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李鍾元立教大学教授「オバマ米新政権の誕生と今後の世界」

2009年1月 1日

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オバマ米新政権の誕生と今後の世界

李鍾元立教大学教授

「オバマ大統領」誕生の意味 ― 「レーガン主義」の終焉になるか

 2008年11月の米大統領選挙で、「チェンジ」をスローガンに掲げ、「草の根選挙」を展開したオバマ民主党候補が当選し、2009年1月、第44代米国大統領に就任します。連邦上院議員1期目で、ワシントンの中央政界では4年の経歴しか持たないオバマ候補が、上下院を含め、26年の議員歴を誇るマケイン共和党候補に圧勝を収めたことからも、米国民がいかにドラスティックな変化を熱望しているかがよく伝わります。
 今回の選挙は、米国の内外を問わず、熱い関心を集めました。「オバマ現象」は、さまざまなレベルで、「変化」への期待が込められた結果でもありました。何よりも、米国歴史上初めての「黒人大統領」の誕生には、大きな意義があります。米国の建国以来の矛盾であり、いまなお米国社会に根強く存在する人種問題を考えるとき、非白人の大統領の誕生は、米国の歴史上の大きな変化であることはいうまでもありません。オバマ候補自身、選挙戦を通して、同じくイリノイ州上院議員から大統領になったリンカーンに自らを重ね合わせつつ、人種や文化などによって分断されたアメリカの「統合」を中心的なメッセージとして訴え続けました。
 また、「オバマ大統領」の誕生は、草の根選挙による政治変化の可能性を劇的に示した事例としても注目に値します。オバマ陣営は、民主党予備選の段階から、ウェブやブログ、ユーチューブなど、インターネットと携帯電話といったITツールを最大限に活用し、若い世代の政治参加を触発しつつ、徹底した草の根選挙を展開しました。それが功を奏し、「100万人」といわれる選挙ボランティア、100ドル以下の小口献金を中心に、6億ドルを超える史上最高額の選挙資金の募金など、大統領選挙戦の記録を塗り替え、「オバマ現象」とでもいうべきうねりを生み出しました。もちろんこれはオバマ新大統領の個人的なカリスマによるところが大きいですが、今回の草の根選挙の土台は、2005年に民主党全国委員長に就任したハワード・ディーン元マサチューセッツ州知事によって進められた民主党組織の改革によって築かれたものでした。「電子民主主義」(E-democracy)と政党政治の結合をめざす巨大な実験であり、ニューディール期以来の「レインボー連合」に代わる新たなリベラル派政治勢力の形成と政治構造の再編につながるかが注目されています。
 オバマ政権の誕生には、政策志向の面では、1980年代以来続いた「レーガン主義」の時代が終焉を迎え、新たな転換への模索が始まったという意味があります。「レーガン主義」とは、国内政策では、市場原理、自由競争、規制緩和、戦後福祉国家の解体、「小さい政府」をめざす経済的な新自由主義と、伝統的価値への回帰を強調する社会的な保守主義とに要約できます。1980年代初め以来、経済のグローバル化の潮流とあいまって、世界を席巻し、一世を風靡した新自由主義ですが、まさにその象徴的で実体的な中枢ともいうべきウォール街の金融機関が相次いで破綻し、その矛盾と限界が明らかになりました。グローバル化と新自由主義が生みだした未曽有の経済危機を背景に誕生し、それの対応として「新ニューディール」や「グリーン・ニューディール」を唱えるオバマ新政権は、国家(政府)と経済・社会との新たな関係のあり方を模索することになります。
 対外政策では、「レーガン主義」とは、軍事力重視、「強いアメリカ」、単独行動主義によって、新たな垂直的な国際秩序の形成をめざす戦略でありました。圧倒的な軍事力の優位を基盤に、米国の一極支配体制の構造化をめざしたネオコン(新保守主義者)主導のブッシュ・ドクトリンは、その延長線上にあるものでしたが、アフガンやイラクなど、軍事力に依存した対テロ戦争の行き詰まりで破綻し、米国は対外政策の根本的な転換を余儀なくされています。

