7月, 2021 | 平和フォーラム

2021年07月30日

弾道ミサイル管理のあり方を再検討せよ ―北朝鮮のミサイルのみを問題にするのは二重基準であるー

渡辺洋介

1.はじめに

2021年3月25日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)は2発の弾道ミサイルを発射した。これに対して、日米両国は国連安保理決議1718などに違反するとして北朝鮮を非難した[注1]。確かに安保理決議1718は「北朝鮮に対し、いかなる核実験または弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないことを要求」[注2]している。核実験については1996年に採択された包括的核実験禁止条約(以下、CTBT)が存在し、いまも発効していないとはいえ、核不拡散条約で定められた核兵器国5か国(米露中英仏)は1996年以降、核実験を行っておらず、CTBTは、事実上、核実験を抑制する国際的な規範となっている。

一方で、弾道ミサイルの発射は、多国間条約によって禁止はされておらず[注3]、「弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ国際行動規範」(HCOC)という143か国が加盟する政治的取極めによって緩やかに規制されているだけである(中国、北朝鮮、イランなどは未加盟)[注4]。HCOCは、大量破壊兵器を運搬する能力をもつ弾道ミサイルシステムの拡散を包括的に防止することを主な目的としているが、すでに存在する弾道ミサイルに対しては意味のある規制を設けておらず、「大量破壊兵器を運搬する能力をもつ弾道ミサイルの国内備蓄の削減を含む、かかるミサイルの開発、実験、配備の可能な限り最大限の抑制をすること」と定めるにすぎない[注5]。実際、米国、ロシアなどの核兵器国は大陸間弾道ミサイルの発射実験を続けている。また、韓国も新型弾道ミサイル開発のために発射実験を行っている。

こうした中で、いまも38度線を挟んで軍事的緊張が続く状況下において、北朝鮮の弾道ミサイル発射のみを問題視し、米韓の弾道ミサイル発射実験や軍近代化の動きを無視するのは一方的な議論である。一方に偏った議論からは、外交交渉による政治的解決は期待できないわけで、対話による朝鮮半島の平和と安定をめざすのであれば、まずは偏った議論や見方を正す必要がある。こうした問題意識から、本稿では米国をはじめとする核保有国の弾道ミサイル発射実験と韓国におけるミサイル開発・実験の現状を概観する。

  

2.米国の弾道ミサイル発射実験

米国は現在ミニットマンIII(陸上発射の大陸間弾道ミサイル)とトライデントII D5LE(潜水艦発射弾道ミサイル)の2種類の核弾頭搭載可能な弾道ミサイルを有しており、安全性や信頼性を確認するため、毎年数回発射実験を行っている。2021年には2回の発射実験が確認されている。2月9日にトライデントII D5LEがフロリダ沖の潜水艦から発射され、8000㎞離れた南大西洋の標的に着弾した[注6]。さらに、2月23日には、ミニットマンIIIがカリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地から南太平洋のクワジェリン環礁実験場に向けて発射された[注7]。米軍がすべての弾道ミサイルの発射実験を公表しているかどうかは定かではないが、過去5年間に米国が実施した弾道ミサイル発射実験を表1に整理した[注8]。

※ミニットマンIIIはすべてカリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地から南太平洋クワジェリン環礁実験場に向けて発射された。

3.今年行われた核保有国の弾道ミサイル発射

冒頭でも示唆した通り、北朝鮮に対する制裁決議である安保理決議1718は「核、化学及び生物兵器並びにその運搬手段の拡散が、国際の平和及び安全に対する脅威を構成する」ことを理由に「北朝鮮に対し、いかなる核実験又は弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないことを要求」している。核兵器の運搬手段としての弾道ミサイル発射が国際平和の脅威となるという議論は間違っていないが、そうであればすべての核保有国のミサイル発射に対しても規制を設けるべきである。日本の報道では北朝鮮のミサイル発射ばかりが大きく取り上げられるが、表2に示すように、今年に入ってからだけでも、北朝鮮の他に、パキスタン、米国、フランス、ロシア、インドといった核保有国が弾道ミサイルの発射実験を行っている。これらはみな核兵器搭載可能な弾道ミサイルである。こうしたミサイル発射は容認しておいて、北朝鮮の弾道ミサイル発射のみを問題にするのは二重基準である。

