9月, 2025 | 平和フォーラム

2025年09月30日

サイバーテック東京2025とイスラエルの「ジェノサイド経済」~安倍政権における対イスラエル接近の遺産

役重善洋

はじめに

 2025年9月4日、東京のホテルニューオータニでサイバーテック東京2025というイベントが、経産省および内閣に設置されているサイバーセキュリティ戦略本部の後援で開催された。サイバーテックは2014年からテルアビブでほぼ毎年開催されている民間のイベントで、これまでローマやニューヨーク、シンガポール、ドバイなど、海外にも展開している。東京では2017年から19年にかけて3回開催され、今回6年振りの開催となる。

 サイバーテック東京2025の協賛には、イスラエル経済産業省やイスラエル国家サイバー局が名前を連ね、関連イベントも含めて約40名の海外スピーカーのほぼ半数をイスラエルの政治家や官僚、企業家が占めている。スピーカーの中には、ソフトバンク・ビジョン・ファンドのイスラエル事務所代表で元モサド長官のヨシ・コーヘンや、事前の告知には含まれていなかったが、同時期に来日していたニール・バルカット経済産業相もいた。また、日本とイスラエルだけでなく、インドやベトナム、アラブ首長国連邦、スイスなどのサイバーセキュリティに関わる政府関係者の参加があったこともこのイベントの大きな特徴といえる。

 東京でのイベントに先立って9月2日には、大阪のリーガロイヤルホテルでも同様のビジネスフォーラムが行われた。ガザにおけるジェノサイド作戦が2年近く続き、イスラエルに対する制裁が国際的に議論される中、イスラエル軍と緊密な関係にある同国のサイバーセキュリティ関係者が多く参加するイベントを政府の後援の下で行うということは、批判されることを見越した極めて挑戦的な動きといえる。それぞれの会場で抗議行動が取り組まれ、大阪では延べ100名以上、東京では約200名が、事実上ジェノサイドを後押しすることとなるイベントに対し怒りの声を上げた。また、大阪の会場を視察した人の証言では、イスラエルを中心とした海外からの参加者に比べ日本側の参加者は多くなく、到底盛り上がっているとは言えない雰囲気であったという。

安倍政権下の日本・イスラエル関係とサイバーセキュリティ協力

 日本とイスラエルとの関係緊密化が加速するのは2014年5月にネタニヤフ首相が来日し、安倍首相とともに「日本・イスラエル間の包括的パートナーシップ構築に関する共同声明」を発表して以降のことである。この声明は両首脳の会談を「安全保障に関する初の首脳級対話」と位置づけ、国家安全保障局間の意見交換開始、サイバー・セキュリティに関する協力、防衛当局間の交流拡大を謳った。過去20年余りの両国関係の歴史を振り返ると、この3つの合意事項の中でもサイバーセキュリティ協力が中心的な意味を持っていたことが分かる。第二次安倍政権は発足から半年足らずで「サイバーセキュリティ戦略」(2013年6月)を打ち出し、防衛大綱(2013年12月)の中の重要項目として位置づけていた。ネタニヤフ首相来日の半年後にはサイバーセキュリティ基本法を成立させた。

 第二次世界大戦後の日本の中東外交は伝統的に「親アラブ」であり、米国のそれと一線を画してきたことに特徴があった。それはエネルギー安全保障の観点にとどまらず、日本の右派勢力の中にしばしば見られる反欧米中心主義的な歴史修正主義的姿勢とも関わる。安倍政権は、日本軍慰安婦問題を中心とする歴史認識問題が躓きの石となった第一次安倍政権の失敗に対する教訓としてイスラエルに接近した面があるように思われる。当時、欧州で台頭しつつあった右派ポピュリストの政治家がヒトラー支持の過去を封印し、自らの正統性を確保する方途として、イスラエルのホロコースト記念館を訪問し、イスラエルの右派政治家と友好関係を築こうとする動きがあったことは、安倍政権の親イスラエル姿勢を分析する上で重要な要素である。また、当時日本会議東京都本部会長で安倍氏とも懇意であった加瀬英明が、第二次安倍政権に向けて、米国の意向を無視して入植地建設を進めるイスラエルを見習って、靖国参拝を行うべきとの主張をしていたことも見逃してはならない。さらに、デュアルユースを含む武器ビジネスの国際展開を狙うイスラエルと、武器輸出三原則を撤廃し、防衛産業を強化しようとする安倍政権の方向性にも極めて強い親和性があった。

 サイバーテック東京が2017年から2019年まで開催されたのは、そうした安倍政権の姿勢を受けてのことであった。以後6年間同イベントが開催されなかったのは、コロナ禍が大きな原因であることは間違いないが、オリンピック開催後の日本におけるビジネスチャンスの減少、イスラエルの右傾化加速によるレピュテーションリスク増大への懸念、そして贈賄・汚職問題の噴出および安倍氏殺害による、安倍政権を支えていた自民党内右派勢力の弱体化など、複合的な要素を見ておく必要がある。

