2025年、平和軍縮時評

2025年08月31日

「ノーベル賞受賞者会議:核戦争防止に向けて」に参加して

鈴木達治郞(NPO法人ピースデポ代表)

2025年7月14~16日にかけて、米シカゴ大学にて開催された、Bulletin of Atomic Scientistsとシカゴ大学の共催による「ノーベル賞受賞者会議:核戦争防止に向けて」に参加する機会を得た。トリニティにおける人類初の核実験が行われたのが7月16日であり、その80周年に合せて開催されたようだ。会議の運営委員会には、ノーベル賞受賞者のDavid Gross博士(2004年物理)、Brian Schmidt博士(2011年物理)、ノーベル平和賞受賞団体のパグウォッシュ会議(1995)からKaren Hallberg事務総長、日本被団協(2024)から和田征子事務局次長等に加え、ノーベル賞委員会の広報局長なども参加した。会議の最後に「宣言」を発表し、参加者の多くが署名をして会議が終了した。その会議で、行われた議論、出された宣言の要点とそれについての個人的感想をまとめてみた。

多数のノーベル賞受賞者の参加

まず感銘を受けたのが、多くのノーベル賞受賞者が参加したことだ。「さすが、米国」と感心したのだが、米国の受賞者だけでも20名弱、物理・化学・経済・文学の多分野にまたがり、その他に英国、オーストラリア、コロンビア、ナイジュリアといった諸国からノーベル賞受賞者が参加した。これらに加え、ノーベル平和賞受賞者(団体)のジョディ・ウイリアムス、IPPNW(国際核戦争防止医師会議)、ICAN(国際核兵器廃絶キャンペーン)、パグウォッシュ会議、そして日本の被団協の代表がそれぞれ参加していた。これらノーベル賞受賞者は、上記に見るように、平和賞受賞者を除いては、おそらく核兵器問題には日頃それほど関心が高くないと思われたが、会議では熱心にかつ本質的な議論に積極的に参加されていた。その真摯な態度には政治や安全保障といった核兵器を巡る議論を超えて、一人の専門家として、そして人間として問いかける姿があり、こういった議論が行われたことだけでも、この会議の意義は十分にあったと思われる。

議論の内容

会議自体は、約20名のノーベル賞受賞者を含む参加者に対し、核問題の専門家が簡単なプレゼンを行い、その後自由な議論を行うという形式をとった。専門家は、米国を中心に、カナダ、英国、ドイツ、フランス、インド、パキスタン、中国、日本と、それぞれの地域から参加があったが、8割が米国の参加者だったため、どうしても米国の視点が重視される傾向にあったのは否めない。特に、ロシアからの参加者がゼロだった(中国から1名)ことも、核問題のフォーラムとしては、やはり十分ではないと感じられた。しかし、専門家同士の議論は非常に質が高く、ノーベル賞受賞者の問題提起や質問に対する専門家の対応も、わかりやすく、かつ本質を突いた議論となっていたと思う。以下、テーマごとの議論の概要である。なお、会議はチャタムハウス・ルールで行われたため、発言者の個人名は公表されない。

(1) 核兵器の脅威・非人道性について
最初のセッションでは、核問題の専門家が核兵器使用がもたらす破滅的影響について解説を行ない、広島・長崎の例を参考に、もし現在核兵器が使用されたら、どの程度の被害がでるかを、現地シカゴをモデルにわかりやすい説明をした。ただ、破壊力(爆発、熱線)の威力が強調されたものの、放射線による影響、とくに長期にわたる放射線障害の非人道性については、あまり説明がされなかった。そこで、被爆者の経験や被爆後の人生における苦しみなどについて、追加の説明がなされ、核兵器の非人道性についての理解は深まったと思われる。これ以降、「核兵器の非人道性」は、会議全体のキーワードとなった。

(2) AI、先端技術と核兵器のリスク
AI、サイバー、宇宙の専門家が、最先端技術が核兵器のリスクにどのような影響を与えるかについて解説した。特に議論が集中したのが、AI技術の進歩の早さとその両面性(安全性や信頼性を高めると同時に、決定の不透明さによるリスクがある)に対する懸念が、共通のリスクとして認識されていた。現時点では、何の規制もないため、早急にこの問題について、核保有国や国際社会で議論する必要性が強調された。

(3) 核戦争一歩手前:過去の事例から学ぶ
このセッションでは、米国ならではの議論が行われた。過去の『核戦争一歩手前』の事例が、詳細に紹介され、核兵器の誤用や事故など、核兵器が存在する限り、そのリスクをゼロにすることができない事実が強調された。また、キューバ危機の教訓から、核兵器使用に至る道は多く存在すること、核保有国間のコミュニケーションが大事であることなども指摘された。一方で、核兵器が使用されなくとも、核兵器を所有するだけで、核実験、ウラン鉱山、核兵器生産過程で被害者が生まれるという実態も認識すべき、との意見も出された。

(4) ミサイル防衛と宇宙の軍事化
ここでは、トランプ政権が最近提唱した「ゴールデンドーム構想」が話題の中心となった。もちろん、否定的な論評が中心だったが、主にコストやその実現性に焦点があたっており、ミサイル防衛そのもののもつ核抑止への影響力については、あまり議論が深まらなかった。一方、宇宙の軍事化の問題は、現実問題として深刻な議論が行われ、ABM条約の破棄がもたらした負の影響が改めて認識された。

