2025年、平和軍縮時評

2025年06月30日

辺野古新基地埋立て用の海砂採取を瀬戸内海から考えるー生物多様性の保全に逆行する海砂採取は禁止をー

湯浅一郎

 2024年1月10日、辺野古新基地建設を巡り、沖縄防衛局は軟弱地盤がある大浦湾側の埋立てに着手し、重機を登載した台船が石材の海への投下を開始した。そして2024年12月28日、海底への敷砂散布をごく一部、開始し、軟弱地盤改良工事に着手した。2025年1月29日からは砂杭の打ち込みを開始した。今、大浦湾には6隻のそびえるような高さの地盤改良用のサンドコンパクション船がひしめき、その他の工事も含めて大浦湾一帯で膨大な生物群を抹殺する工事が国家の手によって進められている。

 地盤改良工事では、砂の荷重で圧密沈下を早くさせるために厚さ1.5mの砂を敷く敷砂を行う。地盤改良工事に必須の砂杭は全体で約4万7千本に上るとされるが、2025年5月末までに2800本の砂杭が打設された。これら敷砂と砂杭の両者を合わせると合計349万m³の海砂が必要とされる。さらにケーソン護岸の中詰材として38万m³の砂が必要となるので、全体で386万m³もの海砂が必要である。こうして大浦湾の地盤改良工事で、初期において大量に必要なものは海砂であることがわかる。

 ここでは、瀬戸内海での経験から海砂採取は海底の生物相を破壊し、生物多様性の低下をもたらすものであり、海砂採取そのものを中止すべきであることを提起する。

1.21世紀に入り海砂採取は禁止に向かっている

 防衛省の計画では、当面、海砂は沖縄島の周辺から供給される。しかし、これ自体が、海砂採取に関する近年の全国的な傾向に逆行する行為である。1960年代に始まった海砂採取は、日本の高度経済成長とともに急増し1980~1990年にかけてピークとなり、21世紀に入り減少した。図1(注1) に日本における海域ごとの海砂採取量の経年的な変遷を示した。1970年代半ばから1990年代までは瀬戸内海が圧倒的に多く、1980年代は年間2000万m³が採取され、ピーク時には2500万m³にも達していた(右図)。次に多いのが九州・沖縄で、一貫して増加していたが、ピークは瀬戸内海よりも約10年遅い2000年に約2000万m³となっている。

 瀬戸内海では1998年の広島県をスタートに2006年の愛媛県を最後に海砂採取は全面禁止となった。今、残っているのは九州・沖縄で、それも減る方向にある。その中で玄界灘、響灘、五島沖などを含む北九州が多く、2000年のピーク時には約1200万m³に達するが、そのあとは減少傾向にある。沖縄県は1980年代から増え、2000年のピークに約400万m³採取しているが、そのあとは減少傾向にある(注2)。

 採取が続く各県においても、沖縄県を除き1年間に採取できる総量を制限する総量規制が導入されており、鹿児島県は県外への移出を禁止している。残念ながら沖縄県だけが総量規制がないのである。こうした海砂採取を減少させていこうとする動きは1992年の地球サミットで生物多様性条約が採択され、生物多様性の保全のために社会を変えていこうとする国際的動向とも符合している。

2.瀬戸内海における海砂採取の環境破壊

1)海底地形の変化と海岸での砂の流出

 海砂採取の作業の様子を図2に示す。真空ポンプで海底の砂を強制的に吸引する作業となるため2つの大きな問題がある。第1は、海底で生きている生物を丸ごと甲板にあげてしまうことになり、その場の生物相を破壊することになり、さらにそれを起点とした近隣生態系の変化をもたらす。第2が濁水を常時放出し続けることで、透明度の低下や泥が海藻に付着することで藻場の消失が起きたと考えられる。

 瀬戸内海で採取の中心の一つとなった広島県中東部での経験(注3)を見ていく。まず竹原市から三原に至る三原瀬戸での海砂採取により、海底地形が急激に深くなってしまった。この海域に面している竹原市忠海町の海岸付近では、海辺の民家の床下の砂が流出し、基礎の下に空洞ができ、アリ地獄のような状態で家が傾いてしまう現象はテレビなどでくり返し報道された。海岸の砂が無くなり、海岸線に沿った護岸が崩れたり、灯篭が傾いてしまうなどの現象が起きている。