イスラエルの「ジェノサイド経済」とサイバーセキュリティ

 今回6年振りにサイバーテック東京が開催された背景として、イスラエル側の事情、とりわけ同国の厳しい経済状況を無視することはできない。資源に乏しい小国イスラエルの経済は貿易および海外投資により支えられている。ガザにおけるジェノサイド作戦が続く中、2023年・2024年のイスラエルの貿易額および外国直接投資額は、いずれも2年連続で減少している。とりわけ、2025年6月13日のイスラエルによるイラン攻撃に端を発する両国間の「12日戦争」は、イスラエル経済に大きなダメージを与えた。極超音速ミサイルを含むイランの弾道ミサイルによる直接的な被害にとどまらず、空港・港湾の閉鎖やイスラエルのミサイル防衛に対する信用低下などのダメージからイスラエルはいまだに回復できていない。

 そうした中での唯一ともいえるイスラエルの成長分野が兵器産業および、それと融合しているサイバーセキュリティを含むIT産業である。イスラエルのGDPの20%、総輸出の53%を占める旗艦産業であるIT産業も、技術者が徴兵され、外国投資が枯渇する中で厳しい状況にあることは違いない。ところが、サイバーセキュリティなど軍事に直結する領域に関しては、イスラエル軍のサイバー部隊などを通じて、戦時下においてむしろ政府の保護下で人員・資金が着実に投入されている。また、イスラエルがガザやイランに対して行っている軍事行動は、多くの一般的消費者からすれば狂気の沙汰であり、そこからポジティブなイスラエルのイメージは生まれようがない。しかし、軍事・セキュリティ産業関係者の視点からすると、高度な諜報作戦や無人機などのハイテク兵器などが作戦に投入され成果を上げている様子は、ビジネスパートナーとしてのイスラエルに関するプラスのイメージになり得る。結果として、そうした分野だけがイスラエル経済の中で肥大していく構造が形成されている。2024年のハイテク分野のGDP成長率は2.2%、他分野が軒並みマイナス成長であるのを埋め合わせる格好となっている。この分野の成長がイスラエルのジェノサイドと相互補完的な関係にあることを如実に示している。

イスラエルの経済危機と自民党安倍派の後退

 2017年に開催された最初のサイバーテック東京では両国の経済産業大臣が登壇した。2018年と2019年の開催では小池百合子東京都知事が登壇した。今回、イスラエルのニール・バルカット経産大臣は登壇したが、日本政府からのスピーカーのトップは、経産省大臣官房審議官というかなり格下の官僚であった。事前にイスラエルの大臣の参加がアナウンスされなかったのもそのためであろう。来日中にバルカットが会えたのは、大串経済副大臣までであった。

 このように、逆境ともいえる状況にも関わらずイスラエルが大掛かりなイベントを敢えて日本で開催した理由と関係があると思われるのが、ガザ北方の港の運営を行うアシュドッド港湾会社が主催するセッションが大阪・東京のいずれの会場でも行われたことである。イスラエルの港湾は、「10・7」以降、大きな経済的損失を被っている。2025年7月には、イスラエル行き船舶に対するイエメンのフーシ派(アンサールッラー)の攻撃により寄港する船舶が激減していたエイラート港の運営会社が破産宣告を行った。アシュドッド港湾会社は、イスラエルで唯一国有の港湾会社である。しかし、ガザ情勢の影響に加え、もともと、中国の国営企業、上海国際港務集団が2021年に建設し、25年契約で運営するハイファ港との競争もあり、厳しい経営状況にあった。そこでアシュドッド港湾会社は、港湾運営のハイテク化を図るため、みずからスタートアップ支援のファンドを立ち上げたり、海外の港湾や自治体とイノベーションに関する協力関係を結んだりしてきていた。2024年12月には、新たなファンド立ち上げのイベントを政府の後援の下で現地開催し、サイバーセキュリティ対策などに関心をもつ日本を含む世界各国の経済担当の大使館員40名以上が参加した。

 この年の3月、日本ではサイバーセキュリティ基本法が定める「重要インフラ分野」に「港湾」が追加された。これはアシュドッド港湾会社にとって大きなビジネスチャンスであり、実は今回のサイバーテック開催の主要な理由はここにあったのではないかと筆者は考えている。開催から2週間後の9月14日、アシュドッド港湾会社が、日本とイスラエルの経済交流を推進する投資会社チャータードグループと基本合意書に署名し、港湾・海上流通関連のスタートアップ企業への共同投資を進めていくことで合意したことが報じられた。チャータードグループの理事には、安倍内閣のときに外務副大臣など担当し、現在、自民党サイバーセキュリティ対策本部で下村博文本部長の補佐役を務める中山泰秀元衆議院議員が入っている。中山元議員は父親の代からの親イスラエル政治家として有名であり、9月3日に大阪で開催されたアシュドッド港湾会社主催イベントでスピーチもしている。2021年5月の「イスラエル・ガザ戦争」に際しては、防衛副大臣の立場にありながら「私たちの心はイスラエルと共にある」とSNS投稿し、問題となり、その後の選挙では落選し続けている。

