本文エリアにスキップ サイドバーエリアにスキップ

トップ  »  朝鮮半島の今  »  和田春樹東大名誉教授「北朝鮮・米国は対話・交渉の場で」(京郷新聞コラム)

和田春樹東大名誉教授「北朝鮮・米国は対話・交渉の場で」(京郷新聞コラム)

2010年12月 7日

ソーシャルブックマーク : このエントリーをYahoo!ブックマークに追加 このエントリーをニフティクリップに追加 このエントリーをはてなブックマークに追加 このエントリーをlivedoorクリップに追加 このエントリーをBuzzurlに追加 このエントリーをイザ!ブックマークに追加 このエントリーをFC2ブックマークに追加 このエントリをdeliciousに追加

 連絡会顧問の和田春樹東大教授が12月7日に韓国の京郷新聞に執筆掲載されたコラムを紹介します。

北朝鮮・米国は対話・交渉の場で

和田 春樹

 北朝鮮の大延坪島への砲撃はこの上ない衝撃をあたえた。2000年の金大中・金正日会談と6・15共同宣言以後、南北間に戦争はないという気持ちが韓国の国民すべてをとらえていた。それが白昼の北の砲撃で島の住民と軍人が死亡し、家屋施設が破壊されたのである。韓国国民が感じた驚き、恐怖、不安はあまりに深刻であった。李明博大統領が当初事態の拡大をいましめながら、次第に強硬な対応措置を決めていったのも理解できる。
 この事態にしっかりと対応しながら、こういうことが起こらないようにするにはどうすべきか、まず韓国の人々が考え、さらにこの地域の者すべてが考えなければならない。
 日本の北朝鮮研究者ではあっても、軍事問題の専門家でない私としては、わからないことが多いのだが、この事態に向けて発言しようと思う。
 まずこのたびの事件についての北朝鮮外務省の11月24日付けの声明をみる。声明は、延坪島一帯を「デリケートな地点」とよび、ここでの砲撃計画を中止するようにもとめたと述べている。延坪島は「海上軍事境界線からわが方領海内に深く入って位置している地理的特性によって、そこで大砲の実弾射撃を行えば、どの方向に撃っても砲弾はわが方領海に落ちる。」韓国側は23日午後1時から延坪島より数十発、北朝鮮側とは反対の南側に向けて砲撃したが。弾はすべて北朝鮮の領海に落ちたというのである。そこで北朝鮮が対応しない場合は、韓国側は、北朝鮮が延坪島周辺水域を韓国の領海とみとめたとミスリードしていくことを狙っていた。だから、砲撃陣地を攻撃する「自衛措置」を講じたのだ。
 この声明はおどろきであった。島は韓国のものだとみとめているが、島のまわりの海は完全に北の領海だと考えているとはどういうことなのか。私はすぐには理解できなかった。
 そこで、李泳ヒ教授の北方限界線についての論文を取り出して、読んでみた。1999年6月に延坪島の西北の海上で発生した南北海軍の武力衝突事件のあとに書かれた論文である。そのさい、北の艦艇一隻が撃沈され、乗組員2~30人が死亡したと韓国側から非公式発表があったとのことである。この論文によると、朝鮮戦争の停戦協定では、西海岸の海面に双方が合意して引いた「境界線」は漢江と禮成江の合流点から隅島までであり、延坪島ほかの五島が国連軍総司令官の軍事統制下におかれることがみとめられた。それ以外、この海域にはいかなる境界線もひかれておらず、合意もないということである。「北方限界線」は認められ合意された境界線でないとのことである。延坪島は北朝鮮領から4キロしかはなれていないので、韓国側がこの島が完全に韓国領だと主張するなら、海は中間線で分けるということになる。北朝鮮の側は延坪島の特殊性を主張し、海洋法の12マイル(20キロ)の領海を主張して、島の周辺は自国の領海だと主張しているようである。
 となると、この海域は係争中の海域であり、2007年10月4日の盧武鉉・金正日宣言の中で「西海平和協力特別地帯」を設置し、共同漁労区域、平和水域の設定などをはかることがうたわれたが、それが幻に終わった後は、緊張がつづいた海域であったのである。
 だから、北は韓国側の延坪島からの砲撃を黙認することはできないのだという論理はそれとしては理解できないわけではない。しかし、島の南側の海に撃った砲弾を自分の領海に対する攻撃だとして、島を砲撃する、軍人とともに住民の住む島を砲撃するというのは、やはり異常な、あまりに危険な決定である。2012年に強盛大国の大門をひらくために平和的な環境が必要だと強調してやまない北朝鮮の指導部がなぜこのような異常な決断をしたのか、これは大きな疑問である。
 ここで、考えるのは、南北首脳会談以来の10年間の南北抱擁の体制はこのままではやれないという考えが北朝鮮の指導部にあるのではないだろうかということである。
 あの2000年の金大中大統領の平壌訪問以後、韓国の国民は大きな安堵を感じた。もはや南北に戦争はおこらない。北も戦争をのぞまず、しないと誓約した。北朝鮮に対する好意、関心が韓国国民の中にたかまり、多くの人が北を訪問した。経済協力も開城団地に結実した。
 だが、その結果、韓国人にとって北はあまりに貧しい、遅れた国だということがわかった。北はもはやこわくないという気持ちが生まれているのではないか。統一はしたいが、当分のあいだ統一しなくてもいい。平和的な関係のためにある程度の援助をしていけばいいというような気分になっているのではないだろうか。過去10年間の南北抱擁体制は、韓国人にそのような優越感と安心をあたえたようだ。
