭化、②大国間の技術開発競争激化に伴う科学技術・イノベーションと安全保障の融合、③特定国によるサプライチェーン支配の深刻化を指摘している。6月10日に、経済安全保障推進法の改訂案、正式には、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律及び株式会社国際協力銀行法の一部を改正する法律案」が成立した。
新設されたOESA(Overseas Economic Security Arrangement)は、日本語で言うと「経済安保海外事業促進制度」で、経済安全保障推進法、正式には「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」に追加された。これは、9月18日から施行された。内閣府の資料には「外航船の燃料補給拠点」、「衛星通信システムの地上設備」などが実例としてあげられている。これは、純然たる民間施設を想定しているのか、軍民共用施設も含むのか、定義は曖昧である。(注8)
5.2027年度防衛予算概算要求の特徴
「提言」は、防衛力強化の方向性を7点に整理した。①ネットワーク連接やAIを活用した迅速な意思決定の確保、②無人アセットの大量運用と用途の拡大、③スタンド・オフ防衛能力・反撃能力の更なる強化、④複合的な攻撃に対する防空能力の構築、⑤宇宙・サイバー・電磁波領域を含めた全領域での統合作戦能力、⑥太平洋・シーレーン防衛の強化、⑦継戦能力の維持強化 輸送力の強化、人的基盤・衛生機能強化による継戦能力強化、装備品の生産・維持整備、である。
防衛省が8月31日に発表した『防衛力の変革に向けた予算 令和9年度概算要求の概要』には、「提言」の主張を色濃く反映したものとなった。(注9)
①「新しい戦い方」への対応-1としてAIをあげ、「自衛隊の統合作戦を支えるため、データを迅速に統合・分析し、目標の選定及び現況の可視化を通じて意思決定の優勢を確保する」としている。
2として無人アセットをあげ、「人的損耗を局限しコスト優位を実現」としている。「人的損耗」と「コスト優位」をならべる発想には強い違和感を覚える。さらに、「世界一無人アセットを駆使する組織への変革を目指す」と大見えを切っている。しかし、概算要求で提示したのは以下のとおりであり、ほとんどが「+事項要求」(予算金額を明示した上で「+事項要求」として、増額する可能性があることを示している。予算金額を明記しないものは、単に「事項要求」としている)となっている。安保三文書の正式決定をまって最終調整を行うということのようだ。
3としてスタンド・オフをあげる。「侵攻する艦艇等を早期・遠方で食い止めることを可能にするとともに、相手国への反撃にも活用」とする。
これまで、「相手国への反撃にも活用」という専守防衛を正面から否定するような言い方は使われたことはない。
『令和5年度防衛白書』は、「島嶼部を含むわが国に対する侵攻に対しては、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除するとともに、領域を横断して優越を獲得し、宇宙・サイバー・電磁波の領域及び陸・海・空の領域における能力を有機的に融合した領域横断作戦を実施し、非対称な優越を確保し、侵攻戦力を阻止・排除する。そして、粘り強く活動し続けて、相手の侵攻意図を断念させる」という慎重な言い回しが使用されていた。高市政権発足後の『令和8年度防衛白書』では、「スタンド・オフ防衛能力は反撃能力にも活用されるものである」という言い方になった。
2025年度末から配備のはじまった25式地対艦誘導弾に1575億円、これから配備する極超音速誘導弾に1673億円の予算が付いた。そして、すべてに「+事項要求」あるいは「事項要求」がついている。
2025年8月の概算要求発表の時点では、長射程ミサイルをどこに配備するのかが発表されたが、今年はなかった。反対運動を警戒して発表しなかったのか、それとも決めきれなかったのか、いずれにせよ防衛省の姿勢は、「丁寧に説明して、住民の理解を求める」ものとはかけ離れている。
陸海空の従来の装備品について、主な予算をあげておく。
潜水艦には「VLS搭載」と明記されず、予算額も提示されなかった。これは自民党と日本維新の会との間で、あるいは自民党の内部でも潜水艦について合意に達していないことのあらわれだろう。
日本維新の会は以下のように、中国に対して自民党よりも強硬な認識を提示している。
「中国は昨今、我が国への領海侵入及び領空侵犯を繰り返し、軍事活動を活発化さ せており、我が国の安全に深刻な影響を及ぼし得る状況にある。このような中国の活動は、東シナ海のみならず、南シナ海、太平洋及びインド洋にわたって拡大しており、自由で開かれた国際秩序を志向する国々への深刻な脅威となっている。加えて中国は、核軍拡に伴う強大な戦略抑止力の体系を構築しつつある。大陸間弾道ミ サイル(ICBM)サイロを大幅に増強していることに加え、核弾頭数を急増させている。」
さらに、「我が国の潜水艦隊は、第一列島線(日本海~東シナ海)防衛のための潜水艦から、西太平洋全体を守るための潜水艦への発想転換が必要」として、「原子力潜水艦のみが選択肢」と主張している(注10)。これまでの、日本の安全保障戦略とは異なるもので、憲法9条とは相いれない主張である。
