2012年、ニュースペーパー

2012年07月01日

ニュースペーパー2012年7月号



 6月15日、「さようなら原発一千万署名市民の会」は、「脱原発を実現し、自然エネルギー中心の社会を求める署名」を首相官邸で藤村修官房長官(右)に手渡しました。署名の呼びかけ人である大江健三郎さん、澤地久枝さん、鎌田慧さん、内橋克人さん(右2人目から)が参加。近藤昭一・稲見哲男衆院議員も同席しました。大江健三郎さんは「700万人以上の署名に賛同している人たちは、原発を再稼働するくらいなら節電という具体的な行動を起こせる人の数です。原発が人類の存在に相容れないという思いのこもった署名の重さを受け止めていただきたい」と述べました。署名は6月19日現在で7,521,863筆となり、衆参両院議長宛の請願署名も提出しました。

【インタビュー・シリーズ その68】
みんなの笑顔を守るために、私たちは歌い続けます
「制服向上委員会」会長 橋本 美香さんに聞く

【プロフィール】
1980年生まれ。シンガーソングライター。95年「制服向上委員会」のメンバーとしてデビュー。グループ作品で多数のリードボーカルを務め、作詞作曲やディレクションも行う。98年より5代目リーダーに就任、4年にわたり務め、2002年から会長に。昨年9月19日のさようなら原発集会(東京・明治公園)をはじめ、さまざまな脱原発アクションに参加。

──制服向上委員会について教えてください。
 制服向上委員会は、今年で結成20周年を迎える日本最長を誇る女子アイドルグループです。「清く正しく美しく」をモットーにライブとボランティア、社会活動を行ってきました。私自身はグループ結成から3年目の95年にメンバーになりました。加入当時は高校1年生の15歳で、初めて受けたオーディションで合格して、ずっとここで活動しています。いまはソロ活動と並行して、制服向上委員会の「会長」という立場で活動しています。リーダー(小川杏奈さん)がメンバーをまとめていて、私はグループとしての精神や楽曲を引き継いでいく中でアドバイスする役割となっています。
 ライブ活動を中心に活動する制服向上委員会のレパートリーは約1,300曲あります。かわいいオリジナルソングもたくさんありますし、国内・海外アーティストのカバー曲、唱歌といった幅広いジャンルを歌う中で、常にその時代の社会問題をテーマにメッセージソングも歌ってきました。
 去年の3.11東日本大震災以降、「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」や「原発さえなければ」を歌ってからは、そういったメッセージ性の強い曲に興味を持っていただいた方が多くなったようですね。

──「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を発表して、どのような反応がありましたか?
 反響はとても大きかったです。ライブで初披露後、すぐにYouTube(インターネット動画サイト)で公開すると3日で3万アクセスとなりました。「これこそROCKだ!」「こんな過激なアイドルが日本にいたのか」「みんなで応援しよう!」など好意的なご意見もあれば、「意味もわかっていない子どもに歌わせるな」「大人に利用されているだけだ」と言った批判的なご意見もいただきました。また、イベント会場から「この歌は歌わないでください」と言われたこともあります。
 ファンの方々も戸惑いがあったと思います。それでも応援してくださるファンのみなさんは本当に大切な存在です。今では「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」をきっかけに制服向上委員会が長年社会活動に取り組んできたことを知ったという方々が、様々な脱原発アクションやイベントに私たちを呼んでくださいます。

──社会問題に取り組むアイドルグループというのは珍しいと思いますが。
 WORLD PEACE NOWというイラク戦争に反対する大きな運動が起きたときも、3万人以上の方々が集まった集会(2003年)で「World Peace Now」という歌を歌いました。99年に制服向上委員会はベトナムに行き、ベトナム戦争の枯れ葉剤被害、戦争の傷跡を見てきました。WORLD PEACE NOWでは、戦争の恐ろしさを訴える為にベトナムで撮ってきた写真をパネルにして披露したりもしましたね。
 戦争が起きて、人々が何かを守ろうとして戦って、命を落とさなくてはいけないというのは、とても悲しいことだし、あってはならないことだと思います。ベトナムでは親たちの代に撒かれた枯葉剤の被害が、子どもたちを今も苦しめていて、まだ戦争は終わっていないのだと感じました。後の世代にも引き継がれていく被害の恐ろしさを目の当たりにして、戦争はあってはならないものだという思いを強くしました。
 原発問題ですが、事故が起きるまで原子力発電については何も知りませんでした。3.11以降いろんな情報に触れる中で、学んだことや感じたことがあります。福島にはまだ自分の家に帰れない方たち、命を落とした動物たちがたくさんいるということ、そして原発事故を苦に自ら命を絶った方もいることを考えたときに、やはり原子力発電はあってはならないと強く思います。
 3.11以降多くの方々に出会いました。今、一人一人のつながりがすごく大切だなって思っています。福島県飯舘村の酪農家の長谷川健一さんにお会いしたときに、村の高校生が「私は将来、どんなに好きな人ができても結婚しないほうがいいのかも」、「子どもは産まないほうがいいのかも」とおっしゃった話を伺いました。この悲しい現実を伺って、本当に悔しい気持ちになりました。私たちは「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」というCDシングルの売上げの一部を福島県の酪農家の方々へ寄付させて頂いています。これからも支援を続けていければと思います。
 もはや安心した生活は奪われてしまいました。空気も大地も水も食べ物も、目に見えない放射能に覆われているようで安心して生活出来ません。こんなに恐ろしい原発は、もうやめるべきです。

