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第45回食とみどり、水を守る全国集会 分科会報告

2013年12月 1日

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第1分科会「原発事故被害の現状と環境エネルギー政策」

第1分科会 栁田さん2.jpg

 第1分科会は、「原発事故被害の現状と環境エネルギー政策」について、情勢と今後の運動のあり方を討議することをテーマに開催された。
 前半は、「21食と環境、郡山市民フォーラム」代表の栁田尚一さん(郡山市市会議員)から「東日本大震災、それに伴う原発事故の現状、行政の対応、今後の課題」と題し、東日本大震災による郡山市の被害状況、原発事故から市民及び子どもを守るための郡山市の対応、農地の除染、今後の課題等について現地報告をいただいた。
 東日本大震災から2年8カ月が経過した今もなお、郡山市においては6~8千人もの方が仮設住宅で暮らしていることや、30度を超える夏場も窓を開けられず、校庭での運動も30分未満に制限されているため、児童の基礎体力の低下が見られることなど、現地では未だ厳しい状況が続いている現状が報告された。
 郡山市としても、太陽光パネルの設置の推進や、小・中学校61校の校庭の表土除去、町内会等の線量低減化活動支援事業等によって、再生可能エネルギーへの政策転換や各種除染対策を進めているが、効果的・効率的な除染の進め方や、汚染物の仮置き場を巡る住民間のトラブルへの対応など多くの課題があることが報告されるとともに、経済優先とも取れる国と東京電力の政策と対応に対し、地域住民重視の対応が強く求められていることが述べられた。
 後半は、東北大学大学院文学研究科教授の長谷川公一さんから「今後のエネルギー政策のあり方」と題し、講演をいただいた。長谷川さんからは、自然災害を契機として発生した福島原発事故の実態、原子力発電の問題、事故後のエネルギー政策の転換の可能性、使用済み核燃料の処理の問題などについてお話があった。
 エネルギー選択は単なる電力供給の問題にとどまらず、未来をどのように選択するかという社会像の選択の問題であり、また潜在的な核抑止力としても機能していることから必然的に安全保障という側面も持つが、日本においては脱原発に向けての手続き論が弱い上に、廃炉費用や電力会社の経営問題もあり、「原発ゼロ」に向けて踏みきれていない現状や、原発立地は地域格差を前提としているが、一部の地域に負担を課すことなく原発立地地域の振興を図るべきといった問題提起がなされた。
 参加者からは、郡山市での情報開示の状況に関する質問や「原発問題について認識を深めることが出来た」「特に最終処分場の問題については、一部の地域の問題ではなく、全体として負担すべきではないか」といった多くの質問や意見が寄せられた。
 最後に、「原発問題はその地域の問題だけではなく、その地域に住む人達の対立を起こすものとなってはならない。エネルギー政策、そして今後の社会をどのように構築していくのか、多岐にわたった対応と検討が求められている。次の世代に何を残していくのか、私たち1人ひとりが意識して取り組んでいく必要がある」というまとめを確認して閉会した。参加者 182人

第2分科会 「食とグローバル化と地産地消」

第2分科会2.jpg

吉武洋子さん(あいコープみやぎ顧問)の話
 TPPなどで言われているグローバルは、植民地主義・帝国主義の意味である。だからこそ私は、ローカルが大事と考えている。食の安全が一部の企業に握られて、寡占化が進んでいる。それに対抗する手段を私たちが持てていない。これからは、生産者と消費者との関係性からしか、食の自給と安心・安全は確立できない。そのことをつくり出すのが生協の役割である。今後はお金の関係ではなく、信念を持って消費者と関わる生産者を育てることが課題である。
 協同組合や労働組合は、社会的に責任を果たして行くことが大事である。自分たちの利益を追求するのではなく、弱い人に寄り添う、社会を少しでも良くすると言うことが大事。そのため、あいコープは、生産者に対して再生産ができる金額を払い、顔の見える関係をつくることを大切にしている。

伊藤秀雄さん(伊豆沼農産代表取締役)の話
 会社の経営理念で、安全を敢えて外して安心をうたっている。そのためには消費者から信頼されることが重要である。しかし従来の生産者は、より高く売れるものを作ろうと考える。そこで私たちは、消費者の立場になり、安心でおいしいものしか出荷していない。
 いま、農業に対しては、補助金浸けとか保護されすぎていると言う国民の冷たい目がある。農業・農村を守れという言い方から、食料、環境保全のためとして訴えないと国民には理解されない。生産者と消費者が同じ目線で食と農について理解し合うことが必要になっている。日本の活性化は、東京からではなく、地域から進めていくべきである。

参加者からの主な発言
○ 野菜の規格が厳しいことがコスト高になっている現状をもっと知らせて欲しい。○ 小学校では第1次産業に対する扱いが少なくなっている。今までは総合学習で補ってきたが、それすらできなくなっている。PTAにも積極的に参加してもらい、第1次産業に目を向けるようにして欲しい。
○ 今、全国では20%の耕地が放棄されている。地産地消とは、自分たちが作って自分たちで食べるが基本である。国の政策で耕作放棄地をなくすことが必要ではないか。参加者 124人

