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政治の文化-総選挙に「国柄」を見る

2015年1月 1日

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 総選挙が終わった。マスコミは自民党の大勝と報じているが、改選前の議席を一つ減らしている。しかし、私たちが応援する民主リベラル勢力が勝利したかというとそうではない。「ごまめの歯ぎしり」とか何とか言われそうだから、ここはおとなしくしてる方がいいのか。そうもいくまい。

 自民党は、政治資金問題で経産大臣を辞任した候補を公認し、有権者は11万票を与えて当選させた。これを称して「みそぎ」と呼んでいる。政治の世界も神事と一緒で、選挙という川で洗い清めれば済むらしい。「最後は金目でしょ」と発言して、原発事故被災地からきびしい批判を受けた環境大臣も当選した。教育勅語は素晴らしいと礼賛する文科大臣も同様だ。有権者にうちわを配って法務大臣を辞任した候補者も当選、彼女は「人情あふれる下町で政治活動をやってきて良かった」と、当選後に感想を述べている。これが日本の政治の文化なのか。もしかして保守の論客櫻井よしこさんが言うような「国柄」なのかもしれない。日本では、立法の場にいる政治家が法を犯しても、人情あふれる有権者は選挙という川から自ら清水をすくい「みそぎ」をさせて許してくれる。

 市民革命で、自らの血を流し権力と闘い権利を獲得した欧米社会ではどうなのだろうか。「みそぎ」などという言葉があるとも思えない。自らの手で権利を獲得し、憲法の言う不断の努力で維持していこうとするなら、他人の不正に目をつぶってはならない。目をつぶった先には、自らの権利侵害が待ち受けている。

 安倍首相は、特定秘密保護法制定や集団的自衛権行使容認等の議論では市民の声を無視して、突然、消費税増税先送りの信を問うと総選挙を行った。誰も、消費税先送りには反対しない。そう言いながら総選挙後には、突然憲法改正の議論を推進することを表明した。改正の中身は、2012年4月27日に発表された自民党憲法改正草案に違いない。ならば、総選挙前になぜそのことの信も問うと言わなかったのか。これも「国柄」、政治の文化なのだろうか。

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