3月, 2026 | 平和フォーラム

2026年03月06日

イラン戦争の序章としてのイラン核合意崩壊

役重善洋

はじめに:イスラエルと米国のイラン攻撃

 本稿では、第二期トランプ政権発足後、イラン核合意が最終的に破綻した過程、とりわけその紛争解決メカニズムが機能不全に陥ったプロセスを追う。まず本題に入る前に、脱稿直前に始まった米・イスラエルによるイラン攻撃の状況を確認しておきたい。

 2月28日、イスラエルと米国はイランに対する大規模攻撃を開始した。昨年6月13日に開始された「12日間戦争」のときと同様、米・イラン間の核交渉が進められている中での騙し討ち的奇襲攻撃から始まった。2月6日、17日、26日とオマーンで行われた間接協議の3回目終了後には、仲介国のオマーンが「大きな進展」があったとし、3月2日にIAEAを交えての第4回協議が予定されていたが、これらの協議は、開戦準備が整うまでの時間稼ぎであったという分析が説得力を持たざるを得ない。

 昨年の攻撃ではまずイスラエルが核施設や革命防衛隊司令官や軍参謀長、核科学者などをターゲットにした他、防空レーダー施設も破壊し、その上で、米国がウラン濃縮施設に対する攻撃を行った。イランはイスラエルに対しては本格的な報復攻撃を行ったが、米国に対しては、カタルの米空軍基地への限定的ミサイル攻撃に留め、結果的に米国の強い意向で停戦合意がなされた。

 イランの防空体制を弱体化した上で、米空母2隻を投入した今回の攻撃は、「壮絶な怒り」作戦と名付けられ、最初から米・イスラエルの共同作戦として行われている。開戦直後、トランプ米大統領とネタニヤフ・イスラエル首相がそれぞれ出した声明にはイラン国民に対する政権転覆の呼びかけが含まれていた。初日の攻撃で最高指導者ハメネイ師やナシルザデ国防相、ムサビ参謀総長、パクプール革命防衛隊司令官らの殺害に成功した。ミサイル製造拠点などが標的となっているようであるが、イラン南部ミナブでは女子小学校が攻撃され、180名の生徒・教員らが死亡した。

 イラン側も、イスラエルに対するミサイル攻撃に加え、周辺アラブ諸国(バハレーン、カタル、サウジアラビア、UAE、ヨルダン)の米軍基地や米国大使館、石油関連施設、空港などに対してドローンおよびミサイルを用いた攻撃で応戦している。

 現状で言えることは、イラン核合意の崩壊が、イスラエルと米国のイラン攻撃の前提条件となったということであり、2018年の米国の合意離脱以降、着々とイラン攻撃に向けた条件づくりがされてきたということである。以下、そのプロセスを検証する。

1.イラン核合意の紛争解決メカニズムと米国の合意離脱

 2015年にイランとE3/EU+3(英仏独EU+米中露)の間で成立したイラン核合意は、核開発問題をめぐる対イラン制裁の解除と引き換えにイランの核開発に対する制限・監視を定めたもので、共同包括的行動計画(JCPOA)とそれを承認する国連安保理決議2231号から成る。米・イラン間の信頼関係がない中、技術的に複雑な手続きを要する合意を成立させるため、核開発等に関する規制を段階的に解除するサンセット条項など、イラン核合意にはいくつかの特徴的な取り決めが含まれることになった。それらの複雑な取り決めは、2018年に米国が一方的に合意を離脱し対イラン制裁を復活させて以降、条文の解釈をめぐる対立の原因となった。

 問題の焦点となったのは紛争解決メカニズムで、JCPOA第36条には、核合意参加国が他の参加国による合意不履行があると考えた場合、一定の手続きを経た後、応報的に合意の履行を部分的ないし全面的に停止することができるとされている。さらに第37条では、イランによる重大な合意不履行については、他の参加国が36条の手続きを尽くした後に国連安保理に通告することで、30日を経た後に安保理によるイラン制裁決議の解除取消しを可能とするスナップバック条項が別途定められている。

 このスナップバック条項は、安保理決議2231号の方でも規定されており、その実効性を保証する形式が取られている。ただし、JCPOAにはこの決議が発効後10年で無効となる「終了日」を定めたサンセット条項があり、その期限は2025年10月18日とされている。ちなみに第一期トランプ政権は、2020年10月18日に対イラン武器輸出規制の終了を定めたサンセット条項の失効を止めるためにこの条項を発動しようとしたが、他の合意参加国は、合意を離脱した米国にその資格はないとの判断で一致し、その試みは挫折していた。