オバマ外交の構図 ― 国際政治の「パワーシフト」と「パラダイムシフト」

 ブッシュ政権の8年は、「パワーシフト」と「パラダイムシフト」という国際政治の構造的変化に抗して、逆流を試み、挫折した過程であった、といえます。1980年代末の米ソ冷戦の終結以後、国際政治には二つの大きな構造的変化の潮流がはっきりと現れました。その一つは、「パワーシフト」、つまり、国際政治の「パワー」における分権化もしくは多極化への動きです。『ニューズウィーク』誌のザカリア編集長は「その他の台頭」(The Rise of the Rest)と名づけましたが、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)など「新興大国」の台頭のみならず、欧州や中南米、東アジアに広がっている地域主義の動きなど、冷戦終結後の世界では、パワーの分布が水平的に拡散する傾向が顕著になっています。新たな「帝国」をめざすともいわれたブッシュ・ドクトリンの単独行動主義は、こうした傾向への反動といえますが、「力づく」のネオコン路線は、むしろ米国の「力の限界」を露呈させたのみならず、世界的な「米国離れ」を触発し、「パワーシフト」を加速させる結果となりました。
 もう一つの「パラダイムシフト」とは、「パワー」の主体と内容そのもの根本的な変容です。よく指摘されているように、現在の国際政治では、国家から非国家主体へ、軍事的争点から非軍事争点へと、その重点が移行しています。こうした変容は、すでに冷戦終結後から顕著になりましたが、「9・11以後」という言説の下、軍事力優先と国家中心主義への復古という逆流に巻き込まれ、埋没されていた感があります。しかし、「戦争」をもって「テロ」とたたかうという「対テロ戦争」の遂行でテロはむしろ世界中に拡散し、その一方で、食糧危機、貧困と格差、感染症、環境破壊や気候変動など、非軍事的で、国境を超える「地球的問題群」への対処がより緊急な課題として台頭するようになりました。
 オバマ新政権が提唱する外交戦略の背景には、こうした変容への認識があり、それに適応した米国の対外戦略と国際秩序を構想しようとする姿勢が窺えます。オバマ新大統領の外交ブレーンたちが作成した「フェニックス報告書」(2008年7月)は、「相互依存の世界」と「拡散するパワーの世界」を現代の国際政治の特徴として指摘し、「米国の安全保障戦略を21世紀の世界の明確な現実に適応させることが、次期大統領が直接する課題である」と提言しています。同報告書には、国連大使に任命されたスーザン・ライス元国務次官補が座長を務め、国務副長官(政策担当)に内定されたジェームス・スタインバーグが執筆者として加わっており、新政権の外交政策の大枠を示すものと見ていいでしょう。
 オバマ外交の方向性ついては、まだ構想の段階ですが、これまで発表された政策文書や発言から、以下のような特徴を見出すことができます。
 第1に、外交と国際協調主義の重視です。これは、ブッシュ政権の軍事力先行の対テロ戦争と、単独行動主義からの転換です。オバマ新大統領は、選挙戦のときから、「いまこそ外交に最優先順位を置くべきとき」(2007年10月2日の演説)であると強調し、政権公約「オバマ・バイデン計画」でも、ブッシュ政権の外交が対話を拒絶する硬直したアプローチであったことを批判して、「友好国と敵対国とに拘わらず、すべての国の指導者と対話をする」と明言しています。また、「国連重視」を打ち出し、最側近の外交ブレーンスーザン・ライス元国務次官補を国連大使に任命し、「外交・安保チームに不可欠な閣僚」に位置づける意向を明らかにしました。
 第2に、それに伴って、従来の「同盟」関係も大きく変化する必要が力説されています。オバマ新大統領は、外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(2007年7・8月号)に寄稿した外交政策論文で、「世界における米国のリーダーシップを刷新するために、同盟やパートナーシップ、(国際・地域)機構を、共通の脅威に対処し、共通の安全保障を向上させるように再建(再構築)しなければならない」と述べ、当選後の12月1日、外交チームの任命発表の際にも、「古い同盟関係を刷新し、新たな持続的なパートナーシップを構築する」ことを課題として提示しました。いわば「冷戦型」や「新冷戦型」のような対立的な「古い同盟」をいかに変革し、国際協調を必要とする21世紀型の諸課題に対処すべく、「脱冷戦型」の関係に発展させるかという問題意識は政策文書の随所に見られます。
 第3に、安全保障概念の転換を唱えている点です。『フォーリン・アフェアーズ』論文では、「共通の脅威に対処する共通の安全保障」を提唱し、民主党シンクタンク「米国進歩センター」(CAP)の政策提言報告書(2008年6月)は、国家の安全保障と、「人間の安全保障」「世界の集団的安全保障」を結合させた「持続可能な安全保障」を提案するなど、軍事優先の安全保障概念から脱却し、貧困、開発、環境破壊、感染症、気候変動などの地球的課題に重点を置く方向性を打ち出しています。

