9月, 2013 | 平和フォーラム

2013年09月30日

平和軍縮時評9月号 福島第1原発事故に伴う「汚染水問題」  湯浅一郎

1)   はじめに―東電は海への漏えいを知っていたはず―

7月参議院選挙の翌日の記者会見で、東電は、福島第1原発から海へ放射性物質が漏えいしていることを認めた。18日にはわかっていたが、選挙への悪影響を考え数日遅らせて発表したとしか考えられない。まず東電は、海への漏えいを知っていたはずであることを示したい。その根拠は、会見の10カ月近く前から、原発港湾内魚類の超高濃度汚染が確認されていたからである。
「アイナメ74万ベクレル 福島第一原発港湾」。これは13年3月16日付「福島民報」記事の見出しである。そこには、以下のことが書かれていた。「東京電力は15日、福島第一原発の港湾内で捕獲したアイナメから、魚類では過去最大値となる1キロ当たり74万ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。これまでの最大値は、福島第一原発の港湾内で捕獲したアイナメの51万ベクレルだった。国が定める一般食品の基準値(1キロ当たり100ベクレル)の7400倍に相当する。」 これは、原発から高濃度の放射能汚染水が出続けていることを示唆している。

2)   経過

事故から丸2年を経たころから原発からの「汚染水の海洋への漏えい」がにわかに政治課題になってきた。簡単に経過をたどっておく。

4月5日、地下貯蔵タンクからの漏水が発覚。6月から7月にかけ、1~4号機取水口付近の地下水からトリチウム、ストロンチウムなどの検出が相次ぐ。地下水の水位変動が海の潮汐変動に応答している。と言うことは、高濃度の地下水があれば、その地下水は、潮汐に対応して海へ出ていくはずである。東電は「港湾外への影響はほとんど見られない」と主張している。これは、海水の分析精度が、1kg当たり1ベクレル以下は不検出のためわからないだけである。
東電は、3つの移行経路(トレンチなどからの流出、地下水を経由した移行、港湾海底土に蓄積したものの溶出)を想定して、陸側からの約2年間の流出量を試算した。それによるとトリチウム約40兆Bq、セシウム約20兆Bq、ストロンチウム約10兆Bqとなる。今なお膨大な物質が流出しているのである。
8月7日、政府は、第31回原子力災害対策本部を開き、「1~4号機には一日約1000トンの地下水が流入する。このうち約400トンが原子炉建屋に流入。残りの約600トンの一部が、トレンチ内の汚染水に触れて、約300トンが汚染水として海に放出されている状況」と説明した。
8月になり、汚染水を貯蔵している地上タンクからの汚染水漏えいが発覚し、追い打ちをかけた。まず19日、H4エリアのNo.5地上タンクから300トン漏えい。回収できたのはわずかに4トンで、残りは土壌への浸透や排水溝から海に出たかもしれないという。タンクは、鋼板をボルトで締めただけの「フランジ型」。フランジの間に挟むパッキンの耐用年数は約5年。まだ2年強しかたたないのに漏えいが始まったのである。同型のタンクは350基もある。
その後、同型タンクを全数点検したが、8月31日には他の4か所で最大で1800ミリシーベルトの高い放射線が検出された。9月1日には、H5区画のタンク間をつなぐ配管のつなぎ目からの漏えいが見つかった。詳しく調査点検すればするほど、新たな漏えいが見つかる事態となった。この結果、8月28日、原子力規制委員会は国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価を「レベル3」(重大な異常事象)に引き上げた。

3)   対症療法でしかない政府、東電の政策パッケージ

このような混迷に対して海外からの反響も大きい上に、9月8日に予定されている2020年のオリンピック開催地の最終選考に悪影響が出るということで政府は重い腰をあげた。9月3日、政府は、原子力災害対策本部・原子力防災会議合同会議を開催し、「汚染水問題に関する基本方針」を発表した。
第一に、汚染源を「取り除く」;原子炉建屋地下等のトレンチ内に滞留する高濃度汚染水を除去し、また、国費でより高性能な多核種除去設備(150億円)を整備して高濃度汚染水の浄化を加速。
第二に、汚染源に「近づけない」;建屋を囲む凍土方式の遮水壁設置(320億円)等を国費で行う。
第三に、汚染水を「漏らさない」;水ガラスによる壁の設置や、海側遮水壁の設置等を多重的に行う。地上タンクからの汚染水の漏えいには、タンクの管理体制を強化するとともに、ボルト締めタンクを溶接型タンクに入れ替える。
以上をパッケージで実施する。抜本的対策を打ち出したとするが、これらは東電が既に逐次推進している事項ばかりで、実際は対症療法を積み上げただけである。そして、9月8日のオリンピック最終選考会で安倍首相は、「状況はコントロールされている」、「汚染は、原発の港湾内0.3平方キロの中に閉じ込めている」と言ってのけた。東電ですら、「コントロールできているとは言い切れない」と言わせるほど、事実を無視した発言である。
ここで、「東電福島第一原発1-4号機の廃炉措置に向けて中長期ロードマップ」(以下、ロードマップ)(2013年6月27日)などを用いて、東電の対策を見ておく。東電や政府の対策は、地下水の流入が根本問題であるかのように説明しているが、これは嘘である。地下水は、問題の困難性を増幅させる副次的要素にすぎない。本質は、原子炉、とりわけ溶け落ちたと言われる燃料デブリの存在状態や、それに即した冷却作業の実態に関わることである。
今こそ、事故発生当時、それぞれの原子炉で何が起きていたのかを思い起こすべきである。例えば1号機については、国会事故調報告書165ページに以下の記述がある。

「溶融炉心の格納容器床面への落下;1号機では、12日2時45分までには原子炉圧力容器の底部付近に破損が生じた。流動性に富み、密度の大きな溶融炉心の大部分は、破損口の拡大とともに、1時間程度で格納容器底部に落下したと推定される。落下した溶融炉心の一部は、(略)大部分はコンクリートを熱分解しながら下方に向けて移動したと思われる。しかし、その大部分が格納容器床面に落下したと考えられる溶融燃料が、現在、どこにどのような状態で存在しているのかについてはなにもわかっていない。」

