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「原発のない福島を求める県民集会」とデモ行進に1700人参加

2011年7月31日

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 「『ノーモア・フクシマ』を合い言葉に脱原発に動きだそう!」-7月31日、福島市「街なか広場」を会場に、「放射能のない福島を返せ!原発のない福島を求める県民集会」が、福島県平和フォーラム主催で開催されました。時折、雨が降る中にも関わらず、会場一杯の1700人の参加者が全国から集まり、集会とデモ行進を行いました。
 主催者あいさつに立った福島県平和フォーラムの竹中柳一代表は、「3月11日以来、福島の多くの人々は不安と苦しみの中に立たされている。私の住む南相馬市では今も3万人が故郷を離れている。原発がもたらす悲劇を身をもって証明してしまった。私たちの責任は原発のない福島を取り戻すことだ」と、力強く訴えました。連帯あいさつで、原水禁国民会議の川野浩一議長も「震災は天災だが、原発事故は人災だ」と、全国の原発反対を呼びかけました。
 現状報告では、高濃度の放射性物質を検出し、計画的避難地域に指定された飯舘村の青年を代表し、佐藤健太さんが「村の女子高生が『将来、子どもが産めるのか』と悩んでいる。避難で村民がバラバラになってしまったが、『負まげねど飯舘!』を作って、放射能汚染の責任を問い、事故を風化させないように活動したい」と述べました。また、浪江町が警戒区域になって、南相馬市に避難している教員の吉田博正さんも、「通勤の負担は増え、妻は失業し、子どもは学校に通えない。原発事故の被害者は、私たちで終わりにしてほしい」と切実に訴えました。さらに母親の立場から、郡山市の松本徳子さんは「中学生の娘を東京の妹の所に預けている。しかし、避難できない子どもも多い。健康が心配でならない」と、涙ながらに報告しました。
 今後の福島県での運動の提起を原利正・福島県平和フォーラム事務局長が行い、自治体での「脱原発」に向けた意見書・決議の採択、全国1000万署名とともに、独自に「福島県民の命を守りふるさとを取り戻すための署名」運動を行い、さらに、来年の3月11日の1周年に大規模な取り組み企画を提起しました。
 最後に「『ノーモア・フクシマ』を胸に刻み、私たちは新たな時代を福島の地で切り開きます。世界の先駆けとなる福島をつくります。そのために、みんなの力を結集しましょう」と集会アピールを確認しました。
 集会後、参加者は福島駅前などを通るデモ行進を行い、「福島に原発はいらないぞ!」「子ども達を放射線から守れ!」「県民の生活と仕事を守れ!」などとシュプレヒコールや、手作りのプラカードを掲げてアピールしました。集会には、韓国、台湾、タイ、インドなど、アジア各国からも活動者が参加しました。
(写真左は集会会場、右はデモ行進の様子)
 

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