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「想像力」で平和をつくる

2017年9月 1日

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 8月15日、今年の「敗戦の日」は、久しぶりに涼しい日だった。千鳥ヶ淵戦没者墓苑も、雨上がりのしっとりとした風が吹いていた。安倍晋三首相が、私たちの追悼集会の前に墓苑に参拝した。彼は、戦没者に何を語りかけたのだろうか。「日本を護るためには、戦争も辞さずがんばります」とでも誓ったのだろうか。朝日新聞は、今夏「戦死と向き合う」との特集記事を掲載した。「大君の/御楯となりて/捨つるみと/思へば軽き/我が命かな」横山小一さんの歌だ。ベニヤの船に250キロ爆弾を積んで夜間に敵艦に体当たりする水上特攻隊に所属して、沖縄で亡くなった。3125人の隊員のうち、沖縄やフィリピン、台湾に送り込まれて1793人が戦死したとされる。横山さんの弟は、歌を刻んだ石碑を実家の庭に立てたという。一人の人間の命は軽いのだろうか。

 15日の朝日新聞の「声」の欄は「私の平和と戦争」だ。18歳の一人を除くと、88歳、81歳、80歳、79歳、77歳の人が並ぶ。戦後72年という数字が現実味を増す。「戦死と向き合う」の最初は、事実を隠す「玉砕」というものだ。サイパン島で米軍と戦った岡崎輝城さん(95歳)は、「隣にいた戦友が肩にもたれかかってきた。暑いから寄るなと目をやると頭が吹き飛ばされていた」と答え、玉砕という言葉に「人間の悲劇をきれいな言葉で語っている。生死の境をさまようのは地獄そのものなんですよ」と語っている。人間の死を美化してはならないと私は思う。個人の死を美化するのが国家主義だからだ。

 17日の「声」の欄では、三重県桑名市が、被爆者団体と共催している原爆写真展から、遺体などの一部の写真を展示から外したことが報告されていた。投稿者の伊藤智子さんは、「原爆の図」で有名な画家の丸木俊さんの「体験しなければわからぬほど、お前は馬鹿か」との言葉を引いて、「子どもが原爆の衝撃的な写真や絵画を見て怖がったなら、それはまさに体験していないのに想像し、わき上がった感情ではありませんか」と語っている。事実を隠して何を伝えようとするのか。「想像力」が平和を作り、新しい社会を作り出すのだと私は思う。

 「オプティミズムをやめよ/眼を開け/日本の人々よ/日本は必ず負ける/そして我ら日本人は/なんとしてもこの国に/新たなる生命を吹き込み/新たなる再建の道を/切りひらかなくてはならぬ」。学徒出陣で航空隊員となり戦死した林尹夫さんの言葉だ。安倍首相はこの言葉に何とこたえるのか。こたえられまい。
(藤本泰成)

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