2、3号機についても事情は変わらない。メルトダウン、ないしはメルトスル―で損傷した個所は、いまだ不明で、補修など成しうるはずもない。燃料デブリと称している物質群が、今どこにどのような状態で存在しているのかわからない。それらは半減期に応じて崩壊熱を出し続けている。これは、すなわち、現在の冷却作業においても、閉じた循環系を作ることはできず、少なくとも注入した水の一部は、わからないところに漏えいしているということである。この問題の本質を正面から系統的に記述した説明は、東電、規制委員会の資料や議論にほとんど登場しない。

4)   「循環冷却ライン」でしかない冷却システム
―冷却用の水は滞留汚染水を使用し、冷却後は再び汚染水に入る―

以上の観点で「廃炉中長期ロードマップ」を見直すと、現在の冷却の実態がさりげなく示されていた。ロードマップ36~38ページに以下の記述がある。「現状、循環注水ライン(大循環)により滞留水の処理及び注水を実施しており」とし、更に「循環注水冷却は、タ-ビン建屋を取水源としているため、建屋間止水、原子炉格納容器の止水や建屋内の滞留水処理等の動向を踏まえ、計画的に取水源を変更することが必要」とする。
中長期ロードマップ40ページの全体図をもとに、コメントなどを補足したのが図1である。これから以下が読める。タービン建屋にたまっている滞留水から、1日、約800トンの汚染水を取りこみ、セシウム、塩分を除去する装置を通過して淡水とする。その内、約400トンを冷却用として原子炉に注水する。原子炉に入り燃料デブリと接触して汚染された水は、再び原子炉建屋やタービン建屋地下にたまっていく。残りの約400トンは、陸上の中低レベル貯蔵タンクにためていく。初めから閉じて循環する冷却系統などと言うものはなく、注水したものは、すべてそのまま滞留水に入っていくのである。だから「注水ライン」と称している。
毎日、建屋に流入してくる約400トンの地下水が問題となるのは、ここからである。事故後、サブドレインが機能しなくなり、地下水の多くが建屋地下の滞留水に流入するようになった。その結果、毎日、滞留水は400トンづつ増え続けている。建設当初からサブドレインにより1日850トンの地下水をくみ上げていた。事故が起こり、サブドレインが使用困難に陥ったため、毎日1000トンもの地下水が原発建屋に押しよせ、日々発生する汚染水と混じって、汚染水の水量が増え続けているのである。
水の収支は以下のようになる。原子炉建屋、及びタービン建屋の地下にある滞留水の総量はどのくらいなのか不明であるが、数万トンと言う滞留水が存在する。それは、海水配管トレンチの滞留水ともつながっている可能性が高い。そこへ1日あたりで、地下水が約400トン流入、原子炉を冷却した水、約400トンが流入する、その合計に近い約800トンをタービン建屋から取水し、セシウム除去などをして淡水にしたうえで、半分は冷却用に再利用し、残りは地上タンクに貯蔵する。
しかし、最も重要な放射性物質の収支は明らかにされていない。これでは、滞留水の濃度がどう低下していくのかわからない。事故から2年半が経過する中で、冷却に伴い、冷却水に混入する放射性物質が生成される。セシウム除去装置により約400トンを日々処理していることで除去される放射能量、その差し引きが日々の放射性物質の収支になる。そして、現時点で滞留水全体が有している放射能量と比べた時、その処理量は、どのくらいの割合を占めるのか。何日、何年あれば放射能をゼロにできるのか?これらの見通しが見えない。この日々の汚染水の供給をゼロにすることこそが、根本的な対策につながる。中長期ロードマップには2020年内に「建屋内の滞留水処理の完了」としている。現時点における1日当たりの放射能の収支すら示さないで、何年後に処理が完了するなどとしても、あくまでも希望的観測でしかない。
東電、政府の「根本的な対策」は、上記の問題にまったく触れていない。むしろ、このような問題はないかのごとく振舞いながら、あたかも地下水の流入による汚染水の増大が根本問題であるかのように問題を設定し、対策をねっている。すべて対症療法でしかない。

5)   問題の根源は、所在が不明な溶融燃料(燃料デブリ)

東電や政府の怠慢を非難することは容易である。例えば、東電の対応で言えば、13年5月下旬に建屋海側の地中で放射性物質が検出されても、海への流出の可能性を長く認めなかった。井戸の水位が潮位と連動しているという重要な情報を公表しなかった。地上の貯蔵タンクを耐用年数が長くて5年しかもたないフランジ式を選んでしまったなど、枚挙にいとまがない。だが、ここではあえて、原発事故や放射能汚染が本質的に備えている脅威の継続性を強調しておきたい。仮に東電が最大限の努力をしていたとしても、結果には大きな違いはなかったかもしれない。ほころびばかりが目立つ対策であることは、それ自体問題である。しかし、問題の本質は、その程度の話しではない。
問題の根源は、1~3号機を中心に、今だに2000度C以上の熱を発している溶融燃料の塊が、その存在状態も不明のまま、3つの原子炉内に現存していること自体にある。これらは、主要な物質の半減期を考えれば、数十年以上にわたって崩壊熱を出し続ける。徐々に熱量は減るとはいえ、その間、冷却を続けなければならない。その限りにおいて、同時に高濃度の汚染水が生成され続ける。このことは、誰にも変えることはできない。おそらく100トン以上にのぼる溶融燃料の存在が、冷却系統を寸断し、閉じて循環できる冷却作業を拒み続けているのである。

今日の「汚染水」で問題になっている放射能の量は、事故直後の放出量のおよそ104乗分の1である。現在は何十兆レベルであるが、事故直後は1-10京レベル。その膨大な放射性物質群は、環境中に移動、拡散し、生態系の隅々に浸透している。当面の「汚染水問題」に関心を持つことは重要だが、そうであれば、それ以上に、事故直後、放出された物質が、環境中でどうなっているのかに思いをはせることも併せて必要である。この深刻な事態を直視すれば、再稼働や原発輸出、そして再処理の継続などという選択はありえない。