──ライブだけではなく、ボランティアなど幅広い活動をされていますね。


9.19さようなら原発集会のステージで歌う制服向上委員会
(2011年9月19日・明治公園)

 「SKi基金」という制服向上委員会の独自の基金を運営しています。主に児童養護施設や知的障がい者の支援施設への支援や訪問などに取り組んでいます。一緒に歌ったり遊んだり楽しい時間を過ごし、クリスマスにはサンタさんになってケーキやプレゼントを届けたりもします。中には児童養護施設を卒園した後も連絡をとって仲良くしている子もいます。笑顔があふれる素敵な時間です。ボランティアとは言いますが、本当はこちらがエネルギーをもらっている気がします。
 そういうボランティア活動の一方で、「戦争反対や脱原発を訴える、ちょっと過激に見られがちな社会活動にも取り組んでいることについて、どのようにお考えですか?」と聞かれることがあるのですが、17年間制服向上委員会で活動してきた中で、私はこの二つの活動を深く結ばれたものとして捉えています。それは「笑顔を守りたい」という「想い」です。施設訪問でみんなととても楽しい時間を過ごすということと、戦争や原発という笑顔を壊していくものに対して声を上げるということは、笑顔を守っていく上でどちらも大切な活動だと思うのです。
 今年の3月に『脱がない、媚びない、NOと言えるアイドル』(ヤマハミュージックメディア刊)という本を出版しました。タイトル通りの姿勢を貫いて来た制服向上委員会の精神や、なぜ20年間続いて来たのか、社会活動やボランティア活動をするのか、といったことを17年在籍している私が書いています。制服向上委員会を最近知ったよ、という方にも、長年応援してくださる方にも読んでいただきたい本です。

──また原発を再稼動しようとする人たちもいますが、今の状況をどう思われますか?
 「安全な原発」などもう誰も信じないと思います。そんな中、原発事故などなかったかのように再稼働させる政治に失望します。地元の方たちの生活もかかっているからこそ、原発に依存する体質や体制から変えなくてはならないのだと思います。あきらめてしまったら、そこで終わりだと思います。一人一人のあきらめないという思いが大きくなれば変えられるんだと信じて、がんばることが大切だと思います。私たちは「歌える場所があればどこへでも」の精神で脱原発を訴えていきたいと思います。
 制服向上委員会は、世の中の問題に目を向け、自分で考えることの大切さを教えてくれるグループだと思っています。精力的に、自分にできることをやっていきたいと思っています。一緒にがんばりましょう!

〈インタビューを終えて〉
 「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」も衝撃的だが、「脱がない、媚びない、NOと言えるアイドル」も衝撃的。売らんかなの風潮の中で、20年も活動を続けることの難しさ、脱帽です。反戦や脱原発を歌うアイドル、「笑顔を守りたい」との思い、平和で心豊かでないと笑顔は生まれないのか。彼女たちが「異色」と言われない社会へ、おじさんもがんばらねば!
(藤本 泰成)

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プルトニウム利用政策を断念せよ
核兵器廃絶に向けた今後の課題
平和フォーラム・原水禁 事務局長 藤本 泰成

海外からも批判される日本の核燃料サイクル政策

六ヶ所再処理工場

高速増殖炉もんじゅ

核兵器廃棄への一歩─―NATOの選択

 2012年4月、北大西洋条約機構(NATO)の外相・国防相会議は、核兵器非保有国に対して核兵器を使用しない「消極的安全保障」の導入を決めました。このことは、米国の2010年の「核体制の見直し」の内容に沿ったものであり、核保有国を米・英・仏・ロ・中の5ヵ国に限るとする核不拡散条約(NPT)の不平等性に対する回答とも言えます。一方で、射程の短い戦術核の削減の用意があることも表明されています。
 2009年4月、オバマ米大統領がプラハでの演説で表明した「核なき世界」への第一歩として、その現実的な対応として、大きく評価できるものでありその進展が待たれます。これにより、米国がドイツ・オランダなどに配置する150~240発程度の戦術核の撤廃と、米ロにおける核削減交渉を促進する要素になるものと思われます。しかし、「核兵器のある限りNATOは核の同盟」とする考えも示されており、通常兵器ではNATO諸国に劣るとされるロシアがどのように考え行動するか注目されます。

東アジア非核地帯化―─大きい日本の役割
 NATOが、核実験を行い実質的にはNPTから離脱している北朝鮮や、NPTの枠内にとどまるが核開発疑惑から潜在的脅威と捉えられているイランなどに対して、今後どのような対応を図るかも重要な課題です。特に、独自の歩みを進める北朝鮮には、2国間協議や6ヵ国協議を積み上げ、核開発を放棄していくための条件整備を急がなくてはなりません。日本・韓国・北朝鮮が非核地帯を形成し、米・中・ロの3国が確認していく「東北アジア非核地帯構想」の実現が、世界の核廃絶にとっても重要なポイントとなるだろうと考えられます。
 日本はオーストラリアと手を携え「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」(ICNND)を組織し、核兵器廃絶の先頭に立って行動しようとしてきました。それならば、北朝鮮との2国間の問題に拘泥することなく、平和と核軍縮、国交回復への話し合いのテーブルに着く姿勢を示すべきであり、核兵器廃絶のポイントが東北アジアにもあることを見据えた行動が必要です。2015年のNPT再検討会議において、実りある議論ができるかどうか、日本の役割は大きいと言えます。