※この表は、各国の報道に基づいて作成したもので、すべての弾道ミサイル発射実験を網羅しているとは限らない。

4.韓国の弾道ミサイル開発と発射実験

核保有国ではないが、韓国が保有する弾道ミサイルについても日本ではあまり報道されていない。北朝鮮から見れば、韓国の弾道ミサイル能力を含む軍事力強化に対抗する必要性から、新型ミサイル開発のために発射実験を行っているという面もある。これまでの議論からは少し外れるが、今年の5月に韓国と米国の間で合意した「米韓ミサイル指針」の撤廃を切り口に、そこに至るまでの経緯と韓国が保有する弾道ミサイルの現状について簡単に紹介したい。

上述の通り、2021年5月21日、米韓ミサイル指針の撤廃に合意した。これにより韓国はどんな弾道ミサイルでも保有できるようになったが、それ以前は、表3に示すように米国との合意により保有できる弾道ミサイルの射程距離と弾頭重量に制限が定められていた。

韓国が米国とミサイル指針を締結した1979年時点では、韓国は独自のミサイル技術を有しておらず、米国から短距離弾道ミサイル・ナイキ・ハーキュリーズの技術供与を受けることと引き換えに弾道ミサイルの射程距離を180kmに制限された。その後、1990年代に韓国は独自にミサイルを開発できる技術を有するようになり、米国との5年間にわたる交渉の結果、2001年に新たなミサイル指針が合意された。この時に韓国が保有できる弾道ミサイルの射程距離が300kmに延長され、韓国の弾道ミサイルは北朝鮮の大部分を射程に収めることとなった。2012年には、北朝鮮の弾道ミサイル開発の進展を踏まえて、韓国が保有できる弾道ミサイルの射程距離が800㎞に延長され、最終的には、今年5月にすべての制限が撤廃された[注15]。

現在、韓国が保有する弾道ミサイルは3種類で、射程距離が180kmから250㎞のNHK-2(ナイキ・ハーキュリーズ・コリア)、射程300kmの玄武(ヒュンム)2A、射程500kmから800kmの玄武2Bを保有している[注16]。現在、射程800kmの玄武4を開発中で2020年3月に2発のミサイル発射実験を実施した[注17]。また、2021年7月4日には、潜水艦発射弾道ミサイルの水中発射実験を行った。この弾道ミサイルは、外観の特徴から玄武2Bと同系統のミサイルではないかと報じられている[注18]。

5. 弾道ミサイル管理のあり方を再検討せよ

以上、見てきた通り、北朝鮮ばかりでなく、米国、ロシア、インド、パキスタン、そして韓国も弾道ミサイルの発射実験を実施している。北朝鮮が核兵器を保有したことに鑑みて、その運搬手段たる弾道ミサイルの発射実験を禁止することは、より高性能な弾道ミサイルの開発によって核兵器をより効果的な脅しの手段とさせないためには必要な措置である。しかし、ミサイル発射実験を続ける核保有国に北朝鮮のミサイル発射を非難する資格があるのだろうか。

とりわけ米国は数千発の核弾頭を保有し、400発の大陸間弾道ミサイルと1000発の潜水艦発射弾道ミサイルを作戦配備し、その気になればいつでもそれらを北朝鮮に打ち込める態勢をとっている。加えて、弾道ミサイルを正確に打ち込めるよう、弾道ミサイル発射実験を継続的に行っている。また、韓国も着実に弾道ミサイルの射程距離を延ばすとともに弾頭重量を増やし、ミサイル戦力の強化を行っている。こうした安全保障環境の中で、北朝鮮のミサイル発射のみを非難するのはフェアではない。ましてや核保有国がそれを行うのは二重基準である。

そもそも、こうした二重基準は冒頭で触れたHCOCに内在した問題でもある。すなわち、現在の弾道ミサイル管理体制は、大量破壊兵器の運搬手段としての弾道ミサイルの不拡散に焦点を置いたものであり、上に述べた通り、すでに弾道ミサイルを保有している国が発射実験を実施しても何のお咎めもない制度となっている。こうしたフェアでない弾道ミサイル管理のあり方は再検討すべきであり、核保有国による弾道ミサイル発射実験の規制について国際的な論議を呼び起こすことこそが求められている。