図1 汚染水処理の全体像(循環注水ライン)(「廃炉措置に向けた中長期ロードマップ」40頁の図を一部改変)

 

2013年09月25日

原子力空母配備撤回を求める全国集会に1600人(横須賀)

11P9250122.jpg 米海軍の原子力空母ジョージ・ワシントンが、横須賀基地へ配備されて5年目の9月25日、横須賀市内のヴェルニー公園を会場に、「空母母港化40周年・原子力空母ジョージ・ワシントン横須賀基地母港化5周年抗議・原子力空母配備撤回を求める全国集会」が開催され、約1600人が参加しました。
 全国基地問題ネットワーク事務局長の山城博治さん、横須賀からは原子力空母母港問題市民の会 共同代表の呉東正彦さんらの発言の後、京急横須賀中央駅方面へ向かって、デモを行いました。

 

アピール

 米海軍が横須賀基地に原子力空母ジョージ・ワシントンを配備して5年が経過しました。私たちは、基地機能の強化と首都圏一帯に及ぶ原子力事故の危険性の両面から、その配備に強く反対し、全国の仲間の支援のもと全力で運動を進めてきました。不発に終わったものの2度の住民投票条例直接請求など多様なとり組みは、多くの市民・県民の積極的な意思表示につながりました。しかし、日米両政府はその声を無視して配備を強行したのです。
 2011年3月11日に起きた東日本大震災による東京電力福島第一原発の過酷事故は、空母原子炉の危険性を再認識させる事態となりましたが、政府も米軍も依然として情報を隠蔽し、原子炉事故への対策は放棄しています。それどころか国内の原発全てが停止している今日でも、米艦船の原子炉は何の規制も受けず特別扱いとなっています。『米軍が安全と言っている』との無責任かつ非科学的な根拠は断じて許せません。
 米国外で唯一の「空母の母港」は1973年のミッドウェー以来、40年間も続いています。
 日本政府は米空母の母港化に際して、「母港の年限」は3~4年程度と偽り、「核兵器の持込み」が指摘されると、米国との間での「核密約」で地元自治体や住民を騙してきました。空母配備以来、横須賀港は「日米安保の最前線」であり、米軍の前方展開戦略の最大の拠点となったのです。空母戦闘団は湾岸戦争やイラク、アフガンへの攻撃の主力でした。私たちの意思とは関係なく米国の世界支配を実現するための40年であったとも言えます。
 
 自民党安倍政権の誕生で『米国追従からの脱却・日米関係の見直し』の議論は全てが反故にされました。あからさまな米軍優遇の一方で、集団的自衛権行使や自衛隊の増強を企図し、 改憲・「戦争をできる国」への転換を強引に進めています。このままでは横須賀の街は「日米一体の軍都」に逆戻りし、旧軍港市転換法の趣旨とは相容れないものとなるでしょう。
 憲法理念を無視し安保体制を優先する政策は、嘘と情報隠しで基地の機能を維持し、住民の生活と命を軽視する人権侵害そのもので、民主主義の否定です。
 欠陥輸送機オスプレイが配備された沖縄では、配備の前提とされた「日米合意」の飛行方法が全く守られていない現実があります。米国内では中止に追い込まれたオスプレイの低空飛行訓練が普天間を拠点に全国で展開されようとしています。
 空母艦載機の厚木基地での訓練は、突如として米軍の都合だけで実施され、現地住民や自治体の声は届きません。この訓練は最高裁で三度・違法と認定されているのです。
 
 本集会に結集した私たちは、以下の点を確認しアピールとします。
原子力空母ジョージ・ワシントンの母港撤回と脱原発社会の実現を一体的にすすめよう。
オスプレイの配備撤回を求め、沖縄への基地負担の押し付けをやめさせよう。
米国の世界戦略・戦争政策への加担を拒否し、集団的自衛権の行使反対、「特定秘密保護法」 など民主主義破壊を許さず、憲法改悪を阻止しよう。
 

 

 

2013年9月25日 集会参加者一同

 

 

2013年09月24日

「特定秘密保護法案」に反対する声明

 2013年9月24日

「特定秘密保護法案」に反対する声明

 
フォーラム平和・人権・環境
代表 福山 真劫
 
 警視庁テロ捜査情報流出や尖閣ビデオ流出事件を契機として、有識者会議が開催され報告が出されるなど、秘密保全法制については政府内部での検討が行われてきましたが、安倍晋三内閣は9月3日、「特定秘密保護法案」の概要を示し、パブリックコメントを9月17日に締め切り、10月15日開会の臨時国会で成立をめざすとしています。
 本法案は、国家安全保障会議とセットとして成立させ、集団的自衛権を具現化する「国家安全保障基本法案」の呼び水となる法案です。憲法の理念を法律でねじ曲げ、平和主義をないがしろにし、戦争実行のためにする政治的策動です。
 国民が国政に参加する権利は、「国民の知る権利」によって成り立っています。憲法21条「表現の自由」の条文は、広くはこの「国民の知る権利」を保障するものであり、「特定秘密保護法案」は、「国民の知る権利」を真っ向から否定しています。 「秘密にできる権利」を高め、情報操作する権能を強くする国家ほど、戦争をたやすく出来る国家であることは疑いようもありません。
 「特定秘密保護法案」は、日本社会の今後の在り方を左右するものであり、歴史の反省の上に立ち、断じて許されるべきものではありません。
  平和フォーラムは、以下の視点から、「特定秘密保護法案」に反対します。
①秘密の範囲が、政府の恣意的判断で広がりかねないこと。特定秘密に「公共の安全および秩序の維持」の概念を差し込み、国家の無制限な恣意的判断を許している。特定秘密を指定するのが当該行政機関とされていることからすると、重要な国家情報に関して、恣意的な情報統制・情報隠しが、より容易にできるおそれがある。
②「公共の安全」「秩序の維持」が、民主主義よりも高い価値であるという社会規範を広めようとするものであること。
③国の重要な情報ほど、秘密にされ、また秘密にされる期限が限定されず、無期限・非公開などの措置を可能にし、「秘密にしたまま」担当省庁の判断で廃棄され、歴史的記録からも抹殺される可能性があること。
④「軍機保護法」などによりきびしく報道が規制された戦前の軍国主義社会を考えると、国民の知る権利は民主主義の原則であり、そのことをないがしろにする法制度は現代社会に相容れないこと。
⑤公務員には懲役10年の最高刑が示され、国民の不利益に対する内部告発などは全く不可能になること。公務員に対する報道機関の取材も制約され、結果として国民の知る権利が侵害されるおそれがある。
⑥国会議員の全てに情報の共有が保証されず、一部与党や官僚による情報の占有が危惧されること。
⑦特定秘密を取り扱う人のプライバシーについて、公私を問わず、調査し管理する「適性評価制度」が提案されており、秘密を取り扱う人への思想統制、差別、人権侵害が起こるおそれがあること。