NPT条約の空洞化――日印原子力協力協定を許すな
 このような核兵器廃絶の動きの一方で、インドをめぐってNPTを空洞化するような動きもあります。対立するインドとパキスタンは、NPT枠外において核兵器開発を行ってきました。そのNPTに加盟せず、核兵器を保有するインドと米国は、2008年8月、原子力協力協定を締結し、原子力の商業利用(平和利用)で米国がその技術を供与しようとしています。2010年6月には、日本も米国や産業界からの圧力の中で日印原子力協力協定の締結の交渉を始めています。
 NPT条約は、前述したように不平等性はあるにしろ核不拡散のための重要な枠組みであり、そのことを基本に原子力の商業利用が図られてきました。原子力の軍事利用も商業利用も同じ技術の上に成り立つものであるからこそ、国際原子力機関(IAEA)の厳しい査察などを関係諸国に強いてきたわけです。NPTに加盟しない国への原子力技術の提供は、NPTの空洞化をもたらすものであり、被爆国としての日本のこれまでの政策と大きく矛盾するものです。核兵器廃絶の方向から許すことのできない政策と言えます。

核テロの現実性――厳しいプルトニウムの管理


今年3月にソウルで開催された核セキュリティーサミット
(White Houseウェブサイト)

 今年3月、2回目の「核セキュリティーサミット」が、韓国のソウルで開催されました。核セキュリティーサミットが、核の商業利用を肯定しつつも、プルトニウムの拡散を不安視する米国の強いイニシアチブで開催されたことは大きな意味を持ちます。9.11同時多発テロ以降、米国はいたるところで厳しいセキュリティーチェックを行っています。世界貿易センタービルの崩壊という衝撃の中で、米国は分離されたプルトニウムがテロリストの手に渡り、例えばニューヨークの真ん中で小型核爆弾を爆発させたとしたら、というような現実的な不安が「核セキュリティーサミット」に結実していることを忘れてはなりません。
 オバマ米大統領は、「核セキュリティーサミット」開催中に、韓国外国語大学で演説を行い、テロリストの手に渡ることを防ぐためにも「分離したプルトニウムを大量に増やし続けることは絶対にしてはならない」と述べました。発言の背景には、NPT加盟の非核保有国で唯一、プルトニウム利用に走る日本と、NPTから離脱して核開発を急ぐ北朝鮮を隣国とする韓国の、プルトニウム利用政策への強い要求があると考えられます。
世界には、原発由来のプルトニウムが約250トン存在します。核兵器にすると約3万発分です。核保有国が持つ核兵器は現在2万2千発といわれていますから、プルトニウムの量が想像できます。そのうち、日本の保有する分離済みプルトニウムは約45トンで、核兵器に直すと約5千発分を超えます。中国などが、日本は核保有国だと主張する理由がそこにあります。NPTは、商業利用(平和利用)目的以外でのプルトニウムの抽出、つまり使用済み核燃料の再処理を禁じています。日本が、軽水炉での混合酸化物燃料(MOX燃料)の使用を急いだ理由はそこにあります。

日本の核燃料サイクルに世界から批判
 ウラン資源の乏しい日本が、原発推進へ向かうにあたって、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出し(再処理)、それを高速増殖炉(FBR)で使用することで、相当な将来にわたってエネルギー資源を確保できること(核燃料サイクル計画)を基本に据えています。しかし、商業炉としての高速増殖炉の夢は、冷却剤としてのナトリウムの制御の困難性から世界中で失敗しています。
 現在、米英仏独などが放棄した中で研究を続けている日本の「もんじゅ」は、1995年12月のナトリウム漏出事故以来、2010年5月に14年ぶりに運転開始しましたが、結局、炉内中継装置の落下などの事故を重ねて本格的稼働に至りませんでした。六ヶ所村にある再処理工場も、日本の技術であるガラス固化体製造過程の失敗から18回に及ぶ稼働延期をくり返しています。再処理工場には、フランスの技術を導入しろとの声もありますが、使用しないプルトニウムを、理由なく抽出することへの世界からの批判があります。どちらにしろ、政府が「脱原発依存」を明確にした以上、高額な再処理を実施する意味はありません。