2)イカナゴの減少と食物連鎖構造の変化
ー特にイカナゴの産卵・夏眠の場を奪う海砂採取ー

 海砂採取で最も被害を受けたのは低次生態系の中心を担うイカナゴである。海には図3のような生態系ピラミッドと言われる食物連鎖構造がある。もっとも基礎にあるのが植物プランクトンで、その上に植物プランクトンを食べる動物プランクトンがいる。この動物プランクトンを食べるのがイカナゴ、カタクチイワシなどの小魚類である。その上に小魚を餌とするタイ、サワラ、イカなど、さらにスナメリクジラなどがいる。あらゆる生物が、こうした食物連鎖構造のどこかに位置し、相互に関わっている。階層が一つ高くなるほど存在量は1桁ずつ小さくなっていく。

 ここでは、海砂採取で最も大きな被害を受け、海砂と生活史が深く関わっているイカナゴをとりあげる。イカナゴの生活史を見ると、3月頃は小魚として動き回っているが、6月終わりになると、体の後ろ半分を砂地に潜らせ、夏眠をはじめる。水温上昇とともに長期の休息に入るのである。12月末になって夏眠をやめ、水中に出てきて、1月頃、砂地に産卵する。そして2月に孵化し、3月には泳ぎだすというわけである。つまり生活史において産卵場所や夏眠の場所が海砂のある海域であり、海砂とともに生きているといってもいい。海砂採取が、イカナゴの生活の場を直接侵害するものである限りにおいて、当然にもイカナゴ資源は激減した。

 図4は、岡山県での海砂採取量とイカナゴ漁獲量の変遷を一つの図にしたものである。岡山県では1970年代に海砂採取量が急激に増え、その後は横ばいになるが、それにつれて1975年ころから1980年代半ばにかけてイカナゴ漁獲量が急激に減少し、1980年代半ばにはほとんど採れなくなった。

 しかし、より本質的で、重大な問題は、さらにもう一つ先にある。図3の生態系ピラミッドを見てみると、イカナゴは下から3つ目のところに位置しており、動物プランクトンを食べている。海砂採取によりイカナゴが極端に減ったことに連れて、食物連鎖構造に一つの穴ができたことになる。その穴を埋めたのがクラゲなのではないかという仮説が成り立つ。クラゲがいつ頃から異常増殖するようになっていったのかは、海域ごとに違うし、明確にはわからない。しかし1,980年代頃から増えていったことは経験的に間違いない。動物プランクトンを食べる階層にいる。イカナゴが減少したことで、それまでイカナゴに食されていた動物プランクトンをクラゲが食べられるようになり、クラゲの異常増殖につながったのではないか。クラゲは増えても、それを食す魚が少ないので、食物連鎖構造のバランスが崩れてしまったのである。<自然は縫い目のない織物(シームレス)>であることの必然的な結果である。

 海砂採取がイカナゴの生息地を壊すことによって、イカナゴを減少させ、その結果、クラゲの増殖をもたらし、瀬戸内全体の食物連鎖構造を変えてしまい、生態系バランスを崩してしまったことが考えられるのである。

3.21世紀に入り瀬戸内海では海砂採取を全面禁止

 2.で見たようなことが瀬戸内住民に共有されていくにつれ、1990年に広島県は、1999年からの海砂採取禁止を打ち出した。この方針は、1990年代後半に起きた社会経済的要因により加速され、瀬戸内海全域の問題へと広がった。禁止の期限である1999年が近づくにつれ、海砂採取による利権が奪われることに危機感を抱いた漁業関係者の採取延長をめざした工作が刑事事件となったのである。1997年10月、延長工作のために行った広島海区漁業調整委員への贈収賄容疑で漁協組合長が逮捕された。さらに1997年12月に入り、海上保安部が海砂採取業者21社を区域外操業、操業日数、採取量などで虚偽報告し、許認可量の2~3倍を採取としているとして、採取法違反容疑で書類送検した。こうした動きの中で、広島県知事は、1998年2月、海砂採取の全面禁止に踏み切る(注4)。2000年には、再生資源利用促進実施要領の改正をおこない、海砂の代替骨材の検討を始めた。

 岡山県では、1999年、「建設骨材委員会」を設置し、同委員会は、2000年8月、「海砂採取等のあり方について」で早期の禁止が望ましいと提言する。2000年12月には、「岡山県海砂採取環境影響調査報告書」を作成し、2003年からの採取禁止を決定し、「海砂代替骨材需給対策基本方針」を策定した(注5) 。沖縄県は、海砂採取をやめた時、代替骨材が不足するといったことを理由に、海砂採取の禁止に消極的であるが、他県では、砕砂などで十分補えるとして海砂採取をやめてきているわけである。