 集団的自衛権を容認し、米国と一体となって戦争をするための「国家安全保障基本法案」の第3条2項において「教育、科学技術、建設、運輸、通信その他内政の各分野において、安全保障上必要な配慮を払わなければならない」、また、3項において「我が国の平和と安全を確保する上で必要な秘密が適切に保護されるよう、法律上・制度上必要な措置を講ずる」とされており、「特定秘密保護法案」と「国家安全保障基本法案」は、一体の関係にあります。 

 「武力で平和はつくれない」を掲げ、徹底して憲法の平和主義を具現化するとりくみをすすめてきた私たち平和フォーラムは、憲法理念に反する「特定秘密保護法案」および「国家安全保障基本法案」の成立阻止に向け、全力でとりくんでいくことを決意します。

2013年09月16日

コリアン情報Weekly 第520号 映画「天安(チョナン)艦プロジェクト」の上映を突然中断

(more…)

2013年09月14日

ビデオ報告 再稼働反対!9.14さようなら原発大集会

2013年9月14日に東京・亀戸中央公園で開かれた「再稼働反対!9.14さようなら原発大集会」とパレードの様子をダイジェストにビデオにまとめました。(9分44秒)

2013年09月01日

ビデオ報告 9.1「さようなら原発」講演会 つながろうフクシマ!くりかえすな原発震災

2013年9月1日に東京・日比谷公会堂で開かれた「さようなら原発講演会 つながろうフクシマ!くりかえすな原発震災」のダイジェスト(9分41秒)

2013年09月01日

8月15日敗戦の日に、国を憂う

7月29日、都内の講演会での麻生太郎副総理兼財務相が「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口を学んだらどうかね」と発言した。政府は「悪しき前例として挙げたところであり、ナチス政権の手口を踏襲するという趣旨で発言したわけではない」と開き直っているが、発言の内容からはそう読み取れない。発言は、ユダヤ系団体から厳しく批判されている。政治家の資質に疑問を感じる、軽薄としか言いようがない。

安倍晋三首相は、4月23日に国会で、「村山談話」(1995年)に関連して「侵略という定義は学会的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」と答えた。これもまた一国の首相としては軽薄だ。国連は、延々7年にもわたって議論し1974年に「侵略の定義に関する決議」を総会において採択している。日中戦争が侵略戦争であることは国際的には常識だ。

8月11日の産経新聞では、ワシントン駐在客員特派員が「アジア諸国は40を越える。靖国参拝が軍国主義の復活と言うのは中国と韓国だけ。40分の2なのである」と主張していた。この二国は、しかしアジアの人口の35%、名目GDPの45%を占める。そのことには触れていない。「フィリピンやインドネシアは日本の改憲を歓迎している」とか「韓国は日本とともに戦争をした側」とか、根拠のない主張を基本に「中韓両国の日本叩きは、アジアの規範でも、戦争の歴史でも、あまりに異端なのだ」と一方的に断罪し、安倍首相に媚びその考えを補完しようとしている。このことが日本の将来に何をもたらすのだろうか。

韓国のパク・クネ大統領は、日本の植民地支配解放を記念する式典で、従軍慰安婦や竹島の問題への直接の言及は避けながら「日本は、過去の問題を直視する必要がある。でなくては未来へと信頼を積んでいくことは難しい」と日本側の対応を求めた。しかし、同日の全国戦没者追悼式での安倍首相の式辞には、アジア諸国に対する加害責任への反省や哀悼の意を示す言葉はなかった。

8月15日、「憂国の徒」と化している自分に驚く。

2013年09月01日

ニュースペーパー2013年9月号









「人類は生きねばなりません」─ノーモア ヒロシマ! ノーモア ナガサキ! ノーモア フクシマ!   ノーモア ヒバクシャ! ノーモア ウォー!
 今年の被爆68周年原水爆禁止世界大会は、7月28日の福島大会を皮切りに、8月4日~6日に広島大会、7日~9日の長崎大会と連続して開催されました。最後に大会宣言として「安心して暮らせる福島を取り戻し、子どもたちに核のない未来を贈りましょう。再稼働を許さず、再処理を止め、脱原発社会をめざしましょう。持続可能なエネルギー社会をつくりましょう。平和憲法を守りましょう。非核三原則の法制化と東北アジア非核地帯の実現をめざしましょう。オスプレイの配備撤回、米軍基地の撤去を実現しましょう。核兵器禁止条約をつくりましょう。すべてのヒバクシャの権利を拡大しましょう。」と確認されました。(写真は福島大会のデモ行進、広島大会の開会総会、長崎大会の分科会から。)