「非核三原則」を空洞化する原発政策
 2011年8月に放送されたテレビ朝日「報道ステーション」などで、自民党内で”軍事通”とも言われる石破茂政調会長(当時)は、「核の潜在的抑止力」を持ち続けるためにも原発を停めるべきではないとの旨を主張しました。再処理の技術やプルトニウムの所有は、いつでも原発製造を可能にするものですから、原子炉技術や核燃料再処理技術は「潜在的な核抑止力」であると主張しているわけです。その意味では、プルトニウム利用政策は、核兵器を持たない、つくらない、持ち込まないとする「非核三原則」を空洞化するものです。
 日本政府は、福島原発事故以来、ここまで来ても、使用済み核燃料は半分を直接処分、半分を再処理に回すとしています。このことは、「脱原発依存」そして「核不拡散」の観点からも、極めて問題が多いと言わざるを得ません。日本が、プルトニウム利用を断念することは、世界の核の現状を変えていくに違いありません。今、日本は被爆国としての責任を果たす極めて大きなチャンスを与えられているのです。

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7月16日は過去最大の参加をめざそう!
「さようなら原発10万人集会」の成功に向けて

750万を超えた署名を提出
 5月5日以来続いていた日本の全原発停止という状況が、6月15日の政府による関西電力・大飯原発(福井)の再稼働決定に伴い、新たな局面を迎えました。政府は夏の電力危機を声高に叫び、「停電」をもって国民を脅し、電力不安を煽りながら、国民の「安全・安心」よりも「経済」を優先させ、命や暮らしを後回しにしました。そして、伊方原発(愛媛)や泊原発(北海道)、川内原発(鹿児島)、志賀原発(石川)などの再稼働の動きも出てこようとしています。
 「さようなら原発1000万人署名」は、昨年の呼びかけ以来、750万筆を超える署名が集まり、第一次提出として6月12日には衆参両院議長、15日には野田佳彦首相宛てに、合わせて7,514,066筆を提出してきました。その後も各地から署名が続々と届いています。3.11以降の国民の意識は大きく変化し、脱原発への願いが広く国民の間から沸き上がってきていることは明らかです。各種の世論調査でも、原発に否定的な意見が大半を占めるような状況です。国民世論は確実に草の根から変化しています。
 また、福島第一原発事故も収束まで長期にわたると見られ、避難している方々が元の地に戻れる保証もありません。目に見えない放射能による健康不安や経済的損失など、事故が引き起こした様々な事態はより深刻になっています。いつ終わるともわからない放射能との闘いは今後も続いていきます。

再稼働でも原子力政策に方向性はない
 原子力政策も、大飯原発の再稼働により弾みがつくものではありません。むしろ、原子力政策は方向性を見い出せてはいません。トラブル続きの六ヶ所再処理工場や高速増殖炉もんじゅなど、核燃料サイクル路線の破たんは明らかです。まして高レベル放射性廃棄物の最終処分場は見通しすら立っていません。政府の原子力政策大綱の議論も休止状態で、政府の方針も定まっていません。
 政府は現在、エネルギー・環境会議の中で2030年までに原子力の依存度をどのようにするかを議論しています。選択肢として、「0%、15%、20~25%」を提示しようとしています。その際、これまで使用済み核燃料の全量再処理としてきた政策が焦点となり、全量直接処分という再処理しない選択肢と、今まで同様の全量再処理と直接処分併用の路線選択が提示されようとしています。なおも破たんしている核燃料サイクル路線に固執していますが、政策変更は避けられない状況にあり、政策議論のチャンスでもあります。
 6月には「中間的整理」を取りまとめ、国民に対して選択案が提示され、国民的議論を経て国家的戦略として決定しようとしています。2ヵ月ほどの短期間で国民的議論が深まるのかは疑問の残るところです。さらにこの間、750万筆を超える署名に対して、提出に立ち会った呼びかけ人で作家の大江健三郎さんらに「会いたくない」として面会を拒否したことからも、野田佳彦首相の姿勢がわかろうというものです。

草の根から政策を変える運動を

 夏から秋にかけて各省庁も予算の策定時期に入ります。また、原発の再稼働や原子力政策の議論そのものも俎上にあがる時期です。署名という形で寄せられた声と、10万人もの人々が首都東京に集まり、脱原発の声を上げることは、それらの動きに大きな影響を与えるはずです。
 昨年の9月19日、6万人が集まった「さようなら原発集会」(東京・明治公園)は、朝日新聞の社説で「民主主義が動いた」と評価されました。草の根からの大衆的な盛り上がりで、政治を変え、政策を変える運動の広がりが私たちに求められています。

日時:7月16日(月・休)12:15~(メイン会場・オープニングコンサート)
会場:東京・代々木公園(イベント広場、ケヤキ並木、サッカー場など)
内容:集会、コンサート、パレードなど。詳しくは下記。

7・16は「さようなら原発10万人集会」へ!


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外国人学校・民族教育の制度的保障を
政治・外交で教育を押し潰すな
一橋大学 名誉教授 田中 宏

在日朝鮮人が自力でつくった朝鮮学校
 私が取り組んでいる問題のひとつに、在日韓国人良心囚の日本における法的地位回復問題がある。彼らは、1970~80年代の朴正煕(パク・チョンヒ)、全斗煥(チョン・ドファン)と続いた軍事政権の時代、母国韓国に留学し、そこで「政治犯」にでっち上げられたのである。「私の青春は、日本社会の根強い差別に直面し、民族的アイデンティティーの確立に苦悩する日々でした」とは、ある良心囚の留学動機の告白である。彼は日本学校で教育を受けたが、もし朝鮮学校で民族教育を受けていたら、「民族的アイデンティティーの確立に苦悩する日々」はなかったのでは、と思われる。
 朝鮮学校は、植民地統治の中で奪われた言語、歴史、民族性を取り戻すために、戦後、在日朝鮮人が自力でつくった「国語(朝鮮語)講習所」が母体で、それがやがて朝鮮学校に発展したのである。現在、日本の幼稚園、小学校、中学、高校、大学に相当する幼稚班39、初級学校55、中級学校33、高級学校10、大学校1で、小中高のみでも98校ある。