注1 例えば、以下。「北朝鮮によるミサイル発射事案等についての会見」(首相官邸HP、2021年3月25日)
https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2021/0325kaiken.html
「北朝鮮ミサイル発射 バイデン大統領『国連安保理決議に違反』」(NHK HP、2021年3月26日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210326/k10012936631000.html
注2 外務省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/anpo1718.html
注3 例えば、『すべての面におけるミサイル問題:国連事務総長報告』(国際連合、2003年、13頁)は、「現在、ミサイルに関するすべての点における懸念に具体的に取り組んだ普遍的に受け入れられた規範あるいは法的文書は存在しない」と結論づけている。
https://digitallibrary.un.org/record/494729
注4 弾道ミサイルに立ち向かうための国際行動規範(HCOC)HP 
https://www.hcoc.at/?tab=subscribing_states&page=subscribing_states
注5 弾道ミサイルの拡散に立ち向かうための国際行動規範
https://stage.tksc.jaxa.jp/spacelaw/world/1_04/04.J-1.pdf
注6 戦略国際学センター(CSIS)HP
https://missilethreat.csis.org/us-navy-test-fires-trident-ii-slbm-5/
注7 戦略国際学センター(CSIS)HP
https://missilethreat.csis.org/us-test-fires-minuteman-iii-icbm-2/
注8 以下を基に著者が作成。

1.ピースデポ編著『イアブック 核軍縮・平和2018』(緑風出版、2018年)、92頁。

2.H・クリステンセン、R・ノリス「ニュークリア・ノートブック」米国の核戦力(2017年版~2021年版)

3.注6、注7

注9 パキスタン政府HP
https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=6019
注10 パキスタン政府HP
https://www.ispr.gov.pk/press-release-detail.php?id=6035
注11 38ノース
https://www.38north.org/2021/03/initial-analysis-of-north-koreas-march-25-srbm-launches/
注12 ザ・ドライブ
https://www.thedrive.com/the-war-zone/40365/frances-carries-out-unusual-ballistic-missile-test-as-an-american-spy-plane-looks-on
注13 タス通信
https://tass.com/defense/1307845
注14 ザ・ヒンドゥー
https://www.thehindu.com/news/national/drdo-successfully-tests-new-generation-nuclear-capable-missile-agni-p/article35013208.ece
注15 軍備管理協会HP
https://www.armscontrol.org/act/2020-06/news/south-korea-tests-new-missile
注16 戦略国際学センター(CSIS)HP
https://missilethreat.csis.org/country/south-korea/
注17 戦略国際学センター(CSIS)HP
https://missilethreat.csis.org/south-korea-tests-new-ballistic-missile/
注18 戦略国際学センター(CSIS)HP
https://missilethreat.csis.org/south-korea-tests-submarine-launched-ballistic-missile/

2021年07月27日

ニュースペーパーNews Paper2021.7

7月号もくじ

ニュースペーパーNews Paper2021.7

*表紙 核も戦争もない平和な21世紀に!被爆76周年原水爆禁止世界大会

*インタビューシリーズ 川崎哲さんに聞く 核兵器禁止条約を活かして東アジアの平和と安全を構築

*核と人類は共存できない―原水禁運動の歴史―

*広島・長崎原爆朝鮮人虐殺被害の真相と課題

*数字で見る/お詫びと訂正/コロナ禍とオリ・パラ開催の裏で

2021年07月12日

朝鮮半島の平和を求めるオンライン署名

朝鮮半島の平和を求めるオンライン署名は、世界中の総計で 2,335団体/1万5千人(認証ショット6,711枚)となり、
・ 南側 : 17広域都市・道、1,874団体、1万人(認証ショット5,048枚)
・ 海外 : 6ヶ国(日,米,カ,中,独,仏)67地域、461団体,5,351人(認証ショット1,663枚)
※日本は384団体、4,704人。そのうちオンライン署名は377団体、共同行動(認証ショット及びオンライン個人署名)は270人でした。
ご協力ありがとうございました。

第二次世界大戦終了後、日本の植民地支配から解放された朝鮮半島は、しかし、米国を中心とした国連軍などの介入によって、朝鮮民族が南北に分かれて戦う(朝鮮戦争)という不幸な歴史を背負うこととなりました。日本と韓国に軍隊を駐留させている米国は、朝鮮戦争の終結も、朝鮮と韓国の南北の融和も許さず、東アジアでのプレゼンスを高めてきました。

2018年6月、トランプ米大統領と金正恩朝鮮国務委員長は、シンガポールにおいて歴史的な首脳会談を開催し、米朝間の新たな関係構築、朝鮮半島平和体制の構築、朝鮮半島の完全な非核化、戦争捕虜および戦争行方不明者の遺骨の米国送還など中心としたシンガポール宣言を行いました。しかし、事態は動く気配を見せません。朝鮮を標的とした米韓軍事演習と敵視政策を継続する限り米朝の対話の途が開けるとは考えられません。