【インタビュー・シリーズ その81】
「国ありき」の自民党改憲の危機を共有していこう
立憲フォーラム代表・衆議院議員 近藤昭一さんに聞く

【プロフィール】
1958年名古屋市生まれ。中日新聞社勤務を経て、第41回(1996年)衆議院議員総選挙に民主党から立候補し、初当選を果たす(以後6回連続当選)。2010年の管直人内閣では環境副大臣に就任、現在は衆議院懲罰委員長。「立憲フォーラム」の呼びかけ人であり、2013年4月25日の発足後、代表を務める。他に原発ゼロの会の世話人、脱原発ロードマップを考える会会長、沖縄等米軍基地問題議員懇談会事務局長、リベラルの会代表世話人など。

―本年4月に超党派の議員集団「立憲フォーラム」が設立されました。どのような問題意識で結成されたのですか。
 私が最も大切な信条としているのは、一人ひとりをどう大事にするか、一人ひとりが疎外感を持つことなく生きがいを持って暮らせる社会をどう作るのかということです。それが政治の要諦であると思っています。
 今、政治は大変な事が起きています。安倍首相が改めて憲法改定を、それもまず96条から改定していこうと言いだしました。日本国憲法は、基本的人権を守る、国民主権、平和を守る、という原則を宣言しました。これらはどれも侵略戦争の反省としてできたのだと思います。こうした三つの原則を守ることは、まさしく一人ひとりを守っていくということです。この憲法を変える、それも96条という手続きの点から変えようとするのは、まず国ありきという考え方です。自民党の改憲草案もそうです。これは大問題です。
 立憲フォーラムを立ち上げた頃は、自公が衆参において圧倒的多数を占めていこうという時期でした。国家主義的な国が造られかねない。自民党を中心として、数を頼んで一気に憲法を変えられかねない。これまでになかった切迫した危機が、私達に立ち上がることを促しました。手続き法から変えられて憲法改正手続きのハードルが下がるのは大変だ。このことを改めて国民の方々に知ってもらうために「形」を造らなければいけない。このような決意で立憲フォーラムを設立しました。

―「立憲フォーラム」は超党派の議員集団で設立されましたが、その意味は。
 憲法問題は党派を超えた普遍的な原理をめぐる課題です。まして改憲勢力が大きな勢力で登場してきました。憲法の三大原則を守るということが最大の目的です。そのためには私達と同じ考えを持っている人たちは党派を超えて結集して、相手にぶつかっていかなければいけないというのが基本的な考えです。もともとそういうのは誰かを排除するということではないので、超党派で呼びかけさせていただきました。

―近藤昭一代表は、どのようにして、平和や人権についての考えをお持ちになられたのですか


立憲フォーラム設立総会であいさつをする近藤代表
(4月25日・衆院議員会館)

 人は生まれながらにして人権というものを持っていて、それは自由に考え、自己の意思によって行動していくということだと思います。それがやりがいにつながっていく。生き方を豊かにしていくのだと思うんです。だから誰かに押し付けられて、命令されてやるということは、人として非常に苦しい。
 わたしの叔父も戦争に行き、サイパンで亡くなりました。学校を前倒しで卒業して軍隊に入った。そのことを知ったとき、「もしわたしも自分の意思に反して戦争に行かなくてはならなくなったら」と想像しました。戦争というものは、人を殺す、殺されるということです。そうしたことが、いかにその人の人生を踏みにじっていくのか、ということを感じたのです。
 何事にも代えがたい人権というものを守っていくためには、平和でなければなりません。戦争は人権を抑圧する。人権を守っていくということは、平和を守っていくということです。

―昨年の衆議院総選挙と先の参議院選挙の結果は厳しい局面をつきつけています。「立憲フォーラム」は、どのよ うな役割を果していかれようとしていますか


憲法問題の学習会での半藤一利さん(作家)の講演
(6月5日・参院議員会館)

 自民党は、麻生太郎副総理のナチスの手口発言にもあるように、最初に「国ありき」の考え方です。もし仮に憲法を変えるとしても、一人ひとりの基本的人権、国民主権のもとで行っていかなければいけないのに、それを気づかれないうちに変えようとすることは、それ自体が「国ありき」のやり方です。
 また、米軍基地の外での低空飛行も容認するかのオスプレイに関する外務省の見解を改めて聞いたとき、わたしは驚き、怒りも感じました。日本は独立主権国家であるにもかかわらず、治外法権のようなところがあり、それを政府が平然と認めはじめました。
 よって立つところが根本的に同じならば、政策も近いものになってくると思います。たとえば、福島の復興に関しても、与党は権力・行政の側にいかに都合よくしていくかということしか考えていない。一人ひとりに寄り添っていない福島の復興支援です。このような具体的課題でしっかり政府に向き合いながら、役割を果たしていきたいと思います。

―憲法9条をはじめとする自民党の憲法改悪に対して、どのように立ち向かわれるのか、その決意をお聞かせください。
 多くの人が、「まさか憲法が変えられるなんてことはないだろう」と感じています。あの戦争の反省から日本国憲法ができたのです。戦後この憲法が守られてきました。しかし麻生副総理の発言を聞いて、改めて危機感を多くの国民のみなさんと共有していかなければいけないと思いました。この憲法がどれだけの犠牲のもとに獲得したのかということを、もう一度みなさんと共有していくことが一番大事だと思っています。
 沖縄の課題や日本に住む外国籍の人達の人権の課題も、憲法を守ることと強く関連しています。私自身も、また「立憲フォーラム」も歴史的使命を感じながら、しっかりがんばっていきたいと思います。

〈インタビューを終えて〉
 4月25日、超党派の国会議員が参加して「立憲フォーラム」が設立されました。憲法、平和、人権、戦後補償などの課題を主意書に盛り込んで発足したもので、この設立は、平和フォーラムにとっても念願の出来事と言えます。会長の近藤昭一衆議院議員は、「立憲フォーラム」とご自身の覚悟を語られました。国家よりも個人をという素朴で原則的な哲学に虚飾は感じられません。憲法の改悪に立ち向かわれる静かな虚心坦懐を感じました。
(道田哲朗)

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被爆68周年原水爆禁止世界大会が開かれる
核兵器と密接に結びつく原子力


1200人が参加した福島大会
(7月28日・福島県教育会館)