年末に向けて、自民党と維新の会の駆け引きは進んでいくのだろうか。憲法9条を改めることを国民に問うのではなく、行政府単独で大軍拡を進めるやり方を許してはならない。それは、暴走というしかない。
6.最後に
10月27日、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の第5回会合が開催され、
防衛省、経済産業省、国家安全保障局は連名で、「防衛と経済の好循環」という資料を提出。安保三文書において、①「新しい戦い方」への対応(AI、サイバー、無人アセット等),②持続的な対応能力の強化、③防衛と経済の好循環、を打ち出すとした。しかし、それは「願望」ではないか。財務省は「安全保障と経済財政について」を提出。「令和9年度概算要求における利払費の要求額は16.6兆円(対前年度当初予算+3.6兆円。過去最大)」と、日本経済の置かれている深刻な状況を指摘している(注11)。
高市内閣の主張する「防衛と経済の好循環」が簡単に実現するとは思われない。10月19日から29日まで自衛隊45,000名、米軍11,000名を動員して行われた日米共同統合演習キーン・ソードには、演習地域となった南西諸島に連日、中国の艦艇と航空機がやってくる事態となった。経済成長のために必要なのは、平和的な環境の形成、そのための対話と外交であることを、最後に指摘しておきたい。
注1 防衛力の抜本的強化に関する有識者会議報告書
https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/meeting/drastic-reinforcement/pdf/siryo06_02.pdf
注2 自由民主党「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言∸安全保障調査会提言」2026年6月9日
https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/213453_1.pdf
注3 日本維新の会「「危機の 30 年」時代の国家安全保障戦略」 2026年6月17日
https://o-ishin.jp/news/2026/images/e72e644b904e5e593444322ca613dee901afb7ea.pdf
注4 船舶戦争保険 | 船舶の保険 | 東京海上日動火災保険
https://www.tokiomarine-nichido.co.jp/hojin/marine_site/senpaku/senso/
注5一部戦争保険業者、船舶攻撃受けホルムズ航行停止を助言=関係筋 | ロイター
ロイター通信 2026年7月8日
https://www.reuters.com/jp/world/us/BSPPWTXOCZLHTJVA3U5JL6J6EY-2026-07-08/
注6 US NIニュース 2026年10月22日
Theodore Roosevelt Carrier Strike Group Sails in the Philippine Sea for Keen Sword Drills – USNI News
https://news.usni.org/2026/10/22/theodore-roosevelt-carrier-strike-group-sails-in-the-philippine-sea-for-keen-sword-drills
注7 外務省ホームページ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/press/shiryo/pagew_000001_00180.html
注8 経済安全保障法に追加された第85条の2は、以下のとおりである。
一 港湾その他の国際的な物資の輸送に必要な施設又は設備の整備又は運用を行う事業であって、我が国の国民生活及び経済活動にとって重要な国際的な輸送網の強靱化が図られるもの
二 我が国における特定社会基盤役務の提供の用に供される施設又は設備のうち海外に設置されるものの整備又は運用を行う事業であって、当該特定社会基盤役務の提供能力の維持若しくは強化又は我が国の外部への依存の低減が図られるもの
三 特定社会基盤役務の安定的な提供において重要な技術を利用して施設又は設備の整備又は運用を行う事業であって、当該整備又は運用において当該技術が用いられなければ、将来の我が国における特定社会基盤役務の提供において、当該技術を我が国の外部に依存する可能性が生じ、我が国が当該技術を安定的に利用することが困難となるおそれがあるもの
注9 防衛省ホームページ 『防衛力の変革に向けた予算∸令和9年度概算要求の概要』
https://www.mod.go.jp/j/budget/yosan_gaiyo/fy2027/yosan_20260831.pdf
注10 日本維新の会 前掲書
注11 「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の第5回会合提出資料
https://www.cas.go.jp/jp/seisahttps://www.cas.go.jp/jp/seisaku/boueiryoku_kaigi/sogoteki_dai5/shiryo1.pdfku/boueiryoku_kaigi/sogoteki_dai1/siryou3.pdf