 しかし、北朝鮮の人々は、南北交流やその他のチャンネルで韓国の情報が入ってくると、韓国はあまりに進んでいる。経済的には光輝くようだとわかってくる。開城団地をやっていても、労賃はかせげるが、北の経済が飛躍することはありえない。韓国からはおくれるばかりで、このままいけば、金大中大統領の約束はあっても、韓国に吸収統一されてしまうのではないか。北朝鮮の指導部とすれば、自尊心が失われ、いらだちがます事態である。
 こうなっているのは、米国、日本といかなる関係もひらくことができず、韓国とのみ経済関係を開いているという南北抱擁体制のせいだと北朝鮮は考えているのではないだろろうか。韓国はソ連、中国とも深い関係を有しており、北朝鮮をも助けているのである。ところが、北朝鮮は韓国と関係ができただけで、アメリカ、日本とはいかなる関係ももちえなかった。
 アメリカとは、1999年に北のナンバー・ツウの趙明録がワシントンを訪問し、米国務長官オルブライトが平壌を訪問し、米朝首脳会談が出来るかと思われるところまで行ったが、ブッシュ大統領の出現ですべてご破算になってしまった。オバマ大統領の出現に期待をかけたが、期待は裏切られた。クリントン、カーターと元大統領は2人も訪朝したが、そこから何事もうまれなかった。日本とは2002年と2004年に二度小泉首相を招き入れて会談し、北朝鮮としては思い切った譲歩をしたが、二度とも裏切られた。いまや日本とはかってない最悪の状況である。
 もとより、日本がいかに制裁をくわえようと、北朝鮮は日本が自分たちを攻めてくるとは思っていない。しかし、アメリカと協定がついにないまま、半世紀がすぎてみると、アメリカに対する恐怖から逃れられない。アメリカとは1953年の停戦協定以外いかなる協定も条約もない。そしてアメリカはアフガニスタン、イラクで戦争をしている国なのである。アメリカに弱みをみせたら、やられるというのが北朝鮮の考え方である。だから、核開発を進めながら、平和体制の構築を主張してきた。
 延坪島問題は停戦体制の欠陥の問題であり、平和体制構築問題の一環だ。韓国軍の演習に反撃をくわえるだけでなく、アメリカに対して平和体制構築をせまる。そのための砲撃だと金正日は考えたのであろうか。しかし、これは異常な決断である。陸上の地点をこのように砲撃すれば、韓国人がどれだけ強く反撥するか、2000年以来形成されてきた平和指向の気分をふっとばすような効果をもつことがわからないのは、異常である。2012年に向かって、経済再建、国民生活に決定的転換をもたらすというスローガンをかかげている指導者が、どうしてこんな乱暴なことができるのか。
 ということは、金正日国防委員長がわれわれの理解をこえた決断をすることがあるという危険性を示しているということである。とすれば、軍事的には誤解がないようにしなければならないだろうが、交渉の糸もいろいろと張らねばならないということである。これ以上の暴発を防ぐのは、軍事的圧力だけでは不可能なのは明らかであろう。
 2009年8月、私は韓米日の知識人の共同声明を推進した。そのときの私たちの要望項目の第一は、次のことだった。「第一に、われわれは、オバマ大統領と金正日国防委員長が対話と交渉の路線に戻り、緊張緩和の方向に着実に歩を進めることをあらためて強く要請する。そのために、公開、非公開を問わず、二国間であれ多国間であれ、特使の派遣もふくめ、米朝交渉をただちにはじめることを要望する。両首脳は、この交渉が達成すべき目標は両国関係の正常化、戦争状態の終結、朝鮮半島の非核化であることを明言し、その第一歩として、相互の主権を尊重することを宣言すべきである。両国の国民は両国首脳がこの道を進むのを支持してもらいたい。」今日またこの要望をくりかえさなければならない。
 第二にこの地域の国々が参加する多国間の協議をおこなうことが望ましい。中国は6者協議の関係国の話し合いをもとめているが、6者協議は核問題と直接リンクしている機構なので、むしろ、アジェンダをひろくした方がいいのではないか。昨年の声明では、「大量破壊兵器と通常兵器をともに含めて、この地域の軍備のレベルを引き下げていくために東北アジア軍縮会議が開かれるべきである」と提案した。さらには、この地域の海の平和、島々の平和の問題を総括的にあつかう会議をひらき、尖閣諸島、西海五島、独島=竹島、北方4島などの問題をテーブルの上にのせて議論するということも、有益であろう。
 最後に、私はやはり日本が南北、米朝の間に立って行動すべきだと考える。現状では日本の政権は最悪の状態である。とりあえず、韓米日の提携をはかるということ以上には何も言えない。しかし、日本の政府は拉致問題を解決することを約束している。解決を進めるには交渉しなければならない。交渉を開けば、北朝鮮を説得できるのである。
 南北は当分緊張せざるをえない。韓国としては、北朝鮮が謝罪してこない限り、ノーマルな関係にもどることはできないのは当然だ。だから、日本に交渉させることが、韓国にとって利益になるのである。

(京郷新聞、2010年12月7日掲載)

このページの先頭へ

同じカテゴリの記事