 「核も戦争もない21世紀に!―くり返すな原発震災!めざそう脱原発社会」をメインスローガンに、被爆68周年原水爆禁止世界大会が、7月28日の福島大会(参加者1200人)、8月4日~6日に広島大会(同3500人)、8月7日~9日の長崎大会(同2000人)として開催されました。

原発事故の問題を風化させてはならない─福島大
 2011年3月11日の東日本大震災および東京電力・福島第一原発事故の被災から2年半近くが過ぎた今でも、放射能汚染に阻まれ、震災からの復興とともに原発事故の収束の展望が見いだせない状況の中で、3回目となる原水禁大会でした。
 現地の福島からの報告では、「事故の収束作業は進んでいない。また、子ども達の健康問題も深刻になっている。安倍政権のもとで福島の問題を風化させてはならない」(福島県平和フォーラム五十嵐敬事務局次長)と訴えられました。
 東京大学教授の高橋哲哉さんは「今、福島を脱原発社会、核廃絶の希望を発信する場にしなければならない」と述べ、ウラン採掘現場から被曝が始まり、原発の廃棄物の問題も含め「犠牲のシステムの上に原発がある。これ以上、国策による犠牲は許されない」と訴えました。
「核廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森瀧春子さんは「核と人類は共存できないと訴えてきたが、福島原発事故を防げなかった。そして、核開発利用サイクルのあらゆる段階で人間と地球を否定する惨禍をもたらしている。『核絶対否定』に向け、さらに前進しよう」と呼びかけました。

東北アジアの非核地帯化を─広島・長崎大会


真剣に講師の話を聞く参加者(8月5日・広島市内)

 広島大会・長崎大会では、開会総会でも福島原発事故の厳しい現状が報告がされました。事故の収束が見えない中で新たに汚染水の問題などが続出して不安が高まる一方、福島原発事故が風化しているのではないかとの懸念が強く訴えられました。また、被爆者の訴えでは、広島では柳川良子さん、長崎では筑城昭平さんからそれぞれ当時の惨状が語られ、再び核兵器を使ってはならないし、平和を守っていくことが大切と訴えられました。
 大会は2日目に、脱原発、核兵器廃絶、被爆者の援護・連帯の課題などのテーマを中心に、分科会やひろば、フィールドワークなどの取り組みが行われました。
 脱原発の課題では、福島原発事故の収束が進まぬ中、暮らしや健康、そして就労など不安をかかえざるを得ない現状が報告され、それらをどのようにとらえ運動を進めるのかが講師等から提起され議論されました。さらに安倍政権が原発再稼働に前のめりになっていること、今後再稼働が大きな焦点となり、各地での闘いとともに全国的な運動の展開が求められることが訴えられました。

プルトニウム分離は核兵器問題


高校生など若い世代も活動(8月9日・長崎県立体育館)

 核兵器廃絶の課題として、日本が進めるプルトニウム利用路線が核兵器廃絶に大きな障害になっていることが強調されました。使うあてのないプルトニウムを生産し続けることは周辺諸国に脅威を与え、東北アジアの平和と安定の障害になること、そのことが韓国の原子力政策を刺激することなど、核兵器課題と原子力課題が密接につながっていることが指摘されました。その上で東北アジアの非核地帯化の必要性とアメリカの核の傘からの脱却が求められていることを確認しました。
 日本は非核保有国として唯一使用済み核燃料の再処理を行い、約44トンものプルトニウムを所有しています。長崎型原爆5,500発分にもなります。原水禁は、世界各国の平和団体に要請し、各国日本大使館へ「日本のプルトニウム利用政策の廃止」を求める書簡の送付をお願いしました。国際平和ビューロー(IPB)や米国ピースアクションなど、11カ国から計23通が送られています。
 日本国内では原発問題として採り上げられがちの「再処理」ですが、世界的には核セキュリティー、核兵器課題であり、日本の44トンものプルトニウムは、周辺諸国の脅威であるとの指摘があります。核実験を繰り返してきた北朝鮮、米との原子力協定交渉で再処理を望む韓国の動きの中、東北アジアの非核地帯や、核拡散の防止のためにも、日本のプルトニウム利用政策の放棄が世界から求められていることが明らかになりました。被爆者の援護連帯の課題では、ヒロシマ・ナガサキの残された被爆課題である被爆体験者、在外被爆者、被爆二世・三世などの抱える問題点を明らかにしてきました。ヒロシマ・ナガサキの被爆者の課題を前進することは、いまフクシマで直面している被曝問題にもつながることが力説されました。
 福島では被曝問題が深刻化しており、進まぬ「原発事故こども・被災者支援法」や労働者被曝の問題なども議論されました。

ウラン採掘から廃炉まで問題だらけの原子力─国際会議
 8月5日、広島で国際会議が開催され、アメリカ、ドイツ、韓国から海外ゲストが参加し、ウラン採掘から廃炉に至るまで原子力は問題だらけであり、脱原発の政治選択が求められていることを確認しました。ウラン採掘における核被害は、核の商業利用も軍事利用もその出発点から多くの被害をもたらしていること。さらに脱原発を選択しても廃棄物など多くの問題が残ることが報告されました。

核と人類は共存できない


無人の街に除染土が積み残される
(7月29日・福島県飯舘村

 福島原発事故の現実を直視し、そして、明日のエネルギー社会を考えていくために、「脱原発」の課題をめぐって、それぞれの方向から今後の私たちの運動のあり方が議論されました。ドイツ緑の党のイェンス・ケンツィアさんは、「原発のエネルギーは高くつく。そのつけは円やユーロで払うこともあるが、人間の苦痛と悲しみで払うこともある」と話しました。
 フクシマにおける原発事故は、放射性物質による避難生活や健康不安だけではなく、地域社会の普通の営みや、文化と伝統、人の絆を分断しています。


オリバー・ストーンさん(左)なども参加
(8月7日・長崎ブリックホール)