(5) 古くて新しい核拡散リスク
核拡散問題では、イランの核問題がまず議論の中心となった。また、イスラエルと米国がイランの核施設を攻撃したことも、新たな核拡散につながる恐れがあるとの意見が多く出された。しかし、驚いたのは、イスラエル・米国の核施設攻撃に対する強い批判があまり聞かれなかったことだ。それに続いて、朝鮮半島、特に韓国内での世論の変化や、米国の核の傘に対する信頼性の問題が取り上げられた。最後に、核不拡散は核軍縮と表裏一体であり、核軍縮が進まない限り、核拡散もとめられない、との意見が出された。核不拡散条約(NPT)の6条違反(誠実な核軍縮交渉の義務)についても議論が集中した。しかし、米国側からはNPT6条は核保有国のみならず非核保有国も含めた「全ての加盟国」に要求されていることだ、との意見が出されたのは、「核保有国の責任」を逃れているようで、やはり残念であった。

(6) 戦略的対話の復活
核保有国による「戦略的対話」が十分になされていない現実が、核兵器の使用リスクを高めているとの認識が共有された。核リスク削減に向けての、核保有国間の対話の必要性は全員が賛成するところである。ただ、対話の目標が「戦略的安定性」(Strategic Stability)の実現になっており、この話し合いが核抑止論を前提としていることが、再認識された。これに対し、「戦略的安定」は冷戦時代の「恐怖の均衡」に戻るだけであり、核リスク削減にはつながっても、核軍縮にはつながらない、という意見も多く出た。先制不使用や、中距離ミサイルの配備禁止、といった、「核抑止依存度」の低減につながる対話が必要との意見も出された。

(7) 核実験
最後のテーマが、核実験であった。キューバ危機以降、大気中での核実験を禁止した部分的核実験禁止条約、全ての核実験を禁止した「包括的核実験禁止条約」まで、核実験を制限してきた歴史が説明され、いかに核実験の再開が危険であるか、の解説もされた。ここでも米国らしさが出たのは、『科学的視点で見れば核実験はもう必要ない』という意見であった。膨大なデータを持つ米国・ロシアは、既存核兵器の安全性・信頼性を確保する意味でも、新型核弾頭の開発についても、核実験は必要ないという意見は、核保有国ならではの見解で、参考になった。したがって、米ロのような巨大核保有国が核実験を行うとすれば、政治的な意味を持つと考えられるが、その影響は他の核保有国にも波及することが考えられ、やはり核実験は今後もさせてはならない、という共通認識が確認された。

『宣言』について

ノーベル賞科学者による宣言となると、1955年のラッセル・アインシュタイン宣言やマイナウ宣言が思い起こされる。今回の宣言は、この2つの宣言を意識しつつ、ノーベル賞受賞者のみならず、核問題の専門家も加わって作成されたため、核戦争防止のための具体的提言が盛り込まれることが期待された。会議の運営委員会がドラフトを作成し、会議の最後の日に参加者に回覧された。しかし、提言の中身については、ほとんど修正のチャンスがなく、同意できない人は署名しなくてよい、という方針で最終案が提示され、採決された。

主な内容は以下の通り。
*核戦争のリスクをゼロにするには核兵器廃絶しかない。しかし、現時点で核戦争のリスクを削減し、核軍縮につながるとるべき対策について提言する。
*核実験のモラトリアム(一時停止)へのコミットメントを継続すること。
*米国とロシアは新START条約の後継条約について、ただちに交渉を始めること。
*中国は急速に進める自国の核軍拡路線について他の核保有国と対話を始めること。
*全てのAIや先端技術のもたらすリスクについて、対話を始めること。特にAIについては、全ての核保有国が、人間の関与をさらに強めるべく、対話を始めること。
*核兵器国は、核兵器使用の決定について、「二人ルール」を採用するよう検討を始めること。
*米・露・中は、ミサイル防衛のような防衛技術が戦略的安定性に与える影響を理解し、戦略的ミサイル防衛への投資を抑制すること。
*NPTの核軍縮交渉義務(第6条)について、全ての加盟国がその義務を遂行することを再確認すること。
*核戦争がもたらす、環境、社会、軍事、経済面への影響に関する研究に、全ての国がさらに取り組み、国連総会で決定された「核戦争の影響に関する独立科学パネル」に協力すること。
*市民社会は、全ての核保有国とその指導者に対し、核リスク削減に向けての政策を実施するよう圧力をかけつづけること。

このような提言に、正直新味はなく、特に反対でなければ署名することに問題はないと思われるが、一部の参加者からは問題点が指摘された。まず、「核兵器禁止条約」(TPNW)については一言も触れられていない。米国が主導する宣言なので、理解はできるが、核軍縮を真剣に望むのであれば、その存在に触れないのはやはり不自然であろう。ICANやIPPNW、さらには日本被団協からの参加者は、これを主な理由として署名しなかった。さらに、「戦略的安定性」が「世界共通の公益(global common good)」という表現も、核抑止からの脱却をめざす視点からは不適切な表現ともいえる。

そういった問題はあったものの、ノーベル賞受賞者が、これだけ集まって核問題について議論を交わし、宣言に署名したことは大変有意義なイベントだったと思う。2025年8月20日現在、ウエブサイトに掲載された宣言(https://nobelassembly.org/declaration/)には129名のノーベル賞受賞者が署名しており、日本からも梶田隆章博士が署名している。この署名が核リスク削減の重要性を世界に広げることにつながるのであれば、この会議の意義も十分にあったということになるだろう。

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