 後述するように、安保理決議失効の期日が近づくにつれて、JCPOAに残る「西側諸国」である英仏独がスナップバックを発動するかどうかに再び注目が集まることになった。他方、第二期トランプ政権は、「最大限の圧力」政策を背景にイランに対して、ミサイル開発への制限やヒズブッラー等国外組織への支援中止などを含めた新たな合意を迫り、いわばJCPOAの内側と外側の両方でイランは対応を迫られることとなった。

2.「未申告の核物質」問題とウラン濃縮問題――IAEA決議

 核問題に関するイランに対する圧力として、英仏独のスナップバック条項発動の動きや米国の軍事的・経済的圧力とは別に、IAEAが追及してきた「未申告の核物質」問題にも言及する必要がある。これは、20年以上前の核活動に関するもので、イラン核問題の出発点に議論を戻す性格を持つ。IAEAは、JCPOA成立を受け、2015年12月に過去の核開発疑惑に関する調査を終了すると宣言していたが、2018年にイスラエルがイランから超法規的に入手したと主張する核開発計画の関連ファイルの情報に基づき査察した未申告の場所から人為起源のウラン粒子が検出されたことについて、調査終了を宣言したものとは別の問題だとして2019年より繰り返しイランに説明を求めてきていた。イランは、この要求が、①イスラエルの誤情報に基づくものであり、②核合意を受けてIAEAが過去の核開発疑惑に関する調査を終了すると宣言したことに反しており、また、③イランとして調査をしたが問題とされるウラン粒子が検出された原因は不明であるとして、IAEAがこの問題を追及し続けることに強く反発し、理事会で非難決議が出る度に報復措置としてIAEAへの協力のレベルを下げるなどの措置を取ってきた。

 イランは、米国の合意離脱から1年後の2019年5月以降、米国の制裁復活に対する報復措置として段階的に核活動を活性化させ、JCPOAによる制限を超えたウラン濃縮を進めてきた。このことに関して、JCPOAに残る5か国の中で、英仏独とイラン・中露では見解が大きく分かれる。英仏独はイランがJCPOAの規程に違反していると主張しているが、イラン・中露は、イランが米国の一方的合意離脱と制裁復活に対する対抗措置として、JCPOAの紛争解決メカニズムに従って履行義務の相互的停止の権利を行使しているに過ぎないと主張している。

 2025年3月のIAEA四半期報告書で、イランは、核兵器6個分と換算できる275kgの60%濃縮ウランを貯蔵するとされた。この報告書が出てから間もなくしてトランプ大統領はイランに対し新たな核交渉の開始を呼びかけ、武力攻撃をほのめかしつつ2か月以内の合意を迫った。これを受け、4月から5月にかけてオマーンの仲介により5回にわたる間接協議が行われたが、ウラン濃縮活動の全面的中止を求める米国と平和的原子力開発の権利行使を絶対条件とするイランとの間で交渉は難航した。

 第6回目の交渉日程が折衝される中、IAEAは、5月31日付四半期報告書で60%濃縮ウランが408kgに増加したと報告した。さらに6月12日には「未申告の核物質」問題に関するイランのIAEAへの非協力は、NPTの保障措置協定違反にあたるとの決議を理事会で採択した。IAEAによるイラン非難決議は2020年以降、6回目になるが、保障措置協定違反だと断定したのは初めてのことであった。

3.イスラエル・米国のイラン攻撃(2025年6月)

 決議翌日の13日未明、イスラエルは200機以上の戦闘機でナタンズのウラン濃縮施設などの核施設や軍幹部・核科学者の自宅などを奇襲攻撃した。同日、イランは弾道ミサイルで報復攻撃を開始し、以後断続的に交戦状態が12日間にわたり続いた。イラン側で死者1000人以上(内軍人が800人弱)、イスラエル側で死者28人(内軍人が1人)を出した。22日には米軍が参戦し、フォルドウの地下深くに建設されたウラン濃縮施設にバンカーバスター爆弾GBU-57/Bを14発投下するなど、イランの核施設3か所を攻撃した。23日、形式的な報復としてイランがカタルの米空軍基地をミサイル攻撃した後、停戦合意が成立し、「12日間戦争」は終結した。

 イスラエルの攻撃に対するグロッシIAEA事務局長の声明は、平和目的の核施設への攻撃を国連憲章違反とするIAEA総会決議を引用しつつ、「原子力の安全、核セキュリティ、保障措置、そして地域および国際の平和と安全保障に深刻な影響を及ぼす」というもので、核不拡散体制そのものが攻撃されているとの認識は十分に示されなかった。米国の攻撃に際して出された緊急安保理における6月22日のIAEA事務局長の声明では、冒頭で「半世紀以上にわたり国際安全保障を支えてきた核不拡散体制が危機に瀕している」との認識が示されたが、米国の核施設への攻撃が違法である可能性について総会決議の引用というかたちであれ明示されなかった点においては後退した印象もあった。