  福島大会の翌日におこなわれたフィールドワークで見た飯舘村では、荒廃した田畑、空っぽの牛舎、積み置かれる除染土が残されていました。やませによる冷害を克服し飯舘牛をブランドに「日本一美しい村」として成功しつつあった飯舘村。原発から30キロも離れその恩恵に預かることなく重大な被害だけを被りました。大会を通じて、原発に依存しない社会をめざし、代替の再生可能エネルギーの進捗のために、様々な政策をとるべきことが確認されました。

 大会では、アメリカの映画監督のオリバー・ストーンさんと歴史学者のピーター・カズニック教授も参加し、大きな話題にもなりました。2人は、「原爆の投下は必要なかった」として、軍事大国米国が、核を放棄し、世界における対話と協調の政治を作り上げていくことが、世界平和のために求められると述べました。今大会を通じてわたしたちは、ヒロシマ・ナガサキの被曝の実装を学び、フクシマの厳しい現実を見ました。あらためて「核と人類は共存できない」ことを確信しました。核がもたらす被害にとどまらず、核をトータルにとらえる、そこからの脱却をはかる構想力と運動のアプローチが今後の私たちに課せられています。

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原水禁世界大会の国際会議開かれる
「破綻する原子力サイクル」
─放射能汚染と再処理問題で討議


ドイツ、韓国、アメリカのゲストを迎えた国際会議で
あいさつする川野浩一・大会実行委員長
(8月5日・広島アークホテル)

 8月5日、広島市内で国際会議が開かれ、原子力資料情報室の澤井正子さんの司会で、放射能汚染と再処理、そして除染問題に焦点をあてて討議が行われました。

原子力政策の犠牲となったフクシマと米先住民
 藤本泰成・大会事務局長は、キーノートスピーチで、「プルトニウム問題は原子力政策の課題であると同時に核兵器の課題でもある。フクシマで放射能被害を小さくしようとする動きがあり、被曝者支援法は一向に進んでいない。新規制基準は出来たが、これで再稼働をさせ、他国に原発を売り出そうとしている」と情勢を分析し、これを受けて、それぞれ報告がありました。
 福島県平和フォーラムの五十嵐史郎代表からは「原発事故から2年5カ月経つが状況は進展せず、新たな問題が起こっている。爆発した2号炉、3号炉近くは、毎時1.42シーベルトと、1年間の許容量をはるかに超える環境の中で作業が行われている。自主避難をしている人も徐々に県内に戻ってきているが、仮設住宅は2年間だけで、今後の見通しが立たない中での生活を強いられている。再開出来ない小中学校は30校もあり、再開出来ても教職員の中には片道100キロも通勤している人もいる」と、厳しい実態を報告しました。
 アメリカでウラン採掘に反対しているレオナ・モルガンさんは「私達『ナバホ』と呼ばれる『ディネ』の民の居留地は、『世界のウラン採掘の首都』と言われ、冷戦時代に大量の採掘がおこなわれ、国内で大量の原発が増築されてきた。ウラン採掘は短期間の内に新たな採掘場所に移っていき、除染処理もされず放置されてきた。中には露天掘りもあり、汚染された水がダム状に溜まり、それが破裂して街の近くまで流れ出してしまったこともあった。60年をかけた運動により、やっと自治政府で『天然資源保護法』を獲得した」と、闘いの歴史と今後の運動を語りました。

脱原発を選択したドイツと迷走する日本の原子力政策
 ドイツの緑の党のイェンス・ケンツィアさんは「ドイ ツでは再処理は80年代の運動によって断 念させてきた。高速増殖炉も40億ユーロ もかけてきたが、91年には閉鎖され今は遊 園地になっている。アッセの再処理工場で は、水は汚染され、この処理のために100 億ユーロかかった。中・低レベル廃棄物の 問題よりも高レベル放射性廃棄物の処分施 設の問題が常にネックで、この問題は原子 力エネルギーの問題の根幹にかかわる」と、 脱原発後も残る問題を提起しました。
 これに対し、原子力資料情報室共同代表 の西尾漠さんは「安倍政権で原子力政策を 基本的に決定するところがどこなのか判然 としない。エネルギー環境会議がなくなり、 原子力委員会もどうするのか検討されてい るところだ。2012年9月に原子力規制委 員会が発足し、原子力規制分野は曲がりな りにも独立したが、結果的に原子力政策の決定者がいな くなり、そのことによって経産省が勝手に原子力政策を 進める形が出来た」と迷走する日本の政策に警鐘を鳴ら しました。
 また、弁護士の海渡雄一さんも「脱原発弁護団全国連 絡会で六ヶ所再処理に取り組んだが、1997年の青森県 の検討会に活断層研究の第一人者である米倉伸之東大教 授(当時)が出席して再処理施設の活断層の活動性につ いて証言された。しかし国と県は、頑なまでにそれを否 定した。その後、渡辺満久東洋大教授も再処理工場直下 に活断層の存在を指摘された」と、構造的な活断層の上 に乗っている再処理工場の危険性を指摘しました。  一方、韓国の実情を、エネルギー正義行動のキム・ポ ンニョさんが報告。「イ・ミョンバク前大統領は、『日本 が原発を止めている間に韓国の原発を売ろう』と呼びか けたが、韓国でも福島原発事故の衝撃は強く、原発に賛 成だった人も反対するようになった。原発の製造過程で の部品テストに関わる偽造が明るみに出て100件にの ぼる原発スキャンダルに発展している。他方、有力な政 治家の中にも『核武装』を訴える人が増えている。韓米 原子力協定によって、韓国ではウラン濃縮・再処理が規 制されているが、これの改定を求める動きもある」と述 べました。
 こうした報告をもとに、「原子力サイクルという負の 遺産と私たちがどう向き合っていくかが問われている。 今後も各国と連携し情報を共有し、運動を進めよう」(司 会の澤井正子さん)と確認されました。

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福島第1原発事故を教訓に「環境基本法」を改正した!のに
放射性物質による環境汚染防止「関連法」は改悪された?
きれな水といのちを守る合成洗剤追放全国連絡会 岩野 淳