朝鮮半島の平和は、日本を含む東アジア全体の平和構築においても大変重要です。私たちは、米国と朝鮮が早期に対話の途を開くべきであると考えます。そのため、以下に記載した事項を心から要請します。

1.朝鮮半島で70年を超えて続く朝鮮戦争を終了させること
2.南北共同宣言や米朝共同宣言を履行すること
3.米韓軍事演習を中止し、米朝対話、南北対話の扉を開くこと
4.日本国憲法の平和主義を守り、日米軍事一体化など軍事強化をすすめないこと
5.防衛予算の増額を止め、コロナ対策など市民生活の拡充に回すこと

 

2021年07月07日

辺野古サンゴ特別採捕をめぐる関与取り消し訴訟で最高裁が下した不当判決に抗議する

沖縄県が国の関与は違法だとして取り消しを求めていたサンゴ特別採捕をめぐる関与取り消し訴訟で、最高裁判所(林道晴裁判長)は2021年7月6日、県の上告を棄却しました。

辺野古新基地建設の建設予定海域にある大浦湾に生息する約4万群体のサンゴを移植するために、沖縄防衛局が沖縄県に対して特別採捕の許可申請をしたところ、沖縄県はこれまでに例のない大規模なサンゴの移植であること、また大浦湾の軟弱地盤の存在により埋め立て工事が困難であることが明らかになったことで、水産資源の保護の立場から、慎重な審査を続けていました。これにたいして、沖縄県は何ら判断をしない違法な状態にあるとして、農林水産大臣が、沖縄防衛局のサンゴ採捕の申請を許可せよとする是正の指示を沖縄県知事に出したことで沖縄県と国との争いとなりました。

2021年2月3日の福岡高裁那覇支部の判決は、沖縄県が許可をしないことは裁量権の逸脱又は濫用であるとして、沖縄県の訴えを棄却していました。そもそも、「不作為が違法であるのみならず、許可処分もしないという点においても違法な状態」などと、許可をするかしないかという、法令で知事に与えられている権限を、根拠の明示もなく違法と断定するずさんな判決であったうえに、大浦湾の軟弱地盤について、無益な工事になったとしても工事を妨げる法律上の根拠はないと、国の強行工事を後押しするような踏み込んだ発言までしていました。またサンゴの保護についても国の主張を全面的に採用した一方、沖縄県の主張はことごとく切り捨て、沖縄防衛局のサンゴ保護は手厚いと一方的に評価する始末でした。

上告審である今回の最高裁判決も、沖縄県の処分は裁量権の逸脱又は濫用であるとした福岡高裁判決を維持し、是認する不当判決にすぎません。

最高裁の判決理由は、「設計変更に関する部分に含まれない範囲の工事」は当初の計画通りに工事を進めることができるという国の主張と同様の前提にたち、サンゴ保護に関する沖縄県の主張を何ら考慮することなく、「サンゴが死滅するおそれがある以上、移植は必要だ」と言い切りました。さらに沖縄防衛局の環境保全措置も十分配慮されているとしたうえで、沖縄県が許可しないことは、沖縄防衛局の地位を侵害するとしています。そのうえで沖縄県の判断は「考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮した」著しく妥当性の欠いたものと、法令に基づいた沖縄県の行政処分を全否定するかの価値判断まで行っていることに強い違和感があります。

最高裁五人の裁判官のうち二人が、裁量権の逸脱又は濫用として違法であるいとはいえないとして反対意見を述べています。大浦湾の軟弱地盤の存在で、変更申請が不承認になった場合、サンゴ移植は無意味であるということ。サンゴの移植を行ったとしても、移植は極めて困難で、大半が死滅することを考えれば、それでもサンゴの移植をするべく大浦湾の埋め立て事業が実施される蓋然性が相当程度になければいけないとする反対意見は、きわめて現実的な意見といえます。

今後、国はこの不当な最高裁判決を錦の御旗にして、設計概要変更に対する沖縄県知事の判断に、承認するように圧力をかけ、そして裁判等に訴えてくるでしょう。国への忖度ともいえる裁判が繰り返されてはいますが、沖縄県と県民、そして辺野古新基地建設に憂慮するすべての人びとと連帯を強固にし、忖度を許さない闘いを進めていくことが大切であると考えます。そのためにもフォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)は全力でとりくむことをここに表明します。

 2021年7月7日

フォーラム平和・人権・環境

共同代表 藤本康成

共同代表 勝島一博

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