第3分科会 「問題だらけのTPPと食料・農林業・農業政策」

第3分科会 質問.jpg

首藤信彦さん(前衆議院議員、TPP阻止国民会議事務局長)の話し
 オバマ政権にはTPA(貿易促進権限)が未だ、与えられていない。繰り返される財政破綻の脅威や、10月アジア訪問中止の痛が大きい。また、TPPの秘密交渉への反発も巻き起こっている。
 TPPの目的は自由貿易拡大ではなく「制度のアメリカ化」にある。アメリカのアメリカによるアメリカのためのTPPだ。日本の農産物の重要5品目の中でも加工品は関税撤廃の動きがある。コメそのものが守られても、形を変えた加工品が入ってくる。TPPで日本が儲かることはない。即時に離脱すべきだ。

管野芳秀さん(TPPに反対する人々の運動共同代表)の話し
 山形・長井市で「レインボープラン」という農を基礎とする循環型社会作りをやってきた。TPPとの対立軸として、置賜地域の3市5町での地域自給圏構想を提起している。
 土や命の使い捨ての弱肉強食のTPPは長続きしない。土や海、森などの資源と調和した農業を築き、その農業を土台にした新しい地域循環型社会の形成が必要だ。このようにして、地域ごとにグローバルリズムの暴風雨に耐えられる体力を付けていかなければならない。

青山貴律さん(農林水産書省大臣官房政策課企画官)の話し
 世界の人口は2050年に92億人に達する見込みだ。穀物価格は、2006年秋以降、上昇基調。にあり、大豆・とうもろこしは2012年に史上最高値を更新した。しかし、日本の食料自給率は低下傾向で、カロリーベースで39%、生産額ベースで68%だ。また、農業の担い手の高齢化、耕地面積の減少、耕作放棄地の増加が続いている。
 日本農業の今後の展望として、世界の食市場規模の拡大、国内のライフスタイルの変化を好機に、「攻めの農林水産業」を進めていく。生産現場の強化、食品輸出の1兆円への拡大、バリューチェーンの構築が必要だ。農業の多面的機能の維持と、一方で魅力ある産業への転換で、農業・農村の所得倍増をめざそう。
 
参加者からの質問・意見
 ○TPPによって食品表示はどうなっていくのか
○反対運動を地域から進めてきたが、TPPは農業問題だけではない。これまでの運動のあり方の反省が必要ではないか
 ○TPPで食品安全基準が引き下げられてしまう恐れがある。
 ○衆参の農林水産委員会決議を踏まえて交渉に望むべきだ。
  
 最後に「TPPの本質が今日の議論を通じてわかった。運動のあり方も、より広範に取り組むことが必要だ」とまとめられて、分科会を終えた。参加者  196人

第4分科会「水・森林を中心とした環境資源の保全・活用」第4分科会 矢部先生2.jpg

 東日本大震災の経験を踏まえて、森林・水の持続可能な利・活用と健全な水循環などについての共有化をはかるための意見交換を行った。
 はじめに、矢部三雄さん(石巻専修大学人間学部客員教授)は、東日本大震災による東北沿岸部の被災状況と防災林の果たす役割について述べ、「今回の大津波で海岸林は、従来の役割に加え、津波による被害軽減の効果があることが改めて実証された。現在、林帯幅に留意して海岸防災林を植栽・復旧を行っている」と紹介した。
 さらに森と人との関わりについて、森林の大規模な消費による古代文明の衰退や、中世・近世の森林伐採と農地開発による森の破壊などを説明し、現在は熱帯林が毎年700万ha消滅していることを指摘した。また日本では古くから木材を無駄なく何度も利用するなど、「森林文化」の意識を育み、現在は1000万haの人工林を造成し、世界でも有数な森林国となっていることを説明した。今後は、森林の成長量に見合った消費を行い、再生可能な森林(木材)資源からの恩恵を末永く受けていくことが重要であると訴えた。
 
 吉田茂夫さん(いわき水道労働組合委員長)が、東日本大震災による津波および福島第一原発事故によるいわき市の影響および水道の復興にあたっての課題について報告した。いわき市内は放射能汚染により双葉地区から多くの住民が避難して、様々な問題があることを報告し、さらに70万トンのガレキの保管場所不足や除染作業による廃棄物などにより、中間貯蔵施設の建設が必須であることを強調した。
 また、震災発生1か月後に97%の復旧を遂げたいわき市の水道施設は、余震により再度全戸断水し、今年も余震でまだ被害が続いているとした。水道水の放射性物質は、2011年3月段階では飲用を制限するほどであったが、現在は不検出であり、さらに検出器の独自入手、浄水過程での除去など、水道水の安全性と住民の不安感の解消を行っていると報告した。
 参加者からは、①海岸防災林の復旧対策、②除染による水道水への影響、③人口減少による里山の荒廃の危惧などについて質問が出された。
 最後に「この場の話題を職場・地域でともに活かしていこう」とまとめを行い、分科会を終了した。参加者 116人


