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自分の都合で理解 したいように理解する

2015年7月 1日

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 「実証性や客観性を軽んじ、自分が理解したいように世界を理解する態度」─作家の佐藤優さんのいう「反知性主義」の定義だ。そのものは米国のキリスト教社会に由来するのだから、そもそもの定義は知らない。しかし、これはまさに今の安倍政権を言い得て妙ではないか。

 自民党も含めて招聘した3人の著名な憲法学者が「集団的自衛権」の行使は憲法に違反すると主張した。菅義偉官房長官は、直後に記者を前に「違反しないとする学者はたくさんいる」と強弁したが、翌日の委員会で追及され「数の問題ではない」と開き直った。朝令暮改と言う言葉がある。広辞苑では「命令や方針がたえず改められてあてにならないこと」とされている。誤りを正して反省し謝罪するのなら少しは許せるのだが、誤りに誤りを重ね、開き直る態度は許せるものではない。

 高村正彦副総裁は「憲法の番人は、最高裁判所であって憲法学者ではない。もしそれを否定する人がいるとしたら、立憲主義をないがしろにするものである」と述べた。不遜きわまりない。立憲主義をないがしろにしてきたのは誰なのか。また、最高裁の1票の格差是正を求める判決を自己都合でのらりくらりとはぐらかしてきたのは誰なのだろうか。ご都合主義もいいところだ。

 1959年の砂川事件に関する最高裁判決は、どこを見ても「集団的自衛権」は出てこない。1972年の政府見解には、集団的自衛権は憲法に反すると明確に書いてあるではないか。

 政府は、とうとう「安全保障環境がきびしいので集団的自衛権行使が可能になった。今後、安全保障環境が変わればまた違憲とされる場合もある」と答弁している。砂川判決や72年政府見解では抗弁できないと思うと、すぐさま議論を「安全保障環境の変化」にすり換える。集団的自衛権の行使が可能かの憲法論争が、日本をめぐる安全保障環境の変化で決定されるという、極めて曖昧で流動的な国のあり方をつくることになる。もはや、国会での責任ある論戦とは呼べない。4人の元自民党国会議員らが反対の声を上げた。菅官房長官はすかさず「もうすでに現役を辞められバッジを外されている方で、それぞれ個人の意見表明だ」と切って捨てた。そういう政権だから、バッジなど見たこともない市民の声は一切聞かないのだろう。
(藤本泰成)
 

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