外国人学校が冷遇されてきた日本の教育行政


昨年2月に開催された
高校無償化を訴える集会(代々木公園)

 「私と同じように小太りの子どもがいても、私だけがブタ、ブタとからかわれる。眼鏡をかけているのは私だけじゃなくても、私だけがメガネザルとからかわれる。私は、ブラジル学校に移って、本当に楽しい毎日を送っています。リーマンショックで親が失業したので、もう一回日本の学校に戻らなくてはならなくなりそうです。けれども、負けないでがんばります」。小学校5年生のブラジル人少女がある集会で読んだ作文の一節である。私はつい目頭を押さえてしまった。
 日系人にのみ日本での就労を自由化する入管法改定が行われたのは1989年のこと。以来、ブラジル、ペルーから30万人を超える移住労働者が来日し、自動車産業の多い東海地方、北関東などにブラジル学校が生まれ、朝鮮学校に匹敵する数に達した。後述する高校無償化の対象として指定されたブラジル学校は10校であり、いまだに指定されない朝鮮学校も10校である。
 安倍(晋三)政権下での教育改革のキーワードは「愛国心」で、教育基本法も全面改定された。一方「日の丸」「君が代」の有無を言わせぬ強制が進んでいるが、一連の流れの中で増える外国人の子どもの教育について語られることはない。
 日本では、正規校(学校教育法1条)中心で、専修学校(同124条)、各種学校(同134条)は冷遇されてきた。例えば、大学入学資格は正規校である高校修了者のみに認められ、それ以外は大学入学資格検定(現・高校卒業資格認定)に合格しなければ受験できなかった。しかし、85年から専修学校修了者に認められ、2003年からは各種学校である外国人学校にも認められるようになった。「教育の同等性」が承認されたのである。

高校無償化、朝鮮学校だけが未実施
 政権交代後の高校無償化法では、さらに財政支援に進み、専修学校も各種学校である外国人学校もその対象とされ、公立高校の授業料相当額(月額9,900円が基準)が「就学支援金」として生徒に支給された。画期的なことで、すでに37の外国人学校が指定されている。
 しかし朝鮮学校だけは、その指定手続き中の2010年11月、北朝鮮の砲撃事件を機に審査が「凍結」され、2011年8月、菅直人首相退陣の際やっと「解除」されたが、いまだに「審査中」が続いている。画期的な高校無償化なのに、画竜点睛を欠くと言うほかない。政治、外交的なことが、教育を押し潰していいのか。
 2010年6月、公明党は「義務教育段階の外国人学校に対する支援に関する法律案」を参議院に提出したが、審議未了廃案となった。同法案には「義務教育段階の外国人学校が外国人の児童に対する教育に関し重要な役割を果たしていることにかんがみ…」とある。高校無償化と併せて、外国人学校の制度的保障に進むことを期待したいところである。

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家庭からの有害物質排出量の半分以上が合成洗剤
PRTR情報を活用して環境保全を
合成洗剤追放全国連絡会 事務局次長 岩野 淳

 私たちの便利な暮らしの中に、多くの化学物質が入り込み、健康や環境に悪影響を与えています。この化学物質の排出・移動量の届出制度(PRTR)の運用により、有害化学物質の減量・代替を図るため、1999年にできた法律が「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(化管法)です。5月中旬に利根川水系の各浄水場で水質基準を超えるホルムアルデヒドを検出し、埼玉県・千葉県では断水騒動となりました。そのとき、この原因物質であるヘキサメチレンテトラミンの発生源解明に役立ったのがPRTR情報です。

全体のワースト10に合成洗剤AEとLAS!

 PRTRは2001年度分からデータが集計・公表されてきましたが、10周年となる2010年度分のデータが、今年3月に政府から公表されました。法改正により対象物質が増加し、医療業が対象業種に追加されてから初めてのデータとなります。それによると全国の工場、家庭等から排出される全ての有害化学物質量のうち、ワースト4位が合成洗剤成分AE(ポリ〈オキシエチレン〉=アルキルエーテル)、ワースト7位がLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩)でした。
 PRTRは経済産業省と環境省が所管し、事業所からの届出データと併せ、国による届出外の排出推計値も公表されます。これは家庭で使われる化学物質の影響も反映される良い仕組みです。上の棒グラフが示すように、合成洗剤成分のAE、LASの大部分は家庭から環境中に排出された届出外推計値です。有害物質の中で合成洗剤の占める量は大きく、私たちが日常の暮らしの中でその使用を減量・代替することで大きく環境負荷を減らすことができます。