 2012年10月に函館で開催した「第32回合成洗剤追放全国集会」で、その年の6月に改正された「環境基本法」を踏まえ、分科会で「水環境を考える~『放射能汚染防止法』を求めて~」をテーマに、原発事故による放射性物質による健康被害、環境汚染を防止するための具体策について考えました。

全て原子力基本法に丸投げだった!
 2011年3月の原発事故まで放射性物質による環境汚染対策は、国・電力会社・御用学者(原子力ムラ)による情報独占と「安全神話」により環境法からは適用除外され、「原子力基本法」(昭和30年公布)等に委ねられてきました。
 「公害対策基本法」(昭和42年)、公害国会を経ての「改正公害対策基本法」(昭和45年)、そして現行の基本法である「環境基本法」(平成5年)においても放射性物質による環境汚染対策は「適用除外」が明記され、それゆえ個別法である「大気汚染防止法」(昭和43年)、水質汚濁防止法(昭和45年)等でも「適用除外」とされてきました。他の汚染物質とは違って、地方自治体による、環境法に基づく監視も公表も条例による規制も出来なかったのです。

特措法、設置法の成立と環境基本法での適用除外規定の削除
 しかし福島第1原発事故による大量の放射性物質の環境汚染の後、2011年8月に「原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」(特措法)が制定され、その第8条(監視及び測定の実施)で「国及び地方公共団体は役割分担と相互協力を行い監視と測定を行っていく」と規定されました。そして附則第6条で放射性物質に関する法制度の在り方について抜本的な見直しが明記され、翌2012年6月成立した「原子力規制委員会設置法」(設置法)の附則第51条により「環境基本法」が改正され適用除外規定(第13条)が削除されました。
 これ以降は大気汚染防止法、水質汚濁防止法など個別法での具体的な放射性物質対策が課題となりました。しかし昨年12月の衆議院総選挙により民主党から変わった自民・公明党政権の対応は「原発輸出・再稼働」方針が示すように、心無いものでした。

論議のないまま「関連法案」が成立
 4月19日に環境省は「放射性物質による環境の汚染の防止のための関係法律の整備に関する法律案」の閣議決定について発表しました。それによると10以上ある除外規定のある個別環境法のうち、今回は(1)「大気汚染防止法」、(2)「水質汚濁防止法」、(3)「環境影響評価法」(平成9年)、(4)「南極地域の環境の保護に関する法律」(平成9年)について、放射性物質に係る適用除外規定を削除して、放射性物質による大気汚染、水質汚濁状況を常時監視する等としました。
 法案は5月28日に衆議院、6月17日に参議院本会議で原案通り可決・成立し、6月21日に公布されました。原案の策定経過も、2012年11月19日の中央環境審議会総会でいきなり議事(案)として取り上げられ、月末には(案)が「意見具申」となり、パブリック・コメント等もないまま環境省案が作られ、閣議決定、成立に至りました。各委員会を含め、論議もないままの国会の現状は、野党を含め残念な状況と言うしかありません。

放射性物質の監視・公表権限は国が独占


事故を起こした東京電力福島第一原発

 改正された「大気汚染防止法」「水質汚濁防止法」での放射性物質と他の汚染物質との大きな違いは、その常時監視・公表権限が都道府県・自治体から国(環境大臣)に移されたことです。地方は協力義務のみ残ります。さらに「放射性物質」とは何なのか定義されていません。また、環境基準や排出基準等の具体的汚染防止策もありません。自治体条例での上乗せ・横出し等の規制強化が出来るのかもわかりません。
 「大気汚染防止法」「水質汚濁防止法」の施行は公布から6箇月を超えないとされています。詳細は政令や省令で定められると思います。特措法にも3年後(2014年)の見直し規定があります。合成洗剤追放の取り組みも自治体の条例・方針等の策定と並行して進められました。せっかく個別法の対象となった放射性物質による汚染防止対策を、地域・自治体から強化しましょう。
(いわの・じゅん)

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松江市教育委員会による「はだしのゲン」閲覧制限措置に対する平和フォーラムの見解

 故・中沢啓治さんの漫画作品『はだしのゲン』について、島根県・松江市教育委員会が2012年12月、市内の小中学校に対し図書室での閲覧制限措置をとるよう求め、『はだしのゲン』を所蔵するすべての学校がこれに応じていたことが明らかになりました。昨年8月に「『はだしのゲン』は間違った歴史認識を植え付ける」とする陳情が松江市議会に上がったものの、陳情は全会一致で不採択となりました。しかし、松江市教委は事務局の判断で、「過激な描写があり、子どもが自由に読むのは不適切」とし、各小中学校での閲覧を制限するよう校長会において要請したものです。多くの市民・学校関係者などからの批判を受けて、松江市教委は要請の撤回を視野に再検討を行うとしています。
 『はだしのゲン』は原爆被害の実相を伝える作品として、これまでに高い評価を得ています。また、約20カ国語に翻訳され、世界の人々にも読まれているものです。戦争の実態を知り平和の尊さを学ぶことは、侵略戦争の反省に立つべき日本にとって教育の重要な要素であり、平和教育を推進すべき教育委員会がとる判断として、失当であると考えます。松江市教委は「過激な描写」が問題であるとしていますが、戦争自体が残酷なものである以上、そのことを隠して戦争の実相を伝えること、そして理解することは困難です。子どもたちから戦争を考えることを奪う行為に他なりませんし、何をどう描き、何を伝えようとしたのか、そのことを踏まえない今回の規制は、表現の自由を侵すおそれがあるものです。直ちに撤回することを心から要請します。(中略)
 日本国憲法前文には「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」とあります。この理想に向けて、次代を担う子どもたちが胸を張って進んでいくために、そしてまた、過去の歴史をしっかりと見つめその反省に立ち、憲法で保障された国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を基本にした教育の発展のために、教育行政はすすめられなくてはならないと考えます。(2013年8月21日)

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核廃絶を言いつつ、核のボタンを押す準備

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