フィールドワーク「被災地の復興・再生」Aコース(仙台市東地区)フィールドワーク 蒲生浄化センター 施設から説明3.jpg

 荒井地区では仮設住宅約4万4千棟が建設されたが、「寒い東北でありながら寒冷地仕様となっておらず、追加工事で1戸当たり700万円かかった」と言われた。被災地の原状に合った必要な対策が必要と感じた。
 仙台港付近では電気・ガス・水道の社会インフラも甚大な被害を受けたが、水道は耐震性の水道管に交換してきたことで早めに復旧した。しかし、港のガス施設の復旧に時間を要し、家庭へのガス供給が完全復旧するまで1ヶ月かかった。
 また、コスト削減競争の流れの中で、製油所が港に一極集中(共同運営)していたことから、ガソリン不足に陥り、施設の分散の必要性も話しがあった。
 
 震災廃棄物(ガレキ)の処分については、県全体のガレキは約1060万トンで、仙台市の分は3ヶ所の仮設焼却炉で9月末までに処理を終えた。仙台市で発生したガレキ約135万トンのうち、焼却処理できるものは、石巻市から受け入れた可燃物5万トンを含め、約25万トンの処理を完了した。
 仙台市はガレキ処理にあたり、一次搬入の時から分別を行ったため、最初は時間は要したがその後の処理が早く進み、石巻分のガレキも受け入れることが出来た。また、財政的には市町村の持ち出しはない。阪神・淡路の時は自治体の持ち出しが5%であったが、1%でも市町村の持ち出しがあれば、自治体財政が崩壊するくらいのガレキ量であったとの説明があった。
 
 被害の大きい荒浜地区は、現在も災害危険区域に指定され、防災集団移転事業の対象となっているため、現在も住宅再建の計画の見通しさえついていない。農地の再生・ほ場整備は、大規模農業を視野に入れて、水田1枚を1町歩にする計画がある。もともと農業の担い手不足による離農が進んでいたが、震災を契機にそれが10年早まったとのことだった。
 また、名取市閖上地区でも約800人が犠牲になり、多くの住民が避難し、閖上中学校は廃校が決まっている。それでも、朝市の再開を知らせる看板もあり、参加者は少しずつ復興していることを感じた。
 また、仮設住宅の入居期間が1年延長され、4年間の仮設住宅暮らしが決まったが、仮設住宅で体を動かす機会も減っているため、入居者の健康の悪化が心配されているという報告もあった。
 被災地を見学し、その復旧・復興が一筋縄ではいかないことを実感し、復旧・復興にとって特に急がれるのは「住まい」と「仕事」の再建であることが強調された。参加者86人。

フィールドワーク「被災地の復興・再生」Bコース 石巻地区

 フィールドワークBコースで石巻地区の被災地を見学した。石巻地区でも復興・再生事業は進んではいるものの、震災前の状態とは程遠く、住民の生活環境もいまだに震災の爪跡を深く残している。それだけ震災・津波の被害が甚大であったということでもあり、一方で、いまだに国が復興に全力を注いでいないということでもあるのだろうと思われた。
 石巻港の工業地帯には未だに瓦礫や堆積土砂が残され、仮設の焼却場からはしきりに煙が立ち上るなど、復旧作業が続いている。案内してくれた石巻市会議員の千葉眞良さんによると、合板産業も復旧しつつあるが、その出荷量は以前の7割程度だという。水産加工団地・市場はもっと復興とは程遠いようで、冷蔵施設や市場の建設工事も完成までにはまだ時間が必要だという。それに加えて、震災後に漁獲量が減ったこと、そして顧客が離れていったことなど課題も多いようだ。石巻地区の産業が以前と同じ状態に戻るにはまだまだ時間が必要であり、解決すべき課題も多い。
 住民の生活空間にも震災の爪跡が深く残っていた。石巻市の市街地は、津波により完全に破壊された所、浸水したが持ちこたえた所、そして全く被害を受けなかった所の3つに分類できるなど、同じ街の中でも被害の程度にも差が見られる。そのため復旧にあたって住民の間でも葛藤があったようだ。また女川町の小学校の校庭には多くの仮設住宅が見られ、いまだに多くの住民が困難な生活を強いられていることが垣間見られた。
 特に津波の被害が深刻であった雄勝町の場合は、かつてここに集落があったということがわからないほど家や建物が流されてしまっていた。中でも、多くの児童が犠牲になった大川小学校の跡地は津波被害の甚大さを伝えるものであり、胸が締め付けられた。
 これからも被災地の動きに注目し続け、国や自治体に対してより真剣に復興に取り組むよう求め続けなければならない。そうでなければ、大企業優先の復興となり、住民一人ひとりの生活の再生につながらない恐れがあることを強く感じた。参加者40人。

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