東日本大震災・福島原発事故もデータに影響か
 全国の家庭から排出された有害物質量を示すのが上の円グラフです。AE、LAS等の合成洗剤成分が10年連続で50%以上を占めています。PRTRの対象物質は「人の健康や生態系に有害なおそれのある化学物質」「第1種指定化学物質」と規定され、462物質があります。うち、合成洗剤成分は9種類で、今回推計値が公表されたのは8種類の合成界面活性剤成分です。なお、家庭で衣類防虫剤等に使用されているジクロロベンゼンも毎年大きな比率を占めています。これも家庭からの排出量削減には大きな課題です。
 こうして届出・集計・推計されたデータは、都道府県など地方自治体が市民にわかりやすく公表することになっています。来年公表される2011年度分の届出は2011年4月からで、東日本大震災・福島原発事故直後から始まりました。被災地では多くの有害化学物質が地震・津波で流出した可能性がありますが、必ずしもその実態が届出で明らかになるかどうか不明です。
 PRTRは、環境省、経済産業省のホームページからは個別企業・工場のデータを見ることもできます。地域住民のより積極的な働きかけがPRTR制度を使っての環境保全には不可欠です。自治体の環境部局へ地域版データのわかりやすい説明を求めましょう。
 今年10月6~7日には北海道函館市で「第32回合成洗剤追放全国集会」を「さようなら合成洗剤 さようなら原発」をメインスローガンに開催します。合成洗剤など有害化学物質の削減と、最も有害な原発の廃止に向けて多くの皆様の参加を呼びかけています。

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米ロ両国が世界に強いる緊張
核兵器が世界を不安定にしている

軍事情報保護協定の反対運動を
 日本、韓国間での「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)と「物品・役務提供協定」(ACSA)締結の動きは、まず韓国内で強い反対の声が起こり、韓国国防相が来日を中止したことにより、とりあえず延期となりました。しかしこれまで米韓合同軍事演習に際して、日本軍の参加を求め続けてきたのは米軍であり、結果としてオブザーバー参加が実行されてきたのです。日韓両軍には一定の軍事的共有部分が存在している上での今回の協定締結の動きですから、今後もくり返し出てくるでしょう。
 このGSOMIAは日米間では2007年に締結され、これによって多くの情報が国民に隠されてきています。もし日韓でGSOMIAが締結されれば、東アジアで何が起こっているのかさえ、十分知ることができなくなるでしょう。日韓の連帯した反対運動の広がりが求められています。

米、中、ロ、印、パが核軍事力を強める
 昨年2月に米ロは新戦略兵器削減条約(新START)を発効させました。7年以内に双方の核弾頭数を550発、運搬手段(ミサイル、原潜、爆撃機)を800基(実戦配備は700基)に制限するとしましたが、(1) 戦略爆撃機が積載する核爆弾は1機=1発と計算する、(2) 配備から外した核弾頭は廃棄する義務はない、という二つの問題が存在していました。
 米ロは今年4月段階で、大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、爆撃機などを、米国は812基・機に戦略核弾頭1,737発を配備、ロシアは494基・機に1,492発の戦略核弾頭を配備しました。さらに未配備の運搬手段を含めると米国が1,040基・機、ロシアは881基・機になるとしています(両国政府発表)。
 一方、下図は米国科学者連合(FAS)ホ-ムページに掲載された5月2日付の、世界核戦力の状況です。各国の核兵器は国家機密ですが、公に入手可能な情報と、時折のリークによって最良の数字が把握できました。また米ロの爆撃機搭載の核弾頭数も計算したと記されており、全て推定値と記しているものの、ほぼ米ロ両国が配備する核弾頭の実数に近いと考えます。
 昨年4月13日付のFASの世界核戦力状況では、米国が1,800、ロシアが1,950の核戦略弾頭を配備していると紹介しています(2011年の原水禁世界大会討議資料参照)。米ロ両国は、削減する一方で、戦略爆撃機積載の核弾頭数を増やすなどの方法を取っているのでしょうか。
 米空軍は戦略爆撃機としてB-52HやステルスのB-2Aなどを保有していますが、B-52Hは最近では空母艦載機としても利用されていて、配備の詳細は明らかでありません。一方、ロシアはTU-95戦略爆撃機などの大幅拡充計画を、昨年3月に明らかにしていますが、機数については明らかでありません。米ロ両国が大量の核兵器を、いつでも攻撃に使えるように配備している状況は、両国だけでなく世界に大きな緊張を強いる結果となっています。
 このような状況下で、他の核兵器保有国に削減を求めても、説得できないのは明らかです。中国の核兵器は抑制的だとFASは述べていますが、中国に対抗的なインドは、4月に中国全土を射程内に収めるミサイル・アグニ5の発射実験に成功しています。
 パキスタンはインドに対抗して、核兵器、ミサイル開発を進めてきて、インド全土を攻撃する核ミサイルを実戦配備しています。そこへ新たに北朝鮮が核武装の道を進もうとしています。しかしこれらの国々の状況を見れば、核兵器によって平和が保たれていないことは明らかです。

国名 配備中の戦力核 配備中の非戦略核 予備/非配備 軍事備蓄数 全体数
ロシア 1,800 3,700 5,500 10,000
アメリカ 1,950 200 2,850 5,000 8,000
フランス 290 ~300 300
中国 ~180 240 240
イギリス 160 65 225 225
イスラエル 80 80 80
パキスタン 90~100 90~100
インド 80~100 80~100
北朝鮮 <10 <10 <10
合計 ~4,200 ~200 ~7,000 ~11,500 ~19,000