 イランは、IAEA事務局長の姿勢を「西側寄り」だとして強く反発し、25日には国会がIAEAとの協力を停止する法案を可決した。7月4日、IAEAはイランからすべての査察官を退去させ、イランの核活動に対する査察体制は途絶した。米・イラン間の核協議も当面再開の見込みは失われた。

4.スナップバック発動をめぐる国連安保理の分裂

 イスラエル・米国のイラン攻撃に伴う信頼関係の崩壊は、英仏独によるスナップバック発動を確実なものとしたように思われる。7月14日、E3が8月末にスナップバック発動を行う決定をしたとの報道があり、イランは、国連事務総長および安保理議長宛書簡を通じて、イランは米国による核合意離脱と制裁復活から二日後(2018年5月10日)にJCPOAの紛争解決メカニズムを発動しており、その枠組みにおいてJCPOA履行義務を段階的に解除してきたことに対し、E3はスナップバックを発動する権利を持たないと主張した。これに対し、E3は、そもそもイランによる紛争解決メカニズム発動を認めていない立場を示したが、その根拠については述べていない。仮に紛争解決メカニズム発動が有効だとすれば、イランの主張する通り、E3の合意不履行に対する報復措置として取られたイランの行動についてE3が合意不履行として申し立てることは、「自らの義務を否認したり、履行しなかったりする当事者は、その関係から生じると主張する権利を保持しているとは認められない」とする国際法上の原則に反することになる。

 E3は、8月28日にイランの核活動をJCPOAの著しい不履行であるとして安保理議長に通告し、スナップバックを発動した。国連安保理はイラン制裁関連決議解除の継続を求める決議案を9月19日に否決し、28日に事実上イラン制裁が復活した。同日、日本外務省も制裁決議の再適用を確認する談話を発表した。しかし、常任安保理国のロシアと中国はイランと共に、英仏独によるスナップバック発動は無効だとの立場を維持し、安保理決議2231号が無効となるとされていた10月18日には、同決議およびそれ以前の制裁関連決議がもはや無効であることを確認する書簡を安保理に提出した。しかし、安保理のHPでは過去の制裁決議に関わる委員会の記述が復活し、12月には事務総長による決議2231号の履行状況に関する定期報告書が提出されるなど、スナップバック成立を前提とした動きが進んでいる。

 もともと、イランによる合意違反への予防策として導入されたスナップバック条項が、米国の合意離脱に伴う制裁復活への対抗措置を理由に発動されたことは、決議2231号が法的に有効かどうかをめぐり安保理が分裂するという前代未聞の状況を生み出した。これは、拒否権による安保理の機能不全とは質的に異なる事態であり、安保理の機能崩壊ともいうべきものである。当面は米国主導の「力による平和」を暴力的に実現しようとする動きが国連の平和構築機能に取って代わろうとする動きが続くものと考えられる。

おわりに:崩れ行く国際法秩序と日本の選択

 国連制裁の事実上の復活は、通貨リヤルの暴落をもたらし、2025年12月末には首都テヘランで経済的に追い詰められたバザール商人らによるデモが行われた。これを契機に反政府デモが全国的に拡がり、1月2日にはトランプ大統領が軍事介入を仄めかすSNS投稿を行った。デモ隊が外部勢力の支援を受けているとの確証の下、イラン政府は1月8日から9日にかけて治安部隊側も含め数千人規模の犠牲者を出す大規模な弾圧作戦を行い、デモは鎮静化に向かった。この事態を受け、トランプ大統領は空母打撃群の中東への追加配備を決定し、これが今回の大規模攻撃に直結する動きとなった。

 以上に述べたような状況は帝国主義時代への逆行のようにも見える。2026年1月、トランプ大統領はニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで「国際法は必要ない」と豪語し、2月に入り、ルビオ国務長官はミュンヘン安全保障会議で「西洋文明」の再生を訴え、ハッカビー駐イスラエル大使は、自身のポッドキャスト番組で「エジプトの川から大河ユーフラテスまで」が、神がユダヤ人に与えた土地だとして「彼らが全て奪取すれば問題ない」と述べた。こうした世界認識が米国のイスラエル支援とイラン攻撃の背景にある。このような歴史の退行に対して日本の政治と市民社会がいかなる姿勢を見せるかが今、知的・倫理的にも厳しく問われている。

TOPに戻る