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「国の、政治の責任」普天間を考える

2010年6月 1日

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 5月16日、私たちは横なぐりの雨の中、濡れネズミになりながら、沖縄の市民と手を取って普天間基地を人間の鎖で包囲した。普天間基地を返還せよとの声は、報道機関を通じて全国に発信された。沖縄県民は、そして日本に住む私たちは「米軍基地を歓迎していない」という事実が明確に示された。

 普天間基地は、沖縄県民がまだ戦火の中を逃げ惑っている1945年4月、宜野湾村(現・宜野湾市)の住民の土地の中に、米軍によって勝手につくられた。1907年に調印された「ハーグ陸戦規定」は、第46条に「私有財産を没収してはならない」と規定している。普天間基地の何と92.1%が、米軍によって略奪された民有地だ。沖縄戦が終結して、人々が自らの生活の場に帰ろうとしたとき、そこには米軍の飛行場があった。人々は、危険と知りながらも、仕方なく基地近くの少ない土地で、戦後の暮らしを始めた。1977年のジュネーブ条約第一追加議定書にある第58条の(b)項では「人口の集中している地域又はその付近に軍事目標を設けることを避けること」とされている。この二つの国際条約は、世界で一番危険な基地と言われる「米軍普天間基地」を、国際法に違反するものと断罪している。

 日本では、普天間基地をめぐって、その解決に迷走する鳩山政権が攻撃されている。しかし、その責任は鳩山政権にあるのか。世界で一番危険な基地を、そのことを知りながら使い続けてきた米国の責任はどうなのか。極めて不平等な条約である「日米安全保障条約」を容認し続けてきた自民党歴代政権に責任はないのか。1995年の米兵による少女暴行事件をきっかけとしたSACO合意、普天間基地返還は沖縄県民の切実な願いだった。しかし、それは辺野古への新基地建設を容認するものではない。14年間、自民党政権下で着工すらできなかったことがそれを証明している。

 今、日本の政治がやらなければならないのは、鳩山政権を非難することではない。独立国家として一致団結して「普天間基地は返すこと。辺野古に基地はつくれないこと。日本のどこにも基地はつくれないこと。日本のどこでも基地が歓迎されないこと。安全保障体制を根本から議論し直すこと」。このことを、強く米国に要求すべきだ。

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