東アジア政策の方向性と日本外交の課題 ― 「日米」から「アジア地域協力」へ

 まだ抽象的な表現に包まれ、分かりにくいところが多いですが、オバマ新政権がめざす東アジア政策の内容をもう少し詳細に検討すると、「日米同盟」のあり方が大きく変わり、日本外交にとって、ある種の「新思考」を求められていることが分かります。
 政権公約「オバマ・バイデン計画」は、東アジア政策について、「アジアにおける新しいパートナーシップの追求」というタイトルの下、「2国間の協定、ときおり行なわれる首脳会議、6カ国協議のようなアドホックな枠組みを超えて、アジアにおけるより効果的な枠組みを構築する」方針を明らかにしています。従来の「同盟」だけに頼らず、新しい地域協力の枠組みづくりに重点をおくという意味です。
 そのポイントは、「フェニックス報告書」により具体的に示されています。同報告書は、アジアに対する新しい政策の骨格として、a.東アジア地域への包括的関与、b.伝統的な友好国・同盟国の安全保障への再確認、c.中国やインドなど新興大国の安定的かつ透明性を持った台頭への誘導、d.民主的なパートナーとの関係を、強化された地域協力枠組みへの埋め込む(embed)、e.エネルギー安保、気候変動など緊急な課題への地域的な利害共有の増進の5つを掲げました。要するに、従来の「同盟国」との関係を維持しつつも、中国をはじめ、新たに台頭している国々との関係を構築し、重層的な地域協力の枠組みづくりを通して、米国主導「包括的な関与」の土台を築く、という方向性です。つまり、「課題は、伝統的な同盟国との関係の維持が、台頭する新たな地域大国を封じ込めたり、脅かしたりするという印象をいかに避けるか」ということですが、その課題に対して、「最善の方法は、民主的パートナーとの関係を、三国間(日米中)、サブ地域的(6カ国協議の発展型としての東北アジア地域協力)、地域的(ASEAN地域フォーラム、東アジアサミット)な枠組みに埋め込むこと」であるとしています。「冷戦型」の同盟依存の地域体制から、「脱冷戦型」の包括的な地域秩序への志向性がはっきりと示されています。
 こうした構想は、「中国の台頭」を「日米同盟」の強化で対抗、牽制しようとしたブッシュ政権、とくにネオコンの発想とは正反対の政策志向です。新政権の国務副長官に内定しているスタインバーグは、2008年1月に開かれた日本の外交に関するシンポジウムでの講演で、「日米」から「日米中」や「アジア地域協力」への発想の転換を促しました。彼は、「中国の台頭を牽制するための日米、日米豪、日米豪印」という考え方を批判し、「対中封じ込めのアプローチは、日本にとってもリスクが高い」と指摘した上で、「日米と米中の相互補完的かつ並行的な関係強化が最善」であり、「バランスのとれた(日米中の)三角形は、地域統合の牽引力にもなる」と強調しました。
 当然、「同盟」のあり方や意味も大きく変わることが求められます。「オバマ・バイデン計画」は、日米関係について、「日本との同盟を真のグローバル・パートナーシップに転換する」ことを唱え、「気候変動など、グローバルな挑戦に対応すべく、安全保障協力の拡大と深化」を具体的な方向性として打ち出しました。ブッシュ政権期に進行した軍事的な分野での日米協力の強化論や日本の国際貢献論とは明らかに異なる方向性といえます。
 バイデン副大統領の補佐官で、オバマ政権のアジア政策で重要な役割が予想されるフランク・ジャヌージ上院外交委員会民主党専門委員は、2006年10月、東京で開かれた国際会議で、「冷戦期の米国と東アジア同盟国間のハブ・アンド・スポークの構図はもはや地域の現実とずれてきた」と指摘し、「地域における多国間機構や相互依存の網の目に譲るべき」であると主張しました。また、「日米、米韓など、冷戦期の同盟関係が、冷戦的な疑心暗鬼の対象にならずに、グローバル化時代の諸問題に対応できるように転換させることが、従来の同盟関係を維持するためにも必要である」と述べ、「ポスト冷戦期における日米同盟のポテンシャルを実現するための基本的な要件」として、「それが多国間枠組みと対立するものではなく、補完するものであること」と「日本が隣国との和解プロセスに成功すること」の二つをあげました。 冷戦終結後のアジアにおいて、新しい協調的な地域秩序づくりは、まさに自らの「国益」のためにも、日本が先導すべき課題だったといえます。しかし、日本がブッシュ政権のネオコン路線にも影響されて、古い対立を清算できず、その上に、新たな摩擦と相互不信を抱え、復古的な軍事力主義、国家主義への回帰現象を強めている間に、米国が先に政策を変え、日本が「新思考」への転換をつきつけられる形になりました。 オバマ政権が唱える新しい安全保障の考え方と国際協調主義は、本来、「平和憲法」を持つ日本外交がもっとも得意とし、また、追求すべき道とも重なります。米国の政権交代で、日米中関係や朝鮮半島情勢を含め、東アジア情勢にも大きな変化のうねりが押し寄せることになりますが、いまこそ、平和国家・日本の原点に戻って、日本の外交を再構築すべき「好機」ともいえます。

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