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震災がれき焼却灰の受け入れを
芦名の住民はなぜ拒んだのか
横須賀市議会議員  長谷川 昇

 2月17日、黒岩祐治神奈川県知事に対して、横須賀市芦名・大楠連合町内会は震災がれきの受け入れ要請の撤回を表明した。以降、搬入を推進する側から、「自分だけ良ければ良いのか」というメールや電話をずいぶん受けた。さらに、2月末から、環境省による新聞意見広告やマスメディア総動員の広域処理キャンペーンが連日、暴風雨のように「復興の妨げ」「非国民」という文脈で報道された。その中でもなぜ連合町内会は知事の提案を拒んだのか。

住民の意向を無視する神奈川県知事
 横須賀市大楠地区は三浦半島の西海岸に面し、農漁業が盛んな地域だ。この地区は、心ないメールの「自分だけ良ければいい」どころか、長年にわたって、「迷惑施設」を受け入れ続けてきた地域だ。横須賀市のゴミ捨て場に指定され、黒い水が流出、カラスやハエの大発生など深刻な環境汚染に苦しんだ。当初10年間というゴミ受け入れの約束は、結局22年間に及んだ。その後も、し尿処理場、県の産業廃棄物最終処分場を受け入れ、現在は、「新たなごみ焼却施設」建設の協議中だ。
 県の産業廃棄物最終処分場の建設に関しては、1994年に計画を発表したが、受け入れをめぐって地区を二分し、激しく対立した。その結果、2002年の受け入れにあたっての神奈川県と芦名町内会との間で結ばれた「協定書」には、「受け入れる廃棄物は県内から出されたものに限定する」「協定の内容を変更するときは、すみやかに県と地元で協議を行う」という約束が書かれている。昨年5月、就任早々の黒岩知事は、東日本大震災の被災地訪問の直後、地元への事前の連絡も相談もない中で、震災がれき受け入れを公表した。横須賀市も地元も協定書無視の行動に抗議した。しかし、12月20日になって突然「横浜・川崎・相模原の政令三市で焼却し、焼却灰を県の有する最終処分場に搬入する」ことも表明し、重ねて地元の意向を無視した。
 今年になって、知事は地元説明会を開催したが、受け入れのための一方的な押し付けで「焼却灰に含まれる放射能濃度の受入基準」や「知事の言う『地元』はどこか」いう根本的な質問に対しては、あいまいな答弁に終始し不信感をあおるものとなった。地域の方の多くは、この説明会の内容を聞いてから判断しようと思っていたが、説明会後にはほとんどの住民が反対の意思表示をすることになった。その後も「私のプレゼンテーションを聞けば、普通の人なら理解してくれるはず」「反省していない」などの公的発言を繰り返し、地元の感情を逆撫でしている。

本当に必要な支援をもう一度考える時期に
 知事に対する不信感だけではなく、政治全般に対しての「疑心暗鬼」が根底にある。原発事故に対する政府の対応への不信感が根強い。そして、子育て世代の保護者を中心に放射能に対する不安など、きわめてデリケートな問題となっている。
 各町内会長たちは地域からの信頼も厚い。今回の決議も会合の中で「おれたちは、そう長くない。死んだあとに、子どもたちや地域の人が困ることだけはしたくない」「地域の声を聞いても自分から好んで入れたいという人はいない」と各会長たちが訴え、反対決議がその場で承認された。町内会長たちが、総じて地域の声を代弁したのである。
 冒頭の撤回表明には、放射性物質と汚泥焼却灰の搬入の危険性の懸念、安全で安心な生産物の提供が困難になるおそれと風評被害の懸念などが示されている。さらに、被災地への新たな支援を進めることを提案し、「私たちの地域の農業・漁業の根幹である水と大地、さらには子どもたちの未来にいささかの不安を残すことは絶対にできない」と決議した。決議をしてから4ヵ月がたったが、県は当初の提案を撤回した。いまだ新たな提案はない。
 被災地でも新たな状況が生じている。がれきも当初の推定量の4割減となった。広域処理については、その必要がなくなってきている。がれきを使った防潮堤のプランもある。新たに大楠地域の有志で被災地への支援活動を進めている。新たな状況の中で、被災地と支援する地域や自治体が必要な支援をもう一度考える時期に来ている。

詳しくは「はせどんブログ」

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《各地からのメッセージ》
「地域共闘」を重視して大衆運動を展開
長野県平和・人権・環境労働組合会議 事務局長 喜多 英之