4.沖縄島での海砂採取の環境影響

 以上、見たような瀬戸内海での海砂採取による経験を踏まえて、辺野古地盤改良工事で必要となる沖縄島での海砂採取の是非を検討する。沖縄での海砂採取は、1970年代には始まっており、内海と外海の違いはあるにせよ、瀬戸内海と同様の現象が起きてきた可能性は高い。即ち第1に、海底地形の変化や海岸線付近での砂の流出。第2に濁水の拡散に伴い、周辺海域の透明度の低下、海草の減少などである。絶滅が懸念されているジュゴンの歴史的な変遷が、どの程度把握されているのかは定かではないが、ジュゴン生息数の減少の一要因である可能性が高い。

 海砂採取海域は、海草藻場の分布域かそれに近接しており、ジュゴンのえさ場を荒らし続けてきたのである。さらに辺野古の海面埋立て工事も15年くらいは続いており、それとの相乗的な作用も考えられる。さらに瀬戸内海の経験からすれば、生態系、食物連鎖への影響も当然起きてきたと考えるのが妥当であろう。しかるに沖縄県や環境省として海砂採取の環境への影響を包括的に評価した形成がないことは致命的である。

 さらにこの問題を考えるうえで、生物多様性の保全を目的として定めている海洋保護区で海砂採取が行われているという問題を指摘したい。環境省は、2011年5月、「海洋生物多様性保全戦略」において生物多様性の保全を目的として、海洋保護区を以下のように定義した。

 「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域」

 その結果、共同漁業権区域、自然公園法区域、鳥獣保護区などを海洋保護区としている。

図5は、沖縄島の海洋保護区と海砂採取海域を示したものである。ここで、海洋保護区は、生物多様性条約の愛知目標に対応して各国が報告している海域を世界地図に落とした国際データベース(注5)から、沖縄島における海洋保護区を抽出した。両者は相当程度、重なっており、海洋保護区において、海砂採取が行われていることになる。

 本来、<海洋保護区で生物多様性を低下させる行為は禁止>されるべきであるが、残念ながら環境省は何の法的規制もかけようとはしていない。海砂採取は、生物多様性の保全を目的とした海洋保護区を破壊する行為である。未来に、多様な生物の生きる場を残していくために、「生物多様性国家戦略2023-2030」に反する行為を止めていくための、何らかの法的措置を取らなければ、ずるずると生物多様性の低下を黙認していくことにしかならないことを自覚すべきである。

 それはさておき、1,で述べたように、全国的には海砂採取はやめる方向で動いており、現在、採取している県においても総量規制がとられていることを考慮すれば、まずは、沖縄県として総量規制を導入すべきである。

 とりあえず「沖縄県海砂利採取要綱」(H24.8.20)を以下の内容を盛り込んで改正し、かつ沖縄県議会でそれを法的拘束力のある、条例にすべきであろう。

➀年間採取量の総量規制を取り入れること。
➁採取区域(第2条)に関する現在の規定「自然公園区域、自然環境保全区域地域、及び鳥獣保護区域でない区域であること」に、「共同漁業権など 海洋保護区でない区域であること」を追記すること。

 海砂採取は、日本の高度経済成長とともに急増し1980~1990年にかけてピークとなるが、21世紀に入り減少してきた。瀬戸内海では、1998年の広島県を皮切りに2008年には全面禁止された。今、残っているのは九州・沖縄で、それも減らしていく方向にある。これは1992年地球サミットで生物多様性条約が採択された国際的動向とも符合している。そのような時に、政府が先頭に立って、海砂採取を大量に必要とする事業を推進していることは絶対に許せないことである。

 沖縄島での海砂採取海域は生物多様性保全の海洋保護区が含まれる。海砂採取は、生物多様性の保全を目的とした海洋保護区を破壊する行為である。未来に生きる場を残していくために、「生物多様性国家戦略2023-2030」に反する行為を止めていかねばならない。

注:
1.須藤 定久:九州・沖縄周辺海域の海砂利、骨材資源調査報告書(平成16年度)、2005年。 
2.安部真理子(日本自然保護協会):日本の海砂利採取の経緯、沖縄のサンゴ礁に迫る脅威について、2003年。
3.吉田 徳成:海の砂は誰のものか、「住民が見た瀬戸内海」(環瀬戸内海会議刊)所収、2000年。
4.鳥谷部 茂:広島県における海砂利採取禁止(一)、広島法学 27巻2号、2003年。
5. 国際データベースに登録している日本の保護地域情報のurl
https://www.protectedplanet.net/country/JPN

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