 イスラエルにとって、日本の経済界とのつながりは、とりわけ非欧米地域におけるマーケティングにおいて重要な資産となる。イスラエル一国のみのファンドであれば生じるであろう政治的批判やレピュテーションリスクを低減することができるからである。例えば、今回のサイバーテック東京の協賛には、アラブ首長国連邦・国家サイバーセキュリティ評議会が名前を連ね、同評議会議長のスピーチもあったが、アブラハム合意の翌年2021年および2022年にドバイで開催されたサイバーテックは、その後、開かれておらず、また、テルアビブで開催されているサイバーテックにUAEからスピーカーが招かれることもない。日本における開催が、政治的リスクを抑制したかたちでのイスラエルとUAEの経済交流を可能にしたといえる。同様のことが、サウジアラビアの政府系投資ファンド(PIF)の資金をソフトバンクビジョンファンド(SVF)が受け入れることで、実質的にサウジの資金をイスラエル企業に投入することを可能にするからくりにも当てはまる。

 なお、サイバーテック東京2025のスピーカーには、元総務官僚で安倍政権下では内閣サイバーセキュリティセンター副センター長などを担い、菅政権で総務省幹部接待問題に関与し退職し、現在はインターネット会社社長をしている谷脇康彦や、元経産官僚でやはり安倍政権下で内閣サイバーセキュリティセンターの審議官を務め、現在は大学教授をしている三角育生なども含まれる。サイバーセキュリティに関わる日本・イスラエル関係の構築が、比較的狭い人間関係の中で行われてきたことが伺われる。安倍政権の政治手法の問題がここにも垣間見られる。

孤立を深めるイスラエルと外交ビジョン不在の日本

 アシュドッド港湾会社は2022年にスペインのバルセロナ港とイノベーションに関する協力合意書に署名したが、その後の3年間で状況は大きく変化した。今スペインは、EUの中でイスラエルに対する制裁強化を呼びかける先鋒となっている。8月31日には、環境活動家グレタ・トゥンベリさんらが参加する数十隻のガザ支援船団がイスラエルの封鎖を突破して支援物資を届けることを目指してバルセロナの港から出発した。9月24日、イスラエル軍によると思われるドローン攻撃が船団に対してなされると、スペインおよびイタリアの海軍が船団を護衛するための艦船派遣を発表した。

 同日、石破首相は国連総会の一般討論演説で、「イスラエル政府高官から、パレスチナの国家構想を全面的に否定するかのごとき発言が行われていることには、極めて強い憤りを覚えます」などと強い言葉でイスラエルを批判した。そのこと自体は評価に値するものの、残念ながら、スペインやイタリアが示したような、イスラエルに圧力を与えるための具体的行動は今のところ打ち出されていない。本来であれば、サイバーテック東京に政府官僚が参加することを止める程度のことはできたのではないだろうか。あるいは、イスラエルに対するデュアルユース製品の輸出禁止、イスラエルの武器および入植地製品の禁輸、日・イ投資協定の停止、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるイスラエルからの投資引揚げなど、日本政府が少しでも本気になれば、できることはいくらでもある。

 石破首相は国連総会演説で次のようにも述べている。「この「核兵器のない世界」に向けた取組に、今まさに、真っ向から挑戦しているのが北朝鮮です。その核・ミサイル開発は国際社会の平和と安全に対する重大な脅威です」。イスラエルを含め9か国ある核兵器保有国の中からなぜ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)だけを取り出し、「脅威」と名指す必要があるのだろうか。石破首相の「リベラリズム」の政治的限界がここにある。日本は中国・北朝鮮を含む近隣アジア諸国との友好関係構築に向けた外交ビジョンを明確にしたとき、はじめてパレスチナ問題に対する意味のある働きかけができるようになるのではないだろうか。

参考)サイバーテック東京2025公式HP
https://tokyo.cybertechconference.com/ja

2025年09月22日

ニュースペーパーNews Paper 2025.9

9月号もくじ
ニュースペーパーNews Paper 2025.9
表紙
*核をめぐる現在の情勢について 浅野英男さんに聞く
* 21世紀のホロコーストが起きているガザ
*原水爆禁止日本国民会議 脱原発への歩み その②
*被爆80周年原水爆禁止世界大会報告
*狭山第4次再審の現状
* 80年目の「8月15日」

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