 長野県平和・人権・環境労働組合会議(県労組会議)は、総評時代の前身である「県評」(長野県労働組合評議会)を継承する組織で、12単産・単組が加盟、組織人員は約3万5千人です。特徴として、「県評」から継承組織をつくるとき、解散して新組織の結成という手法ではなく、規約上の名称を変更する「移行」方式できている点です。そのため、県労組会議は任意団体ではなく、登記された「労働組合法人」=労働団体としての性格も併せ持っています。
 「県評」時代からの伝統である「地域労働運動」の強化をめざして、平和や民主主義を守る運動だけでなく、争議組合の支援や未組織労働者への支援活動など、労働運動の課題にも取り組んでいることが大きな特徴です。
 平和・人権・環境に関わる運動は、社民党、部落解放同盟なども加盟する共闘組織をつくって進めています。「県護憲連合」「県原水禁」「食とみどり、水を守る県民会議」「日朝県民会議」などの共闘組織とともに、「県公共交通対策会議」や「21世紀の労働運動研究会」など、地域課題や労働運動に関する共闘もあります。
 また、県労組会議が単独で進める運動として、北海道の旧国労紋別・美幌闘争団を支援する活動や、信州大学医学部が小山省三教授のカーボンナノチューブ発がん性研究を嫌悪し、不当な理由で懲戒解雇した事件で、裁判や労働委員会での闘いを支援する活動にも取り組んでいます。
 最近の取り組みとして、4月に岩波書店の岡本厚・『世界』前編集長と信濃毎日新聞の中馬清福・主筆を招いて、対談集会「アジアと日本・日本人」を開き、一般市民120人を含む約350人が集まりました(写真)。歴史認識や沖縄を含む安全保障、「脱亜入欧」を掲げた明治時代以降の日本人のアジア観、日朝関係の今後などで、東アジア諸国・民衆と日本・日本人がどのような関係を結び合えばよいのか、参加者とともに考えました。県労組会議は、地域での労働者の連帯強化と、草の根平和世論をつくるため、今後も大衆的な運動をすすめていく決意です。

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【映画評】
お米が食べられなくなる日(2012年/PARC)


(DVD/35分)

 「日本の稲作農家の労働を時給で換算したらいくらだと思います?」──こう問われた都会の女子高生が、「179円」と聞かされて思わず絶句し、次には笑い出すシーンは、農業現場との乖離を象徴しています。環太平洋経済連携協定(TPP)など、貿易の自由化問題で必ず引き合いに出される「お米」。しかし、生産者は10年後には日本で米づくりができなくなるかもしれないと語ります。
 このビデオは、日本の米づくりをこのように追い詰めてきたものは何かを考えようと制作されました。戦後、米の増産が叫ばれる一方で、大量の小麦が輸入され学校給食に使われました。その結果、米の消費量が減少すると、一転して、生産を規制する減反が70年代から開始され、いまだに生産調整が続いています。
 90年代になると、世界貿易機関(WTO)による強制的なコメの輸入・自由化が進む中で米の価格は急落し、95年から10年で半分近くに下がりました。「効率化」の名の下に、一貫して進められた耕作面積の大規模化は、山間地域が多い日本の生産現場に混乱をもたらしました。そして、多くの農家は将来に希望を失い、農民の平均年齢は65.9歳、4割以上の農家に後継者がいない状況をつくりました。その間の動きを、当時の写真や統計図表、そして各地の農民の証言で綴っています。
 しかし、それは日本に限ったことではなく、メキシコも主食のトウモロコシをアメリカからの輸入に頼った結果、価格が高騰し暴動が起きました。タイでも農家の自給率が大きく下がったことが映されています。貿易自由化は世界中で不安定な社会をつくってきました。
 こうした中で希望はあるのか。ビデオは、さいたま市のある会社で、給料の一部を同県内でつくられた無農薬米で支払う、生産と消費を結ぶ取り組みを紹介しています。それ以外に、各地で農に参加する都市住民の姿が多く見受けられます。「米」を通して大切にしたい価値とは何かを問いかける動きは、原発事故を契機に生き方を見直すこととも重なります。(市村 忠文)
(8,000円+税。問い合わせはPARC/電03-5209-3455)

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副事務局長に就任して
道田 哲朗

 4月25日の総会で副事務局長に就任した道田哲朗です。出身は自治労です。前任の藤岡一昭さんの後を受けて平和フォーラムの事務局に入りました。どうぞよろしくお願いいたします。出身は広島県です。熱烈なカープファンで、高校三年のときの「カープ・リーグ初優勝」に勝る感激を味わったことはありません。
 自治労神奈川県本部で、少しばかり反基地・平和、人権確立の取り組みにたずさわってきました。2008年の原子力空母横須賀母港化、2011年の育鵬社版教科書の県内数ヵ所での採択など、苦い闘いを強いられてきましたが、この一つひとつの経験には、あとから何か意味がついてくるのではないかと思っています。いま、戦争の実相にふれ、戦後民主主義の清々しさを感得してきた世代が、最後の力を振り絞って(…こういう言い方をどうかご寛恕ください)、平和を訴えておられます。この世代の背景となる歴史そのものが平和フォーラムの運動を支えてこられたのだろうと思います。
 しかしこれからは、世代の交代によっても揺るがない平和運動の潮流をどう生み出していくのか、時代精神の大きな右傾化と刺し違える運動の内実をどう創りだしていくのか、問われてくるのではないでしょうか。でも、新しい運動の提起というものは、歴史と切り離されたところにあるのではなく、たった70年ほど前に起こった人類史上最悪の戦争とその総括に手かがりがあると思っています。歴史の真実の力そのものが、導いてくれるものと確信しています。

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